ポケの細道   作:柴猫侍

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第四十二話 レポートはこまめに

 

「レポート……ですか?」

『うん。頼まれてくれないかしら?』

 

 釣りを終えてポケモンセンターに帰り、夕食や入浴も経てこれからという場面で掛かってきた電話。

 それは姉・ブルーの友人でもあり、ライトもマサラタウンで暮らしていた頃によく世話になっていた女性―――ナナミだ。

 折り入って頼みごとがあると言う為、今はポケギアではなくポケモンセンターに数台設置されているパソコンでモニター通信をしているところである。

 

 柔和な笑みを浮かべながら合掌するナナミに、どうすればよいものかと頭を悩ます。

 今回のカロス地方留学は、オーキド研究所が旅費を負担するというものであり、旅をするライトにとっては非常にありがたいものとなっていた。

 旅費というものは馬鹿にはならずかなりの金額にもなることをライトは知っている為、オーキドの孫であるナナミの研究の手伝いをして恩を返せればと思うものの、

 

「あの、レポートって何を書けばいいんですか?」

『レポートって言うと、大学生とか研究者みたいな難しい文章を想像しちゃうかな? でも、そんな難しい話じゃないから! なんて言うか、観察日記みたいな感じで大丈夫よ』

「観察日記……それなら何とか書けそうです!」

『そう!? ありがとう、本当に助かるわ~!』

 

 言葉を置き換えることにより、得も言えぬ責任感から解放されて笑みを見せるライト。そんな前向きな言葉にナナミも安堵した色を浮かべ、モニターに映っているライトのイーブイに目を付けた。

 

『ライト君は、イーブイを何に進化させるのかは決めてる?』

「いいえ、まだ……」

『進化先の多いイーブイはそれぞれの進化条件が異なるのは知っているよね? もし、エーフィかブラッキーに進化したら、その時の時刻とかも記録してくれると嬉しいわ』

「わかりました。じゃあ……レポートはどうやってそっちに送れば……」

『う~ん、そうね……適当な紙に書いてからポケモンセンターのジョーイさんに言えば、FAXで送ってくれる筈よ。 電話番号は後でポケギアにメールで送っておくから確認してね』

「はい。じゃあ、街に着いた時を目安にレポートを送りたいと思います」

『ええ、助かるわ! それじゃ、旅頑張ってね! あんまり夜更かししちゃ駄目よ?』

 

 実の姉であるかのように心配してくれるナナミに、恥ずかしそうに照れるライト。実際の姉の方も確かに心配はしてくれるが、プライベートが破天荒な分『う~ん……』となってしまう。

 一通り説明を聞いたライトはそのまま別れの挨拶を告げてモニターを切り、腕の中でムニャムニャと眠たそうに蹲っていたイーブイを見つめる。

 口の端から涎が垂れている為、何か美味しい物でも食べている夢を見ているのだろうか。

 

(イーブイの進化……か)

 

 何度か考えたことはあるが、ナナミの言葉を聞く限りエーフィかブラッキーのどちらかに進化させた方が良いのだろう。

 エーフィは【エスパー】。ブラッキーは【あく】であり、どちらも現在の手持ちには存在しないタイプであり、被ってしまうという事態もない。

 

 超能力による攻撃で相手を寄せ付けることなく圧倒するエーフィか。

 

 非常に高い耐久力によって堅実な戦いをしていくブラッキーか。

 

(ま、深く考えなくてもいいかな……)

 

 進化してくれれば―――健やかに成長してくれさえすれば、トレーナーとしては嬉しい限りだ。

 進化とはあくまで外見的な成長。勿論、能力なども飛躍的に向上するが、進化するまでの成長がようやく外見に現れるだけであり、ポケモンは見えない部分も日々成長し続けている。

 『おや』としてそれは悦ばしいこと。

 唯一タマゴから孵って手持ちに入ったイーブイには、特別な情のようなものを覚えているライト。

 眠っているイーブイを赤子を抱くように腕で抱え、起こさないよう慎重に部屋に戻るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一夜明け、次なる街であるショウヨウシティを目指すライト達。

 天気は快晴であり、崖下の8番道路を歩んでいく二人には燦々と太陽の光が降り注ぎ、昨日のように露わになっている肌を焦がそうとする。

 そのような天気に気温も高いと思われるが、海から吹き渡ってくる潮風によって体感温度はちょうど良いくらいだ。

 

