ポケの細道   作:柴猫侍

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第二十話 子供にとっての二百円は大きい

 

 

 

 

 

 緑が辺り一面に広がる森の木々を掻い潜り、ライト達三人はとある少女達を探していた。事の始まりは、野生のポケモンを見つけるためにジーナを先頭に、22番道路に来たことからだ。

 まず、道を進んだところで見つけたのは野生のポケモンなどではなく、慌てふためく大人と、整列している子供達。

 尋常でないほど焦る大人を見かね、三人は何が起きているのかと訊くと、どうやら彼らはトレーナーズスクールの者達であり、キバニアとサメハダーの大量発生に伴い危険と判断されたこの通りの近くで生徒二名が迷子になったらしい。

 すぐにでも探しに行きたいが、野生のポケモン達はピリピリしており、手持ちを持っていない彼等で捜索に向かうのは危険過ぎる。

 つい先程、ハクダンジムリーダーのビオラに連絡は取ったものの、もし彼女が来る前に迷子になった生徒に何かあれば―――。

 

 しかしそこで、ジーナがこう言ったのだ。

 

『あたくし達にお任せくださいませ! プラターヌ博士に図鑑とポケモンを授けられたあたくし達が、必ずやその生徒達を探し出してみせますわ!』

 

 つまり、ライトとデクシオの二人は強引に巻き込まれて、こうして探索に出向いているのである。

 無論、生徒達の安全を確保しようとする彼女の姿勢には賛同するが、それ以前に野生のポケモンが緊張状態に入っているという事が、どうにも耳に入っていないらしく、その部分について二人は心配していた。

 だが、迷っているだけ時間の無駄である為、三人行動で証言のあった通りの脇の森に来ていたのだ。

 

「二人共ォー! 見つかりましたかァー!?」

「こっちには居ないよー!?」

「う~ん……となると、かなり奥に行ってるのかな?」

 

 顎に手を当てて予想を口にするデクシオ。彼の言葉に、ジーナとライトの二人は焦燥の色を浮かべる。

 

「そ、それは不味いですわね。これ以上奥に進むとなると、それなりに強いポケモンが居ると思いますわ……」

 

 強いポケモン。それを普段聞けば心躍るであろうが、状況が状況である為、喜ぶことなど出来ない。

 ポケモンを持っていない少女が襲われでもしたら、最悪怪我だけでは済まなくなるかもしれないのだ。

 

「相手にもよるけど、僕のストライクならある程度戦えると思う。勝てなくても、逃げる時間を作るくらいなら……」

「はっ、そうでしたわね! ライトのストライクは研究所で見た時から強そうだと思ってましたわ! と、言う訳で戦闘になったらよろしくお願いしますわ!」

「え? 僕だけ?」

「ここだけの話。このピッピ人形を貴方に……」

「あの、ジーナ? 責任転嫁が甚だしくなってる気がするんだけど」

 

 投げると、ポケモンの気を引くことができる便利なアイテム“ピッピ人形”を渡してくるジーナに、ライトも思わず苦笑いを浮かべる。

 だが、一応ピッピ人形があれば逃げることは出来るので、無いよりはマシの筈。

 引き攣った笑みのまま受け取り、いざとなったら投げれるように、バッグの中の取りやすい位置に仕舞う。

 溜め息を吐きながら、迷子の少女の捜索を続けようとするライト。

 

『きゃぁああ!』

「ッ!? 聞いた、二人!?」

 

 突如、森の奥から響いてくる悲鳴に、ライトは目を見開きながら二人に顔を向けた。無言のまま頷く二人を見たライトは、先程の様子はどこへやら。タマゴを抱えたまま声の聞こえた方向へと駆けて行く。

 そんなライトの続くように二人も薄暗い森の中を駆けて行った。

 

 走ること数分。か弱い少女の声と共に聞こえてくるのは、木々が薙ぎ倒される轟音。メリメリと音を立てて倒れる音は渇いておらず、枯れ木を倒している様子ではない。

 それはつまり、丈夫な樹木を薙ぎ倒すほどの力を持ったポケモンが暴れていることに他ならない。

 

