ポケの細道   作:柴猫侍

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第六十六話 僕のリザードン

 

 

 

 

「……」

 

 異様な緊張に包まれるとある店の厨房。巨大なレストランの厨房であるそこは、先程の停電によって暗闇に包まれていたが、今は一人の男の隣に居るランターンの提灯によって照らし出されていた。

 ゴクリと飲むシェフたちは、キッチン台の上に拳をつけてプルプルと震えている男を見て表情を強張らせている。

 

 何時までこの状況が続くのだと考えるシェフたちであったが、一人のシェフが厨房にスタスタと早足でやって来た。

 固唾を飲むシェフたちとキッチン台に拳をつける金髪三白眼の男は、やって来たシェフに瞳を向ける。

 するとやって来たシェフは強張った声で語り始めた。

 

「……停電の原因が分かりました。現在、プリズムタワーの周辺で戦闘を行っているサンダーがプリズムタワーに落とした雷が原因であるらしいです。電力管理局はすぐにでも復旧を―――」

「わからない」

「へ……?」

 

 突然言葉を口にした三白眼の男の言葉に、報告をしていたシェフは呆気にとられた表情を浮かべる。

 すると、三白眼の男がギロリとシェフに瞳を向けた。

 

「……果たしてポケモンに、美食という概念はあるのでしょうか?」

「そ、それは……勿論あると思われますが……」

「成程。ポケモンにも勿論好みはある。ポケモン達は自然界に存在する食物を、自らの手で選んで口にする。だが、それだけに留まらず必要な栄養を本能的に理解し、尚且つ味のよい物を選ぼうとする姿は彼等に『美食』の概念があるということを如実に示していますね」

「はぁ……」

 

 ドンッ!!

 

『ひぃ!?』

 

 次の瞬間、三白眼の男がキッチン台に拳を打ち付けたことにより、他のシェフたちの顔が真っ青になる。

 三白眼の男が顔に浮かべているのは違うことなき怒り。

 それを目の前で感じ取っているシェフたちの恐怖というのは量りしれないだろう。

 

「……食い物の恨みは恐ろしいとは言ったものだ。今回の停電で、数多の食材を至高の一品に仕上げることができなくなった……!」

 

 停電によってオーブントースターや、他諸々の料理に関する電化製品を扱えなくなってしまった。

 それに伴い、中途半端に出来上がってしまった料理が今現在、この厨房には無数に存在するという結果になってしまった。

 それがこの男には許せなかったのだ。

 

「共に美食という概念を有す存在である人とポケモン……それなのにも拘わらずわたし達の美食への……芸術への道を阻む痴れ者が!!」

『ひぃ!?』

 

 今までで一番声を荒げた男の声に、シェフたちの顔色は青を通り越して白くなっていく。それと同時に男は被っていたコック帽をキッチン台の上に叩き付ける様にして置き、どこかへと足早に去って行く。

 

「今回の停電で至高の一品へと至ることのなかった料理の無念……これをいつ晴らさで!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ライボルト、“オーバーヒート”!!」

「ボルァアアアア!!」

 

 シトロンの指示を受けて口腔から途轍もない温度の炎を吐き出すのは『ライボルト』。ラクライの進化形であり、タイプは【でんき】のみだ。

 だが、そんな【でんき】タイプのみしか有していないライボルトは、【ほのお】タイプの技である“オーバーヒート”を繰り出した。

 

 狙うのはプリズムタワーの一角で“はねやすめ”をしているサンダーだ。周囲を赤く染めるほどの爆炎は宙を疾走し、体力の回復を図っているサンダーに命中する。

 

(やったか……!?)

