ショウヨウシティ・ポケモンセンター。
日も暮れ始めて夕焼けが空を紅く染めている頃、ライトはポケモンセンターのエントランスで、共用のソファに座り込みながらレポートを書いていた。
ジム戦を終えて皆疲れているだろうからと、全員ボールに仕舞いこみ、ライト自身はと言えば今日の出来事を振り返ってナナミに送るレポートを作成している身であり、休んでいないことになる。
コルニはと言えば、『手持ちのポケモンを育ててくる』と言って飛び出しており、実質ライトは一人であった。
シャーペンで一枚の紙にカリカリと音を立てながら文字を書いていくライト。
時折、紙を置いているテーブルに用意したサイコソーダを口に含み、気分転換と糖分補給に勤めている。
「う~ん……イーブイに変化は特にないし……他の皆にも……」
しかし、何かを書こうと思った時に限り特筆すべき事項がない。強いて言えば、キモリの特性が“しんりょく”であることが分かったぐらいだろう。
だが、それ以上書くことが無いことを悩み、顎に手を当ててうめき声を上げる。
暫し唸り続ける。
傍から見れば異様な光景であることには間違いないが、生憎ライトはそこまで頭が回らなかった。
しかし、そのような少年を見かねたのか、コツコツと音を立てて近付いてくる人物が一人。
「何か悩んでいるようですが、どうかしたんですか?」
「う~ん……ん? あ、えッ?」
「君が随分と唸っているようでしたので……これはレポートですか?」
「は、はい。そうです」
穏やかな声色で話しかけてくるのは若い眼鏡の男性。白衣を身に纏い、金髪をオールバックにしているものの、一部の髪の毛は青く、その部分だけがグルッと頭を一周するかのような特徴的な髪型に、ライトも思わず茫然とする。
すると男性は眼鏡を指で押し上げ、レンズに当たる光をきらりと反射させた。
「成程。つまり、誰かにレポートを頼まれているが、特筆すべき事項が何もない……そういうことですね?」
「まあ……そういう感じです」
「ならば、わたくしも研究者の端くれとして少しタメになる話をしましょう」
「へ?」
唐突な発言に呆けた顔になるライトだが、研究者と名乗った男は構わずに懐からタブレットのような物を取り出してから、嬉々として語り始める。
その瞬間、『あ、この人ただ喋りたいんだ』と思ったのは秘密だ。
「わたくしは『ポケモンの潜在能力は何によって引き出されるか?』という研究テーマの下、各地方を巡りにめぐっているのです」
「潜在能力……ですか?」
「ええ。ポケモンの力を引き出すのは……それも最大限に引き出すのはトレーナーとの絆なのか。それとも別の手段であるのか……と言ったところですね」
中々難しい入りに首を傾げるライトであったが、内容自体は非常に興味深いものである為、頑張って身を乗り出して聴く体勢に入る。
それを目の当たりにした研究者の男性も、できる限り分かりやすく説明できるようにと心得ながら、次々と言葉を並べていく。
「例えばポケモンの技である“おんがえし”。これはポケモンのトレーナーへの“なつき”の度合いで威力が変わる事が学会で言われております。これも一種の潜在能力の一つとも言えるでしょう。先程言った手段の内、前者に入るこの“なつき”はポケモンの進化にも作用することはご存じでしょうか?」
「はい。イーブイはなつきでエーフィとかブラッキーに……」
「素晴らしい! 思った以上に知識は持っている様ですので、わたくしももう少し切り込んだ話ができそうですね。“なつき”は進化に作用する事項の一つでありますが……果たしてそれは本当にトレーナーとの絆なのでしょうか」
突然、先程とは反対意見のようなことを口にする研究者。
ライトは熱心に聞き入り、必死に紙に言っている事を書きとめる。これではまるで授業のようであるが、研究者の男性も気分が良さそうにライトの書きとめが終わるのを見計らって次に移った。
「確かに、なつきで進化したポケモンはトレーナーに文字通り懐いています。ですが、自然界にはトレーナーとの関わりを断絶しているのにも拘わらず、世間一般で言うなつき進化の個体に進化しているポケモンもいるのです」
「へぇ~!」
「まあ、確認されている個体は非常に少ない為、トレーナーが野に放った個体を見つけた、という可能性も否定できませんが……しかし! シンオウ地方のポケモン研究の権威であるナナカマド博士は『ポケモンの90%は進化する』と言っている通り、様々な条件下で進化するポケモンも確認されているのもまた事実!」
プラターヌの師であるナナカマドの名前が出て来た辺りで、中々深い話になってきたと認識する。
