ポケの細道   作:柴猫侍

22 / 125
第二十二話 大事なことでなくても二回言う

 

 

 

 

 

 ハクダンシティ・ポケモンセンター。

 トレーナーが憩いの場として集まる広間で、三人の子供達が一人の大人の前に立っていた。

 どうにも浮かない顔を浮かべる三人に対し、彼らに向かって語るビオラは、眉を少し顰めている。

 

「今回は無事でよかったけど、新人トレーナーの君達だけで行くなんて、危ないわよ!?」

「「「……ごめんなさい」」」

「ふぅ……でも、無事でよかったわ。それに君達のお蔭で、あの生徒達も助かったんだから、あんまり説教はできないんだけどね。みんな、ありがとね」

 

 素直に謝罪する三人に、今度は安堵を浮かべ礼を伝える。

 あの後、森の中で一人佇まっていたライトを見つけたビオラは、怪我がないことを確認し、一先ず先に帰らせていたデクシオとジーナのいるポケモンセンターまで連れてきた。

 一時はどうなることかと思ったが、遭難する覚悟までしてハクリューと戦ってくれなければ、生徒が重大な傷を負っていたかもしれない。

 そう考えると、説教はここまでにして、彼らを労う事が一番だ。

 

 ビオラが礼を伝えると、先程まで俯いていた三人が顔を上げ、晴々とした笑みを浮かべる。

 そこでビオラは『でも』と一つ言い足すように、口を開く。

 

「これからは、余り無茶しちゃ駄目よ? 正義感は結構。でも、それで怪我したら君達のご両親が、安心して君達の旅を見守ることができなくなるからね?」

「「「はいっ!」」」

「うん! いいんじゃない! いいんじゃないの!? 元気よし! 笑顔もよし!」

 

 ビオラが言う通り、元気のいい溌剌とした声で返事をする三人に、ビオラも負けじとにっこりと微笑む。

 すると今度は、キリっとした目つきになった彼女が、三人を見渡すように見つめる。

 

「……君達の明日の挑戦、楽しみにしてるわよ。それじゃ、今日はゆっくり休むのよ~!」

 

 そう言ってビオラは、自動ドアを抜けて外に出ていき、ジムへの帰路に着く。去っていくジムリーダーの背中を見つめていた三人は、彼女の姿が見えなくなると同時に、力が抜けたように近くの椅子に座り込んだ。

 

「はぁ~、緊張しましたわ~」

「ホント……」

「……二人共、ちょっと外していいかな?」

 

 椅子の上で脱力している二人に対し、ライトはカウンターに行こうと足踏みをしている。彼の姿に二人は無言のまま頷き、直後ライトは駆け足でカウンターに直行した。

 ライトがあそこまで落ち着きが無いのは、捕獲したハクリューの容態が心配だからだ。

 まず、ハクリューを捕まえたという事実に驚いたが、思っていた以上に傷は深いとのこと。

 ポケモンセンターのメディカルマシーンであれば、よほど深い傷でない限り、お馴染みの音楽と共にすぐに回復するのだが、果たしてハクリューはどうなのか。

 

(大丈夫かなァ……)

 

 他の手持ちと共に先程ジョーイに預けたのだが、時間的にはそろそろ回復が終了してもいい頃合いだ。

 そんなライトの気持ちをくみ取るかのように、ジョーイは優しい笑みを浮かべ、ボールケースをカウンターの上に乗せる。

 

「おまちどおさま! 貴方のポケモンは、すっかり元気になりましたよ!」

「あのう……ハクリューは……?」

「君のハクリューも、ほとんど治りました。でも、数日は激しい動きは止した方がいいですね」

「そうですか……ありがとうございます、ジョーイさん!」

「どういたしまして!」

 

 ケースに並ばされているボールは五つ。カロスに来る時より増えた二つのボールは、ハクリューと、たったさっき手持ちに加わったばかりのイーブイの物である。

 ハクリューのボールを覗く四つをベルトに装着し、そのままライトはポケモンセンターに設置されている転送システムまで歩いていく。

 その際、バッグに仕舞っていたポケギアを取り出し、『カノン』の名前をカーソルを合わせ、通話ボタンを押す。

 コール音が鳴る間も、転送システムの前に置かれている椅子に座り、着々とボールの転送の準備に入る。

 するとコール音が止み、『もしもし?』というカノンの声が聞こえ、少し咳払いをした後に、本題に入った。

 

「カノン?僕だけど、さっき言った子を送るから―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 トレーナーズスクールの生徒が森で迷子になった事故の次の日。

