ポケの細道   作:柴猫侍

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第五十一話 矛×矛

 

「ジュプトル、“りゅうのいぶき”!」

「コジョフー、“ねこだまし”!」

 

 技を繰り出すためにのけ反るジュプトルであったが、その瞬間にデジャヴを感じてしまう様な攻撃をコジョフーが繰り出してきた。

 目の前で響く渇いた音に驚いたジュプトルは、“りゅうのいぶき”を天井に向けて放ってしまい、そのまま後ろに引っくり返る―――と思いきや、進化して向上した身体能力を以て片手をついてバク転してからライトの前に戻る。

 

(ねこだまし……厄介だ。だけど、出てきた直後しか使えない! 先手は取られたけど、進化して【すばやさ】なら上がったんだ!)

「“メガドレイン”!」

「“みきり”!」

「ッ!」

 

 相手の体力を吸い取って“ねこだまし”の分のダメージをないことにしようとしたライトであったが、どうやらその思惑は感づかれていたようであり、“メガドレイン”はコジョフーに見切られてしまう。

 相手の攻撃を完全に躱す技の“みきり”。だが、完全に躱す技といっても欠点はある。

 

(連続で使うと集中力が落ちて失敗しやすくなる……なら!)

「攻めて攻めて攻めまくるよ! もう一度“メガドレイン”!」

 

 カントーのジムリーダーのポリシーに似たような言葉が自然と頭に浮かぶ中、ジュプトルに“メガドレイン”を指示する。

 “みきり”自体の使える回数は少なく、多用できる技ではない。連続で行使すれば失敗する可能性が高まるという性質を考慮すれば、守りの後には否応なしに攻めに転じてくる筈だ。

 そこを狙う。攻撃こそ最大の防御とはいったものだ。

 

 『ゴポポッ!』と勢いよく吸われる音が鳴り響く中、コジョフーは顔を険しくする。

 だが―――。

 

「“グロウパンチ”!」

「コジョォッ!」

 

 強靭な脚力でフィールドを疾走するコジョフーが、ジュプトルのどてっぱらに硬く握った拳を叩きこむ。

 その一撃によって、たった今吸収した体力を吐き出すかのようにジュプトルはせき込んだ。

 

「ッ……ジュプトル、“かげぶんしん”で攪乱!」

「そう来ると思ってたよ! “スピードスター”!!」

 

 ライトの指示を耳にしてすぐさま一条の風になってフィールドを駆けまわり始める。次々と分身していくジュプトルであるが、予測範囲内だと口にしたコルニの指示を受けたコジョフーは両手の掌を合わせ、隙間に拳大の星状のエネルギーを生み出す。

 腕を前に突きだすと同時に解き放つと“スピードスター”は、無数に生み出された分身に惑わされる事無く本体に直撃した。

 瞬間、直撃を喰らったジュプトルの足は止まり、苦しそうにその場に蹲る。

 

「そこ! “おうふくビンタ”で追撃ィ!!!」

「懐に入られちゃ駄目だ!! “でんこうせっか”で突撃してッ!!」

「嘘ッ!?」

 

 蹲るジュプトルにスパートを掛けようと肉迫するコジョフーであったが、その瞬間にフィールドを蹴って肉迫してくるジュプトルに逆に懐に入られた。

 同時に構えていた腕を潜り抜けられ、“でんこうせっか”に突撃を真面に喰らって吹き飛ばされてしまう。

 ジュプトル自身の【こうげき】はそれほどないが、コジョフーが自らジュプトルに向かって行った勢いが加わり、予想以上に“でんこうせっか”の威力が出る。

 

 吹き飛ぶ途中、空中で体勢を整えてから着地するコジョフーであったが、それなりのダメージを受けたような顔を見せて息を切らしていた。

 しかしそれはジュプトルも同じ。互いに速攻型である以上、戦いが短期決戦になることは二体が場に出た瞬間からライトもコルニも分かっている。

 

 だからこそ、すぐさま指示を出す。

 

「“メガドレイン”!!!」

「“スピードスター”!!!」

 

 コジョフーの体力を空になるまで吸い取ろうとするジュプトル。それに対し、吸い切られる前に相手の体力を削り切ろうとするコジョフーの“スピードスター”が、ジュプトルの体を穿つ。

 星状のエネルギー弾が着弾し、ジュプトルの周りには夥しい砂煙が巻き上がる。

 視界は至って不良。だが、それでもコルニは指示を飛ばす。

 

「“グロウパンチ”!」

「“りゅうのいぶき”で迎撃!」

 

 得意技である“グロウパンチ”で勝負を決めようとするコジョフーに対し、“りゅうのいぶき”で少しでも勢いを殺そうと試みるジュプトル。

 放たれる青紫色の炎を拳一つで斬り裂きながら進んでいくコジョフーには『勇猛果敢』という言葉が良く似合う。

 だが、幾らそのような威勢のいい姿を見せたとしても、届かなければ何の意味も無い。

 

―――パンッ!

