ポケの細道   作:柴猫侍

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第百十九話 Ready Go!

 吹き渡る潮風が、火照った体の熱を奪っていく。

 どこか懐かしいようで、しかし新鮮な気分になれる潮風に迎え入れられ、少し苔むした石畳を踏みしめれば、もう第二の故郷とも言える街に到着だ。

 

「アルトマーレ……水の都……!」

 

 燦々と輝く日光に照らされ、カノンやブルーと並び立つライトは、そう言わずには居られなかった。

 グッと伸びをして、故郷の空気を吸い込むライト。

 そんな彼を一瞥するカノンは、フフッとほほ笑んだ後、囁くように呟く。

 

「うん……おかえり、ライト!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライドォォオオオ!!! おめでどぉおおお!!!」

「近い近い! 父さん、あとウルサイ!! ご近所迷惑だから!!」

「そう言ってもだなぁっ……!」

「はいはい……」

 

 キャリーケースを引き摺って帰路につき、自宅の扉を開けるや否や飛び出してきた父・シュウサクに、呆れた笑みを浮かべるライト。

 

「ハァ~イ、パパ♪ 弟と一緒に、貴方の娘が帰ってきましたよぉー」

「おぉ、ブルーも帰って来てくれてたのか! いやぁ~、お父さんは果報者だな! こんな凄い娘と息子を持つんだからっ!」

「どいたまー! じゃ、ライト。まずは荷物部屋に置きましょ」

「うん」

「あれ!? やけにあっさり!?」

 

 感涙するシュウサクを余所に、長旅の疲れを癒したいと言わんばかりの動きを見せる子供たちに、ショックを隠せないシュウサク。

 色々と成長した子供たちだ。父としてベタベタできる時間も、残り僅かかもしれない。そんな懸念がシュウサクの脳裏を過った!

 

「ねえ、姉さん」

「んー? なーにー?」

「レッドさん、今頃どの辺かな?」

「あ~、レッド? なんやかんやで、もうシロガネ山には着いてるんじゃない? 人のポケモン預かって湯治に行くのに、あっちゃこっちゃに寄り道する訳にもいかないだろうし」

 

 荷物を部屋の隅に置きながら、ハッサムを預けたレッドの居場所を問うライト。

 『んー』と人差し指を顎に当てるブルーは、幼馴染の勘を生かし、彼が既にシロガネ山に到達していることを口にする。

 カロスからの便に乗り、コガネシティに降り立ったライトたちは、すぐにアルトマーレに帰る組とレッドに分かれたのだ。コガネからシロガネ山へは、それなりの距離があるハズだが、彼のポケモンを鑑みて既にシロガネ山に到達していてもおかしくはない。

 

 納得するように頷くライトは、『そっか』と穏やかな笑みを浮かべる。

 早速相棒は、再びバトルの場に出てこれるよう治療に専念しているハズだ。そう考えるだけで、自分も負けてはいられないといった興奮が、心の奥から滲み出るような感覚を覚える。

 

「どうしよう……明後日には発つかな」

「なに!? 明後日にまた旅に出るつもりなのか!?」

 

 徐に呟いたライトの一言に、我が子の帰還によって喜びに打ち震えていたシュウサクが、声を荒げた。

 そういえば言ってなかったな。

 しまった、と言わんばかりに引きつった笑みを浮かべるライトは、すぐさま自分が本気でそう考えていることを告げる為、真剣な顔を浮かべて応える。

 

「うん。ジョウトとカントーを回る予定……」

「はぁー、我が息子ながらアクティブだ。そこは姉さんとそっくりだな、ははっ!」

「……あれ、イイ感じ?」

「ん? イイも何も、息子の見聞を広める為にも、お父さんはライトを止めるつもりはないぞ! 寧ろゼンリョクで応援する! 頑張れ! 半年後には、四天王戦があるんだろ?」

「……うん! ありがとう、父さん!」

「ああ!」

 

