ポケの細道   作:柴猫侍

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第六十一話 休んだ時に限って何かある

 

 

 

 

 日も落ちて、黒の帳が空を支配する時刻になった頃、四人の子供達が電灯の星がキラキラと照っている街に辿り着いた。

 全員が顔や服に汚れを付け、道中災難に見舞われたのだろうということが存分に分かる装いをした四人は、顔に疲れを浮かべたままトボトボと舗装された道を歩んでいく。

 

「……とりあえず今日は博士の研究所に泊まらせて頂きましょう。事情を伝えれば恐らく博士も……ふわぁ」

「そうだね……じゃあ、僕がホロキャスターでメールを送っておくから」

「だってさ、ライト。プラターヌ博士の研究所に……ライト?」

「……ん? あ、えっと……何?」

 

 ジーナとデクシオがプラターヌ研究所に向かう旨の話をしている間、茫然とゲートの前に立ち尽くすライトに声を掛けたコルニ。

 しかしライトは、数秒呆けた表情を浮かべたままであり、言葉に反応するまでにかなりの時間を要した。

 どこか様子がおかしい少年を目の当たりにしながらも、さきを歩んでいく二人を追いかけていくために『早く来なよ』と一声かけてコルニは一歩踏み出していく。

 そんな三人の背を追うライトは、ぼやけた視界の中で『夜の街も綺麗だなぁ~』と他愛のないことを考えながら歩き始めた。

 

 やや紅潮した頬のまま、たどたどしい足取りのまま研究所へと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、プラターヌ研究所の一室にて。

 

「う゛~ん……」

「三十九度五分……風邪ですね」

 

 客人用の部屋で泊まる事になった四人。研究所に備えられているメディカルマシーンにポケモンをボールごと預けた後、食事や入浴を済ませて足早に眠りについたのであるが、他三人が起きてくる中、咳をしながら寝込む者が一人。

 研究所の助手であるソフィーは、用意しておいた熱冷ましシートを風邪を引いたライトの額にペタリと貼り付け、先程まで見つめていた体温計を仕舞う。

 

「大丈夫、ライト君? どこか痛いとこはない?」

「いちおう……あ゛りません」

「そう? でも、水分補給用のスポーツドリンクを持って来るから待っててね」

「ありがとうございまず」

 

 喉が枯れているのかダミ声のライトは、マスクを受け取ってそのまま紐を自分の耳へと掛ける。

 

(風邪なんて久し振り……結構きつい……)

 

 虚ろな瞳のまま再び布団を被り込むライト。そんな彼の額には熱冷ましシートの他に、絆創膏が貼られている。

 ケホッと咳をしたところで、もぞもぞと布団の中へと潜り込む。

 普段から栄養にも気を付けて、早寝早起きを心掛けた生活習慣を送っていたつもりであったのだが、起きてみたら風邪を引いていたという状況だ。

 

(……兎に角寝よ)

 

 何が悪かったのか原因を考えるのも億劫になったライトは、そのまま瞼を閉じて眠りにつく体勢に入る。

 そんな彼を廊下へと通じる扉からそろ~りと顔を覗かせる三人。

 こっそりと風邪を引いたライトの様子を見守りにきた三人であったが、そこへ飲み物を携えてきたソフィーが近寄ってくる。

 

「皆さん、風邪がうつると大変ですよ? 面倒は私が見ますから安心して下さい」

「あの……どうして風邪を……?」

 

 あどけない顔で問いかけてくるコルニに対し、ソフィーは『個人的な意見だが』と最初に一言言ってから応える。

 

「多分、慣れない土地で疲れて免疫力が低くなったっていうのが主な理由だと思いますけど……お薬を飲んで眠れば元気になると思いますよ」

 

 柔和な笑みを浮かべるソフィーに他三人の顔は自ずと綻ぶ。

 するとジーナが、『では』と二人の方へと顔を向けた。

 

「三人でライトの部屋にけしかけるのもアレですし、あたくし達は研究所の中でゆっくりするか、街の方にでも繰り出しましょうか」

「そうだね。ジーナはどこかに行きたい場所とかはあるの?」

「そうですわね……あたくしは―――」

 

