ポケの細道   作:柴猫侍

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第百三話 雨の日に『ブルルッ』てやる身震いの被害は大きい

 

 ざわめく会場。彼等はこれから始まるポケモンバトルを今や今やと待ちかねている。

 カロスリーグ三日目。初戦を勝ち抜いた十六名が、更なる高みを目指して激突する第二回戦が繰り広げられる予定だ。

 天気は快晴。これ以上のポケモンバトル日和はないだろう。

 

 暫し待っていると、スタジアム全域にアナウンスが響き渡る。同時に観客たちの盛り上がりも最高潮に達し、拍手と歓声がスタジアムからミアレシティの街中まで轟いていく。

 ゆっくりと開かれる、選手入場用のドア。

 無機質な通路を歩み、姿を現すのは二人のトレーナーだ。

 

 一人は帽子を被る少年。

 もう一人は、奇抜な色合いのアフロの男性。

 

 しかし、彼らはどちらも初戦を勝ち抜いた強者だ。今更、『あんなトレーナーが勝ち抜くなんておかしい』とのたまう者は居ないだろう。

 現に、鳴り止まぬ歓声が二人のトレーナーを歓迎している。少年は歓声に対し、ぎこちない笑みで手を振りかえしてみせ、一方男性の方は慣れた様子で佇まっていた。

 華奢な体格の男性は、紫を基調としているピッタリとしたスーツの胸をはだけさせ、黄色のマフラーを首から靡かせている。キラリと日光を反射させるサングラスも目を引かせるが、厚底の靴も中々―――。

 

 要するに奇抜な格好だ。

 

 何故かリズムを刻むように足踏みをしている彼は、恐らくダンサーか何かなのだろう。誰もがそのようなことを考えている最中、早速フィールドが出現する。

 荒野のようなフィールド。フィールドの両端に二メートル程の岩がドンと構えており、他には中央に川のような水場が用意されているのみ。

 

 そんな戦いの場を一瞥した二人のトレーナーは、徐にボールを取り出して宙に放り投げる。中から飛び出してきたのは、ジュカインとマルマイン。

 ジュカインは兎も角、マルマインを目の当たりにした観客は一斉にして、マルマインを繰り出したトレーナーの髪型に目をくぎ付けにする。右半分を赤、左半分を白に染めている彼のアフロはマルマインとお揃いなのか。そのような想像を駆り立てる髪型を櫛で弄る男性は、にんまりと笑みを浮かべながら、少年の方に人差し指を突きだした。

 

「んっん~♪ レッツ、ダンシングターイムッ!」

 

 直後、試合開始の合図がスタジアムに響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「マルマイ~~~ン、“あまごい”!」

 

 リズミカルにステップを踏みながら指示を出すミラーボ。するとマルマインは、上下逆様になってブレイクダンスのように回転し始める。

 

(あれ“あまごい”なのっ!?)

 

 そのダンスが“あまごい”であることを心の中でツッコんだライト。

 同時に、マルマインが雨という天候で得られる恩恵はさほど大きいものではない事に思慮を巡らす。【でんき】タイプの技の中でも強力な“かみなり”も、【くさ】のジュカインには効果がいまひとつだ。

 となれば、対戦相手であるミラーボが狙っていることに想像はつく。

 彼は予選で【みず】を好んで選出していた。雨中の【みず】タイプの強さは、ライトもよく理解している。

 

(後続に雨の恩恵を受けるポケモンを控えさせているって所か……)

 

 ここで頭に浮かんだ選択肢は二つ。

 一つ目は、“あまごい”の効果が切れる寸でのところまでジュカインに耐え凌いでもらうか。

 二つ目は、速攻でマルマインを倒すことにするかだが―――。

 

「……ジュカイン! 速攻、“リーフストーム”!!」

 

 刹那、どこからともなく現れた木葉がジュカインの両腕に纏わりついていく。渦巻くように収束していく木葉を確認したジュカインは、その驚異的な脚力を以てマルマインに接近していった。

 “あまごい”を終えて、無防備になっているマルマインの眼前まで迫ったジュカインは、両腕を地面に突き立てる。瞬間、二つの渦巻いた木葉が混じり合い、一つの巨大な竜巻を生み出すではないか。

 

 目が点になるマルマインは、木葉入り竜巻に捕らわれ、グルグルと風に攫われるように暗雲立ち込めるフィールドの空へ吹き飛ばされていく。

 

 【くさ】タイプの特殊技―――“リーフストーム”。木葉吹き荒れる嵐で相手を攻撃する【くさ】の大技であるが、繰り出した後は【とくこう】が二段階下がるというデメリットを孕む。

