ポケの細道   作:柴猫侍

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第八話 どくけしは多く買っておいた方がいい

 自分は、ホウエン地方という場所で生まれた。

 海の多い、温暖な気候の地方であった。自然も多くあり、自分にとっては過ごしやすい、いい環境であった。

 自分は、水の中で暮らすポケモンであるのに泳ぐスピードは遅く、もし足の速い敵にでも襲われてしまったならば、すぐにでも捕まってしまうだろう。

 だが、同じ場所で生まれた仲間たちが居り、幸いにも木々が生い茂り隠れられる場所の多い川で生まれたため、敵に襲われることは少なかった。

 

 だが、自分の平穏な生活はそう長くは続かなかった。

 突如、大量発生したある魚ポケモンによって住処を破壊され始めたのである。鋭い牙を覗かせる、青と赤の体に、黄色いヒレを有すポケモン。性格は凶暴で、元々自分達の住処であった場所を自分達の縄張りにすべく、そこに住んでいたポケモン達を襲い始めたのであった。

 自分は、泳ぐスピードも遅く、尚且つ戦う力も無い。

 

 だから、逃げるしかなかった。

 どんどん下流に逃げていき、気付いた時には海だった。

 仲間ともはぐれ行くあてもなく、海を何か月も放浪していた。時には、ドククラゲに襲われ、時にはホエルオーに飲みこまれそうになり、時には機嫌の悪かったキングドラに襲われたりもした。

 しかし、そうしている内に、ある大陸のようなものを見つけた。少し水面から顔を覗かせると、それは海の上にそびえ立っている町であることが判明した。

 

 美しい町だ。人も、ポケモンもイキイキしている。

 こんな場所で、自分も伸び伸びと暮らせたのならば、どれだけいいだろうか。

 そう考えている内に、長旅で溜まった疲労と空腹が急に襲いかかってくる。何か食べられるものが無いかと辺りを見回してみた。するとすぐ目の前に、美味しそうな匂いがするものがプカプカと水中を漂っているではないか。

 

 それに向かって、一目散に食いついた。だが、次の瞬間に体を引き上げられた。

 

―――しまった。

 

 まんまと釣り人の針にかかった。為す術なく引き上げられると、そこには興味津々な少年と少女がこちらを見ながら話をしている。

 釣り上げたのは少年だろう。その背後には、誰のかは解らないがポケモンが二体居る。

 このまま何をされるのかと身構えている内に、少女はどこかに走り去って行った。そして少年と目が合い、何秒か見つめ合うことになった。

 すると少年は、何かを差し出してきた。それから漂ってくるのは美味しそうな香り。空腹であるため、お腹に入るものであれば何でもいい。そのような考えで、少年の差し出した物に口を付けた。

 

 その時、衝撃が奔った。

 この世には、こんなに美味しいものがあったのかと。刺激的な舌触りに、鼻を抜ける爽快な香り。そして口全体に広がるほのかな甘み。

 口の中に注がれた分を全て飲み干し、甘みの中に隠されていた酸味に体を震わす。まだないのかと催促してみようと、ヒレをパタパタをはためかせる。

 それを見て少年は、自分に笑顔を見せてくれた。

 

―――ひょっとしたらまだくれるのかもしれない。

 

 そう思って身構えていた。しかし、後方で轟いた音に驚き、反射的に水の中に自分は逃げて行ってしまった。ちらりと横を見ると、そこに居たのはギャラドスであった。

 到底自分の敵う相手ではない。その気になれば、自分は一口で食べられるかもしれない。そう考えたら、少年から貰う美味しい物などどうでもよくなった。

 

 だが、逃げている間に、こう思ったのだ。

 

―――もう一度、あれを味わってみたい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぉう……」

 

 ライトは目の前の海の光景を見て、戦慄していた。それは、海一面に漂う青いブイのようなものが原因であった。勿論それはブイなのではなく、赤い水晶のような物も見受けられることから、『メノクラゲ』や『ドククラゲ』であると推測される。

 一面に漂うその数は、凄まじいものであった。百は優に超えるだろう。それがアルトマーレの沿岸部にびっしりと漂っていたのだ。

 

 所謂、大量発生であろう。異常気象等で、このアルトマーレに漂ってきたのだと考えられる。これは研究者の父の受け売りの言葉であるが、大方間違いではないだろう。

 留学に必要な物を一通り揃え、一息吐きに釣りでもしようと考え桟橋に来たらこれである。

 住民達も、『どうしたものか』とちょっとした騒ぎになっているではないか。今は海一面であるからいいものの、これが町の移動用の水路に入られてしまったのならば、住民達の移動が阻害されてしまうことが容易に想像できる。

 

 メノクラゲやドククラゲは、【みず】と【どく】の複合タイプであり、毒を持った触手で相手を攻撃するのが基本である。一体一体の毒は微々たるものでも、これほどの数に襲われでもしたら一たまりもないだろう。

 さらにドククラゲは、水ポケモンの中でも意外と強い部類に入る。苦手な【でんき】タイプの攻撃でも、生半可な攻撃ではドククラゲの優秀な【とくぼう】の前に打ち伏せられるだけである。