「リュ―――ッ!!」

「あれは……!?」

 

 木々の間から見える水色の美しい姿。すぐさま図鑑を取り出し、暴れているポケモンに翳すと、ものの数秒でシルエットが画面に映される。

 

『ハクリュー。ドラゴンポケモン。オーラに包まれる神聖な生き物らしい。天気を変える力を持つと言われている』

「ハクリュー……!?」

 

 最初に見た時点で既に何のポケモンかは把握できていたが、改めて図鑑の説明を聞くと驚きを隠せないように声を漏らしてしまった。

 ハクリューは全ポケモンの中でも数少ない【ドラゴン】タイプのポケモン。現カントーチャンピオンである『ワタル』も所有しているポケモンだ。

 その強さは個体数に反比例し、かなり強力な部類に入る。その美しさも相まって乱獲され、こうして野生で見る事も難しくなっているポケモンだが、感動よりも焦燥がどんどん高まっていく。

 

「だ、誰か―――!!」

(ッ……そうだ。ボーっとしてちゃ駄目だ!)

 

 どうすればいいものかと茫然としていたライトであったが、直ぐそこから聞こえてくる悲鳴に我を取り戻し、腰のベルトに装着されているボールを二つ手に取り、勢いよくサイドスローで投げる。

 

「ストライク! ヒトカゲ!お願い!」

「シャアッ!」

「カゲッ!」

 

 赤い光と共に姿を現す二体のポケモン。既に臨戦態勢に入ってるようであり、しっかりと暴れているハクリューを見据えていた。

 

「ストライク、“しんくうは”! ヒトカゲ、“ひのこ”!」

 

 時間が惜しいと、遠距離攻撃を選択するライト。ストライクが鎌を振るって文字通り真空波を放ち、ヒトカゲは尻尾を振るって火の粉をハクリューに放つ。

 それは的確にハクリューを捉え、鋭い音を立てながら水色の竜の体を少し弾いた。

 だが、弾いた体が地面にしっかりと着き、ハクリューは自分に明確な攻撃を放ってきたポケモンに鋭い眼光を向けてくる。

 若干萎縮するライトに対し、闘志を燃やすストライク。そしてヒトカゲは、ライトの方に顔を向けて右手を横に振る。

 

―――あれは流石に無理だぜ。

 

「いや、気持ちは分かるけども!?」

 

 思わぬところで完璧な意思疎通を図る二人。どこか遠い所を見つめるヒトカゲから伝わる想いは、並大抵のものでは無かったのだ(?)。

 そんなトレーナーと手持ちの漫才を続けている間に、ハクリューは動いていた。その身に猛々しい竜の形をしたオーラを纏い、こちらに突っ込もうと構えているではないか。

 流石にそれには気付いたのか、ライトはすぐさま二体に指示を出す。

 

「ストライク! 周りの木を“いあいぎり”で切り倒して! ヒトカゲは“えんまく”で牽制!」

「シャアア!!」

 

 指示を聞いたストライクは、俊敏な動きで地を駆け、次々と鋭利な鎌で太い木を切り倒していく。

 その間にハクリューは技の準備が終え、派手な音を立ててライト達の方に向かってきた。

 

「カァ……ゲェ!!」

 

 それと同時に、ヒトカゲの口腔からは一体どこに入っていたのかと思う程の量の黒煙を噴き出て、周囲の視界が一気に悪くなる。

 視界が悪くなる一方で、ストライクが切った木は重なるように倒れ、ハクリューを阻む壁のようになる。だが、あの“ドラゴンダイブ”を見る限り、威力を少々緩和する程度のものにしかならないだろう。

 

「二人共! こっち!」

 

 すぐに二体を呼び寄せ、ハクリューの“ドラゴンダイブ”の軌道から逸れる。ちょうど、軌道上から逃れたタイミングでハクリューの突撃が倒れた木々にぶち当たり、あろうことか重いそれらを軽々と弾き飛ばした。

