ポケの細道   作:柴猫侍

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第六十五話 フルコースをたんと召し上がれ

 

 

 

 

「ヘルガー、“あくのはどう”」

 

 パキラの前に佇むヘルガーは、三体の伝説ポケモンの内、ファイヤーに向かって黒い波動の光線を放射する。

 四天王の手持ちであるだけ指示から発射までのタイムラグが限りなくゼロに等しかったものの、地面からかなりの高度で滞空しているファイヤーには見切られ、寸前の所で回避されてしまう。

 それを見てパキラは『ふふッ』と妖艶な笑みを見せる。

 

「シトロン君とブルーさんですね。わたくしは四天王パキラ。今は自己紹介をする時間が無いのでこれだけにとどめておきますが、ファイヤーはわたくしにお任せを」

「わ、わかりました! では僕はサンダーを!」

「じゃあ私は、余りのフリーザーね!」

 

 淡々とした口調でファイヤーを担当する旨を伝えたパキラは、パキラから距離をとろうとプリズムタワーの近くから飛び立っていくファイヤーを新たにボールから繰り出したカエンジシに乗り、颯爽と追いかけていく。

 それを目の当たりにしたフリーザーは、パキラに負けず劣らず不敵な笑みを浮かべているブルーに睨まれ、去るようにして飛び立っていった。

 

「キュウコン、追いかけるわよ!」

 

 しかしブルーはすぐさまキュウコンと共に、フリーザーを追うためにプリズムタワーから走って離れていった。

 残るはシトロンとサンダーであるが、サンダーはここから去る様子は無く―――。

 

「ア゛ァァァアアア!!!」

「ッ……【でんき】タイプのエキスパートの名に懸けて止めてみせる! レアコイル、“ロックオン”!」

「―――!」

 

 気合いを入れる様に大声で指示を出すシトロンに呼応するように、ハキハキとした動きでサンダーに狙いを付ける。

 

「“でんじほう”!!!」

「―――!!!」

 

 次の瞬間、レアコイルの六つのU字磁石が一斉にサンダーに向き、レアコイルの眼前には凄まじいスパークを放つ電気の塊が生み出されていく。

 【でんき】タイプの特殊技の中でも高威力の技―――“でんじほう”。当たれば必ず

相手を【まひ】にするという追加効果を持つ強力な技だ。

 だが、【でんき】タイプのサンダーは【まひ】にならない。しかし、余りある威力でレベル差に関わらずダメージを与えられる事は確実だ。

 元々の命中率は低いものの、“ロックオン”によって狙いが定められている今、相手が回避できることは万に一つもない。

 

「発射です!!」

 

 羽ばたいているサンダー目がけ、巨大な電気の塊が発射される。

 バチバチと音を立てて宙を疾走する“でんじほう”を視界に捉えたサンダーは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「キュウコン、“だいもんじ”!」

「キュアアアア!!」

 

 ブルーの指示を受けたキュウコンは、九つに別れた尻尾を放射状に広げ、口腔から大の字を描く爆炎をフリーザーに解き放った。

 しかし、たかが地上から放たれる攻撃。空を優雅に羽ばたくフリーザーは、飛来してくる“だいもんじ”を華麗に避けて得意げな笑みを浮かべる。

 そして意趣返しとばかりに“れいとうビーム”をブルー達に放つが、それは再度放たれたキュウコンの“だいもんじ”によって相殺された。

 

 流石伝説のポケモンと言われるだけの【とくこう】だ。元の威力は“だいもんじ”の方が高いにも拘わらず“れいとうビーム”で対抗できるとは、相手のレベルの高さが窺える。

 熱気と冷気の衝突によって空中に白い靄が生まれるが、その陰でブルーはにやりと微笑みを浮かべた。

 

「い~のかな~? そんなことしちゃって……ゲンガー!!」

「ケケケッ!!!」

「ッ!!?」

 

 突如、宙の白い靄に写っていたフリーザーの影から飛び出してくる黒い物体が一つ。その物体は、大きな口に比例している巨大な舌を見せつけながら、フリーザーへと飛び掛かっていく。

 

「“くろいまなざし”!」

「ケケーケケッ!」

 

