ポケの細道   作:柴猫侍

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第六話 人違いは中々恥ずかしいもの

「ん? カノン?」

 

 ライトが振り返ると、そこにはカノンが立っていた。しかし、いつものベレー帽も、キャンパスなどの画材も有していない。

 無言で背後から近づくとは何事かと思いながらも、幼馴染がこうして来てくれたのだからと、いつも通りに笑顔で接しようとする。

 

「どうしたの?」

「♪」

 

 だがライトの問いに対しカノンは無言のまま、満面の笑みを浮かべる。その挙動に、ライトは若干の違和感を覚える。

 もしや、昨日のサイコソーダの反応をまだからかう気なのかとも考えたが、それにしても無言過ぎる。

 五年も一緒であるが、こんなカノンは見たことが無い。

 

「えっと……どうして無言なの?」

 

―――プク~…。

 

「え? ……え!?」

 

 するとカノンは、頬を膨らませてしかめっ面になる。何か起こったのかと、ライトは自分が何かをしてしまったのかと焦り出す。あたふたしていると、カノンは両手でライトの頬をつまみ、そのまま左右に引っ張る。

 

「いたたた! 何!? 何か僕悪いことした!?」

 

―――おかしい。

 

 普段のカノンは、こんなことしない。年相応に自分にちょっかいを仕掛けてくることはあるが、ここまで意味不明のちょっかいをするのは初めてである。

 しかもカノンは、頬を摘んだまま顔を急接近させてくる。その動作に、ライトは思わずドキッとする。

 いくら大人びているライトでも、まだまだ十二歳の少年。幼馴染のちょっとした挙動に、ふと反応してしまう年頃である。ここまで顔を急接近させられたのは今までにない。無言でしかめっ面をするカノンにどうしていいかわからずに、ライトも思わず無言になる。

 だが、余りにも至近距離で見つめ合っている為、ライトの顔はどんどん紅潮していく。

 

―――少年よ。存分に恥らいなさい。

 

 どこかの姉のようなボイスでセリフが再生されるが、このままでは何時知り合いに見られるか解らない。こんなキス寸前のような体勢で居たら、誤解は必死である。

 何とか離そうと、恐る恐るカノンの両腕を掴む。

 

「……ん? 冷たい……」

「!」

 

 ライトの言葉に、カノンはハッとしたような表情を浮かべる。そしてすぐさまライトから離れて、舌をチロリと出して逃げていく。

 その瞬間に、ライトは悟る。

 

「……性質の悪いイタズラだよ、もお……。コラ――――!! 誰だ――――!!?」

「♪」

 

 先程とは違う理由で顔を紅くするライトに、カノンに化けている何かはテトテトと走って逃げていく。

 自分の羞恥心やら何やらを存分に弄ばれたライトは黙っている筈も無く、逃げていく者を追い掛けていく。全力で走るライトに、横で黙って眺めていたヒトカゲも走って追いかけていく。

 

「とっちめてやる!! 行くよ、ヒトカゲ!」

 

―――ふっ……。

 

「え? 何、この温度差?」

 

 憤慨しているライトに対し、ヒトカゲは鼻で笑って黙ってライトの後を付いて行く。余りにも大人な態度に、このヒトカゲの精神年齢が気になったライトであったが、それよりもまずあのカノンに化けている者を捕まえる事に意識を向けた。

 カノンに化けている者は、『してやった』という顔でライトを流し目で見る。その口角も、存分に吊り上っており、先程の流れを存分に楽しんでいたものと思われる。

 

―――ああ。先程、あの幼馴染の顔をしている者を一瞬でも可愛いと思った自分が恥ずかしい。

 

 本人が聞けば怒りそうな内容だが、とりあえずライトは幼馴染を利用されて自分の羞恥心を大いに刺激されたことが許せなかった。

 心の広い方のライトだが、そう言った部分はまだまだ子供である。

 ここにブルーが居れば、『ああ!私の弟が女の子とイチャイチャしてる!』と、鼻血を出しつつもジェラシーなどで悶えているだろう。

 それはともかく、ライトは自分を弄んだ相手が何者なのかはっきりさせる為に、必死に追いかけていた。

 

「っ……誰か解らないけど、絶対捕まえてやるからな――!!」

 

―――あっかんべ~☆

 

「っ~~~~!!!」

 

 カノンの姿をした者は、ライトに振り返って舌を出しながら右目の下まぶたを引き下げて挑発する。それによってライトの怒りは頂点に達し、声にならない声を喉から漏らす。

 

