ポケの細道   作:柴猫侍

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第三十八話 べ、別にアンタの為じゃないんだからねッ!

 8番道路を進んでいくライトとコルニの二人。白い雲の間を縫って降り注ぐ日光を存分に浴びながら、崖沿いの道を淡々と突き進んでいく。

 海に近い崖である為か、草木は今まで通ってきた道路より少なく見受けられるが、それでも野生のポケモン達が崖肌に住処を構えていた。

 例えば―――。

 

「タンベ―――ッ!」

 

 ゴチンッ。

 青い皮膚を持った小さなポケモンが、鳴き声を上げながら高い場所から飛び降り、そのまま地面に頭から激突して鈍い音を響かせる。

 見るだけで痛そうな事をしているが、すぐさま小さなポケモンは立ち上がり、再び崖肌を上り、同じようにして飛び降りるというローテーションを続けていた。

 

『タツベイ。いしあたまポケモン。大空を飛ぶことを夢見て、毎日飛ぶ練習のために崖から飛び降りている』

「……せめて翼が生えてからにしようよ」

「タベッ!?」

 

 図鑑を見たライトの小さなツッコみに、崖肌を上っていたタツベイが『ガーンッ』という効果音が付きそうな程、ショックを受けた顔を浮かべる。

 そのような一連の流れを見てクスクスと笑うコルニの横には、二本足でしっかりと立つ狐のような容姿のポケモンが居た。

 『コジョフー』と呼ばれるそのポケモンは、つい先程コルニが捕獲したという経緯があって、旅する者達に慣れる為という理由で、こうして連れ歩いている。勿論、タイプは【かくとう】だ。

 所謂、カンフーのような立ち振る舞いをするコジョフーは、パワーで圧倒するのではなく、スピードと手数を駆使して戦うというバトルスタイルをとる。

 

 ライトが、キモリにとっていい練習相手ができたと思う一方で、早めに接近戦を克服させなければなるまいと考えるのに、コジョフーは役立っていた。

 臆病なキモリは、接近戦では真面に戦えはしない。故に、どれだけ相手との距離を保ちつつ立ち回るのかが重要になるのだが―――。

 

(キモリの真面に使える攻撃技は、“すいとる”と“りゅうのいぶき”だけど……)

 

 先日の特訓で分かった、キモリの攻撃技。ライトにとって意外であったのは、【ドラゴン】タイプの技である“りゅうのいぶき”を扱えると言う点にあり、“すいとる”の威力が乏しいことから考え、キモリの暫くの主力技は“りゅうのいぶき”になると考えられる。

 熱を持たぬ蒼い炎で相手を焼き付け、時折【まひ】の追加効果を発生させる特殊技。遠距離で戦うのであれば、今の所、最もキモリのバトルスタイルに合っている。

 しかし、如何せん溜めが少し長いのがネックである為、それが今後の課題となってくる筈だ。

 

(やっぱり、輝きの洞窟で特訓するのが一番なのかな……)

 

 ザクロ曰く【いわ】タイプが多く生息する輝きの洞窟であれば、【くさ】タイプのキモリが有利の相手が多く、比較的スムーズに野生のポケモンを倒すことができる。

 其処でキモリが立ち回りを習得し、願わくば新たに強力な技を得てくれれば、今後のジム戦で彼の活躍が期待できるのだが。

 そこまで考えたところで、ライトは一旦考え込むのを止め、髪をなびかせてくる潮風を肺一杯に吸い込んだ。アルトマーレに居た頃も、よくこうして潮風を感じながら、リフレッシュを試みたものである。

 

「それにしても、いい気持ちだなァ~……」

「ホント、ソレ! 久しぶりに、海で泳いでみたいなァ~!」

「……コルニも海で泳ぐんだね」

「……どーいう意味?」

「どっちかって言ったら、山の子のイメージがあったから……」

「偏見ッ! アタシは昔からよく海で泳いでたからッ!」

 

 細い目で見つめてくるライトに業を煮やしたコルニは、頬を膨らませながら少年の頬を掴み、そのまま横に引っ張る。

 『イデデデッ!』と、数秒ライトが痛がったところで頬を引っ張ることを止めたが、心外だったと言わんばかりにコルニは、『フンッ!』と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 ひりひりと痛む頬を撫でながらライトは気を取り直して、足を進め始める。

