ポケの細道   作:柴猫侍

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第八十三話 怖いな怖いなぁ~

(今は“トリックルーム”が厄介だ……なんとか時間を稼ぎたいところだけど)

 

 ニャオニクスが展開した“トリックルーム”によって、【すばやさ】が遅いポケモン程速く動ける状況の中、不幸なことにヤドキングより遅いポケモンを有していないライトは、どうにかして時間が稼げないものかと思案を巡らせる。

 相性上では有利だが、相手はジムリーダー。【あく】タイプの対策なら立てていることだろう。

 幾ら【とくぼう】が優秀であるブラッキーと言えど、どこまで“わるだくみ”を積んで【とくこう】が上昇したヤドキングの攻撃を受け切れるか。

 どうヤドキングを突破するかが、今回のジム戦の要となる。

 

(ひとまずここは……)

 

 真剣な表情で顎に手を当てて考えこむライト。

 しかし次の瞬間、ヤドキングの口腔から解き放たれる水を目の当たりにし、咄嗟に口を開いた。

 

「“まもる”!」

 

 刹那、ブラッキーの前に現れた防御壁が、ヤドキングの放ってきた水を防ぐ。同時に弾かれた水は辺りに撒き散っていくが、立ち上る湯気をライトは見逃さなかった。

 

(“ねっとう”、かぁ)

 

 【みず】タイプの技でありながら、相手を【やけど】状態にすることもある技だ。単純な威力は“なみのり”や“ハイドロポンプ”に劣るものの、追加効果が優秀である為、技マシンで覚えさせるトレーナーも多いと言われている。

 通常の威力であればそこまで怖れる技でもないが、生憎相手には一度“わるだくみ”を積ませてしまっている為、技を一回くらうだけで厳しい戦いになることは間違いない。

 “トリックルーム”で先手が相手に回るのだから、尚更だ。

 

(防御に徹したい所だけど、それだとまた“わるだくみ”される可能性もあるし……)

 

 “まもる”と“つきのひかり”を交互に繰り出せば、“トリックルーム”が解けるまでの時間はなんとかできる筈。

 しかし、それを読まれて再び“わるだくみ”を積まれる可能性も高い。そうすると、鈍足なヤドキング相手に手持ちを壊滅させられるかもしれないのだ。

 出来るだけ、相手に“わるだくみ”を使わせないよう圧力を掛けるのであれば―――。

 

「もう一度“ねっとう”」

「“しっぺがえし”!」

 

 再び放たれる高温のお湯を喰らいながらも、なんとか前進していってヤドキングに接近するブラッキー。

 そして限界まで近づいたところで、前脚でヤドキングの顔面へ一撃叩き込んだ。

 よたよたと後ずさりするヤドキング。しかし、すぐさまキッとした瞳で一撃叩き込んできたブラッキーを睨みつける。

 だが既にブラッキーは、追撃を喰らうまいと軽やかにフィールドの中央辺りに降り立ち、身構えていた。

 その一連の流れを見ていたゴジカは、『成程』と心の中で呟く。

 

 後攻であれば威力が高まる“しっぺがえし”。この“トリックルーム”を逆手に取ることができる技でもあり、【エスパー】であるヤドキングには効果が抜群な技だ。

 ヤワな鍛え方はしていないヤドキングであるが、そう何度も喰らっていい技でもない。

 

「……」

「……」

 

 ピタリ、と二人の挙動が止まる。

 同時に二体のポケモンの動きも止まり、バトルフィールドは一瞬にして静寂に包まれていく。

 その光景を眺めていたコルニも、思わずゴクリと唾を飲んで見守る。

 

(どっちも【やけど】……“ねっとう”でブラッキーが【やけど】になって、それが“シンクロ”でヤドキングにもうつったんだね)

 

 第三者として淡々と試合を眺めているコルニ。応援の声を上げようかとも思ったが、今の静寂の中で声を張り上げられる程、空気が読めない女ではない(と、自分では考えている)。

 そうしている間にも、指示を出そうと二人のトレーナーが動く。

 

「“まもる”!」

「“わるだくみ”」

 

