ポケの細道   作:柴猫侍

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第十二話 絆は佳境で芽生えるもの…の筈

「…マダツボミは、まだ蕾」

「……三十五点です」

「…若干下がった」

「前回と大差ないですもん」

 

 

 

 ***

 

 

 

 他愛もない会話をしながら、ライトとレッドの二人はヒビキのポケモンゲットを見守っていた。

 草むらを掻き分けていくヒビキであるが、納得のいくポケモンが居ないのか、三十分は経とうとしていた。

 

 出てくるポケモンはコラッタやポッポ、オタチ、オニスズメ、イトマル、レディバ、ホーホー、キャタピー、ビードルと言ったところか。

 【ノーマル】か【ひこう】か【むし】。キキョウジムに挑むのであれば、【むし】は相性が悪いが、一概にはそうとも言えないため、ヒビキの気に入ったポケモンでいいだろうという結論が二人の中には出来上がっていた。

 

 そういった会話をしていると、ヒビキは草むらを掻き分けて木々が深く生い茂っている場所へと入り込んでいく。

 

「……あんな森の奥に行って大丈夫なんですかね?」

「……さあ……ん?」

 

 森の奥の方に入っていったヒビキを案じていた二人だったが、すぐにヒビキが走って自分達の方に戻ってくるのを目の当たりにし、どうしたのかと首を傾げる。

 ヒビキの被っている帽子の上には、何故かビードルが乗っている。

 そして何故か、ヒビキは大汗を掻いて必死の形相を浮かべていた。すると、ヒビキの後方から虫の羽ばたくような音が無数に重なって聞こえてくる。

 

「……逃げよう」

「はい」

 

 ヒビキがちょうどライト達付近の所まで来たところで、二人は振り返って駆け出した。その理由は、三人の後方から迫ってくる物体が原因であった。

 

 無数の翅を羽ばたかせる音を鳴らす正体―――どくばちポケモン“スピアー”である。赤い水晶のような目を輝かせながら、両手には鋭く巨大な針を有す、ビードルの最終進化系。群れで巣を作って生活しており、縄張り意識がかなり強いポケモンとしても有名である。

 毎年、スピアーに刺されるという事故も多数起こるほど、スピアーは凶暴なポケモンとして知られている。

 

 そのスピアーが、今まさに三人を追いかけるように翅を羽ばたかせている。その数、優に三十匹ほどだろうか。

 余りの数に、三人はライトとヒビキは顔を青くしながら。レッドも、無表情のまま顔に大汗を掻いて全力疾走していた。

 

「ヒビキ!! 何したの!?」

「分かんねえ!! ただ、頭に何かボトッて落ちてきて、何だろうなって思ったらもうスピアーが出てきた!!」

「はぁ…はぁ…もしかして……頭のビードルが原因なんじゃないの?」

「え? ……あっ! ホントだ!」

 

 ライトの問いに必死に答えるヒビキ。しかしレッドが、スピアーが追いかけて来た原因を、ヒビキの帽子に乗っているビードルが原因なのではないかと口にする。

 ヒビキがスッと頭からビードルを両手に持つと、ビードルは嬉しそうな表情で笑顔を見せる。

 真っ赤な鼻も相まって、このような状況でなければ愛くるしいとでも思うだろうが、現在そのように思う余裕は三人には無かった。

 

 百メートル程走った所だろうか。そこで、一人だんだん走る速度が遅くなっている者が現れた。

 

「ちょ、レッドさん!? どうしたんですか!?」

「はぁ……はぁ……暫く山に籠ってたから……体力が……」

「いや、『家に籠ってた』みたいな感じで言われましても!?」

 

 ライトのツッコミも虚しく、レッドとスピアーの距離はどんどん縮まっていく。このままでは、レッドがスピアーの鋭い毒針の餌食になるのは時間の問題だろう。

 だが、そんな状況を見かねたレッドのピカチュウが、咄嗟にレッドの帽子の上から飛び降りる。

 直後、ピカチュウからは黄色の電撃がバチバチと大気に放出されていく。

 

「ピカ……ヂュウウウウ!!」

『―――!?』

 

 

 

―――“10まんボルト”。

 

 

 

 【でんき】タイプの代表格である技。強い電撃を相手に浴びせることで攻撃する技であり、時折相手を【まひ】状態にすることもある、汎用性の高い技でもある。

 その分、“かみなり”よりは威力が低いものの、チャンピオンのポケモンから放たれる“10まんボルト”はちょっとやそっとの威力ではない。

 “10まんボルト”を喰らった数匹のスピアーは、麻痺したのか手足をピクピクと痙攣させながら地面に落下していく。

 余りの威力に、他のスピアーは地面に着地して得意げに踏ん反り返っているピカチュウから距離を取る。

 その間にレッドは膝に手を着いて息を切らしていた。

 