 

 そんな痛みで涙目になる少年に対し、コルニは内心『してやった』とほくそ笑んでいた。これで先日のくすぐりの仕返しはしたことになる。元々は、自分の所為だったとしても。

 

 と、言う様な少年少女達の旅路であるが、ライトがとあることに気が付いた。

 

「あれ……あの子……」

 

 崖肌をよじ登っているライト達よりも年下のように窺える少女が、ヤヤコマを肩に乗せながら先程とは別のタツベイの住処に行こうとしている。

 見るからに危険そうな光景に、思わずライトは苦笑を浮かべながらそわそわし始めた。

 

「なにしてるんだろう?……いっち、に……」

 

 どうやら、何時少女が落下しても走って受け止められるようにウォーミングアップをし始めているライトに、今度は横で少年を眺めていたコルニが引き攣った笑みを浮かべる。

 明らかに早計だが、心意気は良し(?)。

 ただ、願わくばそうならないことが一番だが、自然と二人の視線を浴びせられている少女は、二人には一切気が付かずに住処に顔を覗かせる。

 

「よいしょ……よ~し、ここにはタツベイが……」

「タンベ?」

「見つけたァ! 早速ゲッ……」

「タンベッ!」

「えッ……きゃああああ!?」

 

 住処からひょっこりと顔を出したタツベイが、モンスターボールを掲げてみせる少女を一目見た途端、敵意をむき出しにして“ずつき”を足元に繰り出す。

 次の瞬間、鋼のように硬い頭から放たれた“ずつき”を受けた地面には罅が入り、少女が手を掛けていた場所は崩れ落ち、案の定、少女も落下し始めた。

 悲鳴を上げる少女の方では、ヤヤコマが必死に小さな翼を羽ばたかせて落下速度を落とそうとするが、状況は芳しくない。

 このままでは少女は地面に叩き付けられるが―――。

 

「よっと」

「あああッ! ……うぇ?」

「あんなところに上ってたら危ないよ、もう……」

「うぁ、ありがとうございます?」

 

 激突する直前で、既に落下地点に先回りしていたライトが、衝撃を緩和するようにお姫様抱っこで少女の体を受け止めた。

 一応、ライトは十二歳であるが、明らかに筋力は十二のそれではない。だがそれは今に始まったことでも無い為、コルニは驚きもせずに『良かったァ~』と少女が助かった事に安堵の息を吐いていた。

 地面に下ろされた少女は、チロっと舌を出して恥ずかしそうに『ごめんなさ~い』と軽く謝罪する。

 

(これはまたやるな……)

 

 中々お転婆そうな性格の少女に、再犯の可能性があると見るライト。

 元気なのはいいことなのだが、それが大怪我に繋がるとなれば話は別だ。

 

「僕の名前はライト。君、名前は?」

「わたし? セレナ!」

「セレナちゃん。ポケモンが居てくれて心強いのは分かるけど、ああいう危ない事は……」

「ねえ、ライトさん!ちょっとお願いがあるの!」

「え……?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 先往く少女の後を追うライトとコルニ。

 ライトがセレナに頼まれたこととは、『ポケモンを捕まえたいから、見守っててほしいんです!』という内容のものであった。

 鼻息を荒く、尚且つ目を輝かせて頼み込んでくる少女の頼みを無下にすることはできず、半ば場の流れで了承してしまったライトは、自分のお人好しさを若干呪っている。

 だが、このまま断ればセレナが一人で先程のような危険行為をしないとも限らない為、判断としてはこれが正解だったのだろう。

 なにより―――。

 

『わたし、いつか旅に出たいんです!その時に、一緒にスタートラインを踏める仲間が一人でも多かったらって……』

 

 かつて自分が思っていたような事柄を口にする彼女に、どうしても手を貸したくなってしまったのだ。

 どうせ、することは見守るだけであり、最悪危なくなったら自分が加勢する程度でいいだろうと、やや安易な考えの下でセレナを見つめる。

 『どこにいるかな~?』と熱心に草むらを掻き分けてポケモンを探す彼女の姿は、トレーナーを目指す子供が一度は夢見るであろう光景であり、見ていると昔を思い出すように心の中がホッと温かくなってきた。

 例え、火の中でも水の中でも草の中でも、と……。

 

(そう思っていた頃が、僕にもありました)

