ポケの細道   作:柴猫侍

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第七十六話 ラ・ラ・ラ 言えるかな♪

 

 

 

「ぅ~ん……」

 

 ゆっくりと開けていく視界。おぼろげな光が周囲を照らし上げているのを認識したライトが、意識を覚醒させるにはそう時間は掛からなかった。

 ムクリと上体を起こせば、心配そうに自分の事を見つめてくる手持ちのポケモン達にそれぞれ目を遣り、現状がどういったものであるのか把握するのに務める。

 すると、

 

『ポリックス、オココリザル……ポ、ジョット、ボーマン、リキ―――。ゴリ、チュウ……トム』

「ん? 図鑑……あれ?」

 

 突如、どこからか聞こえてくる図鑑の説明文。

 同時に、気絶する寸前まで右手に握りしめていた図鑑がないことに気が付いたライトは、忙しない動作で自分の服のポケットの中や、周りに落ちていないかどうかなどを確認する。

 暫し、図鑑を探し続けるライトであったが、暗い廊下の中でチカチカと点滅する光を目撃し、それが図鑑であると判断して特に疑う様子も見せずに立ち上がり、歩み出そうとした。

 だが次の瞬間、そんなライトの肩をリザードンがガッと掴んで引き止める。

 

「ど、どうしたの?」

「……グォウ」

「え……?」

 

 図鑑を指差し、『少し待て』と言わんばかりにライトの肩を掴み続けるリザードン。その挙動を不思議そうに首を傾げてみていたライトであったが、点滅する図鑑の画面を見て、自分がどうして廊下に倒れていたのかを思い出してきた。

 

(あれ、確か……図鑑から急に光が出てきて―――)

「ケテケテ―――ッ!」

「わあああんもぉおおんやだぁあああん!!!」

 

 刹那、図鑑の画面から飛び出してきた光に驚いて飛び退くライトは、女子ではないかと言う程高い叫び声をあげ、すぐ傍に居たリザードンに抱き着いた。

 『やれやれ』とライトの頭を撫でるリザードンは、飛び出してきた後フヨフヨと辺りを漂っている光に向かって怒るように一度咆哮する。

 すると、光は委縮するように小さくなり、怯えて震えるライトから少し距離をとった。

 

 数十秒ほど、リザードンに抱き着いていたライトは、落ち着いたのか恐る恐る自分の背後で漂っているであろう光へと目を向ける。

 

「……ポケモン?」

「ケテッ!」

 

 涙を流しながらライトが見つけたのは、オレンジ色の体から稲妻状の光のようなモノを二つ発している幽霊―――ではなく、ポケモン。

 意地悪そうに笑うポケモンは、青色の機械的な瞳を向けてきながらライトの周りをフヨフヨと漂う。

 時折、ブラッキーに対してちょっかいをかけるように静電気を発し、体毛を逆立てたりするなど、浮かべる笑みの通りちょっかいが好きなポケモンのように見える。

 

 そろ~りと落ちていた図鑑を拾い上げたライトは、図鑑が壊れていないのを確認した後に、漂っているポケモンに図鑑を翳す。

 

『ロトム。プラズマポケモン。電気のような体は一部の機械に入り込むことができる。そしてその体で悪戯する』

「……ロトム?」

「ケケテッ!」

「あ、ちょッ!!?」

 

 ライトが泣き声で目の前のポケモンの名前―――『ロトム』を呼ぶと、ロトムは嬉しそうに笑って再び図鑑に入り込む。

 すると図鑑の画面には、続けざまに幾つかのポケモンの画像が浮かび上がってきた。

 全てが先程見たロトムと、瞳だけはさほど変わらないようなポケモンであったが、合計五体映し出されたポケモンは形が全て違っている。

 まるで、家に佇む家電のような姿だ。

 

 ライトが操作する間もなく次々と画像が映し出された後は、にょい~んとロトムが図鑑から飛び出し、ケラケラと笑い始める。

 そんなロトムの様子にげんなりとしながら、今の画像が一体何なのだろうと調べるライト。

 

「……フォルムチェンジ? 『ロトムは特定の家電製品に入り込むことによって、その姿形だけではなく能力さえも変化させるポケモン。現在確認されているフォルムチェンジした姿は五つ』……」

 

 ヒートロトム。

 ウォッシュロトム。

 スピンロトム。

 カットロトム。

 フロストロトム。

 

「『それぞれ、【ゴースト】タイプが変化して【ほのお】、【みず】、【ひこう】、【くさ】、【こおり】タイプのいずれかに変化する』……へぇ。なんて言うか、多彩なポケモンなんだね……」

