ポケの細道   作:柴猫侍

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第百九話 いうことを きかない

 

 カロスリーグ四日目。

 一回戦、二回戦と勝ち進んできた精鋭たちの中から、最終日に花を添える決勝進出者を決める重要な日でもある。

 四日目だというのにも拘わらず、コロシアムの観客席は満員御礼と言わんばかりの盛況ぶりだ。なにより今日の準決勝からはフルバトル。六体を用いてのバトルは、公式戦の中では余り行うことがなく、大抵の人々はポケモンリーグにおいてフルバトルを初めてみることとなる。

 

 更にはこのカロスリーグ、準決勝のみシャッフル形式で出場者の選出が行われるのだ。正直にトーナメント表だけ見ていると痛い目に遭うというトラップ。しかし、説明書や要綱をしっかり読むタイプのライトは、その心配はなかった。

 尤も、準決勝に勝ち進むためには、まず三回戦で勝利を掴みとらなければならない。

 

 そして、今まさにその戦いの幕が切って落とされようとしている。

 

「これよりカロスリーグ第三回戦第一試合を開始します!」

 

 高らかに響く審判の声も何度聞いた事か。

 天候には恵まれ、今日も晴天。程よく乾いた空気が、歓声の迫力が一割ほど増しているかのように錯覚してしまう。

 一番に試合を始めるライトとしては、頭を覚醒させるのにちょうどいい目覚まし代わりだ。

 

(相手はカロス出身の人……一度は戦ったことがあるけど)

 

 以前、バトルシャトーで戦ったことのあるアヤカ。

 しかし、ここまで勝ち進んできた以上、以前と実力や戦法が同じであることは考えづらい。

 そしてなによりも脅威なのは、メガシンカできるアブソルを有しているということだ。これまでの試合を観る限り、圧倒的な攻撃力と俊敏な動きで相手を圧倒するスタイルで戦ってきている。

 物理と特殊、どちらにおいても隙の無い相手ではあるが、反面防御面はメガシンカ前と同じ程度脆いとライトは予測を立てて挑んでいるのだが、

 

(実際バトルしてみなくちゃ分からないよね)

 

 フッと口角を吊り上げてボールを手に取る。

 

「ミロカロス、キミに決めた!」

『ライト選手、一体目はミロカロスだぁ―――!』

 

 先攻に決まったライトが繰り出したミロカロスは、森林のフィールドに舞い降りる。大よそ似つかわしくないフィールドに降り立ったミロカロスであるが、特段焦った様子もみせることなくライトに信頼の視線を向けてからウインクしてみせる。

 対してアヤカが繰り出したのは、

 

「ガルーラ、お願い!」

(ガルーラ……【ノーマル】タイプか)

 

 『おやこポケモン』ガルーラ。カントー地方でも見かけるポケモンの一体だが、生息数は非常に少なく、ライトも生で見たのはカロスに来てからだ。

 

 そんなガルーラには【かくとう】タイプで攻め込みたいところだが、生憎ミロカロスは【かくとう】技は覚えていない。

 対してガルーラは【ノーマル】タイプらしく多種多様なタイプの技を習得することが可能だ。どのような手で攻めてくるのかは予測し難い。

 

 が、

 

「“ねこだまし”!」

「“まもる”!」

『お―――っと! ライト選手、ガルーラの“ねこだまし”を完全に読んでいたようだぁ!!』

 

 凄まじい速度で肉迫し、ミロカロスの前で両手を叩こうとするガルーラに対し、防御壁を展開するミロカロス。

 やはり、と不敵な笑みを浮かべるライト。

 “ねこだまし”は【ゴースト】以外の相手であれば、ほとんどのポケモンに対し有効な初手だ。覚えているのであれば、様子見に一発撃つのは定石だろう。それを読んで“まもる”を指示したライトだが、例え“ねこだまし”が来なくとも相手の技を一つ明かすことができるという算段での指示であった。

 結局のところは読み通りになった訳だが、勝負はここからである。

 

「ミロカロス、“ハイドロポンプ”!!」

「ガルーラ“ふいうち”よっ!」

 

 口腔に水を凝縮させるミロカロスに襲いかかる、俊足の一撃。

 ドスンと腹の底に響き渡るような鈍い音が響けば、ミロカロスの巨体がわずかに宙に浮く。

 まさに不意を突く攻撃に苦悶の表情を浮かべるミロカロスであるが、それだけの攻撃で怯む彼女ではない。進化前であったのであればこの一撃で沈んでいたかもしれないが、今は違う。

 

 カッと奔る眼光。

 すると、拳を振りぬいた後のガルーラの胴体に、ミロカロスが放つ“ハイドロポンプ”が直撃し、ガルーラの体は木々の群れの中へと飛ばされていく。

 

「追撃! “れいとうビーム”!」

「させない! “いわなだれ”よ!!」

 

 水浸しとなった体に追い打ちをかけるべく、“れいとうビーム”を繰り出すミロカロスであったが、直前にガルーラの前に降り注いだ岩石の壁に阻まれ、攻撃を阻止された。

 

(くっ、“れいとうビーム”をいいように使われて……!)