 部屋の前で話を続けるのも眠ろうとしている少年に悪いと考えた三人は、足音を立てないよう気を付けながら部屋の前から去っていく。

 その際コルニは、部屋の奥で眠ろうとする少年に『おやすみ』と小声で呟いた後、駆け足で二人の後を追うのであった。

 

「すー……すー……」

 

 そうしている間にもライトは、布団の中でぐっすりと眠りに入っていた。彼の眠るベッドの横の机には、五つのモンスターボールが置かれているが、頃合いを見計らっていたのか全て同時に開き、五体のポケモンが姿を現す。

 進化したばかりのリザードンを筆頭に寝込む主人の心配するポケモン達は、自分に何ができるのかと考えながらその場でそわそわし始める。

 だが、

 

「(皆~)」

 

 扉がゆっくりと開くと奥からは、青いシャツを身に纏ったこの研究所の責任者であるプラターヌが姿を現す。

 ちょいちょいと自分達を手招く男性の姿に、五体のポケモンはこっそりと扉の方へと歩んでいく。その際、図体が大きくなったリザードンが、尻尾を壁にぶつけて音を立ててしまうというハプニングはあったものの、幸いにもライトは起きなかった。

 プラターヌに招かれた五体は廊下に出ると、『何の用だ?』と言わんばかりの視線をプラターヌに向け始める。

 

「(ははっ、あんまり周りで動かれるとライト君も寝付けないだろうからね。ウチの研究所には庭もあるから、今日はそこで一日過ごしてみてはくれないか?)」

 

 彼の提案に暫し考えこむ五体であったが、手持ちのキャプテン的存在であるハッサムがコクンと頷いたのを見て、他の四体もそれぞれ頷く。

 そのまま庭へと歩んでいくプラターヌの背を追う五体。

 後ろ髪を引かれるようにブラッキーとジュプトル、ヒンバスの三体が扉の方へもう一度行こうとするも、ハッサムとリザードンに背中を押されて仕方なしに庭へと足を進めるのであった。

 

 その頃、カントーでは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「離すんだ、緑」

「どんな代名詞だコラ。それだったらお前の代名詞は『赤』になるじゃねえか」

「俺の名前は、燃え盛る炎の色……赤のように熱い男になって欲しいって、父さんがつけてくれたって母さんが言ってたような、言ってなかったような」

「凄まじく記憶が曖昧じゃねえか。それに今のお前はその願いに反してる存在だろうが。鎮火してるぞ。真っ白な灰になってるぞ」

「シロガネ山に住んでるから? ……つまらない洒落だね」

「お前だけに言われたくはねえんだよ」

 

 チョークスリーパーを掛けられながら街中を歩く帽子を被る少年と、チョークスリーパーを掛けている方のツンツン頭の少年。

 彼等はトキワシティの街中を、堂々と突き進んでいた。

 通り過ぎる住民に白い目を向けられることが何度かあったが、『あ、ジムリーダーだ! こんにちは!』と元気よく挨拶をしてくる住民も居る。

 

 その度にツンツン頭の少年は『おう』と軽く挨拶を返すが、とうとう帽子を被る少年に拘束から抜け出されてしまう。

 ずれた帽子を被り直し、やれやれと息を吐く。

 

「まったく……このバイビーボンジュールが」

「誰がバイビーボンジュールだ。止めろ、マジで」

「会った時はボンジュールなのに去り際がバイビーなグリーンは、ジムリーダーの仕事やらなくていいの? 職務怠慢だよ」

「プー太郎のお前にだけは言われたくないんだよ、レッド」

 

 彼等こそ、歴代カントー地方チャンピオンに名を連ねるトレーナーの二人、レッドとグリーンである。

 しかし今カントーポケモンリーグはジョウトリーグと合併している為、正式には元カントー・ジョウトポケモンリーグチャンピオンということになるのだが、彼等にとっては過去の栄光であるが故に興味関心は無い事だ。

