家から出てきたライトとブルーの姉弟は、近くの広場まで来ていた。そこはいつもは、少年少女が集まってポケモンバトルをしていたりする場所であった。
テニスコートより一回り大きい長方形の周りには、アルトマーレの象徴である水路が通っており、空気が潤っても居る場所でもあった。さらに沿岸部よりは少し離れている場所であるため、草木も青々と茂っており、開けた空も相まって清々しい気分にもなれる所である。
「ふぅ~……で、ルールはどうする?」
「一対一。流石に、ヒトカゲはまだ言う事聞いてくれないと思うから」
「オッケー!」
ルールを弟に決めさせた後に、ブルーはベルトに付いていたボールの一つを取り、ボタンを押す。それと同時に、小さかったモンスターボールが大きくなり、ソフトボール程の大きさに変わる。
二人がバトルを始めようと準備していると、それに気付いた周りの者達が野次馬の如く集まってくる。小さな子供から、ガタイの良い男性。そして麦わら帽子を被り、燦々と降り注ぐ日光を遮っている老人なども、集いに集っていく。
そんな野次馬の中には、一人の少女が居た。白いベレー帽を被り、両手には何やら画材のような道具を持ち歩いている。赤茶髪の少女は、今からバトルを始めようとしている少年に目が行く。
「……ライト?」
少女は、明らかに知っている少年がポケモンバトルをしようとしているのを見て、しめしめと思って画材を手に取り、すぐにスケッチが出来る準備をする。
普段はアルトマーレの街並みをスケッチすることを趣味としている少女だが、偶にはバトルの激しい様子を絵にしてみるのも面白い。
刹那の興奮を一枚の絵にするのは、少女からしてみれば心が躍るものであった。
少女が準備をしている間にも、両者は手にボールを携えていた。
「Come On! グレイシア!」
「シアッ!」
ブルーが天高くボールを投げると、その中から四本足のスラリとした体躯のポケモンが姿を現した。
薄い水色の体毛は日光を反射して、氷の様に美しく煌めいている。軽い身のこなしで着地したグレイシアは、モデルのように足をクロスさせながら歩み、凛とした態度でバトルコートに入っていく。
「ストライク、君に決めた!!」
「シャア!」
対してライトがボールを投げ、中から飛び出てきたのは、若草色の体に半透明の翅、そして特徴的な大きな鎌が両手として在るポケモン。
『ストライク』と呼ばれたポケモンは、『気合い充分!』と言ったような態度で鎌を横に振るう。その際に空気を斬る音が大きく聞こえたため、その切れ味の凄まじさが窺える。
グレイシアとストライクは、目の前にいる自分の相手を互いに睨みあう。
―――女王のように、毅然とした目を向けるグレイシア。
―――戦士のように、猛々しい雰囲気を纏うストライク。
二体のポケモンの只ならぬオーラに、周囲で見物している者達の期待は否応なしに上昇していく。
「さ。先に仕掛けていいわよ」
「じゃあ遠慮なく……ストライク! “こうそくいどう”!」
「ふ~ん……そう来るのかぁ…」
ライトの指示に、ブルーは意地悪そうな笑みを浮かべる。一方、指示を受けたストライクは、凄まじい速さでグレイシアの周りを駆け回る。
余りの速さに、グレイシアはあちらこちらに目を向けて、目を回して思わずよろめきかける。
“こうそくいどう”は、繰り出したポケモンの【すばやさ】をかなり上げる技である。元の【すばやさ】が高い方であるストライクが繰り出せば、誰にも追いつけないようなスピードで駆け回ることが出来る。
さらにブルーのポケモンであるグレイシアは、元の【すばやさ】がそこまで速くない部類のポケモンであった。
リーグ三位のトレーナーの手持ちでレベルが相手よりも高いとは言え、種族としての短所を補う事は難しい。
そこにライトはつけこみ、一先ず【すばやさ】という点で相手よりも優位に立とうとしたのである。
「続けて“かげぶんしん”!」
高速で動き回るストライクに、再び指示を出す。それと同時に、ストライクの姿がどんどん曖昧になっていき、気付いたときにはコートには無数のストライクが駆けまわっていると言う状況になっていた。
速いだけではなく、無数のストライクの姿に観衆からは驚きや歓喜の声が上がる。
「ヒュ~♪ この前より大分速くなってるじゃない!」
“こうそくいどう”からの“かげぶんしん”の流れに、ブルーは口笛を鳴らす。弟の成長に対しての喜びの口笛であったが、それもここまでである。
これだけ猶予を与えたのだから、今からは本気で戦う。
「グレイシア! “みずのはどう”!」
「シアッ!」
