ポケの細道   作:柴猫侍

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第百十八話 そうだ、ジョウト行こう

 閑静とした病室に一人、ハッサムは一人無言で佇んでいる。

 負傷した右腕はいまだギプスがとれないままだ。進化したばかりの頃も、一度このような感覚に違和感を覚えた記憶がある。

 

 まだ鋏の重さに慣れていない頃……今思えば、とても充実していた時だ。

 自分たちの上は幾らでも居る。だからこそ、一日一日を大切に、仲間たちと共に精進していかなければならないと考えていた。

 

 しかし、何時頃だっただろうか。他の仲間たちが自分と肩を並べるようになってきて、負けては居られないという思いと共に、どこか安堵の念を覚えていた。

 憮然に振るおうとしていても、心のどこかでゆとりが生まれたのかもしれない。

 

―――自分でなくとも、他の仲間がどうにかしてくれるのかもしれないと。

 

 信頼と他力本願が表裏一体になったような不思議な感覚。

 旅に出た始めの頃は、己が一番強いという自負があった。だからこそ、ライトの為に最も奮闘し、活躍しなければならないのは己だという責任を抱き、常に慢心することなくバトルに臨めたのだが―――。

 

 そのような考えが何度も頭の中をグルグルと周り、酷い自己嫌悪に陥っては、このまま居なくなってしまえればという自暴自棄な考えが幾度も浮かんでくる。

 

 今頃ライトたちは何をしているのだろうか?

 

 あのまま勝ち進め、優勝しているかもしれない。

 

 もしくは、惜しくも敗れて涙を飲んでいるかもしれない。

 

 主人には是非とも勝ち進み、栄光の頂に輝いて貰いたい―――だが、一方で自分無しで勝ち進んでは欲しくないという複雑な気分にもなる。

 それからまた自己嫌悪に陥っては、動かそうとする度に激痛が走る右腕を鬱陶しそうに睨みつけた。

 

「ハ~ッサム」

「!」

 

 突然開く病室の扉。

 反射的に顔を上げたハッサムが視界に入れたのは、少しばかり疲弊した顔色を覗かせるライトと手持ちのポケモンの数々であった。

 流石にギャラドスやミロカロスは病室に入らないとボールにしまっているのか、二体の姿は見えないものの、ほとんどの手持ちが勢揃いで見舞いに来たようだ。

 

 心なしか嬉々とした雰囲気を漂わせる彼等に『まさか』と思ったハッサム。

 直後、目が眩まるばかりに輝く巨大なトロフィーを、背中から取り出してバッと見せつけるライト。

 

「勝ったよ」

 

 端的に、しかし歓喜に満ちた声で告げる。

 

「……これで、半年後の四天王戦。勝ち抜けたらチャンピオン戦に挑めるよ」

 

 既に先を見越すような物言いで話を進めるライトは、持っていたトロフィーを一度リザードンに託し、メガリングを着けている右手を差し出す。

 

「行こう。一緒に」

「……?」

「僕、レッドさんと少し話したんだ。半年の間に何をするべきなのかって。それで決めた。レッドさんに稽古つけてもらおうって」

 

 突拍子もない計画に、ハッサムの目は点となる。

 一方ライトは、賞賛を讃える歓声と拍手を送られる最中、表彰台の上でカロス地方チャンピオン・カルネにトロフィーを渡された時のことを思いだす。

 

 

 

―――この六か月後の時間でどれだけ変われるかで、自ずと結果は変わるわよ

 

 

 

 チャンピオンはおろか、四天王の腕にも今の自分は及ばないことを理解していたライト。

 そんな彼が頼った人間こそ、一度チャンピオンになった生ける伝説であった。

 

「大体のプランはこう! まず入山許可を取る為にカントーとジョウトのジムバッジを全部集める! そうしてから、シロガネ山に入って野生のポケモン云々とのバトルもしながら、レッドさんとバトルして鍛える! どう!?」

「……」

「チャンピオンに勝つには、元チャンピオンを打ち負かせるぐらいにならなきゃいけないと僕は思ってるんだ。だから、それには君も必要なんだ」

 

 徐に差し出した手を、ハッサムの怪我した右腕に添える。

 そんな少年の言葉に、未だベッドに腰掛けるハッサムの瞳にはじんわりと涙が浮かび始めた。

 

―――まだ彼は、自分を必要としてくれている。

 