 現に傍ら無職であるのに対し、もう一方はジムリーダーという仕事に就いており、元チャンピオンという称号も形無しである。

 

 そのように無職の方の少年レッド(十五歳)は、帽子を被り直した後にそそくさとその場から立ち去ろうとしていたが、グリーンに背負っていたバッグを掴まれて制止された。

 

「……放したまえ」

「うるせえ。久し振りに山から下りてきたんだから、実家に顔見せて来い」

「見せてきたよ。お土産付きで」

「じゃあ、ヘローワークに行って職探してこい」

「……えぇ」

「マジで嫌そうな顔してるんじゃねえよ」

 

 職を探せと言われて凄まじい形相になるレッドにグリーンは若干引く。

 

「ったくよ……こんなご時世なんだから、早めに職見つけとくに越したこたぁねえぞ?」

「俺に何ができるって言うんだ、グリーンは。全く……」

「昔の情熱はどこに行きやがった、お前はよ。シルフカンパニーがロケット団に占領されたときはいの一番に突っ込んでいきやがった癖に」

「お互い様」

「減らず口叩きやがって」

「バイビーボンジュール」

「しばくぞ」

 

 淡々と無表情で煽ってくるレッドに青筋を立てるグリーンは、バッグを掴んだままどこかへ連れて行こうとする。

 それに対しレッドも踏ん張って抵抗するものの、グリーンが繰り出したウインディに襟元を噛みつかれて引かれる為、抵抗虚しくズリズリと引きずられていった。

 しかし、その途中でレッドの腰に装着されていたボールから二体のポケモンが飛び出してくる。

 一体はフシギダネであり、もう一体はゼニガメだ。飛び出してきた二体は、レッドを現在進行形で引き摺っているウインディの足をポカポカと叩くものの、当のウインディは一切気にせずレッドを連行していく。

 昔見たことのあるグリーンは、『おっ、懐かしいな』と口にしながらもレッドに疑問をぶつける。

 

「どこでゲットしたんだよ? 爺さんのとこで貰った訳でもねえだろ」

「フシギダネはエリカに……ゼニガメはカスミに貰った。久し振りに会いに行ったら、なんか貰った」

「この女たらしが」

「どこを解釈したらそうなるの」

 

 何故か苛立っているグリーンに『心外だ』と言わんばかりの表情で抗議するレッド。

 そんなレッドに何かしようと企むグリーンは、数秒顎に手を当てて逡巡した後に、指を立てて不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうだ。トキワのトレーナーズスクールの臨時講師にするよう校長に言っとくから、そこで暫くバイトしろよ」

「……俺が学校の先生を出来る柄だと思ってるの?」

「物は試しだ。そうじゃねえとお前は一生ニートになる可能性が高いからな」

「……くっ……リザー」

「止めろ! ここでリザードンを出して逃走を図ろうとするんじゃねえよ!」

「じゃあプ」

「プテラも出そうとすんじゃねえよ!」

 

 腰のボールに手を掛けようとするレッドを制止するグリーンの表情は焦燥の色に染まっている。

 仮にここでレッドに空を飛べるポケモンを繰り出されて逃走されてしまったら、あと一年は山から下りてこないだろう。

 それは自分の為にもレッドの為にもならないと考えたグリーンは、レッドの腕を全力で押さえる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人組。流石は腐れ縁だ。

 ここでブルーが居たのであればそろそろ止めに入っている頃なのであるが、生憎彼女は女優業でカントーには居ない。

 抑止力たる人物が居ない今、元チャンピオンたちを止められる者などは存在しないのである。

 

「なら、正々堂々バトルで勝負……俺が勝ったらシロガネ山に」

「させねえよ! お前には是が非でも働いてもらうからな!」

「グリーンは俺の母さんじゃないでしょうが」

「小母さんから『あの子の面倒見るの大変だろうけど、グリーン君お願いね』って言われてんだよ! お前の籠り癖を矯正する為にも、俺は退かねえぞ!」

 

 暫し小競り合いを見せる二人。一分ほどそれが続いたところでグリーンはとある作戦に出る。

 

「考えてみろ、レッド! お前が汗水たらして稼いだ金で買った物を小母さんにプレゼントしたら、小母さんは泣くほど喜ぶだろうよ!」

「……母さんが?」

「おう! そりゃあ嬉しいだろうな!」

「……それなら仕方ない」

(うしっ!)

