ポケの細道   作:柴猫侍

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第十五話 大食い女子は、まあそれはそれで

「結果的に、一日繰り上げで着いてしまった感じに……」

「……そうですね」

 

 ライトとレッドは、地平線の奥で沈みゆく夕日を眺めていた。流石はジョウト随一の港町であるだけ、海に茜色を乱反射させている光は綺麗と感じざるを得なかった。

 だが二人は、颯爽と現れたコガネシティのジムリーダー“アカネ”によって、予定を繰り上げる形でアサギシティに着くことになっていた。

 

 二人の顔からは、疲労の色が窺える。全ては嵐のような少女に巻き込まれたせいだと言える。

 

「いやァ~、やっぱアサギもええなァ!! 潮風っちゅうのか?ウンと背伸びしたい気分やわァ~!」

「……では、俺達はこれで……」

「えぇ~!? なんや、もうちょい付き合ってくれてもええやん! これからウチ、友達と一緒にご飯食べにいくねん! 折角やし、店紹介するわ~!」

「いや……だいじょ」

「ほな行こか!! ほらほら~! まず、ウチ等の待ち合わせの場所行くけど、ええよな!?」

(……人の話を聞かない)

 

 強引に話を進めていくアカネに、レッド達は自分の意見を言い切る前に攫われる形で店に向かうことになった。

 明らかに苦手なタイプなのか、終始レッドはどこか遠い場所を虚ろな目で見ていたが、敢てライトは何も言わなかった。

 

 ずりずりと引きずられるレッド。『助けてライト君…』と、今にも息絶えそうなか細い声で助けを求めるレッドに、ライトは苦笑いを浮かべたまま付いて行く。

 

 

 

 ***

 

 

 

「アカネちゃん、まだかな……」

 

 アサギシティにそびえ立つ一つの灯台。その灯台の下で、一人の女性がポケギアの画面に映っている時間を見ながら、呟いていた。

 潮風が、彼女の来ている白いワンピースを揺らし、その場面だけを切り取れば一つの絵画にでもなりそうなほど、可憐な女性であった。

 

 女性と言っても、その顔にはまだあどけなさが残っており、十代であることは間違いない。彼女に横には、レアコイルが浮いており、どういう原理かは謎だが彼女の周りをふよふよと浮いていた。

 

『ミカ~~ン!! 来たで~~!!』

「あ……アカネちゃん……あれ?」

 

 自分を呼ぶ声に、ミカンは声の響いてきた方向に顔を向ける。

 すると、今日夕ご飯を一緒に食べる予定だったアカネと、その他二人が無理やりアカネに付き合わされるような雰囲気で連れてこられていた。

 

(増えている~……)

 

 自分が食いしん坊だと知っての行動なのか。

 一瞬、アカネが意地悪をするために仕組んだのかと考えたが、生憎彼女は友人には優しい性質である為、その可能性は極めて低い。

 つまりあれは善意からという事になるが、それはそれで性質が悪い。

 

(……今日はお腹いっぱい食べれないや……)

 

 お腹が、いつもより鳴っている気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「えぇ~!? あんさん、元カントーリーグチャンピオンやったん!?」

「うん……そうだけど……余り大きな声で言って欲しくは無いかな」

「ああ、ゴメンな。ウチ、驚いてもうて……」

 

 『アサギ食堂』と看板が掲げられている店で、一つのテーブルを四人の少年少女達が囲んでいた。

 各々が食べたい物を注文し、口に運んでいた。ノリで連れてこられ、気まずい空気になると考えていたライト達であったが、意外にもレッドとミカンが知り合いという事もあり、会話は弾んでいた。

 その代わりにライトが若干の疎外感を被っていたが、リーグ関係者で実力者の話に耳を傾けているだけで結構楽しめていた。

 

「昔、まだ【いわ】タイプ使いだった時に悩んでいた時に偶然会って、レッドさんとは知り合いになったんですよね」

「……まあ、もうその時は俺チャンピオンじゃなかったけどね」

「いえ! 私がネールと仲良くやれているのも、レッドさんのお蔭ですし……」

 

 何やら昔の話をしているレッドとミカンの二人。

 こうしてみると、意外と世間は狭いのかもしれない。

 

「……食べるの早いね」

「えっ、そうですか……!?」

 

 オムライスを既に食べ終えたミカンを見て、スパゲッティを啜るレッドが呟く。それを聞いてミカンは、顔を紅潮させて顔を俯かせる。

 女子である為、男よりも早く食べ終えると言うのは気恥ずかしいものがあるのだろう。

 紅くなっているミカンに、アカネが肩に手を掛ける。

 

「まあまあ! ミカン、いつもはもっと食っとるから仕方ないやん!」

「―――っ!」

「いたっ!? なにすんねん、ミカン!?」

 

 さらに顔を紅潮させるミカンは、アカネの肩を勢いよく叩く。

 それを見てライトは、『多分ソレが一番言われたくなかった事かと……』と呟く。レッドもライトの言葉を聞いて、納得したような表情を浮かべる。

 