 “まもる”を指示したライトに対し、ゴジカは“わるだくみ”を指示する。

 

 読み負けた。

 

 第三者の視点から見れば、そう感じざるを得ない状況に目を見開くコルニであったが、ライトの表情を見た途端、少し浮かした腰を椅子へと落とす。

 

 決して焦っている訳ではない。

 彼はあくまで、後続につないでいくための指示を出したのだ。

 “まもる”で攻撃を防ぎ、次にブラッキーが攻撃を受けて倒れる時間は、ちょうど“トリックルーム”が解除されるぐらいの時間である。

 ということは、例え“わるだくみ”で積まれたとしても、後続のポケモンでなんとかしようという考えで時間を稼ごうとしたのだ。

 

 それはゴジカには読まれていたものの、下手に攻勢に出るよりかは安全だとライトは考えたのだろう。

 

「ブラッキー! “つきの―――」

「ヤドキング、“ねっとう”」

 

 回復しようと試みるブラッキーに、無慈悲にも高温の水流がぶつかり、そのままブラッキーの漆黒の体はフィールドに崩れ落ちる。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

 

 審判が旗を上げれば、ライトは苦々しい顔でブラッキーをボールに戻した後、周りの物達には聞こえない程度の呟きをする。

 十中八九、それはパートナーに対しての労いであることが分かるが、苦渋の決断をした後では上手く声が出なかったのだろう。

 そうしている間にも“トリックルーム”は解けて、元通りのフィールドに変化する。

 

 それを確認してから、決意に満ちた顔でボールに手を掛けたライト―――。

 

 

 

 

「ケテケテ―――ッ♪」

「え?」

 

 

 

―――のズボンのポケットに仕舞われていた図鑑から、ロトムが飛び出した。

 

 目が点になるライトに対し、審判はポケモンが繰り出されたのを確認して、インターバルを示していた旗を降ろす。

 

「え、あ、いや、ちょ……ロ、ロロロロトム!? なんで勝手に飛び出してきてるの!?」

「ケテッ♪」

「『ケテッ♪』じゃなくて!!」

 

 打って変わって、本気の焦り。

 想定外の事態に、ライトは冷や汗をダラダラと流しながら、フヨフヨと自分の周囲を漂っているロトムに声を投げかける。

 だが、そんな少年とは裏腹に、ロトムは面白おかしいのか、ケタケタと笑うだけだ。

 

 それを目の当たりにした他の者達は、漸く飛び出してきたロトムがイレギュラーであるということを理解する。

 

「あのう……確認しますが、そのポケモンで大丈夫ですか?」

「あ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!」

「はぁ……」

 

 審判の問いに、凄まじい気迫の顔で待機を願うライト。

 観客席でもコルニは引きつった笑みを浮かべているものの、ゴジカだけは依然として凛とした佇まいで待ち続けている。

 少し落ち着こうと深呼吸を大急ぎでするライトは、ロトムを何とかして引っ込めようとするが、捕まえた訳でない為、ボールに戻すという行為もできない。

 先程から『図鑑に戻って!』と訴えるも、ロトムはそんなことは関係ないとフィールドへと身を躍らせていく。

 

 まるで、自分が戦うと言わんばかりに―――。

 

(あっ、もしかして……)

「バトルしたいの?」

「ケテッ!」

 

 仲が良いブラッキーが倒された為、ヤドキングを倒して仇を取りたいのではないかと考えたライト。

 どうやらその予想は当たっていたらしく、プラズマ状の体からバチバチと電撃を迸らせて、ロトムは臨戦態勢に入る。

 

 本当であれば、居候であって本当の手持ちでないロトムを戦わせるなど、無謀にも程はあるが、

 

「……あの、やっぱりロトムで大丈夫です!」

「わかりました。では、インターバルを終了します!」

 

