ポケの細道   作:柴猫侍

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第二十九話 科学の力ってスゲー!

 ミアレジムのジム戦をするフィールドの前に、ライトは立っていた。

 ハクダンジムとは一風変わった雰囲気のフィールドは、土や岩、無論草木などは生い茂っておらず、金属の板を敷き詰められたようなものである。

 自然と言う言葉は似合わず、まさに【でんき】タイプのジムというべきな内装を眺めながら、ライトはジムリーダーの到着を待っていた。

 だが、本来ライトは予約をしておらず、本日に関しては招かれざる客ということになっている筈。あくまでそれは先客がいなければの話ではあるが、今の所ジム内に挑戦すると思われる人間はおらず、無音がフィールドを包んでいる。

 することもなく、ボールの外に出ているイーブイの首をうりうりと撫でてあげるライト。

 

「……ん?」

 

 向かい側の通路から、何やらドタバタした足音が聞こえてきた。

 数秒もすると、緑色の淡い蛍光灯の中に人影が望むことができ、黄色の髪の少年が飛び出してくる。

 作業着のような青いツナギに、色々と道具が入って居そうな巨大なリュック。大慌てで走って来てずれた丸眼鏡を元の位置に戻しながら、その少年はライトに視線を向けた。

 

「はぁ……はぁ……す、すみません! お待たせしました!」

「いえ、そんな! 僕が予約も無しに来ちゃっただけですから……」

 

 息も絶え絶えになっている少年に気を利かせようとする。恐らく、あの少年がミアレジムリーダーの『シトロン』なのだろう。

 ジーナの言っていた通り、歳は自分とはそれほど離れていなさそうな雰囲気である。人柄も、真面目そうな雰囲気に違わぬものであるのだろうと、ライトは勝手に思った。

 小さく手を上げて申し訳なさそうにするライトに対し、シトロンは背負っていたリュックを近くの壁に立てかけ、フィールドの前までやって来る。

 

「そんなことは無いですよ! ジムリーダーたる者、いつ何時挑戦者が来てもいいように準備するものですから!」

「それなのにお兄ちゃん、自分の部屋に籠って発明に没頭しちゃってるんだもんね!」

「コ、コラ! ユリーカ!」

 

 ふと観戦席に視線を移すと、先程ライトをジムまで案内してくれた元気溌剌な少女が、柵に手を掛けながらフィールドを見下ろしていた。

 どうやら兄がインドアであるのに対し、妹はアウトドアのようだ。

 中々微笑ましい光景である為、ライトも自然に頬を緩ませる。だが、同時に少しの緊張も持っていた。

 歳がそれほど変わらないというのにジムリーダーを務めるというシトロンは、明らかに自分よりもポケモンバトルに精通しているに違いない。

 なんだかんだ言って、ポケモンバトルは実力が物を言う世界だ。どんなに若くとも、トレーナーの免許をとることができる十歳になれば、誰でもジムリーダーの試験を受ける事ができる。

 

 だが、実際ジムリーダーになることができる人物というのは、ほんの一握りだ。ジムの本質上、負けることは幾度となくあることから多くの者が失念しているかもしれないが、ジムリーダーはリーグ四天王の次に強い者達の集団である。

 それこそ、四天王の誰かが引退すれば、ジムリーダーが引き抜かれてそこに補完されるほどに。

 更には殿堂入りを果たしたリーグチャンピオンでさえも、ジムリーダーになることもある。

 トキワジムリーダーのグリーンは、レッドが殿堂入りを果たした次の年に優勝を果たし、そのまま四天王を打ち取ることによって殿堂入りした。

 

 それだけの強者が数多く揃っているジムリーダー。元より一片の油断のすることも許されないことは、言わずもがなだろう。

 次の瞬間、頬を叩いて気合いを入れたライトは真摯な眼差しでシトロンを見つめた。

 

「シトロンさん! 僕の名前はライトで、所持しているバッジは一つ! ジム戦、よろしくお願いします!」

「ッ……はい! それでは簡単なルール説明をします!」

 

 ・使用ポケモンは二体。

 ・シングルバトル。

 ・バトル中の交代は、挑戦者のみ許可される。但し、技による交代は可。

 

「―――以上です! 他に質問はありますか!?」

「ありません!」

「それではジム戦を……――」

「お兄ちゃん! 審判は!?」

 

