ポケの細道   作:柴猫侍

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第十九話 家に帰るまでが遠足

 4番道路・パルテール街道。

 ミアレシティを南下するとある自然と人工物の完全な調和を目指した庭園が軒を連ねる、美しい街道だ。

 道を行く途中には、パールルを模した噴水も置かれており、上に噴き出す水が風に煽られると、水気を含んだ空気が三人の下に流れてくる。

 

 三人とは、ハクダンシティを目指して歩むライト、デクシオ、ジーナであり、横一列に並んで軽快な足取りのまま、空気が澄んだ道を進んでいく。

 カロス出身の二人からすれば、何度も見たことのある光景であるが、アルトマーレからやって来たライトからすれば、ここまで綺麗に舗装されている道を目の当たりにし、一種の感動のようなものを覚えていた。

 

「なんて言うか……お洒落だな~」

「ふふん! そうでしょうとも!これがカロス地方ですわよ!」

「別にジーナが自慢するようなことじゃないと思うけど……」

「何か言いましたか、デクシオ?」

「いや、別に……」

 

 素直に感想を述べるライトの横で、普段の漫才のような会話を繰り広げる二人。

 二人は置いておき、周囲を見渡すライトの目には好奇の光が点っており、見たことのないポケモンも庭園の脇から姿を現しているのを見て、心を躍らせていた。

 そしてレディバ以外は、一度も見たことが無いポケモンという事もあり、ライトは早速ポケットから赤い機械を取り出す。

 

「フラ?」

「よし……あの子で試してみよう!」

 

 植木の脇から顔を覗かせる、花に乗ったポケモンに、図鑑の液晶画面を翳すと、すぐさま目の前のポケモンが何なのかということが検索される。

 

『フラベベ。いちりんポケモン。気に入った花を見つけると、一生その花と暮らす。風に乗って気ままに漂う』

「へぇ~、フラベベって言うのか……」

「そうですのよ!フラベベは、現在研究が進められている【フェアリー】タイプのポケモン!」

「うわあッ!? ビックリしたァ……」

 

 突然、横から顔を近付けて解説し始めるジーナに、思わずライトは肩を揺らす。そんな苦笑いを浮かべる少年に対し、褐色肌の少女は目をキラキラと輝かせ、鼻息を荒くしながら更に語る。

 興奮の余り、何故かライトの手を握るジーナに、止めるのも申し訳ないと聞き手に回るライト。

 

「【かくとう】、【あく】……そして、あの【ドラゴン】タイプにも有利という神秘のタイプ! 元来【ノーマル】と疑わなかったピッピなども、【フェアリー】タイプであるとされ、これまでのタイプ相性が見直される結果となりましたのよ! さらにさらに、このカロス地方にも、そんな発見間もない【フェアリー】タイプのジムが……――!」

「ジーナ……ライトが困ってるよ?」

「ん? ……あッ、申し訳ございませんわ。柄にもなく興奮してしまいました……ごほん」

「はははッ……気にしないで……」

 

 デクシオに指摘され、恥ずかしそうに咳払いするジーナに、ライトの苦笑いも止まらない。

 とりあえず、彼女がポケモンについてかなり熱心であるということは充分に伝わった。しかし、そのような困った顔を浮かべるライトも、心の中では【フェアリー】タイプという存在について、思案を巡らせているところであった。

 カロスに来る以前に、その一つのタイプ以外の相性は網羅していたつもりであったが、どうやら再び考え直す事が必要らしい。ジムがある以上、【フェアリー】についてはすぐにでも対処を考えなければ―――。

 

「ライト。呆けるのもいいですが、もうすぐハクダンに着きますわよ?」

「……あれ? もう?」

「ええ。意外と、のんびりさんなんですわね。貴方って」

 

 グルグルと考えが巡っていた頭にジーナの声が響き、ライトは現実に戻らされる。彼女の言う通り、顔を上げて少し遠くの方に目を向けると、既に町と思われる建物が幾つも建てならんでいた。

