ポケの細道   作:柴猫侍

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第十四話 食べ物はよく噛んで食べた方がいい

 カロス地方・ミアレシティ“プラターヌ研究所”。

 

「…お、届いた届いた」

 

 研究室と思われる部屋で、蒼いシャツを身にまとう中年の男性は、パソコンをいじりながらそう呟いた。

 研究室と言うには、少しお洒落で片付いている気もする。観葉植物に、論文や参考文献になる本など、きちんと整理されていた。彼の妹弟子である女性は、考古学者として活動しているが、ココとは真逆に常に部屋は汚い。恐らくそれを見たのであれば、かなりの人物が失望するほどに。

 

 それは兎も角、彼―――ミアレシティでポケモン研究に携わっているプラターヌは、パソコンの横に隣接されている転送装置の前に移動した。

 転送装置の蓋のような部分を開けると、そこから何やらケースのようなものが出て来る。それを手に取り、プラターヌは満足気な顔を見せる。

 

「お…彼はヒトカゲを選んだんだ。じゃあ残っているのは、フシギダネとゼニガメだね」

 

 ケースを開けると、中には二つのモンスターボールが並んでいる。元々は三つ並んでいたかのように一つだけ窪みが存在している。

 それを確認したプラターヌは、壁を隔てて別の部屋に居るであろう助手の名を呼んだ。

 

「ジーナ~~! デクシオ~~! ポケモンが届いたぞ~~!」

 

 その声が響くと同時に、ドタドタとした足音と共に何者かが近付いてくるのが解る。この部屋は三階に在るため、余り騒ぐと下の階に響く。

 出来るだけ静かにはしてもらいたいが、呼んだ二人はずっとこの時を待ったのだから、仕方がないとプラターヌは苦笑いで二人が来るのを待った。

 

 すると、凄まじい勢いで扉を開ける少女が現れる。数拍置いて、後方から一人の少年も現れる。

 

「はぁ……はぁ……ホントでしょうか、博士!?」

「落ち着きなよ、ジーナ……」

 

 急いで走ってきたのが解るほど、汗を流して顔を紅潮させているジーナ。彼女は、青紫色の髪をボブカットにし、白い制服のような服を身にまとっている褐色肌の少女である。

 対して後ろで彼女を落ち着く様諭している金髪の少年はデクシオ。凛とした佇まいからは、彼の気品が窺える。

 

 するとジーナが、息を切らしながらプラターヌの元まで歩み寄っていく。

 

「そ…それがポケモンでしょうか?」

「ああ。今、オーキド先生から届いたんだ」

 

 プラターヌの言葉に、ジーナは瞳をキラキラと輝かせて手を合わせる。かなり興奮しているジーナの後ろでは、端然として立っているデクシオも居るが、そわそわしていることから興奮していることは同じだろう。

 『開けてもいいですか!?』と訊きながらすぐに開くジーナは、中に入っている二つのボールを見て首を傾げる。

 

「……あれ? 三つじゃないんでしょうか?」

「ん? 言ってなかったかな。君達には、今回カロスに留学してくる子が選ばなかったポケモンを渡すって……あれ?」

「僕はしっかり聞いてましたよ、博士」

 

 記憶が曖昧なプラターヌに代わり、デクシオが苦笑いを浮かべながら応える。

 恐らくジーナは、“ポケモンが貰える”をピックアップしていたために詳細を余り頭に入れてなかったのだろう。

 するとジーナは、衝撃を受けたかのようなリアクションを取る。右手を左頬の所まで持っていきのけ反るその姿は、まるで舞台女優であるかのようなリアクションであった。

 

「えぇ~!? ズルいですわ! フェアじゃないですわ!」

「いや……元々そういう約束だったし、聞いてなかったジーナがそう言うのは……」

 

 ブーブーと頬を膨らませて抗議するジーナに対し、デクシオが諭そうとするが、キッとした目で威圧され思わず口籠る。

 二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべるプラターヌは、二つのモンスターボールを手にし、開閉スイッチを押す。

 直後、中に居た二体のポケモンが赤い光と共に出現する。

 すると、先程まで文句をデクシオに向けて言い放っていたジーナが、興味をポケモン達の方へと向ける。

 

「きゃあ~! カワイイですわ~!!」

「……で、何でジーナはフシギダネを抱き上げてるの?」

 

 二体居る内のフシギダネを迷わずに抱き上げるジーナの姿は、既にそのポケモンを自分のものにしているかのような態度に見える。

 するとジーナは、鼻を鳴らしてこう言い放つ。

 

「これでデクシオに勝てますわ!」

「えぇ!?」

 