 ボールを掲げて今まさに投げようとしたところでユリーカの声が響き、ライトとシトロンはガクッとその場でずっこける。

 『そう言えば……』と失念していたかのように頭をポリポリと掻くシトロンであったが、次の瞬間、彼のかけている丸眼鏡がキラリと煌めく。

 

「ふっふっふ……実はこんな時の為に作り上げていたナイスなマシンが! サイエンスが未来を切り開く時! シトロニックギア、オン!」

 

 ポケットの中からボタンのような物を取り出したシトロンは、躊躇わずにポチッとそれを押す。

 すると突然、フィードの横の壁が『ウィーン』というメカメカしい音を立てて開き、その奥から人型の機械が歩いて出て来る。

 

「これは掃除・洗濯・料理などの家事に加え、ポケモンバトルもできちゃう万能型ロボット! その名も『シトロイド』! 元はジムリーダー代理用にと作っていたものですが、もしもの時の為にと審判用のプログラムも組み込んでおきました! 今日はこの子に審判を行ってもらいましょう!」

「か……科学の力って凄い!」

 

 何故かそう言わずにはいられなかったライトは、興奮気味にシトロイドを見つめる。駆動音を響かせながらシトロイドは、フィールドのアウトラインの中央に立つ。

 そしてピロピロと何か計算でもするかのような電子音を奏でた後、右手を掲げた。

 

「ソレデハ両者、一体目ノポケモンヲフィールドヘ」

「よし……お願い! ストライク!」

「よろしくお願いします、エモンガ!」

 

 同時に勢いよく投げられるボール。閃光が瞬くと同時に、二体のポケモンがフィールドに姿を現す。

 ライトが繰り出したのはストライク。【でんき】タイプは不得意はあるが、ライトの手持ちの中では最もレベルの高い一体だ。

 そんな彼に対し、ジムリーダーのシトロンが繰り出したのは、小さなネズミのようなポケモンであるが、腕と体の間に皮膜が見える。

 ビリビリと電気を放出している辺り【でんき】タイプであることには間違いないだろうが、飛び出して来た際に宙を滑空していた為、【ひこう】タイプも複合のようにも思えてしまう。

 と、なると【むし】・【ひこう】複合のストライクは相性が悪いが―――。

 

「頑張ろう、ストライク!」

「シャアッ!」

 

 拳を握るライトに対し、鎌を振り上げて応えるストライク。先程のポフレのこともあり、元気は充分の様だ。

 意気込みが十分なのを確認したところで、ライトは視線をフィールドへと移した。

 

「ストライク、“きりさく”!」

「エモンガ、“スパーク”です!」

 

 指示を受けると同時に鋭い鎌を構えて走り出すストライク。それに対しエモンガは、自らの体に電撃を纏いながら、肉迫してくるストライクに滑空してゆく。

 速度はほぼ同じ。

 フィールドの端から互いに肉迫していった二体は、フィールドの中央で激突した。

 

「シャアッ!!」

「エモッ!?」

 

 相性だけで言えばエモンガが有利であった筈だが、ストライクの膂力によって繰り出される“きりさく”が、滑空するエモンガの勢いを殺し、そのまま後方へと吹き飛ばした。

 吹き飛ばされるエモンガであったが、すぐさま空中で体勢を整えて相手を見据える。

 しかし、エモンガの瞳に映っていたのは、既に技を繰り出した後のストライクの姿であった。

 刹那、エモンガの体に鋭い衝撃波が激突する。

 

「エモ―――ッ!」

「エモンガ、大丈夫ですか!」

「エ……エモォ!」

 

 弾き飛ばされるエモンガは、シトロンの目の前まで吹き飛ばされてくる。しかし、クルクルとバク宙を決め、何とか地面に着地した。

 思いもよらぬ攻撃に焦りの表情を見せるエモンガであったが、ジムリーダーのシトロンは今の攻撃が何であるのかを既に把握しているかのような笑みを浮かべている。

 

(あれは“しんくうは”ですね……【かくとう】タイプの先制攻撃。特殊技でもありますから、エモンガに入るダメージは低い筈。しかし、あのモーションの速さはかなりのもの!)