「ブイ?」

「……いや、流石に火の中は嫌だなって」

「ブイ~……」

 

 自己完結気味にツッコみを心の中でいれた所で溜め息を吐いた主人に、イーブイが不思議そうに鳴き声を上げるも、『なんでもないよ』と笑みを浮かべつつ首元をくすぐられ、気持ちよさそうに間の抜けた声を上げる。

 その間にも、セレナはガサゴソと草むらの中を探すも、中々ポケモンは見つけられない。

 

「あっれ~? おっかしいなァ~……」

「ははッ……あんまり焦っても、そう簡単には見つからないよ」

「う~ん、でもトレーナーズスクールでは草むらにポケモンが居るって……」

「まあ、ポケモンも生き物だから……」

「そうなの、コマちゃん?」

「ヤッコ!」

 

 ライトの言葉に訝しげに首を傾げたセレナは、肩に止まっていた『コマちゃん』ことヤヤコマに問いかける。

 するとコマちゃんは、翼を腕に見立ててそれを腰に当てながら、大きく胸を張り、首を縦に振った。

 流石、特性が“はとむね”だけのことはある。

 そのようなパートナーの姿に『ふ~ん……』とあまり興味の無さそうにするセレナ。

 

「でも、コウジンタウンに来るときのバスでは、結構見たんだけどなァ……」

「じゃあ、野生のポケモンが此処から逃げ出すような事でもあったのかな?」

「そうなの、コジョフー?」

「コジョ」

 

 セレナの証言に、顎を手に当てて逡巡するライト。その横では、隣を歩く捕まえたばかりのコジョフーに訊いてみるも、コジョフーは両手を上げて知らないという意を見せる。

 ここまで野生のポケモンが居ないというのも不自然な事だ。地つなぎの洞穴からはコウジンタウンに近付き、後もう少しという辺りでポケモンの散策を進めていた。

 確かに人里が近い場所では、遠い場所よりポケモンの気配が少ないのは仕方ない事なのかもしれないが、ゼロということはありえない。

 

「う~ん……ん?」

 

―――ガラッ……。

 

 ふと、崖肌を転がってくる小石に目を付けたライトは、目線を転がって来た方へと向けた。

 刹那、二つの大きな影が自分達の方へと降り注いだ事に気が付いたライトは、『まさか……』と笑みを引き攣らせ、すぐ隣に居たコルニの肩を掴み、そのまま地面に伏せる。

 

「危ないッ!」

 

 半分庇う様な形でコルニと共に地面に伏せたライトであったが、二人のすぐ傍に続けざまに鈍い音と唸り声が響く。

 数秒の間、物体が落下してきた時の衝撃で砂煙が巻き上がり視界が悪くなっていたが、直後に尾と爪が煙を切り裂いた。

 

「ハァァブネェイク!!」

「ザングァアアアア!!」

「ちょ……何!?」

「あのポケモンは……!」

 

 自分達のすぐ傍で刃のように鋭い尾を撓らせる蛇の様なポケモンと、鋭い爪を振り回して相対す白い体毛の獣のポケモンは、咆哮を上げながら激突する。

 咄嗟に立ち上がって距離をとるが、その際に別の場所で草むらを掻き分けていたセレナと場所が分断され、ライトは『くっ!』と顔を歪めながら、図鑑を二体のポケモンに翳した。

 

『ハブネーク。キバへびポケモン。尻尾の刀はいつも岩で研いでいるので切れ味抜群。ザングースとは因縁の間』

『ザングース。ネコイタチポケモン。ハブネークとは因縁の間。出会うとすかさず前足の爪を広げて威嚇するのだ』

「ハブネークにザングース……セレナちゃん!大丈夫!?」

 

 二体のポケモンを挟んだ向こう側に居る少女に向け、大声で無事を確かめるライト。彼の瞳には、怯えながらもパートナーのコマちゃんと共に長い背丈の草むらに隠れているセレナの姿が映る。

 この分であれば、彼女は草むらに隠れているだけで事はやり過ごせるはずだ。

 

 だが、問題なのは目の前で死闘を繰り広げている二体のポケモン。互いに一歩も退かず、殺気立てながら各々の武器となる尾や爪を振りかざす。

 ハブネークは、刀のような尾の先に毒素を存分に纏わせ、それを相手に叩き付ける技―――“ポイズンテール”を繰り出した。

 対してザングースは、その猛毒の尾に対して両腕の爪に赤いエネルギーを纏わせ切り裂く技―――“ブレイククロー”を以てハブネークの技を防ぐ。

 

