ミアレシティ郊外部に建てられているミアレスタジアム。
今年も開催されるポケモンリーグの開会式三十分前とあって、スタジアム周辺は数多くの観客たちが屯していた。
一年に一度の祭典であるのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、一部の人間にとってはこの人混みが苦行として感じられない場合がある。
例えば、普段これほどまでの人混みの中へ行かない人物などだ。
「……帰りたい」
「なに言ってるのよ? 席までもうすぐなんだから踏ん張んなさい!」
「あははっ……」
レッドの首根っこを掴んで行列を進んでいくブルー。その後をグリーン―――ではなくカノンは引きつった笑いを浮かべながら付いていく。
「あっ。大丈夫、カノンちゃん?」
「はい、お構いなく。でも、本当に私なんかを連れて来て大丈夫だったんですか? 迷惑かけそうで……」
「気にしなくていいのよぉ~!
「そ、そうですかね?」
「もっちろん! 私が保障してアゲル♪」
(なんか俺が蚊帳の外みたいな……)
ブルーとカノンの会話を聞いていたレッドは、得も言えぬ疎外感のようなものを覚え、少しさみしい想いをするのであった。
そんなやり取りもあり、数分。漸く三人はスタジアムの観客席に辿り着き、ブルーが購入したチケットに記載されている座席番号まで歩んでいく。
「……真ん前」
「当然よ。S席なんだから」
「……何時買ったの?」
「三か月前。ライトのカロス留学が決まった時に、マネージャーに頼んで買ってもらったんだから」
「流石にソレは気が早いと思うんだけど」
「別にいいじゃない。結果的にこうして本選に出場できたんだから。流石、私の弟ね!」
留学とほぼ同時にリーグの観戦チケットを買ったと豪語するブルー。
そこまでいくと、ブラコンと言うよりも何か別の執念のようなものさえ感じとれてしまうが、レッドはあえてツッコまなかった。
スタジアムは屋根がなく、既に日も落ちて黒の帳に覆われている空が露わとなっている。
しかし、このスタジアムに夜の静けさなどは存在せず、開会式を今や今やと待ちかねている観客たちの熱気に包まれていた。
開会は七時。手首に嵌めた腕時計を確認したブルーは、開会がもうすぐであることを悟り、微笑を浮かべながら巨大なバトルフィールドを見下ろす。
弟の晴れ舞台まで、あとちょっと。
時の進みが遅いと感じながらも暫し待っていると、突然バトルフィールドがスポットライトに照らされた。
多方向から放たれる光。
やがてその場所に辿り着く三十二人を照らし上げる為の光は、思わず瞼を閉じてしまいそうな程の明るさだ。
突然のスポットライトに騒然とする会場。
『―――ただいまより、第28回カロスリーグ開会式を始めます!!』
そこへ響き渡るアナウンスに、会場のボルテージは鰻登りに上昇した。
余りの歓声の大きさに、会場全体の空気が震えるほどだ。
上空には色とりどりな花火が打ち上げられ、『漸く』といった感慨深さを感じる中、続くようにアナウンスの声が響き渡る。
『歴史ある携帯獣闘技大会のルールが整備され、現在の名称となり早28年。今年もやって参りました、カロスリーグ。まずは、厳しい予選を勝ち抜いてきた三十二名の精鋭たちの入場に入らせて頂きます! 盛大な拍手をもってお迎えください! それでは選手入場!』
アナウンスの合図と共に、スタジアムの壁の一部がスライドするように開いていく。
すると、開いた扉の先から本選出場者が一列になってフィールドの中央へゆっくりと進んでいった。
そうそうたる顔ぶれと言ったところ。
固唾を飲んで幼馴染を探すカノンであったが―――。
「キャ~~~、ライト~~~!! お姉ちゃんよ~~~!! こっち向いて~~~!!」
隣でどこからともなくデジカメを取り出し、最早奇声に達するような高い声を上げながらシャッターを切るブルーに圧倒される。
するとフィールドに並ぶトレーナーの内、帽子を被った一人の少年らしき人物が、徐に帽子のつばを持って俯いたのが見えた。
