19番道路―――通称『ラルジェ・バレ通り』。カロス地方の中でも特に広い湿地帯と知られている通りだ。
ジメジメとしたイメージのある湿地帯。しかしこの19番道路は高低差がある地形であり、レンリタウンから最短でエイセツシティに向かう場合、沼を通らなければならない状況になることなどない。
寧ろ、高所であれば吹き上げてくる風が運ぶ潤いを全身に感じることができ、雨が降っていれば御伽話の中にでも居るかのような幻想な風景を望むことも可能だ。
そんな道路から少し外れた場所で、昼食を摂り終わった少年達が片付けに勤しんで居ると―――。
「う~ん、僕のパーティーってバランスどうなのかなぁ……」
▼ミロカロスの ほっぺすりすり!
「一応ロトムは除くとして、【ひこう】が多い気もするけど、リザードンはメガシンカしたら【ひこう】がドラゴンになるし……そうすると、今度はドラゴンタイプが多くなるのかな?」
▼ミロカロスの したでなめる!
「っていうか、僕の手持ちって【ひこう】とか【みず】が被るから、【でんき】に弱いのかな。なら、【じめん】タイプのポケモンが欲しい所だけど」
▼ミロカロスの まきつく!
「……ミロカロス、流石に巻きつかれると苦しぃょ……」
「ミ!?」
胴を結構な力で締め付けられ顔面蒼白になるライト。そのような今にも気絶しそうな主人の姿に漸く気が付いたミロカロスは、咄嗟に締め付けを緩めてライトを解放した。
中々ハードな昼の時間だ。
ギャラドスとほぼ同じ体長のポケモンに巻きつかれたとあれば、流石のマサラ人も無事と行かないという訳である。
「進化して嬉しいのは分かるけど……ね?」
まだまだライトと戯れたいオーラを放つミロカロスであるが、ライトの言葉を聞いてシュンとしてしまう。
涙目になるミロカロスに罪悪感を少し覚えるも、身動きの一つもとれない状態では何をすることもできない。
「ホント、ギャラドスみたいに大きくなっちゃって」
「ミ?」
「ううん、気にしないで。片付け終わるまで皆と遊んでて」
「ミ!」
クネクネと体を動かして、食後のブレイクタイムに入っている他のポケモンに混ざるミロカロス。
図鑑の説明では6.2メートルあるミロカロスは、もれなくライトの手持ちの中で最長の巨体となった。
つい最近まで一番低い視点から眺めていた仲間たちを、今や見下ろす形で眺めている。
ジュカインの時もそうであったが、進化したことで自信がついたのか、以前よりもハキハキとした様子だ。
更に、本人は『大きい=強い』と思っているのか、『どう!? 強くなったでしょ!?』と言わんばかりに巨体を踏ん反り返らせている。
踏ん反り返り過ぎて見上げているが、それをツッコむことはまた今度。せっせと敷いていたブルーシートを畳みながら、自分の手持ちに対しての考えに頭を切り変えた。
「どうしよう。ロトムは捕まえた訳じゃないから、ちゃんとした戦力として数えちゃ駄目な気がするんだよなぁ~。でも、そうすると残りの一体はギャラドスかハクリューになる訳であって……」
アルトマーレでの時間を長いこと共にしたギャラドスは兎も角、ハクリューは捕まえて以降全くといっていいほど顔合わせをしていない。
更には世話をカノンがしてくれていることもあり、最早カノンの手持ちといった状況になっている。
となると、必然的にギャラドスを六体目に選ぶことになるのだが、【ひこう】はリザードンが、【みず】はミロカロスと被ってしまっているのだ。
どちらも【でんき】に弱いタイプ。比較的素早いポケモンが揃っている【でんき】タイプに弱いポケモンが三体も揃っているとなると、流石に手持ちのバランスが悪くなるのではないか。
「となると、やっぱり【じめん】タイプかな」
片付けが終わったライトは徐に図鑑を取り出し、19番道路に生息しているポケモン達の一覧を画面に映しだそうとする。
が、ここでふとしたライトの子供心が出た。
「……ロトム。19番道路。【じめん】タイプ」
ピピピ……ピロン。
「あ、できた」
音声認識紛いのことができるかと考えたライト。