「ケテケテェ―――ッ!」

「わぁ~~~、ってもう驚かないよ!! もうっ!!」

「ケテ……」

「そんな残念そうな顔しても、しないものはしないからね!!」

 

 もう驚かないと宣言するや否や、どこかに消えたコルニを探すべく歩み出した少年に、ロトムは少々残念そうに肩を落とす。肩は無いが。

 そんなロトムを一瞥して少々言い過ぎたのかと思案を巡らせるライトであったが、こちとら気絶させられる程驚かされたのだからもう十分だろう、と答えを出して歩む歩幅を大きくしていく。

 

 だが、

 

「ケテ」

「……」

「ケテケテェ~」

「……」

「ケテッケテッ」

「はぁ~……なんで僕に付き纏うの?」

「ケテケテ♪」

 

 しつこくライトとポケモン達の周りを浮遊し続けるロトム。既に驚かないと宣言していたライトであったが、先程とは別の意味で迷惑な事をし続けるロトムを前にふくれっ面になる。

 この荒れ果てホテルに生息する野生ポケモンのように窺えるロトムであるが、攻撃などはしてこないことから比較的温厚な性格であることは見て取れた。

 

 しかし、ライトから見て、ロトムの第一印象はさほど良くない。不承不承のままやって来たこの廃墟の中で出会った幽霊のようなポケモン。

明るい場所で目の当たりにすれば、もう少し印象は変わっていた筈だが、状況が状況であるが故に陰鬱な気分になっていたライト。そんな彼を驚かすように出てきたのだから、第一印象が良いとは言い難いであろう。

 

 鬱陶しそうなロトムに目を遣ったライトであるが、結局の所は好意のような感情を向けてくるロトムを蔑ろにすることはできず、ロトムが付いてくることを黙認するのだが、リザードンを掴む手の力が強まったことは追記しておこう。

 

「コルニ~。どこ~?」

「ケテッ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ば……馬鹿な……! バックフリップとターンダッシュ……そして360(スリーシックスティ)°もできるなんざ、テメーは一体……!」

「ふふん! さあ、ボスの人の所まで案内してもらうよ!」

「くっ、いいだろう……付いてきな」

 

 ドヤ顔を浮かべる少女―――コルニを目の当たりにし、驚愕の色を浮かべる不良の男。彼はこの荒れ果てホテルをたまり場にしている集団の一人であるのだが、彼らを束ねるボスはローラースケートに精通している。

 そんなボスの下に案内しろと豪語するコルニを前にした彼は、条件として三つのローラースケートのトリックを見せるように言ったのだが、ローラースケートを趣味としているコルニにとってはお茶の子さいさいな条件。すぐさま提示された条件に当たる技を男に見せ、再び案内するように口にしたのだ。

 

 こうも易々と条件を打破されてしまった男は、トボトボとボスが佇んでいる奥の部屋へ向かって行き、コルニもまた男の後を追っていく。

 いつ襲われても大丈夫なようにルカリオはボールの外に出したままである。相手の気持ちを波動で読み取るルカリオであれば、もし直接手を出そうという考えを持った瞬間に対処することができるという意図の下だ。

 

(うーん、ライトと逸れちゃったけど……ま、後で会えるでしょ!)

「……バウッ」

 

 人差し指を唇に当てながら、逸れた少年の事を想ってみるコルニであったが、短絡的な考えを頭に浮かべながらどんどん突き進んでいく。

 そんな主人をルカリオは、呆れた顔で見つめるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 紫煙を燻らせて廃墟の廊下で佇む不良の男が一人。彼が手に握るのは二つのボールだ。つい先程、表のトレーナー二人から半ば奪い取るような形でとってきたボールの中には、きちんとポケモンが入っている。

 

「へへっ! さてと……出てきやがれ!」

 

 徐にボールを放り投げた男。すると二つのボールの中からは、風船のようなポケモン―――『フワンテ』と、花を抱く妖精のようなポケモン―――『フラベベ』が飛び出てきた。

 バトルしてからポケモンセンターに連れてこられていない二体は、少々体にキズを負っている。更に、出てきたらいつも近くに居てくれるはずの主人も居ない事から、不安そうに辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 そんな二体に男は、悪そうな笑みを浮かべながらこう言い放った。

 

「いいか? テメーらはこれから売られるんだ。いいな!?」

「フワ? フワワ~!」

「ベベ~!」

「うるせえ! 黙りやがれ!」

 

