ポケの細道   作:柴猫侍

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第七十二話 わさびちゃう。わびさびや。

 

 

 

 

「はい、あ~ん……」

 

 口を大きく開けるヒンバスに、青色のポロックを入れるライト。ポロックを口の中に入れられた瞬間、モグモグと木の実でできたお菓子を食べ進めるヒンバス。

 一体どのような反応を見せてくれるか。

 

「ミ!」

「美味しい? よかったぁ~」

 

 屈託のない笑みを浮かべるヒンバスに、ホッと息を吐くライトは、昨日作ったポロックの出来に問題がなかったことを確認することができた。

 一度、ヒンバスに与える前に一口齧ったライトであったが、カゴの実が凝縮されたポロックの味は凄まじく渋かったのだ。

 人とポケモンの味覚の違いというものを考えさせられる一瞬であった。

 

 それは兎も角、今日はジムに挑む日となっており、一日の原動力を補給する為に朝食を摂っているライト達。

 リザードンは当たり前のようにコーヒーを飲んでいるが、いつもの事である為誰もツッコミはしない。

 

 昨日、服がどうこう言っていたコルニも、普段通りの服装のままパンを齧っている。

 あの後、最終的に『布団にくるまれば?』という結論に至ったという事は、ここに追記しておこう。

 

「ブラァ!」

「ん、どうしたの?」

 

 ヒンバスにポロックを与えていると、突然ライトの膝に乗りかかってきたブラッキー。何やら、ライトが手に持っているポロックを凝視しているが、

 

「……食べたいの?」

 

 コクン。

 食に対して素直な態度を見せるブラッキー。お菓子と聞いて、何故自分には食べさせて貰えないのかと考えたのだろう。

 進化して体は大きくなったものの、中身はまだまだ子供。老練な佇まいなハッサムや、普段は紳士のように振る舞っているリザードンとは違い、好奇心が強いこと強いこと。

 昨日作った分は四つ。どうせ、作る時間は三分程度なのだから一個無くなった所でそれほど影響が出る訳ではない。そう考えたライトは、余っているポロックの内の一つをブラッキーに食べさせてみる。

 

「どう?」

「……」

「……すっごい不味そうな顔してるね」

 

 ポロックを口に含んだ後、数回噛んだだけで顔を歪めるブラッキー。それだけで食べさせたポロックの味がブラッキーの口に合わないことを悟ったライトは、以前訪れたポフレの店を思い出す。

 

(あの時は確か、酸っぱい物を食べさせてあげたんだよなぁ。じゃあ、酸っぱいポロックだったら食べるのかな)

 

 舌を出して涙目になっているブラッキーの喉元を優しく撫でた後、口直しにポケモンフーズを一つ食べさせてあげるライトは、別の味のポロックであったのならブラッキーの口に合うのではないかと予想した。

 好みは人それぞれということだ。

 

「よ~し……ジム戦が終わったら別の味のポロック作ってあげるからね」

 

 こちょこちょと擽るように喉元を撫でた後、ふと視線を感じてリザードンが居た方向へと目を向ける。

 すると、

 

「……」

「……どうしたの、リザードン?」

「グォウ」

「……ポロック、食べてみたいの?」

 

 まさかと思って質問を投げかけると、無言のまま頷くリザードン。

 何となくではあるが、コーヒーカップ片手にポロックをフォークでつつく光景が、一瞬脳裏を過ってしまった。

 

(……とうとうデザートまで来たか……)

 

 ポケモントレーナーは大変だ(?)。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ようこそおこしやす、クノエジムへ」

「えっと、昨日予約したライトって言うんですけど……」

「ライトさんですね。お待ちしはっとりました。では、こちらへどうぞ」

 

 華のような笑みを浮かべてジムにやって来たライトを案内しようとするジムトレーナー。彼女の恰好は、カロスの雰囲気にはそぐわないような青が基調の着物を着ているが、一体何故なのだろうとライトは首を傾げる。

 着物と言えば、ジョウト地方のエンジュシティかカントー地方のタマムシジムリーダー・エリカの事が真っ先に頭に浮かんでくるライト。

 

 どちらかと言えば、和風な雰囲気が漂う着物。だが、クノエジムの室内はどちらかと言えば洋風な雰囲気が漂う―――言い換えれば、ファンシーな内装となっている。

 男子の感性として、あまり長居はしたくないような空間であるが、女子のコルニは『おぉ~!』と目を輝かせてあちらこちらを見渡していた。

 その内、『観戦の方はこちらへ』と黒い着物を着た女性に連れて行かれるのを最後に、コルニとは別の道を進み始める。

 

