「う……うっ……」
「……どうしたの、ブルー? 貴方らしくもない」
「ナツメさぁん。実はさっき弟に電話したんですけど」
「電話したけど?」
「大声出し過ぎたから、『姉さんのこと嫌いになるよ』って……あぁぁああぁぁ!!」
「……自業自得ね」
***
「……ねえ、ライト」
「ん~?」
「なんで、わざわざ外でポロック作ってるの?」
ポケモンセンター脇に在るバトルコート。そのコート脇にあるベンチに座りながら、ポロックキットを操作してポロックを製作しているライトに、コルニは訝しげな顔で問いかける。
ヒャッコクシティに着いた後、ジム戦の予約を入れたライト。普段であれば、明日のジム戦に備えてポケモン達と共に特訓をしている所だが、今日はポケモン達には目もくれずにポロック作りときている。
「……時間つぶし、かなぁ?」
「『かなぁ?』って、アタシに言われても……」
「別に僕があーだこーだ言うのもアレだしさ。ほら、皆は皆で練習してるし」
フッと微笑んで目を遣るライト。その視線の先には、乱戦の形でバトルを繰り広げているライトの手持ち達が居る。
混戦を極めている中でも、きっちりと相手は決まっているらしく、リザードンVSハッサム、ジュカインVSブラッキーなどと言った組み合わせのようだ。
ライトが自主的に練習をしている手持ち達を眺めて微笑んでいる光景に、『ふ~ん』と呟くコルニであったが、ふとライトが声を上げた事に反応する。
パッとコートの方を見れば、背中のタネを煌々と煌めかせているジュカインが、四つん這いになって口腔から竜の形をしたエネルギーを吐き出していた。
それを真正面から受け止めるブラッキー。ちょっとした爆発が起きるほどの威力の技であったが、すぐさまブラッキーは“つきのひかり”でダメージを回復する。
「“りゅうのはどう”……今のは良い感じだったんじゃないの?」
「ジュカッ!」
“りゅうのはどう”を初めて放てたジュカインに笑みを送る。それに対してジュカインは、拳をグッと掲げてライトの声に応えた。
着々と技のレパートリーを増やすジュカイン。
以前の弱腰は息を潜め、ライトの手持ちの立派な戦力に成長している。
そんな、どんどん頼もしくなっていくパートナーたちの為のクッキングを、ライトは今行っているのだ。
対してコルニは、未だ納得できないままライトの隣に腰掛ける。
「……なんか意外。ライトって、手持ちの子達とはグイグイ詰め寄るイメージだから」
「詰め寄るってその言い方……」
「いや、お互いを知る為の触れ合いが多いって意味だから! だから、なんて言うか……この放任的? な感じの練習をさせるのって意外だなぁ~、って」
「う~ん……そうかな?」
『チーン』と出来上がったポロックを取り出したライトは、出来栄えに納得しながら、次なるポロックの材料となる木の実を入れる。
その途中でライトは、『でも』と口にしてからポロックキットのボタンを押した。
「いつもべったりと一緒だったら、窮屈に感じると思うんだ。僕もいつもベタベタされたら、ちょっと窮屈と感じるし……」
「あぁ~……」
苦笑を浮かべるライトにコルニは、先程目の前の少年に電話を掛けてきた女性の事を思いだす。
確かに、どれだけ愛されていようが、四六時中べったりは苦しいだろう。
「だから、偶には好き勝手やらせてみるのもいいと思ったんだ。皆、僕が思ってるより真面目だし」
『ちょっと個性的でもあるけど』と最後に付けくわえながら、ライトは先程購入していたサイコソーダに口を付ける。
シュワっと口の中に広がる爽やかなフレーバーを感じた後は、公式試合並みに激しいバトルを繰り広げている手持ち達を再び見遣った。
その際、バトルには参加せずにしょぼんと佇んでいるヒンバスの頭を撫でる。
少し擽るような撫で方をしているライトを見ながら、コルニは『それもそうだね』と肯定しながら口を開いた。
「でもさぁ、ホントはもっと皆を知りたいとか、そんなこと考えてるんじゃないの?」
「ん~……まぁ、そうだけどさ」
「そうだけど?」
「いきなり色々知ったら、逆に困ると思うからさ」
先程出来た青色ポロックをヒンバスに食べさせるライトは、帽子のつばを掴んで深く被り込んだ。
「ポケモンも皆生きてる訳で……絶対の正解なんてないんだよ、たぶん。だから、最初に正解染みた事を言われたら、きっとそれにしか目がいかなくなっちゃって、肝心の実際の皆の姿が見えなくなるかもしれないんだ」
「ん、んん?」
「……コルニ、意味分かってる?」
「なんとなく……?」
神妙な面持ちで語ってくれた内容であったが、少々長い話であった為、所々しか理解できなかったコルニ。
そのような少女を見たライトは、ポケットから図鑑を取り出して見せる。