 

 作戦名『情に訴える作戦』。刑事ドラマでも使われる手法をとってみたグリーンであったが、効果はかなりあったようだ。

 はぁ、と疲れたように息を吐くグリーンは一先ずバイトをさせることには成功しそうだと考えるが―――。

 

「……ん? レッド、ピカチュウどこにやったんだよ? パソコンか?」

「何言ってるの? ピカチュウなら俺の肩に……」

「いねえぞ」

「……」

 

 肩を指差すレッドであったがグリーンに指摘されて初めてピカチュウが居なくなっていることに気が付く。

 そのまま辺りを二、三周ほど見渡したところで、『まさか』と頬を引き攣らせている幼馴染を見つめる。

 

「……迷子の迷子のピカチュウさん。貴方の居場所はどこですかぁ~」

「レッド~にきいても分からない」

「グリ~ンにきいても分からない」

「「……」」

 

 見つめ合う二人。

 次の瞬間、二人は空を仰いだ。

 

「「ピカチュゥウウウウウウ!!!!」」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ピッピカチュウ♪」

 

 ピカチュウ元気でちゅう。

 

 二人の叫びがトキワシティの空に響いている頃レッドのピカチュウは、街の住民から貰ったアイスクリームをぺろぺろと舐めていた。

 ぴょこぴょこと耳を動かして主人の声を僅かに聞き取ったが、気にせずアイスを食べ進める。

 そんなピカチュウの姿に町往く人々は『かわいい~♡』と頬を赤く染めて声を上げるが、聞き慣れているピカチュウは特に気にすることも無く、当ても無く街を散策していく。

 

『止めてよ! 返してよぉ!』

『へへっ、取れるモンなら取ってみなぁ!』

『取ってみなぁ!』

「ピカ?」

 

 ふと公園の方から聞こえてくる声に思わず振り向くピカチュウ。そこには、一人の少女が二人の少年がキャッチボールのように投げ合っているボールを追いかけるという光景が広がっていた。

 傍から見れば虐められているようにしか見えない光景に、アイスを食べてご機嫌であったピカチュウの顔はしかめっ面になる。

 

「あたしのゴンベ返してったらぁ!」

「ははっ! ミヅキも手持ちのポケモンも食い意地張ってるよな! だからお前のあだ名、今日からミヅゴンな!」

「へへっ、ミヅゴン! 取れるモンなら取ってみろぉ~!」

「う~……返してったらぁ……!」

 

 長い事ボールを取られたままの少女の目尻にはだんだん涙が溜まっていき、声も震え始める。

 良識ある者であれば、ここら辺で少女を弄るのを止めるのであろうが、まだまだ子供である短パン小僧達は少女にボールを返そうとはしない。

 

「う……えっく……ひっぐ……!」

「お!? 弱虫ミヅゴンが泣き虫ミヅゴンに進化するぞ!」

「進化しても弱いのは変わらないけどな! はははっ!」

「う……うぇぇええん!」

「……ピカ」

 

 コーンだけになったアイスをバリバリムシャムシャと食べ終えるピカチュウ。このまま見過ごすのも胸糞が悪いと考えたピカチュウは、足元に落ちていた手頃な石ころを手に取り、ポイッと上に投げる。

 そして、落ちてくる石ころ目がけて“アイアンテール”を繰り出し、凄まじい勢いで石ころを短パン小僧達が居る方向へと飛ばす。

 次の瞬間、正確無比に打ち飛ばされてきた石ころは少女のボールの開閉スイッチに命中した。

 

「ぶべらっ!?」

 

 まず、石ころが当たり弾かれたボールは一人の短パン小僧の顔面に命中し、

 

「ゴーン!」

「ぽげんっ!?」

 