 

 “オーバーヒート”の直撃を喰らったサンダー。シトロンは心の中で、今の一撃で倒れてはくれないものかと考えていたが―――。

 

「ア゛ァアアア!」

「くっ……やはりこちらの火力が足りませんか……!」

「ボ……ル……!」

「ライボルト、一旦ボールの中で休んでください!」

 

 “オーバーヒート”の反動で【とくこう】が二段階下がるライボルト。【ほのお】タイプの技の中でも屈指の威力を誇る“オーバーヒート”であるが、余りある威力は使用したポケモンに相応の反動をもたらす。

 幸い、能力変化に関してはボールの中に戻せば回復する為、休息の意味を含めてシトロンはライボルトをボールの中に戻した。

 

 そのまま上空を見上げれば、“オーバーヒート”を喰らっても尚血気盛んなサンダーの様子を垣間見ることができた。

 嘲笑うようにプリズムタワーの周りを飛行するサンダーに対し、『くっ!』と歯噛みするシトロン。

 

(“ひらいしん”で【とくこう】を一段階上げたのに、まったく効かないなんて……!)

 

 咄嗟に編み出した自身の作戦を以てしても打ち崩せない。

 

―――あれが伝説のポケモンか。

 

 元々、レアコイルの“でんじほう”を与えた時はサンダーに明確なダメージを与えられることは確認できた。

 だが同時に発覚したのが、サンダーが“はねやすめ”という技を使えるという事。文字通り、羽を休めることによって自身の体力を半分回復するという技であるが、その時使ったポケモンのタイプから一時的に【ひこう】が無くなる。

 つまり、“はねやすめ”をした時に限ってはサンダーに対し【でんき】タイプの技が等倍ではなくなってしまう。

 それが【でんき】のエキスパートであるシトロンに厳しい現実を与えるに至ったという事は、想像に難くないだろう。

 

 そこでシトロンが取った行動が、特性が“ひらいしん”であるライボルトを用いることであった。

 “ひらいしん”は周囲から放たれる【でんき】技を自分に引き寄せて無効にすると同時に、自身の【とくこう】を一段階上昇させるという技だ。

 こうすればサンダーの主力技である“10まんボルト”などの【でんき】技を無効にでき、バトルの流れを良い方向へと運んでいけるのではないか。

 しかし、今を以てそれは甘い考えだという事が理解できた。

 

「っ……エレザード、お願いします!」

 

 ライボルトに休んでもらっている間、エレザードで何とかサンダーを相手取ろうとするシトロン。

 

「“かいでんぱ”です!!」

「エッザアッ!」

「ッ!」

 

 特徴的な襟巻を広げ、同時に“かいでんぱ”をサンダーに向けて繰り出すエレザード。一瞬攻撃技かと勘違いしたサンダーであったが、自分に降り注ぐ電波がエレザードの繰り出した技が攻撃技でないことを察した。

 相手の【とくこう】を二段階下げる補助技である“かいでんぱ”。こちらの火力が足りないのであれば、まずは相手の能力を下げて対抗していくべき。

 そう考えたシトロンの行動であったが、『小賢しい』と言わんばかりに睨みつけてくるサンダーはプリズムタワーから飛び立ち―――。

 

「あれは……“げんしのちから”!? くっ、“パラボラチャージ”で迎撃です!」

 

 自身の周囲にどこからともなく光弾を出現させるサンダー。岩石にも見えなくもない光弾は、サンダーが翼を一度羽ばたかせると共に地面にいるエレザード目がけて繰り出される。

 その攻撃を迎撃する為に襟巻を広げて“パラボラチャージ”を繰り出すエレザードであったが、迎撃できたのは最初の方の光弾だけであり、後続の光弾が続けざまにエレザードの華奢な体を次々と穿つ。

 

「エレザード!?」

 

 石畳が割れる轟音と震動を感じながら声を荒げるシトロンは、砂煙が晴れると同時に地面に力なく横たわっているエレザードの姿を目にし、すぐさまボールに戻した。

 “げんしのちから”は【いわ】タイプの特殊技であり、元の威力が低いことと現在サンダーの【とくこう】が二段階下がっている事を考慮して、全体技である“パラボラチャージ”で迎撃できるものだと考えていたシトロンであったが、どうやら当ては外れたようだ。

 

 『すみません……』とエレザードのボールに呟くシトロンは、レアコイルが入っているボールを放り投げる。

 気合いに満ちた瞳を浮かべて飛び出してくるレアコイル。レベルでは相手の方が数段上であるものの、レアコイルは全く臆してはいない。

 その姿に勇気づけられたシトロンはニッと笑みを浮かべる。

 

