ポケの細道   作:柴猫侍

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第六十話 一瞬に命を燃やして

 

 

 

 

「フルァ!!」

 

 “ドラゴンクロー”を繰り出していたフライゴンであったが、押し勝てないと判断をしたのかそのまま宙返りしてハッサムから距離をとった。

 そして、ビブラーバのモノよりも大きくなった羽を羽ばたかせ、衝撃波を繰り出してくる。

 吹き荒れる砂塵を切り裂きながら疾走してくる攻撃。

 

「“ソニックブーム”が来る! “メタルクロー”で弾くんだ!」

 

 どんな相手にも一定のダメージを与える事の出来る技―――“ソニックブーム”。タイプは【ノーマル】であり、本来ならば【はがね】を持つハッサムには効果がいまひとつであるものの、技の効果によって【ゴースト】以外の相手には意味を為さない。

 そんな疾走してくる衝撃波を肉眼で捉えたハッサムは、鋼鉄の鋏を振りかざし、“ソニックブーム”を切り裂いた。

 切り裂かれた“ソニックブーム”の余波は横にずれて、赤色の粘土質の大地に大きな裂傷を刻む。それが人に当たれば、どれだけ恐ろしいことになるだろうか。

 

「想像はしたくないなぁ……ハッサム、“かわらわり”!」

 

 引き攣った笑みを浮かべたままのライトは、砂嵐の中でも届くようにと大声で指示を出す。

 瞬間、地面を大きく蹴ったハッサムが宙で羽ばたいているフライゴンへと飛翔し、力を込めた鋏で殴打しようとする。

 しかし、そんなハッサムを叩き落とそうと考えたのか、フライゴンの周囲には無数に岩が現れ、一気にハッサムへと落ちていった。

 

(“いわなだれ”か……ならここは―――)

「降ってくる岩を打ち返して!!」

 

 ストライクの時であれば、“きりさく”を用いる『ロッククライミング作戦』で一気にフライゴンの下まで肉迫できたであろうが、体重の増えてしまったハッサムではできない。

 代わりに、余りあるパワーで降り注ぐ岩を弾き返すという芸当は容易くできるようになっていた。

 “かわらわり”を繰り出そうと構えていた鋏を、落石目がけて振るうハッサム。最初の内に打ち返した岩は後から降り注いでくる岩に弾かれてしまうものの、だんだんコツを掴んできたハッサムがとうとう一つの岩を旨い具合に弾き返し―――。

 

「フリャ!?」

 

 フライゴンの顔面にブチ当てた。

 顔面に岩を当てられたフライゴンは、脳が揺さぶられたのかそのまま地面へと落下していく。

 これを好機と見たライト。ハッサムはストライクの時のように飛ぶことができなくなってしまっている。だが、自重を生かしての上空からの滑空であれば、凄まじい速度を生み出すことができるのだ。

 

「“はがねのつばさ”を叩きこんで!!」

 

 落下していくフライゴン目がけ、鋼鉄の翼を広げて滑空するハッサム。

 だが次の瞬間、フライゴンの口腔にバリバリと音を立てて収束されていくエネルギーの音を聞いたライトとハッサムの表情には焦燥が生まれる。

 刻一刻と、フライゴンが繰り出そうとするエネルギーは肥大化していき、フライゴンが自分に向かって攻撃を仕掛けようとするハッサムを目で捉えた時には、黒や紫などの色のエネルギーが収束し切っていた。

 

「っ、“はかいこうせん”が来る!! 避けて!!」

「―――ッ!」

「フルァアアアアア!!!」

 

 落下途中で体勢を整えたフライゴンは旨い具合に着地し、そのまま足で踏ん張りながら“はかいこうせん”をハッサムに解き放った。

 それと同時に、主人の警告をしっかりと耳に入れていたハッサムは、解き放たれてくる“はかいこうせん”の勢いによって産み出される風圧を翅で受け止め、ギリギリの所で回避する。

