ポケの細道   作:柴猫侍

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第五十三話 サブレとクッキーの違いってなんよ?

 

 澄み渡る空。

 吹き渡ってくる心地よい風は、先程まで頬を伝っていた涙を乾かす。髪や服を靡かせる潮風は、どこか新しいものであるかのようにライトは感じた。

 

 現在、彼が居るのはマスタータワーの屋上にあたる場所。カロスの海とシャラシティを一望でき、コルニが好きな場所であると公言した理由が分かった気がするライト。

 

「待たせたな、ライト君」

「っ……コンコンブルさん!」

 

 ふと背後から聞こえてくる声に振り返るライトは、厳重に保管されていそうな小さな箱を目の当たりにし、グッと息を飲んだ。

 言わずとも分かる。その箱の中に、キーストーンが入っているのだろう。

 緊張した面持ちになるライトにコンコンブルは、スッと箱を開けて中から淡い虹色に輝く玉を一つ取り出す。

 そのまま、ライトの左腕の腕輪の窪みへと嵌める。大きさが合うかどうか心配なライトであったが、ある程度伸縮性のある金属なのか、意外にもすっぽりと嵌ってくれた。

 

「わあ……」

「継承者がこの場でキーストーンを託すのは、高みを忘れないためだと言われておる。君も是非、高みを……君の夢を忘れないでこれからも精進していってくれたまえ」

「はい! ありがとうございます!」

「それと、メガストーンのことなんだがァ……」

 

 なにやら歯切れが悪い言い方をするコンコンブルにライトは首を傾げ、次の言葉を待つ。するとコンコンブルは、申し訳なさそうに髪の毛がほとんどない頭をポリポリと掻いた後に口を開く。

 

「君の持っているポケモンに対応しそうなメガストーンはウチに無かったのだ……済まん」

「い、いえ! キーストーンを貰えただけで僕は……」

 

 掌を合わせて謝罪するコンコンブルにライトは、両手の掌を見せる様にして振ってみせる。だが、メガストーンを貰えなかったことについては、本当のところは残念に感じてしまっていた。

 このままでは宝の持ち腐れになってしまいそうなキーストーンを見つめるライトであったが、そこへ耳よりな情報をコンコンブルが口にする。

 

「実はキーストーンは、メガストーンの近くにあると共鳴するという性質がある。心許ないが……それで探してみてはくれないか? あと、ミアレシティには珍しい石が売っている場所もあるというし、そこも当たってみるといい」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 情報を耳にしたライトは、社会人顔負けの綺麗な斜め四十五度の立礼を決めて感謝の弁を口にする。

 礼を終えた後、再び腕輪のキーストーンを眺めるライト。そこへ再び潮風が吹き渡り、どこか新鮮な香りを運んでくる。

 バッジも四個となり、リーグ挑戦へ必要なバッジの個数も残り四個となり、ちょうど折り返し地点といったところだ。

 

 最初は軽かったバッジケースも、今やそれなりの重さを有している。

 最強のトレーナーをかけて毎年百名以上のトレーナーが集うポケモンリーグ。各地方によってルールに差異はあるものの、頂上を目指すという部分では違いはない。

 着実に上っている頂上への階段。そして、その頂上に手を掛ける為の力の一つである『メガシンカ』。

 

「……よしッ、気合い入れて頑張るぞ!」

「うむ、その調子だ! ……ああ、それとライト君。午後はなにか予定はあるのか?」

「え? いえ、ポケモンセンターで皆を回復させた後は、特に……」

「なら、コルニと一緒にシャラシティを観光してみてはどうかな? アイツもポケモンセンターに用事はあるだろうしな」

「はぁ……」

 

 流れで頷いてしまったライトであったが、内心はその限りではない。恨みっこなしとはいったものの、負かした相手と共に観光に行けというのは中々心境的に厳しいものがある。

 幾らコルニが普段から溌剌としている人物とはいえ、流石に今回のバトルでは―――。

 だが、既に了承してしまったものは仕方がないと考え、しっかりと一礼してから上ってきた階段を下ろうと足を動かし始めた。

 

「ああそうだ、ライト君。こいつをコルニに渡してやってくれないか?」

「へっ? わっととと……これって?」

 

