ポケの細道   作:柴猫侍

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第九話 憧れと理解が一致するには、それなりの時間が要る

 ヒンバスを手持ちに入れてから、あっという間。

 秘密の庭で、手持ちのポケモンやラティオスやラティアス達と戯れていた。ヒトカゲとも、ヒンバスとも仲良くなれ始めていると、僕は勝手に思っていた。

 

 ヒンバスはああ見えて女の子らしい。秘密の庭の池に放してあげると、よくラティアスと一緒に遊びまわっていた。

 

 一方で、ヒトカゲは何かあるごとにストライクに突っかかっていたというか……。何やら、二人とも闘志のようなものを燃え滾らせていたと感じがする。

 因みに、二人とも男の子だ。

 

 そんな感じで、僕は手持ちのポケモンとこれからの旅に備えて、色々交流を深めていっていた。

 

 

 

―――そして今日が、旅立ちの日。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うっ……うっ……ライト! 元気でやるんだぞ!!」

「ははは……そんな泣かないでよ、父さん。どうせ、三か月なんだから」

 

 息子の目の前で号泣する父に対し、ライトは苦笑いを浮かべていた。そのライトの目の前には、父・シュウサク以外にも、ボンゴレやカノンが見送りに来ていた。

 右手には、留学の為に用意しておいたキャリーバッグを携えており、さらにショルダーバッグも一つ体にかけている。しかし、キャリーバッグについてはヨシノシティに着き次第、ポケモンセンターに預けてアサギシティに郵送で送ってもらう手筈になっている。

 

 ヨシノシティからアサギシティまで、ライトは徒歩で向かうつもりなのである。その為に、キャリーバッグなどを持っていたらかなりの大荷物となり、支障が出るだろう。

 

 一通りの流れは、既に頭の中に詰め込んでいる。

 だが、次のシュウサクの一言で、少しだけ流れは改変させることを余儀なくされた。

 

「お…そうだ、ライト。確かブルーが、ヨシノシティにお前の旅の案内人として用意してくれた人が居るらしい。その人はポケモンセンターに居るらしいから、会ってみてくれ」

「え? 何それ、初耳なんだけど……」

「お前も向こうも知ってる人らしいから、会えば向こうから話しかけてくれるだろ」

「う……うん。分かった」

 

 少し納得いかない顔をしながらも、折角姉が用意してくれた人ということなので、無下にも出来ないと言う考えを持って頷く。

 『ライトも向こうも知っている人』と言われたが、ライト自身思い当たる人物が浮かび上がってこない。そうして首を傾げている間にも、カノンがライトの下にやって来る。その右手には、何やら紙のようなものが包められていた。

 

「ライト、これ。この前のバトルの奴……向こうに行っても頑張ってね」

「カノン……ありがと! 頑張るよ!」

 

 渡された紙を開けると、そこにはライトとストライクの姿が綺麗に色づけされて描かれていた。

 ライトが笑顔を向けると、カノンも少し恥ずかしそうに頬を掻く。その光景を後ろでシュウサクとボンゴレが、『若いっていうのはいいもんですな』などと呟きながら見ている。

 

 そして遂に、旅立ちの時が来た。

 ライトがヨシノシティに行くための小舟に乗り込むと同時にエンジンがかかり、海面に波を立たせながらアルトマーレの町から離れていく。

 手を振ってくれる父や幼馴染に、同じく手を振りかえす。

 

―――父さん、カノン、ボンゴレさん。

 

―――僕、頑張るよ。

 

―――チャンピオン目指して!

 

 

 

 ***

 

 

 

 『ヨシノシティ』

 可愛い花の香る町。海と豊かな木々に挟まれており、住む人も穏やかな性格の人達が多い。東にはワカバタウンがあり、そこにはポケモン研究に携わっているウツギ博士が居を構えている。

 ライトは連れてきてくれた人に礼を言って舟を降り、深く深呼吸をする。

 アルトマーレとは違った自然の香りに、ライトの心もウキウキと胸を高鳴らせる。ここも海に面している町ではあるが、遠くに存在する山を見る限り、近くには木などが多く生い茂っているのだろう。その為、アルトマーレでは感じることの少ない大地の香りのようなものが、鼻孔を刺激する。

 

「う~ん……気持ちいいなァ!」

 

 深呼吸を終えると同時に、思ったことを伸び伸びと言い放った。

 その次に、早速最初の目的地であるこの町のポケモンセンター目がけて歩み出す。その際に、ヒトカゲをボールから出し、連れ歩きのような状態になる。

 