 “はがねのつばさ”を叩きこむことには失敗したものの、“はかいこうせん”を喰らうことを免れたハッサムは一先ず安心したように息を吐く。

 その間、標的を見失った一条の光線はというと、射線上にあった岩壁に命中し、大爆発を起こして岩壁の一部を大きく削っていた。

 

 【ノーマル】タイプの特殊技。その中でも最高峰の威力を誇る技―――それが“はかいこうせん”。余りある威力は、“はかいこうせん”を放った直後のポケモンが反動で動けなくなるほどだ。

 カントー地方チャンピオンであるワタルのエースポケモン『カイリュー』も多用することで知られている。

 ハイリスクハイリターンの技ゆえに、一部の者からは『ロマン砲』と揶揄されるほどでもあるが、こうして目の当たりにした者はそのようなふざけたことを言えなくなるだろう。

 

 ライトも何度かテレビで観たことのある技であったが、岩壁を抉る程の威力を目の当たりにして戦慄していた。

 だが、ハッサムが『ガキン!』と鋏で鳴らした音を耳にし、正気に戻る。

 

「直で見るのは初めてだけど……絶対に喰らっちゃ駄目な技だってことは分かるよ」

「……」

「大丈夫。溜めから放つまでのラグはあるから、そこを注意すれば避けられる筈さ」

 

 焦る主人に心配そうな瞳を向けてくるハッサムであったが、冷静に相手を分析する姿を目の当たりにしたことで、これ以上の心配は必要のないことだろうとフライゴンの方へと視線を向けた。

 瞳の先には“はかいこうせん”の反動も消えて、万全の状態で臨戦態勢をとっているフライゴンが佇んでいる。

 そこでハッサムは、牙をむき出しにして威嚇してくるフライゴンに対し、鋏をクイクイっと動かして挑発してみせた。

 

「ッ、フルァアア!!」

「何したの、ハッサム!? ッ……とりあえず、“とんぼがえり”!!」

 

 翅が影になって見えていなかったライトはフライゴンが突然激怒したことに驚くが、すぐさま指示を口にした。

 “ドラゴンクロー”でハッサムに接近戦を挑んで来ようとするフライゴンに対し、同じく接近戦を挑むハッサム。

 そして一瞬の交錯が―――と思いきや、直前で宙返りしたハッサムがフライゴンの顔面に蹴りを入れてライトの下へと戻っていく。

 

「“バレットパンチ”!!」

 

 顔面に蹴りを入れられて怯むフライゴンに対して畳み掛ける。

 一気に肉迫してジャブのように“バレットパンチ”を顔面に叩き込むハッサム。何度も繰り出す内に体に馴染んできたのか、シャラジムで繰り出した時よりもキレがあった。

 

「“メタルクロー”! その後に“かわらわり”ぃ!!」

 

 今が勝負時だと感じたライトは次々と技名を口に出して、ハッサムもまたフライゴンの懐に入ったまま両腕の鋏を振りかざす。

 左の鋏で胴体を斬りつけ、その攻撃によって怯んで後方へとよろめいたフライゴンの頭上に飛び回り、全力で鋏を振り下ろした。

 『ズパァアン!』と若干乾いた音が響いた直後、今度はフライゴンが地面に叩き付けられた轟音が轟き、砂嵐の中でも分かるほどの砂煙が巻き起こる。

 

 息もつかせぬ連続攻撃。

 それを喰らったフライゴンはどのような状態であるのか、砂煙が晴れるのを待って確かめようとするハッサムであったが―――。

 

「そこから離れて、ハッサム!!」

 

 ライトの声が響いた瞬間、下方から禍々しい色の光が爆ぜた事に気付いたハッサム。だが、回避が間に合わないことを悟ったハッサムがとった行動は、その場で腕をクロスさせて防御態勢をとることであった。

 次の瞬間、ほぼ零距離で解き放たれた“はかいこうせん”がハッサムに襲いかかる。

 それを目の当たりにしていたライトは息を飲みながら、今まさに破壊の奔流に呑みこまれているパートナーの無事を心で祈っていた。

 