 満足したように笑いながら、カノンの姿をした者は裏路地に入っていく。アルトマーレは、海の上に立っている為、土地の総面積で言えば他の町に比べて少ない方である。しかし、それを補う為に町には高低差があり、階段や橋などが多く存在している。

 さらに言ってしまえば、裏路地に関してはかなり入り組んでいる為、初めて来た者が迷いこめば、数時間は彷徨う事になるくらいに複雑になっている。恐らくあの者は、それを利用してライトを撒こうとしているのだろう。

 

 しかし、ライトもこの町に住んで早五年。大体の土地勘ならば備えている。だとしても、見失わなければ迷う必要も無い。

 小さいころ、マサラタウンを姉たちと共に駆け回った脚力は伊達ではない。

 しかし、相手もそれなりの足の速さでライトを寄せ付けないように入り組んだ路地を走る。

 

 右へ左へ―――。

 はたまた、階段を上って―――。

 

 太陽の影になっている路地の裏は、海の上に立つアルトマーレの特質上、かなり空気が潤っている。木材が潮風に浸食されたような匂いも、呼吸の荒いライトの喉を通り、肺へと入っていく。

 そして路地を駆け巡る内に、広場へと出る。

 その瞬間に、燦々と輝く太陽が暗い路地に適応していた瞳に、強い光を浴びせてくる。

 しかし、視界の中から追いかけている標的は逃していない。カノンの姿をしている者は、広場へと続く横に広がった大きな階段を一気に駆け下りていく。

 

「に~が~す~かァ~!!」

 

 ライトは目の前を走る者に一気に近づくために、階段の中腹辺りで一気に飛び降りた。大きな着地音が広場に響き渡り、カノンの姿をしている者も驚いたように目を見開く。

 後ろに付いて来ているヒトカゲも、軽い身のこなしでライトの後ろに飛び降りる。かなり息が合い始めている二人であるが、今は特に問題ではない。

 カノンの姿をしている者は、何とか逃げ切ろうと大きな橋が架かっている道の下を駆け抜ける。そしてそのまま、右へと進路を変えて姿を消した。

 だが、そこまで一連の流れをはっきりさせている中で、ライトが見失う筈も無く、すぐさま追跡を続ける。

 

「待て――!!」

 

 先程、カノンの姿をした者が曲がった角を同じく右に曲がる。

 

「――…あ!」

 

 曲がるとそこには、ゆっくりと歩いているカノンの背中があった。上下の服の色も同じ。漸く追いついたと、ライトは肩を掴む。

 

「えっ……あれ、ライト?どうしたの……って、ええ!?」

 

 相手が振り向き、驚く間もなくライトは右腕の手首を掴む。本気で掴んでしまった痕がつくかもしれないので、それなりに手加減こそしているものの、逃がさないようにしっかりと掴んでいる。

 そしてグッと顔を近づける。その挙動に、カノンは思わず顔を紅潮させる。

 いきなり幼馴染が、手首を掴んで顔を近づけてくるのである。咄嗟の出来事に、何も出来ずに茫然とする。

 

「はぁっ……はぁっ……やっと捕まえた!」

「??」

「もう離さない!!」

「!??」

 

 真剣な眼差しでそう言い放つ幼馴染に、カノンの顔はさらに紅くなっていく。

 

(え!?捕まえたってどういう意味!?離さないってどういう意味!?)

 

 そう、この少女はカノン本人。先程までライトが追いかけていた人物とは違う人物。しかし、見た目も服装もほとんど似ていたためライトは、てっきりこのカノンが先程自分を弄んだ者だと認識しているのである。

 真剣な眼差しも、只単に怒っているだけ。

 しかし、カノンもお年頃。そんな事情も知らない為、自分の中で出来るだけの想像を駆り立てて、結果、顔を真っ赤にさせていたのである。

 

 そんなカノンに対し、ライトはふと気づく。

 

「……あれ? 帽子かぶってる」

 

 そう。偽物が被っていなかった帽子を、このカノンは被っている。そして先程からちょくちょく声も出している。

 

「……もしかして本物?」

「え? どういう意味……?」

「「……」」

 

 ライトは漸く、このカノンが本物だと気づく。そして掴んでいる手を放し、顔もゆっくりと離す。

 二人の間に、気まずい空気が流れる。

 互いに、顔が真っ赤であるのは言うまでもないだろう。

 

「……カゲ」

 

 その横でヒトカゲは、やれやれと首を振っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ゴメンね、カノン」

「う、ううん! 気にしてないから、そんな落ち込まないで!」

 

 二人は、広場のベンチに座っていた。カノンの横では、ライトが凄まじく不穏なオーラを身に纏い顔を両手で覆っている。

 何も悪い事をしていない幼馴染に、あのような圧で迫っていったことを、自分なりに落ち込んでいるのであった。

 そんなライトを慰めようと、カノンは必死に励ます。事情は大方聞いており、犯人の目星も大体ついている。

 

(あの子ったら……もお!)