 『売られる』。

 そう言われた二体は慌てふためいて男に抗議するように鳴き声を上げるが、男の一喝で恐怖の余り黙ってしまう。

 男の目的は、非合法な取引でポケモンを売りさばく事。その為に通りすがりのトレーナーからポケモンを奪ったのだ。

 

 ニヤニヤと愉悦な笑みを浮かべる男であったが、ふと視界の隅でユラユラと揺らめく炎があることに気が付く。

 

「んぁ? なんだぁ?」

「モシ……」

「ヒトモシか……なんだ、コラ! 見てんじゃねえよ! グラエナ、“かみつく”だ!」

 

 部屋から廊下に顔をちょこっと出して自分達の様子を窺うヒトモシ。何か危害を加えようとしている訳でもない相手に対して男は、自らの手持ちであるグラエナを繰り出し、攻撃するよう指示した。

 黒い体毛を靡かせて、ヒトモシに飛び掛かるグラエナ。体格差もかなりある為、ヒトモシはどうすることもできずに“かみつく”を喰らう。

 

「モシ~! モシ~!」

「グルル……ガウッ!」

「モシ~~!」

 

 鋭い牙で噛み付かれるヒトモシは、じたばたと抵抗を見せるものの、一向にグラエナの口から抜け出すことができない。

 その光景を面白そうに眺める男は、ヒトモシを弄ぶグラエナを放っておき、怯えて震えるフワンテとフラベベへと目を向ける。

 

「へっへっへ……金を集めて組織に入れば、俺も勝ち組に―――」

「バウァ!?」

「うおおっ!? なんだこりゃあ!?」

 

 捉えた獲物を眺めて再び愉悦に浸ろうとしていた男であったが、そんな彼の前に手持ちであるグラエナが吹き飛んできた。

 そのまま気絶するグラエナの腹部には火傷の痕があり、何かが焦げたような臭いが廊下に広がる。

 何事かと、ヒトモシが居るであろう方向に目を向ける男。

 すると彼の視界には、青紫色の炎を灯すランプ、そしてシャンデリアを模した形のポケモンがユラユラと宙を漂い、その身に宿す炎を男へと―――。

 

「ひ、ひぃやああああ!!?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ケテ♪」

「はぁ~……」

「ケテケテッ♪」

「なんでこうなるかなぁ……」

 

 ライトの事を大層気に入ったのか、先程からずっと周囲を漂い続けるロトム。余程、ライトの自分の悪戯に対するリアクションが面白かったのだろう。

 どこまで付いていくかも明確な意思を見せないロトム。それに対しライトは、延々と周囲を漂うプラズマ状のポケモンに辟易していた。

 

 暗い場所での幽霊。ポケモンであっても、【ゴースト】なのだから幽霊に大差はない。そう考えるライトは、背後霊にでも憑りつかれたかのような気分でコルニを探すのを強いられていたのだ。

 

(なんで僕がこんなことを強いられてるんだ!!?)

 

 『どこかに消えろ!』と何度叫びそうになった事か。しかし、それでは手持ちのポケモン達の自分への信頼を欠いてしまうのではないかと考える度に、グッと堪えてすぐ傍で笑い続けているロトムにキッとした瞳を向ける。

 外で見れば『あっ、カワイイ見た目だなぁ』と思うくらいの事は出来ただろう。

 ただ、時と場所によって他人に対しての印象というものは変わるものだ。要するに、これからライトが【ゴースト】タイプのポケモンを仲間にするときは、好感度がマイナスの状態から始まる事を強いられるということである。

 

 閑話休題。

 

「……ブラ?」

「どうしたの? ブラッキー」

 

 ふと、クンクンと辺りを嗅ぎながら訝しげな顔を浮かべるブラッキー。

 そんなブラッキーを見つめていたライトであったが、敏感になっていた彼もまた、遠くの方から聞こえてくる

 

『―――ぃぃぃぃぃぃいい……』

「……何この声?」

「あちぃいいいいい!!!」

「……」

 

 廊下の角を曲がって、臀部を抑えながら向かって来る一人の男。その姿に、最早驚きの声を上げることもなく顔を青くしたライトは、男の進行の妨げにならないようにそっと廊下の脇に逸れた。

 焦げ臭さを覚えながら男を見送ったライト。どこか遠い目を浮かべる少年に、ロトムは終始笑いながら辺りを漂っている。

 

―――ゾクッ。

 

「ん?」

 

