ポケの細道   作:柴猫侍

117 / 125
第百十二話 青天の霹靂

 準決勝が始まる前の選手控室において、ライトと手持ちのポケモンたちは円陣を組む形で作戦会議をしていた。

 その内容とは、

 

『リザードンのワントップ戦法でいく』

 

 というものだ。

 戦略として割とポピュラーな部類に入るワントップ戦法は、基本的にエースを事前に決めておき、そのエースが相手のポケモンたちを次々打ち倒して行く為、他の手持ちで相手を弱らせるという手順を踏む。

 つまり、この準決勝においてはブラッキーもギャラドスもミロカロスもジュカインもラティアスも、リザードンを立てる為の踏み台となる訳だ。

 

 しかし、ワントップ戦法で重要となってくるのは、如何に相手の攻撃を喰らわずに倒していくかである。その為にはかなり【すばやさ】が高いポケモンに任せるべきなのであろうが、ジュカインでは決め手に欠けやすく、何より“リーフストーム”を放った後は【とくこう】がガクッと下がってしまう為、主力技をほいほい連続で放てないことがネックとなっていた。

 そこでライトは積み技に目を付けたのだ。

 

―――“りゅうのまい”

 

 【こうげき】と【すばやさ】を一段階上げる【ドラゴン】タイプの技。物理攻撃を主体にするポケモンにとっては、覚えているだけで心強い補助技だ。

 それを大会中ギャラドスからラーニングしていたリザードンは、遂に実を結んで“りゅうのまい”を習得した。

 メガシンカに伴う爆発的なパワーに合わせ、“りゅうのまい”による火力と速力の上昇で、他のポケモンたちが奮闘して体力が減った相手を圧倒する―――それが準決勝においての作戦。

 

 【ほのお】・【ドラゴン】タイプになるメガリザードンXは、弱点が三つと少なく、一撃で倒されるほど防御面も貧弱ではない。

 一度……されど一度。

 一回でも“りゅうのまい”を積めれば、勝利への道筋が見えてくる。

 

 

 今回のバトルは、ある種の賭けに近かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……リスクが大きすぎる。これまでの三対三の試合だったなら兎も角、こういったフルバトルの場で全抜きは、かなり思い切った作戦に出たね」

「それなりに作戦は立ててたみたいだけど、それでも私だったらやらないわねぇ~」

 

 レッドとブルーが呑気な声色で会話しているのを、カノンは頭に『?』がつく様子で首を傾げている。

 

「えっと……どういうことですか?」

「ん~? あぁ~、つまりこの状況はライトの作戦通りってことね。今迄倒された五体で、リザードンの猛攻を阻止できそうなポケモンとか、苦手なタイプは予め弱らせといて……」

『うぉぉぉおおおッ!!! ライト選手とリザードン、猛追!!! ライボルトを一撃で瀕死にしましたぁ!!!』

「あんな感じで、後からドンドンぶっ倒してく感じ?」

 

 裏返りそうな声で叫ぶ実況に思わず視線をフィールドに向ければ、再び放った“じしん”で繰り出されたライボルトになにもさせずに倒したリザードンの誇らしい背中が見える。

 テツヤの残りポケモンは三体。

 ここに来てライトたちの猛追が始まったが、これでもまだまだ序の口といったところだろう。

 今度はハリテヤマが出てくるが、倒されるのは時間の問題といったところか。

 

 その光景に、頬を赤らめニヤケ顔となるブルー。

 

「んん~、爽快♪ 私は状態異常とかでネチネチじわじわ弱らせていくのが得意だけど、ああいうのは見てる側としてはいいわぁ~! 下剋上要素もプラスしてねッ!」

「……凄い」

 

 圧巻。

 まさにその一言が似合う光景だ。

 

 本来、格上である相手に序盤から押され気味にバトルを進め、残り一体のエースが番狂わせと言わんばかりにこれまで仲間を倒してきた相手を屠る。

 これを見て燃えない者など居るのだろうか。

 

 “りゅうのまい”を二回ほど積んだリザードンの爆発力は凄まじく、“からげんき”を繰り出そうとしたハリテヤマを“ドラゴンクロー”の一閃で吹き飛ばす。

 山のような巨体が爪の一振りで宙に跳ね上がる光景に、またもや観客席は沸騰した湯のようにワッと湧き上がる。

 