「図鑑で知れるのはあくまでも生態であって、実物と接するのはまた別問題ってコト」
「それくらいアタシも分かるって!」
「……コルニが分からないって顔してるから、要約したんじゃん」
憤慨したような様子のコルニに、引き攣った笑みを浮かべるライトは続けてこう語る。
「相手が生き物な以上、絶対の答えって無いと思うから……だから、自分の手持ちの事を知れた時って嬉しいんだと思う」
「……ん、そうだよね! よ~し、ちょっとリザードンとハッサム借りてもいい!?」
「え? なんで?」
「進化したばかりのバシャーモとヘラクロスで、ダブルバトル的な? 大丈夫だって! 明日のジム戦に支障が出ないように手加減はするから!」
「それならいいけど……」
急に立ち上がったコルニは徐にボールを取り出し、バシャーモとヘラクロスを繰り出した。
そして、たった今の会話を耳にしていたリザードンとハッサムの二体は手を止め、繰り出された二体へと目を向ける。
どちらも、【ほのお】タイプと【むし】タイプのポケモンがいるタッグだ。
相手にとって不足無しとばかりに、リザードンとハッサムの瞳には闘志が宿る。
「ははっ、あんまり無茶しないでよ?」
この特訓の後のおやつにと製作しているポロックを一瞥したライトは、無茶をしないようにと釘を刺しておく。
その言葉に二体は拳を掲げる形で応えた後、準備運動を始めるバシャーモとハッサムを見遣る。
あくまで指示は出さない。各自の判断に任せてバトルを任せようと考えたライトは、ポロックを食べ進めるヒンバスをにっこりと見つめる。
「そんなに焦らなくて食べなくても大丈夫だよ。逃げる訳でもないし」
「……ミ」
「早く進化したいの?」
―――ピクッ
一瞬固まるヒンバス。その姿を目の当たりにしたライトは、自分で言ったのにも拘わらずに本当にそうだったのかと気が付いた。
ポケモン大好きクラブ会長に言われた『ヒンバスは進化する』という一言。それを信じて、朝昼晩の食事の度にポロックを食べさせているが、未だ進化の兆しは見えない。
変化と言えば、フウジョでビオラが言ったように鱗に艶が出たりと、見た目の美しさが上がっているといったところか。
ずっと一緒にいるからこそ分かる変化ではあるが、果たしてこのままで進化できるのかという疑問はある。
だが、
「……焦らなくてもいいよ。まだ、時間はあるからさ」
今はこう言ってあげることしかできない。
そんな自分を、ライトはもどかしく感じるのだった。
***
次の日、ヒャッコクジムにて。
「すみません。昨日予約したライトと言うんですけれど……」
「ライトさんですね。お待ちしておりました。では、こちらへ」
昼前の時間帯に予約したライトは遅刻することなくジムに訪れていた。にこやかに笑みを浮かべるジムトレーナーに誘われ、やや薄暗い通路を進んでいくライト。
コルニは先程、観客席がある方向へと進んでおり、今は別行動だ。
慣れたものだと、深呼吸をしながら通路を進んでいくライトは、通路に飾られている絵画をチラチラ眺めていた。
(【エスパー】タイプ……か)
ヒャッコクジムは、【エスパー】タイプを扱うゴジカという女性がジムリーダーだ。先祖代々占い師の家系であり、彼女もまた占い師としての一面を有している。
占いなどテレビでしか見たことのないライトだが、若干の興味はあった。こうしてジム戦でなければ、占いを頼んでみたかったという想いも少しばかりある。
だが、今回はジム戦。
いつも通り気を引き締めるように頬を叩けば、ちょうどジムのバトルフィールドへと続く扉が目の前まで来た。
ジムトレーナーが『ここです』と口にすれば、一言礼を言ってライトはゆっくり開ける。
天体を模したような絵が描かれている扉を開ければ―――。
「おぉ……」
プラネタリウムのような内装の部屋に、思わず驚嘆の声を上げてしまった。
青色を基調として、所々星が描かれるという内装を見渡したライトは、奥の通路からコツコツと音を立ててやって来る人影に目を遣る。
「……」
若干、目を疑う。
(……ワックスで凄い固めてるんだろうなぁ)
現れたのは、重力の逆らうかのような髪型をしている女性。マントを靡かせながら現れる女性の髪形は、一言で表すのであれば『クロワッサン』。
紫色の髪が後頭部辺りで繋がるような、一風変わった髪型だ。恰好も中々であり、スカイトレーナーの飛行服のように、体のラインが浮き出る黒いスーツ。
羽織っているマントも、裏地がジムの内装のように宇宙を模した模様となっている。
絶対この人がジムリーダーという確信を抱きながら、ライトはもう一度深呼吸して、心を落ち着かせようとした。
すると、現れた女性はライトに目を向けて、バッとマントを広げてみせる。