「……でも、帽子は欲しいかなァ~」

「帽子買うの?」

「うん。流石に眩しいから」

 

 普段は額に上げているサングラスをここぞとばかりに掛けているコルニ。

 このままずっと掛けているのであれば、次の街に着くころにはヤンチャムの模様のように日焼けするだろうか。

 それはそれで面白いと言及しないままのライトは、右手で降り注ぐ日差しを遮る。

 

「ブイ~……」

「暑いの?」

「イ~……」

「ボールに戻る?」

 

 人間二人に対し、暑さにやられているイーブイ。確かに、これほどモフモフな体毛を有していれば、熱を逃がすのも難しいのだろう。

 イーブイの進化は環境に適応するためと言われている為、イーブイの時点ではまだ適応力が不十分ということの筈。

 このまま熱中症になれば大変だと考えたライトは、すぐにボールにイーブイを戻す。

 

 首にかかる重さにどこか寂しさを覚えながら、目指す街のある方へと目を遣る。

 

 視界には大空を優雅に羽ばたくキャモメの姿が幾つも見え、沖の方ではホエルオーと思しき巨大なポケモンが背中の部分から潮を吹いていた。

 だが、ホエルオーやホエルコが潮を出しているのは鼻の穴らしい。

 となるとホエルオーやホエルコは、水による攻撃を鼻から出すのかとも考えるが、複雑な気分になったので途中でやめるライト。

 

「ショウヨウシティにはどのくらいで着くんだろう……」

 

 とりあえず今気になる事を口にして、ポケモンセンターにおいて無料で配られている地方のマップを眺める。

 距離にもよるが、ライト達は二日程度あれば次の街へと着く程度の速度で歩いていた。平均だと三、四日程度かかることから、かなりのハイペースで歩いていることが分かるが、本人たちはほぼ無意識でその速度を維持していた。

 流石、マサラ出身と【かくとう】タイプのジムリーダー候補と言える身体能力の高さ。

 

 それは兎も角、ライトの問いに隣で水筒の中の水をゴキュゴキュと音を立てて飲んでいたコルニは、『プハァ!』と息を吐いてから応える。

 

「明日の昼には着くんじゃない? 今朝は早く出てきたし」

「そっかァ……今頃、デクシオとジーナはどこら辺に居るのかな?」

「誰? 友達?」

「うん。一緒にハクダンジムを攻略したんだけど、ミアレで一旦別れたんだ。僕と別れた時はショウヨウに向かうって言ってたから、もうジムを攻略してたりするのかな」

 

 基本ハイテンションでことを進めていくジーナと、そんな彼女を抑止する存在でるデクシオ。

 未だに二人で旅をしているのか、はたまた既に別行動を取っているのか。

 今の所連絡は取っていないが、ショウヨウに着いたら二人に連絡を取ってみようと考える。

 そこまで考えたところで、ライトの隣から『グギュルルル』というビブラートを刻む音が鳴り響き、思わず反射的に振り向いてしまう。

 

 横を見れば、サングラスで瞳は見えないものの、頬を紅潮させて恥ずかしそうに腹部を抱えるコルニの姿が―――。

 

「……お昼にしよっか」

「……了解」

 

 時刻は昼前だが、長い時間歩き続けて消費したカロリーを補給する為、オーシャンビューを気取りながら昼食をとるライト達なのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻・ショウヨウジム。

 険しい山岳地帯をイメージしているかのように、土の上に大小の岩が散りばめられているというフィールド。天井は吹き抜けであり、非常に奥行きがある。高低差を生かした戦い方や、【ひこう】タイプで飛ぶことのできるポケモンにも配慮しているのだろう。

そんなフィールドの下、一人の挑戦者がザクロに挑んでいた。

 フィールドを駆けまわっているのは、小さな暴君と大きな耳が特徴の水兎。

 

 挑戦者である褐色肌の少女は、フィールドを暴れる様に駆けまわるチゴラスの動きを観察しながら、隙を窺っていた。

 

「“バブルこうせん”ですわ!」

「“がんせきふうじ”で弾きなさい!」

 

 大きく体をのけ反らせて無数の泡を発射するマリルリ。

 対してチゴラスは、自分の周囲に岩石を生み出して向かって来る“バブルこうせん”を防ぐように投げ飛ばした。

 フィールドの中央で破裂する泡は、“がんせきふうじ”と相殺して爆発を起こす。しかし、“バブルこうせん”に対して岩石は消えることなく、フィールドにそのまま障害物として配置された。