 要するに、ここで【くさ】タイプのフシギダネを選べば、デクシオは【みず】タイプのゼニガメを選ぶしかなくなり、相性的に勝てるということである。

 まさかの、“選んだ者勝ち”のような事を言い放つジーナに、デクシオは茫然とするしか出来ない。

 だが、やれやれと首を振った後にデクシオは、同じく茫然としているゼニガメを抱き上げながら、優しくゼニガメに微笑みかける。

 

「じゃあ、僕はゼニガメで」

「いいのかい、デクシオ?」

 

 心配そうに見つめるプラターヌに、デクシオはいい笑顔を向けながら答える。

 

「はい。逆に、後腐れが無くていいかなと思いますし、ゼニガメ好きですから」

「はっ、ズルいですわデクシオ! そうやって自分の株を上げて!」

「えぇ!? それはジーナの感性だろう!?」

 

 何かいい事を言ったかのように感じたジーナは、デクシオに軽い糾弾を浴びせる。それに対しデクシオは、心外だとばかりに言い返す。

 こんな二人のやり取りは日常茶飯事なので、プラターヌは笑って見守る。

 

(オーキド先生の選んだ子……どんな子なんだろう。早く会ってみたいな)

 

 気になるのは、今カロスに来るために何かしらの準備をしているであろう少年の事。名前が『ライト』と言い、出身はマサラタウンで、現在はアルトマーレという水の都に住んでいるという基本的な情報しか知らない。

 願わくは、普通のトレーナーのようにポケモンを愛してくれる子であること。

 

 そんなトレーナーであってくれるのであれば、きっと図鑑も信頼して託せるだろう――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 もっちゃもっちゃ…。

 

 そんな咀嚼音が似合っているだろう二人のトレーナーは、エンジュシティの近くの38番道路を歩いていた。

 二人―――ライトとレッドの食べているのは、エンジュシティで買ったみたらし団子である。香ばしい香りに、あまじょっぱいタレ。タレはねっとりとしていて、舌に絡みついてくる。もちもちとした食感と相まって、絶品であると言える食べものであった。

 

 キキョウシティでも“キキョウ煎餅”という名物を食べたが、それに勝るとも劣らない物である。

 チョウジシティには“いかりまんじゅう”という饅頭があるらしいが、今回の旅路でそこに立ち寄る予定は無い為、惜しみながらスルーという事になる。

 

「美味しいですね、レッドさん」

「……そうだね……ヴッ!?」

「レッドさ――――ん!?」

 

 団子をのどに詰まらせたらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……死ぬかと思った」

「シャレにならないですよ、もう……」

 

 顔を青褪めさせているレッドの横で、ライトが右手に水筒を携えながら背中を擦る。

 

 それは兎も角、二人は再び38番道路を歩み始める。このまま、39番道路を通っていけばアサギシティに着くことが出来る。

 カロスに行くための船はそこから出航する予定である。日程的には順調に進んでいる為、何かアクシデントでもない限り真っ直ぐ行くことが出来、着くことになるだろう。

 順調な旅路。すると、レッドが何かを見つける。

 

「……あ、ケンタロスだ」

 

 先程、団子を喉に詰まらせて昇天しかけたのはどこへやら、レッドは野生のケンタロスを発見する。カントー地方では、“サファリゾーン”というポケモンを捕獲できる施設でしか見る事がほとんどないポケモンである。

 “あばれうしポケモン”という分類通り、気性が荒く、パワフルなのが特徴な【ノーマル】タイプのポケモンである。

 

「……ジョウトには珍しいポケモンが居るね」

「そうですね」

『お~~い!! そこのアンちゃん達――――!!』

「「ん?」」

 

 ふと、遠くから聞こえてくる声に、二人は同じタイミングで視線を声の方に向ける。その咆哮には、砂煙を巻き上げながら迫ってくる何かが居る事が解った。

 目を凝らしてそれが何なのかを確かめようとすると、何やらピンク色の肌をしたポケモンが、背中に少女を背負いながら迫っているのが目に入る。

 

『そのケンタロスはウチのモンやァ――――!!』

「……どういうことですかね?」

「……逃げ出したとか?」

「あぁ~……」

 

 『ウチの』と言う言葉が何を意味しているのかよく解らないまま待機していると、ピンク色のポケモン―――ミルタンクに背負われている少女の全貌が見えてくる。

 ピンク色の髪の毛をツインテールにし、ピンクのラインが入っているシャツにスパッツという、活発そうな格好をしている少女。

 

 すると、ふと少女が背中から飛び降りて、ミルタンクに指示を出す。

 