 数秒の疾走。

 “はかいこうせん”の射線上の宙から一つの影が飛び出し、そのまま地面へと鈍い音を立てて着地した。

 

「ッ……!」

「大丈夫!?」

 

 人間であれば『チッ!!』と舌打ちでもしそうな苛立った顔を浮かべるハッサムであったが、【はがね】タイプであることが幸いしたのか、戦闘不能になるほどのダメージは受けなかったようだ。

 苛立つハッサム―――十中八九、様子を見る為にその場で動かないという浅はかな行動をとってしまった自分への苛立ちだろう。

 ストイックな彼らしい。

 

「ハッサム! 反省は後にして、次の攻撃に備えて!」

 

 “はかいこうせん”の余波で再び砂煙が巻き起こる場所を見つめながら鋏を構えるハッサム。

 先程とは違い、何時でも動けるようにとステップを踏んでいるが、中々相手は姿を現さない。

 

(……おかしい。何にも仕掛けてこないだなんて……)

 

 傍から見ても短気そうなフライゴンがこれほど長く煙の中に姿を隠すだろうか。

 そんな疑問を浮かべていたライトは、固唾を飲んでだんだん晴れていく砂煙を眺めていた。

 乾く唇を何度も舌で舐めて湿らせるも、吹き荒れる砂嵐で砂がこびり付いて不快感を覚えるだけだ。

 だが、そのようなことが気にならないほどライトは緊張感に苛まれていた。

 

―――ドドドドッ……。

 

(……何の音だ?)

 

 不意に聞こえてくる音。絶え間ない音が近付くのを聞き取った瞬間、僅かに足元に震動を感じたライトはハッとして後ろに振り返る。

 ライトの背後では、ビブラーバの群れを戦っている三人。そして自分自身の手持ちポケモン達も独断で何とか戦っているが、震動は彼等の方へと向かって行った。

 

「まさか、“あなをほる”で……!? 皆ぁ!! フライゴンがそっちに―――」

 

 ハッサムとの戦闘に拘らず、ビブラーバの群れと戦って疲弊している者達の方を狙ったのだろうフライゴンの行動に気付いたライトは、大声で叫ぶ。

 だが、激しい戦闘と砂嵐が吹き荒れる音によって、『ライトが何かを喋っている』としか認識できない三人は不思議そうな顔でライトの方へ視線を向けてきた。

 その瞬間、“あなをほる”でライトの居る方向とは真逆の位置に飛び出したフライゴン。

 

「フルァアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 憤怒の形相を浮かべたまま、地面に腕を突き立てるフライゴン。

 次の瞬間、三人が居る場所へと地面に大きな亀裂が入っていくのがライトの目に見えた。

 

(あの技って……!)

 

 フライゴンが居る場所から、どんどん木の枝のように別れて入っていく大地の亀裂を目の当たりにしたライトは戦慄した。

 ポケモンの技は多種多様であり、その中でも特に強力なものがある。

 命中すれば確実に相手を瀕死にすることができるという、『一撃必殺』と呼ばれる技。

 

「ん……コレなに!?」

「ちょ……あたくし達に!!」

「ッ、跳べぇ―――ッ!!」

 

 デクシオの声と同時に亀裂から離れる人間とポケモン達。

大地が『ビキビキ』と悲鳴を上げるように亀裂を入れ、その中へ落とした相手を割れた地面で挟み込んで潰す。

 それこそが【じめん】タイプの一撃必殺の技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “じわれ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、広がっていた亀裂が一気に広がり、三人を地面の割れ目へと叩き落とそう大地が唸りを上げ始めた。

 だが、デクシオの声もあって亀裂から離れる様に跳躍した者達は、なんとか地割れの中へと落とされるのを回避する。

 しかし、度重なるビブラーバとの戦いを経て疲弊し、尚且つ“りゅうのいぶき”で【まひ】していたポケモンはその限りではなかった。

 