 

「マリルリ、岩石に向かって“ころがる”で特攻ですわよ!」

 

 瞬間、体を丸めたマリルリが、走っている車のタイヤの如く高速回転をし始め、岩石へと突っ込んでいく。

 

「“じならし”!」

 

 だが、“ころがる”を行使しているマリルリのバランスを崩そうと、ザクロはチゴラスに“じならし”を指示した。

 喰らった者の【すばやさ】を一段階下げる【じめん】タイプの技。威力はまずまずだが、抑止という使い方であれば隙も少なく充分。

 足を高く掲げ、凄まじい速度でフィールドを踏みしめるチゴラス。同時にフィールド全体には大きな振動が伝わり始めていく。

 揺れ始めたことにより、転がるマリルリの体も自然とボールのように跳ね始める。

 

「フフッ……“はねる”!」

「“はねる”……!?」

 

 攻撃技でも補助技でもない、正真正銘の何の意味もない技。

 その技名を口にした挑戦者に驚くザクロであったが、次の瞬間にはそれが何を意味するのかを理解した。

 既に“じならし”によって跳ねていたマリルリが“はねる”によって、大空へ羽ばたかんばかりにフィールドの上へと飛び跳ねる。

 相手から視線を逸らさぬようにと睨みつけていたチゴラスであったが、上空に跳ねたマリルリと吹き抜けから覗く太陽の逆光によって、一瞬怯んでしまった。

 

 その隙を見逃さず、挑戦者は咆える。

 

「“アクアテール”!!」

「ッ……“がんせきふうじ”です!」

 

 直後、“ころがる”状態から続く回転のままに尻尾を振り回し始めるマリルリは、下に立ち尽くしているチゴラス目がけて、激流を纏った尾を振り下ろそうとする。

 見ての通り【みず】タイプの技であるそれを受ければ、【いわ】・【ドラゴン】であり等倍で受ける事の出来るチゴラスと言えど、タイプ一致の一撃で大ダメージは免れない。

 その為、防御壁とばかりに再び“がんせきふうじ”を上空のマリルリへと放り投げたが、如何せん重量で勢いが出なかった。

 

 振り上がる岩石をものともせず、滝の如く振り下ろされる尻尾。

 それは数秒もかからずして、大地を踏みしめている暴君へと命中し、水飛沫をフィールド全体に上げていった。

 吹き上がる水飛沫。挑戦者の作戦では、一旦マリルリが距離をとって様子を見るところであったが―――。

 

(出てきませんわね……ッ、あれは!?)

 

 ようやく開けていく視界。そこには、ウキのような尻尾を強靭な顎で噛みつかれている自分のパートナーが見えた。

 チゴラスの得意とする技の一つ“かみつく”。有名な【あく】タイプの技だ。

 “アクアテール”を喰らい、少なくないダメージを受けても尚、戦意を迸らせて相手の尾を噛みついているチゴラスに、噛まれているマリルリは苦悶の表情を浮かべる。

 

(【あく】タイプの“かみつく”自体は、【フェアリー】タイプのマリルリに効果はいま一つ……ですが、こうなってしまっては作戦も元も子もありませんわ……なら!)

「そのまま“じゃれつく”攻撃ですわ!!」

「ッ、チゴラス!距離を―――」

 

 ザクロの指示も虚しく、先に主の指示を承ったマリルリが満面の笑みで、“じゃれつく”と言う名の暴力を尻尾に噛みついているチゴラスに働いた。

 『ボコボコ!』と言う効果音が似合いそうな殴打の音が鳴り響き、二体を中心にフィールドには砂煙が舞う。

 暫く、先程のように様子を窺えなくなってしまうフィールドであったが、途中で音が途絶えたことにより、一先ずの勝敗が決したことをトレーナーたちは理解した。

 

「……お疲れ様です、チゴラス」

「ナイスですわ、マリルリ!」

 

 ガッツポーズを決めるマリルリと、その足元でのびているチゴラス。すぐにリターンレーザーを照射してボールに戻し、次なるポケモンをフィールドに繰り出した。

 

「アマルス!出番です!」

「ッ……二体目のポケモン」

 

 チゴラスの代わりに出てきたのは、首長竜を思わせるような体格のポケモン。色合いは雪を思わせるような優しい白と青であり、首の後ろで靡いているヒレに至っては虹色に輝いていた。

