ポケの細道   作:柴猫侍

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第百一話 両手に華って要するに修羅場

 

「お待ちどおさま! 貴方のポケモンはすっかり元気になりましたよ!」

「ありがとうございます、ジョーイさん!」

 

 ケースに収まっているモンスターボールを手に取り、笑みを浮かべてみせてくれるジョーイに礼を言うライト。

 初戦は無事に突破した。幸先がいい―――とは言い難い。

 

 試合運びとしてはそれほど悪くなかった。一体瀕死にされるものの、メガシンカのパワーを存分に発揮したカロスリーグに相応しい幕開けを披露したといっても過言ではない。

 それでも、得も言えぬ不安感というのがライトの心の中には在った。

 引っ掛かりとでも言おうか。普段とは違う何かが、徐々に広がりを見せているような感覚だ。

 

(ハッサムって左利きだったっけ……?)

 

 初戦、【フェアリー】タイプを愛用するマツリカに対し、獅子奮迅の活躍を見せたハッサムであったが、全ての“バレットパンチ”を左腕で放っていたのだ。

 思いだす限りハッサムは右利き―――だったような気がする。しかし普段からどちらの腕で攻撃しているかは非常に曖昧な部分だった。状況に応じて左右を使い分けるハッサムの性格が、ここで裏目に出ようとは思ってもいなかったのだ。

 単に左で攻撃した方の効率が良かっただけか、はたまた別の理由か。

 

―――もし右腕に痛みを感じているのであれば

 

「……ハッサム、出てきて!」

 

 徐にボールの中で休んでいたハッサムを外に出す。今日の功労者に向けてニッと笑顔を見せるライトであったが、そっと右腕を触れながら問いかける。

 

「正直に言って。体のどこか痛い? 例えば、右腕とか……」

 

 具体的に問いかけた。

 真正面から問えば、ハッサムならば応えてくれるだろうという考えからだ。これでも長年連れ添ってきた仲。ポケモンリーグまで来て隠し事などナンセンスだ。

 だからこそ、正直に話してくれると思った。

 

 五拍。

 

 ハッサムはライトの瞳を真摯な眼差しで見つめながら、首を横に振る。

 

「……そっか。僕の勘違いだったかぁ……でも、怪我とかしたらすぐに言ってね? ポケモンリーグだからって張り切っても、後に響いちゃったら大変だから。まあ、ハッサムが大丈夫って言うんだから大丈夫だよね?」

 

 勘は外れたようであり、ホッと胸をなで下ろすライト。

 彼が自分のパーティの中核を為す存在であることを、ライトは十二分に理解している。それが顕著に表れているのが、全てのジム戦でハッサムを選出しているという事実だ。

 しかし、怪我をしていないのであれば執拗に問いかける必要もない。

 仮にこれからの試合で怪我をしたのであれば、その時その時の最善の対処をとればいい筈。

 

 信頼する相棒にフッと微笑みかけたライトは、『ちょっと外のお店見て来ようか』と語りかけて歩み出す。

 

 その後ろ姿を見つめるハッサムは、どこか遠い場所を見つめるような瞳を浮かべながら、右腕の関節をそっと撫でた。

 

 この大舞台(ポケモンリーグ)だからこそ譲れないものがある。

 例え、嘘を吐いたとしても―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……あっ、ライト!」

「あれ、コルニ? どうしたの?」

「どうもこうも……初戦突破、おめでと!」

 

 エントランスを出たところでジュース両手に待機していたコルニが、徐にジュースを差し出してくる。

 初戦突破祝いといったところか。

 若干の照れくささを感じるライトは、頬をポリポリと掻きながらジュースを受け取った。渡されたのはサイコソーダ。ライトの好きな飲み物だ。

 

「ありがと! お蔭さまでね」

「流石、アタシのルカリオの“バレットパンチ”をラーニングしただけのことはあるね! キレが良かったよ!」

「そっかぁ……じゃあ、尚更お礼言わないとね」

「いいったら! アタシとライトの仲じゃん! それに……」

「それに?」

「未来のチャンピオンと高め合った仲ってなんかカッコいいし、ライトには是非チャンピオンになってもらいたいなぁ~……なんちゃって!」

「……ノリが軽くない?」

 

 願望丸出しのコルニの言葉に、少々呆れた様子を見せるライト。

 試合直後で疲れている所為もあって、ツッコみに普段の勢いがない。それを自覚するや否や、糖分補給の為にサイコソーダの蓋を開け、グビグビと飲み始める。

 先程まで悶々としていた心中も、喉を通っていく炭酸の弾ける感覚と爽やかな甘みによって、少しばかり無くなっていく。

 

