ポケの細道   作:柴猫侍

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第百十四話 最高に『ハイ』ってやつ

「漸く……漸くここまでこれたね」

 

 闘志を滾らす炎が燃え盛る。

 

「まずは『ありがとう』」

 

 宝石のような瞳が少年の頬を撫でる。

 

「そして『これからもよろしく』」

 

 額の月の輪が、淡い輝きを放つ。

 

「これからもたくさん苦労かけちゃうと思うし、逆にかけられるかもしれないけれど……」

 

 硝子のような羽毛が、風によって靡く。

 

「ここが僕たちの一つのゴールで、これからのスタートにもなるんだと思う」

 

 丸太のように太い尾を動き、扇のような尾びれが風を起こす。

 

「だから今は……我武者羅にゴールを目指そうっ!!」

 

 ドンと少年が足を踏めば、それに呼応して周りの六体も咆哮を上げて気合いが十分であることを示す。

 ビリビリと肌を撫でる震動が今は心地よい。

 昔はそうではなかったのに。

 少しばかりの緊張感に当てられただけで腰が引けたのが、今や人生大一番と言っても過言ではない局面で、沸々とやる気が滾ってくるのだ。

 これを進歩と言わずしてなんと言うか。

 

 一人と六体の円陣が終わり、一体一体がボールの中へ戻されていく。

 その最中、ジュカインは普段から隠していた木葉を取り出し、何とも言えない複雑な感情の籠った瞳で見つめ始める。

 

「……」

 

 ここで草笛を吹けば、少しでも心が安らぐだろうか?

 

―――いいや、違う。今だからこそ、草笛を吹いてはいけない

 

 控室のベンチの上に、そっと木葉を置く。

 まるで奉るかの如く置かれた木葉は、ピクリとも動くことなくベンチの上に佇むだけ。

 

「……終わった?」

 

 主人の声が聞こえ、コクリと頷く。

 その面には、若干の緊張の色は窺える。が、緊張以上に窺えるのは、これから始まるポケモンバトルへの高揚。

 つられるように微笑みを浮かべたジュカインは、そのままボールの中へ戻っていく。

 

「―――行こう。頂点に!」

 

 力強い声で呟き、扉を開けて戦場へ向かう少年。

 

 その後ろでは、扉を開けた際に入り込んだ風によって、一枚の木の葉が舞い上がっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

『レディ―――ス、アァ―――ンドジェントルメェェン!! 五日の日程を予定していたカロス地方ポケモンリーグも最終日っ!! 華々しい最終日を飾るのは勿論決勝戦だッ!!! そんな決勝戦まで勝ち進んできたトレーナーはこの二人……どうぞ、入場して下さいッッ!!!!!』

 

 白熱した実況の声に対し、波打つように反応して歓声を上げる観客。

 彼等の声援を背に受けながら同時に現れるのは、年端もいかない二人のトレーナーだ。

 

『一人は、シンオウリーグ出場の経験もあり、今大会は圧倒的な力で相手を打ちのめしてきたトレーナー―――アッシュ選手!』

 

 鋭い眼光を奔らせ、周囲をざっと見渡すアッシュ。

 只ならぬ威圧感を放つのは、それだけこのカロスリーグに賭けているという信念故のものなのか。

 一方、屈伸で足を延ばしてストレッチする少年は、今日の晴々とした空に見合うような清々しい笑みを浮かべてフィールドに赴いた。

 

『もう一人は、ポケモンリーグ初出場にも拘わらず怒涛の快進撃を見せてくれたルーキートレーナー―――ライト選手!』

 

 観客席から際立って響く甲高い声援が聞こえてくるが、ライトは何とも言えない気まずい表情で声の聞こえた方へ手を振る。

 屈託のない笑み。緊張で強張っているものの、迷いが断ち切れた清々しい笑みだ。

 

 彼等二人が出揃った時点でコロシアムのボルテージは最高潮に近いほど盛り上がっているが、本番はこれからである。

 

『今年のチャンピオンを決めるバトルフィールドはァ~~~……荒野だぁ!!!!! 比較的アクの少ないフィールドで、どのような激しいバトルを見せてくれるのでしょうかぁ!!? そして先攻は……アッシュ選手!!!』

 

 次々とバトルの用意は整っていく。

 徐に腰に手を伸ばすアッシュ。その動作に迷いはない。恐らく、『先攻であれば最初に繰り出すのはコレ』という手がきまっているのだろう。

 

