ポケの細道   作:柴猫侍

45 / 125
第四十四話 運も実力の内って言うよね

 

 

 

 

 フィールドの中央で激突するのは翼竜と蟷螂。上空から滑空してくるプテラは翼に力を込め、大地を蹴って飛翔するストライクは鋭い鎌を振るった。

 ガキンッと鋭い刃物同士が衝突した甲高い音が鳴り響くと、二体のポケモンは互いに距離をとる。

 

 宙返りしてザクロの目の前まで戻るプテラに対し、ストライクもまた軽快な身のこなしでライトの眼前に着地した。

 

 刹那の剣戟。

 

 太古の空の王者に相対するのは、森林で最大の戦闘力を発揮する戦士。純粋な力では一歩も退かず、次なる攻撃に備えて身構えるストライク。

 観戦しているコルニは、ピタリ、と動かなくなるストライクを眺めながら固唾を飲んでいた。

 【むし】・【ひこう】であるストライクで【いわ】・【ひこう】のプテラと真正面から戦おうというのは、余りにも悪手だ。

 しかし、ボールに戻さないでバトルを続行するということは、それなりの理由があるという事。

 

 考えられるのは、ストライクしかプテラと真面に戦うことができないというものだ。

 

 【ひこう】を有するプテラは常に宙で羽ばたいており、戦法としては鳥ポケモンに非常に近い形をとる。

 攻撃を仕掛ける場合は接近してくるが、それ以外は近接攻撃の届かない場所で待機しているのがほとんど。

 つまりどういうことかと言うと、ライトの手持ちにはプテラに対抗できるだけの遠距離攻撃を有しているポケモンが居ないということだ。

 

 キモリは“りゅうのいぶき”や“メガドレイン”、リザードは“りゅうのいかり”や“ひのこ”を使えるものの、二体ともプテラの有しているタイプを苦手としている。

 更にプテラの動きの速さも相まって、攻撃を当てる事は至難の技となっていた。

 

(臆病なキモリじゃ、相手に翻弄されて充分に力を発揮できない……リザードはどちらかと言えばインファイターで、接近戦の方が得意だし)

 

 性格や戦い方。その二つを考慮した時、二体がプテラに対して勝ち筋を見出すのは困難を極めていた。

 残る選択肢の内、ヒンバスは特殊攻撃を主体とする相手に強く出れるが、物理攻撃主体のプテラには強く出ることができない。

 

 すれば自ずと、残ったのはストライク。

 相手が攻撃を仕掛けてくる刹那の隙と、降り注ぐ岩石を回避しきるだけの反射神経を有すエース。

 幸いにも【いわ】に有効な対抗手段である“はがねのつばさ”や“かわらわり”を扱える。

 だが、今するべきは―――。

 

「“かげぶんしん”!」

 

 瞬間、ストライクの姿が無数に分裂していく。その数にプテラの瞳もあちこちへと忙しなく動くが、ザクロの『落ち着きなさい』の一言で冷静さを取り戻した。

 その間にもストライクの分身の数は増えていき、合計二十体以上分身がプテラの前に立ちはだかる。

 

(【いわ】技は強力だけど、命中率が低いのがネックだ。突破するには、そこを狙うしかない!)

「“はがねのつばさ”!」

 

 再び鋼鉄のように翅を硬化させるストライクは、大地を疾走して羽ばたくプテラへ特攻する。

 分身して二十体にも及ぶストライクが一斉に肉迫するのを目の当たりにしたザクロは、『ふむ』と呟いてから口を開く。

 

「“そらをとぶ”です!」

「追撃!」

 

 大きな翼を羽ばたかせて、砂煙を巻き上げながら上空へと飛翔するプテラ。ライトはその光景にすぐさま追うよう指示し、ストライクは大地を蹴って加速するように飛び跳ね、そこから背中の翅を動かして追っていく。

 一体を追うのは二十体。

 プテラの下には今にも“はがねのつばさ”を叩きこもうとするストライクが屯している。

 しかし、それを確認したザクロは不敵な笑みを浮かべた。

 

「空中であれば、地上程ストライクは俊敏に動けません。ならばそこを叩きこむのみ。“がんせきふうじ”です!」

 