 カッと見開かれるゲンガーの血に染まったかのような紅い瞳に、フリーザーの動きが一瞬止まる。

 それと同時にフリーザーは逃げるのを止め―――否、逃げる事ができなくなってブルーに体を向けた。

 “くろいまなざし”とは、見つめた相手を逃げることをできなくさせるという技だ。意地悪い笑みを浮かべながらその技を繰り出したゲンガーは、フリーザーを嘲笑いながらブルーの横へと移動する。

 そんなゲンガーと『してやった』と笑みを浮かべるブルーに業を煮やしたフリーザーは、口腔から途轍もない冷気を雪の結晶と共に繰り出してきた。

 

―――“ふぶき”

 

 【こおり】タイプの技の中でも強力な技として知られる技であり、【こおり】タイプの伝説ポケモンであるフリーザーが覚えていたとしても何ら不自然ではない。

 フリーザーは、ブルーを横のポケモンごと凍りつかせようとしたのだろう。

 宙を奔る冷気は次第に地面に近付いていき、辺りの建物の外壁を凍てつかせていく。

 一面を銀世界に変貌させていく攻撃は、瞬く間にブルー達を包み込んでいき、ミアレの一部の気温を急激に下げていった。

 

「……もう。ホント悪い子ね」

「ッ!」

 

 暫くの間地面を漂っていた白い靄であったが、それが晴れると中からは無傷のブルー達が姿を現した。

 彼女達の眼前にはゲンガーが繰り出した“まもる”による防御壁が形成されており、フリーザーの攻撃を完全に防いだというのが分かる。

 その光景を目の当たりにしたフリーザーは、あからさまに苛立ったような目つきになり、すぐさま口腔に“れいとうビーム”を繰り出すためにエネルギーを収束し始めた。

 だが、

 

「キュウコン、“あやしいひかり”」

「ッ……ヒュアッ……!」

 

 刹那、キュウコンの瞳が妖しく輝き、それを真面に見てしまったフリーザーはあらぬ方向に“れいとうビーム”を解き放つ。

 するとそのまま平衡感覚を失ったフリーザーは、羽ばたき続けることができずに地面に凄まじい勢いで落下していった。

 美しい氷の結晶を撒き散らしながら重力に身を任せて落下するフリーザーは、ものの数秒で地面に激突する。

 

「“ほのおのうず”」

 

 その瞬間、フリーザーが落下した地点を指差しながら指示を飛ばすブルー。

 キュウコンはしっかりと指が指し示す方向を確認し、火の粉を撒き散らして渦巻く炎を地面に奔らせ―――。

 

「ヒュア!?」

「さあ、キュウコン! “おにび”よ!」

 

 フリーザーを包み込んだ“ほのおのうず”によって辺りの靄が一気に晴れると、身動きの取れないフリーザー目がけてキュウコンが“おにび”を放つ。

 【こんらん】によって上手く動けない上に“ほのおのうず”で逃げられなくされているフリーザーは、為す術なく“おにび”の直撃を喰らって【やけど】状態に陥る。

 

「どう? 私のキュウコンのフルコースは。ホントなら“メロメロ”とかも入れたかったんだけど、伝説のポケモンって性別が分からないし、今はそれで充分でしょ」

「ヒュア……! ヒュアアアア!!」

 

 挑発気味に言い放ったブルーの姿に憤慨したフリーザーは、辺り構わず“れいとうビーム”を解き放ち、街の至るところを凍結させていく。

 その光景に眉間に皺を寄せるブルー。

 フィンガースナップを鳴らしてキュウコンに“だいもんじ”を繰り出すように指示するが―――。

 

「ッ!」

 

 あちこち構わず放っていた“れいとうビーム”がブルーへと向かって来たため、相殺するために放たれたキュウコンの“だいもんじ”とフリーザーの“れいとうビーム”が激突し、目の前で水蒸気爆発でも起こったかのような白い煙が周囲に奔っていく。

 荒れ狂う水蒸気を腕で防ぐブルーであったが、それと同時に何かが羽ばたいたような音を耳にし、視線を上空へと向けた。

 

「ゲンガー、“シャドーボール”!」

「ケケッ!」

 

 上空から放たれた“れいとうビーム”を“シャドーボール”で相殺するゲンガー。終始不気味な笑みを浮かべているゲンガーであったが、主人の指示が無ければ気付かなかった攻撃に冷や汗が頬を伝う。