 

 乾いた音。

 その音が響いた瞬間に、ジュプトルが口腔から放っていた“りゅうのいぶき”が弱まっていく。

 目の前で移り変わっていく光景にゴクリと固唾を飲む二人。

 そして、

 

「ッ……嘘!?」

「―――ジュプトル、“メガドレイン”で決めて!!」

 

 晴れる視界。途端に見えたのは、コジョフーの突きだされた拳を両手で掴んで止めているジュプトルの姿。心なしかコジョフーの体にはスパークがパリッと奔っており、【まひ】で動きが鈍っている事を暗に示していた。

 鈍った動きを見て受け止める事ができると判断したジュプトルの咄嗟の行動には感嘆の息しか出ない。

 口角を吊り上げるライトは、そのまま“メガドレイン”を指示し、コジョフーとのバトルに決着をつけるようとした。

 

「コジョ……」

「ジュプトッ!」

「コジョフー、戦闘不能!」

「っしゃ!」

「ッ……お疲れ様、コジョフー!」

 

 接戦の果てにジュプトルが掴んだ一勝。しかしその代償は大きく、“メガドレイン”で回復していても息も絶え絶えといった状態だ。

 そんな中、次にコルニが繰り出してきたのは―――。

 

「アチャモ、頼んだよ!」

(アチャモか……)

 

 【くさ】に有利な【ほのお】タイプであるアチャモ。選択としては妥当なものであるが、一回進化したジュプトルと比べれば力不足であるのは否めない。

 だが、それでも【ほのお】技を喰らえば致命傷は避けられないと判断したライトの取った行動はこれだ。

 

「戻って、ジュプトル! イーブイ、次は君に決めた!」

 

 レベルで言えば同じ程度のイーブイを繰り出すライト。相性は普通であるが、イーブイには“あなをほる”がある。

 イーブイがアチャモの弱点を突くことができるポケモンであることは、コルニも重々承知済みだ。

 だが、だからといって退くわけがない。

 

「アチャモ、まずは“ひのこ”!」

「“あなをほる”で躱して!」

(ッ……やっぱり!)

 

 小さな嘴を開けて直線状を走るように放たれる火の粉であったが、フィールドに穴を掘って地面に潜るイーブイには当たらなかった。

 ディグダではないかと疑う程の速度で穴を掘り進めていくイーブイ。掘削の軌跡はフィールドに刻まれる盛り上がった土で分かる。

 

「そのまま突撃!」

「“いわくだき”で反撃!」

「ッ!?」

 

 土から飛び出してアチャモに突進するイーブイであったが、“あなをほる”を喰らって宙に浮かんでいたアチャモがイーブイに対し凄まじい脚力でのキックを繰り出す。

 顔を勢いよく蹴られたイーブイは、地面に激しく叩きつけられてそのままフィールドを滑っていく。

 数メートル滑走した後に何とか立ち上がるイーブイであったが、かなりのダメージを喰らったのか険しい顔を浮かべている。

 

「イーブイ、“かみつく”攻撃!」

「アチャモ、“つつく”!」

(ッ、速い!?)

 

 互いに物理攻撃を仕掛ける二体であったが、アチャモが先程の“ひのこ”とは比べ物にならない程の挙動で一気にイーブイに肉迫する。

 そのまま、牙を剥き出しにして噛み付こうとしているイーブイの額を嘴で突く。

 『ゴチンッ』という非常に痛そうな音が響くとイーブイは、グルグルと後方にでんぐり返しでもするかのように転がりキュ~と目を回しているのが見える。

 

「イーブイ、戦闘不能!」

「うっ……戻って休んで、イーブイ!」

「ナイスファイト、アチャモ!」

 

 ボールにイーブイを戻しながら逡巡するライト。明らかに場に繰り出した時と【すばやさ】の違うアチャモに焦燥を抱いていた。

 どこかのタイミングで“こうそくいどう”などの補助技を使った訳ではない。相手の攻撃を喰らってイーブイの【すばやさ】が下がった訳でもない。

 

(時間が経つごとに加速したみたいな……ん? 加速……?)