 次の瞬間、プテラの周りには岩石が出現し、追撃しようとするストライクめがけて“がんせきふうじ”を“いわなだれ”よろしく放ってくる。

 ザクロの説明に苦々しい顔を浮かべるライト。確かに空中であれば、ストライク本来の俊敏な動きは息を潜めるだろう。

 

 こうして考えている間にも、降り注ぐ岩石に折角の分身も次々と消え去っていき、本体が露わになるのは時間の問題になってきた。

 『ならば』、と声には出さずに口にしたライトは声を張り上げる。

 

「ロールだ、ストライク! “きりさく”に変更!」

 

 指示を受けたストライクの翅はみるみる元の色に戻っていくが、その間にストライクは見たことのない構えを取り、ザクロや観戦しているコルニも目を見開く。

 その構えとは、ストライク最大の武器である鎌を横に広げ、右の鎌を前に、左の鎌を後ろに向けるというものであった。

 すると、降り注ぐ岩石に対しストライクは、自分の体を大きく捻って勢いをつけ、一気に反時計周りに回転し始める。

 

 ザクロは、岩を砕くための方法かと考えた。しかし、それはすぐさま否定される。

 自分に降り注いできた岩石に鎌をかけたストライクは、回転の勢いで大きく弾かれて上に跳ねた。

 分身は全て消えて残るは本体だけになったが、その本体は回転しながらピンボールのように岩石に弾かれながら上に上っていく。

 

(これは……擬似的な“ロッククライム”……!?)

 

 今まで見たことのない手段をとる相手に感心しながらも、ザクロは今にもプテラの下へ届きそうなストライクを見かね、指示を口にする。

 

「“ほのおのキバ”です! 鎌を受け止めなさい!」

 

 凄まじい勢いで回転してくるストライク。あれを止めるのは至難の業であるが、止めれば相手の攻撃を無効化できる。

 そう考えたザクロの指示を受け取り、自分の【すばやさ】に比例して鍛えられている動体視力でストライクの動きを見極め、赤熱した牙を備える顎でストライクを、

 

―――ドォン!

 

 噛み付いた。

 噛み付きと同時に、プテラとストライクの間には爆炎を吹き上がる。【ほのお】タイプの技である“ほのおのキバ”はストライクに効果が抜群。

 少なくないダメージを受けたであろうパートナーに歯を食い縛るライトであったが、爆炎で姿を窺う事の出来ない隙に叫ぶ。

 

「“かわらわり”ィ!」

 

 刹那、爆炎が切り裂かれ、地上に向かって凄まじい勢いでプテラが落下し、フィールド上に叩き付けられる。

 その光景に驚くザクロ。

 だが、ライトが指示したことは非常に簡単なことだ。“きりさく”を受け止めたプテラであるが、一方の鎌を捕えたところで片方の鎌は余っている。

 相手にもよるが、プテラであれば受け止める事の出来る鎌は一方のみ。故に、“ほのおのキバ”を受け止めて動きが止まった所を、もう一方の鎌での攻撃を叩き込んだ。

 

 ただ、それだけ。

 

 “かわらわり”と地上に激突した衝撃で、プテラにも少なくないダメージが入っている筈。

 すぐさま畳み掛ける為、爆炎を潜って地上に滑空するストライクに指示を出す。

 

「今度こそ“はがねのつばさ”だ!」

「“がんせきふうじ”です!」

 

 翅を広げて滑空するストライクに対し、プテラは地上に足を着けた状態で岩石を放り投げる。

 放り投げられたうちの幾つかはストライクの体に直撃するものの、ストライクは歯を食い縛って気合いで特攻を仕掛けた。

 そしてとうとう、“はがねのつばさ”をプテラに叩き込んだ。上空から滑空し、“がんせきふうじ”で勢いは若干衰えたものの凄まじい勢いで叩きこまれた攻撃に、二体を中心に砂塵が巻き上がり、砕け散ったフィールドの岩の欠片もパラパラと周囲に巻き散る。

 それらを腕で防ぎながらも、二体の攻防の結果が如何なるものか見逃さないようにと、必死に瞼を開けたままにしていた二人。

 そして、

 

「シャアアアアッ!」

 

 翅をバッと広げると砂塵が掻き消え、咆哮を上げるストライクと地面で倒れているプテラの姿が垣間見える。

 ストライクの勝利―――かに見えた。

 

「ッ……ストライク!?」

 

 次の瞬間、ストライクの体に炎が奔ったのを目の当たりにすると、先程まで咆哮を上げていたストライクが地面に崩れ落ちた。

 

(【やけど】……“ほのおのキバ”の時か……!?)