できたら面白い程度の事を思ってやってみたことだが、図鑑の中に居たロトムが律儀にライトの口にした言葉で検索をかけていく。すると、十数秒程度で19番道路に生息する【じめん】タイプを画面に映しだされる。
「ふむふむ……ヌオーにグライガー。あとはマッギョとかドジョッチかぁ」
湿地帯である所為か、【じめん】タイプは比較的多く生息しているようだ。
中でも目を引くのは【じめん】・【でんき】タイプであるというマッギョ。水生のポケモンであるにも拘わらず、【みず】タイプを苦手とする希有な複合タイプのポケモンだ。
他にも【ひこう】でありながらも【でんき】を喰らわないグライガー。
【くさ】タイプしか弱点のないヌオーなども居り、よりどりみどりである。
「でも、別に捕まえなくても大丈夫かなぁ」
「なんの話?」
「っぉ……びっくりさせないでよ、コルニ!」
突然、肩に顎を乗せてきたコルニに、肺から空気が絞り出されたような声を出してしまうライト。
「背後をとられるなんて、まだまだだね」
「一回正座しておこうか」
「ごめん! こちょこちょだけは止めて!」
「……はぁ」
長い期間一緒に旅をして距離感が近くなるのは構わないが、近過ぎる―――というよりも無遠慮なのは如何なものか。
身構えたままのコルニを一瞥して溜め息を吐いた後は、雲一つない空に目を移し、爽やかに吹き付ける風をその身一杯に浴びる。
(もう……少しなのかぁ)
留学の期間が終わるのも、ポケモンリーグが始まるのも既に一か月を切った。
後はエイセツジムを攻略し、自身の全力を尽くすのみ。
そして優勝し、チャンピオンに挑むための権利を得て―――。
(コルニとの旅も、もうちょっと……)
寂しい感覚が、胸を締め付ける。
その様子に気付いたのか、心配そうな瞳でコルニがライトの方を見つめてきた。だが、声を掛けられる寸前でハッと我に返り、『次の街に行こっか』と屈託のない笑みを浮かべてみせ、離れた場所で遊んでいる手持ちのポケモン達を呼び戻す。
笑顔で駆け寄ってくるポケモン達を順々にボールに戻すライトは、同じくポケモン達をボールに戻すコルニを見て、ある問いかけをしてみる。
「コルニはジムリーダーになりたいんだよね?」
「ん? そーだよ。急にどうしたの?」
「……ううん、別に」
「別にって言われるのが一番気になるんだけど……」
「さ、エイセツシティに行くにはおっきな吊り橋渡らないといけないらしいから、コルニは早めに覚悟決めとかないとね」
「うぇ!?」
吊り橋などという足場が不安定な高所が苦手なコルニは、あからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
後でリザードンの背に乗せて飛ばせ、吊り橋を渡らなくとも済むようにしようものかと考えるライトは、子供らしい腕白な笑みを浮かべて足を進めるのであった。
***
日を一度跨ぎ、次の日。
19番道路を踏破した二人は、最後のジムがあるエイセツシティに辿り着いたのであったが―――。
「さぶい」
「コルニみたいな薄着には堪えるね」
「同じ感じの服の人に平気そうな言われても、茶化されてる気にしかならないんだけど」
「実際、平気だから……うん」
「申し訳なさそうな顔で言わないで!」
19番道路の湿地帯とは打って変わり、真冬を思わせるように雪が降り積もる風景。そんな銀世界に対して比較的軽装のコルニはかなり堪えているようであり、両腕を組んで手を脇に挟めて温めるという行動をとっている。
一方ライトは、鼻先が少し赤くなっている程度で、それほど寒そうな様子は見せていない。
「さて、ジムはどこかなっと……」
「ねえ、ライト! もっとこう……ないの!?」
「いや、何が?」
「『寒そうだね。温めてあげるよ』……的な何か!」
「そんなこと言われても僕にできるのは、ポケモンセンターに先に行くように言うことか、自販機で売ってる温かい飲み物買ってあげることだけだよ? あ、ジャージの上着なら貸せるけど……」
「お願いします!」
即、頭を下げるコルニ。