 

 喉に引っ掛かりを覚えたライトの脳裏には、凄まじい速度で今迄のバトルの記憶が思い出されていく。

 幾度となくバトルをした中で―――否、見た中で該当した事象が一つ。

 

(テッカニンの特性の“かそく”……あれは確か、時間が経つごとに【すばやさ】が上がる特性だった筈! だとすると……)

 

 『してやられた』という苦笑を浮かべてコルニに視線をやると、右手をピストルの形にして『バンっ♪』と茶目っ気を見せている少女の姿が視界に映る。

 憎たらしいにも程があるような態度であるが、残りの数の上ではまだ自分の方が有利であると言い聞かせ、次に繰り出すポケモンのボールに手を掛けた。

 

「よし……ジュプトル! イーブイの仇をとって!」

「ジュプトル……なら、まずは“ひのこ”!」

「“りゅうのいぶき”で迎撃!」

 

 再び小さな火球を放つアチャモであったが、それを上回る物量の炎に掻き消される。同時に二つの攻撃が激突し、フィールドの中央ではちょっとした爆発が巻き起こって視界が悪くなった。

 煙に包まれるフィールドを目の当たりにしたライトは、好機とばかりに指示を飛ばす。

 

「“かげぶんしん”!」

 

 幾ら【すばやさ】が上がれども、攻撃が当たらなければ意味はない。

 持ち前の【すばやさ】を生かしての分身を作り出していくジュプトルにアチャモは、どれが本物であるのか分からずに目を泳がせる。

 

「アチャモ、落ち着いて相手を見るの!」

「させないよ! “りゅうのいぶき”!」

 

 指示通り、本物を見極めようとするアチャモであったが、その瞬間に背後から青紫色の炎が振りかかって吹き飛ばされる。

 そのままフィールドの横の壁に激突すると、頭から落下して小さく痙攣し始めた。

 グルグルと目を回すその姿は、違う事なき瀕死の姿。

 

「アチャモ、戦闘不能!」

「っし!! ナイス、ジュプトル!」

「……いいガッツだったよ、アチャモ。ゆっくり休んでて」

 

 今日のジム戦で既に二体ほど打ち倒しているジュプトルは、まさに絶好調といったところか。心なしかイキイキとしている。

 これで手持ちの数はライトが四体であるのに対し、コルニは二体。更に詳細をいえば、ライトの手持ちの中で万全な状態であるのが二体なのに対し、コルニはルカリオのみ。

 条件だけならば圧倒的優位をとっているライト。

 勢いに乗っている今、ガンガン攻め入りたいところだ。

 

「挑戦者、交代は?」

「しません! イケるよね、ジュプトル!」

「ジュプトォ!」

 

 ライトの掛け声に拳を掲げるジュプトル。

 一方コルニは、かつてない程鋭い眼光を光らせてボールを放り投げた。

 

「カイリキー、お願い!」

「ッルッキィィイイイ!!!」

 

 最初の対面でギャラドスに“ドラゴンテール”で場から弾き飛ばされたカイリキー。ギャラドスの攻撃を受けても尚、戦意に滾るその顔を見る限りまだまだ元気そうである。

 パワーでは圧倒的にカイリキーの方が有利。

 

(ここは攪乱してから、少しずつ体力を削っていこう……)

「“かげぶんしん”!」

 

 無数に生み出されていくジュプトルの分身は、縦横無尽にフィールド状を走りまわる。それらをその双眸で臨むカイリキーは、終始落ち着いた様子であり―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――“グロウパンチ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが爆発でもするかのような轟音。

 自分の横を何かが通り過ぎた感覚を覚えたライトは、すぐに正気に戻って背後に振り返った。

 背後の壁の下に佇んでいたのは、腹部に殴打された痕を残しながら泡を吹いて倒れているジュプトルの姿。

 

「なッ……!?」

「ジュプトル、戦闘不能!」

 

 信じられないと目を見開くも、ジュプトルをこのままにしておくわけにもいかない為、素直にボールの中に戻すライト。

 小さく『ゴメン』と呟き、カイリキーの方へと視線を向ける。

 腕を組んで佇むカイリキーからは、凄まじい闘気が溢れだしていた。その後方では同じく腕を組んで佇むコルニの姿が窺える。

 