『凄まじいです、リザードンッ!!! 一撃!! たった一撃で、相手を粉砕していくその様は圧巻としか言いようがない―――ッ!!!』

 

 リザードンが敵を屠って昂ぶる感情と共に吐き出す咆哮。

 地を揺るがし、空も震わせるような猛々しい雄叫びはテツヤを怯ませ、更なる勢いを自分たちに与えていく。

 

「……作戦っていうのは勿論あったと思うけど、多分ライト君は気持ちを優先したんじゃないかな」

 

 ふとしたレッドの呟きに、ブルーとカノンの二人が振り向く。

 普段、能面に等しいほど表情変化に乏しいレッドであるが、ライトとリザードンの戦う姿を見る彼の顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「俺はライト君とハッサムの関係がどれだけ深いものかは知らないけど……多分、精神的な支柱を失うくらい、ハッサムを失うことの意味は大きかったと思う」

「ピカァ?」

「……今迄皆を引っ張ってきたエースが倒れて、戦えなくて……彼等のチームには、その代わりを担う絶対的なエースが必要になったんだ」

 

 首を傾げるピカチュウの喉元を撫でるレッド。

 自分の場合であったら、小さい頃からの付き合いであるこのピカチュウが戦えなくなるくらいの大きな出来事である筈だと考えた故の言葉だ。

 

「それがリザードンって訳よね」

「うん……意思表明も兼ねてると思う。意地っ張りなんでしょ? あの子」

「そうねぇ~。そりゃもう、ハッサム張りの」

 

 よくハッサムの事を知っているブルーは、初期の懐いていない頃のストライクの姿を思い浮かべ、懐かしむようにしみじみと声に出す。

 それがいつからか、ライトに全幅の信頼を置くようになったストライクの姿も。

 

 俺はライトのエースだ。

 どんな相手が出てきたとしても、俺がライトを勝利に導く。

 ライトが諦めさえしてくれなければ、俺はどんなことになっても戦える。

 

 そう言わんばかりに猛っていた彼の前に現れたのは、一匹の小さな蜥蜴。

 同じ位意地っ張りで、コーヒーが好きで、小生意気なヒトカゲだ。

 

 それがいつしか進化して大きくなっていき、リザードンとなった頃にはハッサムに進化した彼と同じ身長へと成長していた。

 メガシンカも得て、確実に主力へと化したリザードンに信頼をおくようになったライトの姿を見て、ハッサムはどのように思っていたのだろうか。

 

 ハッサムにとってライトは特別であった。

 ライトにとってもハッサムは特別だった。

 

 しかし、その関係がない今、ハッサムを担えるほどの役回りができるポケモンは一体だれか。

 他でもない。ハッサムをライバル視していたリザードンに他ならないだろう。

 好敵手と見ていたからこその信頼がある。

 互いに尻を叩きあい、頂点を目指して走ることのできる仲であった二体。もしその片方が諸事情で動けないとしたなら―――無念のままに、足を止めなければならなくなったならば。

 

 

 

 代わりにエースを背負っていこう。

 

 

 

 仲間の御膳立てもある。

 

 

 

 自分だけの夢じゃない。

 

 

 

 これは意思表明だ。

 

 

 

 お前の代わりに、俺が皆を引っ張っていくと。

 

 

 

 俺だけじゃない。ライトが、お前が居なくとも勝てることを示す為にも。

 

 

 

 ここでは、止まれない。

 

 

 

「グォォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 けたたましい咆哮が天を衝く。

 一体、どこに向かって啼いているのか。

 

(聞こえてる筈だよ。ちゃんと、ハッサムにも……)

 

 他人の与り知らぬ事情を察したレッドは、様々なものを背負い、前しか見えていない彼等の姿にじんわりと熱くなっていく心を感じる。

 

 戦えなくなった友。

 代わりに背負う夢。

 

「ファイト、ファイト……」

「ピッピカチュ! ピッピカチュ~!」

 

 レッドの声援に合わせて腕を振るピカチュウに、見ていたカノンは思わず微笑んでしまう。

 一方、フィールドはというと……。

 

