「ゼニガメ! “こうそくスピン”をしながら“みずでっぽう”だ!」
「ゼニィ―――ッ!」
「ッカッ!?」
「テッカニン!」
“れんぞくぎり”で斬りかかろうとするテッカニンに対し、デクシオのゼニガメは“こうそくスピン”を繰り出す事によって攻撃を弾き、同時に頭部や四肢を収納した甲羅の穴から水を放出する。
回転しながら周囲に放たれる水は、無数に羽ばたいていたテッカニンの分身を次々と消し去ってゆき、とうとう本体のテッカニンに命中した。
鞭を打つかのように曲がりながら放出される水は、数度テッカニンの体を叩きつけた後、バトルコートの外にある木に叩き付ける。
ズリズリと音を立てながら地面に落ちるテッカニンはグルグルと目を回し、戦闘不能であることを示していた。
「テッカニン、戦闘不能! よって勝者、挑戦者デクシオ!」
ビオラの繰り出した最後のポケモンを打ち倒したゼニガメは、満面の笑みでデクシオの下に走り寄っていく。
見事一矢報いたパートナーを、デクシオも満面の笑みを浮かべてこれでもかと言う程に頭を撫でる。
「キャー! デクシオも勝ちましたわ! これで三人とも、バッジゲットですわね!」
「うん! これで博士に良い報告ができそうだよ!」
観戦していたジーナとライトは、バトルコートで手持ちを労っている少年の勝利を喜んでいた。
ジーナはデクシオの前に戦ったが、フシギダネの“つるのムチ”でバタフリーの羽を掴み、そのまま鞭を収納する勢いで“たいあたり”をして相手をノックアウトすることができ、デクシオよりも一足早くバッジを手に入れていた。
そしてデクシオも、昨日の捕獲の後に戻ってきたポケモンセンターで、ライトのストライクと戦うことによってテッカニンの“かげぶんしん”の攻略方法を考え、こうして実戦で生かし、バッジを勝ち取ったのである。
フィールドの上では、デクシオと彼の手持ちが並んで、ビオラの撮影を受けていた。
天窓から差し込む日の光のように、晴々とした笑みだ。
そんなデクシオを撮っていたビオラであったが、ふと妙案を思い浮かべたかのような表情を見せ、観戦席にいる二人の方に目を向けた。
「そこの二人共! 折角なら、三人一緒の写真なんかどうかしら!? 皆で最初のジムを攻略した記念に!」
「まあ、素敵ですわ! じゃあ、遠慮なく……」
ジーナが鼻息を荒くしながら階段を駆け下りていくのを見て、ライトもまた駆け足で一階まで走っていく。
淡い光で照らされている階段を降りた後、ベルトのボールに手を掛けて手持ち全員を出すジーナ。
「ダネェ!」
「ニー!」
「ルリッ!」
可愛らしいポケモン達が姿を現したのを目の当たりにし、ライトも自然に腰のボールに手を掛けて、肩に乗っているイーブイ以外の手持ちを場に繰り出す。
「グァウ!」
「シェィャ!」
「ミッ!」
「ブイッ!」
肩の上のイーブイは、自ら主人の方から飛び降りて、他の手持ち達の下に駆け寄っていく。
色とりどりのポケモン達が、緑溢れる背景の前で立ち並ぶ姿は、ある種壮観とも言える光景であった。
既に隣同士に並ぶデクシオとジーナの下に駆け寄るライト。
『ささ、お早くに!』とジーナに手を引かれ、何故か二人の中央に並ばせられる。これでいいものなのか、と疑問を顔に浮かべている間にも三人の手持ちは素早く一列に並び、いつ撮られても大丈夫な状況になっている。
そんなポケモン達を見て、ライトの今思った疑問もどこかへ飛んでいき、満面の笑みを浮かべた。
「さあ……ハイ、チーズ!」
***
4番道路―――通称『パルテール通り』。
見事ハクダンジムを攻略した三人は、ミアレシティに帰還する為にこの道を再び歩んでいた。
天気は快晴。空気も澄んでおり、ライトの肩に乗っているイーブイも気持ちよさそうに背伸びしている。
「フゥ~、気持ちがいい天気ですわね! ……そうですわ! 一度家に帰ったら、手持ちの皆にポフレをあげましょう!」
「ポフレ?」
聞き慣れない単語に食いついたのはライトだ。
『ポフレとは一体なんぞや?』と言う顔で見つめてくる少年に対し、デクシオが答える。
「ポフレって言うのは、今カロスで流行ってるお菓子のことだよ。『スイート』、『フレッシュ』、『サワー』、『ビター』、『スパイシー』の五つの味があって、人とポケモン、どっちも食べられるようになってるんだ」
「へぇ~……」
「他の地方で言うところの『ポロック』とか『ポフィン』とかと同じかな」
ホウエン地方やシンオウ地方には、ポケモンの『コンディション』を上げる菓子があり、『コーディネイター』と呼ばれるポケモントレーナーなどは、積極的に手持ちのポケモン達に与えていると言われている。
だが、このカロスで流行っているポフレは、コンディションを上げる『道具』と言うよりは、スイーツ的な面の方が大きい。
