釣り上げたポケモンは、コイキングによく似た魚ポケモン。釣り上げられても尚、桟橋の上でピチピチと跳ねてその元気を示している。
「……コイキングの新種?」
「……さあ?」
今まで見たことのないポケモンに、二人は興味津々で顔を近寄せる。しかし、このまま見ているだけでは、ある問題が発生してくることをライトは気付いた。
「ねえ。このままじゃ、体渇いちゃうよね?」
「あ…うん、そうだね。大きめのバケツなんかに入れてあげよっか」
そう言うとカノンは、そそくさとどこかに歩いていく。桟橋に居る為、その気になればバケツの一つや二つなどすぐに見つかる。
カノンがバケツを見つけに行っている間に、謎のポケモンはヒレを立てて上手く体を起こした。小さな目は、ライトの顔をじーっと見つめている。
「ん? ……初めまして!」
「ミ」
とりあえずライトは、そのポケモンに対して笑みを見せて挨拶をした。するとポケモンは、挨拶を返すように鳴き声を上げた。
しっかりと反応してくれたことを嬉しく思ったライトは、あることを思い出す。
「そうだ! サイコソーダ一口分残ってるんだけど、飲む?」
「ミ?」
両手をパンッと叩いたライトは、先程ヒトカゲ達が残してくれたサイコソーダの事を思い出し、折角だからと勧めてみる。
最初こそ首を傾げていたポケモンであったが、差し出された缶のフチに、恐る恐る口を付ける。タイミングを見計らって、顔に掛からないように傾けて、残った刺激的な爽やかな甘さをポケモンの口の中へ注ぐ。
突然口の中に液体が流れ込んだことに驚いたポケモンであったが、感じたことのない味を含んだ後、目を輝かせてゴクンと飲み込む。
その際に、ヒレをパタパタさせて美味しさを全身で表現していた。
「っ…ははは! 可愛い子だなァ!」
予想以上の可愛らしい挙動に、ライトのポケモンへの好感は上がっていく。そして、頭を撫でようと手を差し伸ばす―――。
「グオオ!!」
「――――っ!!?」
「あっ」
突如、水面から勢いよく姿を現したギャラドスに驚き、ポケモンは大慌てで水の中へと飛び込んでいった。
余りにも急な出来事であったので、ライトだけ時が止まったように硬直していた。
「グア?」
ピクリとも動かないライトに、ギャラドスは不思議そうな顔で首を傾げる。このギャラドスは、いつもライトと海に出かけている個体である。
いつも通りにやって来て、少し脅かしてみようという無邪気な考えで飛び出して来たものの、余りにも反応が無いので何事かと思案を巡らせる。
だが、ギャラドスが結論に至る前に、ライトが錆びたロボットのようにぎこちない動きで首を曲げ、目の前の青い竜のようなポケモンに視線を合わす。
「……ギャラドスのバカ―――――っ!!」
***
「多分、それは『ヒンバス』ってポケモンだ」
「ヒンバス?」
その日の夕方、ライトは父と姉・ブルーの三人で食卓を囲んでいた。その中でライトは、今日出会った謎のポケモンについて話した。
すると、水ポケモンについて詳しい父・シュウサクは『ヒンバス』であると判断した。
「どんなポケモンなの?」
「コイキングと同じで、生命力が強くて基本どんな水の環境でも生きられるんだ。只、コイキングと違う所は、一定のポイントにしか出ないってことかな。特に珍しくもないから、研究も進んでいないんだ」
シュウサクはそう言って、夕食であるスパゲッティを口に入れる。ライトとブルーと同じ、艶のある茶髪だが、研究に没頭するあまり髪は伸び放題で後ろで纏めており、無精髭も生えている。
『ふ~ん』と声を漏らしながら、ライトもスパゲッティを口に運ぶ。
「進化ってするの?」
「ん~……それはまだ解らないな。今言ったみたいに、研究も進んでないからちゃんとした進化先は見つかっていないみたいだ」
「じゃあ、進化する可能性もあるってこと?」
「ああ、そうだな。レベルで進化するかもしれないし、進化の石で進化するかもしれない。若しくは、特定の道具を持たせて交換とかだな」
ポケモンは、種によって進化するものがいる。例えばコイキングは、一定のレベルになるとギャラドスに進化する。
