ポケの細道   作:柴猫侍

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第百十六話 少年たちのORIGIN

『リザードンとガブリアス、両者共に退く気配がない―――ッ!!』

 

 実況者の興奮した声が響く中、荒野のフィールド上ではリザードンとガブリアスが、互いの腕を押さえつけ合うような形で取っ組み合いをしていた。

 リザードンは勿論、今はガブリアスもメガシンカしている。その理由は言わずもがな、先のラティアスが繰り出した“いやしのねがい”によるものだ。残り四体の手持ちを全快させられたアッシュの胸中に浮かび上がってくる焦燥が、ガブリアスをメガシンカさせるという選択を選ばせた。

 

 元々のポテンシャルが高いガブリアス。

 同じメガシンカ形態であるのならばリザードンと互角以上のパワーを発揮するが、如何せん喰らった“ドラゴンクロー”のダメージが大きかった。

 

「リザードン! 負けるなぁ!!」

 

 ライトの月並みの応援。

 だが、今のリザードンにとってこれ以上活力となる言葉はない。

 

 信頼されていると一口に言っても、その形は様々だ。無論、元より信頼されているという自覚はあるリザードンであるが、実際に“声”という形で肌身に感じ取れれば、湧き上がる力は僅かに違ってくる。

 

 押し合う二体の力の拮抗が崩れる。

 

 足元の地面に罅が入るほど踏み込んでいた両者であるが、途端にリザードンが地から足を離し、ガブリアスを後方へ押し込んでいくではないか。

 

「ガブリアスっ!!!」

 

 しかし、同時にアッシュの叫びも響き渡り、ガブリアスの後退は数メートル程で終了した。無理やり足の爪を地面に突き立てるという危うい状態ではあるが、それでも主人の想いに応えるべく、射殺さんとばかりに眼光を眼前のリザードンへ奔らせた。

 

―――『勝ちたいのがお前だけだと思うなよ』

 

 退けぬ理由は相手にもある。

 これは示威なのだ。

 絶対に敗北できないという彼等の想いが、時に格上を打ち倒し、時に塵芥であるかのように相手を薙ぎ払ってきた。

 

「グルォォオオオッ!!!」

「ガブァアアアアッ!!!」

 

 咆哮を上げながら地を踏み砕く二体。

 抑え込む腕のみならず、全身の筋肉に力が入っている彼等の体表には猛々しい筋肉が隆々と浮かび上がるほどであった。

 メリメリと筋肉が軋む音が鳴り響くこと数十秒。

 

 先に動いたのはガブリアスであった。

 

「“ドラゴンテール”!!」

 

 一瞬腕を引いて相手の体勢を崩したガブリアスが、そのままエメラルドグリーンのエネルギーを纏った尻尾を胴体に叩き付けた。メガシンカする前のようにザラザラとした鮫肌ではないが、それでも岩石を容易く打ち砕けるだけのパワーを持つ尾の薙ぎ払いは、リザードンほどの巨体を弾き飛ばすに十分。

 

 ポーンと放物線を描きながら戻っていくリザードンの代わりに出てきたのはミロカロス。

 

「“れいとうビーム”ッ!!!」

「ガブリアス、“じしん”!!」

 

 鎌のような腕を地面に突き立て、リザードンが繰り出すものよりも激しい震動を生み出すガブリアス。

 だが、そこへミロカロスの口腔から解き放たれた冷気の光線が一直線に走った。

 

 直撃は同時。

 

 ガブリアスの体が氷に包まれ、ミロカロスの体に衝撃が奔ったのはほぼ同時であったが、若干の疲弊を匂わせるミロカロスを一撃で倒し切るには至らなかったようだ。

 弱点の攻撃を喰らったガブリアスは、リザードンとの攻防の疲弊も相まって、崩れ落ちるように倒れ込む。

 

「ガブリアス、戦闘不能ッ!」

「―――よくやった、ガブリアス。戻れ」

 

 顔を俯かせ、ガブリアスをボールに戻すアッシュ。

 

 チラリと垂れる髪の隙間からミロカロスの様子を窺う。ガブリアスの一撃を喰らい、残りの体力は三分の一と言ったところだ。

 