「ふぅ、お昼どうしよっかな」

「ここで買ってけば? それでさ、選手専用の席で食べながら他の試合観て……」

「う~ん……そうだね」

 

 緩い声色で語り合う二人は、昼食を求めてスタジアム周辺に構える店を周ることに決めるのであった。

 これまで旅をしてきた仲。気兼ねなく談笑する二人は、建ち並ぶ露店をサッと見回しながら歩み始める。

 そして、その光景を建物の陰で眺めていた少女が一人―――。

 

(ラ、ライトが女の子と話してる……!)

 

 カノンであった。

 ブルーに『折角だし、ライトとお昼食べに行ったら?』と言われ、やって来たのはいいものの、完全に出遅れたのだ。自分の知らない少女と仲睦まじく談笑する幼馴染の姿に、カノンの心中が穏やかでないのは言うまでもないだろう。

 金髪のポニーテール。活発そうな格好は、カノンとは違ってスポーティな印象を他人に与える。

 

(あと、普通にカワイイし……)

 

 女子目線から見ても、端整な顔立ちであることは認めざるを得ない。

 友人か、はたまた別の関係か。どちらであるかは分からないが、仲睦まじく話している所に横入りするのは気が引ける。

 そう考えたカノンは深く溜め息を吐いて、トボトボと観戦席の方へ戻ろうとした。

 

 だが、彼女の気配に気づくポケモンがこの場に一体。

 ライトの後ろに付いて歩いていたハッサムが、憂鬱そうな雰囲気を身に纏うカノンを発見し、トントンと主人の肩を叩いた。

 何事かと振り返ったライトは、ハッサムが鋏で指し示した方向に居たカノンを見つけ、『あっ』と声を上げるや否や、

 

「コルニ、ちょっと待ってて!」

 

 コルニに一声かけてカノンの下へ駆け出す。

 

「カノン、どうしたの?」

「え!? あ、ちょっと……ね?」

「ふ~ん……ねえ、ちょっと来て!」

 

 徐にカノンの手を取ったライトは、カノンの戸惑う様子に構うことなくコルニの下へ引っ張っていく。

 カノンとしては堪ったものではない。

 しかし、抵抗することもできずに幼馴染に手を引かれるがままに、金髪の少女の目の前まで連れてこられた。

 どのような相手なのかも解らないカノンは、一先ず愛想笑いを浮かべるが、あからさまに頬が引き攣っている。

 

「……なんで緊張してるの?」

(ライトの所為でしょ)

 

 首を傾げながら問いかけてくる少年に、カノンは額に青筋を立てた。こんなに憤りを感じたのは、まだ会って間もないころに特徴的な髪型を弄られ続けた時以来だろうか。

 憤りやら戸惑いで口を噤むカノンであったが、話の口火をコルニが切る。

 

「ライト、この子って……」

「幼馴染のカノン。アルトマーレに住んでるんだ」

「へぇ! よろしくね! アタシ、コルニって言うの!」

「あ……よろしくお願いします。カノンって言います」

 

 実はカノンの方が年上だという事実を知らぬまま、二人は握手を交わす。

 一先ずの挨拶を終えた所でカノンは、意を決してとある疑問を投げつけてみる。

 

「あのう、ライトとはどういった関係で?」

「……アタシとライトの関係? ……旅仲間? いや、特訓仲間?」

「ん~、どっちも合ってるんじゃない?」

「……ライト、ちょっと来て」

「へ?」

 

 今度はカノンがライトの手を引く。

 グイグイと女子ならざる力で連れて行かれるライトは、コルニが話を聞くことができない位置まで移動された。

 そのままカノンにグイッと顔を近付けられ、耳打ちをするように問いを投げかけられる。

 

「(旅仲間って、その……寝食を共にする感じの?)」

「(そうだけど……)」

「(じゃあさ、一緒の部屋で眠ったりもしたの?)」

「(そりゃあ……まあ)」

「(留学に行って、他の地方の子に手を出したりしてないよね?)」

「(なんの話をしてるの?)」

 

 コソコソと話す二人の背中を眺めるコルニは、何事かと首を傾げているが、長くなりそうだと感じたのか、顔を上げて日和見し始める。

 その間にも、幼馴染による密着しながらの話は続く。

 