「こちらです」

「ん……ありがとうございます」

 

 扉に向かって手を差し伸ばすジムトレーナー。今までのファンシーな内装とは違い、障子という如何にも和風な建物の中にありそうな扉。

 どうやら、このジムの建物のテーマは『和と洋の融合』らしい。

 障子にしてはかなり大きい扉を開けると、その先には広大なバトルフィールドが広がっている。

 

「……ほわぁ」

 

 スタンダードな土のフィールドの周りには、丁寧に植木が埋め込まれている。更に壁面には、絶え間なくモニターが敷き詰められており、映画などが見る事ができれば大迫力になること間違いなしだろうなどと考えてみるライト。

 

 ドン。

 

「へ?」

 

 突如、室内に響き渡る太鼓の音。

 しかし、室内を見渡しても太鼓などは窺うことができない。恐らく、どこかにスピーカーが埋め込まれており、そこから流れているのだろう。

 

 ドン、ドン、ドンドンドンドンドン―――。

 

「……へっ?」

 

 急に室内全ての照明が落ち、代わりに先程まで何も映っていなかったモニターに電源がつく。

 モニターには、桜色と黒色だけで桜吹雪を演出されており、室内は暗転している所為か桜色の光に照らし出され―――。

 

「歴史の国から来た乙女、クノエジムリーダー・マーシュ様の御成~り~~~!」

 

 パッ!

 

 次の瞬間、ライトの居る場所とは対称の場所に位置する―――つまり、ジムリーダーが立つ場所がスポットライトに照らされる。

 天井から降り注がれる三つのスポットライトは、一人の女性を照らし上げた。

 

(お金が掛かってそうな演出……っていうか、あれ着物なの?)

 

 やけに袖が大きい着物を着た女性。女性らしく桃色や黄色を基調とした振袖であるが、その袖の大きさから翼のように見えてくる。

 振袖といっても下半身を覆う布の部分はほとんどなく、ミニスカートのようになっていた。

 スラリと伸びる華奢な脚。穿かれているは、絹のような素材の黒いニーソックス。

 そして、後頭部にはタブンネの耳を思わせるような形の藤色の髪飾り。

 

 かなり異彩を放つ服装を身に纏った女性。刹那、スポットライトが消えて室内に再び灯りが点ると、女性は非常に大きな瞳をライトに向けて、にこやかに微笑んだ。

 

「―――……ようこそ、おいで下さいました。うちがこのクノエジムのジムリーダー、マーシュ言うんよ。今日はよろしゅうお願いしますさかい」

「よ、宜しくお願いします」

(エンジュ弁?)

 

 独特な訛り。それはジョウト地方のエンジュシティに住まう舞子のような口調であった。マーシュが着物を着ていることから、彼女の話す方言がエンジュのものであると分かるにはそう時間は掛からなかった。

 しかし、彼女から漂う雰囲気は和風という次元ではなく、まるで御伽話に出て来るかのような得も言えぬ雰囲気が―――。

 

「君、メガリング着けとるん?」

「え? あ……はい。そうですけど……」

 

 ハッとして問いかけてきたマーシュの視線は、ライトの左腕に嵌められているメガリングへと向けられていた。

 それに対しライトは、パッと左腕を掲げてみせる。

 

「ふふっ……うちも持っとるんよ、メガストーン。でも、上手に使えるんは偶々。あれやな、追い詰められた時……あの時だけポケモンと心が通い合ってメガシンカできるんよ」

「はぁ……」

「まあ、今色々話しても君が困るだけやね。どれだけの実力なのかは今から確かめること……」

 

 スチャリとマーシュがボールを構えたことにより、やや茫然としていたライトの顔もキュッと引き締まる。

 先程のやんわりとした雰囲気は既に無く、これからバトルを始める者の間に流れる独特な緊張感だけがバトルフィールドを包み込む。

 

「うちが使うんは【フェアリー】タイプ……ふんわりはんなり強い子達。でも、【フェアリー】は内なる牙を秘めとるさかい。油断して掛かろう言うなら、その隙をガブリ……ふふっ」

「……ご忠告、有難うございます」

 

 妖艶に振る舞いマーシュは、にんまりと浮かべた微笑を大きな袖で隠して見せる。それが逆に、相手に対して異様な緊張感を与えていく。

 強がるようにニヤッと微笑むライトは、帽子のつばを掴んでグッと下に引っ張り、帽子を深く被ってみせた。

 互いに少し表情を隠すような所作を見せてから、審判の準備が終えるのを静かに待つ。

 そして、

 