―――熱い

 

 ジクジクと心臓の辺りが熱を帯びていくことを感じる。

 

(なんだ? 焦ってるのか? いや、まだそんな時でもないだろう)

 

 答えの見つからない熱はさておき、次なるボールを放り投げた。

 

「エレザード、“ボルトチェンジ”!!」

「ミロカロス、引き寄せて“れいとうビーム”!!」

 

 刹那、一塊の電光となってミロカロスに突進するエレザード。

 元の【すばやさ】はエレザードに分がある。当てずっぽうに放ったところで回避されることが目に見えていたライトは、足場を不安定にするという狙いで“れいとうビーム”を指示した。

 

 瞬く間に凍りついていく地面。

 技の練度はそれなりに上がってはきているものの、それでも覚えてから一か月にも満たない。

 付け焼刃のソレでは矢張りエレザードの動きに付いていくこともできず、まんまと回避されて懐に潜り込まれたミロカロスは、顎に“ボルトチェンジ”による突撃を喰らった。

 

「ミロカロス、戦闘不能!」

「ありがとう、ミロカロス! ゆっくり休んでッ……!」

 

 俊敏なエレザードに対して有効打となるような一手を思い浮かべ切れなかったライトは、自身の戦略の浅さに歯噛みしつつ、“ボルトチェンジ”による交代で出てきたルカリオを見据える。

 

 繰り出されたのはルカリオ。物理と特殊、どちらの攻撃手段も強力なポケモンであるが、コルニの相棒である個体とは違い、特殊攻撃主体の個体だ。

 目にすることが叶った技は“きあいだま”に“ラスターカノン”、そして“あくのはどう”。

 残りの三体の内、これらの攻撃を最小限のダメージで耐えられるポケモンは―――。

 

「ギャラドス、キミに決めた!!」

「ルカリオ、“あくのはどう”で畳み掛けろ! 反撃を許すな!!」

「させない!! “アクアテール”で弾いて!!」

 

 例えるのであれば、滝のような墨汁。

 それほどまでの量と勢いの漆黒―――どこか澄んでいて、どこか濁っているような―――がギャラドスへ向けて解き放たれた。

 だが、牙を剥き出しに“いかく”するギャラドスが、対抗するべく滂沱を纏った尻尾を振り払い、“あくのはどう”を蹴散らす。

 

(ギャラドス、分かってるよ……!)

(分かってるぞ、ルカリオ)

(ハッサムが出れなくて、キミがいつも以上に張り切ってること!)

(今ガブリアスがやられて、感情を昂ぶらせていることを)

 

 観戦している者達を圧倒する気迫を放ちながら怒涛の攻防を繰り広げている二体。

 彼等を眺める二人のトレーナーは、拳を堅く握って次の一手に思慮を巡らせつつ、彼等が抱いているだろう想いを考える。

 

 単純に付き合いの長さであればハッサムよりも長いギャラドス。

 反抗期真っ盛りであったストライクの頃から知っているからこそ、エースとして主の隣に並び始めた強さに信頼を置いていた。

 シャラジム戦を経て、彼のエースの地位は絶対のものと確信に変わったのだが、今ハッサムは居ない。

 隣に並べなくなった(ハッサム)の代わりにできることは、その分自分が活躍することだ。

 自分にそう言い聞かせるように奮闘するギャラドスは、例え格上が相手だとしても怯むことは一切ない。

 何故ならば、その姿勢を教えてくれたのは他でもない。ハッサムなのだから。

 

 一方ルカリオは、これまたアッシュと長い付き合いだ。

 アッシュと苦楽を共にし、シンオウリーグで奈落の底に叩き付けられたかのような挫折を味わっても尚、再び戦意を宿し旅に出ることを決めたアルジに付き従うと心に決め、ここまでやって来た。

 共に挫折を味わった仲であるトゲキッスもガブリアスも、今や相手に伸されてしまっている。であれば、己が張り切らなければ―――そのような思いがないと言えば嘘となってしまう。

 残りの仲間を信用していないとは言わないが、それでも長い付き合いを経て、新参者よりは主の信頼を得ているという自負があった。

 だからこそ立ち上がる。勝利を渇望する。

 