「……“ノーガード”」

「え……?」

「自分と相手の攻撃が必ず当たるっていう、アタシのカイリキーの特性。カイリキーがこの場に出てきた瞬間から、そこに回避という概念は消え失せるよ」

「ッ……!」

 

 悪手だった。受けの姿勢から入るジュプトルでも、“ノーガード”が特性のカイリキー相手には攻撃から仕掛けるべきであった。

 あの対面でも最善の行動は恐らく“りゅうのいぶき”で【まひ】を狙って、行動を制限することだったのだろう。

 自分の知識の無さに悔しそうに歯噛みをしながら、次なるボールを手に取る。

 

「ギャラドス、君に決めた!!!」

「グオォアアアアアッッッ!!!!」

 

 “グロウパンチ”で上昇させてしまった【こうげき】の能力値を下げるのであれば、“いかく”で下げるしかない。

 ギャラドスの残り少ない体力でどこまで戦えるか。

 しかし、回避という概念がなくなってしまった戦場で行う手は一つしかない。

 

 

 

―――高威力の一撃を叩きこむのみ

 

 

 

「“アクアテール”!!!」

 

 瀑布の如き一撃をカイリキーに叩き込んだギャラドス。幾らギャラドスといえど、強靭な肉体を有すカイリキーをたった一撃で伸すことはできるのか。

 一瞬の内に思案を巡らせるライトであったが―――。

 

「ッ、受け止められ……!?」

「そのまま“ちきゅうなげ”ぇえええ!!!」

「リッキィイイイイ!!!」

 

 “アクアテール”を受け止め、水も滴る良い男状態のカイリキーであったが、何回りも大きいギャラドスの尾を四本腕で掴んだまま大きく跳躍した。

 そのまま空中で一回転を決め、同時に振り回していたギャラドスをフィールドに叩き付ける。

 先程の“アクアテール”で若干水溜りも出来てきているフィールドにギャラドス程の巨躯が叩き付けられると、凄まじい水飛沫が巻き上がって二人のトレーナーのみならず、審判をしているコンコンブルにも降り注ぐ。

 

「……ギャラドス、戦闘不能!」

「……ホントお疲れ様、ギャラドス。久し振りなのによく頑張ってくれたよ」

「よっし! ナイスだよ、カイリキー!!」

 

 地面で伸びているギャラドスをボールに戻し、穏やかな表情で労いの言葉をかける。本当に久し振りのバトルであったライトのギャラドス。今までは野生のままで指示を聞いてくれていたギャラドスであるが、こうしてボールにしっかりと収まってくれているとなると、これまでとは違った感情が胸の奥から湧き上がってくる。

 フッとライトが顔を上げてみると、腕を組んで高らかに笑っているカイリキーの姿が見えた。

 数の上で不利を被っていた状況の中、相手の手持ちを二体下して同数まで持ち込んだのだから、それは気分のいいことだろう。

 

「挑戦者、次のポケモンを」

「はい……リザード、君に決めた!!!」

「グルァアアアッ!!!」

 

 咆哮を轟かせながら場に出現したのは、先程のギャラドスとは一転、紅蓮の皮膚を有すポケモン。

 心なしか、普段よりも闘志に滾るその背中には得もいえぬような頼もしさがある。

 残りの数が同数に持ち込まれてしまった以上、カイリキーはリザードで下したい所だ。相手が最終進化形であるのに対し、まだ一度進化したばかりのリザードでは些か火力に不安があるものの、そこは戦略次第でどうにかするしかない。

 肉弾戦を得意とするカイリキーに、同じくインファイトを好むリザード。しかし、ここは一旦遠距離攻撃で仕掛けようと指示を飛ばす。

 

「“りゅうのいかり”!」

「“からてチョップ”で弾き飛ばして!」

 

 口腔から橙色の光弾を解き放つリザードであったが、途端に肉迫してくるカイリキーが繰り出したチョップによって弾き飛ばされる。

 完全に防いだ訳ではなさそうだが、確実に肉弾戦に持ち越そうとしているカイリキーにライトは歯噛みした。

 

(どうする……!?)