 戦意に満ちているロトムを無理やり戻すのも無理な話だと、半ば博打のような感覚で、ロトムでジム戦に臨む。

 シュンシュンと、流れるように宙を移動しているロトム。

 ヤドキングより速いのは期待できそうだが、問題なのはさっぱり技が分からないということだ。

 荒れ果てホテルでは“ハイドロポンプ”を使ったのは目にしたが、それ以外は一切分からない。

 回避は指示でなんとかできるとして、攻撃に関してはロトムが能動的に繰り出してくれなければ把握できない為、どうにか技を知る事ができないかと、ライトは顎に手を当てて考え込む。

 

(う~ん、じゃあ……)

「ロトム! なんか、攻撃技出して!!」

 

 観客席の方から『アバウト!!?』というツッコみが聞こえたが、ライトは一切気にしない。

 『だってしょうがないじゃないかぁ』と言ってやりたいと思ったが、今はジム戦に集中だ。

 恐らく、ランダムに技が出ると言われる“ゆびをふる”を指示した時も、このような感覚なのだろうと感じながら、ライトはロトムの攻撃を今や今やと待つ。

 だが、相手が悠長に待ってくれる筈もなく、ヤドキングの口腔からはモワモワと湯気が立ち上っている。

 

(早く~~~!)

 

 焦るライトは、滅茶苦茶速い速度で瞬きする。

 依然として、ロトムはフヨフヨと漂うだけだが―――。

 

「っ!」

 

 途端にヤドキングの周囲に現れた紫色の炎に、ゴジカは目を見開く。

 それはヤドキングが“ねっとう”を繰り出すよりも早く、ピンク色の体を覆い、瞬く間に火達磨のような状態にする。

 おどろおどろしい炎が一瞬爆ぜれば、煤けた体になったヤドキングがフィールドへと崩れ落ちた。

 それを目の当たりにした審判は、一瞬目を疑うかのように身を乗り出すも、グルグルと目を回しているヤドキングを目の当たりにし、旗をバッと振り上げる。

 

「ヤ、ヤドキング、戦闘不能!」

「ケテケテケテッ♪」

 

 ヤドキングを伸す事ができたロトムは、御満悦な表情を浮かべてフィールドのあっちこっちに漂っていく。

 その間、ライトとゴジカは、ロトムが繰り出した技がなんなのか、ほぼ同時に理解した。

 

―――“たたりめ”

 

 相手が状態異常であれば威力が倍になる【ゴースト】タイプの技。ヤドキングは、ブラッキーの“シンクロ”によって【やけど】に陥っていた為、本来の倍近い威力の“たたりめ”を喰らい、そのまま伸されたのだろう。

 思わぬ攻撃に歓喜の表情を浮かべるライトに対し、ゴジカは表情を崩さぬまま、最後のボールに手を掛ける。

 

「いでよ、フーディン」

 

 高く放り投げられたボール。

 それは放物線を描く―――のではなく、最高点に到達したところでピタリと止まった。ボールの周囲には、何やら不思議な紫色の光のようなものがまとわりついており、暫し天体の自転のようにクルクルと回っていたボールであったが、不意に開かれて中に居たポケモンが姿を現す。

 

「フゥ~~~……」

 

 長い髭を靡かせる、黄と茶色の体毛を有すポケモン。両手にはトレードマークであるスプーンが握られており、右に握っているスプーンに関しては、持ち手の尻の方からメガストーンらしきものがユラユラと揺れている。

 比較的、カントーやジョウトのポケモンバトルの番組で見ることのできるポケモンに、ライトの表情は険しくなった。

 

 ねんりきポケモン・フーディン。分類が示している通り、【エスパー】タイプの中でも屈指の超能力を扱うことができる。

 ヤマブキジムリーダーであるナツメや、トキワジムリーダーであるグリーンも扱うポケモンであり、その強さは既に見知っていた。

 そして何より、スプーンに付いているメガストーン。

 

(メガシンカ……するのか)

 

 額にじっとりと滲み出るのは脂汗。

 クノエジムで充分理解したメガシンカしたポケモンの強さ。思いだすだけで、手に汗がにじみ出てくるほどだ。

 

「挑戦者。ポケモンの交代は?」

「交代は……」

 

 ロトムを一瞥するライト。

 依然、ケタケタと笑っているばかりのロトムであるが、図鑑に戻ろうとしないところを見る限り、まだまだ戦える様子だ。

 

