ポケの細道   作:柴猫侍

52 / 125
第五十話 凶☆竜☆登☆場

 

 

 

「うわぁ、大きいルカリオの像……でも姿が……」

「ああ、あれこそがルカリオのメガシンカした姿―――メガルカリオだ」

 

 マスタータワーの中へ入っていったライトは、入ってすぐに佇む巨大な石像を目の当たりにして感嘆の息を漏らしていた。

 一度、ショウヨウでもアクロマに画像で見せてもらったものと一緒であるが、いざ目の前で見てみるとなると迫力が全く違う。

 ライトが関心を示している間、一緒に付いてきたディアンシーは中に居たジムトレーナーである空手大王にどこかに連れて行かれるが、その際も手を振ってライト達に友好な態度を見せていた。

 

 そうしている間にも、コンコンブルのメガシンカについての話は進んでいく。

 

「メガシンカは進化を超えた進化。太古からカロスに伝わる神秘で神聖な現象だ。トレーナーとポケモンの持つ石が共鳴し、バトルの間だけ姿を変えると言う不思議な現象に、あのプラターヌ博士も興味を示してウチに来ていたこともある」

「プラターヌ博士がですか?」

「ああ。なんだ、聞いておらんのか。図鑑を持ったプラターヌの弟子が二人ほど来ていたから、さっき図鑑を持っていたお前さんも弟子かなんかだとばかり……まあいい。ん?お前さんが腕に着けてるそれは……」

「これですか?」

 

 するとコンコンブルは突然、ライトが左腕に嵌めている腕輪に興味を示す。見やすくするために腕を掲げてみせるライトは、貰った時のことの詳細を口にする。

 

「アクロマさんっていう研究者に貰ったんですけど……」

「なんだ、あの者から貰ったのか。あの者は、良い意味でも悪い意味でも純粋だったからなァ……」

「それってどういう意味で……?」

 

 目の前の老人の言葉に訝しげな顔を浮かべるライト。

 意味深な発言に首を傾げるのは、祖父の隣で話を聞いていたコルニも同じであり、今や今やと次なる言葉を待つ二人。

 数秒唸った後、コンコンブルは威厳に満ち溢れた瞳を浮かべたまま、先程ディアンシーが向かって行った方向を一瞥して口を開く。

 

「悪意ある人間は居れど、悪意あるポケモンは居ない……良くも悪くも純粋なポケモンは、トレーナーに影響を大きく受けてしまう。朱に交われば赤に染まるとはいったものだ……」

「はぁ……」

「君もトレーナーであるなら心しておくといい。人間とポケモン……共存関係にある二つの存在に上下関係などは存在しない。それはメガシンカという存在が如実に示しておる。ポケモンは決して道具などではない……まあ、君は大丈夫だろうがな」

 

 重く低い声色で紡がれていた言葉に固唾を飲んで聞いていたライトであったが、最後にコンコンブルがフッと表情を和らげたことにより、緊張が一気に解ける。

 主の安堵を感じ取ったのか、フードの中のイーブイも頬をライトの頬に摺り寄せて笑顔を浮かべ、ライトもイーブイの頭を撫でてあげた。

 穏やかな雰囲気に戻ったところでコンコンブルは『そうだ』と本題に戻る。

 

「君が腕に着けている腕輪はメガリングと言って、キーストーンを嵌める為のものだ。まあ、キーストーンを何に嵌めるかはトレーナーの自由なのだが、君の着けているソレはかなり昔に作られた物に見えるな……」

「えッ!? やっぱり、その……高いものだったりするんですか?」

「高いかどうかは分からんが、貴重品であることは確かだ。それにその形……カロス地方伝説のポケモンの『ゼルネアス』を模った物に見えるな。『X』に見えるだろう?」

「はい、見えますけど……『X』となんの関係が?」

「ゼルネアスは遠目から見ると『X』に見える姿をしているらしい。まあ、そっちの方は専門外だがな」

 

 Xに見える腕輪が、カロス地方伝説のポケモン『ゼルネアス』と分かったことで感嘆の息を再び漏らすライト。

 そしてやはり貴重なものであるという事もわかり、胃がキリキリとしてくるように錯覚する。高いものであるかどうかは別として、歴史的に貴重であるものを雑に扱う事ができる筈もない。これから常時腕輪に気を掛けないといけないとなると、かなりの心労を強いられることになるだろう。