「……運動会じゃないんだからさぁ」
「はははっ……」
「元気なお姉さまですわね」
観客席から大分離れた所に立っているライトにさえ聞こえる姉の声。
恥ずかしさの余り俯くライトを、両隣に立っていたデクシオとジーナが慰めるように声を掛ける。
そのようなこともありながら、三十二名のトレーナーたちが出揃う。
歓声もより一層大きくなったところで、スポットライトがトレーナーたちの立っている場所に重なる。
『選手入場も済みまして、ここで聖火ランナーの入場です! 聖火ランナーを務めますは、今なお花を咲かせる老樹……ヒヨクシティジムリーダー・フクジ!』
軽快且つ重厚な足音が、歓声の中を潜り抜けてフィールドへとたどり着く。
ゴーゴートの背に乗ったフクジが、トーチを片手に聖火台の方へ向かって行くが、会場にどよめきが奔る。
「炎が点っていませんわね」
「ん? なんか先の方にボールが嵌ってるけど……」
ジーナが炎の点っていないトーチを見て呟くが、隣にいたライトがトーチの先端に嵌められているボールを認識した。
どよめきの理由は、フクジが手に持つ炎の点っていないトーチ。本来カロスリーグの聖火は、マウンテンカロスに位置する『アルドル山』と呼ばれる活火山―――その頂上に点るファイヤーが残した炎を採火するのだ。
だが、トーチに炎は点っておらず、代わりにボールが埋め込まれている。その意味とは何か。
すると、別に用意されたスポットライトが別の場所に立っていた一人の人物を照らし上げる。
そこへフクジが辿り着くと同時に、スタンバイしていた女性がトーチを受け取り、会場に居る観客全員に見えるよう、トーチを掲げてみせた。
『そしてこの聖火台に聖火を点火しますは、
トーチの先に嵌められていたハイパーボールを手に取り、上空へ高く放り投げたパキラ。
次の瞬間、ボールから飛び出した一つの影が、スポットライトの光を掻い潜ってスタジアムの上空へと舞い上がった。
そして影は大きく翼を広げ、煌々と煌めく火の粉を撒き散らし、その存在をスタジアム全体へと知らしめる。
「キュォォァアアアア!!!」
伝説の鳥ポケモン・ファイヤー。
その登場に、会場全体が湧き上がる。
紅蓮の炎を翼と為す炎の鳥は、魅せるようにスタジアムの周囲を飛行していく。時には観客席スレスレまでに舞い降りるなどの、サービス精神を魅せつけてくる。
一分ほどに渡るファイヤーのパフォーマンス。
最後にフィールドスレスレまで舞い降りたファイヤーは、そこから一気に聖火台の方へ舞い上がり、嘴に既に溜めていた紅蓮の炎を吐き出し、直接聖火台に炎を灯す。
圧倒的パフォーマンスに、観客のみならず本選出場者たちも目を丸くして聖火台への点かを見守っていた。
そして役目を終えたファイヤーはパキラの真横へと舞い戻り、パキラが丁寧にお辞儀するのに合わせて首を垂れる。
これだけで会場のボルテージはMAX近くまで上がるが、まだ始まりではない。
聖火の点火という大役を果たしたパキラは、再びアナウンスの仕事へと切り替えて、ある場所へ手を差し伸ばす。
その先に佇んでいたのは、現カロスチャンピオン・カルネだ。
スワンナを思わせる白い衣装に身を包み、凛と佇む彼女の姿に男性のみならず女性すらも目を奪われてしまう。
『ここでカロスチャンピオン・カルネより、皆さまへのご挨拶と開会宣言をして頂きます』
『―――皆さま、こんばんは。カロスチャンピオンを務めさせていただいております、カルネです。今年も無事に一年に一度の祭典、ポケモンリーグを迎えられたこと、本当に悦ばしく思います』
パキラからカルネへと移動したスポットライトの光は、カルネ、そして彼女の代名詞とも言えるパートナー・サーナイトを照らし上げている。
まるで舞台の演劇の一場面を見ているかのような光景。
女優として活躍しているだけあって、明瞭且つ流暢な語りを続ける彼女の言葉に、会場はシンと静まりかえる。