「どう? ヒトカゲ」

 

 ライトの問いに、ヒトカゲは大きなあくびを返す事で応えた。

 ライトの手持ちになって以来、毎朝コーヒーを飲んでいるヒトカゲであるが、カフェインの効果は如何に。

 それはともかく、二人はまずは町の図が載っていそうな案内所のようなものを探そうとする。

 

「どこかな~……ん?」

「ピカ」

 

 二人の目の前に、一体のポケモンが現れた。

 黄色い体。ギザギザの尻尾。頬にある赤い丸。円らな黒い瞳。

 

「……ピカチュウ?」

「ピッカァ!」

 

 目の前のポケモンの名前を口にすると同時に、ピカチュウはさも『正解!』とでも言う様に、右腕を空に向けて掲げる。

 

「へ~……可愛いなぁ~!」

「ピカッ!」

「え? ちょ……」

 

 ピカチュウを抱き上げようとしたライトであったが、ピカチュウは向けられた腕を掻い潜り、一瞬の内にライトの頭の上に昇ってくる。頭頂部に乗りかかられたことにより、ライトは少し辛そうな表情を浮かべる。

 幾ら小さいポケモンとはいえ、ピカチュウの平均体重は六キロある。大人ならば大して問題ないだろうが、十二歳の少年にしてみれば六キロの物体は重い。そして、首にくるであろう。

 

「ピッカァッチュ!」

「何?」

「チュッピッカァ!」

「いたたた!」

 

 呆気にとられているライトに、ピカチュウは可愛らしい手でぺちぺちとライトの額を叩く。そして、もう片方の手で、とある方向を指差す。

 その意図されたと思える行動に、ライトはピカチュウが何かを伝えようとしているのではと考える。そもそも、いきなり会ったポケモンがここまで人間との接触を図ってくるのか。誰かの手持ちであれば人に慣れていることも納得できるが、何やらそれ以上のものを感じる。

 

(あれ……? このピカチュウ、会ったことあるかな?)

 

 まるで、久しぶりに親戚に会った子供のようなピカチュウの態度。そのような感覚に、ライトは今までピカチュウに会ったことがあるか思い出す。

 すると、一回だけピカチュウに会ったことがあると思い出す。

 

(……いや、それはないだろ~……)

 

 だが、その人物の手持ちがここに居るとは思えないため、その予想は外れていると勝手に思い込む。

 そうしている内にも、ピカチュウはライトの額をぺちぺちと叩き続けている為、いい加減その指示に従って進むことにした。

 

 

 

***

 

 

 

「――……あ、ポケモンセンターだ」

「ピッカァ!」

 

 ピカチュウの指示に従って進んでいる内に、ライト達は目的地であるポケモンセンターに辿り着くことが出来た。

 それと同時に、ピカチュウはライトの頭の上からぴょんと飛び降り、次にポケモンセンターの自動ドアを指差す。

 

「案内してくれたの?」

「ピカ!」

 

 ライトの問いに、ピカチュウは大きく胸を張って応えた。

 どうやらこのピカチュウは、ライト達をここまで連れてきてくれたのだろう。それはつまり、ブルーの用意してくれた旅の案内人の手持ちであるこのピカチュウが、船着き場まで迎えに来てくれて、落ち合う予定になっているポケモンセンターに連れてきてくれたということになるだろう。

 

「へぇ~…ありがとね、ピカチュウ!」

「ピッカァ!」

 

 ライトが頭を撫でると、ピカチュウは嬉しそうに笑顔を浮かべる。それを見ていると、ライト自身も自然と笑顔が浮かんでくる。

 だが、次の瞬間にライトの足に衝撃が奔る。

 

「痛い!?」

「……カゲ」

 

 咄嗟に振り返ると、そこにはふて腐れたような顔をしているヒトカゲの姿が在った。そしてそれで、大体のことを察した。

 どうやらこのヒトカゲは、自分が誰の手持ちかも分からないピカチュウにべた惚れしているのが気に食わなかったらしい。その為、腹いせに軽くキックを自分にかましたのだろう。

 

 中々可愛い嫉妬であるが、これでヒトカゲとの心の距離が若干遠くなったことに、ライトは苦笑いを隠せない。

 後で、コーヒーを買ってあげようと考えながら、ライトはポケモンセンターの中に入っていく。

 

「ピッカ!」

「…お帰り……ピカチュウ」

 