「よし……“10まんボルト”です!!」

「―――!」

 

 シトロンの手持ち達が得意とする技である“10まんボルト”。レアコイルが発する電気は六つのU字磁石の中心で収束し、一つの雷撃の光弾となってサンダーへと解き放たれる。

 それを見たサンダーは避けるのではなく―――。

 

「っ……突っ込んできた!?」

 

 荒れ狂う気流を嘴に纏わせたサンダーは、浮いているレアコイル目がけて突進してくる。先程の“トライアタック”の時のように寸前で躱すのだろうか。

 しかし、シトロンのその予測は外れた。

 

「なっ!?」

 

 自身に向かって来る“10まんボルト”を“ドリルくちばし”で貫き、そのまま一直線にレアコイルに突進してくるサンダー。

 凄まじい速度で突進してきたサンダーの攻撃を避けることは、比較的動きの遅いレアコイルに出来るはずも無く、“ドリルくちばし”を正面から喰らってしまう。

 伝説のポケモンの一撃を真面に喰らったレアコイルは、『ガキンッ』と金属が削られるような音を響かせた後、石畳を数バウンドした後に近くの建物の壁に激突することによって動きを止めた。

 

「――……」

「レ、レアコイル!!」

(【でんき】・【はがね】のレアコイルを、【ひこう】タイプの技の“ドリルくちばし”一発で倒すなんて……!)

 

 レアコイルには相性上ほとんど効かない筈であるタイプの技。それも一撃でレアコイルを伸したことをシトロンは信じられずに茫然と立ち尽くした。

 だがそれをサンダーが見逃す筈はなく、今度は無防備になったトレーナー目がけて“10まんボルト”を放とうと全身にスパークを奔らせる。

 シトロンがそれに気付いた時には、既に充電が終了している時であった。

 

「しまっ―――!」

「リザードン、“だいもんじ”!!!」

 

 しかし、今まさにサンダーが“10まんボルト”を繰り出そうとした瞬間に、大の字を描く爆炎がサンダーに襲いかかる。

 それを寸前の所で上空に逃げることによって回避するサンダーは、“だいもんじ”が飛んできた方向に鋭い瞳を向けた。

 視線の先では、自分に対して力強い眼光を光らせる橙色の皮膚の竜が、尻尾の炎を燃え盛らせている。

 

 そんな火竜と共に現れた少年は、茫然と立ち尽くしていたシトロンの下に駆け寄った。

 

「シトロンさん!」

「ラ……ライト君!? どうして此処に……いや、ユリーカは!?」

「少し離れた場所で待たせています! それより、僕も……僕も手伝います!」

「っ……!」

 

 ライトの申し出に一瞬硬直するシトロン。確かに、個人的には少しでも助力が欲しいところではあったが、それではこの少年に危険を及ぼす可能性を生み出してしまう。

 ジムリーダーとしてはたしてそれは正しいことなのだろうか。

 それよりも、この少年が加勢したところで、はたして状況は好転するのだろうか。悪戯に彼と彼のポケモンを傷付けてしまう結果になるのではないかという考えが、シトロンの脳裏に何度も過っていく。

 その中でシトロンが出した答えとは、

 

「……ありがとうございます! 僕がサポートに回らせて頂きます!」

「サポートに? で、でも……」

「出てきてください、ライボルト!」

 

 シトロンの方がサポートに回るという言葉に一瞬戸惑いを覚えるライト。だが、それに構わずシトロンは先程ボールに戻したばかりのライボルトを場に繰り出した。

 顔色は大分よくなり、戦闘を続けるには十分なほど体力が回復しているようだ。

 そんなライボルトを指示しながら、シトロンは自分の作戦を語り始める。

 

「僕のライボルトの特性は“ひらいしん”! ライト君のリザードンが苦手とする【でんき】タイプは、全てライボルトに請け負わせることができます!」

「【でんき】技を……ということは!?」

「恥ずかしながら、残りの持ち合わせた手持ちはこの子だけで、空を飛ぶサンダーに対抗できるとは言い難い。ですが、君のリザードンであればサンダーとの空戦を行うことができるはず! その時に、リザードンが【でんき】技を喰らわないようにする……そして可能な限りサンダーと対抗できるようサポートすることが、今の僕にできることです!」