 石畳と、石造りの建物。装飾もかなり凝っているという、ジョウトとは一味違った趣を感じ取れる。

 そして、三人の中で一人だけ女性のジーナが、自分こそ一番にと言わんばかりに駆け出す。

 

「さあ! まずはジムに行って、挑戦の予約を致しますわよ!」

「え? まずはトレーナーズスクールじゃ……」

「ジムは意外と混むんですわよ!? 悠長にしていたら、挑戦の予約が出来なくなってしまいますわ! ほら、行きますわよ!」

 

 強引に手を引かれるライトとデクシオ。成長期の都合上、ジーナは二人よりも力がある為、そのままグイグイと連れて行かれる。

 てっきりトレーナーズスクールに向かうと思っていたライトは、目を大きく見開きながら、引かれるがままハクダンシティに向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……これは予想外でしたわ」

 

 何やら気落ちしているジーナ。そんな彼女に対し、取り繕ったような笑みを浮かべるがどうやっても苦笑いにしかならない。

 彼等は、明日のジム戦の予定をすることはでき、次の意気揚揚とトレーナーズスクールに向かったのだが、ここでジーナが口にしたように予想外の出来事が起こった。

 

 建物に残っていた職員が、三人にこう言い放ったのだ。

 

『今日は、デトルネ通りの方に課外授業なのよ~』

 

 『デトルネ通り』―――ハクダンシティを東に出ると存在する22番道路のことだが、生憎教職員や生徒のほとんどがそちらに出かけており、今日は休校ということになっているらしい。

 魂が抜けるのではないかと言う程深い溜め息を吐くジーナ。トボトボと歩くその姿は、酷く弱弱しい。

 

「ジ、ジーナ……気分転換に皆でカフェにでも行くかい?」

「今はいいですわ……」

 

 デクシオの提案を断るジーナは、ハクダンのポケモンセンターへと一直線に進んでいる。今朝ミアレシティを出て、まだ正午を周っていないのだが、すでに今日は活動を停止しようとしているらしい。

 何とか、そんな彼女を元気づけようと、ライトは明るい声を発しながら、デクシオとは違う方向性の提案を挙げる。

 

「そうだ! 折角なら、そのデトルネ通りの方に行ってみようよ! 野生のポケモンとかも見れるかもしれないし……あッ、トレーナーもいるかもしれないよ? それだったら、明日のジム戦に備えて練習も出来て一石二鳥じゃない?」

「野生のポケモン……トレーナー……?」

「う、うん! そう!」

「……そうですわね! ああ、時間を無駄にするところでしたわ! キュートなポケモンや、エレガントなポケモンがいるかもしれませんし……そう考えるとこうして居られませんわよ! 早速ゴーですわ!」

 

 ライトの言葉が発破に繋がったのか、先程の陰気くささはどこへやら。再びテンションMAXで二人を置いて駆け出そうとする。

 何と言うか、浮き沈みが激しい人物だ。

 見ていて楽しい人物ではあるが、付き合わされる方は実に大変であろうと、デクシオの方へと若干憐れみを込めた視線を送るライト。

 その意図を汲んだのか、呆れた笑みを浮かべるデクシオはかなり大人びている。

 

「あぁ……デトルネ通りには確かシシコが居た気が……ゲットして、ビオラさん対策に育て上げますわ!」

((元気だなァ……))

「二人共! ボーっとしてないで、早く行きますわよ!?」

 

 落ち着きがないというか、なんというか。ポケモンに傾ける情熱は、周囲に居る者を暑苦しく感じさせるものがある。

 終始振り回され気味の二人であったが、とりあえずジーナが元気になったということで、良しとすることにし、同時に駆け出した。

 タマゴを抱えている為、若干走る速度は隣のデクシオに及ばないものの、ライトは前に行く二人の背中を追い掛ける。

 