 本当であれば後続に控えているであろう【みず】タイプにとっておきたかったが、何せ相手が相手だ。マルマインは少しの刺激で大爆発を起こす危険なポケモンとして知られている。

 “あまごい”の効果を長らえる為に、自ら“じばく”なり“だいばくはつ”なりで退場する可能性は少なくないと判断したのだ。

 故に速攻。“だいばくはつ”を起こされる前に、早急に対処すべきと考えた上での攻撃である。

 

「アァ~、ボクのマルマインちゃ~~~ん!」

 

 “リーフストーム”の直撃を喰らって宙に舞うマルマインに、悲痛な声を上げるミラーボ。

 これで一体―――かに思われた。

 

「なぁ~んちゃって……マルマイ~ン!」

「っ!? ジュカイン、後ろだ!」

「“だいばくはつ”ゥ!!」

 

 何かが閃いたと思えば、マルマインはジュカインの背後に回り込んでいた。

 ジュカインの反応速度を上回る速度で回り込んだマルマインは、好戦的な笑みを浮かべながら、体から光を発し始める。

 ライトが注意を喚起するも虚しく、次の瞬間にはフィールド上では文字通り大爆発が起きた。フィールドのみならず、スタジアム全体に震動が伝わる程の爆発。

 パラパラと岩の破片が零れ落ち行く中、次第に砂煙が晴れていく。

 

「マルマイン、ジュカイン、共に戦闘不能!」

 

 審判が、フィールド上で伸びている二体を確認して両腕の旗を上げる。

 その光景にライトは苦渋に満ちた顔を、ミラーボは計画通りにいったと言わんばかりの得意げな笑みを浮かべていた。

 

「チッチッチ、甘ちゃんだねェ~。アレ(リーフストーム)一発で倒したつもりだったんだろうけど……レベルが足りなかったんじゃないのォ~~~!?」

 

 煽られている。

 こちらが子供だからと、煽ればすぐに怒って冷静な判断ができなくなるとでも思っているのではないか。

 沸々とした怒りが込み上がってくるが、それよりもライトは“だいばくはつを指示したミラーボの態度が気に入らなかった。

 

(労いの言葉もないなんて……)

 

 別にライトは自爆系の技を嫌っているという訳ではない。ただ、後続のポケモンに勝負を託したポケモンに対しての扱いが、目の前のトレーナーは少々粗雑ではなかろうか。

 戦術に組み込むのは結構。それが見事であれば素直に賞賛に値する。だが、身を削る技はポケモンにとって、非常に辛い攻撃手段だ。そのことについて労う気概も無いのであれば、自爆技などは扱って欲しくない。

 これがライトの持論だ。カロスを旅した上で、人とポケモンの関係を見てきた少年の気概だ。

 

「……キミに決めた、ギャラドス!!」

「フゥ~♪ アーマルドちゃん、ヒアウィ~ゴ~!」

 

 凶竜(ギャラドス)を繰り出すライト。

 一方ミラーボが繰り出すのは、かっちゅうポケモンのアーマルドだ。甲冑のように硬い甲殻は、生半可な物理攻撃ではダメージが通らないが、雨中であれば話は別だ。

 

「雨ならギャラドスが有利だ!! “アクアテール”!!」

「ホントにそうかなァ~!? アーマルドちゃん、“ストーンエッジ”を決めちゃって!」

 

 反動を付けてアーマルドに襲いかかるギャラドス。雨の中であれば、“アクアテール”の威力も増加する為、【いわ】・【むし】タイプであるアーマルドには効果が抜群だ。

 しかし、大きく尾を振るうギャラドスに対してアーマルドは、その体に似合わない動きの速さで“アクアテール”を回避する。

 

「っ……“すいすい”かっ!?」

「ピンポーン!! からの~~~……ズッド~ン!」

「ギャラドス!」

 

 回り込んだアーマルドが地面から鋭くとがった岩石を隆起させ、ギャラドスの胴を穿つ。効果は抜群であったが、ギャラドスの特性である“いかく”が入っていた為、そこまでダメージは入らなかったようであるが、油断は禁物だ。

 “すいすい”のアーマルド。通常、アーマルドの特性は、相手の攻撃が急所に当たらない“カブトアーマー”とされている。

 これには、スタジアムのどこかで観戦していたザクロが『これは珍しい』と目を輝かせる程だ。

 

 想定外の特性のアーマルド。

 しかし、することに変わりはない。

 

「ギャラドス、もう一回!!」

「芸がないねェ~! 躱しちゃいな、アーマルドちゃ~ん!」

 