 

 

 ***

 

 

 

『メガシンカポケモンの激突だぁぁぁああああ!!! 互いに繰り出す“ドラゴンクロー”で切り結ぶ二体だが……あわわ、わたくしの目にはまったく見えないほど速いですッ!!』

 

 興奮と焦燥が混じった実況の声。

 彼の瞳に映っているのは、両腕にエメラルドグリーンのエネルギーを纏い、高速で切り結びあっているリザードンとジュカインだ。

 砂塵を巻き上げながらの激突。彼等の爪が結び合う度に“ドラゴンクロー”の残光が周囲に散る。更に、それだけにはとどまらず俊敏に動き回ることによって、両者の爪が宙に鮮烈な線を描く。

 

 それだけの攻防だが、圧しているのはリザードンだ。

 これがなんの能力の向上もなしであったのであれば、ジュカインが持ち前の【すばやさ】を生かして翻弄していたことだろうが、生憎今のリザードンはパワーにおいてもスピードにおいてもジュカインを上回っていた。

 辛うじて経験で直撃を凌ぐジュカインであるが、それも時間の問題だろう。

 

(メガジュカインのタイプは、恐らく【くさ】と【ドラゴン】……一撃でも……一撃でも与えられたらッ!!)

 

 歯を食い縛り、食い入るように二体の攻防を眺めるライト。

 彼は、先のバトルを見てメガシンカしたジュカインのタイプに【ドラゴン】が加わっていることを予測している。

 理由の一つ目として、ジュカインが放つ“めざめるパワー”を【ほのお】と見抜いた後も、弾くという選択肢をとったこと。

 二つ目は、“りゅうのはどう”に対しては回避を指示したことだ。

 

 【ほのお】を喰らわず、【ドラゴン】を忌避するのは【ドラゴン】タイプであること他ならない。

 

 同じくメガシンカして【ドラゴン】が加わったリザードンとしては、警戒に値する敵ではあるものの、

 

「グルァッ!!」

「ジュルァッ……!!」

 

 両腕を突きだしたリザードンの攻撃を真正面から受け止めるジュカインであるが、余りある勢いであると同時に、足場が砂と言う事も相まって後ろに滑ってしまう。

 険しい表情のジュカインは頬に汗を垂らし、続いて繰り出されるであろう攻撃に備えようとする。

 

(小細工なんて使わせない……使わせる暇は与えない!)

 

 リザードンが、アンダースローのような体勢で地面に爪を突き立てながら前へ疾走し、身構えるジュカインの少し手前で思い切り振り上げた。

 案の定、二体の間には視界を奪う砂塵の壁が出来上がる。

 

(流れに乗るんだ! 相手に息を吐かせるな! このチャンスを逃せば、勝ちはないと思え!)

 

 続けざまにもう片方の腕で横に一閃するリザードン。

 砂煙は上下真っ二つに裂けるが、その先にジュカインの姿は見当たらない。

 すると、僅かにリザードンの体に影が掛かった。

 

「上ッ!」

 

 端的な指示が飛ぶ。

 すると、ノールックでリザードンが両腕を上に突出し―――、

 

「なッ!?」

『こ、これはぁ―――ッ!!?』

 

 重力に引かれるがままに降りてくるジュカインの縦の一閃を、リザードンが両手で挟み込む様にして受け止めた。

 風を切る勢いで振り下ろされた筈の攻撃を完全に受け止められたジュカインの体は硬直する。

 

『白刃取りだぁぁぁああああああ!!!!』

「“フレア……」

「ジュカイン、“ドラゴンクロー”!!」

「―――ドライブ”ッ!!!」

 

 宙で無理やり体を撓らせ、勢いを付けようとするジュカイン。

 しかし、彼が腕を振り下ろすよりも前に、全身に蒼い炎を纏ったリザードンが翼を羽ばたかせ、そのままジュカインに突進するようにして飛び立った。

 

 燃え盛る炎を帯びた体でジュカインを空の旅へ連れて行くリザードンは、十数メートル上昇したところで体を翻させ、ジュカインの体が下になるような形で下降し始める。重力に加え、リザードンの羽ばたきによる加速は凄まじいものであり、あっという間に二体は地上へと戻ってきた。

