ポケの細道   作:柴猫侍

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第七話 来たら来たでアレだけど、別れは何となく寂しいもの

「ねえ……どこ行くの?」

「ふふっ。もうちょっと待って」

 

 カノンに手を引かれ、ライトはどんどん道を進んでいく。幾ら幼馴染と言っても、女の子に手を引かれて堂々と道を駆けていくのは、それなりに恥ずかしいものがある。

 さらに言ってしまえば、偽物とはいえカノンを間近で見たときに『可愛い』と思ってしまったこともあって、少しではあるが意識してしまっているのである。

 そんな羞恥心もありながら、二人は道を駆けて行き、とある場所に着く。

 

「…ん? ここ、博物館……」

 

 アルトマーレの中央辺りにそびえる博物館。中にはアルトマーレについての歴史が様々な形で展示されていたりする。

 だが、カノンが進む先は博物館ではなく、博物館の先にある暗い路地であった。そんな路地に何があるのかと首を傾げながら、ライトは行く先をカノンに任せる。

 

「ねえ、カノン……ホントにどこ行く気なの?」

「もうちょっとだって……ほら、ココ!」

「ココ?」

 

 そう言って二人が立ち止まったのは、暗い路地の行き止まりであった。周りには建物の壁しかなく、一体何の用事があって此処に来たのかと、ライトの疑問は尽きない。

 そんなライトの様子に、『ふふ』っと笑顔を見せながら、何とカノンは壁に向かって歩み始めた。するとカノンの姿は、壁の中にすり抜けていった。

 

「え? ちょ、ええ!?」

 

 ライトも引かれるままに壁の中へすり抜けていく。壁の中に入ると、先程の路地がトンネルのようになっている至って普通の道が続いていた。トンネルも、レンガ作りではなく鉄の網の様なものをトンネルの形にして、藤の花が絡みついているグリーンカーテンのようなものであった。その先には太陽の差し込んでいる場所が遠目に見える。このことから、先程の壁が只の幻覚のようなものなのか。

 とりあえず今はそのように理解しようと試みるライトであるが、その間にもカノンはライトの手を引いて先へと進んでいく。

 すると、トンネルを抜けた先に、驚きの光景が広がっていた。

 

「……わあ……」

 

 ライトは思わず、口をポカンと開いて茫然とする。なぜならば、目の前に広がっている光景が、今迄見た景色の中で最も美しいと思える光景であったからだ。

 一言に行ってしまえば、大きな庭。

 だが、舗装された道の周囲には、青々と茂っている木が立ち並んでおり、規則的に在る花壇には椿が赤い華を咲かせていた。美しい自然の先には、噴水が置かれている池があり、開けた空から降り注ぐ日の光を不規則に反射していた。

 

 木葉を揺らすそよ風が、心地よく肌を撫でていく。カノンはライトの手を放し、気持ちよさそうに体を伸ばす。

 

「う~ん……ふう! やっぱり、ここは気持ちいいなァ~!」

「……うん」

 

 眩しさに目を細め、そのままこの場所の心地よさに身を任せ、瞼を閉じる。

葉が揺らめく音。水の流れる音。風の吹く音。それらすべてが、視界を零にしたライトの鼓膜を優しく揺らしていく。

この場所だけ、アルトマーレという町から切り離された空間のように思えてくるほど、緩やかな空気が身を包み込んでいく。

 

自分と同じようにこの場所を気に入ってくれたように見えるライトを見て、カノンは『連れてきてよかった』と思う。

 

「……ここ、“秘密の庭”って言って、私達の一族が先祖代々守ってきた庭なんだって」

「え? そんな場所に僕を連れてきてよかったの?」

「うん。ライトなら、他の人に簡単に言わないと思ったから」

 

 そう言い切るカノンに、ライトはどこか心にむず痒い感覚を覚える。今のカノンは言葉は、自分に対する信頼のようなものに感じ取れた。

 この庭がどれだけ重要かは解らないが、この五年間で一度たりとも言っていなかったことから、よほど重要な場所であることは理解した。それでも、この少女は自分を信用してこの場所に連れてきてくれた。

 嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない感情がライトの心を支配する。

 

 そんなライトの横で、カノンは右手を口の横に当てて、何かを呼ぼうとする。

 

「ラティアス――! ラティオス――!」

「ラティ……?」

 

 聞き慣れない単語に、ライトは『そんなポケモン居たかな?』と首を傾げる。開けた空間にカノンの呼び声が響き渡ると、途端に風が吹いて、先程よりも大きく木葉を揺らす。

 まるで何かが木々の間を縫って飛んだように、順に木葉が揺れていく。

 