 

 歴史に詳しそうなコンコンブルの話を聞いて頬を引き攣らせるライトに対し、あくまで伝説のポケモンは専門外であると謳うコンコンブル。

 そんなコンコンブルは、ライトの目を見て何かを納得したかのように頷く。

 

「君は……ライト君だったな? メガシンカを扱ってみたいか?」

「えッ? で、でも……」

 

 メガシンカを扱ってみたいかという質問。

 その言葉に顔をバッと上げて肯定の頷きをしたいと思ったライトであったが、寸でのところで思いとどまる。

 メガシンカは神秘、且つ神聖な現象。そのようなものを自分が軽々しく扱っていいものかと、心の中の謙遜する想いが好奇心を制止した。

 勿論、本音を言えば扱いたいという考えはある。メガシンカを扱うという事は、トレーナーとして一つ上のステップに進めるものだ。

 

 

 

―――進化を超えた進化『メガシンカ』

 

 

 

―――人間とポケモンの絆の体現した姿

 

 

 

 考えるほどに重みを増してくる存在。

 暫し逡巡するライトであったが、それでも答えを出せない少年を見かねたのかコンコンブルは助け舟を出す。

 

「……君は自分がメガシンカを扱えるに足り得る存在か、悩んでいるようだな。なら、儂からの提案だ」

「提案?」

「儂の孫のコルニとポケモンバトルをして、勝てたのであれば譲ろう」

「「えッ?」」

 

 思わぬ提案に思わず顔を見つめ合うライトとコルニ。

 シャラシティまでの道中、何度か特訓のようにポケモンバトルをしてきたが、本当に勝敗が着くまで戦ったことは無い。

 本気でバトルはしていたものの、全力ではなかったということだ。

 

 挙動不審になる二人の子供を目の前に、更にコンコンブルは条件を出していく。

 

「ジムリーダーにはある程度の権限が与えられている。君はジムバッジを集めているらしいから、キーストーンの他にもバッジも上げる事にしよう」

 

 至れり尽くせりな提案に思わずあんぐりと口を開けるライト。

 ジムリーダーとして自身が挑戦者と戦わないのはどうかとも思うライトであったが、コルニも同じ考えであるようであり、異議を申し立てる。

 

「ちょっとお爺ちゃん! いくらなんでもそれって適当過ぎるって言うか―――」

「コルニ。お前もいつかはシャラジムを引き継ぎ、継承者という立場も儂から引き継ぐのだぞ? それともなんだ? お前は自分にジムリーダーの実力がないと思っていて、ミアレにわざわざ試験を受けに行ったのか?」

「ッ……!」

 

 祖父の厳しい言葉に絶句するコルニ。

 勿論、そのようなつもりは全くないのであるが、自分の態度を省みれば確かにそう取られてもおかしくないようなものであった。

 一次試験は筆記であったなどと、そのようなことは言い訳には全くならない。

 鋭い眼光を向け、且つ無言の圧力を放ってくる祖父にゴクリと唾を飲んだコルニは、力強い視線を返した。

 

「―――わかった、やる。ライト」

「うん?」

「挑戦するの明日でしょ? 手加減しないよ」

「ッ……!」

 

 かつてない程戦意に滾った瞳を向けてくる少女にライトは思わず息を詰まらせる。

 その雰囲気は、違うこと無きジムリーダーの風格そのもの。明日のジム戦がこれまでにないほど苛烈であることを暗に示すものであった。

 自ずとライトの握る手の力も強くなり、プルプルと体が震え始める。

 

 不安でもない。

 

 緊張でもない。

 

 武者震いと呼ばれる部類に入るであろう震えを身に刻みこみながら、口角を吊り上げるライトは一つ質問を投げかける。

 

「勿論全力でやるけど……ルールはどうするの?」

「フルバトルしたいけど、ライトの手持ち五体でしょ? なら、三対三で―――」

「大丈夫。フルバトルでいいよ」

「え?」

 

 意外な言葉に呆気にとられた顔を浮かべてしまうコルニ。

 だが、ハッタリでないことを示すライトの顔を見て、すぐさま凛とした表情に戻って続く言葉を耳にしようと身構えた。

 