 コンコンブルが放り投げた物をキャッチしたライトは、自分が何を捕えたのだろうかと指を開く。

 掌に握られていたのは、白と赤を基調にした指出しグローブであった。手の甲に当たる部分にはキーストーンが埋め込まれている。

 これを渡したという事は、つまりそういう事なのだろう。

 ハッとした顔でコンコンブルを見つめると、彼はこう口にする。

 

「試験に受かってジムリーダーになったら、ルカリオナイトを渡す。それまで、それを身に着けて精進しろ……と、伝えてくれ」

「! ……はい、しっかり伝えます! 本当にありがとうございます!」

 

 溌剌とした声で返事を返したライトは、そのまま大急ぎでバトルフィールドまで走って戻ろうとする。

 そんな少年の背中を見ながらコンコンブルは一息吐いてから、小さく呟いた。

 

 『ありがとう』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「コールニー?」

 

 メガグローブを受け取ったライトは、それをコルニへ渡すために先程まで激戦を繰り広げていたバトルフィールドに訪れていたのであるが、少女の姿は見当たらない。

 既にポケモンセンターに回復しに行ってしまったか、マスタータワー内部のどこかの部屋に居るのか。

 どちらにせよ、この場に居ない事だけは確かだ。

 

「う~ん、どこだろ……ん?」

 

 足にコツンと当たる感触に、反射的に振り返ったライトの目の先には一体のポケモンが佇まっていた。

 

「ディアンシー?」

「?」

 

 ほうせきポケモン・ディアンシー。美しい宝石を身に纏っているかのような容貌のポケモンは、たった今ライトの足元に転がっているボールにジッと目を向けている。

 ディアンシーが向けてくる瞳の意味を理解したライトは、足元のボールを手に取って『はい』と優しい笑みを浮かべながら、ディアンシーに差し出す。

 

 するとディアンシーはパァッと明るい笑みを浮かべ、浮いているにも拘わらずピョンピョンと跳ねながらライトの下に歩みとり、ボールを受け取った。

 丁寧に一礼して感謝を表すディアンシー。その後ろからは、ヘラクロスやらゴウカザル、ニョロボンなどの【かくとう】ポケモンが姿を現す。

 

「ヘラヘラ!」

「ウキャ! ウキャキャ!」

 

 何やら困った顔で説得するかのような所作を見せるヘラクロスとゴウカザル。だがディアンシーは、ぷんぷんと言わんばかりに頬を膨らませる。

 数十秒ほど言い合っていたポケモン達であるが、最後にディアンシーが『ふん!』と顔を逸らし、三体のポケモンは溜め息を吐きながら肩をガクリと下ろした。

 何を話していたのかまでは分からないものの、とりあえずディアンシーの面倒係をしている三体のポケモンがディアンシーの扱いに困り果てているのだろう。

 

 苦笑を浮かべながら見守っていたライトであったが、自分がコルニのことを探していた事を思い出す。

 

「ねえ、コルニの場所知らないかな? 今、探してるんだけど……」

「ウキャキャ? ウキャ~……」

「!」

 

 ライトの質問に頬をポリポリと掻きながら両脇の二体に顔を向けるも、二体も『さあ』と両手を上げる。

 だが、唯一ディアンシーがポンと手を叩いて、先程拾ってもらったボールをニョロボンに手渡し、グイグイライトの服の袖を掴んで引っ張っていく。

 

「えッ? 知ってるの?」

 

 コクン。

 満面の笑みを浮かべて引っ張っていくディアンシーの力はかなりのものであり、ズリズリと引きずられる程だ。

 ディアンシーの体重は8.8キロであり、それほど重く無い筈なのだが、そこはやはりポケモンと言うべきなのだろう。

 少年を連れていこうとするポケモンを前にし、面倒を看ている三体のポケモン―――全員コンコンブルの手持ちであるのだが、再び溜め息を吐いて仕方なしと言わんばかりに付いていく。

 

 お姫様の面倒を看るのは大変らしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

 かくかくメブキジカ。

 

「お爺ちゃんが!? やったァ―――!」

 

 ディアンシーに連れられていった先は、マスタータワーの外にある庭であった。そこにあった水道で顔をバシャバシャと豪快に洗っていたコルニを見つけたライトは、コンコンブルに託された伝言を一通り告げた後に、本命のキーストーン入りの指出しグローブ―――所謂『メガグローブ』を手渡す。

 するとコルニは、洗った後のさっぱりとした顔で目が点になる。そしてすぐさまメガグローブを受け取り、胸を躍らせながらソレを左手に嵌めてニッと笑顔を浮かべた。

 