 少し待つと、二人に少し強い風が吹く。

 その瞬間に、二人の前に赤と青のポケモンが現れる。突然現れたことに対し、ライトは驚きを隠せない。遠くから徐々に近付いてきたなら、ここまで驚かなかっただろうが、二体のポケモンの登場の仕方は、まるで瞬間移動のように一瞬だった。【エスパー】タイプのポケモンであれば、“テレポート”という技で一瞬の内に姿を現すことが可能であり、さらに元より透明になれるポケモンであれば、透明のまま近付けるという考えに至り、どちらかであろうとライトは一先ず納得する。

 

 二体のポケモンは、赤が基調か青が基調かの違いであり、体のフォルムは良く似ている。どちらも戦闘機のようにシャープな曲線を体で描いており、体から横に飛び出している翼を羽ばたかせる事無く、宙をふよふよと浮いている。

 どちらも胸に三角形の模様があり、その色は二体の色が対になるように染まっている。

 

 赤い方の目は、クリンと大きく、可愛らしい金色の瞳が覗いており、青い方の目は鋭く、凛とした紅い瞳が覗いている。

 体の大きさ的に言えば青い方が若干大きく、二体を比べたときに、青い方が兄のような雰囲気であるとライトは感じた。

 

 二体のポケモンに興味津々で見入っているライトに、カノンは二体のポケモンの間に立つ。

 

「この二体は、秘密の庭に住んでいるポケモンで、赤い子がラティアス。青い方がラティオス。アルトマーレで護神(まもりがみ)って言われているのは、この二体のポケモンの事なの。因みに、ラティオスがお兄ちゃんで、ラティアスが妹なの」

「ラティアスとラティオス?」

 

 ポケモンの名前を聞いた後、ライトは二体のポケモンに目を向ける。すると、ラティアスがライトの周りをクルクルと飛び回る。

 その行動に、どこか親近感のようなものを感じ、首を傾げる。そんなライトを横目にカノンは飛び回るラティアスにキッとした視線を向ける。

 

「ラティアス! 私に化けて、ライトの事からかったでしょ!?」

「え!?」

「! ……クゥ~~……」

 

 驚くライトの横で、ラティアスは『ばれたか!』というような挙動を見せて、少し落ち込んだように項垂れる。

 

「それでライト落ち込んじゃったんだから! やり過ぎ!」

「クゥ~ン……」

 

 まるで子供を叱るように声を上げるカノンに、ラティアスはどんどん目じりに涙を溜めていく。ラティアス本人は、そこまで悪意があってやったことではなかったので、友達であるカノンにここまで怒られるとは思っていなかったのだ。

 うるうるとした瞳で、ライトに視線を向けるラティアス。

 

―――悪戯された側なのに、何故かすごく申し訳なくなってしまう。

 

 苦笑いを浮かべるライトの横で、ラティオスが呆れた顔でため息を吐いている。そしてそのままライトの肩にポンッと手を置くのは、『妹を許してやってほしい』とでも言っているかのような様子である。

 子供心で行ったということは理解出来たので、このままラティアスが責められるのは可哀相である為、とりあえず今にも泣き出しそうなラティアスの頭を撫でる。

 

「ラティアス、泣かないで。気にしてないから……ははは…」

「! クゥ~!」

 

 慰められた事にラティアスは喜び、すりすりとライトに頬ずりする。愛らしい挙動に、ライトは悪戯されたことを忘れ、笑顔でラティアスの事を撫でる。

 肌触りの良い羽毛に触れると、ひんやりとした体温が手に伝わり、それが心地よくさらに頭や首などを撫でる。

 そんな微笑ましい光景にカノンは怒るのを止めて、静かに二人を見つめていた。一先ず、これで一件落着と言ったところだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 秘密の庭と呼ばれる広大な土地で、ライトの手持ちと元々住んでいたポケモン達が戯れていた。

 この庭には、ラティオスとラティアス以外に、マリルやオタチ、ウパー、ヤンヤンマ、ポッポなど小さなポケモン達が住んでおり、水路にはトサキントやテッポウオなどのポケモンも住み着いているのが見えた。

 

 ライトとカノンの二人は、ポケモン達が戯れている光景を近くの芝生の上に座りながら眺めていた。

 

「ねえ、ライト。カロス地方に留学するんだっけ?」

「うん」

 

 ふと思った事を口にするカノン。それに対しライトは、ヒトカゲとストライクが庭に住み着いているポケモン達が戯れている光景を眺めながら答える。

 しかし、その視線はどこか別の遠くを見ているように見えたのは、気のせいではなかっただろう。

 

「向こうに行って、何したい?」

「そうだなァ……やっぱり、手持ちと旅に出て、向こうのポケモンリーグに出場して優勝したいな」

「優勝って事は、チャンピオン?」

「そういうことになるね」

 

 カノンはライトの言葉を聞き、フフッと笑う。それに対し、ライトはむっとした顔でカノンの方に視線を向ける。

 

「……何? 無理とか思ってるの?」

「……ううん。頑張って欲しいなぁって……」

 