「行け、トゲキッス」

(トゲキッス! かねがね予想はしていたけど……)

「なら……ラティアス、キミに決めた!!」

 

 相手が繰り出したトゲキッスに対し、ライトが選んだのはラティアス。

 そのチョイスにアッシュは少々驚いたかのように瞠目する。

 

(確かラティアスは【ドラゴン】だった筈だが……)

 

―――なにか誘っているのか。それとも、トゲキッスに対抗しえる手段をラティアスが持っているというだけか。

 

 準決勝、ラティアスは“しんぴのまもり”を使用していた。

 これはつまり、アッシュのトゲキッスが最も得意とする戦法である、【まひ】にしてから“エアスラッシュ”で怯みを狙う戦法が狙えないということだ。

 そう考えるのであれば、必然的に後者である可能性が高い。

 

(だが、どちらにせよトゲキッスの方が有利であることは変わりないな)

 

 タイプ相性上、【フェアリー】は【ドラゴン】の天敵。そう易々と相性を覆させる訳にもいかない。

 そう決心したアッシュの眼光はより一層強くなり、呼応するようにトゲキッスが身に纏う威圧感が跳ねあがる。

 

 威圧感を纏う一人と一体。反対側ではプレッシャーで若干涙目になっているラティアスが、救いを求めるようにライトに視線を送る。

 『大丈夫だから……』と苦笑を浮かべてなんとか宥めるライトであるが、とても決勝まできた者とは思えない穏やかな雰囲気だ。

 

 しかし、審判の催促する視線で一変、ライト達も張り詰めた空気を醸し出し、バトルフィールドへと目を向ける。

 第三回戦で酷い有様だった荒野も、今はすっかり元通り。整備の者の苦労が憚れるところだが、フィールドに気を遣って勝てるほど生ぬるいバトルではないことは承知済みだ。

 

『さぁ―――ッ!!! いよいよ、チャンピオンを決める試合が始まりますッ!!! 最後までどうぞ!! どうぞ、繰り広げられるであろう激しいバトルをその目でご覧になって下さいッ!!!! それでは……』

「―――これより、アッシュ選手対ライト選手による決勝戦を始めます!!! バトル……開始ッ!!!」

 

 旗が振り下ろされる。

 次の瞬間、風を切る音と共に電光が爆ぜ、中央の川から水飛沫が跳ねあがった。

 

『おぉ~~~とッ、バトル開始早々“10まんボルト”と“エアスラッシュ”が激突したぁ!!!』

 

 “10まんボルト”を放ったラティアスに対し、それを相殺するようにトゲキッスが“エアスラッシュ”を放ったことによる激突。

 結果はどちらにもダメージが入らないというものであったが、閃光のように速い試合展開に観客は盛りに盛り上がる。

 

 しかし、そのような彼等の声が耳に入らないほど、試合に臨んでいる二人は神経を研ぎ澄ませて集中していた。

 

(思ったよりも早い! 迎撃する時に使用する技はもう決まってるのか……なら!)

(てっきり“しんぴのまもり”を使ってくるモンだと思ってたが、攻勢に出るか。なら)

 

「「飛べッ!!!」」

 

 シンクロするように重なる二人の声。

 反応した二体は、途端にグンと勢いを付けて飛翔し、舞うように螺旋を描きながらフィールド上空を旋回する。

 フィールドに留まることのない空中戦に移行した二体は、互いに技を繰り出して牽制しあうが、

 

(速い……“しんそく”か!)

 

 まるでラティアスを攪乱するかのように空中を飛び回るトゲキッス。

 空気抵抗がないのかと疑ってしまうほどの滑らかな飛翔であり、余りの速度にトゲキッスの動きに目が追いついていかず、辛うじて白い線が見えるだけ。

 

 “でんこうせっか”の上位互換と言うべき技―――“しんそく”。文字通り神速の速さで相手を攻撃する技であり、早さに比例するように威力も高い。

 目で追えない程の速さの相手にできることは限られる。

 当てずっぽうに“10まんボルト”を放った所で回避されるのは目に見えている―――故に、

 

透明になって!!

