ポケの細道   作:柴猫侍

21 / 125
第二十一話 もふもふは正義

「ごめんなさい、遅れて!」

「ビオラさん! 来てくれてありがとうございます!」

 

 カールした前髪に、タンクトップ。そして首から下げられているカメラが特徴の女性が、数人のトレーナーと共にやって来る。

 彼女こそ、ハクダンジムリーダーであり、【むし】ポケモンの使い手のカメラマン『ビオラ』だ。普段は周囲の人々に笑顔を振りまく彼女であり、現に今もトレーナーズスクールの生徒の黄色い歓声を受けて微笑みを返すが、状況が状況であるため、すぐに真剣な顔になって教師に目を向けた。

 

「状況はどうなっていますか?」

「それが……実は先程、偶然通りかかった子供のトレーナーが三人程、迷子になったウチの生徒を探しに行ってくれたんですが……」

「まだ……見つかっていないと」

「はい……」

 

 シュンと気を落とす教師に対し、ビオラはすぐに振り返り、付いてきたジムトレーナーに指示を出し始める。

 

「皆! 飛べるポケモンはもう出しておいて! とりあえず、私達はある程度固まって動いて探して、飛べるポケモンには空から探索してもらう形で行くわよ!」

「「「はいッ!」」」

 

 次々とボールを取り出して開閉スイッチを押すトレーナー。ボールからは、レディバやバタフリー、ヤンヤンマなどが顔を表し、生徒達は状況に反して歓喜の声を上げる。

 最後にポケモンを繰り出したのはビオラであり、中からはピンク色を基調とした翅を羽ばたかせる、蝶のようなポケモンが姿を現す。

 

「ビビヨン! 他の子達と一緒に、森の中で迷子になっている子達を探してあげて!」

「ビビッ!」

 

 ひらひらと舞う様に空へ羽ばたいていくビビヨンに続き、他の虫ポケモン達も森へと向かって行く。

 彼等にとって、森とは自分のフィールドであるもの。迷子も見つかるのは時間の問題であると、ビオラは考える。

 そして次は自分達の番だと深呼吸をし、早速森の中へと歩み出そうとした。

 

「……ん?」

 

 しかし、木々の奥から数人の人影のようなものが見えてきた。次第に近付いてくる人影に、誰もがその場所へと焦点を合わせる。

 すると、褐色肌でボブカットの少女が、同じく褐色肌の少女の手を引いて、一目散にビオラの下へ駆け出してきた。

 彼女に釣られるように、後方の少年も麦わら帽子を被る少女の手を引いて、転ばないように気を配りながら森を抜けてくる。

 

「や、やっと辿り着きましたわ~!!」

 

 日の下に出た彼女の姿を見て、トレーナーズスクールの者達は目を大きく見開いた。彼女は確かに先程、迷子の生徒を探しに森の中へ入っていってくれた三人のトレーナーの内の一人であり、彼女が手を引いている少女こそ、迷子になった生徒だった。

 それは後に続いてきた少年も同じであり、手を引かれる生徒は安心したのか、目尻に涙を浮かべ始める。

 

「君達、その子は……!?」

「はっ……どちらの方だと思いきや、貴方はビオラさん! 此処で会う事ができるなんて、光栄ですわ!」

「いえ……あの……」

「あッ、そういえば! この通り、迷子の子は見つけてきたので、トレーナーズスクールの先生及び生徒の皆さまはご安心を!」

 

 森を出てこられた興奮のままに、勢いよく語るジーナ。

 彼女の後ろでは、同じく森を出てこられたデクシオが、疲労と呆れを含んだ表情を浮かべている。

 そして迷子であった二人の生徒は、自分達の友人が居る場所へと一目散に駆けていく。

 

 先程までの緊迫の表情を浮かべたビオラは、ホッと一息吐き、一先ず迷子が無事であったことに安堵した。

 だが、対して迷子を連れてくるという大役を果たした二人は、未だ不安の残る顔のままビオラの下へ詰め寄ってくる。

 

「ビオラさん! お願いがありますわ!」

「友人が一人、僕達を野生のポケモンから逃がすために、一人森の中で戦ってるんです!」

「何ですって!?」

 

 二人の息の合った言葉に、胸に込み上がっていた安堵も息を潜め、再び緊迫した顔を浮かべる。

 見る限り、彼らは新米トレーナー。まだ野生のポケモンと戦う場合、己の手持ちよりもレベルが高いという状況が比較的多い時期である筈。

 この辺りではそれほど危険なポケモンは居ないと思われるが、あくまでそれはビオラの主観に過ぎない。そして、例えどんなポケモンでも生身の人間であれば、危険な存在になり得る可能性はあるのだ。

 彼等の切実な表情を見て、ビオラはすぐさま動き出そうとした。

 

「安心して! すぐに見つけるから! 貴方達は、ここで待ってて!」

「は……はい! よろしくお願い致しますわ!」

 

 普段から動きやすい恰好の彼女は、軽快な動きで木々を掻き分けて森の中へ入っていく。この辺りは、写真撮影の為に何度も足を踏み入れた場所でもある為、自分の庭のように場所は把握しているつもりだ。

 そんな彼女に続くように、ジムトレーナーも走り出す。

 

(待ってて……すぐに行くからね!)