「―――これは儀式」
「はい?」
思わず素の声が出る。
「光差す頂を目指す者よ。ようこそ」
「……あ、はい」
終始、眉を顰めた表情のままジムリーダーであると思われる女性―――ゴジカの話に耳を傾けるライト。
言い回しが独特過ぎて、ライトが困惑しているのは言うまでもないだろう。
「今から始めるのは、これまでを振り返りつつ、これからの道を決めるもの。そう―――……ポケモン勝負」
「ッ……」
キッと目を見開いたゴジカに、すぐさま気を取り直すライトは頬を叩いて気合いを入れ直す。
部屋の内装やら、ゴジカの言い回しやらで少し気が緩んでいたライトであったが、ゴジカの放つ威圧感によって室内に奔る緊張感に顔を強張らせる。
そして、ゴジカがボールを一つ取り出したことにより、緊張感は最大まで高まった。
「ジムリーダー・ゴジカと、いざ始めるとしましょう」
「それではこれから、ジムリーダー・ゴジカVS挑戦者ライトのジム戦を開始します! 両者、ポケモンをフィールドへ!」
審判である男性が声を上げれば、二人のトレーナーは同時にボールを構える。
その光景を観客席から見下ろしているコルニは、固唾を飲んでバトルの行く先を眺めようとしていた。
今回のジム戦はスタンダードなルールの、手持ち三体によるシングルバトルだ。
そのルールの下、互いに初めに出した一体目は―――。
「ニャオニクス、いでよ」
「ハッサム、キミに決めた!」
【エスパー】に有利なタイプを有すハッサムを繰り出すライト。
対してゴジカが繰り出したのは、紺と白の体毛を有す猫のような見た目のポケモン。しかし、四足歩行ではなく、ニャースのように二本足で立っている。
その姿にコルニは『カワイイ……』と小声で呟くが、誰の耳にも入らない。
(ニャオニクス……前にバトルシャトーで見たことがあるけど……毛並が違う?)
ライトは以前ニャオニクスと戦ったことはあるが、その時の個体はどちらかといえば白い体毛の方が多かった。
しかし、今ゴジカが繰り出しているニャオニクスは、紺色の体毛の面積の方が多い。
(オスとメスでなにか違うのか……?)
ポケモンの中には、オスとメスで身体的特徴が異なる種族がある。
例えばカバルドン。このポケモンはオスであると体色が茶色であるが、メスであると黒い体色であるのだ。
そのように、オスとメスの違いという理由で体色だけ違うのだろうか。
そう考えるライトは、臨戦態勢に入っているハッサムを見遣って指示を出す。
「“つるぎのまい”!!」
刹那、ハッサムの周囲には四つの剣のオーラが出現し、剣戟を繰り広げると同時にハッサムの体が青白いオーラに包まれる。
【こうげき】を二段階上昇させる技を目の当たりにしたゴジカは、悠然とした佇まいを崩さぬまま、口を開く。
「ニャオニクス、“いばる”」
(“いばる”……そう来たか……!)
ハッサムに対して踏ん反り返るニャオニクス。すると、たった今“つるぎのまい”を終えたハッサムがその姿を目の当たりにし、憤慨した様子を見せる。
同時に、足元が覚束なくなり、足取りがタドタドしくなってしまう。
“つるぎのまい”と同じように、相手の【こうげき】を二段階上昇させる技である“いばる”だが、その用途は相手を自爆させることにある。
【こんらん】―――その状態異常に陥った相手は、訳も分からず【こうげき】の強まった力で自分を攻撃し、そのまま自爆するのだ。
勿論、【こんらん】で自傷するかどうかは確率によるものがあり、【こんらん】したままでも相手を攻撃する可能性は十二分にあり得る。
【こんらん】を治す為、一旦ボールに戻すか。
だが、それでは相手に一度自由をもたらすことと同義。
『退く』か、可能性を信じて『攻める』か。
ライトが導いた答えは―――。
「“バレットパンチ”だ!!」
「“トリックルーム”!!」
一抹の希望に掛けて、先制技である“バレットパンチ”を指示するライト。
対してゴジカは、ニャオニクスに“トリックルーム”を指示する。次の瞬間、ニャオニクスが天井を仰げば、室内に不規則に色を変化させる壁が出現し、瞬く間にバトルフィールドを包み込んでいった。
だが、ハッサムは動く。
「ニ゛ャッ!!?」
覚束ない足取りが一瞬止まり、しっかりと床を踏みしめた後にハッサムが駆け出し、ニャオニクスの胴体に鋏を叩きこんだ。
四段階上昇している【こうげき】によって放たれるハッサムの“バレットパンチ”は、重く、鈍い音を奏でながら、ニャオニクスをフィールドの壁へ吹き飛ばす。
余りの威力に、壁にめり込むニャオニクス。壁に罅を入れた後は、ゆっくりと地面に崩れ落ちて目を回すだけだ。
「ニャオニクス、戦闘不能!」
(よし、まずは一体……!)