「フシャ……!?」

「フ、フシギソウ!! “つるのムチ”であたくしに掴まってぇ!!」

 

 痺れによって咄嗟に動けなかったフシギソウは、広がる地面に中へと足を滑らせて落ちそうになる。

 それを見たジーナが声を喉から絞り出すように上げるが、それでもフシギソウは動くことができなかった。

 必死に腕を伸ばすジーナの姿がどんどん離れていくフシギソウは、今にも泣き出しそうな瞳で主人の事を―――。

 

「グ、ルァァアアアア!!!!」

 

 刹那、自ら地割れの中へと飛び込んできたリザードがフシギソウの腕を掴み、そのまま投げ飛ばすように引き上げた。

 グルグルと回転しながら地面に戻ってきたフシギソウにジーナはポロリと涙を流すものの、今度はリザードが危険に晒される。

 しかし、そう簡単に落ちる訳にはいかないと言わんばかりに、“ドラゴンクロー”を岩壁に突き立てて自分が落ちるのを回避するリザード。

 咄嗟の機転で落下を阻止したリザードであるものの、そうしている間にも先程まで広がっていった地面に裂け目は閉じはじめた。

 

「リザッ……!」

「リザード!! 僕の手を!!」

 

 “じわれ”が決まる前に地面から這い上がろうと爪を壁に突き立てるリザードの頭上に、必死の形相で腕を伸ばす少年が一人。

 自分で何とかしようと考えていたリザードであるが、いざ助けられるとなると安堵で笑みが漏れだしてくる。

 口角を吊り上げたリザードは、差し伸べられる主人の手を取って登ろうと―――。

 

 

 

 ドンッ!

 

 

 

「―――……えっ?」

 

 不意に背後で起こる爆発。

 それは、ビブラーバが放った“だいちのちから”によるものであったが、その衝撃によって地割れの中に身を乗り出して腕を伸ばしていたライトは、そのままリザードと共に地割れの中へ落下していってしまう。

 

 人間が、一撃必殺の技を喰らう範囲に入ったのだ。

 

 その光景を目の当たりにした三人は顔面蒼白になり、何とか救いに行こうとポケモン達が駆け出そうとするが、ビブラーバの群れに遮られて中々思う様に進めない。

 ハッサムに至っては鬼のような形相でビブラーバたちを蹴散らしていくが、それでも届かない。

 

「くっ……リザード!!」

「ッ!?」

 

 地割れの中へと落ちる最中、ライトは何を考えたのかリザードの事を抱きかかえた。人間がポケモンを技から庇うなど、そのような馬鹿馬鹿しい話を聞いたことなどリザードは無く、驚いた顔で少年の顔を見つめる。

 その間にも地割れはどんどん狭まっていき、二人を押し潰す為の土壁はすぐ真横まで迫っていた。

 

 絶体絶命の状態。

 そんな中、暗くなっていくリザードが見た光景は―――。

 

 

 

 

 

『大丈夫』と口にする少年の姿だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『おやおや。こんな雨の日のカフェに、ポケモンが一人でご来店とは珍しいことだ』

 

 

 

 

 

『こんなコーヒー臭い場所だが、気に入ったのならいつまでも居て大丈夫さ』

 

 

 

 

 

『いい香りだろう……心が荒んだ時でも、この香りは安らぎを与えてくれる』

 

 

 

 

 

『コーヒーもバトルも一緒さ。一瞬の為に、過程を大事にするのさ』

 

 

 

 

 

『いずれ君も分かるさ。いずれ、ね』

 

 

 

 

 

『……そうですか。そういう訳なら、この子は貴方方に任せましょう』

 

 

 

 

 

『そんな顔はしないでくれ、全く……こっちが寂しくなるじゃないか』

 

 

 

 

 

『こんな老いぼれの隠居に付き合うよりも、若い子と一緒に広い世界に旅立った方が楽しいさ』

 

 

 

 

 

『きっと会えるさ。君を待つポケモントレーナーに』

 

 

 

 

 