「いえ、このままで」

 

 ロトムのままフーディンと戦おうとするライトは、異様な雰囲気を纏っているフーディンに目を遣って一息吐く。

 

 余り互いを知らない仲で、一体どこまで戦えるものか。

 不安であったりもするが、どこかウキウキと高揚する気分もある。

 

 そのようなことをライトが考えている間、ゴジカは左手の中指に嵌められている指輪を、フーディンの方へと翳していた。

 刹那、ゴジカの指輪とフーディンのスプーンに取り付けられているメガストーンが光を放ち、幾条の光が結んでいく。

 続けざまに、神秘の光の殻に包まれるフーディン。

 

「―――我がキーストーンの光よ。フーディナイトの光と結び、いざ」

 

 メガシンカ。

 

 進化の殻が破れる。

 同時に中からは、座禅を組んだ状態でメガフーディンが佇んでいた。ただでさえ細かった四肢は更にか細いものとなったが、それを有り余るほどのサイコパワーが補っているのだろう。

 宙に浮かび上がる五つスプーン。たっぷりとたくわえられた髭。

 仙人然とした様相のメガフーディンに、ライトはゴクリと唾を呑み込む。

 

(……なんだろう。ロトムが“サイコキネシス”で沈められるビジョンが浮かぶ)

 

 戦う前より、どの技でロトムがやられてしまうのかが脳裏を過ってしまうライト。

 だが、そのように弱気ではいけないと頬を叩き、フヨフヨと浮かぶロトムを見遣る。

 

「ロトム! さっきとは他の技で攻めてみて!」

「ケテッ!」

「フーディン、“サイコキネシス”」

「あっ」

 

 次の瞬間、耳を劈くような音が鳴り響くと同時に、ロトムの体がビクンと飛び跳ねる。先程まで意気揚揚としていたロトムであったが、その攻撃を受けた途端静かになり、フーディンの下へとゆっくり落下していく。

 その光景に、思わず手を口に当てるライト。

 落ちていくロトム。その軌跡は、ゆっくりと床に向かっていたものの、フーディンの胸にコツンと当たった所で、直角に落ちた。

 

「あっ……」

 

 どこか悲しそうなライトの声が室内に響く。

 それを目の当たりにした審判は、特に疑う様子も見せずに戦闘不能を示すために旗を振り上げようとした。

 だが、

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、ヤドキングを包み込んだものと同じ紫色の炎がフーディンを包み込んだ。

 “たたりめ”を受けたフーディンのみならず、戦闘不能になったものだとばかり思っていたライトと、『仕留め損ねた』と考えるゴジカもまた驚きの表情を浮かべる。

 

「“じこさいせい”」

「ロ、ロトム!」

 

 冷静に回復を指示するゴジカに対し、ライトは終始焦ったような様相で声を上げるばかりだ。

 ほぼ野生のように自由気ままに戦うポケモンを自分の手持ちとして戦わせているのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 なんとか頑張ってほしいと考えて声援を送るライト。しかしロトムは、やっとこさ浮かび上がった後は、力なくフヨフヨとその場を漂うのみだ。

 

(……お疲れ様)

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッサム、キミに決めた!!」

 

 再びフィールドに姿を現すハッサム。一度ボールに戻ったことにより【こんらん】は解け、焦点が定まった瞳でメガシンカしたフーディンを睨みつけている。

 因みにロトムはというと、一応ロトムのトレーナーということになっているライトが戦闘不能扱いにする旨を審判に申し出た為、今は図鑑の中でお休み中だ。

 事実上、これで最後の一体ずつになった。

 

 手持ちの中で特に信頼している一体の背中を見る事により、幾分か先程までの興奮や何やらを落ち着かせることができたライトは、チラッとメガリングを見遣る。

そのままハッサムのバンダナの留め具のような形で取り付けられているメガストーンに視線を移し、呼吸を整える様に深呼吸をした。

 

 そして、

 

 

 

「光と結べ! メガシンカ!!」

 

 

 

 光がハッサムを包み込んでいった。

 


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