グレイシアは体を大きくのけ反らせ、口の前に巨大な水の塊を出現させる。そして次の瞬間には、その巨大な水の塊を目の前に放つ。
“みずのはどう”は目の前の無数のストライクに迫っていくが、分身の一体に通り抜け、そのまま失速し地面にぶつかって霧散した。
「グレイシア! そのまま連発!」
ブルーの指示を受けたグレイシアは、そのまま“みずのはどう”を連発し、ストライクの分身を次々と打ち砕いていく。
だが、そのどれも本体には命中せずに地面を穿つだけであった。
「ストライク! “かわらわり”!」
「シャア!!」
ライトがグレイシアの隙を見つけ、すぐさま指示を放つ。それに対しストライクは、持ち前の反射神経ですぐさまグレイシアに接近し、大きな鎌を華奢な体に叩き付ける。
それと共に、小さな体のグレイシアは勢いのまま後方に吹き飛ばされる。
「フウッ♪ かくとうタイプの技、覚えさせてたのね!」
「へへっ!」
ブルーの感心したような声に、ライトは鼻の下を指でこする。
【かくとう】タイプの技である“かわらわり”は、【こおり】タイプのグレイシアには効果抜群であった。
ポケモンには『タイプ』というものが存在する。それは全てのポケモンに存在するものであり、ポケモンバトルに於いて切っても切り離せない事柄である。
タイプには優劣がある。それぞれポケモン自体のタイプと、技のタイプの二つに分けられ、タイプがバトルの勝敗を決すると言っても過言ではない程重要なのが、この『タイプ』なのである。
【むし】と【ひこう】タイプを持つストライクの弱いタイプは、【こおり】、【ひこう】、【いわ】、【ほのお】、【でんき】である。この中では、【こおり】にグレイシアが該当している。
その為ライトは、『わざマシン』を使って【こおり】タイプに効果抜群である“かわらわり”を覚えさせていた。さらに【かくとう】タイプは【いわ】タイプにも有利であるので、ストライクにとっては言わば一石二鳥とも言える技なのであった。
「うふふ…でも、そう簡単に負けるものですか! グレイシア! “こごえるかぜ”!」
「シアッ!」
グレイシアは“かわらわり”で吹き飛ばされている途中であったが、上手く体勢を整え、空中で口から氷の結晶が舞う風を吐き出してきた。
それと同時に、バトルコートはたちまち凍えてゆき、一気に気温が下がっていく。余りの寒さに、観衆の人達は寒そうに体を擦っている。
(“かげぶんしん”をしているから、そう簡単には当たらない……っ!?)
先程の“かげぶんしん”で、ストライクの回避率を上げていたライトであったが、それにも拘わらずストライクの動きが鈍っていったことに、驚きを隠せなかった。
ハッとするも束の間、すぐさま原因に気が付く。
(さっきの“みずのはどう”か……! 迂闊だったなぁ~…!)
避ける事が出来ると思っていたストライクが、“こごえるかぜ”を喰らったのが、先程の“みずのはどう”であると理解した。
傍から見れば、先程の“みずのはどう”はストライクの分身に我武者羅に放っていたように見えるが、あれはバトルコートに水気を満ちさせるものであった。
霧散した水は霧のようにバトルコートに満ち、駆け回っていたストライクの体を濡らし、“こごえるかぜ”の直撃を喰らわずともストライクの体の体温を奪い、素早さを下げるに至っていたのである。
『やってしまった』というような顔で、ライトは手首をおでこに当てる。
しかし、『流石リーグ三位は伊達じゃない』と、ブルーに尊敬の眼差しを向ける。それに対しブルーは『ふふん♪』と、得意げに髪を掻き上げた。
「さあ! ドンドンいっちゃうわよ~! グレイシア! “こおりのつぶて”!」
「ストライク! “しんくうは”!」
グレイシアが口から小さな氷を幾つか繰り出したのに対し、ストライクは両方の鎌を振るって十字の風を繰り出す。
それらはバトルコートの中央で激突する。“しんくうは”と激突した“こおりのつぶて”は空中で砕け散り、キラキラと太陽の光を反射し、幻想的な光景を創り出していた。
しかし、そんな光景とは裏腹にバトルは白熱の一途をたどっていた。
「ふふっ! そろそろ決めちゃおっかな~♪“あられ”!」
ブルーが指示を出した瞬間に、グレイシアは天を仰ぐ。すると次の瞬間、晴天だった空には雲が集まっていき、あられが降り出し始めた。
「いたたたたっ!? タイム! タイム!」
「グレイシア!? もうちょっと範囲絞って!」
―――ダイレクトアタック。
グレイシアの繰り出した“あられ”の粒は、思いがけずトレーナーであるライトにも降り注いだ。