 背中に悪寒が奔った所でライトは後ろに振り返る。するとそこには、後を追ってきたジーナとデクシオの姿が見える。

 

「ジーナ! デクシオ! 向こうに迷子の子が居たから、お願い!」

「え? あ、貴方はどうするんですの!?」

「さっき言った通り、時間を稼ぐよ!」

「ッ……分かりましたわ! こちらは気にせず! 危なくなったら、すぐに逃げる様に!」

「うん!」

 

 一分にも満たない会話を終え、ジーナは迷子が居るという方向に向かおうとする。しかしデクシオが、まだ納得しかねている様子を見せている。

 

「ちょっと、本当にライトだけを戦わせるのかい!?」

「……デクシオは分かっていませんわね」

「え?」

 

 ジーナの意味深な発言に、デクシオは瞠目する。彼女の普段見せない様子に、真面目な顔で聞き手に回るデクシオ。

 そして彼女は、デクシオの手を無理やり引き、迷子の下へ連れて行こうする。

 

「迷子の子は二人……自由に動けるあたくし達も二人ですわよ?しかし、ライトは両手でタマゴの状態ですわ」

「いや、そんな『両手に花』みたいな感じで言われても……」

「どうでもいいですわよ、それは! と・に・か・く! 真面に時間を稼げるのは残念ながら彼だけで、尚且つあたくし達は迷子の子と同じ数なんですから、あたくし達が一人につき一人で護衛すれば、五人で逃げるよりも確実に安全でしょう!」

「……本当に、ライトだけで大丈夫なのかい?」

「うっ……」

 

 比較的理論的に話を進めていたジーナに異を唱える様にデクシオが口を開くと、先程までの勢いはどこに行ったのかと思う程、静かになる。

 今までプラターヌの下で勉強してきたため、今彼が戦っているポケモンが何であるかは理解できた。駆け出しのトレーナーがどうにかできる相手でないことは、ジーナも重々承知している。

 それでも、無理に自分達が立ち向かって手持ちを戦闘不能にするよりかは、少ない被害で迷子を保護できるはずだ。それが確実であるとはデクシオも分かるが、それでは彼はどうなるのか。

 たった一日の付き合いしかないものの、充分友達と言える彼を簡単に置いていけるほど、二人は合理的に動ける人間ではない。

 苦々しい顔を浮かべるジーナからは、先程の短い会話でもかなり思うところがあったらしい。

 

「あ、あたくしだって……そんな……心配に決まってるじゃありませんか!」

「なら……――!」

 

「リュッ!!」

 

 短い咆哮と共に、木々が揺れる音と地響きが森中に鳴り響く。『ドシンッ』という派手な音は、重々しい雰囲気の二人の下へも届き、二人は肩を大きく揺らす。

 何が起きたのかと目を向けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

「シャアアアアア!!!」

 

 雄叫びを上げるストライク。それに対し、辛そうに顔を歪めるハクリュー。

 どうやら、ストライクがハクリューを吹き飛ばしたようだ。

 

 あり得ないと絶句する二人であったが、今まさに目の前に広がっている光景に、胸中で渦巻いていた問題に答えが出る。

 

「……ここは、彼に任せて行きましょう!」

「……うん。そうした方がよさそうだね」

 

 レベル差がありながらもハクリューと互角に戦えているストライクを見て、素直に迷子の救助に行くことにした二人の動きは速かった。

 瞬く間に視界から消えていく二人の姿に、緊迫した面持ちのライトは一息吐く。

 

(よかった……“つるぎのまい”で攻撃面はなんとかなりそうだ……)

 

 ライトがついさっき指示したのは“つるぎのまい”。自分の【こうげき】を二段階上げる強力な補助技の一つだ。

 その技を指示し、少しでも太刀打ちできるようにと【こうげき】を上げたのが功を奏し、ストライクの“きりさく”でいとも容易くハクリューは吹き飛ばす事ができた。

 だが、ライトは一つ気がかりがあった。あのハクリューはかなりのレベルであり、本来ならば自分のエースであるストライクでも相手取るのは難しい筈。

 しかしハクリューは、ストライクの“きりさく”一発で既に満身創痍といった様子を見せており、動きもかなり鈍い。

 