その様子に仕方なしにショルダーバッグを開けるライトは、普段寝間着に使用しているジャージの上着を取り出し、半袖のコルニに手渡す。
青い生地に白い線が入っているスポーツ店で売っていそうなジャージ。防寒機能が高い訳ではないが、半袖で居るよりはマシだとすぐさま着こむコルニ。
「うぅ……ポリエステルの生地の隙間から冷たい風が……」
「もう動いて温まった方が早いんじゃない?」
「言えてるかも……」
『わっはっは! それならお前さん達、ちょっと雪かきを手伝ってくれないか!』
「「ん?」」
19番道路とエイセツシティを繋ぐゲートを出たところに居る二人は、真上から響いてくる声に同時に反応して見上げた。しかし、それだけでは声の主は見えない。屋根の上に居るであろう人物を確認するため二人は、少しばかり前に歩み出す。
するとゲートの屋根には、雪かき用のスコップを担いでいる恰幅のよい男性が大きい白熊のようなポケモンと佇んでいた。
ポケモンは兎も角、男性に関しては水色のダウンジャンパーの下にタンクトップ一枚と、見るだけでこちらが震えあがりそうな薄着だ。
「えっと、どちら様で……?」
「あ? オレか? オレはええと、アレだよ……ウルップってモンだ! 今日はいつにも増して雪が降る日だからよ、屋根に雪がてんこ盛りなんだ!」
「……だってさ、コルニ」
「雪かきってそんなに体温まる?」
「運動量による」
「そっか。じゃあ、バリバリ動いて体を温めてみる!」
(単純だなぁ~)
「お、手伝ってくれるのか!? 助かるよ!」
雪かきを手伝う意思を口にするコルニに、ウルップと名乗った男性は快活な笑みを浮かべる。
対して張り切るコルニは、ブンブンと腕を振って軽い準備運動を終えた後、ゴウカザルばりの軽快な動きで屋根に上る為に立てかけられていた梯子を上り、瞬く間に屋根に辿り着いた。
「ほら、ライトも上りなよ!」
「うん。今から行くよ」
コルニが上り終えたのをしっかりと確認したライトは、『漸く』といった様子で梯子を上り始める。
何故『漸く』と思ったのかと言えば―――。
(幾らスパッツを穿いてるからって、スカートの女子の下はちょっと……)
そういう訳だ。
冷え切った梯子を上り終えた後は、キョトンとした顔で佇んでいるコルニを見て苦笑を浮かべ、二人分のスコップを用意して近付いてくるウルップを見遣る。
「ほれ、スコップだ。雪はゲートの脇の方に落としてくれ」
「はい、分かりました!」
「お前さん達は見たところ、旅の途中ってところかい? 旅先でボランティアを手伝ってくれるなんて偉いな!」
「あれ? ウルップさんってゲートの管理人さんじゃないんですか?」
「うん? いんや、違うよ。オレは……あ~、あれだよ。ジムリーダーだ」
「へ?」
スコップと共にやってきた驚きの発言に、一瞬ライトの体が固まる。
その様子にウルップは、『言ってなかったか?』と頭を掻きながら念押しにもう一度口を開く。
「オレがエイセツジムリーダーのウルップだ。リーグの奴等は『熱く厚い堅氷』とかも言ってくるな」
(この人が……)
思わぬ場所で出会った最後のジムリーダー。
驚くライトとは打って変わり、飄々とした様子で雪かきに移るウルップとコルニ。そんな二人を見て『自分も』と急かされる気分で雪かきに勤しむ。
そんなライトのスコップを握る手、腕―――否、体全体は震えている。
寒さ故の震えではない。
これはまさしく武者震いというものだ。
(この人に勝って、僕は―――!)
「おぉ! お前さん雪かき速いな! オレも負けてられないな! お前さんもそうだろ、ツンベアー!」
「ガウ!」
ウルップが相棒のツンベアーに言うように、ライトの雪かきはまるで急かされているように速い。
誰に急かされている訳でもない。
強いて言うのであれば、先日から昂ぶるに昂ぶっている胸の内の想いに。
すぐ近くに居るリーグ出場のための最後の関門を前にして、ライトの心は焚き付けられ、それに呼応するように体がじんわりと熱くなっていく。
(早くバトルしてみたい!)