 息子の背中を押していく様子のシュウサクは、笑顔でライトの感謝の言葉に対して頷く。

 

「うふふ、久々の親子水入らずねっ♪ あ、でもライト。ボンゴレさんとかにも挨拶してきなよ?」

「分かってる! 後で皆と行くつもり」

「そ。ならいいんだけど」

 

 カノンの祖父・ボンゴレへの挨拶など、今日はやることが多い。

 遠い地方とは言え、ポケモンリーグで優勝したライトは、一躍アルトマーレの有名人だ。既に彼の帰還の噂はご近所伝いに広がっていき、軽く家の外は凱旋ムードで小さな騒ぎが起こっている。

 

(嬉しいと言うか、こっ恥ずかしいと言うか……)

 

 トホホ、とため息を吐くライト。

 祝福されるのはありがたいが、そういった空気に慣れていない。齢十二の子供なのだから、当たり前だと言えば当たり前なのだが……。

 

(あ、そうだ。ボンゴレさんの挨拶の帰りに、本屋寄らなきゃ……売ってるかな?)

 

 ふと、とある用事を思い出す。

 新たな旅路へ向かう準備として、一冊欲しい本があったのだ。

 

 絶対必要かと言われれば頷きかねるが、将来の為には欲しい一冊。

財布の中身を確認し、その本が買えるだけの金額があるかどうかを確認した後、『じゃあ行ってきます!』と元気のいい声を上げ、ライトは家の外へ出ていく。

 

 『聞いたわよ~、ライトくん。おっきな大会で優勝したんだってねー!』と話しかけてくるおばさんや、『ライト兄ちゃん、サインくれー!』と色紙を渡してくる小さい子供を何とか突破し、少し開けた場所でリザードンを繰り出したライトは、颯爽とその大きなオレンジ色の背中に飛び乗った。

 

「よしっ、リザードン! 空を飛んで行こう!」

「ガウッ」

 

 初めて訪れた時は叶わなかった、空から望むアルトマーレの景色。

 入り組んだ水路に、レンガ造りの家の数々。活気に溢れる大きな通りでは人々が行き交い、開けた水路では、水上レースの練習をしているトレーナーも居る。

 

「気持ちいいー……そう言えば、僕もこうして空から眺めるの初めてかも」

 

 旅立つ以前は、こうして空を飛べるポケモンを有していなかったことから、街を真上から見下ろすことなど、考えもしなかった。

 しかし、改めて違う視点から望むアルトマーレは、水の都の名に違わない清らかさに満ちているように見える。

 

「……うん」

 

 一つの決意が固まったとでも言おうか。

 濛々と立ち込めていた水蒸気が凝結して水になるように。そして、形の定まらなかった水が、ようやく氷へと凝固したように、ライトの中で一つの決意が固まった。

 

 心機一転。新たな“目標”が出来たところでの深呼吸は格別の味だ。

 このアルトマーレの潮風に吹かれながらの深呼吸は、一度味わったら忘れることができない。

 

 清々しい気分になりながら、雲が行き交う空を暫く見上げるライト。

 高揚し、温度が上がった体温を風に晒して冷ましたところで、再びアルトマーレを見下ろす。

 

「……リザードン、カノンの家はあっちだよ。行こッ!」

「ガウッ」

 

 ライトの指示を聞いたリザードンは軽く頷いた後に、力強く翼を羽ばたかせ、主が指し示した場所へ向かう。

 フワリと臓器が浮かぶような感覚。始めこそ慣れず、気分を悪くしてしまったものだが、今になってみればジェットコースター気分で楽しめるものだ。いや、パートナーへの信頼があるからこそ、心から非日常的な感覚を楽しめるのだろう。

 

 そう考えた途端、この三か月間の間にパートナーとの間に築き上げたキズナを、実感できるような気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カノンの家に挨拶に出向いた後の帰り道、ライトは街の書店に立ち寄り、一冊の本を購入していた。