ライトの手持ちに居るヒトカゲも、一定のレベルになれば進化する種である。
他の二つの進化の仕方についてであるが、この世界には『進化の石』という不思議な石が存在する。それは内部に特殊なエネルギーが含まれており、特定のポケモンがその石に触れると、内部のエネルギーに反応して進化するのである。
例を挙げると、『しんかポケモン』と呼ばれているイーブイは、『ほのおのいし』に触れると『ブースター』に。『みずのいし』に触れると『シャワーズ』に。そして『かみなりのいし』に触れると『サンダース』に進化するのである。
最後の道具を持たせて交換というものである。これもかなり特殊な進化の仕方であり、まずは『交換するだけ』で進化するポケモンが存在する。例えば、『ゴーリキー』であると『カイリキー』に。『ユンゲラー』であると『フーディン』に、といったところである。
この過程において、『特定の道具』を持たせると進化するポケモンも存在し、『パールル』というポケモンに『しんかいのキバ』なる道具を持たせ、他人と交換すると『ハンテール』に進化するのである。さらに、『しんかいのキバ』ではなく『しんかいのウロコ』であると『サクラビス』というポケモンに進化する。
こういったように、ポケモンの進化の仕方は千差万別であるのだ。未だ研究が進んでいないだけで、進化する可能性を持っているポケモンは多く存在するであろう。
「へぇ~。じゃあ、ヒンバスもコイキングみたいに、ギャラドスみたいなポケモンに進化するかもしれないの?」
「ああ。その可能性は充分ある。或いは、トサキントからアズマオウみたいに、魚のフォルムのまま進化するかもしれないな」
そう言ってシュウサクは、腕を組んで首をうんうんとさせる。研究者という性分、可能性は多い方が、興味関心が深まって面白いというものだ。
ブルーは、自分の分の皿を台所へと持っていき、帰り際にライトの背中に回って両腕を首に回す。
「お姉ちゃんが色々と調べたげよっか?」
「え? そんなこと出来るの? 研究も進んでないっていうのに……」
「ふっ……何を言ってるのよ、ライト」
半信半疑といったような表情を浮かべるライトに、ブルーは得意げな顔を浮かべる。そして、親指をグッと立てて、キラッと歯を見せつける。
「コネならあるわ☆」
「まさかのコネッ!?」
「社会を生きていくには、使えるコネはどんどん使った方がいいわよ。これ、豆知識ね」
「十二歳の男子に突きつける豆知識ではないと思うんだけど」
弟に、社会で生きていくための豆知識を伝えたブルーは、久し振りの弟を満喫するためにそのままホールドする。
無言で受け入れるライトであるが、まだ食事中であるため、幾分か迷惑そうな顔をしている。
「はぁ~……ブルー」
すると、シュウサクがため息を吐いて席から立ち上がる。その挙動に、ライトとブルーの動作も一旦停止する。
シュウサクは、鋭い目つきでブルーを見据える。
「久し振りにお父さんに甘えてくれてもいいじゃないかァ~!」
「嫌よ!!」
(……また始まった)
この姉にして、この親あり。
重度なブラコンであるブルーに対し、父のシュウサクは家族に対し分け隔てなく愛着がある。ライトは普段からいるので、それは影に潜んでいるが、久し振りの娘となれば爆発するのは容易に想像できるだろう。
シュウサクは、唇を尖らせて娘に近付いていく。だが、ブルーはライトを抱きかかえて背中に隠れる。
「何でだ、ブルー!? 昔は、『パパのお嫁さんになる!』って言ってくれたじゃないか~!」
「無理ね、パパ。もう時間が経ち過ぎたのよ。私も、パパもね」
「何でそんな深刻そうな言い回しなの?」
ブルーの口調にライトは、食事を続けながらツッコむ。そしてブルーの言葉に、シュウサクはショックを受けたような表情を浮かべながら涙目になる。
「うっ……どこら辺が駄目なんだ!? お父さんの!?」
「年齢を重ねて、体から漂い始めた加齢臭は隠せないわ!」
「がはっ!!!?」
▼ブルーの しんらつなことば!