 

 心で指示を念じるライト。

 刹那、ラティアスがコクリと頷いて、周囲から視認されぬように体を透明にした。途端に姿を消した相手に、先程まで悠々と飛び回っていたトゲキッスの表情にも、若干の驚きが垣間見える。

 

『ライト選手のラティアス、姿が見えなくなったァ!!? これは一体ィ!?』

「ラティアス、“10まんボルト”!!」

「後ろだ、“マジカルシャイン”!」

 

 実況の声に答えることもなく、ラティアスは奇襲をかけるように電撃を解き放つ。対してトゲキッスも、アッシュの声に即座に反応し、後方へ眩い閃光を解放した。

 “10まんボルト”は“マジカルシャイン”を、“マジカルシャイン”は“10まんボルト”を避けるような軌道を描き、両者の攻撃は相手に直撃する。

 

(あの奇襲にも反応できるのかッ……!)

(なんだ? “ちいさくなる”じゃない……“ほごしょく”でもないな)

 

 互いに思慮を巡らせる。

 ラティアスの元々の能力である、声を出さずして意思疎通ができる“テレパシー”。そして、光の屈折によって周囲の景色と同化させる能力を用いての奇襲であったのだが、それさえも相打ちにしか持ち込めなかった。

 

 あわよくば【まひ】してもらえればと願っていたライトではあるが、そう都合よくは行く筈もない。

 

「“でんじは”だ、トゲキッス!」

 

 攻撃を喰らって墜落する二体であったが、途中で持ち直したトゲキッスが、墜落するラティアスに向かって弱い電撃を放つ。

 命中して【まひ】になるラティアス。これで持ち前の【すばやさ】は削ぎ落されたことになるが、

 

「―――それを見越してのラティアスだッ!!! “サイコシフト”!!」

「ッ!」

 

 刹那、ラティアスの体が光ったかと思えば、トゲキッスの体に光が乗り移り、あろうことかスパークが奔る。

 

『ここでラティアス、トゲキッスに【まひ】を移したぁ!!! これも作戦の内なのでしょうかぁ!!?』

 

(……あんまり同じ戦法ばかりとるモンじゃあなかったな)

 

 しっかり対策されている。呟きはしないものの、眉間に寄った皺が彼の心中を如実に表していた。

 自分と相手の状態異常を交換するという特殊な【エスパー】タイプの技である“サイコシフト”。使いどころが難しいものの、状態異常戦法を好んで使うポケモンには有効な技だ。

 今回はトゲキッスが“でんじは”を使うことをあらかじめ想定し、優先的に試合で使う技とし、数多くある技の中から抜粋して覚えさせてきたのだろう。

 

 だが、

 

「“しんそく”」

 

 旋風の如き突進が、ラティアスの腹部に突き刺さる。

 肺の空気が押し出されるかのようにせき込むラティアスは、驚愕の眼差しで麻痺している筈のトゲキッスを見遣った。

 

 状態異常と言えど、【まひ】は動ける状態異常に入る。【ねむり】や【こおり】であるなら兎も角、凡そ七割の確率で動ける【まひ】状態の相手を『動けない』と断定するのは無理があったということだ。

 しかし、その程度のことはライトも承知している。

 

―――【まひ】のお蔭で“しんそく”にもキレがない!

 

「“10まんボルト”ォ!!!」

 

 腹部に頭部を埋め込んだままのトゲキッスに激しい電撃を解き放つラティアス。覚えたてといえど、元より高いポテンシャルを持つポケモンだ。威力は充分―――ましてや、効果が抜群なのだから、例え格上であっても大ダメージは免れない。

 カッと電光が閃いた後は、煤けた体のトゲキッスが地面へ向けて墜落する。

 

 しかし、依然ライトの表情は険しいまま。

 

「もう一度……“10まんボルト”ッ!!!」

「“しんそく”だ!」

 

 地面に激突する寸前で翻るトゲキッスは、眼前で電光を爆ぜさせながら猛追してくるラティアスへ狙いをつける。

 が、

 

「ッ!」

「ヒュァァアアン!!」

 

 ビクリと体が痙攣したトゲキッスは、動くこともままならずその場に留まり、直後に咆哮を上げながらラティアスの放った電撃を真正面から受ける。

 二度にわたる効果抜群の攻撃。流石に堪えたトゲキッスは、グラリと体をのけ反らせ、そのまま近くの水中へ着水する。

 

「トゲキッス、戦闘不能!」

「っし!!」

「……戻れ、トゲキッス」

 

 先手を取れたことにガッツポーズを決めるライト。

 一方、アッシュは至って冷静な表情でトゲキッスをボールに戻す。まるでこの程度の事態は予測済みと言わんばかりの表情であるが、実際は“半分”その通りなのだろう。

 先攻とは、どうしても相手がこちらに対処できるポケモンを繰りだしてくることが多い。となれば、一体先に倒される事は必然とも言える展開だった。

 