 辺りに満ちる水蒸気は技の衝突の衝撃で消えていき、明瞭になった視界には【こんらん】が解けて優雅に羽ばたいているフリーザーの姿が見えるようになった。

 

「はぁ~、もう解けちゃったかぁ~……ま、ぶっちゃけどっちでもいいんだけどね」

 

 にんまりと笑みを浮かべるブルー。

 

「最近、退屈なバトルばっかだったから、たまにはスリルのあるバトルがしたいもの」

 

 バッグからスチャリと手に取ったボールに軽くキスをして、軽く放り投げる。僅かばかり他のボールよりも年季の入ったボールから飛び出してきたのは、フシギダネの最終進化形であるフシギバナであった。

 すると途端に場に甘い香りが漂い始め、冷気の中にフレグランスな香りが交わっているという不思議な空間が生まれる。

 

「でしょ? フシギバナ」

「―――バナァアアアアア!!!」

「ッ……ヒュアアアアアア!!!」

 

 咆哮を上げるフシギバナに対し、咄嗟に“れいとうビーム”を繰り出すフリーザー。

 

「“ヘドロばくだん”!」

 

 だが只で喰らう筈もなく、フシギバナが背負っている巨大な花が一度蕾のように閉じる。そして、蕾が開かれると同時に放たれた毒々しい色の球体が、宙を奔る冷気の光線と激突した。

 冷気の奔流と激突したヘドロの塊は、紫色の煙を放つと同時に爆音を轟かせて爆発する。

 

「ヒュウ♪ 流石ね」

 

 本当であれば爆発と共に周囲にはヘドロが散り、触れた者を【どく】に犯す爆弾は、“れいとうビーム”に激突することにより大部分のヘドロが凍ったまま地面に落下し、着地の衝撃で『バリンッ』と割れる。

 ここまで計算して“ヘドロばくだん”を指示したブルーは、狙い通りの展開に口笛を吹いて己とパートナーを鼓舞した。

 バトルへの昂ぶりを覚えながら。

 

「さ・て・と……一応バッジを八個集めた実力見せてあげるわよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ファアア!!」

「ヘルガー、“あくのはどう”」

 

 “かえんほうしゃ”を放ってくるファイヤーに対してカエンジシに跨るパキラは、並走しているヘルガーに“あくのはどう”を指示した。

 並みのポケモンであれば為す術もなく圧倒的な火力の前に焼き尽くされるであろう攻撃。

 しかし、ファイヤーが今現在相手をしているのは並みの相手ではなかった。

 

「ガアアア!!」

 

 ヘルガーが繰り出す“あくのはどう”は、真正面から来る“かえんほうしゃ”と激突し、数秒の拮抗を続けた後に大爆発を起こした。

 その光景にファイヤーは目を大きく見開く。

 たかがヘルガー如きに自分の攻撃を相殺されるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「ふふっ……“ブレイブバード”」

「ッファア゛!?」

 

 突如、自分の背中に奔る衝撃に苦悶の表情を浮かべて地面に落下していくファイヤー。攻撃を喰らった衝撃でぼやける視界の中でファイヤーが見たのは、自分よりも一回り小さい赤い羽毛を持つ鳥ポケモン―――『ファイアロー』。

 

「誰も一対一とは言ってなくてよ。カエンジシ、“ハイパーボイス”」

「グォアアアアアア!!!」

「―――ッ!」

 

 墜落するファイヤー目がけて、咆哮を上げるカエンジシ。それは只の咆哮ではなく、確かなる破壊力を持った振動を大気に伝えて攻撃する技だ。

 すぐさま体勢を整えて回避しようとするファイヤーであったが、今まさにというタイミングで“ハイパーボイス”の直撃を受け、バランスを完全に崩して墜落していく。

 それを見たパキラは、不敵な笑みを浮かべながら新たなるボールに手を付け、

 

「コータス、“ストーンエッジ”」

「コォオ!」

「ア゛ッ!?」

 

 落下するファイヤーの腹部目がけて、石畳の地面から巨大な尖った石が隆起し、『ズドンッ』という鈍い音を奏でる。

 弱点である【いわ】タイプの攻撃を―――それも四天王が鍛え上げるポケモンの技を真面に喰らったファイヤーは致命的なダメージを受けた故に、自分の腹部を穿つ石から地面へと落下した。