***
「あれだよ、ありがとさん。お蔭で雪かきも早く終わったよ」
「アハハ、雪かきって結構体温かくなりますね! もうポッカポカで!」
襟を掴んでパタパタと煽るコルニ。
その横では雪かきを張り切り過ぎたライトが、スコップを杖代わりに突いて息を切らしている。
「お前さんは頑張り過ぎたみたいだな! わっはっは!」
「はぁ……はぁ……はい! あの、ウルップさん!」
「ん? どうかしたのか?」
「僕、ポケモンリーグに出る為にカロス地方を旅してました! エイセツジムが最後のジムなんです!」
「おぉ、そりゃすごいな」
「なので、ジム戦明日お願いできますか!?」
「おう、いいぞ。ちょうど明日は挑戦が一つもないしな」
突然のジム戦の申し込み。
普通は驚きの一つ程度はあっていいものだが、ウルップはあっけらかんとしてライトの申し込みを承諾する。
ここまでは特に当たり障りもない流れ。
だが、ここで徐にライトは左袖を捲りあげ、隠れていたメガリングをウルップに見せつける。
するとウルップは瞠目し、キラリと煌めくキーストーンを凝視した。
「お前さん、そりゃあ……」
「明日のジム戦、全力でお願いします」
「……おう、考えとくよ。だから今日の所はゆっくり休むといい」
「はい!」
綺麗に腰を九十度曲げてお辞儀するライトに、それだけ告げて踵を返して帰路につくウルップ。
大股で去って行くウルップは、建物の角を曲がった辺りで、首から下げているロケットペンダントを手に取ってみた。
開けてみれば、妻と子供が映っている写真が収められているロケットペンダント。
しかし、横に備わっているボタンを指で押してみれば、写真を飾っている部分が上がり、奥に埋め込まれていたキーストーンが露わになった。
「……久し振りに
徐に腰のベルトから取り出すハイパーボール。
その中に入っているのは、
「全力でって言ってたからな。場合によっちゃ、
手に余る新入りだ。
***
「宣戦布告?」
「ん? 何が?」
「何がって……さっきの」
「ああ、アレ? う~ん、別に宣戦布告って訳でもないし、気合いを見せようかと思って」
「気合い……あははっ、何それ!」
ポケモンセンターのエントランスで会話するライトとコルニの二人。ポケモンをジョーイに預け、回復してもらっている間はこうして談笑するのが常だ。
今日もまた、いつものように。
暖房のお蔭で暖かい空気に包まれるエントランス。その中で笑い合っていると、ふとコルニが思い出したかのように『あっ』と声を上げた。
何かをしでかしてしまったかのような様子。
その様子に訝しげに眉を顰めるライトは、コルニの恰好を見てから同じく声を上げた。
何かに気付いた二人は咄嗟に目を合わせる。するとコルニは、何とも得も言えない表情でジャージのファスナーに手を掛け、上げたり下げたりと落ち着きのない挙動を見せた。
「……ライトのジャージ着たまま雪かきやっちゃってた」
「……だね」
「確か寝間着だったよね、これ?」
「うん」
「凄い汗搔いちゃったけど」
途轍もなく申し訳なさそうにジャージを脱いで手渡してくるコルニ。
唯一の寝間着を手に取ると、じんわりと湿っているのが掌に伝わってくる。すぐにでも乾きそうな程度の湿りであるが、問題はそこではない。
「……どうして欲しい?」
「あの……洗濯してから着て頂ければと」
「了解」
ライトから洗うと告げれば、まるでコルニの汗が臭うとでも言っているに等しい。
だが、女子が汗を掻いた寝間着をそのまま着て寝るのも、色々と問題だ。
そこでコルニに指示を仰いだライト。そして返ってきた答えに引き攣った笑みを浮かべて応える。
「コルニ」
「ん?」
「別に嫌な臭いはしないよ?」
「言わなくてもいい!!」
顔を真っ赤にされてツッコまれたライトなのであった。