 しかし、流れまでは無視できない。一体倒されたことにより流れを相手にもっていかれ、そのまま負けてしまう事例は数えきれないほど存在する。

 故に、アッシュが次に繰り出すのは流れを変えることのできるポケモン。

 

「ゲッコウガ、頼んだ」

「ッ……戻って休んで、ラティアス。ジュカイン、キミに決めた!!」

 

 アッシュが繰り出したのはゲッコウガ。【みず】・【あく】タイプのポケモンで、華奢で細い体つきで分かる通り、【すばやさ】がかなり高いポケモンだ。

 対抗するべくライトが繰り出したのは、その【すばやさ】に対抗できるであろう足の速さを有すジュカイン。フィールドが森林でないことが憚れるものの、自慢の脚力は遺憾なく発揮できる筈だ。

 

『ライト選手、アッシュ選手が新たに繰り出したゲッコウガに対し、タイプが有利なジュカインを繰り出したぁ! 先に一体倒されたアッシュ選手ですが、まだバトルは序盤!! これからの巻き返しが気になるところです!!』

 

 アッシュの狙いは、ここからの巻き返し。

 ライトの狙いは、このまま流れに乗って攻勢に出ること。

 

(まずは牽制!)

 

「“めざめるパワー”!!」

 

 相手の動きを阻害するべく放ったのは、ジュカインの技の中で最も隙の少ない“めざめるパワー”だ。他にも“リーフストーム”、“きあいだま”とあるが、如何せん隙が多く、反動も大きい。もう一つの技もあるが、あの技を繰り出すのは今ではない。

 となれば、必然的に“めざめるパワー”を放ったのは決定事項的な行動であった。

 

「―――“みずしゅりけん”」

 

 しかし、宙を疾走する光弾は、一枚の手裏剣によって切り裂かれるようにして爆散した。

 

(は)

 

 刹那、ジュカインに影が掛かったかと思えば、掌にもう一枚の“みずしゅりけん”を構えているゲッコウガが、今まさに繰り出さんと腕を振り下ろそうと―――

 

(やいッ!!?)

 

 そのまま繰り出された“みずしゅりけん”は、ジュカインが佇んでいた場所に広範囲の霞を巻き起こす。僅かばかりの砂や塵も巻き込みながらの霞は、高速戦闘を主体とする二体にとっては充分過ぎる目隠しとなり得る。

 

「ジュカインッ!!?」

 

 咄嗟に安否を確認するべく叫ぶライト。

 すると霞の中から軽快な動きで飛び出してくるジュカインが、ライトの目の前にアクロバティックなバク転で戻ってきた。

 臆病な性格が幸いし、咄嗟の攻撃にも反応できたのだろう。

 完全に回避―――とまではいかなかったらしい。僅かに腕に掠ったように見える傷が窺えることから、本当に紙一重で躱したといったところか。

 ジュカインの苦心に満ちた表情から、かなり危ない攻撃であったことは容易に想像できる。

 

 予想以上の俊敏な動き。格の違いという事実を愕然と突きつけられたような気がした。

 

「だけど……だからって今更止まるつもりは、ないんだッッ!!! “リーフス―――」

「“つばめがえし”だ!」

「トーム”……ッ!?」

 

 長引けば不利になると判断したライトの指示に、即座に反応するジュカイン。

 しかし、そこへ霞を振り払ってゲッコウガが疾走してくる。

 

 真正面から突撃してくる相手。このまま放つことは容易いが、回避されることは容易に想像できる。

 

「引きつけてから攻撃ッ!!」

 

 確実に仕留める為、危険を承知で引きつけることを指示する。

 

―――あと三メートル。

 

―――あと二メートル。

 

―――あと一メートル。

 

 やけに遅く感じる時の流れ。その中で、ギリギリ引きつけたと判断したジュカインは、“リーフストーム”を放とうと腕を掲げた。

 しかし、その瞬間にゲッコウガが足を振り上げる。

 しなやかな動きから放たれる蹴り上げは、ジュカインの腕を青く澄み渡る空が広がる方へと弾き、直後に放たれた木の葉の嵐を“弾く”という形で回避した。

 

 常人ならざる技に驚愕する人・ポケモンが居る中で、ゲッコウガは静かに闘志揺らめく眼で瞠目するジュカインを睨む。そして、返す刀の如く蹴りの遠心力のままバク転し、もう片方の足でジュカインの顎を捉えた。