「成程……強敵ですね」

 

 相手のストライクは思っていたよりも手練れ。そのことについて、シトロンは焦燥を浮かべるのではなく、興味をそそられていた。

 ジムリーダーの本懐とは、挑戦者の全力を引き出させること。

 

―――あのストライクの限界……見てみたいですね。

 

「エモンガ! “ボルトチェンジ”!」

「エモッ!」

 

 次の瞬間、青白い電光を纏ったエモンガが、鎌を構えて佇んでいるストライクに向かって突進していく。

 その姿にライトもパートナーに指示を出す。

 

「“でんこうせっか”だ!」

「シェィヤ!」

 

 ワンテンポ遅く指示されたのにも拘わらず、凄まじい速度で肉迫してくるエモンガに突撃するストライク。

 先程と似通ったような衝突がフィールドの中央で起こり、エモンガは再び弾き飛ばされた―――かに見えた。

 次の瞬間、電光に包まれたエモンガは小さくなりながらシトロンの腰のベルトのボールへ戻ってゆき、他のボールが開く。

 するとエモンガに代わって、黄と黒の皮膚を有した蜥蜴のようなポケモンが姿を現す。

 

「エッザァ!!」

 

 飛び出してきたポケモンは、鳴き声を上げながら襟巻を広げる。威嚇行動のように見えるが、果たして本当にそのような用途で使うものなのか。

 それは兎も角、ライトはたった今エモンガが繰り出した技に疑問を覚えていた。

 

(ッ……ボールに戻っていった……交代技!?)

「どうです、僕のエモンガの“ボルトチェンジ”は!? 【でんき】タイプの技で、繰り出した直後に自分の手持ちと交代する技なんですよ!」

「解説……ありがとうございます! ストライク、“かげぶんしん”!」

 

 シトロンの技の解説を聞いた直後、ストライクは身軽なフットワークで次々と分身を生み出していく。

 技を見る限り、相手に当たった反動でそのままトレーナーのボールに戻っていくというものだ。ならば、当たらなければその“ボルトチェンジ”による交代が起こる事は無い筈。

 そう考えた上での“かげぶんしん”なのだが、ものの数秒で十数体程の分身がエリマキトカゲのようなポケモンを囲んでいく。

 

「そう来ると思っていました! エレザード、“パラボラチャージ”!」

「エレ……ザアッ!!」

 

 エレザードというポケモンは、首回りにある襟巻を大きく広げ、その部分に電気を充電してゆき一気にエネルギーを放出した。

 放射状に放たれる電撃は、周囲のストライクの分身を次々と掻き消してゆく。

 

「ッ……!」

「ストライク!?」

 

 分身を全て掻き消され、本体が露わになってしまったストライクは避ける間もなく、エレザードの繰り出した“パラボラチャージ”を喰らってしまう。

 顔を歪ませるストライクは電撃を振り払った後、そのままライトの下へバク転で戻っていく。

 恐らく【でんき】タイプの技であろう“パラボラチャージ”を喰らってしまったが、効果抜群の技にしてみればストライクの受けたダメージ量は少ないように見える。

 しかし、エレザードの方に視線を向けてみると、淡い緑色の光がその身体を包んでいた。

 

(あれは……もしかして回復技!?)

 

 “じこさいせい”や“ギガドレイン”などを代表とする、自分の体力を回復する技。その中でも、“パラボラチャージ”は後者の、攻撃して与えたダメージの何割かを回復する方のようだ。

 前者は常に安定した回復量を誇るのに対し、後者は自分の攻撃力にも依存する。効果抜群であれば必然的に与えるダメージも多くなり、回復されるHPも増えてしまう。

 

(このままストライクで突っ張るのは不味いかな……)

 

 まだまだ元気そうなストライクだが、今の所あの“パラボラチャージ”という技の攻略方法が見つからない。

 パワーで押すという手もあるが、それは些か危険すぎる戦法になってしまう。

 思案を一通り巡らせた後、軽く足踏みしてすぐにでも動けるように待機していたストライクに指示を出す。

 

「―――“とんぼがえり”だ!」

「シャアッ!!」

 

 直後、一気に飛び出したストライクが襟巻を広げて待機していたエレザードに突撃した。その瞬間、シトロンも何かを指示したがストライクの飛翔の音で良く聞こえない。

 激しい音が響くと、ストライクも先程のエモンガのように小さくなりながら、ライトの腰に在るボールへと戻っていく。

 そして飛び出してきたのは―――。

 

「カゲッ!」

「エレザード、“ドラゴンテール”!」

「エレザァ!」

「グァウ!?」

 

 フィールドに姿を現したのはヒトカゲ―――であったが、直後接近してきたエレザードの尻尾で叩かれ、そのままボールの中へと戻ってゆき、たった今ボールに戻ったストライクが場に飛び出て来る。

 若干驚いたような顔でライトを見つめるストライクであったが、それはライトも同じであった。

 

(うっそ!?)