 跳ねるように飛び掛かってくるギャラドスに対し、またもや横に逸れて回避するアーマルド。

 攻撃の機会とばかりに、アーマルドの瞳はギラリと輝く。その両腕の爪を突き立てて、再び“ストーンエッジ”を繰り出そうと―――。

 

「“じしん”ッ!!!」

「ありゃりゃ!?」

 

 尾を大きく振るうギャラドス。てっきり“アクアテール”を繰り出すばかりだと考えていたミラーボは、サングラスの奥の瞳を大きく見開いた。

 直後、丸太よりも太い竜の尻尾が地面に叩き付けられ、マルマインの“だいばくはつ”よりも大きい震動がスタジアムを襲う。立っていたライトは思わず膝を着いてしまうほどの激震。それを間近で喰らえばどうなろうか。

 “じしん”の震動を貰ったアーマルドは、技を繰り出すどころではなくなっていた。

 『おっとっと』と言わんばかりに、自分の体勢を整えようと両腕を水平に広げている。

 

「そこだ、ギャラドス!」

「くっそォ~~~、小賢しいっ! “クロスポイズン”!!」

「“こおりのキバ”!!」

「おおんっ!?」

 

 ギロリと瞳をむき出しにするギャラドスは、両腕を毒に包み込ませるアーマルドに突貫する。

 間もなく組み合った二体。ギャラドスの巨体を真正面から受け止めるアーマルドの表情は、如何せん厳しそうな表情だ。同時に猛毒が染みだしているアーマルドの両腕ごと胴体に噛み付いているギャラドスも、【どく】を受けてしまったのか、辛そうな顔を浮かべている。

 暫し組み合う二体。軍配が上がったのは、ギャラドスの方であった。

 

「ッ……!?」

 

 驚愕に満ちた目を浮かべるアーマルドは、次第に凍てついていく自身の体を瞳に入れた。

 濡れていたが故か、如何せん体が氷に包まれるのが早い。甲冑のように重い甲殻を凍てつかされ、アーマルドの動きが阻害されることは想像に難くないだろう。

 

「そこだッ、“アクアテール”!」

 

 身動きが取れなくなった頃合いを見計らい、ライトの指示が飛ぶ。

 直後、とぐろを巻くようにして勢いを付けたギャラドスが、瀑布を纏った尻尾をアーマルドの胴体に叩き込んだ。

 岩石が吹き飛ばされるように重厚な音が響いたかと思えば、数コンマ後にフィールド端の岩石で同様の音が奏でられる。

 

「アーマルド、戦闘不能!」

 

 渾身の一撃を喰らったアーマルドは、ピクピクと痙攣しながら地面で伸びていた。それを残念そうな顔で見つめるミラーボは、さっさとアーマルドをボールの中に戻す。

 これで二対一となった訳であるが、状況は芳しくない。【どく】を受けて体力を消費しているギャラドスを見れば、一目瞭然だろう。

 

 どうしたものか、とライトが思慮を巡らせている内にも、ミラーボは最後のポケモンを繰り出す。陽気にリズムを刻んでステップを踏むのは、のうてんきポケモンのルンパッパだ。

 【みず】・【くさ】の複合タイプ。相性的には不利ではないが、ライトはギャラドスのボールを手に取った。

 

「戻って、ギャラドス! ちょっと休んでてね」

 

 突っ張ったとしても、それほど望むような結果は得られないだろう。

 そう考えたライトは素直に交代を選び、三体目のボールに手を掛けた。

 

(……よし、お披露目といこう!)

 

 カタカタ、と震えるボール。ライトの意気を感じ取った彼女は、出番を今や今やと待ちかねていることだろう。

 ならば、彼女を早々にこのフィールドに繰り出して、初陣を華やかに飾ってあげようではないか。

 

「ラティアス、キミに決めた!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「むげんポケモン、ラティアス……あらあら、珍しいポケモン捕まえてるのね、あの子」

 

 関係者用の部屋からフィールドを見下ろすドラセナは、ライトが繰り出したラティアスを目の当たりにして感心するように呟いた。

 祖父母が昔を司る町の生まれである彼女は、伝承などには詳しい一面を持つ。特に伝説の【ドラゴン】タイプなどには専らなのだが、御伽話に出てくるようなポケモン―――その色違いを手に入れているとなると、驚きを禁じ得ないようだ。

 

 だが、色違いだからとバトルに強い訳ではない。問題はラティアスに指示を出す少年の技量に掛かっている。

 

「見た感じ、そう長い付き合いには見え無さそうだし……新入りなのかしらねぇ?」

「どうかしら。まだ拙さは抜けてなさそうだけど、あたしは充分強そうに見えるわ」

 