 

「可愛いポケモンですわね……でも、手加減は致しませんわ!マリルリ、先手必勝です……“バブルこうせん”!」

「アマルス、“10まんボルト”!」

「なッ!?」

 

 遠距離攻撃を指示する挑戦者に対し、同じく遠距離攻撃を指示するザクロ。だが、これまでの“がんせきふうじ”などの物理攻撃ではなく、特殊攻撃―――しかも、マリルリの弱点を的確に突く攻撃に、挑戦者は驚きを隠せない。

 閃く電撃によって次々と破裂していく泡。そしてとうとう、青白い電光はマリルリの下へ到達し、バリバリと音を響かせるようにして爆ぜた。

 

 数秒の閃き。

 それが終了すると、煤けた体のマリルリが目を回してフィールドに倒れるのを審判が確認し、バッと旗を掲げた。

 

「ッ……ゴメンなさい、マリルリ。なら、次はこの子ですわよ!フシギソウ!」

 

 マリルリを戻し、次に繰り出したのは蕾を背に背負う蛙のような見た目のポケモン。キリッとした目つきで、勝ち誇った顔を浮かべるアマルスを睨みつける。

 

「“はっぱカッター”!」

「“げんしのちから”!」

 

 次の瞬間、蕾の根元辺りから無数の鋭い木葉を手裏剣のように繰り出すフシギソウ。それに対してアマルスも、“がんせきふうじ”とは一味違った岩状のエネルギー体を、“はっぱカッター”を相殺するように繰り出す。

 【くさ】タイプである“はっぱカッター”に対し、“げんしのちから”は【いわ】。相性だけで言えば“はっぱカッター”の方が有利であるのだが、簡単に突破することはできなかった。

 岩状のエネルギー体を葉が穿つと、収束されていたエネルギーが解放されて爆発を起こす。

 砂塵はフィールドの端に立っているトレーナーたちの下へも届くが、慣れているザクロは不敵な笑みを浮かべ、挑戦者は緊張した面持ちで次の一手を放つタイミングを窺っていた。

 

「フシギソウ、“つるのムチ”で首を掴みなさい!」

 

 刹那、先程“はっぱカッター”が出てきた場所から十数メートル程の細い蔓が現れ、アマルスの首を絡め取る。

 効果抜群な【くさ】タイプの技を受けて顔を歪めるアマルス。同時に、フシギソウも眉間に皺を寄せるが―――。

 

「そのまま蔓を引っ込める勢いで“とっしん”ですわ!」

「ならばこちらも“とっしん”!」

 

 直後、掃除機のコードを巻きとるかの如く蔓を収納していくフシギソウは、その際の勢いでアマルスへと突っ込んでいく。

 ハクダンジムでも使った作戦。例え相手が【いわ】であり効果がいまひとつであろうが、少なくないダメージを与えることはできる筈。

 

 そう考えている挑戦者に対し真っ向勝負を挑んだザクロ。

 二体のポケモンは大地を蹴って、互いに全速力で相手に向かって突進していく。

 

―――ガンッ!

 

 鈍く乾いた音。

 激突した二体のポケモンは、数秒の間、激突の衝撃で身を硬直させており、その場から動こうとはしない。

 だが、次の瞬間に片方のポケモンが崩れ落ちた。

 先に動き、優勢を誇っていたかに思われていたポケモンが。

 

「フシギソウ!? くッ……戻って休んでて下さいまし!」

 

 思わぬ決着に驚愕を隠せない挑戦者。“とっしん”は【ノーマル】タイプの技であり、【くさ】・【どく】であるフシギソウには等倍だ。

 なのにも拘わらず、同じ威力の技を放ったフシギソウはたった一撃でアマルスの攻撃の前に倒れてしまったのか。

 

「お教えしましょう。アマルスの特性は“フリーズスキン”。【ノーマル】タイプの技を繰り出した時、その技のタイプは【こおり】へと変化し、尚且つ威力も上昇します」

「ッ……“フリーズスキン”……!?」

 

 心を見透かしたかのように原理を説明したザクロ。初めて聞く特性に驚愕するものの、その説明を受けて得心した。

 【こおり】にタイプが変化したのであれば、【くさ】タイプを有するフシギソウには効果抜群となり、同じ“とっしん”でも相手の方が競り勝ってしまう。

 

「一筋縄ではいかないという訳ですわね……!」

「勿論。トレーナーの全力を引き出した上で、その実力が如何なるものかを審議するのがジムリーダーです。貴方の全力を引き出す為となれば、こちらも全力を出す事は厭いません」

 

 淡々と語るザクロであるが、その顔には笑みが浮かべられている。

 今回のジム戦は、挑戦者のジムバッジが一つということもあり、挑戦者三体でジムリーダーが二体使うという形式をとっていた。

 最初のバトルで先に相手を打ち取り、三体一となって慢心が生まれたであろう瞬間に一気にイーブンまで引きこむ。

 

(流石に……強い!)

