ポケの細道   作:柴猫侍

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第二十六話 マサラ人としての片鱗

 

 

 

「みんな、よく頑張ったね……」

 

 ライトがそう口にすると、部屋の中に居るパートナーたちが笑顔で彼の方に向く。ジム戦が終わり、ライト達三人はポケモンセンターに戻って、今日泊まる個室にそれぞれ入っていたのだ。

 ジムバッジを獲得したライトは兎も角、他の二人は再戦の為に闘志を燃やしている事であろうが、ポケモンも生き物。傷は治ったとしても、疲労までが完全に回復する訳ではない。

 その為、今日は一旦お開きといった雰囲気になり、日も落ちたくらいの時間でポケモンセンターにやって来たのである。

 因みにパンジーの取材は、ジムに挑んだトレーナーに対しての軽い取材程度のものであった為、数分程度で終わった。

 

 そして、今日戦ってくれたパートナーたちの体を丁寧に洗う。だが洗うと一言に言っても、方法は各種によって違う。

 ヒトカゲに関しては、濡らしたタオルで拭きとるような形であるが、ヒンバスはシャワーで水を優しく掛けてあげながら、スポンジで擦るといったところだ。

 勿論、控えであったストライクや、観戦していたイーブイへのスキンシップも忘れない。ストライクは自分がバトルに出なかった事に対し、若干不満を抱いている様であるが、『エースが場に出ずに勝てたという事に意義がある』と諭すと、何とか納得してくれたようだ。

 イーブイは産まれてばかりである為、右も左も分からない状況であるが、初めて見た者を『おや』と認識して、今現在ライトにベタベタな状況になっている。

 

 ベッドの上に腰掛けながら、膝の上で丸くなっているイーブイの体をブラッシングするライトは、『そう言えば』と、ふと思い出したかのようにポケギアに手を伸ばす。

 画面を開くと、複数の欄が次々と現れてくるが、その中からライトは電話番号欄の『ブルー』をカーソルを合わせてボタンを押した。

 

―――プル……プツッ。

 

『ハァ~イ、ライト! お姉ちゃんよォ~♪』

 

 速い。

 まだワンコールすら終わっていないというに電話に出る姉の俊敏さに、ライトは苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「もしもし、姉さん。元気?」

『もっちろーん! 今、マネージャーとちょっとご飯してたんだけどね』

「あッ……じゃあ、後でかけ直した方が良い?」

『大丈夫だってェ! マネージャーって言っても、私とそんな歳変わらないから! 大事な話してた訳じゃないし……それより、ライト。そっちから掛けてきたって事は、何かあったの?』

 

 歳がそれほど変わらないマネージャーというのも気になるが、自分が掛けた用件に何となく気付くブルーに、『流石』と心の中で思う。

 

「うん。今日ジム戦したんだけどさ、勝ててバッジをゲットできたよ」

『えッ、ホントォ~!? おめでとう、ライト! ねえねえ聞いて! ウチの弟がジムバッジゲットしたんだってェ!』

 

 マネージャーに話しかけるブルーの声色は、非常に興奮しており、向こう側で相手をしているであろう人物に若干の同情を感じざるを得ない。

 相変わらずテンションが高いが、それも元気な証拠なんだろうと納得しておく。

 因みに今、膝の上でイーブイが『クァ~……』と欠伸した。カワイイ。

 

『ごめんねライト! ホントならすぐお祝いしたいけど、今イッシュでドラマの撮影中だからカロスに行けないのよォ~!』

「いや、そんな無理しなくてもいいけど……」

『そう? でも今度、カロスの方に映画の試写会で行くから、その時お祝い持ってくわね!『バトる大捜査線 スカイアローブリッジを封鎖せよ!』っていうので行くから!』

「?……ああ。あの『バトルは会議室でするんじゃない! 現場でするんだ!』のドラマ?」

『うん、それ! それの劇場版の!』

 

 某有名ドラマの劇場版に出てる姉の凄さを改めて噛み締めながら、ここまで勝利を祝ってくれている彼女に一先ず『ありがと、姉さん』と伝え、姉弟水入らずの会話に勤しむ。

 だが、今まさに会話をしようとした時に、部屋の扉を何者かが『コンコン』とノックしてきた。

 

「あッ……ゴメン、姉さん。誰か来たみたい。また今度電話掛けるね」

『えェ~!? ……ま、可愛い弟の頼みならしょうがないわね。じゃ、また今度! 元気に旅するのよ~!』

「うん、じゃあね」

 

 別れの言葉を告げてから電話を切り、先程までブラッシングを掛けていたイーブイを片手で抱き上げ、扉の方に歩み寄っていく。

 