 

 熱弁するシトロンの解説を瞬時に理解したライトは、横で待機していたリザードンの方を向く。

 

「やれる?」

「グォウ!」

 

 不安要素が一つあるとすれば、進化して間もないリザードンがサンダーに対抗できるだけ、空を自由自在に飛ぶことができるかというか。

 だが、人間にしてもポケモンにしても、遺伝子の中に刻まれた記憶というものは存在する。

 今は、雄々しく空を飛んでいたリザードンの遺伝子をその身に宿す自分のパートナーを信じるべきだろう。

 そう考えたライトの問いに、リザードンもまた力強く頷いた。

 

「よしっ、リザードン! “りゅうのいかり”!!」

「グォオウ!」

 

 『バサッ!』と周囲に砂煙が巻き上がるほど力強く羽ばたいたリザードンは、プリズムタワーの近くで羽ばたいているサンダーに向けて橙色の光弾を解き放つ。

 しかし、リザードンの口腔から放たれた“りゅうのいかり”を軽々と避けたサンダーは、そのままリザードンへ“ドリルくちばし”を当てる為に肉迫していく。

 

「“ドラゴンクロー”だ!!!」

 

 どちらかといえば接近戦の方が得意であるリザードンにしてみれば、相手から近づいてくれるのは好ましい展開だ。

 そう考えたライトは“ドラゴンクロー”を指示し、サンダーと真っ向からの激突を指示するが―――。

 

「グォッ!」

「リザードン!?」

 

 エメラルドグリーンのエネルギーを腕に纏って形成した巨大な爪を迫ってくるサンダーに振り下ろすリザードン。だが、サンダーの“ドリルくちばし”と激突し、数秒もしない内に嘴に纏っている乱気流にリザードンの巨体は軽々と吹き飛ばされ、リザードンは空中を錐もみ回転しながら地上へと落下する。

 途中で何とか体勢を整えるものの、リザードンの右肩には“ドリルくちばし”が掠ったような傷跡が付いていた。

 

「っ……そんな!?」

「ライト君! リザードンには、出来るだけサンダーとの距離をとるように指示して下さい!」

「は、はい! リザードン、距離をとって“りゅうのいかり”だ!」

 

 伝説のポケモン相手にわざわざ接近戦を挑むのは、余りにも浅慮であった。自分の指示の甘さを反省しながら、再度“りゅうのいかり”を仕掛ける様に指示する。

 右肩の痛みに顔を険しくするリザードンは、再びサンダーに向けて“りゅうのいかり”を発射した。それも一発や二発だけではなく、相手に近付かせまいと続けざまに何発も“りゅうのいかり”を放つ。

 

 しかし、そんなリザードンに対してサンダーが繰り出すのは【でんき】技ではなく、【いわ】タイプの技である“げんしのちから”であった。

 

「っ、リザードン! 一旦回避に専念して!」

 

 流石に【いわ】タイプの技を【ほのお】・【ひこう】のリザードンが喰らえば致命的なダメージを受けてしまう。

 それを思ったライトの指示を受けて、サンダーが放つ“げんしのちから”を回避しようと羽ばたくリザードン。

 

 上、下、右、左へと次々と躱していくものの、一つの光弾がリザードンに直撃する軌道を描く。

 

「ライボルト、“10まんボルト”で迎撃して下さい!」

 

 しかし、命中する寸前の所でライボルトが地上から放った電撃が光弾に直撃し、空中で黒煙を巻き起こしながら爆発した。

 宙で留まる黒煙の中からは、何とか無事なリザードンが飛び出し、サンダーの位置を探ろうと首を右往左往させる。

 

「上だ、リザードン! “だいもんじ”!!」

 

 黒煙から抜け出すのを虎視眈々と狙っていたサンダーが、ここぞとばかりにリザードンに飛び掛かっていくが、既に位置を把握していたライトが上に“だいもんじ”を繰り出すよう叫ぶ。