研究者の声色もだんだん興奮を交えたものとなり、自然と聞き耳を立てる他の者達もちらほら。
「例えばわたくしの持っているジバコイル! レアコイルの進化形でありますが、その条件は特殊な磁場を有す土地でレベルを上げることにより進化するという、かな~り特殊なもの! 他にも、ノズパスがダイノーズへと進化するのも、これと同じであると言われています」
「はぁ……」
「さらにヤンヤンマがメガヤンマに進化する条件は、“げんしのちから”を覚えてレベルアップというものであり、特定の技を覚える事により進化するポケモンも確認されています。他にも、特定の道具を持たせてレベルアップなど、本当に様々な条件下で進化は確認されており、研究者の間では臨床試験が大変だということばかりで……」
「……本当に大変そうですね」
「いえ! だからこそ研究というものは心躍る! 答えがあるものの方が少ないこの世の中で、自らの手で答えを見つけ出す……その達成感というものは格別なものですよ」
いい笑顔で語る研究者。その姿は、工事現場でいい汗を流して仕事をする人に通ずる暑さがある。
ここまででもかなりタメになる話であったが、『さらに!』と研究者は指を立てて咆えた。
「今の様に環境での進化が確認されている中……同じポケモンでも環境が違うことにより姿を変える事があるのです。まずはこれを……」
そう言って研究者の男性は持っていたタブレットの電源を付け、とある二体のポケモンを画面に映し出す。
「この二体はシンオウ地方にすむ『カラナクシ』というポケモン。そして進化すると……この『トリトドン』というポケモンになります」
「色が……違いますね」
「ええ。このカラナクシ系統のポケモンは、シンオウ地方を分断するテンガン山を境目とし、東と西で色が異なっているのです。これはテンガン山の特殊な磁場環境が起因しているという意見もあります」
画面に映し出された二体のポケモンは軟体動物のような体をしており、どちらも似たような姿をしているものの、色が赤基調か青基調かという色合いの違いが見える。
そして今度は別のポケモンの画像を画面に映し出した。一体はカントーやジョウトでもよく見かけるコラッタであるが、もう一体のポケモンは限りなくコラッタに近いものの、先程のカラナクシ達よりも体の部位に際がある。具体的に言えば、身体が黒かったり髭があったりなどだ。
「これ、どっちもコラッタなんですか?」
「どちらもコラッタですよ。ただし、こちらの黒い色の方のコラッタのタイプは【あく】・【ノーマル】タイプです」
「【あく】……?」
「ええ。わたくしは一度アローラ地方というところに赴いて調査をしたこともあるのですが、その時に各所でこれまで確認されていたポケモンとかなり差異のあるポケモンを次々と確認しました。今のコラッタのようにタイプが違うのも居れば、特性も違うポケモンが居る……カントーで見かけるロコンは【ほのお】ですが、アローラでのロコンは【こおり】です」
「え……全然違うじゃないですか!?」
ライトの驚愕のリアクションは研究者の心を射抜いたのか、さらに嬉々とした表情で語る。
「そうです! ナッシーもアローラではアマルルガのような姿であり、タイプは【くさ】・【ドラゴン】という全く違ったもの! これはアローラ地方が年中暖かい気候であることが関係していると言われ、現地ではこのアローラでの姿を『リージョンフォーム』というようです」
「リージョン……フォーム……」
「ええ。このように環境に適応して別の姿へと変貌する……これもまた進化であり、ポケモンの潜在能力に関係しているのではないかと、わたくしは考えています。しかしわたくしは、一つ不思議に思うことがありましてね……」
「不思議なコト……ですか?」
顎に手を当てて逡巡する様子を見せる研究者に反応しながら、今迄口にしたことをしっかりと書きとめる。
余りのシャーペンの勢いに、芯も何度か折れてどこかに飛んでいく。その内の一つが研究者のおでこに当たるが、研究者は全く意にも介さない。
「カイリキーやゲンガー……そしてフーディン。これらのポケモンは通信交換によって進化される個体です。まあ通信交換と言っても、機器でボールに登録されているトレーナーID以外のトレーナーが正式なバトルで使えるように手順を踏むものですがね」
研究者はポケモンセンターの一角を指差す。そこには、ポケモンを交換する為の交換機器が設置されている。