 しかし―――。

 

「ゴァァアアッ!!」

「ッ―――!!」

 

 振り下ろされた尻尾がルカリオを襲う。

 辛うじて両腕で受け止めたルカリオであったが、余りの攻撃の重さに腕が悲鳴を上げる。

 

「……グルゥ!」

 

 だが、ルカリオの口角は吊り上っていた。

 相対しているポケモンとトレーナーに当てられていたのだ。

 

 決勝戦という場も相まって、ルカリオの波動を感受する感覚は鋭敏化していた。それこそ、些細な感情の変化さえも読み取れてしまうほどに。

 そのようなルカリオがギャラドスやライトから受け取っていたのは、“焦り”、“緊張”、“覚悟”などといった赤く濃い感情。だが、その深淵から湧き出る感情が―――彼等の本質がルカリオを否応なしに笑みを浮かべさせていた。

 

 

 

 

 

『楽しい』

 

 

 

 

 

 ジワジワと、何かが融けていくような感覚を覚えた。

 色で表すのであれば、黄色と白が混じり合ったような明るさと温かさを感じさせる柔らかな色合い。

 燃え盛る闘志の本質である享楽に、ルカリオは思いだしていた。

 

 

 

―――忘れてしまっていた

 

 

 

―――バトルが楽しいことを

 

 

 

―――何故、自分たちが一心不乱に勝利を求めていたのかを

 

 

 

―――そうだ。自分たちが目指していたトレーナーは、どんな時でも笑っていた

 

 

 

「バウァァアアッ!!!」

 

 突如咆哮を上げるルカリオは、残り少ない体力を絞り出しながら、ギャラドスの尻尾を横にずらすようにして弾く。

 限界が近いと体が悲鳴を上げているが、ハイになっているルカリオには最早どうでもよかった。

 背後から飛んで来る指示に、自然と体が動く。

 

 “きあいだま”

 

 瞬くようにして現れる特大の光球は、ギャラドスの眼前で煌々とした輝きを放っている。

 白のような、黄のような、そして橙や赤が混じり合ったような輝きを放つソレは、まさしく今のルカリオの心中を表していた。

 これだけの技を放つだけでも、疲弊が溜まっている体には堪える。

 だが、頭が理解するよりも先に、体が動いてしまっているのだ。

 

 気付いた時には腕を突出し、“きあいだま”をギャラドスの顔面に叩き込んだ。

 気付いた時にはそのまま宙返りし、水色の巨体から数メートル離れた所に着地した。

 

 息が上がる。

 鼓動も高鳴る。

 筋肉も引き攣れば、自然と笑みも深くなる。

 

「キシャァァアアアアアッ!!!」

 

 愉悦した表情を浮かべるルカリオの前方では、凄まじい肺活量によって行われる咆哮で砂塵を払うギャラドスが佇む。

 特大の攻撃を喰らっても尚、健在しているギャラドスだが表情は優れない。

 しかし、すぐに痩せ我慢でもしているのか、強面な顔で凶悪な笑みを浮かべてみせる。

 

『やるじゃないか』

『貴様もな』

 

 言葉はなくとも、思っていることは通じている。

 強気なギャラドスを前に、右腕をクイクイッと曲げ、挑発的な態度をとるルカリオ。

 

 一方、ギャラドスと同様に強気な笑みを浮かべるライト。

 そしてアッシュはというと、久しく見ていない好戦的な態度のルカリオに少々困惑していた。無論、表情や挙動には出さないものの、理解できない物を目の当たりにしたかのように目を見開いている。

 

―――()()()()()()()()

 

「ギャラドス、地面に“アクアテール”!! 氷を弾き飛ばしてッ!!」

「“ラスターカノン”で迎撃だ、ルカリオ!」

 

 既に、戦法の一つとして板がついてきた砕いた氷を飛ばす牽制技。あくまで、味方や相手が作ってくれた氷を使い回すだけだが、それでも初見相手にはそれなりの効力を得る。

 しかし、かつて受けたことがあると言わんばかりの対応速度を見せるアッシュ。すぐさま指示を飛ばし、ルカリオもまた出力を絞った“ラスターカノン”で次々と氷塊を撃ち落とす。