 するとリザードンはノールックで口腔に炎を凝縮させ、流れる様な動作で上に振り返って“だいもんじ”を放つ。

 普通の相手であれば不意を突くような攻撃で仕留められることは間違いないが、相手は伝説のポケモン。

 

「ッ、グォ……!?」

 

 大の字になって宙を奔る爆炎を華麗に回避し、“ドリルくちばし”をリザードンの首元に突き立てるサンダー。

 刹那、リザードンの体は衝撃によって九の字に曲がり、凄まじい速度で墜落していく。

 ライトがハッと息を飲む間にリザードンは、受け身を取ることもできずに地面に激突する。

 砂煙を巻き上げて激突したパートナーを目の当たりにし、ライトの表情は悲痛なものへと変貌した。

 

「リ、リザードンッ!!!」

「グ……ォオ……!」

 

 痛々しい攻撃の痕を首元に刻みながら何とか立ち上がるリザードンだが、既に満身創痍の様子だ。

 そんなリザードンに対してサンダーは、再びリザードンに攻撃を仕掛ける為に上空から滑空するように地上に向かって肉迫する。

 

―――今の状態のリザードンでは反撃に出る事ができない。

 

「ライボルト、“10まんボルト”です!!!」

 

 再び援護射撃をライボルトが繰り出し、サンダーの攻撃を阻止しようとする。

 しかし、それを予見していたのかサンダーは、空中で錐もみ回転をして“10まんボルト”を回避し、そのまま標的をライボルトへと変更した。

 宙を奔る電撃を次々と回避するサンダーの周りには無数の光弾が収束し、瞬く間にライボルトに肉迫し、

 

「ッ、ボルァ!?」

「ライボルト!?」

 

 解き放たれた“げんしのちから”はライボルトへと直撃し、そのままライボルトを後方へと数メートル吹き飛ばした。

 吹き飛ぶライボルトは近くの広場の噴水に激突。大量の水を浴びながら、戦闘不能に状態に陥る。

 二人のトレーナーがその光景に戦慄している間、サンダーの標的はリザードンへと移った。

 

 既に“ひらいしん”を持つポケモンはこの場に居ない。

 これで心置きなく【でんき】技を使えるというものだ。

 

 そう言わんばかりに血気盛んな瞳を浮かべるサンダーは、ギザギザの翼を大きく広げ、一気にリザードンの下へと飛翔しようと―――。

 

 

 

 

 

「やめて!!!!!」

 

 

 

 

 

「ッ……ユリーカ……!?」

 

 突如、響き渡る少女の声。声の方向に誰もが顔を向けるが、その視線の中心にはライトが待機させていた筈のユリーカが息を切らしながら立っていたのだ。

 

(ッ……しまった。僕の手持ちを何体か、ユリーカちゃんの下に置いておくべきだった……!)

 

 重大なミスを犯してしまったと考えたライトの表情は険しい。

 こんなところにポケモンを一体も有していない―――例え有していたとしても危険過ぎるこの場に、余りにも非力な少女が居る。

 それがどれだけ周りの者達に緊張感を与えるだろうか。

 

 サンダーはというと、新たに現れた人間に興味を向け、リザードンへの飛翔を取りやめてユリーカの方をジッと見つめていた。

 

「……みんな、ケガしちゃうから……だからおねがい」

「……」

「なんであなたが怒ってるのかなんてアタシにはわからないけど、でも……ケンカなんてしちゃダメだよ!」

 

 少女の懇願は、やけに静かなこの場に透き通るように響いていく。

 そしてあろうことかユリーカは、自らサンダーの下へと歩み寄っていった。

 

「ね? 仲直りしよ?」

「……」

 

 純粋な少女の声に興奮が収まったのか、サンダーは静かに少女の歩みを見届ける。差し伸べられる腕はひどく華奢で、自分がその気になれば簡単に折る事ができるだろう。

 一歩、また一歩とユリーカはサンダーに歩み寄り―――。

 

「危ないわ! すぐに離れて!」

「えっ……?」

 

 次の瞬間、ユリーカとサンダーの間に一条の閃光が奔る。

 

