ポケの細道   作:柴猫侍

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第三十七話 怒らせると怖い人

「……」

「アハハハッ、ちょ、ストッ!!」

「……」

「ヒィ!! ホ、ホントッ、らめッ!!」

「……」

「あ―――ッ、ひッ、息、くるしッ!!」

「……」

 

―――どうしてこうなった。

 

 夜中のテントの中。ライトがコボクタウンで購入したものであるが、普通であれば二人共既に就寝している時間だ。

 だが、中からはコルニの息も絶え絶えとなっているような声が辺りに響き渡る。

 更に、テントの外では『戒め』と言う名目で除外された彼等の手持ちがずらりと並んでいた。

 ストライクやルカリオ、そしてあのリザードさえも戦慄するような光景。手持ちのポケモン達が絶句するような行為が、あのテントの中では行われているのだ。

 イーブイやキモリなどは、見たことのない主の姿に怯え、ストライクの後ろに隠れている。

 

 話は五分前に戻る。

 

 キモリの技の特訓が終わった後、夕食をとってテントで就寝することになったライト達。その後、ライトが買ったテントで二人が眠る事になったのだが、初テントということもあって、コルニは無駄にテンションが高かった。

 

―――それがこの悪夢の始まりだったのである。

 

 無駄にハイテンションのコルニは、眠ろうとするライトにちょっかいを出すという形になってしまった。

 眠る前にライトがすることは、今日一日の出来事をまとめて明日具体的に何をするかなどという思案を巡らせる、ある種大事な時間である。

 その時間を幾度となく邪魔されてしまったライト。ちょっかいが十回目を超えたところで、ライトはキレた。

 

―――無言、且つ無表情でくすぐるという形で……。

 

 急に無言且つ真顔で見つめられたコルニは身体が竦み、有無も言わされずに手足をタオルで縛られた。

 その後は、筆舌に尽くしがたい悪夢をコルニが見る事になっているのだが、現在進行形でそれは進んでいる。

 数分程続いているくすぐり地獄は未だに続いており、テントはバタバタと揺れていた。それだけでコルニがどれだけの抵抗をしているのが分かるだろうが、それ以上にライトはくすぐりを続けているのだ。

 

「ふぁッ、ふぉッ!! ごみぇんって!! ゴメ、ヒゥ!? アヒャヒャ!!」

「……もうしない?」

「しないッ!! しないから!!」

「……わかった」

「ッ……はぅ……」

 

 ようやく脇から手を離したライトは、外で待機していたパートナーたちに『待たせてごめんね』と一言言ってからボールに戻す。

 それに対しコルニは、顔を紅潮させ、汗だくのまま息も絶え絶えとなり、何とかルカリオとヤンチャムをボールに戻した。

 しかし、数分間脇やら脇腹をくすぐられ続けたコルニの体は異常をきたし、何もされていないと言うのに『ビクンッ!』と痙攣する。

 グデーっとテントの外にはみ出して倒れるコルニは、何かイケない事をされた直後のようにも見えなくもないが、数分くすぐられ続けただけだ。

 後ろを振り返ると、寝袋で既に眠りに落ちているライトの姿が見えたため、コルニはテントの出入口を閉め、痙攣しながらも自分も寝袋に入る。

 しかし、数分間くすぐられ続け、笑いに笑った体は軽いスポーツをした後よりも火照っており、そう簡単に寝つける訳も無く、ほぼ寝袋の意味を為さない程にジッパーを開けて体の火照りを冷ましながら瞼を閉じた。

 

「あぅッ!」

 

 だが、一瞬脳裏に過った少年を思い出し、暫くは痙攣し続けたと言う。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……昨日の記憶が曖昧なんだけど……」

「いや、思い出さなくていいの!」

「……なんかあったの?」

「なんにもなかった! 本当にゴメン!」

「……? 変なの」

 

 余り寝起きのよくなかったライトと、寝不足で目の下に隈を作るコルニ。寝る前の記憶が曖昧だと言うライトに、コルニは何もないと言い張る。

 覚えていないのなら、それでいい。

 今朝、朝食を準備していた時もライトが手をパッと上げただけで、コルニはオーバーリアクションの如く飛び跳ねてしまった。

 