 

『毎度ありがとうございました~』

「あったあった……♪」

 

 凡そノートではない分厚さの本。

 ましてや、雑誌などの大きさでもないソレを大事そうに抱えるライトは、意気揚々と帰路につこうと考えかけたが―――。

 

(……少し、あそこに立ち寄ろうかな)

 

 虫の知らせのような、はたまたそうでないような予感がライトの足を“秘密の庭”へ向かわせる。

 カノンの家に出向いた際、『カノンなら出かけてしまっているな』とボンゴレに告げられたのだ。となれば、恐らく彼女が居るのは其処しかない。ラティオスやラティアス、ハクリューなど、挨拶したいポケモンはよく庭園で戯れているのだから。

 

(皆もあそこならくつろげるだろうし……)

 

 もうすぐ夕暮れ時ではあるが、カロスで手持ちに入った仲間たちと庭園のポケモンたちを対面させるのも一興だ。

 特に、ライトが勝手にレモン味と考えているラティアスも、代々アルトマーレを護ってきている個体とも仲良くなれるだろう。

 

(うん! それがいいな!)

 

 即断即行。

 軽快な足取りで、一部の人間とポケモンしか知らない領域へ向けて歩き出す。

 

 日暮れが近くなり、次第に赤らみを帯びていく街並み。赤い水の都というのも、また趣があっていいものだ。

 美しいカロスの街並みを観てきても尚、このアルトマーレが持つ美しさというものは見劣りすることがない。それだけ、愛着が湧いてきたと言ってもいいだろう。

 

「あ、ライト。散歩?」

「あれ?」

 

 ふと横から聞こえる声に、足がピタリと止まる。

 スッと振り向けば、秘密の庭に居ると踏んでいたカノンが、画材が入った袋を片手に画材店から出てきたではないか。

 

「あ……ううん。庭に行こうかなぁ~、って……」

「そうだったの?」

「カノンは? これから帰るの?」

「う~ん、画材買って帰るつもりだったんだけど、折角だしもう一回行こうかな」

「そっか」

 

 カノンの話を聞くに、既に帰って来てから一回は秘密の庭に赴いたようだ。

 少し申し訳ないような気持ちにもなるが、本人が乗り気である以上、帰らせる方が失礼というもの。

 

「あ、じゃあアイス買ってこうよ」

「うん、いいよ」

 

 日が降りてきて気温が少し下がったとはいえ、季節は夏。

まだまだ暑い中、ここで一発キンキンに冷えた食べ物で体の内側から冷やしたいものだ。そう言わんばかりにアイスクリームを買って向かうことを提案するライトに、カノンは笑顔で応えてくれる。

 

 ライトはソーダ味、カノンはストロベリー味を購入し、チロチロと舌で舐め取るように食べながら、二人並んで秘密の庭へ向かう。

 

 舌から伝わる清涼感。そして、ほどよい甘みと酸味は、半日にわたる移動で疲弊した体に染み渡るというものだ。

 

 それからほどなくして、見たことのある場所を潜っていけば、隠された庭園が姿を現す。

 

「ようし、皆出てきて!」

 

 腰のベルトに着けられているボールを次々に開き、中に入っていたポケモンたちを繰り出す。

 リザードンやギャラドス、ミロカロスは、何度か来ていることもあってか心落ち着いた様子で庭園を歩き回るが、他のポケモンたちは初めて見る場所に興奮し、辺りを駆け回るなり飛び回るなり、活発な動きを見せ始める。

 かねがね予想していた事態だが、移動で疲れた自分とポケモンたちとの疲弊の差に、何とも言えない気分になってしまう。自分はまだポケモンリーグの疲れも完全に抜けきっていないというのに、ポケモンたちはこれほどまでに元気なのだ。そんな気分になってしまうのも、致し方ないことと言えよう。

 