「ミルタンク!! “ころがる”や!!」

 

 突如、丸まりだして転がり出すミルタンク。凄まじい地響きを奏でながら、野生であろうと思われるケンタロスに一直線に転がっていく。

 それに気が付いたケンタロスは、数度地面を蹴った後に、全力でミルタンクに向かって“とっしん”していく。

 

 迫っていく二体のポケモン。

 数秒もかからずに激突した両者の内、制したのは―――。

 

「モォ―――!」

 

 吹き飛ばされるケンタロス。それを見た少女は、畳み掛けるように再びミルタンクに指示を出す。

 

「今度は“のしかかり”や、ミルタンク!!」

 

地面を蹴るミルタンク。勢いよく駆けて行くミルタンクは、ケンタロスと接触する数メートル手前で飛び上がった。

放物線を描いて迫っていくミルタンクの着地点には、先程吹き飛ばされたケンタロスが居る。

早い攻撃のペースに対応することが出来ずに、ケンタロスは“のしかかり”を喰らう。

 

「……あ、【まひ】しましたね」

「…そうだね」

 

 ミルタンクがどいた後にそこに立っていたのは、体をピクピクと痙攣させているケンタロス。戦意はまだあるが、“のしかかり”の追加効果によって【まひ】が発動し、自慢の脚力のままに動くことが出来ないのだろう。

 それを確かめた少女は、腰のベルトにあるボールに手を掛け、すぐさま投擲した。

 一直線に飛んでいくのは、“スーパーボール”と呼ばれる普通のモンスターボールよりも、捕獲確率の高くなっているボールである。捕獲確率が高い分、お値段もモンスターボールの三倍と言う、少し御高めの値段になっている。

 

 そのボールを躊躇なく投げると、痺れて動けなくなっているケンタロスの体に命中し、赤い光がケンタロスを包むと、一瞬の間にケンタロスの体がボールの中に吸い込まれていった。

 

 ここまで来ると、先程の『ウチの』という発言が、『ウチの獲物』という意味に理解出来たのは言うまでもないだろう。

 黙ってボールがカタカタと動いているのを眺めていると、暫くしてボールが動かなくなった。

 

「やったわ――!! ケンタロス捕まえたわ――!! ここまで来た甲斐あったわ―――!!」

 

 コガネ弁と思える口調で声を発しながら、少女はケンタロスの入っているスーパーボールを拾い上げ、腰のベルトに装着する。

 そして、茫然と立ち尽くしている二人の方に気付き、ミルタンクと共に歩み寄ってくる。

 

「いや~、ありがとさん! ウチ、どうしてもケンタロス捕まえたかったんや~! やっぱり、職業柄言うんかな? 【ノーマル】タイプに目ぇ無くて。アハハ!」

 

 明るい口調で話し掛けてくる少女。対してレッドは、困った顔でライトの方に視線を送る。『そう言えばこの人、自分で自分の事をコミュ障と言っていたな』と思いながら、ライトは一歩前に出る。

 

「職業柄って言っていますけど、どんなお仕事をされてるんですか? あ、僕はライトって言います」

「あぁ、ゴメンな! 自己紹介まだやったっけ? ウチ、『アカネ』言うねん! コガネシティでジムリーダーやっとるさかい! 専門は【ノーマル】タイプや! よろしくな!」

 

 目の前にいる少女がジムリーダーという事実に、ライトは目を大きく見開く。道理で、先程のミルタンクへの指示が俊敏だったと一人で納得する。

 

 ジョウト地方に存在する、ポケモンリーグ公認の八つのジムの内の一つ―――コガネジム。

 そこでジムリーダーをしているアカネの二つ名は、『ダイナマイトプリティギャル』。豪快、且つ大胆なバトルスタイルが特徴のジムリーダーである。

 

「どうしてジムリーダーの方が、此処に?」

「ん? いや、アサギに友達居ってな! そんで遊び行こか思て向かっとったら、ここでケンタロス見つけてな! 捕まえてから行こ思て、今に至る訳やわ!」

「はぁ~……」

「なんや、反応薄いな~。そっちはどこ向かっとるん?」

「アサギです」

「じゃあ目的地一緒やないか! なら、折角やし一緒に行こか!」

 

 急な勧誘に驚く間もなく、ライトとレッドの二人はアカネに手を引かれていく。見た目は少女なのにも拘わらず、結構な力である為二人はどんどん引っ張っていかれる。

 

「(……どうする?)」

「(……流れのままに行きましょう)」

 

 小声で話す二人は、とりあえず流れに任せてアカネに連れて行かれるのであった。

 


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