「もう一体連れて来ればいいんだよね? パソコンで送ってもらうから、心配しなくていいよ」

「……わかった。じゃあ、ルールはフルバトルで。負けても恨みっこ無しで!」

「勿論!」

 

 互いに右の拳を突き出して合わせる二人。

 青春をキャンバスに描き出したかのような光景に、コンコンブルは一人納得したようにウンウンと頷いている。

 

(いい表情(カオ)だ……)

 

 どうやら、ただ試験をして帰ってきた訳ではない孫の様子に、ある種の感動のようなものを覚えていた。

 昔から男勝りで、尚且つ自分との特訓の日々で年頃の友人もそれほど居なかったコルニも、短い旅をしている間に友情を育んでいたようである。

 ポケモンとの絆を継承する『継承者』という立場を何時か引き継ぐ立場であるのならば、人間との絆もある程度育んでくれなければ。

 自分の過去の特訓内容を少し反省しながらも孫の成長を喜ぶコンコンブルは、孫の友人になったライトに声を掛ける。

 

「ライト君、今日はどこかで泊まる予定はあるかね? よかったらマスタータワーでも泊まれる部屋はあるが……」

「いえ。一度、ポケモンセンターに戻らなくちゃならないですし……それに、久し振りに連れてくる子との息を合わせる時間も必要だと思うので……」

 

―――敵に情報を曝け出したくはない。

 

 妥当な考えが滲み出る少年の言葉に、コンコンブルはニヤリと口角を吊り上げる。雰囲気からしてお人好しな少年だと思っていたが、勝利の為の貪欲さはある程度持ち合わせているらしい。

 真剣勝負というものは、否応なしに我武者羅になってしまうことが多い。その中で自分の理念を突き通す、綺麗に事を進める事など、相応の実力がなければできないことの方が多い。

 

 ポケモンリーグなどがその典型。

 

 毎年、二百人以上のトレーナーが頂点を目指して一堂に会し、一つしかない王座を狙って戦い合うのだ。

 ある種の戦場の中で生き残るには、是が非でも勝利を勝ち取る貪欲さが必要である。

 絶対に勝つという信念が―――。

 

(ふっ……いい瞳だ)

 

 ギラギラと滾る炎を瞳の奥に宿す少年を目の当たりにし、コンコンブルは笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「明日、楽しみにしているよ。孫との勝負、どうか全力で頼む」

「勿論です。それじゃあ、また明日来ます」

「じゃあね、ライト!」

 

 明日の準備の為にマスタータワーを後にしようと駆け出す少年にコルニは、手を振って別れを告げる。

 昨日の敵は今日の味方という言葉があるが、逆もまた然り。

 

(絶対負けないからね、ライト!)

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、マスタータワー内シャラジム。

 

 審判席にあたる場所にはコンコンブルが今日のジム戦を見届けようと居座っている。見方に寄れば、孫のジムリーダーとしての初めてのバトルでもある為、長い間彼女に特訓を付けていた身としても祖父としても見逃せない一戦であることは間違いないだろう。

 シンプルな土のフィールドの端には、ヘルメットを被り、尚且つローラースケート靴を履いているコルニが準備運動をしていた。

 

 チラリと時計を見ると、そろそろライトが来てもいい時刻になっている。

 果たしてライトの六体目が如何なるポケモンであるのかは気になるが、負けるつもりなどは微塵も無い。

 ルカリオを筆頭に、カイリキーやハリテヤマなどのパワフルなポケモン。そして小さいながらもガッツはあるヤンチャムやコジョフー、アチャモも居る。

 

「ふー……」

 

 深呼吸をして緊張を解こうとする。

 何度も特訓の為にバトルしたとは言え、真面目に本気で戦うこととなると話は別だ。そして、何度も特訓しているからこそ、互いの癖や戦法というものを把握しているという実情もある。

 そこから、このジム戦は相手の戦法の裏を読んでいくという必要があり、普段通りの勢いで戦って行く訳にもいかない。

 どれだけ相手の裏を読むか。どこまで裏を読むべきか。

 いい塩梅を要するものであるが、ここ最近で増えたメンバーも多い為、ライトは自分の手持ちを完全に把握できている訳ではない。ハリテヤマがその例だ。

 

 だが、ポリシーは大切に。

 