 今ここで立ち上がるには十分すぎる理由に、ハッサムの心はこれ以上ない程に震えあがる。

 自己嫌悪や己への怒り、そして求められたことに対する歓喜で、かつて涙を流したことのないハッサムの目尻からポツリと一粒雫が零れた。

 その様子を見て微笑むライトは、更に言葉を紡ぐ。

 

「シロガネ山には、湯治にもってこいの秘湯があるんだってさ。きっと、そこでならハッサムの怪我もよくなる」

「……ッ」

「一緒に行こう。君なしでチャンピオンになれたとしても、きっと心の底から喜べないと思うから」

「―――!」

 

 次第に肩が揺れ始めるハッサムは、面を俯かせたまま、ライトの言葉に黙って頷くだけだ。

 

 ぽつりぽつりとベッドに染みを作っていく雫。

 それは、信頼する仲間たちだからこそ見せることができた、彼の弱さであった。

 

 もう一人で気張ることはない。

 この場に居る全員が、既に掛け替えのない仲間だ。

 今はただ、優勝したという喜びを分かち合えばいい。

 ひたすらに、ひたすらに……。

 

 

 

 ***

 

 

 

『それでは、今年のカロスポケモンリーグの優勝を飾ったライト選手へのインタビューです! ライト選手、今のお気持ちは如何ですか!?』

『え、あー……と、とても嬉しいです! その、夢に一歩近づけた感じで……』

 

 派手な装飾がなされた部屋の中、一人ポケギアをニヤニヤと眺める姉が一人。言わずもがな、ライトの姉であるブルーだ。

 

 昨日の表彰式・閉会式を終えたばかりでトロフィーを持つライトにマイクを向けるのは、記者であるパンジーである。『私の目に狂いはなかった!』と言わんばかりに、目を燦々と輝かせて迫ってくる彼女に気圧されるライトの声は、やや上ずっていた。

 そのような緊張しまくりな自分の声など聞きたくはないライトは、恍惚とした表情のブルーに歩み寄る。

 

「……姉さん。その……人前で昨日のインタビューを見るのやめてくれない?」

「あら、なに言ってるの!? 弟が折角頑張って優勝したっていうのを喜んで何が悪いのよ~! うふふふ、家で録画予約した奴、ちゃんと録画できてたらいいんだけど……出来てたら、しっかり円盤に焼かないと! 保存用と観賞用、そしてご近所に配る分も……」

 

(永久保存版にするつもりなのっ!?)

 

 DVDに焼いて永久保存するつもりの姉に、驚愕の色を隠さないライト。

 暴走列車の如く、弟の活躍に興奮するブルーを止めるのは、最早不可能。それを悟ったライトは、周りでガヤガヤと談笑している者達へ目を向けた。

 

 ここはプラターヌ研究所。さらに細かく言えば、大広間に位置する部屋だ。

 プラターヌを始めとし、ジーナ、デクシオ、コルニ、カノン、レッド、果てには大会の運営の為に出向いてきたコンコンブルも、ライトの優勝を祝うべく、この細やかな祝勝会に集まってくれている。

 

 昨日頑張ってくれたポケモンたちも、今は彼らの手持ちたちと戯れており、広間は非常に賑やかだ。

 

「ピッピカチュウ!」

「あ、ピカチュウ。お祝いしてくれるの?」

「チャア!」

 

 徐にライトの足元にやって来たピカチュウ。

 何やら、得意げな笑みを浮かべてふんぞり返っているが……。

 

「……『やっと半人前だな』、的なニュアンスなのかなぁ」

「どうだろうね……」

「ぅレッドさん!? あぁ~吃驚したぁ……あ、昨日は湯治の提案してくれてありがとうございます!」

 

 ヌッと幽霊が如く背後に忍び寄って来たレッドに驚きながらも、ハッサムの湯治を提案してくれたことに対し感謝を述べたライト。

 だが、レッドはいつものような能面のまま、ゆっくり首を横に振る。

 

「いや、山の頂上で自堕落な生活を送り続けるよりかは、誰かのパートナーの療養っていう大義名分があれば、罪悪感が減るから……」

「えぇ……」

「でも、君のハッサムを良くしてあげたいのはホント。昔から連れ添う子と一緒にバトルできなくなったら、凄い淋しいもんね……」

「……はい」

 