トレーナーは時折、他のトレーナーと自分の捕獲したポケモンを交換する時があるのだが、その時に用いられる手段が『交換』だ。この際研究者が言っている通り、他のトレーナーが捕まえたポケモンを自分が公式戦で使える様に色々と処理が行われる。
トレーナーは野生のポケモンを捕まえた後、ポケモンセンターやしかるべき場所で捕獲したポケモンのボールに自分のトレーナーIDを登録するよう義務付けられるのだ。
いわば、これは野生で暮らしていたポケモンが社会の一員として登録されることであり、そうしなければ色々と不便である。
この処理に関して、最も手っ取り早いのが機器による交換であり、その交換によって進化するという種族も確認されているのだ。
「これは明らかに人間の手が加わってこその進化! だと思いきや、その交換によって進化する個体は古代の文献などでも確認されていますので、あくまで交換は手段の一つであると考えられるのです」
「交換がですか?」
「ええ。通信機器の処理の電波による影響か……かなり不思議な進化の一つであると思いますよね。ですが、シンオウ地方のミオシティから少し離れた島―――『こうてつ島』では、メタルコートという道具をイワークに持たせて交換することにより進化するハガネールが野生として生息していることが確認されています。これを見れば、交換による進化というものは人の手による外的な影響による進化であり、我々が認知している交換進化は自然の進化とは一線を隔していると考えられますね」
「は……はぁ……?」
かなり長いこと喋っている為、そろそろ紙も書けなくなり裏面に突入した。だがそれ以上にライトの脳味噌は既にオーバーヒート寸前である。
「しかし、これもまたポケモンの潜在能力を引き出している一例と言えます。人間の手によって進化するポケモン……ポリゴンなどはその最たる例! カントーの大企業シルフカンパニーにより作られた人工ポケモンでありながらも、進化ができる! 人の手でポケモンを生み出す……神が居ればこれを傲慢とでも言うべきか……ですがわたくしはオカルト的なものは余り信用しない性質ですので、これは置いておきましょう」
「……はい」
「そして、ここからが本題です」
(え? 今までの前置きだったの?)
久し振りに激しくツッコみたい衝動に駆られるものの、研究者の男性が至って真面目な顔で語り続ける為、グッと堪える。
すると男性は再びタブレットの画面をスワイプし、別の画像を映し出す。
そこに映し出されているのは、巨大なルカリオの像。だが、普通のルカリオとは所々に差異があるように思える。普段からコルニのルカリオを見ている為、これは断言できるものであった。
「これ……ルカリオですけど、なにか……」
「これは、わたくしがつい先日シャラシティでマスタータワーなる場所で撮影してきたものなのですが、これは『メガルカリオ』と言って、ルカリオがメガシンカした姿らしいです」
「メガ……進化……」
「あッ、進化の字はカタカナで! 通常の進化とは違った現象である為、区別する為にメガシンカと呼ばれているとのことです」
紙に『メガ進化』と書いたライトであったが、すぐさま訂正された。
聞いたことのない現象の名に興味はそそられるものの、頭はパンク寸前。今ならば知恵熱で額がポカポカに温まって居るはずだ。
そのようなことを考えながら、続く研究者の言葉に耳を傾ける。
「メガシンカはトレーナーの持つ『キーストーン』……そしてポケモンの持つ特定の『メガストーン』という石が絆によって反応し、更なる進化を遂げるという現象です」
「え? じゃあ……リザードンがさらに進化したりとか……ですか?」
「まあそうですね。カロス地方において昔から確認されている現象であり、わたくしが調査した中では最終進化形である個体がメガシンカするという共通性がありますので、リザードンもメガシンカする可能性は十分あり得ます」
リザードンの更なる進化を示唆されたライトは、目をキラキラと輝かせて大急ぎで紙に書きこむが、とうとう紙一枚では足りなくなり、新たな紙を取り出して書きとめる。
「わたくしはシャラシティでの話を頼りに、各地での聞き込み調査や辺境にある遺跡などを調査し、トレーナーとポケモンの絆の体現であるメガシンカがわたくしの研究テーマに沿ったものであるのかと判断しようとしているのです」
彼の研究テーマは『ポケモンの潜在能力』についてであり、進化を超えた進化である『メガシンカ』は限りなく沿っているものだと思われる。
だが彼は断言することなく、未だ調査段階であるということをほのめかす。