「戻って、ストライク! ナイスファイトだったよ!」

「プテラ、戻って休んでいてください」

 

 フィールドで重なるようにして倒れている各々の手持ちにリターンレーザーを当て、戦闘不能になったポケモンを回収する。

 一戦目とは違い、状態異常の事は考慮していなかったライト。【こうげき】が半減すると同時に、時間が経つたびにダメージを受ける状態異常の【やけど】。物理攻撃を主体とするポケモンは避けたい状態異常だ。

 だがそれでもプテラを打ち取ったという事は、運よく“かわらわり”か“はがねのつばさ”のどちらかが急所に当たったということなのだろう。

 

 どちらにせよ、十二分な働きをしてくれたエースに感謝しながら、最後の一体のボールに手を掛ける。

 

「最後の一体だよ! 頑張って、キモリ!」

「チゴラス! 出て来なさい!」

 

 飛び出してきたのは、俊敏な動きが売りであるキモリ。対してザクロが繰り出したのは、以前バトルシャトーで繰り出したガチゴラスの進化前であるチゴラス。

 身長で言えば三十センチ程チゴラスが大きいだけであるが、屈強な体格を見ればキモリとは一回りも二回りも強靭な肉体を有している事は容易く想像できた。

 

(進化後とタイプが一緒なら、チゴラスは【いわ】・【ドラゴン】……なら、“りゅうのいぶき”で行ける!)

 

 【ドラゴン】を有すチゴラスには、本来【いわ】に対して効果を望める【くさ】タイプの攻撃も等倍になってしまう。

 しかし、その代わりにチゴラス自身の有している【ドラゴン】タイプの技が弱点となる。

 幸いにも攻撃手段の【ドラゴン】技を持っているキモリは、有効な対抗手段を事前に持ち合わせていたという事になり、一先ずライトはホッと胸をなでおろした。

 

 だが、バトルはまだ終わっておらず、寧ろこれからが本番と言ったところだ。

 

「キモリ、まずは“でんこうせっか”!」

 

 攪乱。

 キモリの戦術は走る事から始まる。臆病なキモリは、怯んで動きを止めてしまえば、そこから足が竦んで反応が遅くなってしまう。

 耐久の低いキモリにはそれは致命的だ。だからこそ、相手の攻撃を受けない為には動かないことには始まらない。

 

「チゴラス、“すなあらし”です!」

(“すなあらし”……!?)

 

 キモリがチゴラスの周りを疾走すると同時に、チゴラスは咆える。すると先程まで無風であったフィールドが瞬く間に激しい砂嵐に包まれていき、一気に視界が悪くなった。

 目を細めなければ砂が目に入ってバトルすることもできない程であり、ライトは歯軋りをするも、『ジャリッ』と音を立てる口に不快感を覚える。

 

「くッ……“メガドレイン”!」

 

 満足にパートナーの姿も窺う事も出来ない天候。“にほんばれ”による日差しが強い天候や、“あまごい”による雨脚の強い天候、そして“あられ”による霰が降り注ぐ天候に並べられる天候の一つであり、【いわ】、【はがね】、【じめん】のタイプに恩恵をもたらす。

 その効果は、

 

(確か……【とくぼう】を少し高める、だった筈……!)

 

 基本、砂嵐の天候の中では上記の三つ以外を有さない、若しくは特性で無効化しない場合は時間が経つにつれてダメージを受けるというものであり、何もせずに居るのは明らかに悪手。

 更に、ここで特殊な効果で【とくぼう】を高められる―――それはつまり、キモリの戦闘力を半減させられることに等しい。

 

 辛うじてキモリは回復技を持っているものの、元々体力の少ないキモリにとって長期戦は避けたいところだ。

 今頃キモリは、チゴラスに対して“メガドレイン”を仕掛けているのだろう。

 砂塵の壁が薄くなるたびに、中でチゴラスの周囲を走りまわりながら“メガドレイン”を繰り出している姿は窺える。

 

「キモリ、“りゅうのいぶき”!」

 