 呼吸する度に吸いこむのは、まだ降り立ってから一日程度しか過ぎていない新天地の空気。

 胸の鼓動が高鳴るのは、走っているからだけではなく、これから走る先に存在するであろう新たな発見への期待。

 彼の心中を表すかのように、空は快晴であった。

 

 

 

 その頃、ハクダンジムに一本の電話が入っていた。

 

『22番道路で、ポケモンが暴れている』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 22番道路。

 現在、そこには課外授業という名目で遠足にやって来たトレーナーズスクールの生徒と教師たちが居た。

 人数としては三十人程であるが、そのほとんどが不安そうな顔を浮かべており、彼らに良からぬ事が起こっている事を暗に示している。

 体育座りしている生徒たちは何が起こっているのかも分からないが、教師たちに関しては、しっかりと現状を把握し対処しようと試みていた。

 

 すると、一人の女性の教師がポケギアを耳から離し、生徒の人数を数えている男性教師に口を開く。

 

「ジムに連絡がつきました! もうすぐ、ビオラさんが来てくれるそうです!」

「そ、そうですか……よかったァ」

 

 ホッと息を吐く男性に、一人の眼鏡の子供が不満げな顔で手を挙げる。

 

「せんせ~! なんで、急にみんな集めたんですか~!?」

「それではですね、このデトルネ通りの水辺にキバニアとサメハダーが大量発生したという報告があったので、危ないという理由で一旦皆を集めました。全員集まったのを確認したら、今日は遠足を中止して帰ることにします」

『えぇ~~~!!!?』

 

 男性教師の言葉に、大ブーイングを上げる子供達。その光景に苦笑いを浮かべる男性教師であるが、子供達の安全を確保するのならば致し方なしと、溜め息を吐きながら心の中で自分に言い聞かせる。

 勿論、キバニアとサメハダーなどと言う凶暴なポケモンが現れたのでなければ、課外授業は続行したいものだ。だが、そのポケモンの大量発生により、周辺のポケモンも緊張状態になり、普段よりも好戦的になっている事は否めない。

 その為、水辺に近付かなければいいという訳でもなく、こうして帰る事を決め―――。

 

「せんせ~」

「ん? どうしたんですか?」

「セレナちゃんとサナちゃんが居ませ~ん」

「え……? だ、誰か彼女達を見かけた人は居ますか~?」

 

 生徒を集めたが、どうやらその二人が居ないらしい。数えてみると、確かに二人の少女の姿は見当たらず、男性教師の頬には一筋の汗が伝う。

 心当たりがある者は居ないかと訊くと、一人の男子生徒が手を挙げた。

 

「二人なら、皆が集まる前の時に森の中に入ってくの見ました~」

「え……え――――!!?」

 

 驚愕と焦燥が混じった声は、生徒たちが全員驚き肩を揺らすほど、空に響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 デトルネ通りを少し脇に逸れると存在する、木々の群れ。そこには普段草むらに棲むポケモンや、水辺にも棲むポケモンも訪れる場所であった。

 例えると、水辺を好むビーダルやマリルリなども、生い茂る木に生っている木の実を求め、やって来るのである。

 気性の激しいポケモンもあまり住んでおらず、敵意を見せなければ大人しいポケモンがほとんどなこの場所を、二人の少女が歩いていた。

 

「あっれ~……どっちだったかな……?」

「ねえ、セレナ……もしかして迷ったの?」

「そ、そんなことないよ! そうだ!山とかで迷ったら、水の音が聞こえる方に行って、川を見つけるのがいいってテレビで観た!」

「自分で迷ってるって言ってるじゃん! もォ~! だから行かない方がいいって言ったのに~!」

 

 麦わら帽子を被る茶髪の少女に、褐色肌の少女が声を荒げて非難する。

 彼女達は、トレーナーズスクールに通う生徒であり、今日はクラス全員でこのデトルネ通りに遠足に来た。しかし、途中で茶髪の少女であるセレナがマリルを見つけ、好奇心のままに追いかけ、友人であるサナもそれに巻き込まれる形で森に入ってしまったのである。