 予想よりも会話が弾むお食事会と言ったところか。そんな食事会も時間が過ぎてゆき、全員が食事を終える。

 

「あ、そや! 折角やし、皆でポケギアの電話番号交換せえへんか!?」

「あ、いいですね。私も、レッドさんの電話番号知りたいですし…」

「俺はいいけど……ライト君は?」

「僕は全然大丈夫です」

「なら決まりやな! じゃあ、早速交換しよーや!!」

 

 そう言って四人は、それぞれの電話番号を教え合っていく。唯一、新米トレーナーと言っても過言ではないライトが、こうしてジムリーダーや元チャンピオンの番号を知ることが出来るのは、棚からぼた餅と言ってもいい状況である。

 

 電話番号を交換した後は、割り勘で勘定をした後に店の外に出る。

 

「それじゃあ、私は灯台のアカリちゃんのところに行ってから家に帰りますね。アカネちゃんは、先に私の家に行ってて。それではレッドさん。ライト君。今日は楽しかったです」

「……いえ、こちらこそ」

「貴重な時間、有難うございました」

「じゃあミカン。ウチ、ヒマつぶした後ミカン家に行くな! そんじゃ、機会があったら!」

 

 そう言ってアカネは、颯爽とアサギの夜道を駆けて行く。嵐のように現れ、嵐のように消えていく少女であったと、ライトとレッドの二人は感じる。

 そんなアカネを見送った後に、ミカンは先程言った通り灯台の方に向かっていく。アサギシティは、今言った『アカリちゃん』と言うデンリュウが光を発し、船が迷わぬための光を輝かせている。

 既に夜である為、これから着く舟はほとんどないだろうが、お休みの挨拶を交わすのであろう。

 

 去って行くミカンに、二人は軽く手を振る。

 そして泊まる為にポケモンセンターに向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……アカリちゃん、もう寝ちゃってるかな?」

 

 エレベーターの中で、ミカンは友達であるデンリュウの名前を言ってみる。まだ七時程度であるが、寝ているかもしれない。

 その日その日の船の来る時間は大方把握しているアカリちゃんは、これから来ないと解っていたら次の日に備えて早々に寝るのである。

 

 寝ているなら寝ているで、かわいい寝顔を見てから家に帰ろうと、ミカンは一人でくすくすと笑う。

 そして現在何回かを示すモニターを見ると、既に最上階近くに着こうとしていた。

 

 少し待つと、『チンッ』という音がエレベーターの中に響き渡り、扉が開く。

 迷わずに進むミカン。目の前には壁があるが、その向こうにある部屋に入ればアカリちゃんが居る筈だ。

 

「アカリちゃ~ん。もう寝てる――――ッ!?」

 

 次の瞬間、何か黒い影がミカンの背後に回り込み、ハンカチのような物で口元を押さえた。

 襲われたと認識したミカンは、すぐさま腰のベルトに装着されているボールに手を掛けようとするが、急に意識が遠のいていく。

 

(不味い! これは、“ねむりご――……)

 

 抵抗虚しく、意識は闇の中に落ちるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヒトカゲ。寝る前にコーヒーなんか飲んでたら、眠れなくなるよ?」

「……カゲッ」

「いや、そんな『俺のブレイクタイムを邪魔するな』的な顔をされても……」

 

 ヒトカゲに毛づくろいをするライト。そんなリラックスできる時に、ヒトカゲは自らコップにコーヒーを注ぎ、それを飲んでいた。

 だが、コーヒーの成分のカフェインは覚醒作用がある為、寝る前に飲んだら興奮して眠れなくなるのは周知の事実であろう。

 それを訴えるライトであったが、ヒトカゲは『これは譲れない』とばかりにコーヒーを啜る。

 

「……上がったよ」

「あ、はい。じゃあ今から入りますね」

 

 風呂から上がってくるレッドは、下半身にジャージのズボンを穿き、上半身は裸体のままである。山籠もりと言う名の引きこもりをしていたレッドであるが、山で過ごしているだけあって一応引き締まっている。

 しっとりと湿っている黒髪をゴシゴシとタオルで拭く姿は、どこか艶っぽい気もする。

 レッドの下では、同じくピカチュウが体にタオルを巻いて、ゴシゴシと水気を拭き取っている。

 

 そんなピカチュウは、ライトのヒトカゲの横まで歩み寄り、ポンと肩を叩いた。

 

――ウチのリザードンも、アンタ位の時があったよ。

 

――そうなのかい?