 それだけ、あのくすぐりは凄まじかった。

 絶妙な力加減に、弱点をピンポイントで責め立ててくるテクニック。そしてなんと言っても、滑らか過ぎる指の動き。

 思い出しただけで体がビクンと跳ねそうだが、それだけのくすぐりであったとだけは言える。

 

―――そう。ライトは自覚していないが、立派に姉のドSの血が受け継がれていたのだ。

 

―――無言で相手をくすぐり、地獄を見せるという形で。

 

 幼馴染のグリーンを弄り倒すブルー。その血縁は弟にも充分引き継がれているらしい。

 

 閑話休題。

 

 現在二人が向かっているのはコウジンタウン。その為に歩いているのが7番道路―――『リビエールライン』である。

 この道路を道なりに進んでいけば『地つなぎの洞穴』に到着し、更にそこを抜けた後の8番道路を南に下れば、目的地であるコウジンタウンに到着するのだ。

 最初こそ水族館しかなかった観光場所の無かった街であるが、近年近くで化石が発見されたことにより『コウジン化石研究所』が建てられ、今では化石研究に関してはカロスで一番発展していると言われている。

 

 化石ポケモンと言えば、カントーではプテラを筆頭にカブトプスやオムスターなどが発見されており、他の地方でも化石ポケモンは多く発見されているのだ。

 発掘した化石を復元することによりポケモンを誕生させるとは、技術の凄まじさを感じ取れることではあるが、専門職でなければどの程度凄いものであるのかはイマイチ伝わらないのがネックとも思えてしまう。

 それは兎も角、化石ポケモンは現時点で全てに【いわ】タイプが複合になっている為、【いわ】のエキスパートであるザクロへの対策を練るのであれば、コウジンタウンほどいい場所は無い筈。

 

(でも、その前に『地つなぎの洞穴』に入らなきゃダメなのか……)

 

 カロス地方のガイドマップを見る限り、地つなぎの洞穴にはズバットが多く生息しているらしい。

 ズバットと言えば、【どく】・【ひこう】タイプの蝙蝠のようなポケモンであり、カントーやジョウトのみならず、他の地方でも多く姿を窺う事のできるポケモンであり、知名度的にはコイキングに勝るとも劣らない程度。

 

(……暗い所……)

 

 ブルッと一瞬体が震える。

 そんなライトを不思議そうに見つめるコルニであったが、昨日の地獄の時間のこともある為、余り気に障ることはしないようにと気付かない振りをした。

 暫し無言になる二人であったが、沈黙に耐え切れなくなったイーブイがフードの中から飛び出る。

 

「ブイッ!」

「ん? どうしたの、イーブイ?」

「ブイ~!」

「あ、ちょっと!」

 

 イーブイをブンブンと尻尾を振った後に、ライト達の進行方向の先へと駆け出していく。幼いながらもそれなりの速力で走るイーブイにライトは慌て、大急ぎでイーブイを追うために走っていく。

 その光景にコルニは苦笑し、仕方なしとばかりにローラースケートで滑るようにして、前を行くライトの背中を追うのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……なんで?」

「なにが?」

「あの……なんでライトは、あたしの肩を掴んでるの?」

 

 走っていくイーブイを追って早数十分。遊び疲れたのか、イーブイはライトのフードの中でご就寝中だ。

 そして地つなぎの洞穴に辿り着いた一行なのであったのだが、ライトはコルニの背中に隠れる様にしながら、コルニの両肩を手で掴んでいた。

 ある程度整備はされているようであり、看板やら僅かな電灯は辺りにちらほら見えるものの頼りなさげである為、道先案内人としてリザードが尻尾の炎で道を照らしてくれている。

 そんなパートナーが頑張っている中、主人の少年は同年代の少女の背中に隠れるようにしながら歩いているのだ。

 

「……笑わないで聞いてね」

「う、うん……」

「僕、暗い所が苦手なんだ。厳密に言えば、お化けとか幽霊が出てきそうな暗い場所が苦手」

(……なんて言えばいいんだろう)

 

 暗い所が苦手であるとカミングアウトするライトに、コルニは複雑な心境を全面に押し出した顔を浮かべる。

 話を聞く限り、幽霊といったような心霊現象の方がメインで駄目なのだろう。

 

「えぇっと……じゃあ、【ゴースト】タイプとかも苦手なの?」

「……昼間に見る分には大丈夫」

「そう……なんだ」

 