 パッと見で泣き腫らした後だと分かる顔であったものの、メガグローブを着けた後では、それまでと対照的に晴々とした笑顔を見せつける。

 そして、キーストーンを見せつける様にしてポーズをとるコルニ。

 

「ふふんッ! どう!?」

「いいんじゃない? 似合ってると思うよ」

「これであたしもライトも心機一転で、ってことだね!」

「僕は明日にでもシャラシティから出発するつもりだけど、コルニも―――」

「勿論行くよ! そういう約束でしょ?」

 

 あっけらかんとした顔で言い放つコルニに、必要以上に心配していたことが杞憂であったと考えるライト。

 考えてみれば、コルニほどの人間が一回の敗北をそこまで根に持つ人物でないことは容易く想像できる。

 

「ふふふッ……今度はメガシンカでライトを……」

 

 そうでもなかった。

 飢えに飢えた獣のように鋭い眼光でキーストーンを眺めるコルニは、どうやらメガシンカを扱ってライトを打ち倒そうと考えているらしい。

 余りのオーラに冷や汗が止まらないライトと面倒係の三体。そしてディアンシーは、目尻に涙を浮かべながらライトの背中に隠れる。

 

「……ちなみに僕、まだメガストーンを持ってないからメガシンカはできないよ?」

「そうなの? なぁ~んだ、残念」

「はははッ……とりあえず、ポケモン回復しにポケモンセンターに行こうよ」

「そうだね。じゃあ、早速行こっか!」

 

 そう言ってコルニはタタタッと走って、引き潮でできた砂浜の道の先のポケモンセンターへと走っていく。

 砂浜にはシェルダーやカメテテ、サニーゴなどのポケモンも垣間見えるが、突然走って近付いてくる人間に驚いて大急ぎで海のなかへと戻る。

 その際、『驚かせてゴメンね!』と明るい声で謝るコルニであったが、走る速度は一向に緩まない。

 あの速度のままポケモンセンターに向かうのだと悟ったライトは、少女を見失う前に追いかけるのであった。

 

「……ウキャ?」

 

 頓狂な鳴き声を上げて、周囲を見回し始めるゴウカザル。彼の行動に、両脇の二体のポケモンも何事かと周囲を見回し始める。

 十秒ほど何かを探していた三体であったが、だんだん頬が引き攣っていく。

 それと同時に、街へと続く砂浜の道の中央辺りで、砂が大きく舞い上がった。

 

「♪」

 

 回転しながら砂浜から飛び出してきたのは、お転婆な宝石のお姫様。

 彼女は、楽しそうな様子であった人間二人を見て、自分も街の方へと彼らを追いかけていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「では、お預かりいたしますね」

 

 にっこりと笑みを浮かべてケースに入ったボールを、メディカルマシーンのある部屋へと持っていくジョーイ。

 ジョーイの隣に立っていたプクリンは、どこが首でどこが腰か分からない体でお辞儀をしてから、ジョーイの補佐をするため共に奥の部屋へと向かって行った。

 

 激闘を経て疲労し切ったパートナーたちを預け、一先ずの安堵の息を吐くライトとコルニの二人は、そのまま共用スペースにあるソファへと凭れ掛かる。

 

「ふぅ~。じゃあ、さっき買ったシャラサブレでも食べる?」

「うん、食べる食べる! えっと、自販機で買ったミックスオレがここに……あれ?」

 

 バッグの中をガサゴソと探るライトであるが、自分が購入したはずのジュースがないことに眉をひそめる。

 その間にコルニは、シャラサブレを左手に持って茫然と少年の姿を見ていたが―――。

 

「ん? あれ!? ない!?」

 

 突然空虚感に苛まれる左手に気付き振り返ってみると、数秒前まで携えていた筈の菓子が無くなっていた事に気が付く。

 神隠しか何かか。

 キョロキョロと周りをコルニであったが、自分達のすぐ後ろのソファの陰で、何かゴソゴソと音を立てている影が一つ。

 

 サクサクサク。

 

 プシュ。

 

 ゴキュゴキュ。

 

 プハァ!