 辛うじて当たりはしなかったものの、誰もが二人を引き裂くように飛んできた閃光に目を向けた。

 そこにはライボルトを連れたジュンサーや、ポケモンを連れた警官たちが大勢やって来ていたのである。

 悪意はない。

 ただ、少女を守る為に起こした行動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは、今この場面では悪手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ア゛アアアアアアアアッ!!!!」

「えっ、あっ、きゃあああ!?」

「ユリーカァアアアア!!!」

 

 攻撃されたと勘違いしたサンダーは、再び興奮した様子で自分に攻撃を仕掛けた人間の仲間だと認識したユリーカを、その巨大な脚で掴みあげて大空へと羽ばたいていった。

 命綱無しの空への旅。それがどれだけ危険なものであるかと想像した兄のシトロンは、妹に向かって絶叫する。

 その光景を目の当たりにした警官たちも、鳥ポケモンを繰り出してユリーカの救出に向かわせるが、“10まんボルト”によって悉く返り討ちにされていく。

 

 妹が連れ去れるという状況の中、何も出来ない無力感に苛まれるシトロン。

 その横では、今自分が何をすべきなのかと必死に逡巡するライトが佇んでいた。するとライトは、満身創痍で息も絶え絶えとなっているリザードンの下へと駆けていく。

 戦闘不能寸前といった状態の体を労わりながら、リザードンの顔に己の顔を近付けるライトはこう指示する。

 

「リザードン、辛いと思うけど……ユリーカちゃんを助けに行ってくれる?」

「グォウ……グルッ……!」

「待って! まずは僕の指示を聞いて」

「……」

 

 先程の二の舞を踏むまいと、即席で考え出した作戦を伝える。

 

「真正面から飛んで行っても返り討ちにあうだけだ。だから、出来るだけ低空飛行でサンダーの下まで飛んで。あくまで目的はユリーカちゃんを助けるだけ。だから、攻撃はし掛けなくてもいい」

「グォウ」

「サンダーがもしユリーカちゃんを空で放り出したなら……そこで一気に上昇して、ユリーカちゃんを回収してすぐに下降。分かった?」

 

 あくまでこの作戦は、『サンダーがユリーカを宙で投げ捨てたら』に限られる作戦だ。稚拙な作戦かもしれないが、真面に戦っても負ける相手にわざわざ勝負を挑んで、ユリーカを助ける可能性を捨てるよりはマシな筈。

 既にサンダーは空高く羽ばたき、ユリーカはじたばたと手足を動かしているため、一刻の猶予も無い。

 ポンとパートナーの背中を叩くライト。次の瞬間、リザードンは石畳が割れるほど力強く地面を蹴って、その勢いのまま飛翔する。

 

 サンダーの電撃を回避するには、出来るだけ低空飛行で行く方がいい筈だ。そうライトが考えた理由は、雷は高い所に当たるという当たり障りのない知識である。

 電撃を自在に放てるサンダーにどれだけの効果を発揮できるかは些か疑問だが、空中に出向いて的にされるよりはマシだ。

 

(リザードン……お願い!)

 

 リザードンが飛翔した後、追う様にして走り始めるライトは心の中でそう呟いた。

 既にリザードンやサンダーは遥か彼方に映っているが、少しでも距離を詰められるようにとライトは激走し続ける。

 

 数十秒ほどか。

 

「きゃああああああ!!」

 

 暫くの間激走し、そろそろ全力疾走もきつくなってきた辺りでサンダーに掴まれていたユリーカが宙に放り投げられたのが視界に映った。

 

「―――リザードンッ!!!!!」

「グォオオオオオオオ!!!!!」

 

 次の瞬間、街の中を低空飛行していたリザードンが一気に上昇し、落下しているユリーカの体を両腕で抱き上げた。

 その光景に周りで見ていた者は『わあ!』と歓声と上げる。

 ユリーカを宙で受け止めたリザードンは、先程の指示の通り下降し始め、救出したユリーカを安全地帯に運ぶように動くが、

 

(サンダーの動きが……まさか!?)