 打つべき手は、『速攻』。

 砂嵐に勢いを殺されながらも、“りゅうのいぶき”は宙を爬行していきチゴラスの体に命中する。

 効果は抜群だ。

 だが、効果抜群である筈の技を受けても尚チゴラスは怯まず、不敵な笑みを浮かべつつ鋭い眼光をキモリに向けた。

 

―――“にらみつける”。

 

 只でさえ低い【ぼうぎょ】をさらに下げられる。

 既に一歩も退けない状況に陥っている為、ライトは続くようにもう一度叫んだ。

 

「もう一度、“りゅうのいぶき”だ!」

「“がんせきふうじ”で相殺しなさい!」

 

 再び口腔から蒼い炎を噴き出すキモリ。だが、その炎を遮るようにチゴラスの前に岩石が降り注ぐ、瞬く間に炎を遮断する。

 

「“でんこうせっか”で肉迫!」

 

 しかし、視界が悪い中で自分の前方に岩を積み上げるという行動に出るチゴラスに、ライトは好機と言わんばかりに肉迫を指示する。

 チゴラスは見た目通りかなりのパワーを有しているものの、動きは大振りで、尚且つキモリより遅い。

 攻撃を的確に回避し、隙を突いていく戦法をとればキモリでも―――。

 

「……キモリ?」

 

 動かない。

 “りゅうのいぶき”を放った後から硬直して動かないキモリは、“でんこうせっか”を繰り出す事も無く、只その場で立ち尽くしている。

 その異変にライトのみならず、相手をしているザクロや、観戦しているコルニでさえも違和感を覚えた。

 だが、これは公式戦。そのような隙を見逃す筈も無く、ザクロは動く。

 

「“かみつく”です、チゴラス!」

「ッ、距離をとって! キモリ!!」

 

―――尚も動かず。

 

 しかし、眼前に迫ってくる暴君に怖れを為したのか、顎が振り下ろされる寸前に咄嗟に背中を見せた。

 それに伴いキモリの立派な尻尾がチゴラスの方に向けられ、チゴラスもその尻尾へとターゲットを定め、思い切り噛み付く。

 短いキモリの悲鳴と同時に、チゴラスは尻尾を噛んだままその場で回転し、キモリをライトの下へと投げ飛ばす。

 ボールのように地面を弾んで戻ってくるキモリに、ライトは心配したように視線を向ける。

 

「大丈夫、キモリ!?」

 

 声が響くと、ゆっくりとキモリは立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――震えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライトにこそ見えていないが、ザクロ達からは完全に戦意を喪失させたキモリの姿が窺える。

 これまでの二体とは違い、余りにも拍子抜けした様子にザクロは訝しげな顔を浮かべた。

 

「……キモリの目の前に“がんせきふうじ”です」

 

 ザクロの落ち着いた声を聞き、砂嵐の中的確にキモリには当てず眼前に岩石を放り投げたチゴラス。

 それに対しキモリは、自分に当たっていないにも拘わらずその場に頭を抱えて蹲り始める。

 

(……成程。これ以上は、蛇足かもしれませんね)

 

 口にしないながらも、相手であるキモリを既に見限るザクロ。イーブイやストライクなどとは違い、戦意を完全に失った相手を倒す事など赤子の手を捻るよりも簡単であり、ルール上既にライトの今回の挑戦は失敗に終わったことになる。

 最後に出していたのが、バトルシャトーで繰り出していたリザードであれば、苦手な相手であっても勝機はあったはず。

 

(これは、彼の選出ミス……と言ったところでしょうか)

 

 失望したかのような目でライト達を見つめるザクロ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――キモリッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を突き抜けるのは怒号。

 

「……ライト?」

 

 今迄に聞いたことのない声に、観戦していたコルニは茫然として怒号を上げたライトを見つめる。

 先程まで蹲っていたキモリは主人の怒号に恐怖を忘れ、絶対零度の境地に至ったかのように顔を青くしてライトの方へと振り返っていた。

 

 しかし、振り返った先の瞳に映っていたのは、自分への失望でも、怒りでもなく、

 

「……大丈夫」

 

 真っ直ぐな瞳。

 次の瞬間、ライトは思いっきり自分の胸に拳を当てて、自分を見つめるパートナーに口を開いた。

 

「怖いのは分かるよ。君のトラウマはそう簡単に治らないって分かってる。でも君が立ち上がったのを、僕はしっかり見てる」

 