 

 そしてあろうことか、迎撃と回避をしつつギャラドスへと肉迫していく。

 並大抵の動体視力ではできない動きだが、波動を操れるルカリオであれば話は別だろう。だが、それでもここまで俊敏に三つの事柄を行うのは、至難の業だ。

 

 驚くように目を見開き、矢張り強いと歯噛みし、だからこそ勝ちたいと笑うライトは、すぐさま大声で叫ぶ。

 

「“アクアテール”で迎え撃ってッ!!」

「“あくのはどう”で怯ませろ!」

 

 最初の対面の再現。

 ルカリオの右手からゴポゴポと溢れだす波動に対し、ギャラドスもまた渦潮のように渦巻く水流を纏わせた尻尾を振るい、真正面からルカリオを迎え撃とうとする。

 

 遠距離攻撃と近距離攻撃であれば、余程のことが無い限り前者が相手に届く方が早い。

 濁流のようにギャラドスの巨体を呑み込む黒い奔流は、そのまま何もさせまいと全身を絡め取ろうとするが、

 

「キシャアッッ!!!」

 

 気合いの一喝。

 纏わりつく力の奔流を、己の力を以てして無理やり剥がし、そのまま“あくのはどう”を放った直後で硬直しているルカリオに“アクアテールを振り払った。

 

 そして、渾身の一撃を真面に受けてしまったルカリオ。

 鞠のようにフィールドを跳ねていき、アッシュが立っている場所辺りでようやくバウンドが終わった。

 パラパラと降ってくるフィールドの破片を、腕で防ぎながらルカリオの様子を窺うアッシュ。その表情はどうにも優れない。

 

「ルカリオ、戦闘不能!」

 

 ワッと湧き上がる観客。

 そしてライトとギャラドスもまた、お互いを励まし合うかのように視線を合わせて頷く。

 

 そのような中で、アッシュはやられたのにも拘わらず笑みを浮かべているルカリオの姿を目にした。

 まるで、つい先程見たブラッキーのようではないか。

 負けたにも拘わらずヘラヘラと―――しかし、不思議と怒りは湧き上がってこない。以前であれば、嫌悪感を表情に浮かべていただろう。

 なのに何故だ。

 心なしか、ルカリオの表情に安堵を覚えてしまっている自分が居る事に気が付いた。

 

(―――……ッ)

 

「……大丈夫か、ルカリオ」

「クァ……ンヌ」

「無理はするな。まだ二体も居る。お前は黙って休んでればいい」

「……バウ」

「あと―――」

「?」

「そんなにギャラドス(アレ)とのバトルは楽しかったか?」

 

 自分でも気持ち悪いほどに言葉がスラスラと出てきたと思う。

 そして、気持ち悪いと思った問いかけをされたルカリオは、目元を綻ばせ、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「……そうか。戻れ、ルカリオ」

 

 驚くほど、優しい声が出た。

 そのままルカリオをボールに戻したアッシュは、再びエレザードを場に出す。

 

 するとライトは相性が悪いと思ったのか、すぐさまギャラドスを交代してジュカインを繰り出してきた。

 ジュカインもまた、笑みを浮かべている。

 

「―――はッ」

 

 鼻で笑った。

 ジュカインをではない。ライトでもない。はたまた、エレザードではない。

 

「エレザード!」

「ジュカイン!」

 

 二人のトレーナーの声が重なる。

 

「「“きあいだま”!!!」」

 

 直後、二体のポケモンが同時に橙色の光球を放った。

 フィールドの地表を抉りながら進む光球は、ちょうど中央の水が溜まっている場で激突し、バリバリとスパークを発しながら拮抗する。

 しかし、その拮抗も長くは続かない。

 

 

 

―――拳銃(チャカ)と一緒さ

 

 

 

(弾道を安定させるにも、突破力を付けるにも回転が大事―――……クチナシさんの受け売りだけど、今は効果覿面だ!!)