『だから君も頑張るんだ。これからの一瞬の為にね』

 

 

 

 

 

『君と一瞬を大事にしたいと思う人の為に……』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「う……そ……?」

 

 先程まで大きな亀裂が走っていたミアレの荒野には、大きく隆起した赤土のオブジェが出来上がっていた。

 それは違うこと無き“じわれ”によって産み出された物。

 あの隆起した赤土の中では、地割れの中へと落とされた物が凄まじい力で圧迫されていることだろう。

 もし、人間などが喰らえば―――。

 

 三人やその手持ち達が唖然としている中、“じわれ”を繰り出したフライゴンは砂塵を巻き上げながらその場から飛び立つ。

 すると次の瞬間、隆起した赤土の方を向きながら口腔にエネルギーを収束し始める。

 

―――“はかいこうせん”

 

 確実に仕留める為に、最後の一手に手を掛けようとする。

 その光景を目の当たりにした三人であったが、友人が目の前で押し潰されたであろう物を前に、上手く呂律が回らない。

 

『止めて』

 

 誰もがそう願うも、フライゴンの攻撃は今更止まりはしない。

 

 止まりはしない。

 

 全員が、そう思っていた。

 

 

 

 

 

―――ビシッ

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如、標的にしている隆起した赤土のオブジェに亀裂がみるみる入り、そこから凄まじい量の炎が溢れだしていく。

 ライトとリザードを閉じ込めた大地には悲鳴を上げる様に罅が入っていき、孵る寸前のタマゴのようにバキバキと音を立てて崩れる。

 溢れだす炎は土を焦がし、周囲の温度を急激に高めていく。

 

 それは鼓動。

 

 中に在る命の鼓動。

 

 必死に抗う生命の炎。

 

 次の瞬間、土壁は凄まじい音を立てて崩れ始める。同時に罅から溢れだす炎の勢いも苛烈さを増していき、四方八方へと紅蓮の炎が飛び散っていく。

 この荒野で生まれ育ったフライゴンは、見たことのない光景に焦りを覚え、限界まで収束しようとしていた“はかいこうせん”を解き放った。

 黒い一条の光線はそのまま隆起する赤土へと疾走し、中に居るであろう者達を文字通り破壊しようとする。

 だが、赤土に命中しようとした瞬間に『バゴンッ』と音を立てて崩れ落ちる土壁。

 

 進化という名の孵化。その中にはひっそりと一体の火竜が佇んでいた。

 

 胸に抱きかかえる少年を、両腕と背中から生えた翼で優しく包み込みながら―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バサッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫りくる光線を縹色の瞳で捉えた火竜は、背中から生えた大きな翼をはためかせてその場から地上へと滑空する。

 その際、標的を取らい損ねた“はかいこうせん”が火竜の後ろにあった土壁に命中して爆発を起こすものの、逆に火竜はそれを推進力として加速して、主人の少年を安全な地面へと下ろした。

 

「う……ん……?」

「グォウ」

「あれ……?」

 

 何かを擦ったのか、額に血をにじませる少年はぼんやりとした視界の中で、橙色の皮膚を持った火竜を瞳に映した。

 一瞬、目の前に居るのが誰なのか理解できずに居たライトであったが、徐々にはっきりとしていく視界の中で確認した存在に目を大きく見開く。

 

「リザー……ドン?」

「……」

 

 二本角を後頭部から生やす火竜の名を呼んだライト。

 するとリザードンは徐にライトの前に出ていき、宙で羽ばたいて睨んでくるフライゴンに目を向けた。

 そして、深く息を吸い、

 

 

 

「―――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 咆哮を上げた。

 同時に、尻尾の先に点る炎は勢いが増し、色も赤から青へと変貌していった。本気で怒ったリザードンの尾の炎は青白く燃え盛る。

 激しく燃え盛る炎を目の当たりにしたフライゴンは、更なる焦りを見せながらも両腕にエメラルドグリーン色の爪を形成し、リザードンへと滑空してきた。

 

「グォウ」

「え……?」

 