 潤み始める瞳は、荒れ狂う砂嵐の所為ではない。

 

「僕はそんな君を信じてる。挫けたら立ち上がればいい。何度でも立ち上がればいいんだ」

 

 ギュッと服を掴むライトは、砂塵の中のキモリを一点に見つめる。

 

「立ち上がれなくなったら、僕達が手を貸すから。その為の仲間でしょ? でも……皆の努力を蔑ろにするようなことだけはしちゃ駄目だ」

 

 そう言われたキモリは、ライトの腰ベルトに装着されているボールを一瞥した。このジム戦で傷ついたイーブイやストライクの他にも、今回は参加していないリザードやヒンバスも居る。

 この場に出ていないだけで、リザードたちも一緒に戦っているつもりの筈。

 ボールの中から仲間へと激励を送っていた筈。

 

「……もし君が、相手に勝てるわけないって自分の事を信じられてないなら、僕達を信じて。僕達の信じる君を信じてみて。勝てない事が駄目なんじゃない。全力でやらないことの方がよっぽど駄目だ」

 

 ゆっくりと歩み寄っていくライトは、キモリの手を取って立ち上がらせる。

 

「……どうする? 心の準備がまだなら、明日でもいいよ。明後日でもいい。でも、君無しにショウヨウジムを攻略しようとは思わない。君だからこそ、意味があると思ってる」

 

 強制はせず、尚も手を取る。

 そして―――。

 

「……キャモ!」

「よしッ! なら、頑張ろう!」

 

 ファイティングポーズを見せるキモリに満面の笑みを見せた所で、ライトは再びフィールドの端へと戻る。

 砂嵐の影響で大分髪が崩れているものの、てんで構わずにザクロとチゴラスを睨みつけた。

 それはキモリも同じであり、先程の怯えは嘘のように消え去っている。

 

「……準備は整ったみたいですね」

「すみません。お待たせしちゃって」

「いえ。寧ろ、面白くなってきました。心が……震えるようですよ……!」

 

 好戦的な笑みを浮かべるザクロに、ライトもまた好戦的な笑みを浮かべ返す。砂嵐は未だ続いているものの、ライトの目は慣れてきていた。

 キモリへの最上級のサポートをするのであれば、的確な指示を出すための状況把握が何よりも大切になってくる。

 これまで天候を操って戦う相手と相まみえたことのなかったライトであったが、この数分間で砂嵐に対してだけはある程度の抵抗がついたようだ。

 

 長い間砂嵐の中に居たキモリの体には、細かい擦り傷のようなものがついている。

 

(まずは回復か……いや)

「“りゅうのいぶき”を地面に発射!」

 

 砂塵舞う中、キモリは指示通り自分の眼下のフィールドに勢いよく“りゅうのいぶき”を放射する。

 蒼い炎は砂嵐に巻かれ分散していく。

 すると瞬く間にキモリの周囲の砂嵐には蒼い炎が混ざり、チゴラスの周囲よりも視界が悪くなる。

 

「目くらましが狙いですか。ならここは、“じならし”です!」

 

 直後、チゴラスは足を振りおろし、フィールド全体を揺らし始める。相手を選ばない全体攻撃である“じならし”は、攻撃と同時に喰らった相手の【すばやさ】を一段階下げる効果を有す。

 【すばやさ】が売りのキモリには有効な手段―――かと思いきや、“じならし”で揺れている中でもチゴラスの周りを駆け抜けていく影が一つ。

 

「“メガドレイン”!」

 

 疾走しながらチゴラスの体力を自らの糧とするキモリ。未だ体力に余裕はあるものの、流石に気を抜いたような顔を見せなくなる。

 腕を組みながら砂嵐の中を覗くザクロは、“でんこうせっか”で動きまわるキモリを常に視界におく。

 そして、

 

「前方に“がんせきふ―――」

 

―――キキ―――ッ!