 

 ジュカインの放った()()()()“きあいだま”が、エレザードの放った光球を歪ませ、拡散させ、そのままエレザードの胴体に直撃した。

 【ノーマル】タイプでもあるエレザードに【かくとう】技である“きあいだま”は効いたのか、そのままエレザードは爆発に巻き込まれた後、口からケホッと煙を吐き出し、崩れ落ちる。

 

「エレザード、戦闘不能!」

「っし!!」

 

 王手。

 ライトの残りが三体であるのに対し、アッシュの残りは一体。例え、相手が凄まじく強いゲッコウガであったとしても、かなり勝利に近付いてきている。

 

 楽しい。

 

 楽しくして仕方がない。

 

 わくわくして血が沸騰するようなこの感覚。

 

(これだから、ポケモンバトルはやめられない!)

 

 原点(オリジン)は思いだした。

 もう迷うことはない。

 

 このバトルを楽しみ、そして勝つ。

 シンプルだが、それ以上ないほど明瞭な目的だ。

 

「戻って、ジュカイン! ギャラドス、キミに決めた!」

「……ゲッコウガ!」

 

 一旦ジュカインを戻し、再びギャラドスを繰り出す。

 最早交代することもできない相手に対し、真っ先に“いかく”で【こうげき】を下げることは有効な手であると判断した。

 他にも“れいとうビーム”を警戒したという理由もあるが、一切の油断もせずに、考える限りの最善を繰り出し、勝利を掴んで見せようとする気概が感じられる一手だ。

 

 一方、ゲッコウガを繰り出したアッシュはというと―――

 

「……ははッ……!」

 

 鋭い弧を描く口。

 しかし瞳は獣のようにギラギラとした眼光を放っており、自身の劣勢を思わせない程の威圧感を身に纏っていた。

 

 実況も、歓声も、果てしなく遠い場所から聞こえているかのような曖昧さで現実味がない。

 

(久方振りの感覚だ)

 

 このバトルフィールド以外の場所が、現実世界からバッサリと切り取られたかのような感覚は何時振りだろうか。

 

 バトルにだけしか心が向かない。

 自分の息遣いが淡々と聞こえる。

 ゲッコウガの姿の輪郭も、やけにはっきりと見えた気がした。

 

 そして現実味のない世界の中でも、ギャラドスとライトの姿だけは色濃く存在感を放っている。

 “自分たち”と“相手”しか存在しないこの感覚。

 

 

 

 

 

 そうだ―――この感覚を“夢中”と言うのだ。

 

 

 

 

 

「―――ゲッコウガ」

「……コウガ?」

「俺の見通しが甘かった所為で、あと三体をお前に任せることになったんだが……俺は勝てると思ってるぞ」

 

 やや俯き気味で告げるアッシュに、ゲッコウガは豆鉄砲を喰らったポッポのように目を見開いた。

 しかし、すぐさま凛とした佇まいに戻るところは、普段のアッシュの教えの賜物か。

 

 だが、内心は依然として、面と向かって信用されていると口に出されたことに驚いたままであった。

 自分らの主人は、余り精神論を用いないような人間だと思っていたのだが、この大一番で自身の固定観念を崩しにくるとは思わなんだ。

 

 そして続けざまに、面を上げたアッシュが好戦的な笑みを浮かべつつ、こう口走った。

 

 

 

()()()()()()()、ゲッコウガ」

 

 

 

「……コウガッ!」

 

 御意。

 そう言わんばかりに頷くゲッコウガは、すぐさま臨戦態勢に入る。

 

 彼等が纏う雰囲気が変わったことを、今まさに相対しているライトたちはひしひしと感じ取った。

 最後の一体となった相手ほど、油断できない相手は居ない。

 

 狙うは先手必勝。

 

「ギャラドス、“アクアテール”!」

「躱せ!」

 

 巨体を大きく撓らせて尾を振るうギャラドス。

 命中する寸前で跳躍したゲッコウガは、大の字になるよう手足を広げ、ギャラドスの下へ滑空していく。

 このまま行けば、流れに従いギャラドスに直撃する訳なのだが、ゲッコウガはマフラーのように巻いていた舌を解き、ギャラドスの額のツノ目がけて伸ばした。

 

「ッ……ギャラドス、“ぶんまわす”!!」

「ゲッコウガ、舌を放せ! 着地地点に“れいとうビーム”!」

 