 

 テレビCMが来るのではないかと言う程の満面の笑みで、ジュースとお菓子をそれぞれに手に携えているポケモン―――ディアンシー。

 流石に今の音に気付いたライトもソファの裏を見る為に身を乗り出すと、『あッ』と声を上げた。

 

「それ、僕のミックスオレ……」

「?」

 

 何を言っているのか分からないディアンシーは、手に持っていたサブレを全て食べ終えると、残ったミックスオレを一気に飲み干す。

 サブレのカスをぺろぺろと舐め取っていたディアンシーは、空になった缶をどうしようものかと辺りを見渡していたが、そのまま投げ捨てられるのもマナーが悪いと考えたライトが苦笑を浮かべながら受け取った。

 

「ていうか、いつのまに来たの……?」

「ホントそれ! 全然気が付かなかった……」

「♪」

「……もう一つ所望してるよ」

 

 サブレの美味しさに目を輝かせていたディアンシーは、『もう一個!』と言わんばかりに両手を差し出す。

 幸い、多く購入していたのでコルニは特に躊躇うこともなくもう一つを手渡した。

 すると、食い気味に受け取ったディアンシーは軽快な音を奏でながらサブレを食べ始める。

 

「……コラッタかな?」

「言えてるかも」

「―――ちょっと失礼しますよ」

「えッ、わッ!」

 

 不意にライトの隣に腰掛ける女性。

 全身黒ずくめの女性に一瞬驚くも、以前見たことのあるかのような装いに引っ掛かりを覚え、顎に手を当てて逡巡する。

 頭を過るのは、セキタイタウンに着く前に突っかかってきたスキンヘッドの男を取り押さえた女性だ。薄紫色の髪も、心なしか声も似ている様な気がする。

 

「あの……貴方は?」

「……私はこういう者です」

 

 すると女性は徐にコートの中に手を突っ込み、何やら手帳のような物を取り出してライトに手渡す。

 『これをどうしろと?』と言わんばかりの瞳を投げかけるライトであったが、女性が手帳を開くような動作を見せてきた為、指示通り手帳を開ける。

 中には、女性の素顔と思しき人物の写真と役職名のようなものが―――。

 

「国際警察警部『リラ』? って、警さ―――!?」

「(しー……)」

「(むがが……!)」

 

 警察であることを示す手帳を見て驚きの声を上げようとしたライトであったが、寸での所で女性に口元を手で抑えられる。

 白い手袋を着けているのも、警察という役職故のものか分からないものの、ライトの口元には滑らかな絹のような感触に包まれた。

 唇に対し垂直に指を立てるリラという女性は、スッとサングラスをとって髪と同じうす紫色の瞳を露わにする。

 

「貴方達と会うのは三度目ですね。私はリラ。仕事は……手帳を見ての通りです」

「は、はぁ……あの、なんでそういった職業の方がここに?」

 

 警察を目の前にして挙動不審になるライト。その隣に居るコルニも同じく動揺しているが、唯一ディアンシーは関心が無いのか、依然サブレを食べ続けている。

 

「……一般の方に大仰に仕事内容を明らかにできない立場なのですが、まず一つ。私はとあるポケモンの保護の為、カロス地方に派遣されています」

「保護?」

「一体目は、この前貴方達に見せたポケモン。そしてもう一体は、君達のすぐそばに居る……ディアンシーです」

「この子が……ですか?」

 

 ほぼ同時に視線をディアンシーに向ける三人。

 そこには、あどけない顔で菓子を食べ続けているポケモンが居た。

 リラは神妙な面持ちになり、先程外したサングラスを再び掛ける。

 

「ディアンシーは本来地下深くに生息し、突然変異という特殊な条件で誕生する為、個体数は二桁に上るか否か。その希少性から幻のポケモンとも呼ばれます」

「はぁ……」

「なにより特筆すべき力は、空気中の炭素を集めてダイヤを作りだせるというもの。悪意ある人間であれば、これを資金集めに利用するでしょうね」

「ッ……!」

 

 一瞬、コンコンブルの言葉が頭を過る。

 『悪意ある人間は居れど、悪意あるポケモンは居ない』。どんなポケモンでも、悪意のある人間の下で飼われてしまったのであれば、自分の行うことを悪行とも知らずに指示を聞いて行動するだろう。

 良くも悪くも純粋とは言ったものだ。

 

「私達は一か月前よりあった目撃情報を元に、もう一つの件と同時進行で保護に当たろうとしていたのですが……このディアンシーは既に誰かが捕まえたのでしょうか?」

「あ……いえ、シャラジムのジムリーダーが」

「あたしのお爺ちゃんが保護したとか言ってましたけど……」

「ジムリーダー? お爺ちゃん? 成程、つまり貴方はシャラジムリーダー・コンコンブルの孫娘ということになるんですね?」

 