 

「うじ”……?」

 

 キモリの進路に“がんせきふうじ”を仕掛ける事により、キモリ自身に岩石に突っ込んでもらおうと考えたザクロであったが、どういう訳かザクロが完全に指示を出す前に。さらに言えば、ライトの指示も無しに急ブレーキを掛けた。

 それに伴い、チゴラスの前方へ繰り出した“がんせきふうじ”は、ただフィールドに新しい障害物を設置するだけに終わる。

 

 急ブレーキを掛けたキモリはと言えば、自分の勝手な行動をリセットする為に一度ライトの目の前まで『ダダダッ!』と大急ぎで戻っていく。

 焦燥を顔に浮かべ、冷や汗をダラダラと掻いている辺り、何かして来ると考えて思わず体が動いてしまい、結果として“がんせきふうじ”を避けることに繋がったのだろう。

 

 簡潔に言えば、偶然。

 

 思わぬ出来事に、ザクロのみならずライトも呆気にとられた色を顔に浮かべる。

 

「あッ……えっと……ナイス、キモリ!」

 

 偶然のファインプレーを讃えたところで、ライトはフィールドを見渡す。若干砂嵐も弱まってきており、晴れるのも時間の問題。

 それまで時間を稼ぐのが重要になってくるが、今の“がんせきふうじ”によって新たに設置された岩に注目する。

 

「キモリ、今度は岩陰に隠れながら“でんこうせっか”で攪乱して」

 

 今在る物体を最大限に利用しようと考えるライトは、上手く岩を使うよう指示する。キモリ本来の生息地は森の中。

 夥しい木の群れを飛び回る事を得意とする種族。つまり、障害物を足場とするのが得意なのだ。

 岩でも十分キモリが飛び回る事のできる足場にはなり得る。

 

 “でんこうせっか”で岩陰に隠れながら走りまわるキモリを、チゴラスは瞳を忙しなく動かして捕捉しようとするが、今度は中々捉えられない。

 自分で天候を変えて視界を悪化させたとは言え、流石にこれは拙かったかと考えるザクロは、再び全体攻撃を指示した。

 

「“じならし”です!」

 

 再び揺れるフィールド。残り少ないキモリの体力がどんどん削られていく。【じめん】タイプの技であり、【くさ】のキモリには今一つでも致命的な一撃だ

 だからこそ、喰らわないようにと声を張り上げた。

 

「岩を蹴ってジャンプして、チゴラスに突っ込んで!」

「ッ!」

 

 チゴラスがフィールドを踏んだ瞬間、同時にキモリも岩を蹴って大きくジャンプする。流石の脚力とも言える程飛び上がるキモリは、大の字に腕や足を広げてチゴラスに飛び掛かっていく。

 “じならし”を繰り出した隙を狙っての行動。思わずザクロの眉間にも皺が寄る。

 

「チゴラス、“がんせきふうじ”です!」

「“りゅうのいぶき”!」

 

 満身創痍のキモリであれば、特攻してきたところを返り討ちにすれば討ち取ることができると、ザクロは“がんせきふうじ”を指示する。

 砂塵舞う中で岩石を準備するチゴラス。そのような竜に対し、再び蒼い炎を吐き出そうとするキモリであったが―――。

 

「ッ、しまった!」

 

 “りゅうのいぶき”が吐きだされる瞬間に、砂嵐が止んだ。

 自分達の優位を確立していた天候が終了し、ザクロは苦々しい表情を浮かべる。

 

(ですが、まだチゴラスの体力は……!)

 

 砂塵が晴れたと同時に用意されている岩石ごと包み込む息吹を吐き出すキモリ。チゴラスは避ける術を持たず、そのまま“りゅうのいぶき”の直撃を喰らう。

 苦悶の表情を浮かべるものの、チゴラスは闘志に満ちた瞳でキモリを睨みつけている。これならば、攻撃が終わった瞬間の隙を狙ってバトルに決着は着く。

 

「チゴッ!?」

「チゴラス!?」

「ッ……チゴラスに張り付くんだ、キモリ!」

 

 蒼い炎が無くなると同時に反撃に出ようとしたチゴラスであったが、刹那、チゴラスの体をスパークが奔る。

 それに伴い、用意していた岩石もそのまま落としてしまい、反撃の手段を無駄にしてしまう。

 

(ここで……【まひ】を……!?)