 自動ドアが開くと、ライトの横を歩いていたピカチュウが一気に駆け出し、中に居た一人の青年の肩に上っていく。

 青年は気だるそうな小さな声を発しながら、ピカチュウの頭を撫でて労う。おそらくこの者が、ピカチュウのトレーナーなのだろう。

 赤が基調となっている帽子の影からは、艶のある黒髪が見えている。背はライトよりも頭一つ分大きく、百六十センチは超えているだろう。黒いシャツの上に、赤と白のYシャツを羽織っており、下はシンプルな青のジーンズを穿いている。黄色いバッグを背負っており、多くの物が入っているのかバッグはパンパンに膨れ上がっていた。

 肌は白く、まるで女性のようにきめ細やかな肌であるが、所々から覗く腕は細いながらも筋肉質であるので、男であることが窺える。

 帽子のつばからは、紅い瞳が気だるげに覗いており、ライトをじっと見つめていた。

 

「……久し振り」

「え……久し振り……なんですか?」

「……うん。でも、会ったのは三年前で一回きりだし、俺も君のビジョンが曖昧だったから……ライト君だよね」

「は……はぁ」

 

 ライトは、目の前の青年が誰なのか脳みそをフル回転させて思い出そうとする。その中で、すぐにでも解りそうなのに上手く出てこないという状況にもどかしさを隠せずに、頬には一筋の汗が流れる。

 それを見かねた青年が、もしやと思って帽子を取ってみせる。

 

「……もしかして、俺のこと覚えてなかった?」

「あ……」

 

 帽子を取った瞬間、ライトは目の前に居るのが誰なのか理解した。

 先程のもどかしさは、言うなれば有名人をいつもテレビで見ているが、実際に会ってみるとはっきりしなかったときのそれである。

 つまり、目の前に居る人物はライトにとって『知り合い』と言うよりは『有名人』に近い存在の者。

 

「……ブルーに頼まれて君の案内をすることになりました……レッドです……よろしく……」

「……ああああああ!!?」

 

 次の瞬間、ポケモンセンター内にライトの大声が響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ごめんなさい、レッドさん。きゅ、急に有名人が目の前に現れたので……」

「……うん、気にしないで。只、大きな声を出されると、俺の心臓がキュってなるから、今度からは止めてね」

「は、はい……」

 

 ライトと『レッド』と名乗った青年は、ヨシノシティの広場のような場所のベンチに座って話をしていた。

 ライトが叫んだあの後、元カントー地方チャンピオンが居るのが知れ渡りちょっとした騒ぎになり、一先ずゆっくりと話せる場所を探してこの場所に辿り着いたのである。

 ガチガチに緊張しているライトに対し、レッドはミックスオレを片手に無表情で一息ついていた。

 

「……まあ、さっきも言ったけど俺が君の案内をすることになってるから、よろしくね」

「は、はい!」

「……そんな緊張しなくてもいいよ。緊張されると、コミュ障の俺には厳しいから」

「えっ……レッドさん……コミュ……え?」

 

 自分の事を『コミュ障』と言うレッドに、ライトは目を見開く。ポケモンリーグでパートナーと共に優勝に輝いたトップトレーナーとは思えない言葉である。

 未だに信じられないというような表情を浮かべるライトに、レッドは無表情のままライトに視線を移してグーサインをする。

 

「いや、何がグーなんですか」

「……何となく」

「は…はぁ……」

 

 先程会った時から声色が一切変わらないレッドだが、これが平常運転である。それは幼馴染であるグリーンやブルーなら知っているものの、余り会ったことのないライトからしてみれば、より一層緊張してしまう結果になる。

 その後、言葉の途切れる二人。

 日も落ち始め、町のはずれに居るであろうホーホーが鳴く。

 

「……とりあえず、今後の予定を話そうか」

「は、はい!」

「……明日、この町を出発して二日かけてキキョウシティに向かう……そして次の日に出発して、また二日かけてエンジュシティに向かって、また二日かけてアサギシティに向かう……っていう感じ……」

「はあ……」

「……もしもの時は、俺の手持ちで空を飛んで一気に行くから、遅れることはないから安心して…」

「あ、有難うございます!」

「……うん……大丈夫……もしこの任務が達成できなかった暁には、君のお姉さんに俺がしばかれることになるから、是が非でも君を送り届けるよ…」

 

(え、何? 脅迫されてる?)

 

 無表情で語るレッドであるが、最後の方は若干震えていたので、ブルーが何かしらの脅迫でもしたのかとライトは戦慄した。

 とりあえず二人は、今後の予定を確認し終えたのであった。

 

 

 

 レッドが なかまに くわわった!

 


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