 

 バッとフィールドの方に目を向けるとそこには焦燥を浮かべる主人とは違い、力強い瞳で見つめ返してくるポケモンが一体。

 その瞬間、ライトの心の中で荒れ狂っていた焦燥の波が途端に鎮まり始める。

 

「―――“ドラゴンクロー”!!!」

 

 『信じろ』とでも言う様な瞳にライトは応えるように指示を出す。

 カイリキー相手に肉弾戦を挑むのは悪手かもしれない。だが、ポケモンの想いに応えるのもトレーナー。

 ならば、ここは一度ポケモンの意志に任せて戦わせるのも一興。

 バックアップなら、自分が居る。

 

(見極めるんだ……僕が! 相手の隙を!!)

 

 カッと目を見開くライト。

 その視界には、“ドラゴンクロー”を展開してカイリキーの四本腕と渡り合っているリザードの姿が映る。

 幸いだったのは、僅かにリザードの方がカイリキーよりも身長が低かったことか。カイリキーの打点が高いところにある分、背の低いリザードには中々決定打を与えることはできない。

 爪と拳による肉弾戦の応酬は続いていく。

 

 しかし、それでも優勢を誇っていたのはカイリキーであった。最初こそ身長差に慣れていない様子であったが、途中からその適応力でリザードの“ドラゴンクロー”を“からてチョップ”で防ぎ、反撃もしてくる。

 リザードに苦しい展開であるのはこの場に居る全員が理解していた。

 そして、

 

「カイリキー、“けたぐり”!!」

「リッキィ!!」

「ガウッ!?」

 

 リザードの足を強く蹴って転ばせるカイリキー。威力が相手の体重が重い程高まる技―――“けたぐり”。リザードの体重はそれほど重くない為、与えられるダメージは少ない筈。

 だが、この機を見てコルニが畳み掛けてくる。

 

「“からてチョップ”で上に弾き飛ばして! そのまま腕と足を拘束するの!」

 

 転んだリザードをチョップで上空に弾き上げるカイリキーは、度重なる攻撃によって疲労しているリザードの四肢を四本腕で拘束する。

 さらにバッと腕は四方に広げられて伸ばされる四肢はピンと張りつめて、いいように動けなくなってしまう。

 我ながらエグイ戦法だと思いながらも、完全にリザードを封じ込めたことに笑みを浮かべるコルニ。

 

(よし……このまま“じごくぐるま”で……―――!?)

 

 しかし、先程までとは違う灯りが周囲を照らした為、コルニの笑みは瞬時に消え失せる。よく目を凝らせば、リザードの尻尾の先に点っている炎が青白く輝いていることと、リザードの体に仄かに紅いオーラが纏っているのに気づく。

 激しく燃え盛る尻尾の炎は、加速度的に激しさを増していき、

 

「……“ノーガード”なんでしょ? なら、命中率は関係ない」

「ッ、しまった! カイリキー、すぐにリザードを放り投げてッ!!」

「最大火力で“だいもんじ”!!!」

 

 コルニの指示を受けてすぐさまリザードを投げ飛ばそうとするカイリキーであったが、それよりも早く頭上で紅蓮の炎が瞬く。

 【ほのお】タイプの特殊技最高峰の威力を誇る技。熾烈を極めるであろうジム戦に備え、昨日の内に技マシンで覚えさせた、まさしく『付け焼刃』な技であるが特性の“もうか”によって上昇している威力は充分過ぎる。

 今のリザードには余りある威力であるので命中率は低いものの、“ノーガード”であれば関係ない。

 

「グルァアアアッ!!!」

 

 刹那、爆炎がカイリキーの肉体に襲いかかる。

 リザードの口腔から解き放たれた炎は、カイリキーの肉体を余すところなく包み込んでいく。

 そして足に到達した瞬間、カイリキーを中心にフィールドに『大』の文字が奔る炎によって刻まれる。

 するとカイリキーの拘束が弱まって解放されたリザードは、地面に着地して爆炎に焼かれるカイリキーを睨みつけた。

 

 その瞬間、赤々と燃え盛っている炎を四本腕でかき消してカイリキーが姿を現す。目を見開いたのは眼前にいるリザードのみならず、ライトやコルニもであった。

 凄まじい根性―――否、執念を見せるカイリキーに誰もが戦慄する。

 そして、両者は動く。

 

「カイリキー、“からてチョップ”!!!」

「“ほのおのキバ”で受け止めて!!!」

(ッ、これって……!?)