 そんなライトであったが、ふと背筋に伝わってきた悪寒に体を硬直させた。肌が一瞬火照った後に、噴き出してきた汗によって冷たく感じてしまうような、そんな感覚。

 振り返らずとも分かる。何かが、自分の背後に佇んでいるのだ。光源などほとんどない廃墟のホテルの廊下で、自分の影がずっと先まで伸びているのが何よりの証拠である。

 

―――プラァ~……

 

―――デラァ~……

 

 聞いたことのない鳴き声が響いてくる。

 おどろおどろしい声だ。錆びついた機械のような動作で振り返って、一体何が居るのだろうと振り返れば―――。

 

「あ、やっぱ無理」

 

 寸での所で首を動かすのを躊躇った主人に、周りに立ち尽くしていたポケモン達はズコッと足を滑らせる。

 そのリアクションに気をよくさせたロトムは再びケタケタと笑い、ズボンのポケットに収まっているライトの図鑑へと潜り込んだ。

 すると所有者の意思に反して図鑑に電源が入り、今まさに所有者の背後に佇んでいる存在に反応した。

 

『ランプラー。ランプポケモン。魂を吸い取り、火を灯す。人が死ぬのを待つため、病院をうろつくようになった』

『シャンデラ。いざないポケモン。シャンデラの炎に包まれると魂が取られ燃やされる。抜け殻の体だけが残る』

「ランプラーにシャンデラ……?」

「ケテケテッ!」

 

 ニュッと図鑑から飛び出すロトム。それを見届けたライトはバッと図鑑を取り出し、今まさにロトムが起動した図鑑の画面に目を向けた。

 映し出される二体のポケモンを瞳に映したライトは、先程までの死んだコイキングのような目から、一人の闘志滾るポケモントレーナーの目へと変わる。

 

(相手の正体が分かったなら―――……怖くない!)

 

「デラァ~!」

「リザードン、“ドラゴンクロー”で薙ぎ払って!」

 

 振り返れば佇んでいる二体のポケモン。その内の一体―――シャンデリアを模した形のポケモンであるシャンデラが、ライト達に向かって“シャドーボール”を解き放ってきた。

 だが、既に臆した様子を見せていないライトは声を張り上げ、臨戦態勢に入っていたリザードンに指示を飛ばす。

 

 次の瞬間、一直線に走ってきた禍々しい色合いの光弾は、リザードンが振るった爪によって打ち砕かれる。

 

「ケテケテケテッ♪」

 

 突如として始まったバトルに、ロトムは至極楽しそうに目を輝かせる。すると、一体何を考えているのか、ライト達の下を離れてどこかへと飛んで行った。

 安全地帯から眺めるつもりなのだろうか。

 そう考えたライトは、去って行ったロトムを気にすることも無く、目の前に現れた野生ポケモンに視線を向ける。

 

(相手は【ゴースト】・【ほのお】タイプ……なら!)

「ヒンバス、“ひかりのかべ”!」

「ミ!」

 

 バッグの中から顔を覗かせていたヒンバスは徐に飛び出し、ライト達を守るように一枚の透明な壁を生み出す。

 特殊攻撃の威力を半減する防御壁―――“ひかりのかべ”。

 だが、その壁を見ても尚シャンデラとランプラーの二体は攻撃の手を緩めようとはせずに、果敢に立ち向かって来る。

 

 ランプラーは、壁などは一切気にもせずに“はじけるほのお”をライト達に放ってきた。火の粉を辺りにまき散らしながら廊下を奔る炎。

 その攻撃に対し、勇猛果敢にライトの前に飛び出してきたのは、

 

「ブラッキー! “しっぺがえし”!!」

 

 “はじけるほのお”を真面に喰らいながら、気にも留めずにランプラーに攻撃を喰らわせるブラッキー。

 元々高い【とくぼう】に“ひかりのかべ”の効果も相まって、“はじけるほのお”の攻撃は大したダメージになっていない。

 そんなブラッキーの前足によって繰り出された攻撃に、直撃を喰らったランプラーは廊下を数バウンドした後に気絶する。

 

 後攻の攻撃になれば威力が増す【あく】タイプの技である“しっぺがえし”。【ゴースト】タイプであるランプラーが喰らえば一たまりも無い技であることには間違いない。

 そして、一撃でやられたランプラーを目の当たりにした進化形であるシャンデラは、憤怒の怒りを炎で表現するかのように、苛烈な勢いの炎を吐き出してくる。

 