 瞬時に事を把握したリラが問うと、コルニは無言で頷く。

 すると、『ふ~む』と顎に手を当てて逡巡するリラ。

 

「……ジムリーダーに保護されたとなれば、この子も安心でしょう。分かりました。この件について上の方には解決した旨を伝えることにします」

「えっ? そう感じでいいんですか?」

「ええ、勿論。我々が危惧しているのは、ロケット団のような組織やポケモンハンターのような存在に捕獲されないか、ということですので。仮にも、四天王に次ぐ実力者であるジムリーダー……彼等の庇護の下であれば、ポケモンも安全でしょうから」

 

 やんわりと笑みを浮かべるリラはスッと立ち上がり、サブレの入っている袋をガサゴソと探っているディアンシーを一瞥し、そのまま出口へと歩いていく。

 初めて会った時の変人の様子など一瞬も垣間見えず、常時凛とした雰囲気を漂わせているリラに、二人はゴクンと息を飲んだ。

 

―――感じていた

 

―――人並みではあるが

 

―――滲み出る強者のオーラというものを

 

 

 

 ***

 

 

 

「ボーマンダ。あの塔まで頼みます」

「グアァ」

 

 プロトレーナー仕様のボールであるハイパーボールから、赤と青を基調とした色合いの皮膚を持つ竜―――『ボーマンダ』を繰り出すリラ。

 大きな体を持つ竜の背に軽い身のこなしで乗るとすぐさまボーマンダは羽ばたき、凄まじい速度でマスタータワーがある方向へと飛翔していく。

 その際、左耳に付いているインカムのボタンを押し、上司との連絡を取ろうと試みる。

 すると、思ったよりも早く上司とのコンタクトに成功した。

 

『どうした、リラ? 何か進展でも―――』

「Δの件ですが、シャラジムリーダーに保護されているとのことです」

『……しっかり確認はとったのか?』

「いえ、ジムリーダーの孫を名乗る少女と、その友人と思われる少年がディアンシーと共に居り、その事実を口にしたという感じですが……」

『……お前さんよぉ。いくら本物が目の前に居たとして、そこはしっかりとジムリーダーに訊きに行くのが筋ってもんじゃねえのか?』

「今から直接確認しに行くつもりですから安心して下さい、クチナシさん。それに話を聞いた子も、嘘を言う様な子ではなかったですし……」

『お前さんが言うならそうなんだろうがぁ……人を見る『才能』ってやつか? だが、詰っていうもんが大事だからな』

「ふふっ、分かってますよ」

『……なんかイイことでもあったのか?』

 

 不意な質問にリラは、思わず『えっ?』と声を上げてしまう。

 

「どうしたんですか、急に」

『声が随分嬉しそうだからよ。オジサンの耳を舐めちゃあいけねえよ』

「ははっ。まあ強いて言えば……」

『強いて言えば……なんだ?』

「いい瞳の子に会えたな、と……」

『……そうか。まあ、その気持ちは分からなくもないぜ。さて……お喋りはこんくらいにしとくか。上には、Δの件は済んだと伝えておくぜ。じゃあ、また後でな』

「はい」

 

 穏やかな空気の中で通信を終えたリラは、目の前にそびえ立つ一つの塔を見つめた。

 長い歴史を匂わせながらも、今尚力強くそびえ立つ一つの塔を見てリラは、心が少しキュウっと締まるのを錯覚する。

 徐に掌を心臓に当てると、普段よりも鼓動が高鳴っていることに気が付いた。

 そのままスッと視線を下ろすと、心配そうに自分の方を見つめてくるボーマンダの姿が―――。

 

「……大丈夫ですよ。安全飛行でお願いします」

「グオォ」

 

 主の言葉を聞いたボーマンダは、首を前の方へとも戻して一気に速度を加速させていく。『安全飛行でって言ったのに』と苦笑を浮かべるリラは、そのまま溜め息を吐いた。

 

 

 

(全く……どうも私は、『塔』という物に縁があるらしいですね)

 

 

 

 ***

 

 

 

「あっ、コラ! サブレほとんど食べたなぁ~!?」

「?」

「ははっ……そんなに美味しかったんだ」

 

 その頃、ポケモンセンターでは二人と一体の明るいやり取りが行われていたという。

 


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