 ドラセナの言葉に、隣で柔和な笑みを浮かべながら語るカルネ。

 確かにラティアスが移り気な様子で観客席を見渡している辺り、人が多い中でのバトルは慣れていなさそうであることは理解できるが、

 

「あらッ、動いたわね」

 

 カルネが、早速攻勢に出るルンパッパを目に捉える。

 嘴から解き放つ冷気の光線―――“れいとうビーム”。【ひこう】を苦手とするルンパッパに覚えさせるのは妥当な技だ。

 【ドラゴン】にも有効な技を繰り出すルンパッパに対し、ラティアスはその場に留まり瞼を閉じる。真正面から“れいとうビーム”を喰らうものの、精神統一を図るラティアスには思ったように攻撃が通らない。

 

「“めいそう”、ね」

 

 下手に攻勢に出るよりも、まずは自身の能力の底上げに回ったか。

 【とくこう】と【とくぼう】を上げる“めいそう”となれば、あのラティアスは特殊攻撃を主体とするのだろう。

 そもそもラティアスがどのような攻撃をするのかを知らないカルネにとっては、興味が尽きない試合展開だ。

 

 もう一度“れいとうビーム”を繰り出すルンパッパだが、またもや“めいそう”で精神統一を図っているラティアス。ここで、雨は途端に止んだ。

 先程まで陽気にステップを踏んでいたルンパッパも、思わず足を止めてしまう程ショックな出来事であったのか。

 

 しかし、自身の優位を創り上げる為にも、ルンパッパは指示を出されて“あまごい”を行う。既に水で溢れているフィールドに、再びザアザアと豪雨が降り注ぐ。

 するとラティアスの体は淡い光に包み込まれていった。

 度重なるルンパッパの攻撃で傷を負った体が、徐々に癒えていくことから、それが“じこさいせい”であると予想するのはカルネにとってそう難しいことではない。

 

 さて、既に“めいそう”を二回積んだラティアスと、“あまごい”下のルンパッパ―――どちらが有利だろうか。

 幾ら効果が抜群な“れいとうビーム”と言えど、【とくぼう】が二段階上昇した相手には思う様な効果は得られないだろう。【こおり】状態にすれば勝機は見えて来るかもしれないが、ミラーボのバトルテンポが崩されてきているのは火を見るよりも明らかだ。

 

 未だ“めいそう”を積むラティアス。恐らく、素の【とくこう】にそれほど自信がないのだろうかと、カルネは予測を立てる。

 いや、もしや―――。

 

 

 

 

 

「ラティアス、“アシストパワー”!!」

 

 

 

 

 

 刹那、光が爆ぜたかと思えば、ルンパッパに一条の光が突き刺さった。

 フィールドの上空に立ち込める暗雲を切り裂く程の攻撃。

 

(成程、そういう訳ね)

 

 “めいそう”の一点張りであったライトの指示に得心がいったカルネは、にっこりと微笑んで、ルンパッパを一撃で倒したラティアスにウインクを送る。

 蓄積したパワーで相手を攻撃する【エスパー】の特殊技―――“アシストパワー”。最初こそ、その威力は微々たるものだ。しかし、自身が高めた能力の分、段々と威力を増していくこの技は時に凄まじい威力を誇る。

 

 そんなラティアスの繰り出した“アシストパワー”は、暗雲を切り裂くのみならず、地面に溜まっていた水を宙へ巻き上げた。雲の隙間から差し込む日光が水飛沫に反射し、フィールドに美しい虹を掛ける様相は『見事』としか言いようがない。

 予想以上のパフォーマンスに、観客席は湧きに湧き上がる。

 

「勝者、ライト選手! 三回戦に進出です!!」

 

 盛り上がりが最高潮に達する会場。

 バトルを終えたラティアスは、主人の下にフヨフヨと帰るや否や、ブルブルと体を震わせて自身の体毛に付着した水を振り払う。辺りに撒き散る水滴に苦笑を浮かべるライトであったが、初陣で十二分の活躍をしたラティアスに満面の笑みを浮かべる。

 

 逆に敗北を喫したミラーボは、『キィ~~~!』と自身のマフラーを噛みながら悔しがっていた。すると通路の奥から見知らぬ二人組がやってきて、『覚えてろォ~!』と叫ぶミラーボの両腕を抱えて連行していく。

 

 その様子に苦笑を禁じ得ないギャラリーであるが、今は勝利した少年達に向けて惜しみない拍手が送られている。

 カルネもその内の一人だ。

 

「うんうん! あの子達、とっても素敵だわ!」

 

 そう呟いて、彼女は少年が勝ち進むことを仄かに願うのであった。

 

 

 

 


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