フィールドに居るポケモンに一定のダメージを与える“あられ”だが、ポケモンにも喰らうのだから、人に当たれば結構痛いのである。
リーグ出場者の手持ちであるだけ、かなり鍛えられているポケモンのグレイシアは、無意識に“あられ”の範囲をリーグ用の広さに拡大してしまった。その為、トレーナーであるライトにも当たったのであった。
気を取り直して、両者はバトルに戻る。
先程、“あられ”を生身で喰らっていたライトであるが、ブルーの次に来るであろう攻撃を、既に予測していた。
それが来れば、ストライクは確実に倒されてしまうだろう。そしてその予測通りに、攻撃は来た。
「グレイシア! “ふぶき”!」
「シアアアアア!!」
グレイシアは口から、先程の“こごえるかぜ”の何倍もの規模の冷気を纏った風を繰り出す。
それはたちまちにバトルコートを包み込んでいき、その中に居るストライクに襲いかかる。
グレイシアの放った“ふぶき”であるが、【こおり】タイプの中ではかなり強力な技に分類される。それ故に、命中率が低いと言う問題がある。
しかしその命中率の低さを無にするというとんでもないコンボが存在するのである。“あられ”状態で“ふぶき”を放つと、“ふぶき”は必中となるのだ。強力な技を回避することが出来ない。それが、バトルの中ではどれだけ恐ろしいことか。
凄まじい冷気の奔流がバトルコートを包み込み数秒。グレイシアが“ふぶき”を放つのを止めると、バトルコートの中央に氷漬けになっているストライクの姿が存在した。
それを見てブルーは勝ち誇ったような顔を浮かべる。
「ゴメンね、ライト♪バトルは手が抜けないから~♪」
「……だったら、早く動いた方がいいんじゃない? “かわらわり”!」
「え!? 嘘ォ!?」
突如、ストライクが氷を自ら砕き、一気にグレイシアに肉迫して“かわらわり”を繰り出した。ブルーの指示を受けていないグレイシアは、為す術なくその一撃を喰らった。
吹き飛ぶグレイシアは、何とか空中で体勢を整え着地する。元々、【ぼうぎょ】が優れているグレイシア
―――“まもる”……ね。
「あっちゃ~……」
必ず先制出来て、尚且つ相手の攻撃を完全に防げる技―――“まもる”。一撃を防ぐのであれば、これほど確実に防げるのは余りない。
尚も、“フェイント”という技を繰り出されれば、問答無用で攻撃を喰らうのだが、生憎ブルーのグレイシアはそのような技を覚えていない。
“あられ”による天候の変化も、時間の経過によって終了するので、時間を稼ぐ意味でも今の“まもる”は有効だったと言えよう。
「まったく……私の弟はどんどん強くなるから、ゾクゾクしちゃう♪」
「へへ……ストライク! “はがねのつばさ”!」
「シャア!!」
舌をチロリと出して笑みを浮かべるブルーに対し、ライトはストライクに“はがねのつばさ”をグレイシアに繰り出すよう指示する。【こおり】タイプであるグレイシアに、【はがね】タイプである“はがねのつばさ”は効果抜群であり、有効な手だと言えよう。
次の瞬間、ストライクの半透明の翅は金属のような光沢を放ち始める。大きく広げられた二枚の翅は、グレイシアに向けて命中するように羽ばたかれる。
「“めざめるパワー”!」
しかし一直線に飛来してくるストライクに対し、ブルーは“めざめるパワー”を放つようにグレイシアに指示を出した。
すると、グレイシアから白い光が放たれ、滑空するように迫ってきたストライクに一撃を加えた。ストライクは、その威力に勢いを失くし、地面を滑っていく。
「ストライク!?」
地面を滑るストライクであったが、ライトの声に反応して何とか立ち上がろうとする。しかし、次の瞬間右の鎌の上に足を乗せられ、上手く身動きが取れなくなる。
その足の主は、勿論グレイシアであった。
「―――チェックメイト♡」
ライトが視線をブルーの方に向けると、人差し指を自分の頬に立てているブルーの姿が在った。
その姿に、ライトはため息を吐いてからストライクの下に駆け寄る。
「大丈夫? お疲れ様、ストライク」
「……シャア…」
「気にしないでって。あそこで“はがねのつばさ”を指示した僕も悪かったから。次に活かそう」
抱えられるストライクは、申し訳なさそうな顔を浮かべる。それに対しライトは、労いの言葉を掛けつつ、自分にも非があった事を述べる。
その光景を眺めながら、ブルーはグレイシアをボールに戻す。
「ふふ……ちゃんとトレーナー出来てるじゃない♪」
弟とパートナーの姿に、ブルーは優しい笑みを浮かべたのであった。
感想・質問などありましたら、遠慮なくどうぞ。