 最小限の声量でブツブツと応答する少年に、コルニはどうすることもできず前に進むだけだ。

 『じゃあ、夜中は駄目なんだ』と思ったが、ここで口にすれば馬鹿にされたと彼が勘違いし、今日の夜に再び地獄が訪れるかもしれないと、冷や汗を流しながら足を進める。

 互いに十二歳と言う歳であるが、この歳で幽霊が怖いなど、中々可愛らしい一面があると思いながらも、『早く洞穴から出たい』と言わんばかりに背後で震えているライトの為に、コルニの歩く速さも次第に速くなっていく。

 

 コツコツと足音が洞穴中に響き渡る中、このままダンマリしていればライトがブルブルと震えるだけだと判断したコルニ。

 とりあえず気を紛らわせるために話を振ってみる。

 

「ねえ、どうして暗い所怖いの?」

「……小さい頃家族で見た映画で、子供が大きな屋敷で幽霊に追われ続けるって言うのを見てから、トラウマになって……」

「成程……でも、明るい場所なら、【ゴースト】ポケモンは平気なんでしょ?」

「まあ……お天道様の下で元気よくしている生き物を、僕は幽霊だとは思わないし……勿論幽霊も怖いけど、『暗い』って事の方が重要だから……」

「へぇ~……」

 

 それでは旅の途中洞窟を見つけたらどうするのかとも思ったが、敢て訊かないようにする。

 

「あたしはそんなに暗いの苦手じゃないなァ~。こう……なんか、探検してる感があるから!」

「キバ」

「まあ……ホントなら僕、洞窟系は行きたくないから、ザクロさんに言われた場所も自分から進んでいこうとは思わなかった」

「キバァ」

「へぇ~。まあ、その内平気になるって!」

「バゴ!」

「そうかな……って、ん?」

 

 自分達の会話に合いの手を挟む鳴き声に気付き、ライトはリザードの尾の炎を頼りに、周囲をビクビクしながら見渡す。

 先程から、ズバットが羽ばたく音が聞こえていたが、聞こえてきたのは決してズバットの鳴き声ではない。

 ふと、視線を下に向けてみると、自分の後に付くように佇んでいる小さなポケモンが居た。

 ギギギッと、錆びついた機械のようなぎこちない動きで図鑑を取り出し、目の前に居るポケモンが一体何なのかを探ろうとする。

 

『キバゴ。キバポケモン。木の実をキバで砕いて食べる。何回も生え変わることで、強く、鋭いキバになる』

「キバァ!」

 

 無表情でキバゴというポケモンを見つめるライトは、別の気配を察し、キバゴの後ろの方へと目を遣った。

 

「バゴ?」

「キ~バァ!」

「キュ~?」

「……」

 

 一体だけではなく、数体の群れとして現れたキバゴ達。コルニは『カワイイ~!』と頬を染めているものの、ライトは暗中という状況の中、死んだ魚のような瞳でバッグの中を漁る。

 取り出したのは、数個の木の実。それらを両手に乗せ、キバゴ達の前の地面にそっと転がす。

 突然渡されたと思われる木の実に、キバゴ達は目を輝かせて木の実に群がる。

 

「木の実、アゲル。ミンナ、トモダチ。ソレジャア、サヨナラバイバイ」

「何でカタコトなの?」

 

 必要最低限の言葉を伝えたと思われるライトは、戸惑うコルニにお構いなしで、少女の肩を押して前に進んでいく。

 そのような情けない主人に呆れた顔を浮かべるリザードであったが、このままでは色々と大変なコトになると察したため、足早に出口の方へと向かう。

 

「キバァ♪」

 

 だが、木の実をくれたライト達を群れのキバゴ達はテトテトと追いかけていき、リザードを先頭に綺麗な一列が出来上がっていた。

 そこでライトは、バッグの中で佇まっている一つの人形を素早く取り出す。

 

―――ピッピ人形。

 

「バイビー、ピッピ人形!」

「キバァ?」

「キャ♪」

「バゴォ♪」

 

 全力で放り投げられたピッピ人形は、キバゴ達の注意を惹くようにライト達の進行方向の逆へと放物線を描いて飛んでいく。

 すると先程までライト達を追いかけていた小さなドラゴン達は、放り投げられて地面に落ちたピッピ人形へと群がる。

 その間にライトは真顔でコルニの前に移動し、手を取って全力で出口へと奔り抜けていく。

 