 遺伝子に刻まれた宿敵と相まみえる彼らの闘争心は凄まじいものであり、それにあてられて野生のポケモン達は逃げ出したのだと、ライトは理解する。

 拮抗する実力は、時が経つにつれて激化し、周囲への戦いの爪痕を色濃く残していく。

 

「ッ……そのまま向こうの方に隠れてて! すぐに向かうから!」

「は、はい! 行こう、コマちゃん!」

 

 大声で注意を促すライトであったが、その瞬間に攻防を繰り広げていた二体の動きがピタッと止まる。

 彼等がゆっくりと視線を向けた先には、たった今大声を出したライトと隣のコルニの姿が―――。

 

「ッブネェイク!!」

「グァアアス!!」

「イーブイ、“かみつく”!」

「コジョフー、“はたく”!」

 

 決闘の邪魔をされたと勘違いして襲ってきた二体に対し、二人は同時に既に場に出していたパートナーに指示を出す。

 フードから飛び出したイーブイは、振るわれるハブネークの尾に噛みつき、対してコジョフーは振り翳された腕を“はたく”で受け流した。

 さっさと決闘に戻りたいが為に一撃で決めようと考えていた二体は、思わぬ反撃に驚愕の顔を浮かべ、それぞれの近くに居たポケモンから距離をとる。

 その際、尾を振るわれて投げ飛ばされたイーブイは、クルリンと宙で一回転をして華麗に着地し、後ろに居るライトに『どうだった!?』と言わんばかりに尻尾を振りながら振り向いてきた。

 

「へへッ、良い動きだよ、イーブイ!」

「ブイッ!」

「コジョフー! 初陣だけど、息合わせてガンガン攻めようね!」

「コジョッ!」

 

 上手く相手が別れたところで、二人は自分のパートナーの前で闘争心をむき出しにしているポケモンを見つめた。

 同時に、ライトは右拳、コルニは左拳を横に突きだして、互いの拳を『コツンッ』と突き合わせる。

 

「ダブルバトル……したことある?」

「ないけど、全然オッケーでしょ!」

「……それは言えてるかも。じゃあ僕達は援護に回るから」

「ラジャ!」

 

 不敵な笑みを浮かべる二人が取った行動は―――共同戦線。

 

「それじゃあ……」

「ここは一つ……」

 

 

 

「「初ダブルバトルと行こうッ!!」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ここら辺に来れば大丈夫かな……?」

「ヤッコォ……」

 

 コソコソと草むらを掻き分けてハブネークとザングースの死闘の場から逃げ去ってきたセレナは、そろそろと言わんばかりに近くにあった岩場の陰に腰を下ろした。

 まさか、ポケモンを捕獲しに来ただけなのに、あのような殺伐とした場面に出会うとは、セレナは思いもしなかったのである。

 トレーナーズスクールで優秀な成績を残すセレナであったが、実際に外に出て行う様な実技は、他の生徒達と何ら変わりはしない。

 中々会うことのできない場面に運が悪かったと嘆くか、いい経験になったとポジティブに考えるか。この時のセレナは前者であった。

 

「は~あ……どうしよう、コマちゃん」

「マ~ネ~」

「……あれ? コマちゃん、声変わった?」

「ヤッコ!?」

 

 根も葉もない事を口にする主人に、コマちゃんは翼をバタバタと羽ばたいて彼女の言ったことを否定する。

 そのようなパートナーの様子に首を傾げるセレナは、たった今聞こえてきた声の主が誰なのか、辺りをキョロキョロと見渡して探す。

 すると、自分達が腰かけている岩場の反対側に位置する場所の陰から、何やら巨大なウネウネとした物体が現れたのを目の当たりにする。

 

「なに……アレ?」

「……ヤッコォ!」

「コマちゃん!?」

 

 ブルブルと身を震わせていたコマちゃんが、突然岩場の陰の物体目がけて“でんこうせっか”を繰り出すのを目の当たりにし、セレナは思わず手を伸ばす。

 だが次の瞬間、宙を飛翔するコマちゃんの体が青白い光に包まれるや否や、そのままセレナが腰かけていた岩に激突した。

 鈍い音と共に、羽を散らしながら地面に落ちる寸前のコマちゃんを受け止めるセレナは、終始焦燥を浮かべる。

 