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻・アルトマーレ。

 一人、自室でスケッチを続けているカノンのポケギアに、一本の電話が入ってきた。『プルルル』という電子音を鳴り響かせる機器を手に持って、誰かも確認しないまま通話ボタンを押す。

 

「……はい、もしもし?」

『もしもし? あッ、繋がった……僕。ライトだよ』

「え、ライト? どうしたの、急に……?」

 

 電話をかけてきた人物は、幼馴染であり、現在カロス地方に居るはずの少年だった。いつも通りの明るい声で話しかけてくる彼に、自然とカノンの顔も明るくなる。

 一先ず、色鉛筆をテーブルの上に置き、彼との電話に集中しようとするカノン。

 

『うん、あのさ……預かってもらいたいポケモンが居るんだ』

「預かってもらいたいポケモン? もう六匹捕まえたの?」

『いや、そういう訳じゃないんだけど……ちょっと怪我してるし、療養の時間とかも必要なはずだからさ。普段、水の綺麗な場所に住んでるポケモンだから、アルトマーレで休んでてほしいと思って……』

 

 少し複雑な事情があるかのような語り口に、カノンの表情にも少し影がかかる。だが、こうしてポケモンに優しい部分はいつもと変わらないと、逆に安心してしまい、再び電話越しであるにも拘わらず微笑みを返してしまった。

 

「ふふっ、そうなんだ……分かった! ライトがそう言うなら、預かってあげる。ポケモンセンターに行けばいいのね?」

『いや、まだ大丈夫……かな。ちょっと、ポケモンセンターに行くのに時間がかかりそうだから』

「へぇ~。因みに、今どこに居るの?」

 

 彼女がそう問いかけた瞬間、電話越しに彼の息を飲む声が聞こえてくる。

 

『あの……もし。もしだけどさ……山で迷ったら、それは迷子って言うのかな?』

「何、それ?山で迷ったらって……どっちかって言ったら、それって『遭難』じゃないの?」

『そ、そっか……遭難なんだ……』

 

 乾いた笑い声が鼓膜を揺らしてきた事で、カノンは『もしや』と頬を引き攣らせ始めた。一応、真面目な少年ではあるが、好奇心は年並みに備えている。

 できればそうでないことを祈りながら、カノンはこう問いかけた。

 

 

 

 

 

「もしかして……遭難したの?」

『……()()()()です……ははっ』

 

 

 

 

 

 誰から学んだのかは分からないが、かなり苦しい駄洒落で場を取り繕うとする少年に、カノンは呆れた顔を浮かべることしかできなかった。

 

 カロス留学二日目。ライトは現在、絶賛遭難中であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ギャラドスが居てくれたら、木より上から周り見渡せるんだけどなァ~……」

 

 今はアルトマーレで待機しているであろうポケモンを思いながら、ライトは水筒に口を付けていた。

 一生懸命戦ってくれたストライクやヒトカゲにも水を与えながら、一つのボールを見つめる。その中には、先程捕まえる事のできたハクリューが入っているのだ。

 かなり怪我を負っていた為、今はこうしてボールの中で休ませてあげているつもりだが、ポケモンセンターで回復させなければ、完全に休ませたことにはならないだろう。今は無理やりにでも暴れ無いようにさせるのが精いっぱいなのだ。

 

「……ヒトカゲがリザードンになってくれれば、空を飛べるんだよなァ~」

 

 チラリ、とヒトカゲを見てみる。

 

―――無理を言うな。

 

 今のライトの発言の意図を汲みとった上で、不服そうな顔を見せてくるヒトカゲ。そして、隣で木に寄りかかって休んでいるストライクを指差す。

 

―――コイツが飛べるだろうに。

 

「カゲッ」

 

 念を押すかのように鳴き声を上げるヒトカゲだが、何か癪に障ったのか、瞼を閉じていたストライクが括目し、ヒトカゲの下に歩み寄る。

 鋭い眼光の下、身長差の関係で見下ろすストライクは、仏頂面のヒトカゲを見下ろした。

 

「……シャア」

「……カゲッ? カゲカゲッ」

「シャア。シャッシャー!」

「カゲッ、グゥア!」

 