 このまま掴まれたままでは攻撃しづらいと考えたライト。

 文字通り“ぶんまわす”技でゲッコウガを振りほどこうと画策するが、ここではアッシュが一枚上手をいく。

 体を撓らせてゲッコウガをぶん回そうとするギャラドスであったが、勢いが最高潮になるよりも前に舌を放したゲッコウガが、宙を翻りながら地面に一条の冷気を放つ。瞬く間に凍る地面―――そこへゲッコウガが滑走する形で降り立ち、着地と移動を同時に行ったではないか。

 

 ギャラドスの周りで弧を描くように滑るゲッコウガ。

 彼を捉えようと、ギャラドスは極太の尾を背後に振るうが、これまた寸前でゲッコウガは驚異的な跳躍を見せ、ギャラドスの頭上へ回る。

 そして、

 

 

 

「“あくのはどう”」

 

 

 

 ルカリオが放つソレよりも遥かに強力な“あくのはどう”が、ギャラドスの体を覆い尽くした。

 途端に衝撃で砂塵が舞い上がり、視界が一面茶色に染まっていく。

 

「くッ……ギャラドス!?」

 

 予想通り―――否、予想以上の威力に驚き、やや上ずった声でギャラドスの安否を確認しようとするライトであったが、何かが倒れるような地響きが、視界が開けるよりも先に聞こえてきた。

 自然と砂塵が晴れていけば、ギャラドスの安否は否応なしに確認できる。

 が、

 

(? ……なんだ、あれ?)

 

 次第に渦巻き始めていく砂塵に違和感を覚えたライト。

 内部で何か起こっているのだろうか。もしギャラドスが依然として健在で、今も尚ゲッコウガに抗戦しているのであれば幸いだが、どうにも雰囲気が違う。

 

 刹那、水が弾けた。

 

「ッ……渦潮!?」

『おぉっと、何だこれはァ―――!!!? 突如、巨大な水の竜巻が天を衝かんばかりに出現したァ!! これはゲッコウガの技なのかぁ!!?』

 

 実況の白熱した声も、今のライトには届かない。

 

「は……ははッ!」

 

 捩れ渦巻く流水に、砂塵も呑み込まれ、数秒も経たない内に視界は明瞭になると同時に、ライトは込み上がってきた笑いをそのまま声に出した。

 

 同時に確認できたのは、倒れて戦闘不能になっているギャラドスの姿と、轟々とうねる渦潮の中に堂々佇むゲッコウガ。

 しかし、どうにも様子がおかしい。

 どうにも、()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 フォルムチェンジ?

 メガシンカ?

 

 どちらにせよ、何かしらの事象に伴った形態変化を起こしたようだ。

 そのことに観客は勿論、このバトルを見ていたほとんどの者達が騒然とし、極め付けにはゲッコウガのトレーナーであるアッシュさえも驚愕したように瞠目していた。

 

「……ははッ」

 

 そして笑う。

 今、自分の間の前では想像もしていなかった“進化”が起こっているのだ。笑わずには居られないだろう。

 

 そうこうしている間にも、ライトはリザードンを繰り出す。

 目の前で起こる激流に対抗せんと、リザードンはその身に纏う炎を轟々と燃え盛らせる。

 突然劣勢に追い込まれてしまったような錯覚さえしてしまうが、それでも尚、ライトの表情から笑みは消えない。

 

 笑っている。

 両者、共に。

 

(そうだ。どんな時も、何が起こるか分からない……!)

(逆境こそ好機っては、言ったモンだ。驚いたぜ……)

 

 

 

「「これだから、ポケモンバトルは止められないッ!!!!!」」

 

 

 

 最後の最後で“進化”を魅せつけてきた最大の関門が、今、ライトの目の前に立ちはだかる。

 この歓声渦巻く最中、最高潮の心の昂ぶりのままに。

 

 

 

 いつの間にかフィールドの氷は融けていた。

 彼らの熱にあてられて。




備考
 Ash(アッシュ)は、アニメ・ポケットモンスターの主人公サトシの英語名です。
 お気づきになられた方はいらっしゃったでしょうか?

 次話、決着です。

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