「(てっきり……その……お付き合いでもしてるのかと)」

「(してないよ!?)」

「(えっ!?)」

「(なんで驚いてるの!?)」

「(いや、女の子と旅するなんて、よっぽど仲良くなきゃしないんじゃないかって……)」

「(僕に留学先で……その……彼女を作ろうなんて気概はないからね?)」

「(そ、そう……?)」

「(うん……まあ、納得いかないなら本人に訊いてもいいけど……)」

 

 何故、こんなに赤面してこそこそと小声で話さなければならないのか。

 二人はその考えで頭が一杯だった。

 

 昔はよく互いの家に泊まりに行ったり、食事をとったり、風呂に入ったりする仲の二人であったが、そろそろそういったお年頃。

 特別な理由もなしに、相手の恋愛事情が気になってしまうお年頃のカノンであったが、自分で口火を切った割には話が続かない。寧ろ、この話題を振ってしまったことに後悔を感じている最中であった。

 

―――なんだ、この居心地の悪さは

 

 久し振りの気兼ねなく話せる相手と会ったにも拘わらず、この話のし辛さ。

 暫し無言になる二人であったが、ライトはなんとかこの雰囲気をどうにかしようと、とある話題を振ってみる。

 

「(あのさ……旅先でラティアス捕まえたんだけど、後で見る?)」

「(えっ、ホント?)」

「(ホント。レモン味みたいな見た目だけど)」

「(レモン味?)」

「(見れば分かるから)」

「(そう? なら、後で見せてね)」

「(オッケー)」

 

 ポケモントークでなんとか場を納める。

 そのまま百八十度回転した二人は、日和見に徹していたコルニの下に戻るように歩み寄っていく。

 のほほんとしているコルニとは違って、二人は未だ頬が紅潮したままだ。

 思えば、面と向かって恋愛に関する話などはしたことがない。

 

 慣れないことを話した後、意識するなと言う方が無理というものであるが、それでも二人はチラチラと互いの横顔を見たりする。少年の姉が見れば、『あらヤダ♡』とからかうように高笑いするのが目に見えている光景だ。

 

 兎にも角にも、一先ず微妙な雰囲気を切りぬけた二人はコルニの下に戻り、早速本来の目的であった昼食探しに向かう。

 如何せん、手軽に食べることのできる軽食が多い。

 カントーやジョウトであれば縁日のような盛り上がりを見せるであろうが、ここはカロス地方。賑わっているといっても、大分雰囲気が違う。

 散々悩んだ挙句、最終的には持ち運びが容易いパンに決定した。焼きたてのメロンパンを販売している店が見つかり、香ばしい香りに釣られた結果だ。

 

 パリッとした表面。もちもちと弾力のある中身。そして表面の角砂糖の仄かな甘みを感じながら食べ進めるライトであったが、ついさっきサイコソーダを飲んでいたことを思い出した。

 甘い物続きは少々栄養が偏ってしまったか。

 今度からはしょっぱい系統の物を選ぼうと決心したライトであったが、スタジアムの戻る最中に、現在の試合を生中継しているスタジアム外のテレビジョンが目に入り、足を止める。

 

「今、三試合目かぁ……」

 

 実際は生で観ることができる席があるのだが、どうしても気になって足を止めてしまうライト。

 画面では、メタグロスとメガシンカしたアブソルが激しい攻防を繰り広げている。

 重厚な身体を有すメタグロスに対し、羽が生えたアブソルは素早い動きで翻弄しつつ、巨大化したツノを振り回し、着々とメタグロスの体にキズをつけていく。

 

 大迫力で息を飲んでしまうかのような光景だ。

 

「ライト、サイコソーダ一口頂戴」

「ん」

「ありがとっ」

 

 ライトがメロンパンを頬張りながら真剣にバトルを観戦している途中、サイコソーダを飲ませるよう催促するカノン。対してライトは、特に悩む様子なく缶を手渡した。

 さっきの今で間接キスはどうなのかと思う者も居るかもしれないが、二人は一切気にしていない。線引きがかなり曖昧な二人であるが、そんな二人を近くで見ているコルニもまた、他人が口を付けたモノを食べる事に対して抵抗を持たないタイプの人物である為、特に何も言わない。

 

 暫し無言で試合観戦に勤しむ三人。

 