 

 まさか、自分が交代技を繰り出したタイミングで相手が強制交代技を繰り出すとは思いもしなかった。

 これでは只イタズラにヒトカゲにダメージを負わせてしまっただけだ。

 『クッ!』と眉間に皺を寄せるライトに対し、シトロンは掛けている丸眼鏡をクイっと指で押し上げる。

 してやったと思っているのだろうか。だが、事実としてライトはシトロンにしてやられてしまった。

 

「成程……君の二体目のポケモンはヒトカゲだったんですね。これで君の手の内は晒されたということになります!」

「それは……お互い様ですッ!」

「その通り! さあ、バトルは始まったばかりですよ! エレザード……“でんじは”です!」

「“かわらわり”だ!ストライク!」

 

 強靭な脚力でフィールドを蹴り、エレザードの下へ鎌を振りかざそうと試みる。【かくとう】タイプの“かわらわり”であれば、【でんき】は確実に有している筈のエレザードにそれなりのダメージを与える事ができるだろうと考えての選択だ。

 それに対しエレザードは再び襟巻を広げた後に、控えめな電撃をストライクに放つ。

 相手を【まひ】にさせる電撃を放つ“でんじは”を喰らいつつも、ストライクは渾身の力を込めた鎌をエレザードに振るう。

 

「シェイヤ!」

「ッ……!」

 

 空を切る音が室内に響き渡るほどの速度の一撃はエレザードの胴体に直撃し、エレザードは苦しそうに顔を歪めた。

 そのまま後方に数メートル下がるエレザードは、一瞬、ガクッと膝を突こうとするが寸での所で持ちこたえた。

 

(効いてる……!?)

 

 そのようなエレザードの反応に、【かくとう】がエレザードに対し等倍であると考えていたライトはハッとする。

 まさかとは思うが、“かわらわり”が効果抜群なのではないか。

 そう仮定するのであれば、【かくとう】が効くタイプはおのずと限られてくる。【いわ】、【こおり】、【はがね】、【あく】、そして―――。

 

(【ノーマル】……タイプ……!?)

 

 見た限り、【こおり】と【はがね】は除外されそうな見た目だが、如何せん情報が少なすぎる。

 ただ種族的に【ぼうぎょ】が低いポケモンなのかもしれない。それに、【あく】や【いわ】などのタイプである可能性も充分あり得そうだ。

 顎に手を当てて考えるライトであったが、【まひ】によって身体が痺れて苦悶の表情を浮かべるストライクを見て、一旦タイプについて考える事を止めた。

 今は【かくとう】タイプが効くという事実が分かれば十分、と。

 

 しかし、まだバトル中盤でストライクが【まひ】になってしまったのは痛い。ストライクの強さは、攻撃力と動きの速さにあるのだ。

 【まひ】になると【すばやさ】が下がるのは、知識のあるトレーナーにしてみれば周知の事実。

 つまり、ストライクの戦闘力は半減してしまったことと同意の状態になっている。

 

(これは辛い……でも―――!)

「ストライク、“とんぼがえり”!」

「エレザード、“ボルトチェンジ”!」

 

 同時に鉄製のフィールドを蹴って駆け出す二体。

 しかし、痺れていつも通り動けないストライクは一瞬動きが止まり、先にエレザードの“ボルトチェンジ”が命中するが、意地っ張りの意地を見せたストライクも何とか“とんぼがえり”による突撃を喰らわす。

 そして、同時に二体のポケモンがトレーナーの元に戻ってゆき―――。

 

「ヒトカゲ、もう一回お願い!」

「出番ですよ、エモンガ!」

「グァウ!」

「エモッ!」

 

 飛び出してくるヒトカゲとエモンガ。

 体力的には同じぐらいの二体。先程のストライクとエレザードに比べ体格は二体とも劣る。

 しかし、ライトもシトロンも自分のパートナーが先程の二体よりもガッツが劣っているとは思ってはいなかった。

 

「“ひのこ”!」

「“10まんボルト”です!」

 

 直後、無数の火の粉と爆ぜる電光が激突し、フィールドを爆風が包み込んでいった。

 すぐに煙は晴れてゆき、未だ元気なヒトカゲとエモンガはフィールドに健在している。その姿にホッと一息吐いたライトは、ヒトカゲに拳を握って見せた。

 

「まだまだ……これからだよね、ヒトカゲ!」

「カゲェッ!!」

 

 

 

―――バトルは後半戦へ。

 


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