特にトレーナーの間では、手持ちに対するご褒美として広がっているのが実情であり、ミアレシティなどの都会ではポフレ専門店が立ち並んでいる。
そのくらい、ポフレはカロス地方ではポピュラーな食べ物だということだ。
「そう言えばライト。貴方はどこ出身でしたっけ?」
「カントー出身だよ。だけど、今はジョウトのアルトマーレに住んでるんだ」
「成程……それでは、カントーかジョウトで有名な食べ物などはありますの?」
「食べ物? ……食べ物……」
有名な食べ物と訊かれ、ライトは顎に手を当てて思案を巡らせる。
ジョウトであれば『怒り饅頭』や『キキョウ煎餅』が頭に浮かんでくるが、カントーとなると一向に浮かんでこない。
シロガネ山の雪解け水を使用している『おいしい水』も販売されているが、カントー名物かと訊かれるとそうではないような気がしてしまう。
考えれば考えるほど、ライトの表情の雲行きは怪しくなってゆき、横で彼の事を見つめている二人も何事かと焦燥を浮かべ始める。
「……カントーって、何かあったっけ……」
「「え?」」
青空の下、浮かばない顔の少年が寂しげにそう呟く。
そんなことを呟いている間に、三人はミアレシティに続くゲートを潜ったのであった。
***
再びやってきた、カロス一の都会『ミアレシティ』。先程のパルテール通りから一変、舗装された道や建ち並ぶ高層ビルは『圧巻』の一言だ。
だが、ほどよく街路樹が植えられており、所々目に優しい色合いも見受けられるのも、この町のいいところであるとライトは思った。
廃棄ガスやゴミの悪い臭いなどは一切せず、寧ろそこら中の点在しているレストランやスイーツ店などから、美味しそうな香りが漂ってくる。
「はぁ……お腹減ってきたなァ……」
「そうだね……じゃあ、どこかでお茶する?」
眉尻を下げるライトに、デクシオが人差し指を立てながら提案する。
その指先は、とあるカフェに向いていた。
「……『カフェ・ソレイユ』?」
「うん。よく博士とかと一緒に行っているカフェなんだ。美味しいコーヒーが……――」
デクシオが店舗の説明をしている最中、ライト残しのボールの一つが動いた直後、赤い光と共に橙色の皮膚のトカゲが飛び出してきた。
無論、そのポケモンはヒトカゲであるのだが、主人であるライトの服の裾を引っ張る。
青と緑が混ざったような透き通った色の瞳のヒトカゲは、無言のままライトを見つめ続けていた。
「……うん。言いたいことは分かってるよ」
「ガウ」
コーヒーある場所に、このヒトカゲあり。
とりあえず、カフェと聞いてとりあえずコーヒーはあるだろうと考え、飛び出してきたのだろう。
これで行かざるを得なくなったらしい。
「じゃあ、行こう。デクシオ。ジーナ」
「よし、そうしようか」
「そうですわね……歩き疲れて足もパンパンですし、ちょっとブレイクタイムに入りましょうか」
全員がカフェに行くことに賛成の意を示し、足並みそろえてカフェの中に入っていく。
内装は、白い壁紙や床を初めとしたシックな造りとなっており、濃茶で統一された椅子やテーブルも良い雰囲気を作る一手を担っている。
リラックスできるようなオーケストラも流れており、心安らぐ空間となっていた。
店内に漂う珈琲の香りを楽しむヒトカゲは、咄嗟に空いている席までテトテトと歩いていき、ピョンと席に座り込む。
そんなパートナーに苦笑いを浮かべながら、三人もテーブルまで歩いていく。
席に座るとジーナが、テーブルの上に置かれているメニューを手に取って、それを全員が見えるように広げる。
「あたくしはカフェモカのトールで」
「じゃあ僕は、カプチーノのショートにするよ」
「……トール? ショート?」
本日二度目の聞き慣れない言葉に、眉間に皺を寄せるライト。その隣では、既にヒトカゲがエスプレッソを指差している。
中々渋い選択だが、コーヒーを飲んでいる時点で既に驚愕の事であるため、今更驚きはしない。
だが、今問題なのは『トール』や『ショート』という単語の意味だ。
「ねえ……そのトールとショートって何?」
「ん? サイズの事だよ。一番小さいのが『ショート』で、そこから『トール』、『グランデ』、『ベンディ』ってなってるんだ。服のサイズとかで例えると、『ショート』が『S』ってことになるね。サイズの呼び方の違いは……地方の違いかな?」
「へえ~……」
サイズの言い方だけで、何故か敗北感に苛まれてしまうライト。
『ぶっちゃけ、大中小でいいんじゃないか』と思ってしまったことは口に出さなかった。
「じゃあ僕は……ココアの一番小さいのでいいや」
「グァウ」
「ヒトカゲは、エスプレッソの……小さい奴でいい?」
「カゲ」
「うん。それで」
「わかった」
ライトとヒトカゲの注文を聞いたデクシオは手を上げて店員を呼ぶ。これがカフェの静かな雰囲気を壊さずに注文をする方法である。