「これより、クノエジムリーダー・マーシュVS挑戦者ライトのジム戦を開始します! 両者、ポケモンをフィールドへ!」

「ジュプトル、君に決めた!」

「バリヤード、出番や!」

 

 ライトがモンスターボールを放り投げるのに対し、マーシュが放り投げたのはハートマークが刻み込まれている可愛らしいボール。

 一部のトレーナーならば知っているそのボールの名は『ラブラブボール』。『ももぼんぐり』という木の実から作りだされる特殊なボールであり、自分の出しているポケモンと種類が同じ且つ性別が違うポケモンを捕まえやすくなるという物だ。

 材料や製造方法の問題で大量生産できるものではなく、市場に出回っていることはほとんどないボールであるが、ライトにとっては与り知らぬ事である。

 

(相手はバリヤードか……守りが堅そうなポケモンだけど……)

 

 カラフルな色合いの体色と、パントマイムをするかのような所作。ライトが知っている限りでは【エスパー】タイプであった筈だが、こうして【フェアリー】タイプのジムに登場するということは【エスパー】・【フェアリー】の複合タイプと言ったところか。

 【ドラゴン】を無効化するタイプである【フェアリー】。ジュプトルの現時点での主な攻撃技は“りゅうのいぶき”、“メガドレイン”、“めざめるパワー”とやや決定打に欠けるものばかり。

 

(……よし)

 

 対面を見た上での結論が出たところで、無言で頷くライト。

 そして、審判が掲げる旗が振り下ろされ―――。

 

「バリヤード、“リフレクター”や」

「戻って、ジュプトル!」

(ッ……いきなし交代?)

 

 何の技も繰り出さずしてジュプトルをボールに戻すという采配に、訝しげな顔を浮かべるマーシュ。

 それは観戦しているコルニやジムトレーナーたちも同じであったようであり、室内が少しざわつき始める。

 その間にもバリヤードは指示通り、自分の目の前に“リフレクター”を張ることによって物理攻撃に備えていた。

 ジュプトルを戻し、次に手を掛けたボールを放り投げるライト。彼が繰り出したのは、

 

「ハッサム! “バレットパンチ”!」

 

 真紅の体のポケモン。ガシャンという重厚な音を響かせた後、その脚力で土のフィールドを勢いよく蹴ってバリヤードに肉迫し、その鋼の鋏をバリヤードの懐に叩きこもうとする。

 

(速い! やけど……)

「“でんじは”や、バリヤード!」

 

 両手を構えて微弱な電気をハッサムに浴びせようとするバリヤード。しかし、それよりも早くハッサムの鋏がバリヤードに懐に叩き込まれた。

 だが、鋏が胴体に命中する瞬間、透明な青色の壁がハッサムに鋏の勢いを殺す。

 

 普段の威力と比べて半減になった威力の“バレットパンチ”であったが、バリヤードには命中し、人型のポケモンの体を宙に躍らせた。

 ドサッと音を立てて地面に落下したバリヤードは、険しい表情で体を起こす。

 

「まあまあ……半減でこの威力や。“リフレクター”張らんかったら……怖い怖い」

「ハッサム、大丈夫!?」

 

 あくまで表情は変えないまま慄いているマーシュに対し、痺れて上手く動けないハッサムを目の当たりにして心配の声を掛けるライト。

 バリヤードに致命的なダメージを与える事は出来たようだが、その代償として“でんじは”を喰らって【まひ】状態になったようだ。

 しかしハッサムは、右の鋏を掲げてまだ戦える意志を見せてくる。

 

「よし……ならもう一度“バレットパンチ”!!」

「バリヤード、“マジカルシャイン”や!」

 

 再びフィールドを蹴って疾走しようとするハッサムに対し、バリヤードは両手を翳して、その手の平から眩い光を発し始める。

 室内が一気に白い光に包み込まれていくが、それでもハッサムは駆けていく。

 駆けて、駆けて、そして―――。

 

ドンッ!!!