 

 即席の岩壁をたちまち凍らせていく光線。しかしそれはアヤカの予測の範疇なのだろう。

 これが“ハイドロポンプ”であったのならば岩の群れ共々ガルーラを吹き飛ばせたであろうが、“れいとうビーム”では岩と岩を凍りつかせて補強してしまっている。

 遮蔽物に遮られるというのは“れいとうビーム”の弱点の一つ。

 そして、攻撃回数の制限に怯えては、功を逃がすという例の一つと言えるだろう。

 

 そのようなことを考えるや否や、凍りついた岩壁を叩き壊して姿を現れるガルーラが―――。

 

「いっ!?」

「ガルーラ、投げ飛ばしちゃいなさい!」

 

 意気揚々と指示を出すアヤカ。一方、ガルーラはその脇に抱えた枝付きの丸太をブンブン振り回して勢いを付けた後、サイドスローでミロカロスに投げつけてくるではないか。

 まさかフィールド上のオブジェクトを武器に変えて、あまつさえ飛び道具にしてくるとは思いもよらなかった。

 しかし、幸いにも茫然としていなかったライトは、刻一刻とミロカロスに迫る丸太の対処を反射的に口走る。

 

「“ハイドロポンプ”で吹き飛ばして!!」

 

 ゴゥ、と唸るような音。

 次の瞬間、ミロカロスよりも少し細い程度の丸太が、ミロカロスの放った激流によって中央から真っ二つにへし折れる。

 そのまま滂沱の如き放水は、投げ飛ばした後の体勢のままであったガルーラの胴を再び穿つ。

 

(あれ……?)

 

 その時、一瞬思考が止まったライト。

 

―――何かが足りない

 

―――……足りない?

 

「はっ……子供は!?」

「ッ……ミッ!?」

 

 ライトが感づいた瞬間に、視界が暗転して動揺するミロカロス。

 彼女の瞳を覆うのは、何時の間にかミロカロスの頭部に乗っていたガルーラの子供であった。

 ガルーラが『おやこポケモン』と呼ばれる所以を、どうも失念してしまっていたようだ。

 

 一体どのタイミングでとりつかれたのだろうか?

 最初の“ねこだまし”? それとも次の“ふいうち”? はたまた、さきほど“ハイドロポンプ”で吹き飛ばした時だろうか?

 

「分からないけど……一旦落ち着いて、ミロカロス!」

「いいわよ、そのまま! 特大のを決めてあげて! “ギガインパクト”よっ!!」

 

 子供がミロカロスの視界を防いでいる間、しっかりと地面に足を踏み込んで助走体勢に入っていたガルーラ。

 刹那、爆発音にも似た轟音が轟いたかと思えば、地面がめくれ上がるほどの勢いで走るガルーラが、ミロカロス目がけて突進していった。

 

 “ギガインパクト”は【ノーマル】タイプの物理技の中でも特に強力な技。喰らえば、ミロカロスと言えど一たまりもない。

 しかし、

 

「ミロカロス、頭を差し出して!」

 

 咄嗟の指示にも拘わらず、主人の声で平静を取り戻して言われた通り頭をたれる様に、ガルーラが向かってきている方向へ頭を差し出すミロカロス。

 すると先程まで鬼のような形相で走って来ていたガルーラの動きがピタリ、と止まる。

 

 このまま“ギガインパクト”で突っ込んだとすれば、真っ先に攻撃を喰らうのは自分の子。過保護として知られているガルーラにすれば、今ミロカロスがしているのは鬼畜の所業と言わんばかりの行動だ。

 『私を攻撃したくば、まずは己の子から手に掛けることだな』。そんなセリフが聞こえてきそうな行動に、思わずガルーラは怯んでしまった。

 

 ……指示をしたのはライトだが。

 

(動きが止まった! これなら―――)

 

「そのまま顔を振り上げるようにして“ハイドロポンプ”だ!!」

「攻撃中止! 横に飛んで避けて! 子ガルも撤退!」

 