 カノンの言葉に、ライトはむっとした顔を止める。それは、今の彼女の表情が本当に自分を応援してくれているようなものであったため、ふて腐れるのは失礼だと思ったからだ。

 チャンピオンになる―――それは並大抵の事ではない。具体的にチャンピオンと言っても、二通りある。一つは、その年に行われるポケモンリーグでの優勝者という意味でのチャンピオン。そしてもう一つは、その優勝者に与えられる挑戦権で挑める、四天王との四連戦の後に、現チャンピオンと戦って勝利した際に得られる、『地方最強』という意味でのチャンピオン。

 

 ここで言っているライトのチャンピオンは、前者の方である。出来れば後者の方にも挑んでみたいというのが本心であるが、前者の方のポケモンリーグと、後者の挑戦権を得て挑戦できる四天王とチャンピオンとのバトルには、六か月の期間が在る。その為、三か月留学のライトには、必然的に片方しか出られないのである。

 

 尚も、後者は前者で得られる権利を得ていないと挑戦出来ないので、元より挑戦は不可能である。幸いだったのは、現在三月の初めであるのに対し、カロス地方のポケモンリーグ開催が六月中旬であったことだろう。

 

「……僕、頑張るよ」

「うん。頑張ってね」

「「……」」

((何話せばいいんだろう……))

 

 思った以上にしんみりとした空気になり、二人は言葉を失い沈黙する。余りにも気まずいので、何か話そうとしても口をモゴモゴさせるだけであり、何の進展も無い。

 だが、カノンはハッとしたように口を開いた。

 

「い、何時くらいにアルトマーレを出発する感じ? アサギを出るのは一か月後位って、ライトのお姉さんは言ってたけど……」

「え? あ、えっと……多分、ヨシノシティからアサギシティに行く時間とかもあるから、二週間前くらいには出るんじゃないかなァ…」

「へえ~……」

 

 つまり、約二週間後には出発すると言う幼馴染に、どこか寂しいような気持ちが生まれる。

 だが、彼の夢は応援してあげたい。

 そんなことを思いつつ、カノンは視線を庭のポケモン達の方に向けた。そんなカノンを見たライトも、再び自分の手持ち達が居る方へ目を向ける。

 

 その後、二人は日が暮れるまで穏やかな時を共にしたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 後日。

 ブルーがマサラタウンに住んでいる母の下へ行くために、アルトマーレを後にすることになった。

 そしてライトとシュウサクは、ブルーを見送るために港の桟橋に来ていた。

 

「じゃあね、ライト! パパ! 元気にね!」

「うん。姉さんも元気に!」

「母さんにもよろしく言ってくれ」

 

 端的に別れを告げるブルーに、二人は笑顔で対応する。別れも済み、いよいよ船で出発かと思いきや、ブルーはハンドバッグの中をごそごそと探る。

 

「姉さん、どうしたの? 忘れ物?」

「ふっふっふ……そう思うか? 少年よ……」

「え? 何?」

 

 急に芝居がかる姉に、ライトは困惑の表情を隠せない。そうしている内に、ブルーはハンドバッグの中から包装紙に包まれている箱を取り出した。

 それを『はい♪』と言いながらライトに手渡す。重くは無いが、軽くも無い。何が入っているのかと、ライトは箱を凝視する。それで中身が見える筈もないが、包装紙に包まれていることもあり、それなりの物が入っているのではないかと想像する。

 

「旅に必要かと思って、最新版のポケギア買っておいたから!」

 

 “ポケモンギア”、略してポケギア。簡単に説明すると、携帯電話のような物である。しかしカードを使うことにより機能が拡張され、マップやラジオなども使えるようになり、ここ最近ではカントー地方やジョウト地方で普及し、旅のトレーナーには必需品となっている。

 それを受け取り、ライトは嬉しそうに笑みを見せる。

 

「うわぁ~……ありがとう、姉さん! 大事にするよ!」

「いいって事よ……じゃ、グッドラック☆」

 

 弟の嬉しそうな顔を脳裏に焼き付けたブルーは、早速船に乗り込む。

 これでまた姉としばらく会えなくなると思うと、それなりに寂しくなってくる。破天荒な姉で、少し面倒だと思う時もあるが、結局は家族で一緒に居る方が楽しいのであった。

 そんなことを実感しながら、今まさに港を出ようとするブルーに手を振ると、ブルーも手を振って応える。

 そうしている間にも、船のエンジンが始動し動き始める。

 

「じゃ! しっかり準備して、留学楽しんでね――!!」

「うん! 頑張るよ―――!!」

 

 だんだん遠のいていく姉に、ライトは精一杯の声で答えた。

 次第に遠ざかっていく。

 やがて、船が米粒ほど小さく見えるほど遠くに行くまで、ライトは手を振っていたのであった。

 


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