 

 “りゅうのいぶき”の追加効果―――一定確率で相手を【まひ】にする。まさか、それを土壇場のここで引き当てるとは。

 これではまるで、最初のアマルスとイーブイのバトルの時と逆ではないか。

 そう考えている間にも、キモリは『ペタッ』とチゴラスの大きな頭に張り付く。手足の裏に生えている棘をしっかりと食い込ませ、指示通り張り付くキモリの瞳はまだまだ闘志に満ち溢れている。

 更にここで、キモリの体からエメラルド色の光が放たれ始めた。

 

 一瞬、“メガドレイン”による体力の吸収かともザクロは考えたが、どうやら様子が違う。

 

―――“しんりょく”

 

 体力がある程度まで減った時に、【くさ】タイプの技の威力を上げるという特性。砂嵐とチゴラスの度重なる攻撃で疲弊したキモリの体力は限界まで減っており、それがトリガーとなって特性が発動した。

 

(しまった!【まひ】では、折角下げた相手の【すばやさ】よりもチゴラスが……!)

「キモリ、そのまま“メガドレイン”!」

 

 通常よりも強力な“メガドレイン”をゼロ距離でチゴラスに繰り出すキモリ。すると、チゴラスは苦しそうに呻きながら、大暴れし始める。

 【まひ】している中でもブンブンと頭を振るってキモリを吹き飛ばそうとするチゴラスだが、全然離れる気配はない。

 そうしている間にも、刻一刻と体力は吸収されていくが、

 

「チゴォオオオ!!」

「キャモ!?」

 

 突然、ザクロの指示も無しにチゴラスはフィールドを走り始める。そんなチゴラスの向かう先は、先程の“がんせきふうじ”が積み重なってできた岩壁。

 そこに頭に張り付いているキモリを叩きつけて剥がそうと考えるチゴラスの行動であったが、生憎、キモリは臆病であった。

 

「キャモ―――ッ!?」

「チゴッ!?」

 

 これまたトレーナーの指示もなしにチゴラスの頭から飛び退いたキモリ。同時にチゴラスは、何のクッションもない頭で自分が繰り出した岩石に頭部をぶつけた。

 『ガンッ!』と痛そうな音が鳴り響き、見る者はあんぐりと口を開ける。

 咄嗟に飛びのいたキモリは不恰好に地面に落下し、その後ろではチゴラスが脱力して地面に崩れ落ちた。

 

「……キャモ?」

 

 何事かを振り返れば、目をグルグルと回して気絶しているチゴラスの姿があり、呆気ない幕切れに苦笑いを浮かべるトレーナーたちの顔が、キモリの視界に映る。

 キョロキョロと辺りを見渡すキモリの下には、ゆっくりと歩み寄ってくるライト。ザクロもまた、戦闘不能になったチゴラスをボールに戻し、ポケットからバッジを取り出す。

 そして茫然と佇まっているキモリの手にそれを握らせ、ニコリと微笑みを浮かべた。

 

「……ギリギリの勝負とは言ったものですね。最後の最後で、トレーナーの指示を待たずして手持ちが動いたことで敗北するとは……自分の未熟さに呆れて物も言えません。ですが、貴方達が勝ったのは事実。この『ウォールバッジ』を授けましょう」

「ザクロさん、ジム戦ありがとうございました!」

 

 キョトンとするキモリの背後から近づいて来るライトは、キモリを抱き上げて立礼をザクロに対して行う。

 そして顔を上げると、複雑そうな顔でキモリの頭を撫で始める。

 

「なんか……運任せな試合になっちゃいましたけど……」

「いいんですよ、運任せでも」

「え?」

「運も実力の内という言葉もあるくらいですし、自分の身に降り注ぐ幸運は最大限に利用するのが、ポケモントレーナーというものです。もしそれでも君が今回のバトルに納得できないというのであれば、これから本当の実力というものを見せていけるよう邁進していけばいいのですから」

「……はい」

 

 ザクロのフォローを受けながら、今度はキモリをジッと見つめるライト。

 

「……頑張ったね。ホント……よく頑張ったよ」

 

 ギュッと抱きしめる小さな体。次第にキモリの顔を押し付けている胸の辺りが湿ってくるが、それでもライトは力を緩めない。

 思うところは色々あるだろう。そして自分もまた、今回のジム戦で思うところもあった。

 まだまだ自分もトレーナーとして未熟であるということが。

 

「……今日は木の実パーティかな? ふふッ」

「そうですか。それでは早速、ロッククライミングの景品の木の実を……」

 

 だが、今日の所は一先ず、見事勝利を掴みとってくれたパートナーを讃えることにしよう。

 ライトはそう考えるのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。