 何か言いたげに鳴き声を上げるリザードンは、瞳をライトの方向へと向けた。

 最初はリザードンが何をしたいのか理解できずにいたものの、目の前の光景をしっかりと認識し、今やるべきことを把握するライト。

 

「“ドラゴンクロー”!!!!」

 

 フライゴンと同じく両腕にエメラルドグリーン色のエネルギーを纏い、それを爪の形に形成するリザードンは、特攻してくるフライゴンの突撃を真正面から受け止めた。

 余りの勢いにリザードンはそのまま後方へ数メートルほど滑るものの、歯を食い縛りながらフライゴンと爪を組み合う。

 

「フルァアアア!!!」

「リザードン、“ほのおのキバ”!!」

 

 至近距離で“はかいこうせん”を解き放とうとするフライゴンを視認したライトは、それを逆手にとって“ほのおのキバ”を指示する。

 すると、赤熱した牙をむき出しにしたリザードンは、口腔に“はかいこうせん”のエネルギーを収束させているフライゴンの喉元に噛み付いた。

 

 鋭い牙と高温に襲われる喉に苦悶の表情を浮かべるフライゴン。堪らず“はかいこうせん”をリザードンに放つものの、見事にリザードンからやや後方に外れる。

 それを好機と判断したリザードンは、喉元に齧りついたまま首を大きく振るい、顎と首の筋力だけでフライゴンの体を地面へと叩き付けた。

 受け身をとることも叶わずに地面に叩き付けられたフライゴンは、『カハッ!』と息を吐き出す。

 しかし、このままでは済まさないといわんばかりに、リザードンの下から抜け出そうと暴れ始める。

 

 それを目の当たりにしたライトは、グッと歯を食い縛り、拳を握りながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

「リザードン、“だいもんじ”ッ!!!」

 

 

 

 

 

「―――ッ!!!」

 

 刹那、フライゴンの体は至近距離で放たれた炎に包みこまれる。フライゴンの体を包み込む程の火炎を吐き出したリザードンは、その衝撃に伴って後方へ飛び退き、地面でのた打ち回るフライゴンに注意を払っていた。

 暫し、炎に身を焦がされるフライゴン。一分ほどであっただろうか。体に点った炎が消える頃には既に戦うだけの体力が消え失せ、ぐったりと地面で伸びている姿が窺えた。

 

「……勝ったの?」

「グォウ」

 

 もう暫く見ていると、首領を心配したビブラーバたちが倒れるフライゴンの下へと集まり始める。

 それを見たライトは、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、三人が茫然と佇まっている場所に歩み寄っていく。

 

「ラ、ライト……大丈夫?」

「一応。それより、早くここから離れよう……またフライゴンたちに襲われても困るし……」

「……わかった。早く行こっか。皆の怪我を治さないといけないし」

 

 普段よりも声量控え目のコルニは、ライトの言葉を聞いてミアレのある方向へと歩み出す。

 それに伴い、他の二人もポケモン達をボールに戻してからコルニに続くよう歩き始める。

 言いだしっぺのライトはというと、その場に立ちつくして、横に悠然と佇まっているリザードンへと目を向けた。

 

「……本当に進化したんだね」

「グォオ」

「……色々言いたいこともあるけど、今はこれだけ言っておくよ。―――ありがとう」

 

 短く伝えたのは感謝の言葉。

 今さっきのバトルで感じた様々な感情が入り乱れている中、ただ一つ伝えたのは感謝だった。

 何かを伝えたいときに限って上手く言葉にできないとは、こういうことか。

 そのようなことを考えながらリザードンをボールに戻すライトは、駆け足で先に行く三人の背を追っていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 人間が自然のルールに逆らうのは良いことか、悪いことか。

 たぶんそれは悪いことなのかもしれない。

 でも、きっと自然のルールを逆らって助けて守った命を目の当たりにしたら、良いことだったんだって思うはず。

 

 

 

 だって、助けた命を否定なんかしたくないから……。


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