(体も傷だらけだ……)

 

 目を凝らすと、美しい水色の皮膚に無数の傷が刻まれているのが分かる。何かに擦れたかのような掠り傷に加え、鋭い牙で噛みつかれたような歯型も付けられているのだ。

 

「リュー……リュー……!」

 

 辛そうに息を荒くしているハクリュー。見ているだけで、こちらも胸が苦しくなる姿だ。

 

(多分、僕と戦う前にもう他のポケモンと戦って……)

 

 考えられるのは、大量発生しているらしいキバニアとサメハダー。そのポケモンの特性は“さめはだ”。触れるだけでダメージを与えるという凶悪な特性であり、物理攻撃しか持っていないポケモンにとっては相手をしたくないポケモンだ。

 更に、その凶暴性も相まって縄張りに侵入したポケモンは、鋭い牙で噛みついて八つ裂きにするとも言われている。

 もしハクリューが本来の住処から離れ、キバニアとサメハダー達の縄張りに入ってしまい襲われたというのであれば、ハクリューの体の傷も納得できる。

 そして命辛々逃げ出した所で無邪気な子供が近付いたとすれば、再び自分を襲いに来た敵と勘違いし、やられる前にやろうと攻撃を仕掛けるかもしれない。

 全てに合点がいったところでライトは歯噛みした。

 

(今の状態でも十分弱ってる……これ以上戦ったら、命に関わるかもしれない!)

 

 これ以上攻撃すれば、必要以上にハクリューが弱り、瀕死どころではなくなるかもしれないという考えがライトの頭を過る。

 ポケモンには、弱ったら縮小するという共通する特性があるものの、それは本当に最後の手段。ライトとしてはこのまま直ぐに逃げて、迷子と合流している筈の二人の下に行きたいが、執拗に追われてしまっては敵わない。

 残された手段として一番に浮かんだのは―――。

 

(捕獲……!)

 

 空のボールに手を掛けるライト。左腕で抱えるタマゴは彼の心境を表すかのように、一瞬不安定に揺れるものの、寸での所で持ち直した。

 

「リュ――ッ!」

 

 ハクリューは木々を飛び移っているストライクを狙って、“アクアテール”を放つが、本来森に棲んでいるストライクにとって、周囲に夥しい数の木が生えているこの場は得意なフィールド。

 傷がつき、動きも鈍くなっているハクリューの尾がストライクを捉える事は無く、周囲に纏った水を撒き散らすだけに終わった。

 さらに、大振りになってしまったハクリューの動きを見計らい、ライトは空のボールをあらぬ方向へ投げる。

 己に向かっていないことを悟ったハクリューは、続けてストライクに攻撃を仕掛けようとした。だが、その瞬間にライトとストライクの目が括目する。

 

「ストライク!」

「シャア!!」

「―――“みねうち”!」

 

―――ズバァッ!!

 

「リュッ……!?」

 

 手加減されているものの、着実に体力を減らす攻撃にハクリューは怯んだ。“みねうち”は、攻撃した対象の体力を一定量から減らさないという特性を有しており、捕獲に適している技である。

 故に、次にライトが出す手は―――。

 

「ヒトカゲ! ボールをハクリューに投げて!」

「カゲッ!」

 

 ハクリューの背後―――つまり、死角から姿を現したヒトカゲの手には、先程ライトが放り投げた空のボールが握られており、オーバーハンドスローで目の前の竜に投げつける。

 ハクリューは、いつの間にか回り込んでいたヒトカゲには気付かず、ボールは後頭部に当たった。

 すると、ボールの開閉スイッチから放たれる赤い光が細長い体を包み込み、一瞬の内にハクリューをモンスターボールへと吸い込んでいく。

 先程まであった巨体は森から消え失せ、代わりに地面には揺らめくボールが一つ。

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……

 

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……

 

 

 

(まだなのか……!?)

 

 

 

 ヴッ……ヴッ……―――!

 


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