 芯が通っていなければ、すぐに叩き潰されてしまう。あくまで根っこはそのままに、されどもいつもより変則的に。

 

(緊張してきた……)

 

 

 

―――ガチャ。

 

 

 

「ッ!」

 

 扉が開く音が鳴り響くのを聞いて顔を見上げると、ジムトレーナーに案内されて連れられてきたライトの姿を窺えた。

 コルニと同様に緊張した面持ちであるが、それ以上に今日のジム戦を楽しもうという意気を窺える笑顔。

 その笑顔を見て、コルニもまたニっと笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、挑戦者(チャレンジャー)! ……なんちゃってね!」

 

 チロっと舌を出してなけなしの茶目っ気を出してみるコルニにライトは、苦笑を浮かべることもなくフィールドの端に立ち、ボールを一つ手に取ってみせた。

 漂う雰囲気から、目の前に立っているのが友人ではなく、自分が言ってみせた通り『挑戦者』としての少年が存在していることにコルニは頬を叩いて気を引き締める。

 

「ルールは昨日言った通り、六対六のフルバトル! ポケモンの交代は挑戦者のみに認められます!」

「オッケー!」

 

 手短な説明を聞いたライトは、手に取ったボールに視線を落とし、小さな呟きを投げかける。

 

「(大丈夫だよね?)」

 

―――カタカタッ。

 

 ボールの中に入っているポケモンの元気な反応を確かめた後、再びコルニへと目を遣った。

 既にボールを一つ手に取っており、臨戦態勢は互いに整っているといったところか。

 二人のトレーナーの準備を確認したコンコンブルは右手に持った旗を掲げ、高らかに声を上げる。

 

「これより、シャラジムリーダー代理・コルニVS挑戦者ライトのジム戦を開始する!!」

 

 室内に響く声は二人の緊張感を一瞬にして高め、ピリッとした空気が肌に纏わりつく。何度も感じたことのあるような感覚であるにも拘わらず、これまでのジム戦とは一風変わった感覚を覚えるライト。

 

(……不思議だ)

 

 やけに透明(クリア)に見える視界。

 世界が此処だけではないかと錯覚してしまうほど、フィールドが広大に見えてしまう。

 

(今なら……)

 

 脳裏を過ったのは、ザクロのガチゴラスと激闘を繰り広げたルカリオ。

 以前であれば、あの強さに恐れおののいたかもしれない。

 しかし、緊張や不安、恐怖、興奮などの様々な感情が混ざったモノを胸に抱えるライトが感じ取っていたのは―――。

 

 

 

(負ける気がしない!)

 

 

 

「それでは、試合始めッ!!!」

「ゴー、カイリキー!!」

「ギャラドス、君に決めた!!」

(ギャラドスッ!?)

 

 フィールドに現れたのは、四本腕の人型格闘ポケモンのカイリキー。そして、青い皮膚を有す凶竜―――ギャラドス。

 カイリキーの背丈の二倍以上あるのではないかという巨体が姿を現すと、カイリキーは“いかく”を真面に受けて怯む。

 

「グォオオオオオオッ!!!」

「くッ……カイリキー、“グロウパンチ”!」

 

 とんだ隠し玉。

 だが、ここで怯んでしまえば流れを掴まれてしまうと判断したコルニはすぐさま攻めの体勢に入る。

 “いかく”は場に出た瞬間、相手の【こうげき】ランクを一段階下げる特性。物理攻撃を主体とするカイリキー―――もとい【かくとう】タイプのポケモンには最悪の特性だ。

 それを解っていてギャラドスを持ち出して来たのだろうが、一段階【こうげき】を下げられたのであれば、再び上げればいいだけの話。

 

 四本の腕を有すカイリキーは、それぞれの拳に力を込めてギャラドスの巨体に全力で振りかぶった。

 連なる殴打音が鳴り響き、ギャラドスの巨体がわずかに揺れる。

 だが、

 

「“ドラゴンテール”!!!」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーを纏ったギャラドスの丸太の様な尾が、カイリキーを吹き飛ばしコルニのボールの中へと戻していく。

 次の瞬間、控えていたヤンチャムが飛び出してくる。

 しかし、ヤンチャムは初めて見る様な巨体に目が飛び出るのではないかという程、目を見開く。

 

(“ともえなげ”で他の控えを引き出したいけど、それじゃあギャラドスがまた出てきたときに“いかく”で【こうげき】を下げられる……!)

