ポケの細道   作:柴猫侍

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第四話 幼馴染は結構微妙な立ち位置

「ナイスファイトだったじゃない。ライト」

「あれ、カノン? 見てたの?」

 

 ストライクをボールに戻した直後、ライトとブルーの居る場所に一人の少女が大きなキャンパスを携えながらやって来る。

 

 少女の名前は『カノン』。数十分前に会ったボンゴレの孫である。白いベレー帽をかぶり、キャンパスを脇に携えている姿は画家そのものであった。

 ライトがアルトマーレに引っ越してから早五年。その引っ越してきた当時より、現在まで知り合いである為、所謂幼馴染と言える部類に入る人物であった。

 

「あはは……負けた所見られちゃったか…」

 

 ライトは、恥ずかしそうに頭を掻く。幾ら相手がリーグ三位の実力者で、実力差があると言っても負けは負け。知り合いに、自分の敗北を見られると言うことはそれなりに恥ずかしいものであると、ライトは考えていたのである。

 

「ふふっ! ライトが負ける所なんて、珍しい所見ちゃった」

 

 カノンは、頭を掻くライトに少し茶化すように言葉を投げかけた。ライトは、同年代のアルトマーレに住む少年少女のトレーナーとは、頭一つ分実力が秀でている。下手すれば、大人ですら負かすほどであった。

 そんな、負け知らずの幼馴染が良いようにされて負ける所は、カノンにとっては貴重なワンシーンであった。

 

 特に気遣われることなく、変に慰められずに茶化されたことで、ライトの顔からは大分赤が引いていく。一つ年上のカノンは、他よりも大人びている少年心というものを理解していた。

 繊細でガラスのようなプライドを持っている十代前半は、変な慰めよりも茶化された方が気楽でいい。

 

「あ……そのキャンバス、何書いてたの?」

「え? あぁ…今のバトル、折角だから描こうと思って。良いの描けたから、色付けしたら今度見せてあげる」

「そうなの? じゃあ、今度見せてね」

「そこの少年少女たち……」

「「!?」」

 

 他愛のない会話をしていた二人の首に、突然ブルーが腕を回してくる。何やら、顔はにやけており、『今から貴方達を弄りますよ』というような雰囲気を醸し出している。

 カノンとブルーは、何度か会ったこともあり面識はある。ブルーの人柄もあり、堅苦しくない関係であるものの、それなりに有名人であるブルーと関わるという事は、それなりに緊張することであるのか、顔が強張っていた。

 

「ご…ご無沙汰してます。ブルーさん」

「お久~♪ どう、カノンちゃん。最近の調子は?」

「ボ……ボチボチです」

「ん~駄目ね。そこは、『バリバリオッケーです!』って言わないと!」

「あはは……」

 

 ブルーのテンションの高さに、カノンは思わず苦笑いを浮かべる。弟ですら制御出来ないテンションを、他人がどうのこうの出来ないのは、言わずとも理解できるだろう。

 

「姉さん……カノン困ってるから…」

「お? なんだいなんだい? か弱い乙女を助けちゃう感じかなァ~?」

「自覚があるなら他人が困る様な距離感で話しちゃ駄目でしょ姉さん仮にも十五歳でしょポケウッドでも働いて社会人に位置する立場なんだから他人の気配り出来ないと」

「……息継ぎ無しは止めて」

 

 ライトの辛辣な言葉に、ブルーは涙目になる。愛する(一方的、且つ家族愛的な意味で)弟に、ここまで正論で述べられると、幾ら破天荒なブルーであっても精神的に堪えるものがあった。

 弟に説教される姉の姿を見て、カノンはさらに顔を引きつらせる。助かったような、申し訳ないような感覚に苛まれるが、深く考えても仕方のないことなので、笑って過ごすことにした。

 

「あ! そういえば……ライト。折角だから、皆でランチにしましょ? お昼まだでしょ?」

「あっ……そういえばそうだった」

 

 ここでライトは、そもそも自分が家に帰った理由を思い出した。お昼時ということもあり、ボンゴレの勧めによって帰宅して昼食をとるつもりであったのだ。

 そこでブルーの迎えがあり、オーキドからの贈り物を受け取り、そのままバトルに発展したのであった。

 自分が空腹であったことを思い出すと、途端に胃が『キュウ~』と鳴り始めたような錯覚になる。

 

「カノンちゃんもどう? 私が奢るわよ?」

「え……でも、何か申し訳ない感じが…」

「いいのよいいのよ! どうせだから、アルトマーレ(こっち)でのライト様子訊きたいし」

「は……はい。それじゃあ、ご馳走になります」

 

 姉として、弟の近況を直で見ている者に訊いてみたい。そんな感情を理解したカノンは、素直に首を縦に振ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ポケモンバトルの後、三人は一息吐くために近くのカフェに立ち寄ってランチをとっていた。

 全員、サンドイッチと飲み物を一つ頼み、会話に華を咲かせていた。最初の内は、アルトマーレでのライトの様子を、カノンが話してそれにブルーに相槌を打つ感じであったが、途中からはイッシュ地方でのブルーの話に変わっていた。