「ちょ……ライト!?」

 

 余りの速さに足が縺れそうになるコルニは、一旦少年を止めようと声を上げるものの、全く聞こえていないように速度が変わらないまま連れて行かれる。

 しかし次の瞬間、洞穴の凸部分がコルニの靴に接触し、不意にローラー部分が出てしまい、『シャ―――ッ!』とコルニは片足で滑走をし始めてしまう。フィギュアスケート選手のように片足を上げながら滑るコルニのバランスは流石の一言だが、当の本人は少年の全力疾走の速さに青褪めていた。

 その間にも、出口と思われる光源は次第に大きくなっていき―――。

 

「ふわああああ!?」

「ッ……」

「ふわッ!?」

 

 出口を飛び出た瞬間、ローラースケートで滑っていたコルニの勢いを殺す為、自分の前に滑り出たコルニを掬い上げる様に、両腕で背中とひざ裏辺りを抱き上げたライト。そのまま『ザ――ッ!』と自分も前に滑っていき、一メートルほど普通の靴で滑走した後に停止した。

 傍から見れば、コルニがされているのは所謂『お姫様抱っこ』であるが、本人からすればたまったものではない。

 

「……怖かったァ……」

「それあたしセリフッ!」

 

―――この後、手加減したコルニのローリング踵落としがライトを襲った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ブイィ~」

 

 フード内のイーブイは、ライトの頭頂部にこんもりと出来上がっているタンコブを目の当たりにして、目を丸くして戦慄していた。

 自業自得と言えばそうなのだが、少々やり過ぎたかと頬を掻きながら苦笑しながらそう思うコルニに対し、水筒に口を付けて水分補給をするライト。

 あまり気にしてはいなさそうであるが、それでもタンコブは痛々しい。

 

 そんな彼らが今歩んでいるのは、8番道路―――別名『ミュライユ海岸』。しかし、海岸と言ってもライト達が足を着けている8番道路自体は崖の上に存在しており、海を望もうとすれば遠目で眺めることしかできない。

 しかしながらも、地平線を描き上げる美しく青い母なる海は視界に映せる。だが、ライトはタンコブに潮風が染み、それどころではないのが現状だ。

 

「……タンコブ、痛い?」

「ん? ……ポケモンセンターでシャワー浴びる時、染みそうだなァ~っては考えてる」

「……ゴメン」

「いや、あれは僕が悪いし……」

 

 昨日のくすぐりやら今日の洞穴での出来事で、若干ギクシャクしている二人。このままで本当に旅を続けられるのかという疑問も浮かんでくるが―――。

 

「ブー! ブー!」

「うわあッ!何ッ!?」

 

 突然草むらから姿を現す豚のような顔にバネの足を持ったポケモンが、ライトの胸目がけて飛び込んできた。

 人並みならぬ反射神経で、飛び込んできたポケモンを受け止めるライトであったが、涙目で何かから逃げ出すようにあわてふためくポケモンに、首を傾げる。

 

「その子どうしたの?」

「ちょっと待って……図鑑図鑑っと……」

『バネブー。とびはねポケモン。尻尾で飛び跳ねて心臓を動かしている。パールルの作った真珠を頭に乗せている』

「バネブー? どうしたんだろう……こんな怯えて……あッ!」

 

 ピョンピョンと腕の中で暴れるバネブーは、ライトの腕を振り切って後ろへと逃げていった。

 尋常ではない怯えが見て取れたが、一体何がバネブーをあそこまで恐怖に陥れたのか―――。

 

 

 

 

―――ガサッ……。

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 人間の腰ほどの長さもある草むらから、一体のポケモンが姿を現した。

 白い体毛を身に纏い、右側頭部からは三日月のような形の角が生えている。空気を含んでふんわりと膨れ上がっている胸元の体毛は、崖の上に吹き荒ぶ強い風に煽られ、陽の光を反射しながら靡いていた。

 しゃなりしゃなりと、気品ある歩みでライト達に近付いてくるポケモン。

 息を飲む二人に反し、図鑑は自然と目の前のポケモンの情報を読み取っていた。

 

『アブソル。わざわいポケモン。自然災害をキャッチする力を持つ。険しい山岳地帯に生息し、滅多に山の麓には降りてこない』

「アブソル……?」

 