 

 腹の奥底に響くような鈍い音が鳴り響いた。

 同時に眩い光は息を潜め、次第に視界が開けていく。開けていく視界の中でフィールドの上に立っていたのは、

 

「バリヤード、戦闘不能!」

「あらまあ」

「よっし!」

 

 崩れ落ちていくバリヤードが視界に映った瞬間、ライトはガッツポーズを掲げてからハッサムに笑みを浮かべてみせた。

 すぐさまバリヤードをボールの中に戻すマーシュ。次に手を掛けたボールも、先程と同じくラブラブボールである。

 何か並々ならぬこだわりがあるのだろうかと考えるライトであったが、すぐさま思考を切り変えて相手が何を繰り出してくるのかをその目で見届けようとした。

 

「お出でまし、ニンフィア」

「ニン……フィア?」

 

 バリヤードの次にフィールドに姿を現したのは、四足歩行のポケモン。ピンクと白を基調とした体色と、アクアマリンのような瞳が目を惹く。

 左耳と胸の部分にはリボンのようなモノが付いており、そこからは長い触角が伸びている。

 初めて見るポケモンに動揺するライトであったが、どこかで見たことのあるような体格に、ピタッと体が止まった。

 

(……イーブイの進化形に見えるけど……)

 

 そう、マーシュの繰り出したニンフィアというポケモンは、とてもイーブイに似ているポケモンであった。

 似ている、と言っても確信がある訳ではなく、『イーブイの進化形でも違和感はないだろうな』という程度の考えの下での感想だ。

 だが、これ以上考えていても知らないモノは知らない。

 【フェアリー】であることは間違いないのだから、【まひ】ではあるものの、このままハッサムで行こうと考えるライト。

 

「よし……“バレットパンチ”!」

 

 【まひ】ではあるものの、先制技であれば早く動ける筈。

 指示を受けて疾走しようとするハッサムは、グッと足に力を入れるが、

 

「ッ……!?」

「ハッサム!」

「ふふっ、効いとりますねぇ。動けんなら、うちの方から行かせてもらいます。ニンフィア、“メロメロ”!」

 

 キュッピーン♡

 

 愛嬌たっぷりでウインクをするニンフィア。その瞬間、【まひ】で痙攣を起こしていたハッサムの動きがピタリと止まったため、ライトは訝しげな顔でハッサムを凝視した。

 

「ハ……ハッサム?」

 

 何やら胸を抑えているハッサムに、否応なしに不安を駆られるライト。

 ちょっと顔を横にずらし、ハッサムの表情を窺おうとすると、

 

―――目がハートマークになっているハッサムの姿が見えた。

 

(ハッサムゥ―――ッ!!?)

 

 口には出さないものの、心で叫んだライト。

 完全にハッサムがニンフィアに対しメロメロになってしまったのを目の当たりにし、『こんなハッサムは見たくなかった』と心苦しい気持ちになる。

 そんなトレーナーとポケモンの姿を見たマーシュは、袖で口を覆いながらくすくすと微笑んだ。

 

「あんさんのハッサム、うちの子にメロメロになってしもうたなぁ。さあ、どないしなはります?」

「……戻って、ハッサム!」

「ふふっ、まあそうでしょうねぇ」

 

 ニンフィアにメロメロになってしまったハッサム。【メロメロ】状態を解除するには、一旦ボールに戻す必要がある。

 今回のジム戦のルールは手持ち三体を使用してのシングルバトル。恐らく、今“メロメロ”を繰り出したのはライトの残りの手持ちを把握する為、交代を促させたのだろう。

 

「なら、リザードン! 君に決めた!!」

「まあ、【ほのお】タイプ……」

 

 フィールドに姿を現したのは、ニンフィアより何回りも大きな体を有す火竜。ギロリと眼光を光らせて、相手であるニンフィアを睨みつけるリザードン。

 

(また“メロメロ”を喰らったら大変だけど……)

 

 懸念すべき事項は、リザードンもハッサムと同じく♂であるということ。ハッサムに対して“メロメロ”が通じたという事は、マーシュのニンフィアが♀であるということ他ならない。

 再び“メロメロ”を喰らったのなら、再びボールに戻さなくてはならなくなるが―――。

 

(まずは、先手を取る!)