 “ギガインパクト”を放つのを止めたガルーラは指示通り横に退避し、なんとか“ハイドロポンプ”の直撃を免れる。同時に、子供のガルーラもミロカロスの妨害を止めて、軽やかな動きで親の下へちょこちょこと戻っていく。

 その間に噴水のように放たれた技の影響でフィールドに水飛沫が降り注ぎ、雨天の後でもないにも拘わらず虹が掛かったのを目の当たりにした観客たちの感嘆の声が漏れたのは、果たして虹への感動か。それとも咄嗟のライトの指示に対する感嘆か。

 

 一方、ライトはと言うと。

 

(実質一対二みたいなものだけれど……どう攻略しよう)

 

 親と子。その生態故に二体で一体としてみなされているガルーラは、他のポケモンよりも戦術の幅が広い。

 その戦術の幅を広げているのは、何よりも腹部にある袋に佇まっている子供のガルーラだ。しかし、子供のガルーラは同時に親の個体にとっての弱点となり得る存在。

 尤も、ガルーラは子供の危機が迫れば逆鱗を触れられた竜のような恐ろしい一面を見せるポケモンでもある為、素直に子供を狙うというのも得策ではない。

 

(“ハイドロポンプ”の残り回数も少ないし、もしカエンジシが出てきた時の為にとっておきたい……)

 

「ミロカロス」

「ミ?」

 

 技ではなく名前だけを呼ぶ。

 すれば怪訝な表情で振り返ったミロカロスは、主人の表情で何かを察したのか、すぐさま相手の方へ振り返ってグッと身構える。

 

「ミロカロス!」

「ガルーラ、“ふいう―――」

「戻って!」

「ち”……ッ!?」

 

 身構えた様子から攻撃が来ると踏んで“ふいうち”を指示したアヤカであったが、その予想は外れ、見事にガルーラの拳は空を切るだけに終わった。

 次の瞬間、ミロカロスに代わって飛び出してきたのは、

 

「ハッサム……メガシンカ!!」

『ライト選手のハッサム、今大会で何度も見せているメガシンカを、ここでも披露だぁ―――!』

 

 戦意に満ちた瞳で降り立つハッサムは、瞬く間に眩い光に包まれていき、鋭角的なフォルムに変貌した体を見せつける。

 早い段階でのメガシンカに、アヤカの表情は強張る。だが、相手が功を急いでいるのか余裕がないと考えているのかと思えば、自分の方には僅かばかり心的な余裕が生まれてきた。

 しかし、ハッサムを倒しきるだけの攻撃手段をガルーラは有していない。

 “いわなだれ”で怯むのを狙うか。

 いや、あのハッサムの得意技は“バレットパンチ”であることは調査済み。先制技を繰り出されようものならば、ミロカロスとのバトルで疲弊したガルーラに厳しいものがあるだろう。

 となれば、“ふいうち”が妥当か。“つるぎのまい”ですかされる可能性も無きにもし非ずだが、このまま優柔不断で居れば先手を取られる。

 

「ウダウダしても仕方ないわね……“ふいうち”よ!」

 

 再び“ふいうち”を繰り出すべく突進するガルーラ。

 一方ハッサムは避ける素振りを見せない。

 すると、そのままガルーラが振るった拳はハッサムの顔面に吸い込まれるようにして叩きこまれた。

 

「―――“バレットパンチ”ッ!」

 

 代わりに、インファイトに持ち込んだガルーラの顔面にも、弾丸のように捩りが加えられた鋏が叩き込まれたが。

 

「ガルーラッ!?」

 

 アヤカの悲痛な声で名を呼ぶも、良い軌道で叩きこまれた一撃には耐えかねたのか、親のガルーラは目を回して倒れ込み、子供のガルーラはその周りで狼狽するのみ。

 リーグ協会では、ガルーラの戦闘負について親の方が戦闘不能になれば、子供の方も戦闘不能扱いにされる。

 その為、審判は親ガルーラが戦闘不能に陥ったのを目の当たりにして、すぐさま旗を掲げた。

 

「ガルーラ、戦闘不能!」

「……ふぅ、お疲れ様。子ガルもゆっくり休んでね。なら次はこの子よ、アブソル!!」

(ッ……漸く)

 

ガルーラを戻したアヤカは、“ふいうち”の一撃を喰らったにも拘わらず堪えていないハッサムの姿を目の当たりにし、意を決したように息を吐いた後、首からネックレスを下げるアブソルを繰り出した。

 彼女の切り札とも言えるポケモン。その登場にライトのみならず、観客たちも息を飲んで、次の行動を見守ろうとする。

 

 すると、彼らの視線―――ある種の期待のような眼差しに応えるように、アヤカは右耳に着けているイヤリングを指で触れ、薄い桃色の唇で弧を描くように笑みを見せた。

 