 開閉スイッチを押された為に飛び出してきたゴンベが、もう一人の短パン小僧に圧し掛かった。

 押し潰される短パン小僧は『く、苦しい……!』と口にするものの、呑気なゴンベは動くのが億劫である為、上から退こうという動作は一切見受けられない。

 諦めた短パン小僧はそのまま『ごふっ』と言ってから頭垂れる。一方、ボールを顔面に喰らった短パン小僧は鼻血をダラダラと垂らしながら、踏ん反り返っているピカチュウを目の当たりにして怯えたような瞳を浮かべた。

 

「ひぃ!? なんだこのピカチュウ!?」

「ピッカァ~」

「うわあ!? 電気出してやがる! 逃げろぉ~~~!」

 

 頬の電気袋からバチバチと放電するピカチュウを目の当たりにした短パン小僧たちは、怖れを為して公園から逃げていく。

 それを見届けたピカチュウは、未だにすすり泣いている少女へ落ちていたボールを手渡そうとする。

 

「ピカ」

「ふぇ?」

 

 鼻水を垂らして泣いていた黒髪のボブカットの少女であったが、足元まで歩み寄りぺちぺちと叩かれたことにより漸くピカチュウの存在に気付く。

 そして、自分のモンスターボールを差し出されていることも理解し、鼻水を啜りながら受け取る。

 

「……ピカチュウ」

「ピカ?」

「かわいい~!」

「ヴィグァ!?」

 

 先程まで泣いていた少女は打って変わって満面の笑みを浮かべると、途端にピカチュウを力強く抱きしめる。

 思わぬ行動に抵抗する間もなく抱きしめられたピカチュウはくぐもった声を上げ、そのまま少女の腕に拘束された。

 ピカチュウがギュッと抱きしめられている間、少女の手持ちであるゴンベはというと公園のごみ箱を何かないものかとゴソゴソと漁っている。

 

「野生の子かな? 本物初めて見たぁ!」

「ピ……ビガ……」

「むにむにしてる! あったか~い!」

「ヂュウウウ!!」

「びょおん!?」

 

 体を余すところ無く弄られたピカチュウはとうとう我慢の限界を迎えて放電するが、当たり前の如く少女は感電する。

 数秒の放電を喰らった少女がピクピクと痙攣している間、ピカチュウは安全地帯へと逃げ込む。

 加減はしているものの、仮にも元チャンピオンのピカチュウの電撃を喰らった少女はというと―――。

 

「……ふわぁ! びっくりしたぁ!」

「ピカッ!?」

 

 『バカな!?』と言わんばかりの顔を浮かべるピカチュウが向ける視線の先には、痺れが既に抜けてピンピンしている少女の姿が在った。

 そして、再びピカチュウを抱きしめようと鼻息を荒くしながらピカチュウににじり寄っていく。

 それを目の当たりにしたピカチュウは、ズリズリと後ずさりをし、

 

「……こんな所に居たんだ、ピカチュウ。駄目じゃん、急に居なくなったら」

「ピカァ」

「あっ……」

 

 突然現れた帽子の少年にピカチュウは抱き上げられ、少女の顔は一気に曇る。

 残念そうな少女の声に対し、ピカチュウを抱き上げた張本人である主人のレッドは自分が何かしてしまったのかと首を傾げた。

 

「……どうかしたの?」

「い、いえ! なんでもありましぇん!」

(……噛んだ)

 

 噛みながら否定の胸を告げる少女は全力でレッドの前から立ち去っていく。その途中で一度派手に転んだものの、凄まじい速度で起き上がり再び駆け出して行った。

 そんな少女を見届けたレッドは、定位置に戻ったピカチュウの喉元を撫でながら独り言を呟く。

 

「……講師のバイトって何が必要なんだろう?」

「ピ~カァ」

 

 小さな呟きを吐いた後は、同じくピカチュウを探しているであろう幼馴染の下へ歩み出す。

 そんなレッドの背後では、先程去って行った少女を追うゴンベが居たのだが、レッドが気付くことは無かった。

 


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