 カントー地方やジョウト地方に比べると、かなり都会であるイッシュ地方の話に、ライトとカノンの二人は興味津々で耳を立てて聞く。

 さらに、女優という仕事がら話題の尽きないのに加え、話術の上手さも相まって、どんどん二人は惹きこまれていく。

 

「そう言えばこの前、カルネさんに会ったんだよねぇ~! 流石、大女優って感じで綺麗だったなぁ~」

「カルネさんって、カロス地方のチャンピオンの?」

 

 『カルネ』。カロス地方に住む者であれば、一度は耳にしたことのある名前。そして、例えカロス地方に住んでいなくても、一度テレビで見たことはある筈の女性。

 彼女は、カロス地方のポケモントレーナーのトップ―――『チャンピオン』であり、各地方に名を轟かせる大女優であるのだ。

 『才色兼備』という言葉が良く似合う、超有名人と言った所であろう。

 

「そうそう! ライトの留学するところの!」

 

 『留学』という言葉に、カノンは首を傾げる。その様子を見て、ライトは自分が今度留学するということをカノンに伝えていないことを思い出す。

 ライトがカノンに伝えようと身を乗り出そうとするが、それよりも早くカノンの口が開く。

 

「あの……留学ってどういうことですか?」

「え? ……ああ! ライトねー、今度カロスに留学するのよ~!」

「どのくらいですか?」

「う~んとねェ……三か月くらいだったかな?」

 

 ブルーの言葉を聞き、カノンは『へぇ~』と声を漏らす。留学の期間については、ライトも初耳だったのでカノンと同じような様子を見せている。

 

「何時から?」

「一か月後って、資料には書いてあったわよ? アサギ発の船で行く感じだったわ」

 

 ついでにと、留学がいつから始まるのかライトは尋ねる。そして一か月後と聞き、『結構すぐだな~』と言葉に漏らす。

 留学には、それなりの準備が必要である。旅に出る際もそうであるが、それも別の地方に行くということなので、一か月という期間は準備には妥当な時間だと言えよう。

 

 すると突然、ブルーがカノンの肩に手を置く。謎の行動に、カノンのみならずライトも何事かと肩を揺らした。

 ブルーはどこか儚げな瞳で、もう一方の手で親指を立てながら、カノンにズイッと顔を近づけた。

 

「カノンちゃん……ライトのメンタルケア、よろしくね」

「は……はぁ……」

「姉さんは僕のこと、どう思ってるの?」

 

 職業病というものであるのか、ブルーの挙動の一つ一つに芝居がかかるのが面倒なところであると、ライトは心底思ったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 破天荒な姉が家に来た次の日。

 ブルーは、『ショッピングに行く!』という理由で今日一日はアルトマーレを周って、満喫してくるのだろうとライトは考えた。一週間はアルトマーレに泊まるという事であり、その間姉の対処に追われる事を思うと、ライトは溜め息を吐くのを止められなかった。

 しかし、今日一日は一人で周るとのことであったので、ライトはいつも通りに釣りに没頭することにした。

 

 アルトマーレの海には、様々な水ポケモンが生息している。『チョンチー』や『マンタイン』。『テッポウオ』や『タッツー』など、軽く数十種類は生息していると思われる。

 さらに、ここ数年で海洋ポケモンの生息域の変動などで、今迄見れなかったポケモンがアルトマーレでも見られるようになったのである。

 

「釣れるといいなァ~。ね、ヒトカゲ?」

「……スー……スー……」

(寝てる……)

 

 桟橋で釣りをしていたライトは、ボールから出していたヒトカゲに声を掛けたが、肝心のヒトカゲはポカポカとした陽気の下、眠りに落ちていたのである。寝方も、うつ伏せという大胆な寝方であり、『首痛くないのかな?』とライトは小声で呟いてみた。

 

 昨日は、一向に打ち解ける様子を見せなかったヒトカゲであったが、ブルーとのバトル以降は少しだけ打ち解けてくれたようにライトは感じた。

 ポケモンの中には、トレーナーの実力を見極めて従うといった個体も存在するのである。レベルの高い個体は、力量のないトレーナーには全く従わず、バトル中に指示を無視して戦ったり、あろうことか眠り始めるポケモンもいる。

 そんな十人十色な性格のポケモン達なのであるが、このヒトカゲはライトの戦いぶりを見て、多かれ少なかれ認めてくれた様子であった。

 

 寝ているヒトカゲの近くでは、桟橋の杭にもたれかかって寝ているストライクの姿がある。

 今の季節は春。エンジュシティでは、桜が綺麗に咲いている季節である。ジョウト地方は、比較的四季を感じやすい温暖な気候が魅力なので、春にでもなれば心地よい日和が毎日のように続く。

 アルトマーレの場合、海の近くに在るため他の町よりは多少気温が高いが、それでも海から吹く潮風が絶妙な体感温度を感じさせてくれる。

 『眠くなるな』と言う方が無茶な話である。

 

「ふぁ~……」

 