「見せてあげる! アブソル、メガシンカッ!!」

 

 目には目を、歯には歯を―――メガシンカにはメガシンカを。

 

 神々しい光を放ちながら本来はない翼を生やし、特徴的であったツノが肥大化したアブソルが姿を現す。

 二体のメガシンカポケモンが揃って登場したために、観客も歓声を上げてバトルの行く末を見守ろうとする。

 

 忙しなく背中の翅を羽ばたかせるハッサムとは打って変わり、全く翼を動かす様子のないアブソル。

 しかし、共通するのはどちらも隙を見せまいと身構えたまま動かない事。じりじりと睨みあい、フェイントをかけつつも相手の動向から目を離さない。

 

 吹き渡る風が草むらを揺らす。

 木葉が騒ぎ立てる。

 そして、凍りついた岩壁の一部が砕けて転がり落ちた。

 

 刹那、両者が肉迫する。

 風を切る音の次に聞こえたのは、激しい激突音。“バレットパンチ”と“つじぎり”が衝突したために起こった音だ。

 相変わらず左で“バレットパンチ”を繰り出すハッサムに対し、鋭利且つ巨大なツノを突出すアブソル。

 

「もう一度“つじぎり”よ、アブソル!」

「こっちも“バレットパンチ”だ!!」

 

 互いに退く気がない二人は、攻めの一手を指示する。

 ハッサムはそのまま左の鋏のみでアブソルを攻撃し始める。が、アブソルは自身の防御面の薄さを自覚しているのか、飛翔するようなステップで攻撃を回避しながら、時折攻撃を仕掛けるというヒットアンドアウェイの戦法をとった。

 風を切る音。

 互いの攻撃が衝突し合う音。

 尚も激しい攻防を繰り広げる二体を凝視し、相手の隙を窺う二人のトレーナーであったが、同時にとあることに気が付いた。

 

 ハッサムが左の鋏でしか攻撃していないこと。

 

 まるで右腕を庇うかのような立ち回りをしていること。

 

 一方はゾクリと悪寒を感じ取り、一方は勝機を見つけたかのように口角を吊り上げた。

 

(ハッサム……まさか君は―――!?)

 

 ふと、ライトの頭でフラッシュバックしたのは、予選での試合。カビゴンを持ち上げて投げ飛ばした後に、“かわらわり”で止めを刺した光景であるが、それ以降ハッサムの様子にはどことない違和感を覚えていた。

 

 記憶では、ハッサムは右利きであったのにも拘わらず、本選では左しか用いて攻撃していないことに。

 

 訊いた筈だ。どこか悪いところはないか、と。

 もしもその時、痩せ我慢で嘘を吐かれていたとするならば。自分に弱い部分を見せまいと、怪我していることを必死にひた隠しにしていたのであれば―――。

 

「ッ……“とんぼがえ―――!」

「“くろいまなざし”よ、アブソルッ!!」

 

 すぐさま交代するべく指示を出すライトであったが、それを見越していたかのように“くろいまなざし”がハッサムを射抜く。

 

(しまった! 素直に交代すれば……!)

 

 思いもよらぬ事態に動転していたライトは、普通の交代ではなく“とんぼがえり”での交代を指示してしまった。しかし、アブソルの【すばやさ】はハッサムよりも上。共に同じ攻撃の手であれば、速い方が先に動けるのは自明の理。

 逃がす気はない。

 ここで確実に仕留める。

 アブソルは髪のような体毛の陰に隠れている瞳を歪ませ、明確な弱点を持ち合わせているハッサムの隙を今や今やと待ちかねているようであった。

 

 眼差しに射抜かれたハッサムはというと、交代はできないながらも攻撃を決めるべく、軽やかな動きでアブソルへ向かっていく。

 

「アブソル、時計回りに避けるのよッ!」

 

 しかし、ハッサムが庇っている右腕がある方へ避けるよう、アヤカが指示し始めた。

 それに伴い、俊敏な動きで時計回りに避けはじめたアブソルに付いていくことができず、ハッサムの攻撃は見事に外れてしまう。

 

「ッ……ハッサム! 森の中に隠れて!」

 

 漸く我を取り戻したライトは、アブソルがハッサムに対して有利な位置取りをし始めたのを見て、そう易々と動き回ることができ難い森の中へ逃げることを指示した。

 ハッサムが自身に隠し事をしていたのはショックだが、それに気が付くことができなかった自分への情けなさも相当なものとなっている。

 

 だが、何故彼がひたすらに怪我を隠してまで試合に出ることを了承していたのかは想像に難くない。

 

 夢を語った仲だ。

 初めてのパートナーだ。

 自慢のエースだった。

 

 ここまで来て、怪我を理由に引き下がることを、彼は良しとしなかったのだろう。

 

(君は……バカだよ、もうッ!!)