 かなりの衝撃だったのか、小さくないジュカインの体が宙に浮かび上がり、放物線を描くようにしてライトの眼前に戻る。

 

『“つばめがえし”が華麗に決まったぁ―――ッ!!!』

「ッ……ジュカイン!!」

 

 急所に当たったと言っても過言ではなかった攻撃に、心配するように声を掛けるライト。

 気絶してもおかしくない威力。しかし、辛うじて瀕死になっていなかったジュカインは、悔恨に顔を歪めながらなんとか立ち上がる。

 だが、安堵の息を吐く暇はない。

 

「ゲッコウガ、“れいとうビーム”!」

「戻って、ジュカイン! ミロカロス、キミに決めた!!」

 

 瀕死寸前のジュカインに代わり、艶やかな体を撓らせて“れいとうビーム”の射線上に降り立つミロカロス。

 真面に凝縮した冷気の筋を受けるものの、【とくぼう】に優れた能力は伊達ではなく、全く堪えていないかのような表情で耐え切る。そして余裕の笑みを浮かべ、自身の体に張り付いた氷を振り払った。

 

 【みず】同士のバトル。決定打に欠けやすい対面だ。

 勿論、自分にとっても相手にとってもという意味である。

 

 ミロカロスの覚えている技では、【みず】・【あく】のゲッコウガに対して必殺級の威力をもたない。搦め手である“ミラーコート”も、【あく】タイプにはそもそも効かないという弱点がある故、決定打がないことに拍車をかけている。

 

 一方、ゲッコウガは見る限り物理・特殊技をどちらも覚えている、所謂両刀型。

 今迄の試合を分析する限り、“れいとうビーム”、“みずしゅりけん”、“つばめがえし”、“ハイドロカノン”の技構成となっていそうだが、決勝戦へ向けて多少の変更が加えられているかもしれない。

 その考えを加味しても、ゲッコウガはミロカロスに対して決定打を持たないこととなる。

 

 どうにも不毛なバトルになりそうな予感だが―――。

 

(なぜだかどうしてか……今は楽しくて仕方がないんだ!!)

 

 かつてない程に好戦的で晴々とした笑みを浮かべるライト。

 この晴れ舞台に相応しい全力の様相に、ミロカロスも呼応して口角を吊り上げる。

 

 一方、ゲッコウガは佇まいを崩す事なく、ミロカロスを見据えるのみ。

 しかし、

 

―――気に入らない……

 

 ライトの笑みに、嫌悪感を覚える者が一人。

 他でもない、今まさに相手をしているアッシュだ。満面の笑みを浮かべるライトに対し、嫌悪感の余り歯軋りを立てるアッシュは、殺気が含んでいるのではと疑ってしまうほど鋭い眼光で、向かい側を見据えた。

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――その『逆境が燃える』や『ピンチがチャンス』とでも言わんばかりの目が

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――挑戦者魂が垣間見える様子が

 

 

 

―――気に入らない

 

 

 

―――その全部が……

 

 

 

(昔の俺に重なって、気に入らない……!!!)

 

 同族嫌悪。これが一番当てはまる言葉だろう。

 ライトが、昔の自分に―――むざむざ一体のポケモンに惨敗してプライドを踏み躙られた自分と重なり、どうしようもなく腹が立ってしまう。

 過去の自分は、“弱さ”そのもの。

 そう断じて信じてやまないアッシュからすれば、ポケモンバトルを楽しもうという心意気が感じられるライトは、受け入れがたい存在だった。

 

 かつて、『ポケモンバトルが好き』と言った。

 

 だが、それは『ポケモンバトルが楽しい』とイコールではないのだ。

 勝ってこそ―――勝利こそ全て。

 敗北を刻む過去の自分に決別し、次なるステップへ踏み出す為に、今こそ勝利を掴まなければならない。

 

 だからこそ、彼は深く誓う。

 

 

 

―――この勝負、必ずや勝つ

 

 

 

 しかしそれは、ライトもまた同じ。

 

 

 

―――この勝負、絶対勝つ!

 

 

 

 二人の負けられないトレーナーのバトルは、始まったばかり。

 熾烈なバトルへの幕は切って落とされたばかりなのだ。

 




活動報告
『ポケモンやBLEACHの二次創作だったり色々…… 』を書きました。今後の『ポケの細道』についてなど書いておりますので、気軽に読んで頂ければと思います。

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