 ハクダンジムの中では、リーダーであるビオラがせっせとジムの内装の手入れをしていた。

ジムの内装というものは、各ジムによってそれぞれ違うものであり、【むし】のエキスパートである彼女のジムでは、バトルコートの周囲に緑が多いものになっている。

フィールド自体は、小石が少しだけ散りばめられている土のバトルコートであり、純粋なトレーナーの力量が試される形だ。

だが、普段は彼女の手持ちが憩いの場として利用している場所ということもあり、コートの周囲に植えられている植物の手入れは入念に行っており、今は植木に水をやっている途中である。

 

「ふんふふーん♪」

 

 鼻歌を歌いながら、所々に生えている花にも水を掛ける。その隣では、アメタマが気持ちよさそうに水浴びをしていた。

 ジム戦の際、起用されることの多いアメタマは、今日もまたバトルに駆り出される事であろう。

 

「機嫌よさそうね、ビオラ」

「あれ、姉さん!? いつ来てたの?来るなら一言言ってくれればよかったのに……」

「あ~、ごめんね。今日は取材でこっちに来たのよ」

 

 水遣りに気が行っており、入り口の自動ドアが開く音にも気が付かなかったようだ。声が聞こえて振り返ると、そこにはビオラの姉であるパンジーが立っていた。

 驚いた顔のまま、一旦水遣りを止め、当然訪問してきた姉の下に歩み寄る。

 

「取材? なんの?」

「新人トレーナーのよ。今日、ここに挑戦者が来るでしょう?」

「うん、そうだけど……あっ」

 

 噂をすれば何とやら。

 先程、パンジーが入ってきた自動ドアがまた開き、逆光を背に負う三人の子供達が入ってくる。

 仲睦まじそうにおしゃべりをしていたようだが、ビオラたちに気付くと背筋を伸ばして一礼した。

 

「お早うございますわ! 今日はよろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそ!」

 

 両脇に居る二人に代わり、代表として声高々に挨拶するジーナに、ビオラは笑顔を浮かべて手を差し伸べる。

 その後、両脇のライトとデクシオとも握手した後、『じゃあ、早速』と言わんばかりにバトルコートの中央に三人を連れていく。

 すると、既に面識があるのか、パンジーとライトが挨拶を交わしていたため、今日姉が来たのは彼が関係しているのだと理解した。

 

 バトルコートの上には天窓があり、燦々と輝く太陽の光がコートに差し込み、室内は温かい陽気に包まれている。

 そしてモンスターボールを模ったラインが引かれているコートに中央に立つと、腰に手を当てたビオラが振り返り、三人の顔を見渡した。

 

「これから、簡単にジム戦の説明をするわ! まず君達、持っているジムバッジは幾つ?」

「全員ゼロですわ!」

「成程……ということは、皆私のジム戦が初めてかしら。いいんじゃない、いいんじゃないの!? ま、それは兎も角、使用ポケモンについて話すわ」

 

 コホンと一度咳払いをしてから、ビオラは腰のベルトに装着しているボールを二つ取り出す。

 

「ジムリーダーの使用ポケモンの数は、挑戦者のバッジの数で決まるわ! 今回、皆はジム戦が初めてということで、私が使うポケモンは二体! オッケー?」

 

 一度確認をとってみると、三人は元気よく頷く。

 

「そして君達の使うポケモンの数に制限はありません! 尤も、バッジが増えていったら挑戦者側にも制限がかかるけど、今回は自分の手持ち総動員で戦えると思って結構よ!」

「まあ! じゃあ、ライトは凄く有利なんじゃありません!?」

「そうね。君は確か……昨日ハクリューを捕まえた子よね? どう? 事前に何体使うかは皆に訊くけど……」

 

 三人の中で最も手持ちの数が多いライトに視線が集まり、本人は少しタドタドした様子になる。

 『えっと……』と頭を掻きながら、彼はこう答えた。

 

「僕は三体使うつもりです」

「そう! じゃあ、君達は?」

「あたくし達は、二体だけですわ」

「分かったわ! じゃあ、次にバトルの説明をするわ!」

 

 ビオラは次なる説明に移りながら、三人と姉を二階にある観戦席まで連れて行く。普段からその席には、ジム戦に挑もうとするトレーナーがバトルの研究にために訪れることが多い為、ほとんど公共の場となっている。

 虫ポケモンの写真が飾られている階段を抜けて二階に上がると、そこからは先程まで足元に広がっていたバトルコートの全貌を窺えるようになっていた。

 感激したように息を漏らす三人に思わず笑みを浮かべるビオラ。

 