 

 ライトの指示にハッとするコルニ。

 同時に、ショウヨウジムでのある一場面が思い起こされる。

 当時ストライクであったハッサムの“きりさく”を“ほのおのキバ”で受け止めるよう指示するザクロ。

 思い起こされる記憶と共にフィールドに佇む二体の動作を見ると、その時の二体の姿が完全に一致していた。

 

「しまッ―――!」

 

 後悔する間もなく、カイリキーの“からてチョップ”はリザードの赤熱する牙によって噛み付かれ、受け止められてしまう。

 同時に、先程の“だいもんじ”には及ばないもののかなりの爆炎がカイリキーを包み込み、再びその身を焼き尽くそうと炎が爬行していった。

 

 フィールドの上の水溜りの水が蒸発するほどの炎が奔った後に姿を現すカイリキー。今度は持ちこたえる事も無く、力なく地面に崩れ落ちる。

 

「カイリキー、戦闘不能!」

「っし!!」

「お疲れ様、カイリキー……ゆっくり休んでて」

 

 十二分に活躍を見せてくれたカイリキーをボールに戻し、スッと最後のボールに手を掛ける。

 その瞬間にフィールドに緊張感が奔った。

 コルニの手の中に納められているボールから放たれるのは波動。違うこと無き、これからフィールドに君臨する最後の砦の放つ威圧感だ。

 

「……ルカリオ! 最後よ!!」

「クァンヌ!!」

(……ようやく、か……!)

 

 真打ちの登場に自然と顔が強張るライト。

 一歩コルニは、何やら脇を引き締めて呼吸を整える。ルカリオもまた同じ格好をとり、精神統一を図る。

 一体これからなにをするのだろうと注意深く見ていると、突然コルニの瞼がカッと見開かれた。

 

「命ッ!!」

「バウッ!!」

「爆・発ッッ!!!」

「ガウ、グァ!!!」

 

 一糸乱れぬコンビネーションでパンチとキックのモーションを見せつける一人と一体。

 所謂、ルーティンといった類のものであろうと推測するライトでは、相手の流れに持っていかれないようにと、すぐさま大声を張り上げる。

 

「リザード、“だいもんじ”!!!」

「ルカリオ、“はどうだん”で迎撃!!!」

 

 口の端から漏れ出すほどの爆炎を口腔から解き放つリザード。放たれた火球は途中で『大』の字へと変化し、【はがね】タイプも有すルカリオを焼き尽くそうと宙を爬行していく。

 だが、対するルカリオも腰の横で腕を構え、手の平の隙間に凄まじい波動のエネルギーを収束し―――。

 

「バウッ!!!」

「いッ……!?」

 

 砂塵を巻き上げるほどの勢いで解放された“はどうだん”は、“だいもんじ”の中央を穿ち、辛うじて形を留めていた爆炎の塊を打ち崩した。

 直線状を走る“はどうだん”はリザードに直撃するコースを奔っていたが、寸での所でリザードが“ドラゴンクロー”で何とか防御する。

 しかし、凝縮されたエネルギーが拡散すると同時に、リザードを中心に爆発が巻き起こって視界を悪くしてしまう。

 

「くッ、リザード!! “ほのおのキ―――」

「“バレットパンチ”!!!」

 

 

 

―――ドンッ!!!

 

 

 

 重く響く殴打音。

 茫然とするライトは、次第に開けていく視界にルカリオの拳一つで体を支えられているパートナーの姿を目の当たりにして絶句した。

 先程まで轟々と燃え盛っていた炎は、今や拳大ほどにしか残っていない。

 

「リザード、戦闘不能!」

「も、戻って、リザード!」

 

 呆気なくやられてしまったリザードに、未だ衝撃を忘れられないままボールに戻してあげるライト。

 “バレットパンチ”は【はがね】タイプの先制技。威力も先制技であるように少なく、さらに【ほのお】との相性も悪い筈。

 それなのにも拘わらずやられてしまうということは……。

 

(……いや、ここでそれを深く考えても仕方がない。今は―――)

 

 最後のボールに手を掛ける。

 

(目の前の勝負に全力を出すだけだ!!!)

「ハッサム、君に決めた!!」

 

 重厚な音を響かせて場に現れるハッサム。

 それに相対するは、波動を操りし獣・ルカリオ。

 

 どちらも、二人のトレーナーにとっては『エース』という存在だ。

 それが意味することは只一つ。

 

「ルカリオ、“グロウパンチ”!!」

「ハッサム、“メタルクロー”!!」

 

 

 

 

―――エースの意地をかけた最終決戦であること

 


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