 

 込み上がってくるのは焦燥、畏怖、そして―――歓喜。

 そうだ、こうではなくては。

 

 ポケモンリーグに出場するまでの道のりは決して軟ではない。それを知っても尚自分は、長い間プラターヌの下で研究を手伝い、知識を蓄え、今こうして旅をしてジムリーダーを相対しているのだ。

 

「そうですわよ……逆境こそが、好機ですわ!! 限界を超えて、十二分の力を発揮した上で貴方を倒すと宣言します、ザクロさん!!」

「いい心がけです! さあ、最後のポケモンを!」

「ええ……頼みましたわよ、ヒトツキ!―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――【はがね】を切り札に取っていたとは……私の采配ミスです。ジーナさん、君の実力は本物でした。私に勝った証として、このウォールバッジを授けましょう」

「有難うございますわ、ザクロさん!」

 

 ザクロからウォールバッジを受け取るのは、彼に勝利したジーナであった。彼女の周りには、最後に繰り出された『ヒトツキ』という剣の形をしたポケモンが嬉しそうにフヨフヨと漂っている。

 満足そうにバッジを眺めた後にケースに仕舞ったジーナは、見事勝利を掴みとってくれたヒトツキに頬ずりした。

 

「よく頑張りましたわね、ヒトツキ!」

「―――♡」

 

 ヒトツキは【はがね】と【ゴースト】の複合タイプであり、【いわ】・【こおり】タイプであったアマルスには抜群の相性を誇っていた。

 それ故、アマルスの得意とする【いわ】の攻撃も【こおり】の攻撃も何とか凌ぎきり、見た目の通り鋭い攻撃によってアマルスを下したのである。

 

「一昨日にも、デクシオという少年が私に勝っていきましたが……彼も中々いいトレーナーでした」

「まあ、デクシオはもう攻略なさって?」

「知り合いですか?」

「ええ。……あッ、ではライトという男の子のトレーナーは、このジムに挑戦なさっていますか?」

「いいえ。その名のトレーナーは来ていませんね……」

「そうですか……」

 

 何やら顎に手を当てて思案を巡らせるジーナに、何事かとキョトンとした顔をするザクロ。

 しかしジーナはすぐさま溌剌とした笑みを浮かべ、ザクロに一度立礼をした。

 

「今日はお世話になりましたわ! またご機会があれば!」

「ええ。バトルシャトー辺りで、プライベートで戦える事を楽しみにしていますよ」

「ああ、それと……―――ライトというトレーナー、あたくしやデクシオよりちょ~~~っと強いかもしれませんので、是非お楽しみに! それでは!」

 

 悪巧みしているかのような笑みを浮かべたジーナはボールを一つ取り出し、そこからサイホーンを繰り出し、すぐさま背に乗りかかった。

 咆哮を上げたサイホーンはジーナを背に乗ったのを確認すると、ポケモンセンターを目指す為にドタドタと地響きを響かせながら、ジムから発っていく。

 

 彼女の移り気な態度と、最後の意味深な発言に困ったような溜め息を吐きながら、ザクロは荒れたフィールドを手入れする為に室内へと戻っていく。

 水やら岩石やら氷やらと、荒れたフィールドを均すのは骨の要る作業となりそうだが、そこはポケモンの力を借りようとザクロはプライベート用のポケモンであるガチゴラスを繰り出し、“じならし”を指示する。

 大きな足でぬかるんでいたり、氷が張っていたりとするフィールドを瞬く間に平らにしていくガチゴラス。

 

 そんなガチゴラスの後ろでは、腕を組んでいい笑顔を浮かべるザクロの姿が―――。

 

(成程……彼女や先日の彼よりも強いかもしれないトレーナーですか……)

「これは、良い(トレーナー)そうですね」

 

 一度会ったことのある人物とも分からず、ザクロはライトの到着を心待ちにするのであった。

 


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