 足元のピカチュウを抱き上げ、擽るように喉元を指で撫でるレッド。

 気持ちよさそうに『チャァ~♪』と声を上げるピカチュウは、至極幸せと言わんばかりの表情だ。

 

 穏やかなレッドの微笑み。それを向けられ、彼の指に体を委ねるピカチュウの姿が、彼らの付き合いの長さを窺わせる。

 

「……四天王とチャンピオン。凄く強いと思うよ」

「っ! はい」

 

 不意なレッドの呟きに、ライトの表情が険しいものとなる。

 元チャンピオンが言うだけあって、ライトの未来に立ちふさがる五つの壁は、並みでは超えられる高さと堅牢さがあると、否応なしに感じざるを得ない。

 だが、そんなことは百も承知。今更尻尾を巻いて逃げるつもりなどはない。

 

 ライトはただ口を結んで、次の言葉を紡ごうとするレッドを待つ。

 

「でも、今まで積み重ねてきた分と、これから積み重ねていく分。全部合わせれば、きっと……」

「きっと?」

「きっと……あの……あれ。あれだよ。うん。やれる、きっと。諦めないで」

「ここにきての語彙力低下!!」

 

 突然の語彙力低下。ウルップを思わせる語彙に、ツッコまざるを得ない。

 大事なところで抜けている。今に始まったことではないが、レッドは中々天然な部分があるようだ。

 

「……まあ、恰好はつかなくなっちゃったけど、諦めないのが肝心。決勝でわかったと思う」

「はい! どんな逆境でもパートナーを信じて、パートナーが信じる僕を信じる……あの時はひしひしと感じました。だから、あの時の感覚を僕は忘れない―――」

「俺より全然語彙あるね……なんか自信なくしちゃった」

「レッドさん、僕の所為ですか? 僕の所為なんでしょうか」

「ううん、気にしないで。色々と打ちひしがれているだけだから」

「大丈夫じゃないですよ、それ」

 

 ここに来てのグダグダである。

 年下に心配される生ける伝説は、心に(勝手に)負った傷を癒すべく、抱き上げたピカチュウへのモフモフを敢行し始めた。

 

 先輩のモフモフタイムを邪魔するべきではない。そう考えたライトは振り返り、他の場所で談笑している者達の下へ向かおうとする。

 

 背後で『ヂュゥウウ!!』と鳴き声が聞こえるが気にしない。

 電撃がバリバリ爆ぜている音も響いているが気にしない。

 若干の悲鳴も混じっているように聞こえるが気にしない。

 

 というか、気にしてはいけない。気にしたら負けなような気がする。

 

 不思議な力で振り返ることを制止された気分になりながら、ジュース片手に『こっち来なよー!』と手を振るコルニやカノン、ジーナ、デクシオに気が付く。

 ライバルとして、時には友達として支えてくれた者達。

 感謝の言葉を告げれば、どれだけの時間がかかってしまうだろうか。

 だが、今はそのようなしんみりとした空気になる必要もない。

 

 にっこりと笑顔を浮かべ、すぐにコルニたちの下へ向かう。

 

「あぁ、待ってくれ」

「え……あ、コンコンブルさん!」

「まずは、優勝おめでとう。君とポケモンとの“絆”……確と見届けさせてもらったよ」

「~……ありがとうございますっ!」

 

 声をかけてきたのは、キーストーンを託してくれた継承者のコンコンブル。

 メガシンカの力なくば、本選に勝ち進めていたかも疑わしいところだ。自分の夢を後押ししてくれた人物の一人として、きちんと礼を言わなければならない人物。

 

しっかり腰を折り曲げて感謝の言葉を述べれば、何やら含んだ笑い声が聞こえてきた。

 すると、床の方へ視線が向いていたライトの視界に、一つのモンスターボールが割り込んでくるではないか。

 

「ライトくん、これを……」

「ボール……ですか?」

「ああ。中には、ディアンシーが入っている」

「ディア!? えっ、なんで僕に……?」

「おや、前に言っとらんかったかな? まあ、些細なことだ。前々から、君がチャンピオンになったらこの子を託してもいいと考えていたんだ」

 

 唐突なディアンシーを託す旨の発言。ライトは驚きを隠せぬまま、差し出されるボールを凝視する。

 ディアンシーは幻のポケモン。ポケモンマニアにしても、研究者にしても喉から手が出るほど欲しいポケモンの一体とも言える。

 