すると、落ち着いた色合いの制服を身に纏う女性店員がコツコツと歩み寄り、一礼してポケットから注文票を取り出す。
(……落ち着く雰囲気の筈なのに、なんか落ち着かない……)
田舎者は辛い。ライトはそう思うのであった。
――待機中――
―――ゴクッ……
器用に右手にコーヒーカップ、左手にソーサーを持ちながら上品にコーヒーを啜るのはヒトカゲ。
この中で一番様になっている、と言っても誰も否定はしないだろう。
他にこのカフェに来ている客たちも、物珍しげな目でヒトカゲのことを観察しているが、それを意にも介さない姿は貫禄がある。
「やっぱりカフェは落ち着きますわね……」
「これが醍醐味だね」
(僕はココアなんだけどね)
他二名の会話に対し、心の中で自分だけココアを飲んでいる事に疎外感を覚えるライト。だが、やはり店に出されているものというだけあって、既製品よりも美味しい気がする。
『気がする』のは、大人向けの味付けなのか、既製品よりもビターな味わいであるからだ。ライトはどちらかと言えば、甘い方が好みである。
それは兎も角、安らぎの一言を過ごす三人と一匹。
「……あッ、そう言えば……ミアレから一番近いジムってどこかな?」
「ジムかい? ミアレにもジムはあるけど……」
「ミアレジムは、【でんき】タイプのエキスパートのシトロンさんが居るジムですわよ! あたくし達と同年代であるにも拘わらず、ジムリーダーになった天才でありながら、発明の申し子! 冴え渡る頭脳によって指示されたポケモンが繰り出す技の数々は、まさに圧巻の一言と言われておりますわ!」
普段よりも若干抑え気味でありながらも興奮は伝わってくるジーナの解説。
しかし、その熱弁のお蔭でどういったジムであるかは具体的に理解できた。【でんき】タイプの使い手とジーナが言っていたが、生憎ライトの手持ちに【でんき】に得意なポケモンは居ない。
だが、戦略次第では何とかなりそうな面子でもある。
次に挑むジムはミアレにしようかとライトが考えていると、ふと、黒い帽子とコートを身に着け、サングラスもかけている妙齢の女性が近付いてきた。
「君達、ジムの話をしていたけれど、ポケモントレーナーかしら?」
「え? ……あッ、はい。そうですけど……」
「そう。じゃあ、ポケモンリーグを目指しているのね」
妙齢の女性は淡々とした口調で三人に語りかけていく。だが、コーヒーを啜るヒトカゲを一瞥し、フッと微笑む。
「珍しい子ね。そのヒトカゲは、ライト君のパートナーね」
「あのう……なんで僕の名前を?」
「お姉さんから話は聞いてるわよ。『チャンピオンを目指している弟が居る』ってね。写真も見させてもらってたから、顔も覚えちゃってたわ」
そう言って女性がサングラスを外すと、それぞれカップから飲み物を口に含んでいたジーナとデクシオが驚愕の色を浮かべる。
ライトとヒトカゲは女性の顔が露わになっても尚、一体誰なのだろうと首を傾げるだけであった。
それでもどこか既視感がある為、どこかで会ったか見たことがあるのかと思い出そうとするも、一向に思い出せない。
「あ……貴方は……!」
「カロスリーグチャンピオン……カルネさん……!?」
「うふふっ、よろしくね」
『カルネ』。
そう呼ばれた女性がライトに向かって微笑むと同時に、ついこの間アルトマーレに来た姉の言葉を思い出した。
―――この前、カルネさんに会ったんだよねぇ~!
「あっ!」
「どう? 分かってくれた?」
「あの……この度は、姉がどうも……」
「いえいえ。あたしも、彼女には期待しているファンの一人だから! 今度、お姉さんに『よろしく』って言ってくれないかしら?」
漸く顔と名前が一致したところで、会話を続けていくライトとカルネ。
そんな二人の近くでは、口をパクパクさせているジーナとデクシオの姿が見受けられる。いきなりリーグチャンピオンでありながら、大女優として活躍している彼女を見て、こうならないカロス人は居ない筈だ。
しかし、それよりも驚いているのが、ライトの姉とカルネが繋がっているという事実。
二人が茫然としている間、淡々と話をしていたライトとカルネであったが、少々周囲がざわつき始めたことをカルネが察し、再びサングラスをかける。
「御免なさい。これ以上だと、お店にも迷惑かけちゃうわね。そろそろお暇させてもらおうかしら」
「は、はい……お気をつけて」
「それじゃ、ポケモンリーグで会いましょ……
ひらりと手を振り、しゃなりしゃなりとした足取りでカルネは店の外へ出ていく。優雅な佇まいに目を惹かれる客たちも居る中で、ライトは他人事のように『凄いな~』と呟いていた。
しかし、次の瞬間、テーブルを『バンッ!』と叩いたジーナに肩を揺らして驚く。
「ライト! カルネさんとの関係……洗いざらい吐いて貰いますわよ!」
「えッ……えェ~……!?」
―――この後、研究所に帰るまで質問攻めをされるライトなのであった。