「コ……コマちゃん!? 大丈夫!?」

「ヤ……ヤッコォ……!」

「ダメ! 動いたら……」

「マネロォ~」

「ひッ!?」

 

 腕の中で暴れるヤヤコマを何とか抑えるセレナであったが、漸く陰から姿を現したポケモンを目の当たりにし、息を飲んだ。

 イカを逆様にしたかのような姿形のポケモンは、ウネウネと触手を蠢かし、その内の長い二本を手のように扱って、少女達が居る方へと先を向ける。

 先程、コマちゃんを包み込んだ時の光がイカのポケモンの触手を包み、セレナの腕に抱かれるコマちゃんの体が再び青白い光に包まれた。

 

「ヤ、ヤッコォ! コ、コマァ!!」

「ちょ、どうしたのコマちゃん!? そんなに暴れたら……」

「ヤヤコォ!! ヤヤコォ!!」

「もしかして【こんらん】してるの!? しっかりして!!」

 

 正気を失った瞳を浮かべる小鳥に、セレナは必死に言葉を投げかけるも、コマちゃんは腕の中で翼を羽ばたかせて暴れるばかりで一向に【こんらん】が治る事は無い。

 小さいながらもポケモン。そのパワーは少女の腕の力を振り解くには容易い力が出るものの、それでもセレナは大事なパートナーがどこかに行ってしまわないようにと、ギュッと羽毛に包まれる体を抱きかかえていた。

 じたばたと暴れる際に、足の爪が少女のか弱い肌に傷をつけ、無数の蚯蚓腫れを作っていく。

 

「貴方がこんなことしてるの……?」

「ネロォ~!」

 

 力を込めつづけている為、じっとりと汗ばんできたセレナは、コマちゃんを【こんらん】に陥れたであろうポケモンに視線を投げ遣った。

 瞳に映るのは、明らかな敵意を持った瞳で自分達を睨みつけるポケモン。

 何故ここまで敵意を有しているのかは分からないが、それでもセレナは必死に訴え始めた。

 

「止めて……」

「ネロォ」

「こんなヒドイこと……止めてよ……」

「ネロォ!」

「コマちゃんを傷つけないでェ――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シュバァァァアアン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、セレナとポケモンの間に鋭い“かまいたち”が放たれ、頑強である筈の岩肌に大きく抉れた。

 技の余波で周囲には凄まじい旋風が巻き起こり、セレナは思わず目を瞑り、同じく向かい側に居たポケモンも危機を感じてその場から一歩下がる。

 

「こ、今度はなに……?」

 

 立て続けに起こる事態に、半ば混乱状態となってしまっているセレナは、それでも現状把握に努めようと技が繰り出された方へと目を遣った。

 急勾配の岩壁に、一つだけ突き出ていた場所。そこに堂々と佇んでいたのは、白銀の体毛を潮風に靡かせ、スラリとした肢体で地に足を着ける紅眼の獣。

 “かまいたち”の余韻を思わせる風を右側頭部から生えている角に纏わせながら、乱入してきたポケモンは、セレナとイカのポケモンの間に位置とるように飛び降りた。

 

 そんなポケモンに、イカのポケモンは忌々しそうな相手を見つめるかのような眼光を浮かべながら、長い触手に紫色のエネルギーを纏わせ、次の瞬間にはそれを刃のようにして繰り出す。

 交差するようにして放たれた“サイコカッター”。

 しかし、そのポケモンは一歩も退くことは無く。

 

「ファアッ!!」

 

 切り裂いた。

 

 両断されたエネルギーの残滓は、切り裂いたポケモンを中心に左右に逸れていき、同時にセレナたちからも逸れるような形で宙を駆けていく。それらが崖肌に命中すると、決して低くない威力を思わせるような爆音を響かせた。

 鼓膜を大きく揺らす轟音に怯えるセレナであったが、肩を竦める一方で頑なに目の前から動こうとしないポケモンを見つめている。

 その瞳に映っているのは、焦燥でも、恐怖でも、絶望でもなく―――。

 

「……助けてくれてるの?」

 

 

 

―――希望だった。

 


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