 気になる試合の決着は、メタグロスの“コメットパンチ”を躱したアブソルが、“つじぎり”で急所を突いて倒すという圧巻のものであった。

 三人も自然とパチパチと拍手する。

 周囲で棒立ちになって観戦していた者達も、激戦を制したアブソル、メガシンカポケモン相手に健闘したメタグロス、そして素晴らしいバトルを魅せてくれたトレーナーに対して惜しみない拍手を送った。

 

『アヤカ選手、二回戦進出です!』

 

 インタビューやアナウンスだけでなく実況も務めるパキラの声が響く。

 才色兼備の化身とも言える彼女も、いずれは戦うのかもしれないのかと考えながら、二回戦進出が決定したトレーナーの顔を覚える。

 メガシンカを扱うということは、それだけ強敵ということ。

 今更ではあるが、メガシンカの使い手は警戒すべきトレーナーの一人として数えられるだろう。

 

「……そう言えば、僕の二回戦の相手って誰?」

 

 ふと思い出した重大な疑問。

 ポケモンを回復させる為、試合の後は直行でスタジアムに併設されているポケモンセンターにやって来たが、そのお蔭で第二試合の勝者が誰なのかを確認していないのだ。

 ホロキャスターで調べればすぐに出るのだが、自然な流れでカノンの方に顔を向けるライト。

 

「ねえ、カノン。第二試合って誰が勝ったか覚えてる?」

「第二試合? 確か……ビリリダマみたいなアフロした人だったけど、名前はなんだっけかな……」

「ビリリダマ……アフロ……?」

 

 なにやら凄まじく特徴が濃い人物が次の試合の対戦相手になりそうだ。

 

 思わず顔が引き攣るライトは、素直にホロキャスターを起動させ、次なる相手の情報を調べる。

 暫し検索をかけていると、調べていたライトの目が点となった。

 その様子に、両隣りにいた女子二名はグッと身を乗り出して、ホロキャスターによって映し出されたホロビジョンを見つめる。

 

「次の相手選手は『ミラーボ』。出身は……オーレ地方?」

「オーレ……あっ、イッシュ方面じゃない?」

「カノンは知ってるの?」

「そんなにだけど、砂漠が多い地方じゃなかったかしら?」

「砂漠が多い地方かぁ。だったら【じめん】タイプを使いそうだけど、そう単純でもないだろうしなぁ」

 

 聞いたことのない地方の名に、顎に手を当てて『うーん』と唸るライト。

 砂漠が多いとなれば、その環境に適応したポケモン―――つまり、【じめん】を初めに【いわ】、【はがね】などが多く生息している筈。ならば、その地域出身のトレーナーであれば、必然的にそれらのタイプのポケモンに偏っていそうだが、あくまで予想に過ぎない。

 

(……でも、予選だと全然【じめん】使ってない。辛うじて【いわ】が入ってるアーマルドを使用しただけで、他は【みず】とかだ)

 

 予選と本選で使い分ける作戦か。それとも、元よりそういうタイプを好んでいるのか。

 しかし、確かなのは【みず】タイプを多く扱っているという事。

 

(ということは、二回戦もジュカインは選出しておこう。他二体は誰にするかな……)

 

 【みず】には【くさ】。

 基本中の基本、“相性”を考慮してジュカインを選出することに決めるライト。

 

 残り二体に悩むところであるが―――。

 

(折角だしね)

 

 二体目は早々に決まった。

 対人戦での経験を積ませたいポケモンが一体、ライトの手持ちの中には居る。彼女に慣れてもらうためにも、二回戦という早めの段階で実戦に投入すべきと考えたライト。

 残りは一体。

 

(【みず】を以て【みず】を制す……よし!)

 

 最後の一体も決まった所で、ちょうど良くメロンパンを食べ終える。

 ニッと笑いながらホロビジョンを見終えたライトを隣で観ていたカノンは、どこか楽しそうに見える少年に釣られ、思わず頬を緩ませてしまう。

 

 旅をして何か変わってしまったかと思えば、この少年は良い意味で変わっていない。

 

 昔からそうだった。

 

 ポケモンバトルを純粋に楽しむ、どこにでも居るような普通の少年だ。

 

 

 

(―――だけど、どこか眩しく感じちゃう)

 

 

 

「……カノン。なに笑ってるの?」

「別にぃ~……ふふっ!」

 

 ふと少年の声に我に返るも、焦った様子も見せずに振る舞ってみせる。

 屈託のない笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

ついつい笑ってしまうのは、どうしようもなく嬉しいからだろう。

 

 

 

 

 

 

 


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