 ウトウトするような陽気の下、自由気ままに釣り竿を垂らす。時間のある子供であるからこその贅沢であると言えよう。

 欠伸をした際に目尻に浮かんだ涙によって、視界が薄らぼやける。曖昧になった視界には、地平線に広がる海と、延々と奥へと伸びていく空。そして空を羽ばたく鳥ポケモン達の姿が映る。

 

「楽しい?」

「ウヒャア!?」

 

 急に、首に冷たい物が触れて、素っ頓狂な声をライトは上げる。その声に、ヒトカゲとストライクも目を覚ます。

 バッと後ろに振り返ると、そこには缶ジュースを二本持っているカノンの姿があった。

 

「何だよ、カノン……驚かせないでよ」

「ふ……ふふ…あははは! サ、サイコソーダ飲む? …ふふ…!」

 

 余りにも間抜けた様子を見せたライトに、カノンは左手でお腹を押さえながら笑う。その際に、右手に持っていたサイコソーダと言う炭酸飲料を勧められ、ライトは口の先を尖らせながら受け取る。

 缶の口を開けると、『ぷしゅ』と炭酸の抜ける音が鳴り、潮風と共にソーダの爽やかな香りが鼻を抜けていく。

 

 カノンは、笑いを堪えながらライトの横に座り、同じように蓋を開けてからサイコソーダに口を付ける。

 ライトも喉を慣らしながらサイコソーダを飲み進めていると、ふと袖を掴まれたような感覚が左腕に伝わる。ふと見てみると、そこには物欲しそうな目で見ているヒトカゲとストライクの姿があった。袖を掴んでいるのはヒトカゲであるが、ストライクも熱い眼差しをライトに送り、サイコソーダを飲みたいという意思を必死に伝える。

 

「ほら。二人で仲良く分けてね」

「カゲ」

「シャア」

 

 そう言われて手渡されたサイコソーダを、ヒトカゲはグイッと飲む。小さな体の上にある大きな頭を傾けて、缶の中にある刺激を口に運んだ。『ゴクッ』と喉を一回鳴らせた後、口の周りを腕で拭い、そのままストライクに手渡す。

 それをストライクは、両腕の鎌を器用に扱って缶を挟み、そのまま自分の口へと運んだ。ストライクもまた喉を鳴らせた後に、自分の主であるライトへと缶を渡す。

 缶を受け取ると、丁寧に一口分の液体が残っていた。

 

「ふふっ…ありがと。二人とも」

「シャア」

「……クァ」

 

 ストライクは『勿論!』という感じで首を縦に振り、ヒトカゲは腕を組みながらプイッと首を反らした。『自分はそのつもりは無かった』とでも言いそうなヒトカゲの態度であったが、きっちりストライクの分は残していたという部分に、ヒトカゲの義理堅さがうかがえる。

 そういった所をしっかり受け止めた上で、ライトは自分の手持ち達に礼を述べたのであった。

 

 微笑ましい光景に、カノンは先程とは違う笑みを顔に浮かべていた。カノンが笑みを浮かべていることに気付いたライトは、どこか拗ねたような顔を浮かべる。

 

「……何? ……さっきのまだ笑ってるの?」

「別に~」

 

 ライトの質問に素っ気なく答えたカノンは、先程のライトのように海へと視線を向ける。この桟橋は、カノンも良くスケッチをするために来る場所。

 青と白しか必要としないような一枚の絵は、代わり映えの無いように見えて、実に変幻自在なものである。

 普段であれば、波立つ水面の光の反射をどのように描くか、流れる雲をどのように筆で描くか思案を巡らせる所であるが、無心で眺めるにも絶好の場所。

 

―――カノンの好きな場所であった。

 

 心地よく風に当たるカノンの姿を見て、ライトは釣り竿に視線を戻す。

 

「……うん?」

「ん? ……引いてるね」

 

 よく見ると、竿の先から垂れている糸がピクピクと動き、水面に浮かぶブイは水面を行ったり来たりしている。

 その動きこそ小さいが、何かが確実にかかっていることは二人には解った。

 

「よっし! 久しぶりのアタリだ!」

「コイキングじゃない? ふふっ!」

「……別に特定の狙ってる訳じゃないし……! ほら! もう引き上げるよ!」

 

 竿から伝わってくる重みに興奮しながら引き上げるライトに、カノンは『コイキングなのでは?』とからかう。確かに、コイキングはほとんどの水中で確認することが出来るポケモンである。

 その可能性は大いに高いが、ライトは出来れば別のポケモンを釣り上げたいという願望があった。しかし、根本は『釣りを楽しむ』にであるため、コイキングでもポケモンが釣れればいいのであった。

 

 ライトが大きく竿を撓らせて、水面に浮かび上がった影を引き上げた。それは限りなくコイキングに近いシルエットであり、カノンは既に茶化す準備をしていた。

 

「「―――……ん?」」

「ンボッ。ンボッ」

 

 釣り上げられ、桟橋に姿を現したのは、限りなくコイキングに近いシルエットのポケモン。しかし、確実にコイキングではないポケモン。

 水色のヒレに、ペールオレンジを少しくすませたような色の体の、見方によってはみすぼらしいポケモン。

 

 そのポケモンは、元気よく桟橋の上で跳ねていた。

 


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