 自業自得と言えばそうなのだが、生憎、そんな単語が思い浮かぶほど彼女達は大人ではない。

 反省はすれど、深い後悔などは微塵もありはしないのだ。

 

 頬を膨らませて友人に怒りを示すサナであるが、肝心のセレナは水の音が響く方向を探すのに夢中になっている。

 その際、耳の後ろに手を当てている為、『それでも聞こえないのか』と思いたくなってしまう。もしやすると、煽られているのかとも考えたサナであったが、確実にこれは天然なのだろうと諦め、仕方なしに自分も水辺を探すことにした。

 

「……あれ?」

「……どうしたの、セレナ?」

「あっちで、水の音が聞こえる!」

「あ……ちょ、ちょっと待ってよ~!」

 

 急に水の音が聞こえると、一人で突っ走るセレナの背中を追うサナ。

 傍から見れば、森の薄暗い中でよく足元が引っかからずに走れるなという光景。軽快な足取りで、森の中を駆けて行く少女達。

 その視線の先には、今迄歩いてきた森の道とは違い、少し開け、尚且つ木漏れ日が燦々と降り注いでいる場所があった。さらには、何かに反射した光が樹の幹を照らしている為、すぐにセレナはとあることに気が付く。

 

「水がある!」

 

 最後に勢いよく木の根っこを飛び越えると、澄んだ水がゆらゆらと揺らめいている小さな湖を発見した。

 水は空の色を反射して美しい水色を描いており、周囲の緑色と美しいコントラストを表している。薄暗い森の中と対比すると、それは感嘆の息が漏れてしまう程、綺麗な光景であると言えよう。

 湖の周りにはビッパやビーダル、ルリリ、マリル、マリルリなどの両生のポケモンを含め、シシコやホルビー、カモネギなどの姿も見受けられる。

 素直に感動するセレナの横で、先程まで怒っていたサナも終始その光景に見入っていた。

 

「キレ~……」

「うん……」

 

 少しの間、自分達が何をしに来たのか忘れていた二人であるが、思い出したサナはハッと目を見開き、セレナの肩を叩く。

 

「セレナ!川を辿ってくんじゃないの?」

「え? あ、そうだ!」

 

 本来の目的を思い出した少女は湖を見渡し、川に繋がっている場所がないものかと首をキョロキョロと動かす。

 手を額に当てて日光を遮るサナとは違い、麦わら帽子を被っているセレナは眩しそうに目を細めることなく、必死に水の流れを見切ろうとしていた。

 

「う~ん、どこかな……あれ?」

「何か見つけた~?」

「……アレ、何?」

「え? どれ?」

 

 何かを見つけたような素振りを見せるセレナの方に向くと、彼女は湖の一点を見つめ、指を指していた。

 その先を辿ると、何やら水中に細長い蛇のような生き物が泳いでいることに気が付く。額には角が生え、尻尾と思われる部分には二つほど綺麗な珠が見受けられる。

 大人二人分程の大きさはあるだろうポケモンに、二人の視線は釘づけになっていた。

 

 しかし、二人は気が付かなかった。先程まで、湖の周りで戯れていたポケモン達が、二人に近付くポケモンに怖れて逃げ去っていたという事に。

 直後、茫然として眺めていた二人の前に、派手に水飛沫を跳ねながら水面から顔を見せるポケモン。

 二人の少女は、姿を露わにしたポケモンの首にある珠に見惚れていたが、そのポケモンの体に刻まれている多くの傷にすぐに気が付くことができなかった。

 そのポケモンの瞳が怒りに染まっている事にも―――。

 

「リュ―――――ッ!!!」

 

 次の瞬間、水を纏った尻尾が華奢な二人に向かって振るわれた。

 


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