 

 こんな感じの会話が聞こえてきそうな雰囲気であるが、ライトはとりあえず風呂に入りに行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ~。まさか、灯台のポケモン盗みに来て、ジムリーダーが来るとはな。ちょっと焦ったが、何とかなったぜ……」

「へへッ。ついでにジムリーダーのポケモンも奪っちまうか?」

「いいな、それ。こいつは【はがね】タイプだったか?」

 

 灯台の最上階である部屋で、三人の黒づくめの男たちが話し合っていた。全身黒のタイツを身にまとい、黒い帽子を被るその姿は傍から見れば余りにも怪し過ぎる。

 胸の部分には、大きく『R』と描かれており、彼らがどういった組織に所属しているかを示していた。

 

 彼等は『ロケット団』。カントー・ジョウトを中心に活動している、悪の組織である。

 

 だが、ボスであるサカキと言う男が、三年前に解散を表明したため、現在は四人の幹部の手によって密かに活動をしているに留まっていた。

 戦力の補給が必要だと考えたロケット団は、とりあえずポケモンの略奪などに奔っていた。そして、今日灯台に居るデンリュウを奪う為に来たところ、アサギシティのジムリーダーが来てしまったという訳である。

 しかし、咄嗟に一人の手持ちであるモルフォンの“ねむりごな”をまとわせたハンカチで口元を抑え、そのまま眠りにつかせたという訳である。

 

「リュ~……リュ~!」

 

 部屋の隅では、アリアドスの糸によって蓑虫のようにグルグル巻になっているデンリュウ―――“アカリちゃん”の姿がある。

 友達であるミカンが、ピクリともせずに深い眠りに入っているのを見て、心配なのかが窺える。

 普段であれば、お得意の電撃を浴びせてロケット団を撃退出来ようが、現在進行形でアカリちゃんはアリアドスの【どく】を喰らっている為、体力が減っていた。

 目の下の隈が、アカリちゃんの体力の少なさを示していた。

 

 じたばたしようとも、アリアドスの糸の所為で動くことがままならない。

 時と共に次第に減っていく体力。

 

「リュ~……リュ!」

 

 残り少ない体力で何が出来るか考えていたアカリちゃんは、ある事を思いついた。

 次の瞬間、アカリちゃん尻尾の先端に付いている球体から、眩い光が発せられる。

 

「うわッ!? 何だ!? “フラッシュ”か!?」

「ちッ……このまま感づかれても面倒だ!! アリアドス! “ナイトヘッド”!」

 

 チカチカと光を発するアカリちゃんに向かって、ロケット団はアリアドスに“ナイトヘッド”を指示する。

 するとアリアドスは、その口から禍々しい色の光線をアカリちゃんに浴びせる。

 ただでさえ少ない体力が、どんどん削られていく。しかしアカリちゃんはミカンを助けるために、一定のリズムで発光し続けた。

 

 港町ならではの―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「カゲッ」

「ん? どうしたの、ヒトカゲ?」

 

 ポケモンセンターの部屋で、窓に張り付いて何やら指差すヒトカゲ。風呂から上がってきたライトは、ゴシゴシとタオルで濡れた頭を拭きながら、ヒトカゲの指差す場所を見つめる。

 そこはアサギのシンボルとも言える灯台。その最上階から、何やら光が点々と発せられている。

 

「……モールス信号?」

 

 モールス信号とは、長さの異なる符号の組み合わせで文字や数字を表すものであり、よく船乗りが連絡手段などに使うものでもある。

 アルトマーレでは舟を使う機会が多かった為、何度か見かけたこともあり、簡単な単語であればライトも知っていた。

 灯台からリズムよく発せられる光を、マジマジと眺めるライト。

 

「トトト・ツーツーツー・トトト……SOS?」

 

 発せられる光は、短い点滅と長い点滅、それぞれ三ずつ発するのを交互に行っているかのようなもの。

 それは『SOS』を示していた。舟から発するのであればまだしも、灯台の上からSOSを発信するなど、何が起こっているのやら。

 

 そう考えていると、ポケギアから電子音が鳴り響く。すぐさまポケギアに手を掛け画面を見るとそこには、今日番号を交換したばかりのアカネの名前が映し出されていた。

 

「はい、ライトです。どうしたんですか?」

『あ、ライトくんか!? ウチや! アカネや! なあ、ミカン知らへん? 幾らミカン家の前で待っても、ミカン全然来えへんのや』

「……確かミカンさんって、灯台に行くって言ってましたよね?」

『あぁ、そういえばそう言ってたなァ。それがどうしたんや?』

 

 嫌な予感が、ライトの脳裏に過る。

 

「……もしかしたら、灯台で何かあったのかもしれません。様子を見に行きましょう」

『え? どういうことや?』

「あとで、灯台の下で待ち合わせましょう。では!」

『あ、ちょ―――』

 

 アカネが言い切る前に、ライトは思わず電話を切ってしまう。

 そんな焦燥を浮かべているライトに、横でゴロゴロしていたレッドは、何事なのかというような顔を浮かべる。

 

「……どうしたの?」

「レッドさん。今から一緒に灯台に行ってくれませんか?」

「……ただ事じゃなさそうだね」

 

 ライトの顔色を窺い、レッドは直ぐにジャージから普段の服装に着替えようとする。そしてライトも、普段の服装に着替えると同時に、ヒトカゲをボールの中に戻した。

 そして一分も経たずに支度を終えた二人は、駆け足で部屋を後にしていった。

 

 向かうは灯台の先。

 


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