「わたくしは調査の為、カロス地方で石に精通しているセキタイタウンを訪れたり、10番道路や11番道路での調査も進めたのですが……中々進展しないものですから気分転換にこちらへと」
「メガシンカ……凄い!」
「君もそう思いますか? 実に興味深いので、わたくしも実際にその目で見たいと思うのですが、表でのメガシンカ使いはカロス地方のチャンピオンであるカルネという女性であるので、メディアでほんの少し見る事ができる程度で……ああ、もどかしい」
実に残念だ、と言わんばかりに頭を抱える研究者。父が研究者であるライトは、目の前にる男性の姿を見て、一瞬自分の父を重ねてしまう。
何と言うか、研究者という職業はどの地方でもあまり変わらないものだ、と。
するとここで、平常時通り忙しなく開いたり閉まったりする自動ドアが開き、外から見慣れた人物と筋骨隆々なポケモンがライトの下へ歩み寄ってくる。
「ねえ、ライト! 見て! ワンリキーがゴーリキーに進化したよ!」
「コルニ! ……何かこう……ホント、パワーアップしたって言うか……」
「でしょ!? ねえ、そっちの人はどちら様?」
「え? あ……えっと……」
進化したゴーリキーはポージングを決めながら、その肉体美をライトにまざまざと見せつける。
だがライトは、今迄延々と語り続けていてくれた研究者の男性の名前を聞いていない事に気付き、男性の方に振り返った。
そこで男性も『あッ』と気付き、まるで執事が客人を出迎える時のような所作で一礼し名乗りだす。
「失礼しました。わたくしの名前は『アクロマ』。以後、お見知りおきを」
「アクロマさん。貴重な話、ありがとうございました!」
「いえいえ……ですが、貴方はコルニさんと呼ばれてましたね?」
「え? あ、はい! アタシはコルニですけど……」
自己紹介を終えたアクロマという男は、今度はゴーリキーを連れ歩くコルニへと興味対象を変える。
「ふむふむ……削ぎ過ぎず、付け過ぎず……絶妙な筋肉バランス。いいゴーリキーですね」
「え!? そ、そうですか!?」
「ええ。とても良く育てられているゴーリキーだと思いますよ。そこでなんですがァ……是非、カイリキーに進化するところを見てみたいなと……」
「カイリキーに? え、全然いいですよ!!」
アクロマの申し出を快く承諾するコルニ。【かくとう】のエキスパートを目指しているコルニであるが、まだまだメンバーは未完成。完成したと言うのであれば、少なくとも手持ち全員が最終進化形に至っている必要があるだろう。
進化して弱くなるポケモンはほとんどいない。進化できるのであれば、早々に進化させたいというのがコルニの考えなのだろう。
そのような少女の承諾を得たところで、アクロマは再びライトに視線を遣る。
「君の手持ち、教えてくれますか?」
「僕のですか? えっと、リザードにストライクに……―――」
「ストライク! 素晴らしい! ストライクはメタルコートを持たせて交換することによって、ハッサムに進化することが確認されています! もし君が良ければ、彼女の進化の為の交換に応じて見ては?」
「……あッ、そう言えばメタルコート持たせてたような」
「おお、何たる幸運! ……と言っても、わたくしはメタルコートを余るように持っていましたので、もしなければ君にあげていたのですがね」
「き、気持ちだけ……ははッ」
半ば強制的に交換をするように仕向けられている気もするが、エースであるストライクが進化するというのであれば願ったり叶ったりだ。
そう考えて、ワクワクテカテカと今にも交換しようと心待ちにしているコルニを見てから、コクンと頷く。
二人の承諾に『おお!』と声を上げるアクロマもまた心を躍らせるような様子を見せて、足早に設置されている交換機器の目の前まで歩み寄っていく。
ライトもまたコルニに手を引かれ、グングン引っ張られ機器の前までやって来た。
横長の無機質な物体には、左右にボールを置く場所が一つずつ。そしてトレーナーカードを翳す画面も一つずつ供えられていた。
まずはトレーナーカードを翳し、互いに交換の意思があることを示す。
「さあ! 二人共、此処へボールを……」
「よ~し! よろしくゥ、ライト!」
「うん!」
意気込みは充分に各々のボールを機器に設置する。すると交換機器はボールの情報を読み取ってからすぐに交換作業に移った。
『シュン』と音を立てて設置していたボールが消えたかと思うと、別のボールが機器の中に現れる。
既にボールの中では進化の鼓動が刻まれているのだと思うと、二人の胸の高まりは自ずと高まっていく。
だが、そんな二人を宥める様にアクロマが一歩前に出てきて、こう口にした。