 

 その時、視界の遠方に映るサンダーの影が動くのをライトは見た。

 ユリーカを下ろそうと羽ばたくリザードンを追い、その嘴をギラリと煌めかせている光景が。

 

(不味い! あれじゃあ……!)

 

 満身創痍。それだけに留まらず、腕に少女を一人抱きかかえているリザードンにサンダーの攻撃を躱せる可能性は、限りなくゼロに等しい。

 ゾクリとした悪寒が背中に奔るライト。

 無意味に左腕を伸ばし、リザードンの下へと―――。

 

 

 

―――同時に、ライトは時間をやけに遅く感じ取った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢見たチャンピオン。

 

 そこには僕の他に六体のポケモンが佇んでいる。

 

 不鮮明な光景だけど、僕には一体だけしっかりと見えているポケモンが居た。

 

 三年前のポケモンリーグの決勝戦でカメックスとの激戦を制し、見事トレーナーを優勝に導いたポケモンだ。

 

 僕もいずれトレーナーになったら、リザードンを手持ちに入れたいと思った。

 

 『リザードン』なら、なんでもいいと思ったんだ。

 

 だけど今は違う。

 

 僕にとってのリザードンは君だけだ。

 

 君のトレーナーは僕だけ。

 

 だから僕は、君を守りたいと思う。

 

 人がポケモンを守るなんて、ちょっとおかしいかもしれないけど僕はそう思ったんだ。

 

 だから―――……僕に君を守らせて!!!

 

 

 

 ***

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 景色が二つのまま。

 

 

 

 心が一つになるのを感じた。

 

 

 

 ライトのメガリングに嵌められるキーストーン。

 リザードンがバンダナにしまったメガストーン。

 

 その二つの石から『X』状に光が放たれ、ライトとリザードンを引き合わせる様に繋がった。

 瞬間、ユリーカごとリザードンの体を光が包み込んだ。

 同時にサンダーの“ドリルくちばし”もリザードンに―――。

 

「―――ッ!!?」

 

 気流を纏った嘴は、光を突き破って出てきた黒い手によって掴まれる。凄まじい握力によってサンダーは退く事も前に出る事も許されない。

 すると、徐に光はタマゴの殻の様に弾け飛び、中に居る存在を周囲へと知らしめるに至った。

 

(……リザードン?)

 

 姿を現したのはリザードン。右腕にユリーカを抱きかかえ、左手でサンダーの嘴を掴むのは違う事なきライトのリザードンであった。

 だが、寸前の姿とは全く違っていた。

 

 橙色であった皮膚の大半は漆黒へと変貌し、腹部の淡い色の皮膚も薄い青へと変色している。

 口の両端からは、以前の様な赤ではなく青い炎が轟々と噴き出ており、逆に瞳は縹色から赤色へと変貌していた。

 翼も切れ込みが入ったような形へと変わり、両肩からは二本のツノが生えている。

 

 明らかに普通のリザードンではない姿。

 だが、その姿を見たライトは確信した。自身のキーストーンと、リザードンが有していたメガストーンが共鳴し、一瞬の内に変貌したパートナーの姿。

 

「ッ!!?」

 

 左手で嘴を拘束する黒いリザードンは、身動きの取れないサンダーにゼロ距離で“だいもんじ”を放つ。

 “だいもんじ”の炎の色も赤から青へと変貌しており、より高熱になったのであると推測できる。

 青い爆炎でサンダーを一旦吹き飛ばしたリザードンは、再び地上に向けて飛翔し、ユリーカを地上へと返すことに成功した。

 

 その頃、“だいもんじ”を受けたサンダーはというと、姿を変化させたリザードンに戸惑いを隠せずに羽ばたいている。

 

「リザードン……」

 

 ユリーカを無事下ろしたリザードンは、サンダーと戦う為に上空へ向けて飛翔する。

 その姿を見たライトは、希望と期待に満ちた瞳を浮かべながらこう呟いた。

 

 

 

 

 

「メガリザードン!」

「グォオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮を上げる紅眼の青い火竜。

 それは、進化を超えた進化を果たした存在―――リザードンがメガシンカを果たした姿、『メガリザードン』。

 

 

 

 その蒼き焔は、怒りの如く燃え盛る。

 


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