 

 そして、地面に叩き付けられる寸前のところでリザードンが離脱し、ジュカインのみが砂地に激突する。

 

「ッ……ジュカイン、戦闘不能!」

『ライト選手、とうとう同数まで持ち込んだぁああ!! 怒涛の快進撃による巻き返しは、近年まれに見る熱い展かッ……げほッ、ごほッ!!?』

 

 砂地に埋もれるようにして瀕死になっているジュカインに、旗を掲げる審判。

 その光景に鼻息を荒くして実況する男性であったが、思わずむせ返ったようだ。

 

(ようやくここまでっ……!)

 

 一対一。

 一対五からここまで持ち込むのは相当なものだが、まだ試合は終わってはいない。流石に疲弊の色を見せるリザードンであるが、その瞳に宿る闘志は、寧ろ更に燃え盛っている。

 百二十パーセントの力で戦っているようなもののリザードンの身に降りかかる疲労はかなりのものだ。

 だがもう少し。もう少しだ。

 

「イケるね、リザードンッ!?」

「グォウッ!!」

 

 力強い返答だ。

 この流れならば、決勝進出も夢ではない。

 

 そう考えるライト達の前には、テツヤの最後の一体であるニャースが姿を現した。明らかにメガシンカポケモンには不釣り合いなポケモンであるように見える。

 だが、ここまで四体を倒した相手を前にしても、ニャースは余裕そうな態度を崩す事はない。

 

「済まない、ニャース……俺が油断したばかりに」

「ナ~ウ……」

「……そっか。そうだな、相手も本気だもんな」

 

 なにやら会話しているテツヤとニャース。

 申し訳なさそうな顔をするテツヤとは打って変わって、ニヒルな笑みを浮かべるニャースは、主人を見ることもなく片方の手の爪をむき出しにし、もう片方の手で帽子を深く被り込ませる。

 

 一瞬だけ、爪をむき出しにしている方の手でサムズアップしてみせるニャース。

 

 負けるつもりなど毛頭なのは互いに同じ。

 先程までの激しい攻防が嘘のように静まり返るフィールドで、二体のポケモンは身構え始める。

 実況も喋ってはいけない雰囲気を感じ取り、ゴクリと固唾を飲みながら戦いの行く末を見守ろうとしていた。観客もまた同じ。

 

 静寂(しじま)の砂地に吹き荒ぶ一陣の風。

 目に砂が入らないようにと細める瞳だが、視線は相手を射抜いたままだ。

 

「……」

「……」

 

 炎の熱で、陽炎のように揺らめくリザードンの漆黒の体を見誤らないように、確りと眼光を光らせるニャース。

 一方、帽子を深く被ることによって視線がどこを向いているのか悟らせないニャースの動向を熱心に見定めようとするリザードン。

 

 数秒……十数秒……数十秒……数分。

 

 息を止め過ぎ、顔が真っ赤になる者。

 間が長すぎて、だんだん瞼が下りてきた者。

 いつ動くのか気になって自然と貧乏ゆすりをしてしまい、隣のルカリオに白い目を向けられる者。

 

 そのような者達が現れる間にも、二体は一切動かない。そしてトレーナーも動かない。

 

 リザードンにとって、ニャースはなにをしでかしてくるか分からない相手。

 ニャースにとって、リザードンは絶対に攻撃を貰ってはいけない相手。

 下手に動けようもなく、互いに全幅の信頼をおける主人の指示をじっと待ち続ける―――その時が来るまで耐え忍ぶ。

 

 風が吹く。

 砂が舞い上がる。

 溶けた氷が割れる音がする。

 

「ニャースッ!」

「リザードンッ!」

「“ねこだまし”!!」

「“ドラゴンッ……!」

 

 名前を呼ばれた時には、既に駆け出していた二体。

 そのまま激突するかと思いきや、リザードンと交錯する寸前のところで両手を叩き、“ねこだまし”を繰り出すニャース。

 反射的に目をつぶってしまったリザードンの攻撃は外れ、ニャースもまた背後に回り込み、その爪を閃かせようとする。

 

「ニャース、“イカサマ”で攻撃だ!!」

 