運良くハッサムが動けた為、ニャオニクスを無事突破できたライト。
半ば博打のような賭けであったものの、ハッサムはそれに応えてくれた。そのことを喜ばしく思うライトの頬は、自然と緩む。
「……舞台は整った」
「?」
「いでよ、ヤドキング」
高く放り投げられるボール。
そこから繰り出されたのは、間の抜けた顔を浮かべるピンク色の体色を有すポケモン―――『ヤドキング』。頭には、目つきの悪い巻貝が噛み付いているものの、全く痛そうな様子は見せない。
ヤドンの進化形であるヤドキング。もう一つ、ヤドランという進化形もあるが、こちらは『おうじゃのしるし』という道具を持たせて交換することによって進化する種ということを、ライトはどこかで聞いた事がある。
だが、今ライトの脳内では別の記憶が凄まじい速度で掘り起こされようとしていた。
三年前のカントーポケモンリーグ。その本選の初戦において、当時四天王の一人であったカンナというトレーナーがヤドランを所持していた。
そして、ヤドランに有利な【むし】タイプのポケモンを、カンナは危なげなく突破していたのだ。
その技は―――。
(確か“かえんほうしゃ”!! 同じヤドンの進化形なら、使えてもおかしくない!! そして今は“トリックルーム”が張られてる……という事は!!)
「戻れ、ハッサム!!」
すぐさまハッサムをボールに戻すライト。そして、次に出そうとしていたあるポケモンを繰り出した。
「ブラッキー、キミに決めた!!」
ハッサム同様、【エスパー】に有利であるタイプのブラッキーを繰り出す。
ライトが危惧したこと。それは、“トリックルーム”が張られている状況の中で、ハッサムがヤドキングに為すすべなく“かえんほうしゃ”で焼かれる光景だ。
【こんらん】で攻撃できるか不確定の状況の中で、仕掛けるのは悪手でしかない。“トリックルーム”内では、【すばやさ】が逆転し、遅い者程速く動け、速い者程遅くなってしまうのだ。
例外として、先制技は普段通り繰り出せるものの、“バレットパンチ”でヤドキングを一撃で仕留められるとは思えない。
故に、一旦ハッサムを退かせた訳であるが、ライトは得も言えぬ不安を心の中に覚えていた。
そしてそれは、吸い込まれるような瞳を浮かべるゴジカが言い放った指示により、現実となる。
「ヤドキング、“わるだくみ”」
「―――ッ!!!」
てっきり、ハッサムを仕留めようと攻撃技が来ると考えていたライト。
だがゴジカは、それを見据えてハッサムを後退させるという行動を見透かし、ヤドキングに“わるだくみ”を指示した。
“つるぎのまい”の【とくこう】版とも言うべき技―――“わるだくみ”。あくどい笑みを浮かべるヤドキングに、ブラッキーは嫌悪感丸出しの顔を浮かべる。
(しまった……こうなるんだったら、“とんぼがえり”で一か八かに掛けるべきだった……!)
完全に読まれていた事を悔しく思うライト。
だが既に後の祭り。
悔しそうに歯噛みするライトを見たゴジカは、表情を変えぬまま腕を伸ばす。
「……光差す頂を目指す者よ。この儀式における試練を乗り越え、証を手に入れてみせよ」
「……?」
「儀式はまだ始まったばかり。そして、貴方の歩みはまだ始まってすらいない」
「ッ!」
言い回しが独特であるが、なんとなしに内容は汲み取れた。
―――自分を倒し、ジムバッジを勝ち取れ。
―――チャンピオンに成る為の戦いは
―――まだ始まってすらいないのだから
「は、ははっ……!」
武者震いで震える腕をバンッと叩き、闘志を滾らせるライト。
(なにが『焦らなくても大丈夫』だ……焦ってるのは僕の方じゃないか! そうだ、ライト……一回読み負けたなら今度は、こっちが読み勝てばいい! 一度の駆け引きの敗北で躓くな!)
「これを……乗り越えてみせろ……!」
自分に言い聞かせるよう呟く。
すると、先程までライトの呼応するように不安な顔を浮かべていたブラッキーも、闘志に満ち溢れた顔へと変貌する。
ポケモンは人の影響を受けやすい。
それは感情であったり、指導であったり。
今は前者だ。
(完璧なバトルなんて烏滸がましい……今に全力を尽くして、バッジを勝ち取ってみせろ!)
激戦の幕は、こうして切り開かれる。