「は~い、誰ですか?」

『あたくしですわよ! 無駄な抵抗はやめて、お早くに部屋から出て来なさい!』

「なんで犯人扱い?」

 

 軽いツッコミを入れながら扉を開けると、通路にはジーナが立っていた。何やら興奮している様子である為、どうしたのかと思って問いかけてみる事にするライト。

 

「えっと……どうしたの? 急に来て……」

「明日、ポケモンをゲットしに行きますわよ!」

「……へ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 3番道路―――通称『ウベール通り』。

 ハクダンシティの南に位置しており、同時に深い森である『ハクダンの森』の北に位置している通りでもある道。森も近いという事もあり、自然豊かで緑の香りも強く感じ取れる場所でもあるのだ。

 そんな場所で現在、ライト、ジーナ、デクシオの三人はポケモンを捕獲にやって来ていた。

 理由は、昨日のジム戦である。過程はどうあれ、負けたことに変わりは無いライト以外の二人は、一先ず手持ちのレベルを上げるという名目で、一先ずこの通りにやって来たのだ。

 『デトルネ通り』はキバニアとサメハダーの大量発生の為、リーグ関係者以外立ち入り禁止になっていて、尚且つ森が近いこの通りであればビオラの扱う【むし】タイプのポケモンも多いという事も理由である。

 そしてついでに、バトルの合間に新たなるパートナーを見つけられたら……という感覚で二人はここにやって来ており、特にジーナは瞳に闘志を滾らせていた。

 

「さあ、ビオラさんに勝つためにドンドン行きますわよ! ライトも手伝って下さいまし!」

「あッ、駄目だよイーブイ。池の中に落ちちゃうから、そんな近付いたら……」

「あたくしの話を聞いていますの!?」

 

 好奇心いっぱいのイーブイの面倒で話を聞いていなかったライトは、ジーナの怒声を聞いてビクッと肩を揺らす。

 そんな主人に対しイーブイは、笑顔のままライトの右肩にぴょんと跳んで乗っかった。

 どうやら、イーブイにとってはライトの右肩が特等席になったらしい。

 

 そんなもふもふのポケモンを肩に乗せる少年に、多少嫉妬を含んだ瞳を投げかけながら、ジーナは本題に入ろうとする。

 

「ライト、そしてデクシオ……あたくしは昨日のジム戦で己の無力さを―――」

「デクシオなら、さっきどこかに行ったけど……」

「キィ――――ッ!! ホント貴方達っていう人は!!」

 

 

 ――いったん休憩――

 

 

「はぁ……はぁ……大分落ち着きましたわ」

「それで、どんなポケモンを捕まえるつもりなの?」

「そうですわね……出来るだけ、手持ちのタイプを被らせたくは無いので、【くさ】や【どく】や【むし】や【ひこう】以外なら、なんでもいい感じですわね」

「結構丁寧に教えてくれたね……」

「それは手伝ってもらうんですから、情報はしっかり伝えた方がよろしいのではなくて?」

 

 自分の手持ちのタイプをしっかり伝えるジーナ。やや感情的な部分は見受けられるが、根っこは真面目なのだろう。

 うーんと唸るライトは、辺りをざっと見渡してどのようなポケモンが居るかを観察してみた。

 ポッポなどの小鳥ポケモンや、バタフリーなどの虫ポケモンはすぐに見つけられるが、彼女の手持ちには【むし】・【ひこう】のミツハニーが居るので避けた方がいい筈。

 となると、見つけたポケモンを手当たり次第に図鑑で何タイプか調べるのが無難だろうと、ライトは考える。

 

「じゃあ、ジーナ。とりあえず―――」

「きゃー!ピカチュウですわ!カワイイから、あの子をゲットしますわ!」

「……うん。ひとまず頑張ってみて」

 

 草むらから顔を覗かせる黄色いネズミ。

 どの地方に行っても知らない者は居ないと言われるほどの有名な【でんき】タイプのポケモン―――『ピカチュウ』が、長い耳をぴょこぴょこと動かして、餌でも探しているのか辺りを見渡していた。

 そんなピカチュウに対し、やや興奮状態のままフシギダネを繰り出して早速バトルに入るジーナ。ライトはどこか遠いところを見る目をしながら、彼女のバトルを見届けようとその場で体育座りをし始める。

 色々ツッコミたくなったが、ピカチュウは【でんき】タイプで彼女の要望通りだから、別に傍観していても何も言われないだろう、と。

 

「フシギダネ! “つるのムチ”!」

「ダネフッシャ!」

「ッ……チャァァ……」

 

 突然、撓る蔓で額を叩かれたことで、ピカチュウは痛そうに顔を歪める。一瞬ジーナが心苦しそうに『うっ……』と言ったが、ここまで来たら引き下がれないと指示を続ける。

 

「“ねむりごな”ですわよ!」

「フッシャア!」

 

 次の瞬間、フシギダネが背負う巨大な蕾の先端を少し広げ、中から催眠作用のある粉塵をピカチュウ目がけて放出した。

 風向きが良かったのか、そこそこの速度で放たれた“ねむりごな”はピカチュウにダイレクトに命中する。

 喰らった瞬間にウトウトし始めたピカチュウは、二秒も経たずにその場で眠りにつく。

 そして―――。

 

「行きなさい!モンスターボール!」

 

▼ガンッ!