夜空には雲ひとつ浮かんでおらず、満天の星を望むことができる中、透き通るようなカルネの声が空を伝わり響いていく。
『一か月ほど前には、ミアレ都市部において伝説の三鳥が暴れるという事件もあったということは、皆さまの記憶にも新しいと思われます。しかし、リーグ関係者及び市民の皆さまの尽力により、少しずつ復興が進んでおります』
ファイヤー、サンダー、フリーザーが暴れたという事件。
カロスにおいて今年一番ではないかと思われる事件の傷は、未だ各所に残っている。
始めはその事件について辛く、哀しそうな表情を浮かべるカルネであったが、復興を語る時は希望に満ち溢れんばかりの笑みを浮かべた。
『……ファイヤーの炎は古の人の伝承より『試練』、そして『再生』を意味すると言われております。古において、天災とまで言わしめた伝説のポケモンの被害は、古を生きていた人々にとっても、現代を生きる我々にとってみても、ある種の試練と言えるかもしれません。ですが、それを乗り越えた先に今より良い明るい未来があると、私は信じております!』
一際響くカルネの声。
その声に、会場に居る者達の顔には自然と笑みが浮かび上がってくる。
『そしてこのカロスリーグも、今より美しいカロスの……世界の未来を創り上げる祭典と成り得ることを、私は願っております! これをもちまして、私の挨拶を終えさせていただきます。そして―――!』
フッと右腕を掲げるカルネ。
同時に、より一層輝きを増すスポットライトが、彼女を明るく照らし上げる。
『カロスリーグ開幕を、ここに宣言します!!』
『わぁぁぁあああ!!!』
待ちかねた言葉に会場のボルテージは最高潮に達する。
興奮の波が会場全体に伝わっていき、誰もが立ち上がってカロスリーグの開幕に心躍らせた。
それはフィールドに佇んでいた本選出場者たちも同じである。
高鳴る鼓動を抑えず、夢の始まりに熱い想いを昂ぶらせるライトは自然と笑みを浮かべていた。
三年前、始めて観戦したポケモンリーグ。あの時は観客席からの景色であったが、今は違う。
挑戦する者としての視線から全てを見渡せるのだ。
この状況に心奮えない者など居るだろうか。
『続きまして、一回戦の組み合わせが発表されます!』
カルネの開幕宣言から数十秒後、興奮冷めやらない会場にパキラの声が、盛り上がりにブーストをかけていく。
スタジアムの一角に佇む超巨大モニター。そこに本選出場者の顔が一斉に映し出され、瞬く間にシャッフルされる。
充分シャッフルされたところで、規則正しく並べられていく顔画像。間には『VS』という文字が浮かび上がり、誰が誰と戦うのかを分かりやすくしている。
(僕は……ん? あの子って確か、受付の日の)
自分の組み合わせを探し出したライト。
堂々と映し出される顔画像に少々の羞恥心を覚えながら見つけ出したのは、受付の日に場所を尋ねられた無表情の少女だった。
(『
『それでは一回戦の組み合わせの発表が終わったところで、次はエキシビジョンマッチへと移らせて頂きます』
「エキシビジョンマッチ?」
相手の少女―――マツリカが何者か考えていると、エキシビジョンマッチが始まるというパキラの声が聞こえてきた。
先程入場してきた扉から係員が出てきて、本選出場者を手招いて退場を促す。
「エキシビジョンマッチ……言うなれば、公開試合だね」
「誰が戦うんだろう?」
「去年は四天王のガンピさんとズミさんでしたわよ」
係員について来てフィールドから帰ってきた三人は、そのまま通路を通って選手専用の観戦席まで進んでいく。
すると、通路に設置されているスピーカーから、ライトの聞き慣れない曲が流れ始める。
『おヒマやったらよってきんしゃい♪ 退屈やったらみてきんしゃい♪ 思う存分たたかいんしゃい♪ 勝負するなら♪ バトルハウス♪』
「こ、この曲はまさか……!」
「ジーナ知ってるの?」
「バトルハウスのキャンペーンソングですわ! ということは!」
「え、え、なに?」
何やら興奮した様子で観戦席に向かうジーナ。