「“だいもんじ”!!!」

 

 初手から最大火力で迎え撃とうとするライト。これで相手の火力がどの程度であるのか把握する為だ。

 だが、

 

「ニンフィア、“ムーンフォース”!」

 

 刹那、ニンフィアの頭上に月のような淡い光を放つ光弾が収束され、フィールドを疾走する爆炎目がけて光弾が発射された。

 両者の攻撃はフィールドの中央で激突し、大爆発を起こす。

 見た目とは裏腹に凄まじい威力を誇る攻撃を目の当たりにしたライトは、大きく目を見開くものの、片時もパートナーから目を離すまいと腕で爆風を防ぎながら、リザードンの背中を凝視する。

 

 すると次の瞬間、爆風を切り裂く細長いモノが二つ、リザードンの両腕に絡みついた。

 

「っ!」

「捕まえまってしまいましたなぁ。さあ、どないしまはります?」

 

 次第に開けていく視界の中には、首元から生える触覚を伸ばしてリザードンの腕に巻きつけているニンフィアと、引っ張られるまいと踏ん張っているリザードンの姿が窺える。

 単純な力だけであればリザードンに分がありそうであるが、これではライトが今回のジムに為にリザードンに用意した秘策が使えない。

 

「リザードン! 力尽くで引っ張って!」

 

 やや脳筋な考えだが、下手に前に出て行くよりは無理やり引っ張ってリザードンが得意とする間合いに引き込んだ方がいいのではないか、と考えた上でのライトの指示。

 それを受けたリザードンは、歯を食い縛ってニンフィアの触覚をしっかりと握り、力尽くで引き始める。

 図鑑で確認すれば一目瞭然であるが、リザードンの体重はニンフィアよりも体重が四倍重い。

 そんな相手に引っ張られれば、当たり前のようにニンフィアはズリズリとリザードンへと近づいていく結果となるのだが―――。

 

「嫌やわぁ、力尽くなんて。でも、そう簡単にやらせると思っとります? ニンフィア、“サイコショック”!!」

(“サイコショック”……【エスパー】技!?)

 

 引きずられる最中、リザードンの周囲に無数の赤紫色の光弾が出現し、それらが一斉にリザードンに襲いかかった。

 次々と鳴り響く爆発音と吹き荒ぶ爆風。

 

「くっ……!」

「そう易々とは近付かせも飛ばしもしまへんわ、ふふっ」

 

 “サイコショック”による土煙が晴れると、ダメージを受けて険しい表情を浮かべるリザードンと、自分が優位に立っているということを理解しているように笑みを浮かべているニンフィアが見える。

 未だにギリギリとニンフィアの触覚に腕を絡め取られているリザードン。

 それを目の当たりにしたライトもまた、険しい表情を浮かべながら顎に手を当てる。

 

 そのような挑戦者の様子を見て、面白そうに微笑みを浮かべるマーシュであるが、相手をしている方からしてみれば性質が悪い。

 ライトが打開策を考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、互いに引きあうリザードンとニンフィアの体力も減っていく。

 

「ライト、大丈夫かなぁ……」

 

 再び静寂に包まれるバトルフィールドを目の当たりにしたコルニは、唇を尖らせながら呟く。

 今まで何度もジム戦を目の当たりも相手もしたコルニであったが、この緊迫した空気を肌に感じて、そう呟かずにはいられなかったのである。

 

「観戦席はこちらです」

「どうも」

「……ん? あっ、貴方って昨日の!」

「あ?」

 

 ふと左から聞こえてきた声に振り向いたコルニは、観戦席に座り込む一人の少年に声を掛けた。

 コルニを目の当たりにした少年は、数秒記憶を掘り起こしているのか黙り込むが、『あぁ……』と無表情のままフィールドへと目を向ける。

 

「ねえねえ、ジムに来たって事は貴方も挑戦するの?」

「……そうだが」

「この後?」

「……あぁ」

「ねえ、名前は―――」

「観戦に集中したいんだが」

「あ、ゴメン……」

 

 しつこく質問を投げかけたコルニであったが、バトルフィールドを見つめたまま注意されたことにハッとし、素直に謝る。

 それをチラッと横目で見た少年は、ふうっと溜め息を吐いて口を開く。

 

「アッシュ」

「え?」

「名前だ。あとはもう何も訊いてくるな。せめて、このジム戦が終わるまではな」

「あ……うん」

 

 ツンとした態度ではあったが、先程の最後の質問にも答えてくれる『アッシュ』という少年は、真摯な眼差しでライトとマーシュのジム戦を眺めている。

 傍から見ればポケモンバトルの研究に熱心な少年という雰囲気ではあるが、実際どうなのかは本人に訊いてみなければ分からない。

 疑問を残したままフィールドへと視線を戻すコルニ。

 するとそこには、左腕のキーストーンを指で触れるライトの姿が―――。

 

 

 

「リザードン!! メガシンカ!!!」

「グォオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 眩い光。

 進化というタマゴの殻が破き、その中から姿を現すのは黒い体色と紅眼を有す火竜。

 

 

 

―――メガリザードンX

 


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