 

▼ボールが当たった。

 

▼ライトの顔面に。

 

「痛ァ!?」

「ご、ごめんなさい!? おっ、おかしいですわね……もう一度!」

「イダっ!?」

「あ……あれぇ!? ま、まだまだ……!」

「ちょ……ダッツッ!?」

「きゃあ!? ワ、ワザとじゃないんですわよ! ええい!」

「ストップ! なんで後ろ……アウチ!」

「ええ!? あ、あれ……あ……」

 

 ジーナが前を向きながら、背後に座っていたライトにボールをブチ当てるという荒業を披露している間に、眠っていたピカチュウは目を覚まして森の中へと逃げていってしまった。

 あわてふためいていたジーナは、ピカチュウが逃げたことにシュンとし、ライトはこれ以上ボールを投げられないと分かりホッと一息吐く。その顔面にはボールが当たったことを示す真っ赤な痕が残っており、横で休んでいたイーブイは口をポカンと開けたまま戦慄していた。

 ジム戦よりも疲弊しているようなライトは、焦燥した表情のままジーナに問いかける。

 

「……ジーナ。どうやって、ミツハニーを捕まえたの?」

「えっと……群れで飛んでいるところに向かって投げて、偶然……ですわ」

「……もしかして、運動音痴?」

「しッ、失礼ですわね!?」

 

―――いや、運動音痴でしょ。

 

 そうツッコミたかったが、ライトは無言でジーナを見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 昔の思い出と言われたら、あれが浮かぶ。

 まだマサラタウンに住んでた頃、庭にいたイシツブテを持って姉さんとキャッチボールみたいなことをしてたなァ~。

 その時は何にも思ってなかったけど、アルトマーレに引っ越してからカノンに言ってみたら、何故かドン引きしていたのが印象的だった。

 『普通、イシツブテでキャッチボールはしないでしょ』って言ってた。

 

 これでマサラタウンがかなり辺境の地なんだと理解したけれど、そういった過去があるから、僕はやけに強肩に育ってた。

 だから、ボールを本気で投げると必要以上に飛んでいく。

 今はもうコントロールできるからいいんだけど、強肩は未だに健在だ。

 

 それは兎も角、ジーナが異常に投球が下手なのが分かったから、僕は一つある提案をしてみた。

 

『投げなくていいから、近くで当ててみたら?』、と。

 

 トレーナーの醍醐味を一つ潰している気もするが、そうじゃないと僕の身が危険に晒される。

 

―――ホルビーにボールを投げれば、僕の胸に当たり、

 

―――ノコッチにボールを投げれば、僕の腕に当たり、

 

―――ビッパにボールを投げれば、僕の足に当たり、

 

―――ヤヤコマにボールを投げれば、僕の鳩尾に当たった。

 

 物理法則を完全に無視しているような投球に頭を悩ませた結果だ。

 ジーナはバトルの段取りはいいんだ。

 だけど、異常に投球が下手なんだ。だから眠らせても、痺れさせても、弱らせても、最終的にはボールが当たらずに野生のポケモンに逃げられてしまう。

 そこで今の助言をしたところ、ジーナは現在進行形で眠っているマリルの下に駆け寄って、直接ボールを当てた。

 赤い光がマリルを包み込み、ボールの中へ水色の風船のような丸い体を吸いこんでいく。

 そして数度ボールが手の中で揺れると、捕獲完了を示す音が周囲に響き渡って、長かった僕の戦い(?)が終わった。

 

「や、やったー! マリルをゲットしましたわよー!」

「ウン、オメデトウジーナ」

 

 燃え尽きて真っ白な灰になった僕は、掠れた棒読みの声しか出てこない。

 ああ……、色々疲れたよ。

 

 その後、ヤヤコマを捕まえたデクシオと合流してポケモンセンターに帰っていったんだけど、デクシオが憐れんだ目で僕の事を見つめていた。

 確信犯っぽいから、後でマサラ式のサイドスローでモンスターボールをプレゼントしてあげよう。

 


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