「皆元気だなぁ……」

「ブラッ!」

「あ、アイス食べたいの? はい、あんまり食べたらお腹壊しちゃうからちょっとだけね」

 

 自然な呟きを口にすれば、喜んだガーディのように庭園を駆け回っていたブラッキーが、全力疾走後の体の火照りを冷やさんが為に、ライトの食べかけのアイスを求めて近寄って来た。

 特にあげない理由もない為、食べすぎだけは注意して差し出したが、その時一陣の風がライトとブラッキーの間を吹き渡る。

 

「あッ」

「ヒュァアアン♪」

 

 手から忽然と姿を消すアイス。

 一方で、噴水近くに浮遊するライトのラティアスが、ぺろぺろとアイスを貪るように舐めていた。

 

 その光景に愕然とするブラッキーだが、逆鱗に触れられた【ドラゴン】タイプのような形相でラティアスを追いかけていく。食べ物の恨みは恐ろしいとは言ったものだ。ボールから出てものの数分で、アイスを賭けた全力の鬼ごっこが始まってしまった。

 

「……ははッ、元気すぎるなぁ」

「ふふっ、無いよりはいいんじゃない? 違う?」

「まあ、そうなんだけどね」

 

 乾いた笑い声を上げるライトに、穏やかな笑みを浮かべるカノンが応えてくれた。

 元気である方がいいことは、ここ一週間でよく理解した事実だ。今頃ハッサムは、シロガネ山の秘湯から、夕日を眺めているのだろうか。それだったら少し羨ましい気持ちにもなるが、敢てハッサムのことは口に出さず、依然として鬼ごっこを続けるラティアスとブラッキーを見遣る。

 

 リザードンはいい木陰を見つけて昼寝に入り、ジュカインもまた、ちょうどいい木を見つけては、その木の枝の上で腰かけてすやすやと眠り始めた。

 ミロカロスやギャラドスはと言えば、噴水近くで水浴びしていたハクリューと意気投合したようであり、文字通り体を絡ませるようにして派手な水浴びを続ける。

 そしてディアンシーは、人一倍新しい景色に興味が湧いているようであり、庭園の隅の隅まで見回りに向かっていた。

 

 大分賑やかになってしまった庭園。

 その原因であるポケモンたちの主であるライトは、好き勝手やるパートナーたちを、優しい瞳で眺めるだけだ。

 

 そんな幼馴染の横顔を眺めていたカノンは、次第に融け始めてきたアイスを一瞥し、ライトの目の前に差し出す。

 

「ほら、私のアイス食べる?」

「あ、いいの?」

「いいよ。ちょっと融けてるけど―――」

 

 カノンがライトにアイスを手渡そうとした瞬間、再び似たような風が二人の間に吹き渡る。

 アイスが手元にないことに気が付いたカノンは、宙にふよふよ浮遊して、アイスをとても美味しそうに舐めているラティアスを見上げた。

至福な様子。見る者癒す恍惚とした表情を浮かべているラティアスだが、長い付き合いであるカノンは彼女の悪戯に憤慨し、甲高い声を上げる。

 

「~~~、コラー! 勝手に人のモノ盗らないの!」

「ま、まあ暑い日だし……こっちのラティアスもアイス食べたかったんじゃない?」

「そういう問題じゃないからっ!」

「?」

 

 プンプンと怒るカノンに、イマイチ彼女が怒っている理由を理解しかねるライト。

 それからほどなくしてカノンの怒りは収まり、二人の話す話題は変わる。それは勿論、これから再び旅に出るライトの話だ。

 

「また旅に出るんだ……一週間くらいゆっくりしていけばいいのに」

「うん……でも、ジッとしてられないって言うかなんて言うか」

「……ま、それもライトらしいよね。あとさ……その手に持ってるの何? ずっと気になってたんだけど……」

「あ、これ? 資格の本」

「資格?」

 