 

 つまり何を言いたいのかと言うと、メノクラゲとドククラゲを沿岸部から離すのは、かなりの重労働になるということである。

 このままでは、アルトマーレに住む水生ポケモン達に被害が出てしまう。それを未然に防ぐためにも、一刻も早くこの二種類のポケモンを沿岸部から遠ざける必要がある。

 

「う~ん……しょうがない。ギャラドス―――!!」

 

 ライトの手持ちに水ポケモンは居ない。だが、指示を聞いてくれる野生ポケモンなら、何体か知っている。

 その中でも、ドククラゲに負けない実力を持った個体が居る。

 

―――そう、『きょうあくポケモン』ギャラドスである。

 

 あの進化前の弱弱しい外見とは裏腹に、進化すれば強大な力を持つポケモンだ。

 

「グオオオオ!!」

 

 ライトの呼び声に反応したギャラドスは、大きな水柱を立てながら水面から巨大な体を露わにする。

 その際に、波打つ海面に身を任せてメノクラゲ達もフヨフヨと流されていく。そんなメノクラゲを余所に、姿を露わにしたギャラドスは桟橋に居るライトの元へと泳いでくる。

 

「グオ?」

「ギャラドス。“ほえる”で、メノクラゲ達を遠くの方に追い払ってくれない?」

「グオ!」

 

 ライトの指示を受けたギャラドスは、意気揚々とメノクラゲ達の方向に顔を向ける。そして息を深く吸い、何拍か置く。

 

―――グオオオオオオオオオ!!!

 

「「「!!」」」

 

 ギャラドスの猛々しい咆哮に、メノクラゲ達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ライトの指示に従って繰り出した為、メノクラゲは綺麗に町から遠ざかっていくように泳いでいくか、海中に潜るようにして姿を消していく。

 

 “ほえる”は、強制的に野生のポケモンとの戦闘を終了させる技である。要するに、野生のポケモンを驚かせて逃げさせる技である。

 野生のポケモンとの戦闘であればそれだけの技であるが、トレーナーとのバトルであると効果は少し違う。トレーナーとのバトルの際に使うと、バトルに出ているポケモンを強制的にボールに戻し、尚且つ相手の控えを強制的にバトルに駆り出すという効果を有しているのだ。

 前者はともかく、後者については今関係ない。

 

 ここで、ギャラドスの特性に関して説明しよう。まず、特性とはポケモンに必ず備わっているものであり、ポケモンによって千差万別。さらに同じ種であっても違う特性を持っている場合もある。この特性は、ポケモンが生きていく為に、そして生存競争に勝ち抜くために有しているものであり、それはポケモンバトルにも影響してくる。

 そしてギャラドスの特性は“いかく”。相手の【こうげき】を一段階下げる特性である。さらに、フィールドにおいては自分よりレベルの低いポケモンの出現率を下げるというものであり、『きょうあくポケモン』と呼ばれるのも納得できる特性をギャラドスは有しているのだ。

 今の“ほえる”で多くのメノクラゲが逃げていったのも、“いかく”による相乗効果が働いたものだと考えられよう。

 要するに、この場面において効果覿面という意味である。

 

「よし! これで、一先ずだけど大丈夫かな……ありがと、ギャラドス!」

「グォウ♪」

 

 ライトの労いの言葉に、ギャラドスは笑顔で応対する。

 強面だが、意外とチャーミングなのがこのギャラドスである。コイキングだった頃が懐かしいと、ライトは考える。

 

「う~ん……他のポケモン達が、メノクラゲとかの毒を喰らってなければいいんだけど…」

 

 一先ず、メノクラゲ達を追い払ったとは言え、あくまでその場凌ぎの行動であることをライトは理解している。こういうものは、ポケモンリーグ協会なる組織が対策や人材の派遣を行って事態の終息を図るものである。

 しかし、それには時間がかかり、尚且つアルトマーレはジョウト本土から離れている場所にあるため、どうしても対策に時間がかかる。

 だがそうしている間にも、被害が広がるのは事実である。主に、生態系への影響などが心配されることであり、メノクラゲやドククラゲの毒をアルトマーレ近海に住んでいるポケモン達が喰らってしまったならば由々しき事態である。

 

 もしかしたらと思い、ライトは海を見渡す。

 

「……ん? あれって……」

 

 日光が海面を反射して、一瞬よく見えなかったが、確実に海面に漂っている魚のようなポケモンが一匹見える。

 それを確認したライトは、一目散にギャラドスの背中に飛び乗る。

 

「ギャラドス! あそこに向かって!」

「グオ!」

 

 滑らかな動作で尾びれを動かし、ギャラドスはライトの指示した場所に向かって泳ぎ始めた。

 だんだん近づくと、そのシルエットにライトは心当たりがあることに気が付いた。以前、自分がサイコソーダを飲ませてあげたポケモン。父は、そのポケモンの名前を『ヒンバス』と呼んでいた。

 そのポケモンが、青ざめた顔で海面にプカプカと浮いているのである。

 

「まさか……毒を!?」

 

 途中からは引き上げる為にギャラドスの背から飛び降り、海の中に飛び込む。そしてクロールで泳ぎながら、ヒンバスの元へと寄る。

 

―――やっぱり!