 

「アブソル、“かえんほうしゃ”!!」

「木を盾にして避けて!」

 

 木々の中に逃げ込んだハッサムを見かねて、接近ではなく遠距離からの攻撃に戦法を変えるアブソル。ハッサムの進化前であるストライクは、森の中において忍者のように動き回ることができる。進化後のハッサムであっても、木々の中での戦闘を得意とするのは変わらない。

 だからこそ、無理に森の中へ突っ込んで接近戦を挑むよりは、安全圏からの攻撃が有効とみたのだろう。

 

 紅蓮の炎が瞬く間に緑色を赤に―――そして黒色に変えていく。

 【ほのお】のみを苦手とするハッサムには、一撃喰らうだけで瀕死ものの技だ。

 

 どうしたものか。思慮を巡らせている間にも、隠れ蓑になってくれている木々は焦げてしまい、逃げ場が無くなってしまう。

 なんのアクションも見せないのは敗北宣言と同義だ。

 

(どうする? このまま木を盾にしても……盾に……木を盾に?)

 

 沸騰しそうな脳に浮かび上がった作戦にハッとしたライトは、森の中に隠れるように過ごしているだろうハッサムに聞こえるよう、空高く響く声量で叫ぶ。

 

「ハッサムッ!! 木を盾に……突っ込めぇぇぇえええ!!!」

「? 一体なにを……えッ!!?」

 

 一瞬何を言っているのかと首を傾げるアヤカであったが、次の瞬間鼓膜を揺らした斬撃の音に瞠目した。

 アブソルが“かえんほうしゃ”を放つ木々の内で、尤も太くて立派な一本が音を立てて崩れたかと思えば、即席の丸太を盾のように構えながらアブソルに突っ込むハッサムを目にしたからだ。

 

 指示からの理解が早過ぎる。

 

 そしてもう一つ驚くことがあった。

 庇っていた筈の右腕の鋏で、丸太が軋むほどの力で挟み込んでいる。それでは庇っていた意味がないではないか。アヤカはそう叫びたかったが、現にハッサムは鬼気迫る表情でアブソルに肉迫している。

 幾ら“かえんほうしゃ”と言えど、丸太一本を丸々焼き尽くすには相応の時間を有する。このまま灰になるまで焼こうとしたところで、それまでにインファイトに持ち込まれるのは目に見えていた。

 

「くッ、アブソル! “つじぎり”よっ!!」

 

 炎を吐くのを止めたアブソルは、全神経を右側頭部から生えているツノに集中させる。

 やることは只一つ。

 

 

 

―――盾に用いている丸太ごと、ハッサムを切り裂く

 

 

 

「グ、ルァァアアアアアッッッ!!!」

 

 直後、風のように奔るアブソルが一瞬にしてハッサムの目の前まで駆け寄り、その刃物のようなツノを振るった。

 しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕はくれてやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう聞こえたような気がした。

 次の瞬間、アブソルのツノが丸太を切り裂くよりも前に丸太が軋んで折れたかと思えば、万力のような力でツノが右の鋏に挟まれる。

 

 刹那の剣戟だった。

 

 丸太を一瞬にして裂くほどの力で挟まれたアブソルが動くことは容易くなく、軽くパニックに陥ったような面持ちになるも、すぐさま真っ赤な業火を口腔から解き放ち、自分を拘束している右腕に追い打ちをかける。

 

 それでも右腕が離れることはない。

 

 ふと視線を横に向ければ、瞳孔が開いているのではないかと思う程開かれている瞳が自分を射抜いていることに気が付いたアブソル。

 同時に少年の声が響き、呼応するようにして振るわれた左の鋏を視界の端に入れた瞬間、アブソルの視界は暗転した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後は残りの奴に任せてもよさそうだ。

 

 無理を推して出たからには勝利は掴む。

 

 だから、相応の仕事はしたつもりだ。

 

 お前の語る夢と一緒に歩みたいと思った。

 

 その一心でここまで来た。

 

 初めてのポケモンリーグ……出来れば一緒に優勝してみたかったよ。

 

 済まない、ライト。

 

 お前にそんなつもりはなかったんだろうけど、右腕が勝手に動いてたんだ。

 

 だから、散々庇ってた右腕であんな無茶な真似をしたんだろうな。

 

 その所為か、痛みか痺れかよく分からないんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕が、言うことを聞かないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 済まない。

 


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