 ライトが携えていた紙袋が気になって問いかけてみれば、ライトは特に躊躇う様子もなく、中に入っていた資格の本とやらを取り出した。

 資格と言っても、種類は千差万別。

 一体彼はなんの資格を取りたいのやらと首を傾げるカノンであったが、予想外のタイトルに目を見開く。

 

「……『ジムリーダー資格 研修テキスト』……え、ジムリーダーになりたいのっ!?」

「うん、将来的にはなろうかなって」

 

 ケロッとした様子で言い放つライトに対し、カノンは依然として状況が呑み込めずに困惑した様子である。

 彼は『チャンピオンになりたい!』とは昔から常々に言っていたが、『ジムリーダーになりたい!』と口にするのは、彼女さえ一度も見たことがない姿だったからだ。

 

 驚愕と戸惑いで暫し混乱状態になるカノンだが、そんな彼女の意識を覚醒させるような一言を、ライトは言って見せた。

 

「―――……僕、アルトマーレにずっと住もうかなって」

「え……」

「この街が好きだからさっ。大人になって……ううん、早い内からアルトマーレに貢献できるようなお仕事がなんなのかって考えた時、真っ先に浮かんだのがジムリーダーだったんだ」

 

 第二の故郷を守り、そして時間を共にしていきたい。

 それがライトの考えであり、決意であった。

 

 言わずもがな、彼に『ジムリーダーになる』という選択肢を浮上させるに至ったのは、数か月に渡り彼の横に並んで歩んできたコルニが影響している。

 街を守るのであれば、ジムリーダーより適任な仕事はない。

 無論、警察や観光ガイドなど、他にも街に携わって貢献できるような仕事は数多くあるが、その中でもライトはジムリーダーになりたいと考えた。

 

「いっぱい旅して気が付けたことがある。そんな僕の旅の経験を、何よりバトルって形で旅する人たちに伝えてあげたい。今だからそう思えるんだ」

「……そっか」

「……んまあ、今ジョウトのジムリーダーって八人ピッタリだから、どこかに空きが出ないとイケないし、それなりに先の話になると思うんだけど……」

「ううん、凄い良い考えだと思う」

「そ、そうかな? あははっ、なんか恥ずかしい気もするけど……」

 

 カノンの背中を押してくれるような発言に、頬を上気させて照れるライト。

 そして、そんな羞恥心を隠すように勢いよく背伸びし、既に赤一色の空を見上げる。

 

「その前に! まずは殿堂入りだぁーっ! 名前も声も知らないトレーナーたちが、僕を待ち受けてる!」

「プッ、ふふっ! なにそれ」

「気合い!」

「……うん、ライトなら大丈夫。きっとできるよ!」

 

 朗らかに笑うカノン。

 またもや幼馴染の後押しを受け、次なるステップへの気合いは満タンだ。

 

 “夢”を語る少年。彼を見つめる少女の瞳には、淡い赤色が宿っていたことに、この時見つめられているライトは気が付かなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして、新しい旅立ちの日もあっという間にやって来た。

 天気は快晴。波も穏やかで絶好の船出日和。これほど新たな旅立ちに適した日はないと言えるほどだ。

 

 これからジョウトとカントーを回る予定のライトは、少し大きめのリュックを背負い、すっかり履き潰してしまったスニーカーを新調し、新たなスニーカーを履き、ヨシノシティまで向かう船が出る桟橋に立っている。

 彼を見送るのは、家族は勿論、ボンゴレや仲の良いご近所などもだ。

 だが―――

 

(あれ? カノン居ないけど、どうしたんだろ……?)