 そのようなポケモンを子供に託すのは、些か危ないのではないだろうか? 心無い大人が、隙を見て無理やりにでも奪うのでは……そんな考えがライトの脳裏を過ったが、コンコンブルの顔を見たライトは、グッと真摯な眼差しを浮かべる。

 

 彼は、自分を一人前のポケモントレーナーとして見てくれているのだ。

 晴れて『カロスリーグチャンピオン』という称号を得た今だからこそ。そのような考え方も出来なくはない。

 

「……コンコンブルさん」

「どうだい? 受け取ってみる気にはなったかな?」

「受けとるのはちょっと……だって、主を決めるのはディアンシー自身ですから」

「……なるほど」

「だから、この子が本当に付いていきたいって思えるトレーナーと出会うまで、預かります!」

 

 思わぬライトの言葉に、コンコンブルは眉を顰める。

 

「預かるとな?」

「はい! 折角向こうに帰るんだったら、その子にも別の世界を見せてあげたいなぁ~……って。本当のパートナーに出会えるその時まで、世界が広いってことを一緒に旅して教えてあげたい。仲間と一緒に旅することの楽しさも教えてあげたい。そう……思います」

「ほう……うむ、それが君なりの考えか。はっはっは、結構結構! なら、君の考えを尊重しよう」

 

 快活な笑い声を上げ、『ほれ!』とボールをライトに押し付けるコンコンブルは、非常に清々しそうな表情を浮かべている。

 彼の笑顔が伝播したように破顔するライトは、渡されたボールの開閉スイッチを押し、中に納まっていたディアンシーを繰り出す。

 

 突然出されたディアンシーは、周囲の状況をよく理解しておらず、キョロキョロと辺りを見渡した後に、『くぁ~』と呑気に欠伸をかいた。

 そんなディアンシーに手を差し出すライト。

 徐に差し出された手に、ディアンシーはきょとんと首を傾げるだけだ。

 

「―――これからよろしく!」

「……♪」

 

 しかし、笑顔で握手をすれば、もう友達だ。

 がっちり握手を交わした後は、飛びついてくるディアンシーを抱きかかえ、再度コルニたちの下へ―――と思いきや、駆けるライトの下へ彼の手持ちがなだれ込んだ。

 

「おぎゃあ!? ちょっ、みんな! 重い重い重い!!!」

 

 ディアンシーを抜きにしても、約724キロの体重。それらが一斉に、一人のマサラ人にのしかかる。

 

 マサラ人でなければ死んでいた。

 

 必死に皆をどかそうとするライトの形相を、カメラに憑いているロトムが『ケテケテ♪』と笑いながら、何度もシャッターを押して、その混沌とした場をデータに残していく。

 ワーワーと一層騒がしくなる広間。

 だが、そこに広がっているのは優勝の喜びを改めて分かち合うヒトとポケモン、そして彼らを祝う者達の温かさで溢れかえっている。

 

 晴天の日に大地を照らす日光のような温かさが。

 

「さて、皆さん! 改めて、彼の優勝を祝うとしましょう!」

 

 そこでグラスを片手に持つプラターヌが、爽やかスマイルを浮かべ、グラスを高く掲げて見せた。

 

「ライト君と彼のパートナーたちの健闘を称え、そして掴んだ栄光を祝って、乾杯っ!!!」

『かんぱーい!!!』

 

 カラン、と連なるようにして響く氷がガラスと触れあう音。

 それと同時に広間に響く祝福する声は、その後も惜しみなく、一人の少年と彼の手持ちたちへ向けられていった。

 

 長い時間。

 それこそ、日が沈むまでだ。否、沈んだ後も。

 

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。それは何処でも言われていることかもしれないが、この時ほどライトがそう思う時間はなかった。

 興奮冷めやらぬまま、ブルーがとってくれたホテルに泊まり、そして夜が―――

 

 

 

 ***

 

 

 

「もう少し、ゆっくりしていけばよろしいのに……」

「駄目だよ、ジーナ。ライトにもライトの都合があるんだから」

 

 ここはミアレ空港前。

 地方を行き交うべく集う者達で溢れかえっている建物内では、少々淋し気な表情を浮かべるジーナとデクシオが、キャリーケースを手に持っているライトたちを見つめていた。

 