 

 ヒンバスは素人目から見ても、かなり衰弱していることが窺えた。このまま何も治療を施さなければ、死んでしまうだろう。

 毒は時間が経つごとに、受けているポケモンにダメージを与える。そしてそれが、自然に治ることは無い。自然界では、“モモンの実”という木の実を食べるしか解毒する方法がないだろう。

 しかしここは海。そんな物在る筈がない。

 

「……そうだ!」

 

 あることを思いついたライトは、肩に掛けていたショルダーバッグから空のモンスターボールを取り出し、おもむろにヒンバスに当てて捕獲する。

 赤い光に包まれ、ヒンバスはボールの中へと一瞬で消えていく。

 

 ポケモンには不思議な能力がある。それはタイプや特性の話ではない。全てのポケモンに共通する話である。

何故、人間の手の平サイズから、建物ほど巨大な背丈のある千差万別のポケモンが、等しくこのモンスターボールに入ってしまうのか。それは、ポケモンが極度の衰弱状態に陥った際に、自分の体を小さくするという習性があるのだ。それこそ、このモンスターボールにすっぽりと収まってしまう程に。

この小さくなる習性―――本能を利用したのがモンスターボールの起源である。縮小している間は、本能的に自分の延命に入っている状態に等しいため、毒を受けているポケモンでも死に至ることは無いと証明されている。

つまり、ボールに入れてさえいれば、毒で死んでしまう確率は格段に下がる。

 

「ギャラドス! 僕を桟橋の方に!」

 

ボールにヒンバスが入ったのを確認し、ライトはギャラドスを呼び寄せ、そのまま背びれに掴まる。それを確認したギャラドスは、凄まじい速度で桟橋の方に泳いでいく。ライトの切羽詰った声から、急ぐべき状況であることを察したのだろう。

ものの一分で、ライトはもと居た桟橋までギャラドスに連れていかれる。そしてギャラドスの背を伝って桟橋に上り、服から海水が滴るのも気にせずにアルトマーレにあるポケモンセンターまで行こうと駆け出す。

 

 

 

***

 

 

 

―――テン、テン、テテテン♪

 

「はい。お預かりしたポケモンは、元気になりましたよ」

「ありがとうございます、ジョーイさん……くしゅん!」

 

 ライトは、ジョーイからモンスターボールが一つだけ入っている箱からボールを取り出そうとするが、思わずくしゃみをした。

 今、ライトは上半身にタオルを被っているが、上に着ていた服は脱いでいた。今はポケモンセンターに備わっている乾燥機で乾かしてもらっているのだ。

 

「ラッキー」

「あ、ありがとう…ラッキー」

「ラッキー」

 

 横から、お盆の上にカップを乗せているラッキーが近付いてきて、飲み物をライトに進める。中身を見る限り、ホットミルクであろう。

 真ん丸く、ピンク色の体。お腹には一つ、大きな卵を有しているポケモン。それがラッキーというポケモンである。カントーとジョウトであれば、ポケモンセンターでお目に掛かれるお馴染みのポケモンである。

 そんなラッキーが持ってきてくれたホットミルクに口を付け、手に取ったモンスターボールを見つめる。

 

(この子どうしようかな……?)

 

 成り行きで捕まえたポケモンであるが、こうしてポケモンセンターで治療を施したからには既に自分が手元に置いておく必要はない。

 だが、ここ最近アルトマーレに来たばかりの種類のポケモンを手放すと言うのは、子供心にもったいないように感じた。

 

(……よし)

 

 するとライトはおもむろにボールからヒンバスを出す。中からは、毒も消えて血色も良くなったヒンバスが、『何事か』と辺りをキョロキョロと見回す。

 恐らく意識は海に居た時に無くなっていたため、気付いたらボールの中に閉じ込められていたというような感覚だったのだろう。少しオドオドしていたヒンバスであったが、目の前に一度会ったことのある少年が居る事に気づき、じっと目を合わせる。

 

「こんにちは!」

「ミ」

 

 笑顔を見せるライトに、ヒンバスは特に敵意を見せる様な様子は見えない。それを理解し、ライトは本題へと入っていく。

 

「僕、ライトって言うんだ。さっき毒を受けてた君をポケモンセンターに連れてくるのに、一回ボールで君の事捕まえたんだ」

「ミ」

「それで今更なんだけど、僕の手持ちになってくれないかな?」

 

 その言葉に、ヒンバスは硬直する。微動だにしないヒンバスに、自分が何を言っているのか理解出来ていないのかと言う懸念が生まれてくる。

 少し待つライトであったが、ヒンバスの答えは至って簡単なものであった。

 

「ミ!」

 

 満面の笑みを見せるヒンバス。

 そんなヒンバスに、ライトは右手を差し伸べて頭を撫でる。

 

「よろしく!ヒンバス!」

 


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