「はぁ…はぁ…あぁ…キレイハナが綺麗な川辺でたくさん踊ってる…」

「レッドさぁ――ん! しっかりして下さぁ――い!!」

 

 三途の川的なものが見えているレッドに、ライトは顔を青くしながら駆け寄る。ヒビキはビードルを帽子の上に戻しながら、二人の下に駆け寄る。

 その間にも、レッドのピカチュウは再び襲いかかってきているスピアーに対し、“アイアンテール”や“でんこうせっか”を用いて相対していた。

 素早い動きで翻弄しているものの、数の暴力とでもいおうか、だんだんピカチュウがスピアーの攻撃を受け始めている。

 それを目の当たりにしたライトは、腰のモンスターボールに手を掛ける。

 

「ストライク、“つばさでうつ”! ヒトカゲ、“ひのこ”!」

「シャア!!」

「カゲ!!」

 

 ボールから勢いよく飛び出して来た二体のポケモン。ライトの指示を受けたストライクは、地面を跳ねる様に駆けて行き、スピアーの群れの中に一体に、半透明の翅を若草色の口角で縁取っている翼で、思いっきり叩き付けた。

 それによって一体のスピアーは勢いよく吹き飛ばされる。仲間が吹き飛ばされたのを目の当たりにし、他のスピアーがストライクに向かって、円錐状の鋭い毒針を突き刺そうと迫っていく。

 だが、そのスピアーの下に、ヒトカゲの尻尾から放たれた“ひのこ”が襲いかかり、スピアーたちを牽制していく。

 

「ストライク! そのまま“つばさでうつ”で攻撃! ヒトカゲも“ひのこ”で牽制!」

 

 先程までレッドにツッコみを入れていた時は大違いの真剣な眼差しで、ライトは二体の手持ちに指示をする。

 ストライクはピカチュウに迫る俊敏な動きで、スピアー達に効果抜群な【ひこう】タイプの技である“つばさでうつ”を加えていく。

 【むし】タイプの中でもトップクラスの強さを誇るストライクであるが、歳不相応の的確な指示を出すライトの実力と相まって、凶悪な強さを誇っている。

 

(す……すげえ!俺も……!)

「ヒノアラシ! 行けるか!?」

「ヒノォ!」

 

 ヒビキは、腰のモンスターボールから相棒であるヒノアラシを取り出した。【ほのお】タイプであるヒノアラシであれば、【むし】タイプのスピアーに対しヒトカゲと同様に有利に立ち回れることだろう。

 そう考えたヒビキは、迷わずヒノアラシを繰り出したのであった。

 

「ヒノアラシ! “ひのこ”!」

「ヒノォ!」

 

 ヒトカゲとは違い、ヒノアラシは口からは“ひのこ”を繰り出す。ヒノアラシは、ヒトカゲが狙って放っている場所に重複するように放つ。それに伴い、“ひのこ”の弾幕が厚くなり、スピアーも思わずタジタジとなる。

 ピカチュウとストライクの俊敏な動きと、ヒトカゲとヒノアラシの“ひのこ”の掃射により、スピアーは次々と倒れるなり逃げていくなりして、その数を減らしていく。

 

 そうしている内に、息を整えていたレッドが、腰のベルトに付いているモンスターボールの内の一つを手に取る。

 

「……プテラ、お願い」

「キシャアアアアア!!」

 

 直後、レッドの取りあげたボールの中から、咆哮と共に岩のような皮膚を持つ翼竜が姿を現す。

 甲高い咆哮に、思わずスピアー達やライト達も体を硬直させ、プテラへと視線を注ぐ。鋭い眼光と牙を光らせるプテラに、スピアーは大慌てで翅を羽ばたかせて逃げていく。チャンピオンの手持ちの放つ威圧感もあるだろうが、何よりプテラの特性が関係していた。その特性とは“プレッシャー”。その名の通り、ポケモンの放つプレッシャーによって相手を威圧し、本来使用できる回数を下回る程度にしか技を繰り出させなくする特性である。

 そして何よりこの特性を持つポケモンが居ると、野生のポケモンが出現し辛くなるという能力も有している。

 故に、プレッシャーを放つプテラを前に、スピアーは放たれる威圧感に耐え切れずに尻尾を巻いて帰っていったのである。

 

 暫し、虫ポケモンの持つ翅が羽ばたく音だけが周囲を支配した。スピアーの大群が逃げ帰ったことに、三人はホッと息を吐く。

 生きた心地がしないとは、まさに先程のような状況を言うのであろう。

 そう、実感したときであった。

 

「―――!」

「えっ…うお!?」

 

 先程、ピカチュウの“10まんボルト”で地面に落下して痺れていたスピアーが体を起こし、今まさにヒビキに向かって毒針を突き刺そうとしていた。

 予想外の出来事に、ヒビキは思わず腰を抜かしてその場で尻もちをついてしまう。

 

「ピカチュウ!」

「ストライク!」

「「“でんこうせっか”!」」

 

 ヒビキを助けるべく、他の二人は咄嗟に先制技である“でんこうせっか”を指示する。次の瞬間、ピカチュウとストライクはヒビキを救うべく“でんこうせっか”でスピアーに突撃していくが、如何せん距離が遠すぎる。

 

―――間に合わない…!