 そう。ライトとブルー、レッド、そしてカノンは今日中にカロスを発ち、ジョウトへ帰る予定なのだ。直行便で行けば半日。ゆとりをもって家に帰る為にも、午前中にはカロスを発たなければならない。

 

「うん、ごめんね。でも、半年後にもう一回来るからさ」

「ああ、そうだよ二人とも。ライト君、でも偶には電話してくれると嬉しいな。その方が、ロトムも喜んでくれるからね!」

「はい、プラターヌ博士! ロトム、あんまり博士に迷惑かけちゃダメだよ?」

「ケテッ♪」

 

 ジーナたちの保護者とも言うべきプラターヌは、ライトから研究の為に受け取ったロトムと共に見送りに来てくれていた。

 短い間だが、ロトムもライトの旅の仲間として、時間を共にしたポケモンだ。

 面白可笑しく笑っているロトムだが、どこか別れ行く仲間の背に、名残惜しさを覚えているような色が窺える。

 

 そんなロトムに微笑みかけ、自分達が乗る便まで、あとどのくらいの時間があるかをポケギアで確認した―――その時だった。

 

「ライトォ―――っ!」

「ん……あっ、コルニ!」

「寝坊したぁ!!」

「そんな鬼気迫った表情で言われても……ッ!」

 

 自動ドアを潜り、こちらを見つけるや否や、ルカリオと共に全力疾走で近づいてくるコルニ。

 余りの威圧感に、ライトのみならず他の者達、果てには赤の他人さえも引きつった笑みを浮かべる。

 

「いや、うん……焦る気持ちは分からなくもないと言うか、なんと言うか……」

「はぁ……はぁ……ッ! いや、アタシはライトが思ってるより焦ってるから! はぁ……ライト、あと飛行機乗るまでどのくらい時間ある!?」

「時間? 割と一時間くらいは……」

「はぁ……なるっ、ごほぉっ!」

「時間あるから、一旦呼吸を整えて!」

 

 咳き込むコルニ。余程急いできたのだろうが、傍から見れば必死過ぎて引きそうだ。

 暫く、コルニの呼吸を整える時間を挟む一同。その間、ライトは延々と彼女の背中を擦っていた訳であるが、突然勢いよく上体を起こした彼女に『おぉっ!?』と驚くハメになってしまった。

 

「ライトっ!」

「ど、どうしたの?」

 

 改まって名前を呼ばれ、目が点となるライトに対し、コルニは一拍呼吸を置いてからこう言い放った。

 

「―――バトルしようぜっ」

 

 風を切る音を響かせ、拳を突き出す。

 真っすぐな瞳が捉えるのは、栄光に掴んだ一人のチャンピオンだ。

 

 

 

 

 

―――約束を果たすべく、彼女は此処に赴いた。

 

 

 

 

 

「……うんっ!」

 

 断る理由など、無い。

 

 突き出された拳に対し、固く握りしめた拳をコツンとぶつけて見せた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ルールは1対1! どう、シンプルでしょ!?」

「うん。どの子で来るの?」

「ふふっ……アタシが繰り出すのはこの子! バシャーモ!!」

 

 空港の敷地内の端の方にあるバトルコート。

 そこにライトとコルニたちはやって来ていた。

 

 雲一つない、まさにポケモンバトル日和。いや、例えどんな天気だったとしても、この一戦を取りやめることなど出来はしない。

 

 静かに高鳴る鼓動を抑えつつ、チャンピオンへの挑戦者を見遣るライトが目にしたのは、彼女の相棒とも言うべきルカリオではなくバシャーモだ。

 意外なチョイスに、何事かと眉を顰めるライトであったが、次に彼女が起こした行動ですぐに得心が行く。

 

「命ッ!! 爆・発ッ!!! バシャーモ、メガシンカッ!!!!」

 

 爆ぜる絆の光が迸り、コルニとバシャーモの二人を繋いでいく。

 そして瞬く間にバシャーモの姿は変貌し、頭から生えていた羽毛は天を衝かんばかりにV字に逆立ち、手首から噴出していた炎も、一層その苛烈さを増す。

 

 心なしか、気温が上がったように感じる。

 それほどまでに、彼女たちから感じる熱気が凄まじいということであった。

 

「そっちがバシャーモなら、こっちは……リザードン、キミに決めた!!!」

「グルァッ!」

「―――メガシンカ!!!」

 