(“ほのおのうず”!? ……いや、違う! もっと強力な【ほのお】技なのか!? でも……)

「ヒンバス、“ミラーコート”!」

 

 “ひかりのかべ”が張られている今、【ほのお】の技であれば耐久力の低いヒンバスでも耐える事ができる。

 そう踏んだライトは、すかさずヒンバスに“ミラーコート”を指示した。

 刹那、“ひかりのかべ”とは別にヒンバスの前に張られる壁。それごと包み込む苛烈な炎は、ヒンバスを焼き尽くさんばかりの勢いだ。

 余りの攻撃に顔を歪めるヒンバスであったが、攻撃が終わりを告げて勢いが衰えたその瞬間、ヒンバスの前に張られていた壁が強烈な光を解き放つ。

 

「ミ―――ッ!!」

「デラッ!!?」

 

 先程の苛烈な炎攻撃―――“れんごく”でのダメージを反射した一条の光線は、ユラユラと漂うシャンデラに命中し、そのまま反対側の壁まで吹き飛ばす。

 廃墟であるホテルを揺るがす程の轟音を響かせる攻撃を喰らったシャンデラ。しかし、思ったよりもタフであるのか、まだまだ戦えるという闘志を目に宿し、壁側から肉迫しようとする。

 

(直線的だ。これなら反撃も容易……)

 

 真っ直ぐに来るシャンデラが隙だらけであることを認識し、再びヒンバスに指示を出そうとするライト。

 しかし、彼の瞳は驚いたように大きく見開かれた。

 苦しそうに顔を歪めるヒンバス。彼女の肉体に刻まれているのは紛れもない【やけど】の痕である。

 【やけど】に苦しむヒンバスの姿を目の当たりにしたライトは、これ以上“ミラーコート”を使っての反撃に出ることはできない。例えできるとしても、これ以上のダメージは後々に多大な影響を及ぼす傷に至ってしまうのではないか。

優しさから生まれた逡巡が、シャンデラに良いように時間を与えてしまう事も気づかず、ライトの動きは止まった。

 

だが、その間に場に出ていた他の手持ち達が何もしない訳がなく、ブラッキーやリザードンを始め、本来【ほのお】に弱いハッサムやジュカインまでも、シャンデラの攻撃に対して身構えている。

 

「デラァ!」

「ッ! くっ……リザードン!」

「グォウ!」

 

 ライトがシャンデラの動向に気付いたのは三秒後。シャンデラの体がほんのりと赤い光を放っている時であった。

 次第に高まっていく室内の気温。地下であるにも拘わらず、夏の日中のように暑くなった気温に気付かない筈もなく、ライトが顔を上げればとっておきの技を繰り出そうとしているシャンデラが佇んでいた。

 

―――“オーバーヒート”

 

 フルパワーの炎を相手に繰り出す技であり、威力だけ見れば“だいもんじ”よりも強力だ。

 その攻撃が来ると理解したライトは、【ほのお】の威力を半減できるリザードンに防御を頼もうと名前を呼ぶ。

 

 だが、そんな彼等の背後から迫りよる激流が。

 

「ラッ!?」

「え……?」

 

 頬を撫でる冷たい風。否、湿った空気をライトが感じた瞬間、極太の水流が“オーバーヒート”を繰り出そうとするシャンデラに命中した。

 そのまま水流はシャンデラを巻き込みながら廊下を奔っていき、反対側にある壁に激突したところで勢いが衰える。

 激流とも言うべき水流を目の当たりにした面々は、倒れてランプラーと仲良く戦闘不能になったシャンデラを見届けた、フっと背後に目を遣った。

 

 一体何者の攻撃であるのか。

 

 それを知りたい一心で目を向ければ、そこに居たのは―――。

 

「ケテケテッ♪」

「……ロトム?」

 

 まるで洗濯機の様な姿―――とどのつまり、ウォッシュロトムの形態になっているロトムが、ホースのような部分から水を滴らせながらケタケタと笑っていた。

 その笑い方は、まさしく先程までライトに付き纏っていたロトムに間違いない。

 わざわざフォルムチェンジまで行って加勢しに来てくれたのか。そのような楽観的な考えを持ちながらロトムを見遣る。

 

「えっと……助けてく―――」

「ケテ~♪」

「え?」

 

 刹那、ロトムが有すホースの先がライトに向けられる。

 驚く間もなく、ホースからは瀑布のような途轍もない量の水が放たれ、ライトの視界は水に飲みこまれるのであった。

 

 果たして、ライトの運命やいかに。

 


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