 

 そう思った時だった。

 

 ガキン、と何者かがスピアーの毒針を防ぎ弾いた。その光景に、ライトとレッドのみならず、ヒビキですら目を丸くする。

 そしてよく見ると、ヒビキの眼前に何やら蛹のようなポケモンが居ることが解った。

 

「……コクーン?」

 

 ビードルの進化形であり、スピアーの進化前のポケモンである。何故、コクーンがヒビキの前に居るのかと思考を巡らせると、ふとある事に思い至った。

 ヒビキがスピアーに襲われる前に、帽子の上に振ってきたビードル。そのビードルが今進化して、スピアーの攻撃からヒビキを守ったのではないか。

 その証拠に、ヒビキが頭に乗せていたビードルは居なくなっていた。

 

 三人が目を丸くしていると、次の瞬間コクーンはその黄色の体、神々しい光を纏わせていった。

 レッドには見慣れた、ライトは何度か見たことのある、そしてヒビキにとっては初めて見る神秘の光。

 

「……進化…」

 

 その光が何たるかをライトが口にすると同時に、光に包まれていたコクーンの背中側から、蜂の姿をしたポケモンが姿を現す。

 

「キィ―――!!」

 

 今まさに、相対している敵と同じ姿のポケモン―――『スピアー』。そのスピアーは、ヒビキを守るように目の前のスピアーに対し、たった今手にした武器を振りかざした。

 

―――“みだれづき”。

 

 左右の針を交互に繰り出し、目の前のスピアーに対し息を吐かせぬ連撃を加える。目に見える速度。そして、たった五発。だがピカチュウの“10まんボルト”で疲弊していたスピアーに対し、その五発は止めと成り得るに足りた。

 五発目は空に掲げるように振り上げられ、喰らったスピアーも放物線を描きながら吹き飛んだ後、重力に身を任せて落下していった。遠目でも、そのスピアーが目をグルグルと回していることが確認出来ることから、完全に戦闘不能になったことが窺える。

 

 直後、“みだれづき”を決めたスピアーが尻もちをついているヒビキの方に体を向ける。すると、翅を羽ばたかせてヒビキに抱き着いてきた。

 最初こそ、怖がっていたヒビキであるが、スピアーが自分に好意を寄せてくれている事に気付き、ぎこちないながらも笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日の朝、キキョウシティポケモンセンター前。

 

「昨日は本当にありがとうございました!」

 

 綺麗に腰を九十度に曲げるヒビキ。その傍らには、ヒノアラシとスピアーが居る。昨日、最終的にヒビキは、自分に懐いてくれたスピアーを捕まえたのであった。

 その後三人は順調に歩を進め、夕方にはキキョウシティに着き、ポケモンセンターで一夜を明かしたのである。

 

「ヒビキは今日、ジムに挑むの?」

「いや。今日は、マダツボミの塔でヒノアラシとスピアーを鍛えようと思ってるんだ!息合わせられるようになって、ジムリーダーをぎゃふんと言わせてやれるようにな!」

 

 ヒビキが声高々に意気込みを口にすると、ヒノアラシとスピアーもヒビキに合わせて拳を空めがけて掲げる。

 既に息ピッタリのような気もするが、細かい事は気にすると負けである。

 そんな微笑ましい光景を前に、ライトとレッドは笑みを浮かべる。

 

「うん、ヒビキなら絶対出来るって!」

「へへっ! ありがとな、ライト!お前も、留学頑張れよ!」

 

 差し伸ばされた手に対し、ライトも握手するという形で応える。名残惜しいが、ここでライト達とヒビキは別れることになる。

 マダツボミの塔に行くと言うヒビキを背にし、ライトとレッドの二人は手を振りながら次の町となるエンジュシティに向けて歩み始めた。

 

『じゃあな―――!! また会おうな―――!!』

「またね―――!!」

 

 手を振って見送ってくれるヒビキに、ライトは大声で別れをの言葉を口にする。

 出会いもあれば、別れあり。それを、身を以て実感できる日であったことは、言うまでもないだろう。

 

 次に目指すはエンジュシティ。昔と今が同時に流れる歴史の町。旅は、まだまだ始まったばかりである。

 


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