(コルニは“グロウパンチ”で【こうげき】をどんどん上げていく戦法をとる筈だ……!)

(なんとかしてギャラドスを処理したいけど、ルカリオやカイリキー、ハリテヤマじゃないと、とてもじゃないけど倒せない!)

(只でさえ【こうげき】が高いポケモンが多いんだ……積まれたら一たまりも無い!)

 

 互いに逡巡する。

 ライトの隠し玉であるアルトマーレから取り寄せたギャラドスは、コルニを大いに焦らせることに成功していた。

 特性の“いかく”や、【かくとう】に有利な【ひこう】を有しているという点が、【かくとう】ポケモン相手に立ち回るのにマッチしているギャラドス。昨日の内にカノンに頼んでボールで捕まえてパソコンで転送してもらったのだ。

 

 久し振りのバトルに体が訛っていないか心配だったが、カイリキーの攻撃にビクともしない辺り、全然大丈夫らしい。

 その耐久と攻撃力こそが、今回のバトルの鍵だ。

 コルニの手持ちの得意技である“グロウパンチ”を封じるには、相手のポケモンの能力値を何とかして下げるか、自分の能力値を上げるか、そして交代させるかの三択に限られる。

 ライトが取ったのは、一つ目と三つ目だ。

 

(さあ……どう来る!?)

 

 ギャラドスという巨体を前にしながらコルニの動きに注目する。

 すると、コルニが動く。

 

「ヤンチャム、“イカサマ”!!」

「チャムゥ!」

(イカサマ!?)

 

 小さな体で跳躍し、ギャラドスの顔を殴打するヤンチャム。瞬間、先程カイリキーの攻撃でもビクともしなかったギャラドスの体が大きく動く。

 相手の【こうげき】に依存する【あく】タイプの技―――“イカサマ”。タイプ不一致と言えど、ポケモンの中でもトップクラスの【こうげき】能力値に依存すれば、ギャラドスと言えど辛いだろう。

 しかし、

 

「“アクアテール”!!」

「グォオオオッ!!!」

 

 咆哮を上げながら体を捻って、激流を纏う尻尾をヤンチャムにブチ当てるギャラドス。ピンポン玉のように跳ねるヤンチャムの体はフィールドの傍に存在する壁に激突する。

 砂煙を巻き上げて壁にめり込むヤンチャム。ピクリとも動かないヤンチャムであったが、ズルりと地面に滑り落ちてグルグルと目を回している姿を露わにした。

 

「ヤンチャム、戦闘不能!」

「ナイスだよ、ギャラドス!」

「グォウ♪」

「戻ってヤンチャム! お疲れ様……なら、次はこの子! ハリテヤマ!!」

「ッテヤマ!」

 

 地響きを鳴らして現れる巨漢のようなポケモン―――ハリテヤマ。ヤンチャムを倒してご機嫌な表情を見せていたギャラドスも、新たな相手の出現に気を引き締めたように鋭い眼光を光らせる。

 四股を踏むハリテヤマは自分より何回りも大きい凶竜に戦意を滾らせ、戦いが始まるのを今や今やと待ちかねている。

 そして、二つの巨体は同時に動く。

 

「“アクアテ―――」

「“ねこだまし”!」

「ル”……!?」

 

 その巨体に似合わない速度でギャラドスに肉迫したハリテヤマは、“アクアテール”を繰り出そうとしているギャラドスの目の前で大きな掌をバチンと鳴らして見せる。

 ビクンと怯んでしまうギャラドス。

 “でんこうせっか”などよりも早く動ける先制技である“ねこだまし”。場に出た直後しか使えないが、相手を確実に怯ませることができると言う有用な技だ。

 

(くッ、どうする!? “ドラゴンテール”で一旦引き下がらせて……いや、それじゃあまたハリテヤマが場に出てきたときに“ねこだまし”を喰らう! なら―――)

「“アクアテール”で突っ張って!!!」

「グルゥアアアアアッ!!!!」

「受け止めて!!」

 

 再び激流を纏った尾を縦に振るうギャラドス。正面から受け止めるハリテヤマを中心に、水道管が破裂でもしたかのような夥しい水が噴き上がる。

 フィールドの中心で巻き起こっているにも拘わらずフィールドの端に居るライトとコルニまで水は降り注ぐものの、状況を正確に把握する為、豪雨のような水飛沫に怯まずに二人は目を見開く。