「もうボールから出して進化を見届けるのもいいですが……折角ですなら、本来のトレーナーの下で進化を果たした方が、君達にもポケモンにも本望でしょう! さあ、もう一度……」
「あ~、もォ~楽しみ!ライト、早く早く!」
「そう急かさないでったら……ふふッ!」
もう一度、同じ作業を繰り返してストライクとゴーリキーのボールは、各々の下の主の前へと帰っていく。
一秒がこんなにも長いと感じたのは久し振りだ。
自然と頬は緩み、ボールの中に在る期待に胸の想いは熱くなっていくだけである。
そしてとうとう―――。
「ッ! よっしゃ、出てきてゴーリキー……じゃなかった! カイリキー!」
「……出てきて!」
同時に戻ってきたボールを手に取り、その場で放り投げる。すると中からはボールに入る前と同じ姿の二体が出てきたが、すぐに神秘の胎動が見え始めた。
全く一緒のタイミングで白い光に包まれていく二体に、ポケモンセンター内の緊張が高まっていく。
建物内を照らす電灯の数倍明るい光は胎動を次第に大きくしていき、最高点に達した瞬間に弾け飛ぶ。
神秘の光が無くなり中から姿を現したのは、紅い鎧を身に纏い更なる鋭い剣を手に入れた戦士と、四本腕を有す頑強な肉体を持ったポケモン。
「ルゥゥウッリッキィイイイイイイ!!!」
「きゃあああ! カイリキー!!」
「……」
「……へへッ! よろしく、ハッサム!」
抱き合う(と言うよりは抱かれている)コルニ達に対し、ライトとハッサムの二人は、突きだした右拳を合わせあうという非常にシンプルな挨拶で終わった。
無言を貫くハッサムであるが、その瞳には抑えきれない高揚が映し出されているのを、長年共に過ごすライトはしっかりと理解している。
鋭角的な甲殻を有していたストライクの時とは違い、幾分か丸みを帯びたその真紅のボディ。
以前までの鎌は鋏へと変わり、リーチは短くなったものの切れ味は各段に上昇していると思われる。
互いに進化を喜び合うライト達であったが、ふと後ろから聞こえてくる拍手の音に気付き振り返った。
そこには満足そうな笑みを浮かべて拍手するアクロマの姿が―――。
「……いつみても、進化の神秘の感動というものは色あせないものです。いいものを見させてもらいました。お礼にこれを……」
「……これは?」
何か腕輪の様な物を手渡されるライト。大きく湾曲した金色の二つの腕輪が、中央の丸い窪みを中心に交差しており『X』を描いているという物だ。
中心の窪みが非常に気になるところであるが、中々年季の入った物に見える。
「遺跡の調査で見つけた腕輪です。言うなれば、昔の装飾品のようなものですが……他にも同じような物を幾つか見つけたので、その内の一つを君へと思い……」
「こ、これ高くないんですか!?」
「う~ん、どうでしょうね? まあ、将来的には高く売れるかもしれませんが、その時まで取っておいてみてみればどうでしょう? 勿論、わたくしからの気持ちなのでお金の心配はしなくて大丈夫です」
「は……はぁ……」
渡された腕輪は何か高額商品で、後で請求されたらたまったものではないと考えたライトであったが、アクロマという男性は本当に好意で渡してくれたようだ。
左手首を上手く捻って腕輪を装着してみる。年季が入って金属光沢も息を潜めているものの、手入れをすれば昔の輝きを取り戻すのかとも考えてみたり。
「そして貴方にはこの彗星の欠片を」
「いいんですか!?」
「ええ。わたくし、宝石には興味がないので……こういうものは女性が喜ぶものかと」
「わあ……ありがとうございます!」
「礼には及びません」
アクロマの好意に感謝の弁を口にする二人。
そんな二人を見て満足したのか、アクロマは踵を翻して自動ドアへ向かって歩み出す。同時にアクロマはボールからジバコイルを繰り出し、その上に仁王立ちする。
「それではわたくしはここら辺で……中々楽しい時間でしたよ」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
「ふふッ……もし貴方達がメガシンカを使えるようになったら、是非記録に残り易いメディアの前でよろしくお願いしますよ」
「は、はい!」
「じゃあこれで……良い旅を」
それだけ言って、アクロマはジバコイルに乗ってポケモンセンターから颯爽と去っていった。
中々不思議な人物であったが、博識であり、研究への熱意も感じ取れる素晴らしい研究者であったのかとライトは心で思う。
―――メガシンカかァ……使えると良いなァ。
見出されたのは、新たなる進化の形『メガシンカ』。
進化を超える絆の力だ。