 

「“のしかかり”」

 

 すると次の瞬間、地面に落下していくファイヤーにコータスが飛び掛かっていき、全体重を掛けた重い“のしかかり”を喰らわせる。

 コータスに圧し掛かられたファイヤーが地面に着いた瞬間、石畳に罅が入って陥没ができた。それだけで今の攻撃がどれだけの威力を誇っていたのかは、容易に想像できるだろう。

 更に“のしかかり”の追加効果を受けたファイヤーは【まひ】状態となり、真面に動けなくなる。

 

「ア゛……ア゛ァ……!」

「うふふっ、四対一なんて卑怯などと思っているの?」

 

 凄まじい眼光でパキラを睨みつけるファイヤーであるが、その瞬間に胴体をコータスに踏みつけられ、徐々抵抗する力を奪われていく。

 カエンジシから降りて歩み寄るパキラの手には、何も入っていない真新しいハイパーボールが握られている。

 ボールを握ったまま歩み寄るパキラは、瀕死寸前のファイヤーの嘴を手に取り、クイっと自分の顔を見させるように仕向けた。

 

 一歩間違えれば至近距離から“かえんほうしゃ”を喰らい、顔だけではなく全身大火傷になる可能性もある行動。

 だが、ファイヤーは抵抗しなかった―――否、出来なかった。

 サングラスの奥で煌めく瞳に、全身の火照りが急速に冷めていくのを覚え、ただただジッとしていることしかできなかったのである。

 

「残念……大義の下の悪行はこの世では正義なのよ」

「ア゛ァ……!」

「大丈夫。すぐに分からせてあげるように躾けてあげるから……」

 

 徐々に近づいてくる空のボール。

 

 あれに当たればどうなるかは知っている。

 

 だからこそ逃げ出そうとするも、その瞬間にコータスに踏みつけられ、他三体に睨みつけられることにより完全に逃げ場を失う。

 

「うふふ……悦びなさい。わたくしに選ばれたことをね」

 

 

 

 

 

 最後に響いた声と共に、ファイヤーはボールの中へと吸い込まれ、その姿をミアレから消すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「出来るだけプリズムタワーから離れるか、近くの建物の中に避難して下さい! プリズムタワー周辺は大変危険な状況になっています!」

 

 ライボルトを横に連れながら市民を避難させるために大声を上げているジュンサー。

 一度街の一部区間で停電になったため、薄々異変が起こっていることには気づいていた市民たちであったが、まさかそれが伝説のポケモンによって引き起こされているものだとは思いもしなかっただろう。

 まるで怪獣が攻め込んできたかのような焦燥を浮かべながら、ミレアの中心にそびえるプリズムタワーから離れる様に走っていく市民。

 

 その中には、ユリーカを引き連れるライトの姿も―――。

 

「……ユリーカちゃん?」

 

 不意に足を止めるユリーカに、同じく足を止めるライト。

 このままポケモンセンターに避難しようなどと考えていた最中であったが、サンダーがビュンビュンとプリズムタワーの周りを飛行している姿を見ているユリーカに訝しげな顔を浮かべる。

 サンダーの周囲には絶え間なく電撃が奔り、同じくサンダーも地上へと電撃を放っていることから熾烈な戦いが塔の下で繰り広げられているのは容易に想像できた。

 

「どうしたの? なにか―――」

「お兄ちゃん……」

「え?」

「お兄ちゃん!」

「っ、ユリーカちゃん!」

 

 突如、ライトの手を振り払ってプリズムタワーの方へと走っていくユリーカ。

 

「駄目だ! 戻って!」

 

 何とか制止しようと声を張り上げるも、走って逃げていく市民の足音や声によって掻き消され、ユリーカの耳に届くことは無かった。

 いや、聞こえていたとしても止まる事はなかっただろう。

 そう直感が訴えたライトは、すぐさまユリーカを連れ戻すべくプリズムタワーの方へと全力で駆け出していく。

 その際ジュンサーの『君! そっちは危ないわよ!?』という忠告が聞こえてきたものの、『すみません』と心で謝罪しながら走り続ける。

 

 しかし、人ごみに逆らって走り続けるのは大分無理があった為、ライトは空に向かってボールを放り投げてリザードンを繰り出した。

 