 

「ッ―――!」

「“ふきとばし”!!!」

 

 ギャラドスの尾を両手で受け止めていたハリテヤマは、眉間に皺を寄せながら眼前の竜の巨体を文字通り吹き飛ばす。

 直後、ギャラドスはライトのボールへと戻っていき、代わりに出てきたのはヒンバス。

 

「“はっけい”!!!」

「ッテヤマ!!」

「ミッ!?」

 

 フィールドに飛び出した瞬間、ハリテヤマの巨大な手で衝撃波を与えられるように張り手を喰らうヒンバス。

 ハリテヤマと比べ、余りにも小さいその身体は飛び出してきた方向とは真逆に吹き飛んでいき、シンと動かなくなる。

 

「ヒンバス、戦闘不能!」

「ッ……よくやったよ、ヒンバス」

「……マッ……!」

「ハリテヤマ!?」

 

 ヒンバスをボールに戻すライト。すると、次の瞬間ハリテヤマが苦悶に満ちた表情で膝を着く。

 戦闘不能には至っていないものの辛そうにするハリテヤマの体からは、毒々しい色の泡が周囲に漂う。

 

(これは……【もうどく】!?)

 

 恐らくハリテヤマの“はっけい”が決まる瞬間に“どくどく”を繰り出したのだろうという考えに至ったコルニは、苦心に満ちた顔を浮かべる。

 【すばやさ】が遅いとはいえ、してやられたという感情は胸の奥から沸々と湧き上がってきて仕方がない。

 “アクアテール”を受け、尚且つ【もうどく】状態に至ったハリテヤマは、既に瀕死寸前。

 

(今度は誰を―――!?)

「ハッサム、君に決めた!」

 

 突如の真打ち登場。

 紅い体を煌めかせ、両腕の鋏を構えるハッサムは鋭い眼光を奔らせてハリテヤマを威圧させる。

 

(ハッサム……! ここは少しでも後続に繋げるように【まひ】を狙って……)

「“はっけい”!!!」

「“つばめがえし”!!!」

 

 再び張り手で衝撃を加えようとするハリテヤマ。しかし、その丸太の様な腕から放たれる張り手を掻い潜り、凄まじい速度で懐に潜り込んだハッサムがその巨体を―――。

 

「ッ……!」

 

 二回ほど斬りつけた。

 ハリテヤマは、これまでのダメージの蓄積とハッサムの決定打により倒れる。

 

「ハリテヤマ、戦闘不能!」

「オッケー、ハッサム!」

「ッ……ゴメン、ハリテヤマ!」

 

 拳を掲げてハッサムにエールを送るライトと、それに応えるように鋏を掲げるハッサム。対してコルニは倒れたハリテヤマをボールに戻し、冷や汗を流しながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「なんか……随分と大人気ない感じがするけど……絶対負けないかんね!」

「へへッ……子供だから、負けず嫌いなんだよ!」

 

 ごもっともな主張を口にするライト。

 ギャラドスというポケモンを持ち出している辺り、真剣に勝ちを取りに向かっている感がある。しかしそれは、こうでもしないと勝てないという考えの裏返しだ。

 コルニのエースであるルカリオに対抗するには―――それまでの壁を打ち崩すには、並大抵の戦略では勝てない。

 

(これからが本番だッ……!)

「挑戦者、ポケモンの交代は?」

「します! 戻って休んで、ハッサム!」

 

 たった今出てきてハリテヤマを仕留めたハッサムをボールに戻すライト。極力ハッサムの体力は使いたくない。

 それは、確信といってもいいほどのこれからの予想があったからだ。

 

(ルカリオを倒すには……いや、倒せるのはハッサムしか居ない!)

 

 ハッサムのボールをグッと握り、来たるべきマッチの為に一旦ベルトに戻し、次なるボールに手を掛ける。

 コルニも同じく次なるボールを取り出し、今にも放り投げられるようにと身構えていた。

 

 そして―――

 

「ジュプトル、君に決めた!」

「ゴー、コジョフー!」

 

 

 

 

 

 キーストーンとジムバッジを賭けたフルバトルは、まだまだ続く。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。