 機械が読み上げた名前を口にし、ジッとこちらを見つめてくる紅い瞳を見つめ返す。本当であれば、凶暴な野生のポケモンと目を合わせる事はご法度なのだが、相手から放たれるプレッシャーに、否応なしに見つめ返すしかなかったのだ。

 自然と二人は腰に付いているボールに手を掛けた。

 各々がエースと呼ぶパートナーが入っているボール。襲われた際、すぐにでも繰り出せるようにと、だ。

 

「ッ……!」

「……」

 

 刻一刻と時間が過ぎていく中、アブソルは急にライト達に興味を失くしたかのようにそっぽを向き、すぐ傍の切り立った断崖を軽やかな足取りで駆け昇っていく。

 強靭な脚力が窺える光景を目の当たりにしながら、二人は緊張の糸がとけ、安堵の息を吐きながらその場に座り込む。

 

「はぁ~! ビックリしたぁ~!」

「ホンット……心臓に悪いよォ……」

 

 冷や汗を拭うコルニに対し、ライトはフードの中グデッとしているイーブイの頭を撫でる。

 

「ブイ……」

「……ん?」

 

 何やら様子がおかしいイーブイ。

 どうかされたのかと考えたライトは、フードの中からイーブイを取り上げてみる。すると、イーブイの瞳はトロンと―――。

 

「……え?」

「ブィ~!」

 

 普段よりも体温が高いイーブイは、恥ずかしそうに耳を前足で押さえながらじたばたする。

 尻尾もいつも以上にブンブンと振り回し悶えているイーブイに、ライトは『まさか……』と顔を引き攣らせた。

 

「あのアブソルの事……一目惚れでもしたの?」

「ブィ~♡」

 

 

 

―――イーブイはクール系が好きらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コウジンタウン・フレンドリィショップ。

 フレンドリィショップとは、ポケモントレーナーに必要な必需品や、ポケモンに関する道具などが取り揃えられている店であり、モンスターボールや回復系の道具なども一通り存在している。

 

「モンスターボール十個で二千円です」

「はい!」

 

 店のカウンターを挟んで店員の前に立っているのは、一人の茶髪の少女。小さな財布から五百円玉を四枚取り出し、カウンターに置く。

 それを受け取った店員は、にっこりと営業スマイルを浮かべた後に、モンスターボールが十個とプレミアボールというボールが一つ入っている袋を、少女に手渡した。

 プレミアボールとは、フレンドリィショップでボールを十個以上購入した際、おまけとして一つ付属するボールなのだが、性能的には普通のモンスターボールと変わらない。

 だが、二百円分のボールがただで付属するというのは、小遣いの少ないトレーナーにとっては嬉しいこと。彼女―――セレナもまた、一週間で五百円という小遣いを地道に貯め、ボールを十個+αを手に入れる事の出来るだけの金額を揃えてきたのである。

 

 トレーナーズスクールに通うセレナであったが、少し前に十歳となり、漸くトレーナーカードを正式に発行できる歳になった。

 そんな彼女は『アサメタウン』というセントラルカロスに属する街に普段住んでおり、こうしてコーストカロスに属するコウジンタウンに来る事など、ほとんどない。

 しかし、久し振りに家族と遠出する機会を得た訳なのだが、彼女は二泊三日のこの旅行で家族が水族館やサイホーンレースを見物しようとしている中、こっそりとフレンドリィショップに立ち寄って捕獲用のボールを買いに来ていたのである。

 その理由とは―――。

 

(ふふッ……折角遠出できたんだから、ここら辺のポケモンゲットしなきゃ!)

 

 彼女は唯一ヤヤコマを所有しており、ゆくゆく先はポケモントレーナーとしてカロス地方を旅するつもりだ。

 その時の為、他のポケモンを捕獲しようと家族に内緒で行動していたのである。

 

(今日は無理だけど……明日はパパとママもサイホーンレースを観に行くから、その時こっそり抜け出して……)

 

 子供らしいシンプルな計画を頭に浮かべ、クスリと微笑みを顔に出す。

 今日はもうすぐホテルに戻る予定であり、流石に夜中に出ていく訳にもいかない為、明日に動こうと決意して店の自動ドアを潜って帰路に着いた。

 

(明日、楽しみ♪)

 

 ルンルン気分で足を進めていくセレナ。

 そんな彼女が明日出会う事になったポケモンは―――。

 


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