 

 この場に来てもおかしくない幼馴染の姿が見えない。

 

「あのう、ボンゴレさん。カノンは……」

「うむう、中々見えないな……。朝はしっかり起きとったんじゃが、どこで道草を食ってるのやら」

 

 カロスよりは近場とは言え、旅の期間はカロスよりも長い予定だ。

 ここで別れを告げなければ、しばらく直接会うことはできない。となると、流石のライトも寂しい気分になってしまうものだ。

 

「あらあら、も・し・か・し・て♪」

「……なに、姉さん?」

「ライトとお別れ言うの寂しいんじゃな~い?」

「それで来ないって言いたい訳?」

「おほほほ、ライトは乙女心分かってないわね。って、言ってる傍から……♪」

「ん? あっ……カノン!」

 

 茶化すようなブルーの後ろから、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 もしかしなくともやって来たのはカノンだ。ゼェゼェと息を切らし、『遅れてゴメン……ッ!』と軽く謝罪して口火を切ったカノンは、やや赤らんだ頬を浮かべながら、ライトの海のように青い瞳を真っすぐ捉える。

 

 こうして、間近で面と向かわれて見つめられるのは余り機会がない。

 何事かとやや引け腰になるライトであったが、カノンの真摯な眼差しに、自然と彼の表情も真面目なものとなる。

 

「あの……カノン?」

「ライト、その……えっとね……色々言いたいこと考えたんだけどさっ」

「う、うん」

 

―――旅をしている間に、いつの間にか自分と幼馴染の身長が同じ位に伸びたな

 

 そんな呑気なことを考えているライトの顔に、次第にカノンの顔が迫ってくる。

 潤った瞳と唇が、視界の端に映ったのもつかの間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが私の気持ちだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬に、暑い体温が迸った。

 

(柔らか……良い匂いもして、温かい。あれ、これって……)

 

「キ―――」

「頑張ってね」

「カノ、ン……?」

 

 頬に刻まれた熱が逃げぬよう、自然と口付けされた部分に手を当てるライト。

一方、オクタンのように真っ赤な顔になったカノンは、いじらしい笑顔をライトにだけ浮かべた後、ピューッとその場から逃げ去っていく。

 

 幼馴染へ一大決心からの、勇気ある行動に出た少女へ、ライトの見送りに来ていた者達からの熱烈な煽りが止むことはない。

 だが、ライトにしてみても、現在他人が何を言っているかなど聞こえない状態だ。

 冷やかすように、ベルトに着けられているボールも絶え間なく揺れているが、今は頬に残る熱と色香に、意識のすべてが向けられている。

 

(『これが私の気持ち』って……え、じゃあ―――)

 

 やっと正気に戻り、去って行ってしまったカノンの姿を探すライト。

 しかし、既に幼馴染の姿はこの場にない。

 

 色々と悟ってしまった瞬間、羞恥も興奮も戸惑いも全て消え失せ、温もりだけがライトの表情を綻ばせていく。

 

(……帰ってきた時までに答えはとっておくから。だから、待ってて)

 

 あれは、“夢”に向かって一直線に駆けていく自分に対しての、カノンなりの激励だったのだろう。勿論、想いを伝える意味を込めて。

 

「……よしっ! じゃあ、そろそろ行くよ」

「うん、体には気を付けてね。カノンちゃんを心配させたらダ・メ・よ?」

「わ、分かってるって……じゃあ、姉さん。父さん。ボンゴレさんや他の皆も、見送りに来てありがとう!!」

 

 朗らかに笑う者達へ、精いっぱいの感謝を伝えるライト。

 そして太陽のように明るい笑顔を浮かべ、こう告げた。

 

 

 

「―――いってきます!」

 

 

 

 ここはゴールではない。

 新しいスタートラインなのだ。

 

 だから、彼の歩みが止まることはない。

 例え目の前に困難が立ちはだかろうとも、順風満帆な旅路とは程遠い道を歩むことになったとしても―――彼の隣にはポケモンたちが居るのだから。

 

 

 

「よーし、まずはキキョウのジムへ向けて出発だァー!!!」

 

 

 

 ライトとポケモンの旅は、これからも続いていく。

 続くったら続く!

 

 

 

 To Be Continued...?


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