何が何だか分からない表情で首を傾げるライトに対しデクシオは、『行ってみればわかるよ』と一言言ってから、突っ走って行ったジーナを追いかけていく。
ライトも二人を追いかける事数十秒、戦うトレーナーとほぼ同じ目線で観戦することができる席までたどり着いた三人は、フィールドを照らす黄・青・赤・緑と四つの色のスポットライトを目にした。
『―――今年のエキシビジョンマッチを務めるは、四人のトレーナー。キナンシティにあるポケモンバトルの施設・バトルハウスより参った
「バトルシャトレーヌ?」
「『女城主』って意味だよ。言うなれば―――」
「凄くバトルが強い女性のトレーナーの方達ですわ!」
セリフを途中で奪われるデクシオ。
彼のセリフを奪った当人であるジーナは、以前カフェでカルネに会った際と同じぐらい興奮した様子で、フィールドに佇む四人の女性を凝視する。
すると、四つのスポットライトの内、黄色以外の三つが灯りを落とす。
『ぺろぺろりーん! ラニュイだよー!』
「……は?」
割と素の『は?』が出たライト。
彼の視線の先には、マジシャン風の黄色いドレスを身に纏い、器用にステッキをクルクルと回してパフォーマンスを魅せる少女の姿があった。
次の瞬間、今度は黄色のスポットライトが消え、青の光が点る。
『ル、ルスワールです! よろしくお願いします……』
尻すぼみな声で自己紹介する青髪でおかっぱ頭の少女。
青が消え、次に点る光は赤。
『わたくしがラジュルネ! どうぞよろしくお願いしますわっ!』
先程の気弱そうな少女とは打って変わり、勝気そうな性格が見受けられる口調の少女。お嬢様口調ということもあり、ライトは既視感を覚えるがままにジーナの背中を一瞥する。
すると最後に、赤の光が消えて緑のスポットライトが煌めいた。
『バトルシャトレーヌ四姉妹、長女のルミタンと申します。本日はこうして栄えあるカロスリーグのエキシビジョンマッチを、ウチら四人が務めさせていただく事になりました。ふつつかもののウチらですが、真心込めて精一杯おもてなしさせてもらうけん。よろしくお願いしますね』
四人の内、唯一淑女という雰囲気を漂わせる女性・ルミタン。
彼女の言葉に、会場から歓声(主に男性の)がワッと上がる。
(……ドリル)
―――キッ
「ッ!?」
「どうしたんだい、ライト?」
「い、いや……なんか寒気が」
ルミタンの髪型を見た上での感想を心の中で唱えた瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えたライトは、一先ず彼女の髪型の事は考えまいと心に誓う。
『今年のエキシビジョンマッチは、バトルシャトレーヌ四人によって行われるマルチバトル! 皆さま、ジムリーダー……いえ、四天王にすら匹敵すると言われる彼女達が繰り広げる白熱のバトル! どうぞその目でご覧になって下さい!!』
響き渡るパキラの前口上。
ドッと沸き上がる会場の震えをその身に感じ取りながら、エキシビジョンマッチを観戦する体勢に入るライト達。
するとそこへ、ホロキャスター片手に一人の少女がやって来る。
「あのー、すみませーん」
「はい?」
「第二ホールって何処かわかります?」
「第二ホールですか?」
「なんか、本選出場者にだけ四天王のズミって人が作った料理が振る舞われるって聞いたんで……あ」
「え? ……あっ」
道を尋ねてきた少女。
どこかで見たことがあるという既視感を覚えた二人の脳裏を過ったのは、初日のスタジアム前での出来事。
そして同時に、先程発表された第一回戦の組み合わせだ。
「マツリカさん、ですよね……?」
「おー、マツリカの名前を覚えてくれてるなんて感激ー!」
握手を求めるように手を差し伸ばしてくる少女。
彼女こそ、ライトが決勝トーナメント第一回戦で戦う相手だ。
「あたし、アート留学っていう名目でカロス旅行にきたマツリカ。初戦はよろしくねー!」
相手は、後にフェアリー風来坊と呼ばれる若き天才画家であった。