 リザードンの力の強大さを逆手にとった攻撃。

 喰らえば、リザードンでも只では済むまい。

 

 軽やかに飛び掛かってくるニャースに対し、リザードンは未だ背を向けたまま。

 しかし、ここで素直に尻尾を巻いて帰るように、なんの抵抗も見せずに攻撃を喰らうつもりなど毛頭ない。

 “ねこだまし”で怯んだものの、指示を途中まで聞いていたリザードンの爪にはエネルギーが纏いかけている。

 ならば、と言わんばかりにライトはカッと見開いた。

 

 リザードンから見て、太陽に重なる位置取りで飛び掛かるニャース。

 影がかかるリザードンであるが、ニャースの額の小判に蒼炎の光が反射している。瞼の皮膚を透過するほどの光だ。

 

「太陽を……狙えぇぇえええッ!!!!」

「ッ!」

 

 すぐさま振り返るリザードン。

 その右腕にはエメラルドグリーンの閃光が瞬いており、爪先は迷うことなくニャースの方へ奔った。

 

 切り結ぶ二体。

 鳴り響く斬撃音。

 

 やけに時間の流れが遅く感じられる中、ニャースが地に足を着ける。数秒遅れで、攻撃の余波で舞い上がった帽子も、砂に埋もれるように落下した。

 

「ッ……ルゥ……!!」

 

 直後、リザードンのメガシンカが解け、そのまま膝を着いてしまう。その光景にハッと息を飲む観客たちだが、リザードンは依然として崩れることなく場に佇む。

 そして歯を食い縛りながらなんとか立ち上がった。

 しかし、体力は限界寸前―――否、既に限界を超えている筈だ。

 

 それでも尚立ち上がる執念は凄まじい。

 

 一方ニャースはというと、着地した後は一切動かず、その場に立ち尽くすだけだ。振り向く事もしなければ、指先を動かすことさえもしない。

 既にリザードンは戦える状態ではないことを見越しての行動か。一部の観客はそのような予想を立てて見守るが、リザードンが執念を以て振り返った後も、動く気配がないことに違和感を覚えた。

 

 リザードンが息を荒くして立ち続ける最中、ニャースの様子を確かめるべく審判台から降りた審判は、駆け足でニャースの目の前まで移動する。

 そして、ニャースの顔の前で二、三度手を振った。

 

 

 

 

 

―――反応は無い

 

 

 

 

 

「ニャ……ニャース、戦闘不能っ!! よって準決勝、ライト選手の勝利!!」

 

 審判の声が木霊する。

 それから五秒ほど遅れ、観客たちが歓声を上げて立ち上がった。

 同時に実況者も我を取り戻し、あらんばかりの声で叫ぶ。

 

『ライト選手、決勝進出ゥ―――ッ!!!!!』

 

 

 うぉぉぉおおお!!!

 

 

「は……ははッ」

 

 直後、ライトが膝を笑わせながらその場に尻もちをする。同時にリザードンも同じ様子で腰を下ろし、乾いた笑みを浮かべる主人へ呆れた笑みを向けた。

 心臓を握り続けられるような緊張感から解放された後は、そうそう立ち上がることはできない一人と一体。ただ今は、実感できない勝利への歓びを辛うじて分かち合うだけだ。

 

 そのような彼等にあらんばかりの喝采を向ける観客たちを傍目に、テツヤは立ったまま気絶しているニャースの下まで歩み寄り、『アリガトな』と一声かけて抱き上げた。

 リザードンに勝るとも劣らない執念を見せたニャースにも、観客たちは拍手を惜しみなく送る。

 

 パチパチと鳴り響く拍手を背に受けるテツヤは、地面に落ちる帽子を拾い上げ、自分の頭にポンと乗せ、力が抜けて動けないライトたちを見遣った。

 

(そうだよなぁ……俺だって、同じ立場だったら絶対に諦めないもんな)

 

 どこか慢心していたのかもしれない。

 一度、優勝したことがあると。

 相手の執念の底を見るよりも前に、油断をしてしまった。

 

(初心忘れるべからずって言うのに……一から出直しだな)

 

 準決勝第一試合。

 結果は、執念の差でライトたちが勝利を掴みとったのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。