 

 自分の姿に化けて悪戯するなど、この町には一体しか居ない。普段からあちらこちらで悪戯するような者ではないが、だからといって幼馴染をここまで落ち込ませるのは、やり過ぎだと考える。

 向こうもそこまで悪意があってやったことではないと思うが、後で説教が必要だと、カノンは心の中で決めた。

 

(ん~……そうだ!)

 

 こんなに落ち込んでいるライトを立ち直らせるための方法を、カノンは思いついた。あそこに行けば、きっとライトも立ち直ってくれるはずである。

 さらに言えば、この元凶となった悪戯っ子もそこに住んでいる為、容易に会える筈である。

 あの場所は、管理しているカノンとボンゴレしか知らない。それはその場所を、カノンの一族が管理しており、さらにそこへ入るための方法が普通の者であれば思いつかないような方法である為だ。

 そこへ一般人であるライトを入れるのは少しだけ抵抗があるが、彼の人格を考慮すれば口外することも無いと予測出来るので、連れて行ってもよいと判断できる。祖父であるボンゴレも、それを認めてくれるだろうと考え、カノンはベンチから立ち上がる。

 

「ねえ、ライト。ちょっと、行きたい場所あるから付き合ってくれない?」

「え? ……うん、いいけど……」

「じゃあ、早く行こ!」

 

 そう言ってカノンは、ライトの手を引いて駆け出したのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「もしもし~?」

『もしもしじゃねえよ。何だよ、いきなり』

 

 ブルーは家でポケギアを利用し、とある人物に電話をしていた。ポケギアからは、若い男の声が聞こえる。

 

「ちょっとさぁ~、アンタに頼みたいことあんだけどいい?」

『ああ? 何だよ』

「今度、シロガネ山に行くときに―――」

 

 ブルーは、電話の先で聞いている男に対し、頼みたい事の概要を話す。少し長い内容であったが、中身自体は簡単なものであり、とある人物に伝えたいことを話しただけである。

 ならば、ブルーが直接話せばいいのではと思うかもしれないが、そのとある人物という者がリーグ関係者しか入れない、電波の届かない山に居る為、会いに行けないのである。

 そのため、リーグ関係者である電話の先の男に、要件を伝えたのである。

 

『はぁ? ンなモン、お前が手続して会いに行けばいいだろうが』

「私、一週間しかこっちに居れないのよ。今はライトとパパの所に居るけど、残り半分はママの所に行こうと思ってるし。どうせアンタ、食糧届けに行くでしょ?」

『お前なァ……俺だってジムで忙しいんだよ。もうちょっとこう……腰を低くできねえのかよ?』

「アンタはヤダ」

『はあ!?』

「とりあえず、ちゃんと伝えてね。もし伝わって無かったら、テキトーなアンタのスキャンダル流すから、よろしくゥ☆」

『おい! ちょ―――』

 

 男が何かを言おうとしていたが、ブルーは問答無用で通話を切った。そして、テーブルの上に置いてあるレモネードをストローで飲む。シュワシュワとした舌触りと、レモンの爽快な香り、そして甘酸っぱい味に舌鼓を打つ。

 その際に考えていたのは、弟の留学についてであった。ブルー自身も、十二歳の頃に幼馴染と共に旅に出て、各地を転々としてジムに挑む、バッジを集めていた。結果的に最後は、旅を共にした大切なポケモン達と共に、ポケモンリーグに挑み、一生に残る思い出を作れた。

 是非、自分の弟にもそのような経験をしてほしいと思うのが、姉として考えたことである。

 

―――ポケモントレーナーにとって、旅とは一生の思い出になるもの。

 

 自分の旅を思い出しながら、ベルトに付いているボールの一つに触れる。そこに入っているのは、自分の大切なパートナー。

 苦楽と共にし、困難を乗り越えてきた、家族と言っても過言ではない存在。

 ライトの手持ちであるストライクとヒトカゲも、自分のこのポケモンのように家族の一員のような存在になってほしいと、ブルーは切に願うのであった。

 


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