 メガシンカには、メガシンカを。

 

 否、約束のバトルなのだ。例え相手がメガシンカできないポケモンであったとしても、ゼンリョクを尽くすべく、始めから漆黒の火竜の姿を露わにしていただろう。

 

 一昨日の疲労を感じさせぬ威圧感を放つリザードンは、空と大地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。

薄っすらと漂う王者の風格。それは一度優勝した故の慢心や傲りなどではない。ただただ挑戦者を寄せ付けず、相手を圧し潰すかのような重圧だ。

 己の立場を自覚し、それだけの風格を見せつけるとは、自分のパートナーながらすさまじいことだと感慨にふけるライト。しかし、すぐさま相手に意識を向ける。

 

「ふぅ……手加減なしだからね!」

「モチのロン!」

 

 役者は揃った。

 徐にライトはバトルコートの横で立っているブルーを見遣る。そんな弟の頼みを受けて審判を務めることになったブルーは、茶目っ気たっぷりにウインクを送った後に、右手を高々に掲げた。

 

「よーし。それでは、ライトVSコルニの試合を開始します!! それでは―――……始めッ!!!」

「リザードン、“ドラゴンクロー”!!!」

「バシャーモ、“ブレイズキック”!!!」

 

 躊躇うことなく相手へ肉迫し、己が武器を振るう二体。

 激突する爪と脚は、辺りに衝撃波を伝わらせ、思わず観客であるカノンたちの表情を歪ませるに至るが、そこまで意識の向かない二人と二体は遠慮のない激突を続ける。

 

 雄たけびと共に空を裂く“ドラゴンクロー”。

 

 空気を焼き焦がさんと燃え盛る“ブレイズキック”。

 

 目が眩まんばかりの電光を発する“かみなりパンチ”。

 

 岩石をも容易く砕く脚力で放たれる“とびひざげり”。

 

 “かそく”する相手を打ちのめさんと、自分を鼓舞するような“りゅうのまい”を繰り出すリザードンに対し、トドメの一撃の為に己を高める“ビルドアップ”を行うバシャーモ。

 

 

 

 そして、

 

 

 

「「“フレアドライブ”!!!!!」」

 

 二つの灼熱が、青空の下で激突した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――……バトル、凄かったね」

「うん。お互い、会ったばっかりの時から成長してるからね」

 

 唸るようなエンジン音が鳴り響く機内で、他の乗客に迷惑がかからない声量で談笑するライトとカノン。ブルーとレッドはと言えば、バラエティで使うようなデザインのアイマスクをかけ、昼寝に勤しんでいるところだ。

 

 そんな彼らを起こさない為にも、細心の注意を払って先程のバトルを思い出す二人。

 心躍る熱いバトルとは、まさにあのこと。ポケモンリーグ決勝戦にも負けじと劣らない熱さが、あの時は皆の心を確かに奮わせていた。

 

「寂しい? カロス離れて……」

「ううん……って言ったら、ちょっと嘘にはなるけどね。でも、大丈夫。みんな夢に向かって頑張ってるんだから、僕だけ立ち止まってる訳にもいかないしっ!」

「……そうだね」

「うん……まだ夢の途中なんだ」

 

 少し儚げな微笑みを浮かべるライトが窓を覗けば、何か月も旅して歩いたカロス地方が、眼下に広がっていた。

 最も美しいと謳われる地方―――カロス。

 

 確かにあの場所には、美しい出会いがあった。

 美しい人間が多く居た。

 美しい自然がたくさんあった。

 美しい建物がたくさんあった。

 そして、美しい思い出がたくさん出来た。

 

「……僕、頑張るよ」

 

―――でしょ? コルニ

 

 声に出さぬものの、ライトは友の名を呟きカロスを後にするのであった。

 もう一度戻ってくる約束の場所へ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 飛行機雲の尾を引かせている飛行機が、明後日の方向へ向かって飛び立った。

 それを見上げるコルニは、隣で寝転ぶルカリオやバシャーモ、他の手持ちたちと共に拳を掲げる。

 

「……さよならは言わないよ、ライト。また―――」

 

 新たな約束は交わした。

 

 殿堂入りした彼と、もう一戦交えるという約束を。

 別れの言葉はいらない。

 再会の時まで、己を高める。

 それが、今自分の為すべきことだ。

 

 コルニは、高く掲げた拳に誓うのであった。

 


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