▼シュウサクの きゅうしょにあたった!
▼シュウサクは たおれた!
▼シュウサクの めのまえはまっくらになった!
「ごちそうさま~」
ライトは、空になった食器を台所に下げに席を立った。床には、血反吐を吐いているように見える父の姿が見えたが、気にしたら負けなので放っておいたのであった。
***
次の日の朝。
「ふぁ~……」
家に居る三人の内、最も早く起きたのはライトであった。基本夜型である父・シュウサクは、昼ぐらいまで寝ている。
その為、朝はライトが一人で簡単な朝食を作って食べるのが普段であった。
朝食を作るために台所へ行くライトの足取りは遅かった。よく見ると、目の下には大きな隈が出来ている。
隈の理由は、姉が自分を抱き枕にして眠りについたため、かなりの寝苦しさを強いられていた事に起因する。
起きる際も、姉の異常に強く自分を抱きしめている腕を何とか解いたので、精神的にも肉体的にも、朝には辛い体力の浪費を強いられたのであった。
「……ん?」
台所に近付くにつれ、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。その香りに、ライトの目は覚める。
こんな朝早くにコーヒーを飲んでいるのは誰なのだろうかという疑問が、ライトの頭に浮かぶ。姉は寝ていた筈。父は別室で寝ているが、こんな朝早くに起きていることはほぼない。
首を傾げながら、台所を覗く。
―――ズズズッ……。
ヒトカゲがカップを右手に持ち、中のコーヒーを啜っていた。左手には、毎朝届けられている朝刊が握られていた。
窓から差し込む朝日を受けながら新聞を読むヒトカゲの姿は、どこか大人びていた(?)。
(ていうか、ポケモンってコーヒー飲むんだ……)
自分の手持ちの新たなる発見が、ココにあった。
色々とツッコみたいところがあったが、疲れているのでライトは止めることにしたのであった。
(今日は、散歩でもしようかなぁ…)
ライトは、朝食を食べたら手持ちのポケモンと親交を深めるために、散歩に出かけることにした。
こちらにやって来て間もないヒトカゲであるが、美しいこの町を、自分が数年過ごしてきたこの町を一緒に歩き回ることにより、わずかながらでも親近感が出ればいいと考えたのである。
中々の名案だと勝手に思いながら、ライトは冷蔵庫の飲み物を手に取るのであった。
***
日は高く昇り、時刻は昼時に近いだろう。
あるポケモンは、アルトマーレの上空を優雅に飛行していた。だが、誰一人としてその姿を見る事は出来ない。
それはポケモンが、光を屈折させる羽毛で全身を包み込んでいる為、傍から見れば本来ポケモンが居る場所は周囲と同じような光景が映っている―――つまり、周りと同化しているのであった。
普段は、ある場所でそこに住んでいるポケモン達と遊んでいたり、体を周囲と同化させたまま気軽に辺りを飛行したりしている。
今日もまた、いつも通り美しい水の都の上空を飛んでいるのである。
「……?」
ふと、下を見るとそこにはヒトカゲを連れている一人の少年が歩いていた。その少年は、彼女の友達の少女とよく一緒に居る人物であった。
よく見かけるが、人当たりもよく、優しいオーラというものが伝わってくる。
「……♪」
彼女は、あることを思いつく。
しめしめと口角を吊り上げて、町の裏道に降りる。誰にも見られない場所で、彼女はあることをし始めた。
彼女の羽毛が、彼女自身の体を透明にするのではなく、一人の人間に見える様に光を屈折させた。その姿は、彼女の友達である少女の姿であった。
この姿を見れば、あの少年はどのような反応をみせるのだろうか。
そう。これは、彼女の悪戯心なのだ。
精神年齢が限りなく子供である彼女は、友達の姿を借りてあの少年を驚かせようとしているのである。
少年の驚いた姿を思い浮かべ、彼女は笑みが浮かぶのを止められない。
そのまま彼女は、少年の下に駆け寄っていく。
背中から駆け寄り、肩をポンポンと叩く。少年はそれに気づき、振り返る。
「ん? カノン?」