「挑戦者側は使用ポケモンの入れ替えオッケーで、ジムリーダーは無しです! ただし、例外として“バトンタッチ”や“とんぼがえり”などの交代技や、相手のポケモンの繰り出した技での強制交代は有りになっています!オッケー?」

「「「はいっ!」」」

 

 バトルにおけるルールの原則と例外を話したところで、一旦息を吐くビオラ。そうしてから親指と人差し指を加え、口笛を鳴らす。

 すると、室内の植物の傍らで戯れていたポケモン達がビオラの下に集まってくる。集まって来たのは、ビビヨンを筆頭に彼女の虫ポケモン六体。

 これから三戦行うのにちょうどの数だ。

 

「さ、誰から挑戦する?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「これより、ハクダンジムリーダー・ビオラVS挑戦者(チャレンジャー)デクシオのバトルを開始します! 両者、一体目のポケモンを!」

 

 審判を任されているジムトレーナーが、室内一杯に響くよう声を上げると、ボールに手を掛けていたビオラとデクシオが、一斉にボールを宙に投げた。

 

「頼んだぞ、スボミー!」

「よろしく、レディバ!」

 

 紅白の球体から迸る閃光と共に、二体のポケモンがバトルコートに出現する。

 

「スボッ!」

「レディ!」

 

 一体は、黄緑色の体の小さなポケモン。

 もう一体は、翅を忙しなく羽ばたいているテントウムシのようなポケモン。

 二体のポケモンが場に出たと同時に、観戦席に座っているライトとジーナの二人は同時に図鑑を取り出し、情報を画面に映し出す。

 

『スボミー。つぼみポケモン。周りの温度変化に敏感。暖かくなるとつぼみが開き、毒を含んだ花粉をばらまく』

『レディバ。いつつぼしポケモン。臆病ですぐに群れを作る。脚から出る液体のにおいで、自分の居場所を知らせる』

「……相性だけで言えば、ビオラさんの方が有利ですわね」

「うん。でも、【くさ】タイプは優秀な補助技がたくさんあるから、一概にそうとも言えないね」

 

 図鑑の説明を聞いた後、互いの意見を言い合う二人。

 確かにジーナの言う通り、【くさ】タイプを有すスボミーは【むし】・【ひこう】タイプのレディバには、相性上不利になる。

 しかし、【くさ】タイプの真骨頂は、充実した補助技にあると豪語するライト。彼の姉であるブルーは、エースとしてフシギバナを使用していた。タイプはスボミーと同じ【くさ】・【どく】タイプであるが、ポケモンリーグで間近で見た際に、フシギバナの活躍に唖然とした記憶がある。

 

 “ねむりごな”と“やどりぎのたね”で淡々と場を整えた後に、“ギガドレイン”と“ヘドロばくだん”で畳み掛け、相手のポケモン三体を次々と倒していった光景は、今でも鮮明に思い出せるほどだ。

 【くさ】タイプには、相手を状態異常にする技と、自分の体力を回復する技が豊富に揃っており、それが強みとなっている。

 それは相手が苦手な【むし】タイプでも同様であり、立ち回り次第では十分に相手取れる筈。

 

(デクシオはたぶんスボミーで場を整えてから、ゼニガメで決めていくんだろうけど……)

 

 姉の立ち回りを思い出しながら、デクシオが行うであろう戦法を頭に浮かべてみる。まだ未進化のポケモンとは言え、【くさ】タイプらしい技は覚えているだろう。

 具体的にどういった技を使うかまでは予想できないが、恐らく全ては彼のエースのゼニガメにかかっている。

 【みず】は【むし】に対し、可もなく不可も無く、といった所。

 

(どんな風に戦うのかな……?)

 

 冷静な彼のバトルに期待しながら、自分の手持ちが入っているボールを眺めるライト。既にバトルに出す三体は決めているが、出す順番までは決まっていない。

 ここでデクシオとビオラの戦いを観戦してから、どういった順番で出せばいいのかを考えればいい。そう考えていたのだ。

 

 ふと視線を横に移すと、一番手のデクシオのバトルに期待をよせているかのように目を輝かせているジーナの姿が見える。

 年相応な微笑ましい姿を見て、ライトも思わず笑みを浮かべてから、再びバトルコートの方に目を遣った。

 それと同時に、審判が手に持っている旗を振り下ろすのが見える。

 

 

 

 

 

「―――それでは、バトル開始!!」

 

 

 

 

 

 

 こうして、三人の初めてのジム戦が始まったのだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。