「リザードン! ユリーカちゃんをお願い!」

「グォウ!」

 

 まだ人を乗せて飛ぶことのできないリザードンではあるが、ユリーカほどの小さな子供であれば腕で抱えて運ぶことなど造作も無い筈だ。

 唯一空を飛べるリザードンに一先ずユリーカを任せようとするライト。

 だが、リザードンが自分の前から飛んでいく寸前にとあることを思い出した。

 

「これ受け取って!」

「?」

 

 ライトが放り投げた青色の玉を三本爪で受け取ったリザードンは、一体何を渡されたのだろうと首を傾げている。

 

「一応持っておいて!」

「……グォウ!」

 

 宝石などの装飾品には疎いリザードンであったが、掴む手を通じて玉から溢れ出る不思議な力の様なものを感じたリザードンは、言われた通りに持っておこうと首に巻かれているバンダナの中へと器用にしまう。

 バンダナにしまっても尚、心臓の鼓動のように伝わってくる力の胎動。まるで誰かの鼓動に呼応しているかのような―――。

 

 しかし、そのようなことを考えたところで今の状況が好転する訳でも無い為、すぐさまリザードンはユリーカを連れ戻すために人ごみの頭上を力強く羽ばたいていった。

 大人も大勢いる人ごみの中で、背の小さい少女を探すのは至難の業のようにも思えるが、流れに逆らって突き進む者を探すというのは、人の流れを目で捉えれば探すのは安易なものだ。

 

 一分ほど人ごみの上で羽ばたいていたリザードンは、ユリーカを見つけた途端に急降下し、少女の行く手を阻むように降り立つ。

 リザードンが舞い降りた際の風圧でユリーカは、『きゃ!?』と尻もちを着くように後ろに倒れかけるが、寸前でリザードンが腕を掴んで引き上げたことにより転ぶことは無かった。

 自分の腕を掴んでくれたリザードンを目の当たりにし、暫し誰のポケモンかと考え込むユリーカであったが、以前見たことのある瞳にハッとする。

 

「えっと、ライトお兄ちゃんのリザードン……?」

 

 鳴き声はなく、只首を縦に振るのみ。

 ならばこのリザードンが来た理由は、自分を引き止めに来たというものだろう。幼いユリーカであっても、すぐに予想を立てることはできた。

 

「おねがい……お兄ちゃんのところに行かせて!」

「グォウ……」

「おねがい……おねがいだからぁ……」

 

 たちまち目尻に涙を浮かべて震えた声で懇願する少女に、普段はクールなリザードンも思わずタジタジとなる。

 零れ落ちる涙を腕で拭い取りながら懇願するユリーカに暫し狼狽えていたリザードンであったが、人ごみの向こう側からやって来る主人の姿に気付き、分かるように腕を振り上げた。

 

「ユリーカちゃん! 大丈夫!?」

「うっ……お兄ちゃんのトコ……お兄ちゃんがぁ……」

「っ……!」

 

 泣きながらライトに縋りつくユリーカ。

 その姿にライトは、先程までは兄への心配を必死に抑えて付いてきたのだが、混乱する人々を目の当たりにし不安を爆発させたのだろうと察した。

 嗚咽するユリーカの肩を優しく、そして強く掴むライトは、どうしようものかと頭を捻らせる。

 

 このまま少女の願いのようにプリズムタワーへ向かわせてしまえば、確実にユリーカを危険に晒してしまう。

 ここは無理やりにでも連れていくべきか。

 それとも―――。

 

「……僕が様子を見に行ってくる。だからユリーカちゃんは、ここでジッとしててね」

「え……?」

「いい? 大丈夫だから、シトロンさんは」

 

 ギュッと最後に強く肩を掴んだ後、そのままプリズムタワーに向かってリザードンと共に走り出すライト。

 力強く石畳を踏んで駆けて行くライトに対し、リザードンもまた力強く翼を羽ばたかせてプリズムタワーへと向かう。

 

「リザードン」

「グォウ」

「もしも……もしもの時だけど、サンダーと戦う事に成ったら―――」

 

 帽子のつばによって影がかかっている瞳は、普段よりも勇ましく、鋭い眼光を光らせていた。

 

「僕に……力を貸して!」

「グォウ!!」

 

 

 

 少年と火竜は進む。

 


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