 言い合いのような形になる二体は、互いの額を相手にぶつける。まるで“ずつき”であるかのような勢いでぶつけあう二体からは、痛そうな鈍い音が響いてくる。

 何か気に入らない言い草でもあったのか、殺伐とした雰囲気が漂いながら頭をぶつけあい続ける二体に、ライトは焦り始めた。

 

「ちょ……喧嘩は駄目だよ!?」

 

 間に主人である少年が割って入ってきた為、渋々といった表情で距離をとる二体。

 ストライクは『主がそう言うなら……』という雰囲気を醸し出しているが、ヒトカゲは未だに根に持っているかのように睨みを利かせている。

 どうやら、この二体には因縁ができてしまったようだ。ポケモンの言葉が分からないライトでも、それだけは理解できた。

 

(……なんか、幸先悪いな~……)

 

 そのような事を思いながら、抱きかかえているタマゴを撫でる。一見滑らかな表面であるかのようにも見えるが、実は細かい凹凸が存在する為、どちらかと言えばザラザラしている表面だ。

 拾ってそろそろ一週間が経つが、最近はよく動くようになってきた。生まれる予兆であるのか、揺れる頻度は次第に多くなってきている。

 

(生まれてくるとしたら、どんなポケモンかな~……って、ん?)

 

 暫く撫で続けていたライトであったが、タマゴの異変に気付く。一度、ピクリと揺れてから、ずっと揺れ続けているのだ、

 今までは、一度揺れればその後数分から数十分程時間を置いていたのだが、今は違う。

 ひっきりなしに揺れ続け、今まさにでも殻を破って生まれてきそうな―――。

 

―――パキッ。

 

「……このタイミング?」

 

 ライトが重点的に撫で続けていた部分に罅が入り、欠片が一つ地面に落ちる。絶え間なく揺れ続けるタマゴは、次第にその動きを激しくしていく。

 

「え、ちょ、待って!? このタイミングなの!? 遭難しているタイミングなの!?」

「カゲッ! カゲカゲッ!」

「シャアッ!」

「ミ! ミ!」

「ヒンバスいつ出てきたの!?」

 

 興奮しているのか鳴き声を上げる手持ちのポケモン達。その中でも、何時の間にかボールの外に出ていたヒンバスに一応ツッコみを入れた後、再びタマゴに視線を移した。

 罅は一刻一刻と広がっていき、既に全体の八割に及ぶ勢いだ。

 

 今までにない程焦るライト。今まで何度も野生ポケモンに出会ってきたことや、少なからず進化の瞬間に立ち会ってきた彼だが、誕生の瞬間などは見たことが無い。

 本来の親ではないライトだが、今ここでタマゴが孵れば、その瞬間に彼は生まれてきたポケモンの『おや』へと変わるのだ。勿論、ライトの手持ちの『おや』も彼自身なのだが、しっかりと誕生の瞬間を目の当たりにして『おや』に成ったことは無い。

 期待と興奮と、少しばかりの不安が、心臓の鼓動を高鳴らせていく。

 

 そんな彼等のボルテージに比例するように、罅は次第に大きくなっていき、地面に落ちていく欠片の数も大きく、多くなっていった。

 

―――パキパキッ!

 

 中に居るポケモンが奮闘しているのか、今迄で一番勢いよく欠片が飛び散り、その中の一つがヒトカゲの額に当たった。

 一瞬、痛そうに顔を顰めるヒトカゲであったが、自分に命中したタマゴの欠片を手に持って、他のポケモン達と共に今や今やと誕生を待ちかねている。

 そして遂に、罅がタマゴ全体へと広がり、これまで外敵から身を守っていた殻が、完全に意味を為さなくなった。

 

 それが意味することとは―――。

 

 

 

 

 

「―――……ブイ?」

 

 

 

 

 

 茶色くもふもふとした体毛を有す小さなポケモンが、これまた綿毛の様にふんわりとした耳をぴょこぴょこと動かし、タマゴの中から姿を現した。

 その瞬間、出てきたポケモンは大きく目を見開いていたライトと目が合う。暫し、茫然と見つめ合う二人だったが、孵ったポケモンは辺りも見渡し、自分を見つめる三体のポケモン、そして密かに見守っていた野生のポケモン達をつぶらな瞳に映し取る。

 最後に再び自分を見つめる少年に目を遣り、こう鳴いた。

 

「ブイッ♪」

 

 すると、自然に図鑑を手に取っていたライトは、目の前のポケモンの姿を映し取り、画面に情報を映し出す。

 図鑑は、無機質な音声の下、少年たちに誕生した命の存在を読み上げた。

 

 

 

 

 

『イーブイ。しんかポケモン。進化のとき、姿と能力が変わることで、厳しい環境に対応する珍しいポケモン』

 




活動報告
『ハロウィンに向けて』を書きました。
是非、そちらもどうぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。