ポケの細道   作:柴猫侍

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第九十話 冬の布団ほど恋しいものはない

「布団が恋しい」

「ブラッキーを持ちながら言う事?」

 

 真顔でブラッキーを抱きながら歩むライト。その横に並ぶコルニは、鼻水を啜りながらしんしんと雪が降る中を足早に駆けていく。

 一日経ってジム戦の日となった今日。ライトにとっては最後のジム戦(になるかもしれない)日だ。

 並々ならぬ想いを抱いて挑戦することは確かだが、不思議なくらい落ち着いているライトの様子に、コルニは怪訝な表情を浮かべる。

 それともう一つ、コルニが不思議がっていたのは―――。

 

「ギャラドス送ってもらったみたいだけど、必要だった?」

「なんで?」

「だって、ミロカロスが居るじゃん」

 

 ライトがアルトマーレに置いてきたギャラドスを、以前のシャラジムの時のように今朝送ってきてもらっていた事だ。

 しかし、同じ【みず】タイプならミロカロスが既にいる。

 その強さは、ある程度コルニは知っていた為、わざわざ【こおり】に優位を誇る訳でもないギャラドスを連れてくる必要はなかったのではないか。

 コルニはそう考えていたのである。

 

「う~ん……僕、昨日全力でお願いしますって言っちゃったしさ、もしかしたらフルバトルになるかもしれないし」

「フルバトルのジム戦なんてよっぽどじゃないとやらないよ? アタシの時はちょっと特殊だっただけでさ……」

「でも、ミロカロスよりギャラドスが有利な相手も居ない訳じゃないし、用心に越した事は無いと思うよ」

 

 至極最もな意見だ。

 ロトムを正式に捕まえた訳ではないライトの現在の手持ちは五体。つまり、一体分枠が余っていることになる。

 なら余った一枠に信頼に足りる相棒を入れて置き、バトルに臨機応変に対応できるようにしておくのは間違っていない筈だ。

 その意見に一瞬口を噤むコルニ。

 だが、

 

「……ねえ、ライト」

「なに?」

「背、伸びた?」

「……ふふっ、急にどうしたの?」

「いや、何となく……だけど」

「背が伸びたのかって言われても分からないけど、一応成長期だからね。初めて会った時より伸びててもおかしくはないんじゃない?」

 

 他愛のない問いかけ。

 返されるのは屈託のない笑顔だ。その笑顔も、以前よりどこか大人びているような気がしてならない。

 何度も見たことのある笑顔だが、今日の笑顔は一味違う。

 

「……ジム戦頑張ってよね!」

「いだっ!? 背中叩かないでよ……」

「気合注入! ってね!」

「はぁ……はいはい」

 

 ブラッキーを片腕で抱えながら器用にジンジンと痛む背中を擦るライト。

 弾む会話のように軽快に進んでいた歩みをふと止めれば、目の前には水色の屋根の巨大な建物が佇んでいるのが視界に入った。

 本来は鮮やかであろう屋根の水色も、降り積もった白い雪によって美しいグラデーションを創り上げている。

 そして何より、入り口である自動ドアの上に掲げてあるモンスターボールのシンボルマーク。

 見るだけで、先程まで氷のようにシンと落ち着いていた鼓動が、熱く、速く動き始める。

 

「おう、来たか! お前さん!」

「ウルップさん! こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」

 

 突然開く自動ドア。その奥から現れる影は、昨日も見た恰幅のよい男性のものであるのは言うまでもないだろう。

 昨日と同じように見るだけで寒くて震えあがりそうな格好だ。

 

「わっはっは! 元気そうでなによりだ! 今日は……あれだよ、ジム戦だよな。まあ、入り口で駄弁っても仕方ないから、中で話し合おうや」

「はい!」

「それとそっちのお前さん。中は暖房ついてないから、そんな薄着じゃ凍えちまうぞ?」

「へ?」

「でも、コートは貸し出してるからな。それを着るといい」

「あ……ありがとうございまぁす!」

 

 『中は暖房がついていない』。

 その言葉に一瞬表情を凍らせたコルニであったが、コートは貸し出しているとのこと。ホッと胸をなで下ろしたコルニは、そそくさと外よりも幾分か気温がマシな室内へと入っていく。

 

「あれだ、お前さんはどうする? コート着るか?」

「いえ」

「そうか? 結構寒いぞ?」

「大丈夫ですよ。バトルしてたら自然と体が火照ますし」

「おっ、分かるかい。そうだよな。本気のバトルってのは体が熱くなるもんな。今日もそんなバトルができるといいな」

 

 徐に差し出されるウルップの手。ライトの手よりも何回りも大きい手は、ガッシリとした力強さを窺うことができる。

 そのまま握手をした後は、招かれるがままにジムの中へと入っていく。

 最小限の電灯だけ点いている通路は薄暗く、暖房もついていない為体感以上の寒さを覚える。

 今頃コルニはコートを借りて観戦席に向かっているだろうと考えながら進んでいると、一際大きい扉が現れた。

 

「ここが―――」

「おう、バトルフィールドだ。オレは慣れてるが、お前さんには少し寒いかもしれないが……まあ、あれだよ。さっさと熱いバトルを始めようや」

 

 丸太のように太い腕で扉を押しのけるウルップ。

 すると扉の隙間から溢れる光が通路に挿し込み、ライトは思わず目を瞑ってしまった。通路とは違って明るくしているのだろう。

 

「おぉ……」

 

 扉の隙間から吹き付けてくる冷たい風。吐く息が白く、前髪も靡く程の冷気を含んだ風を身体中に受け止めたライトが目にしたのは、何時ぞや訪れたフロストケイブの内部を彷彿とさせる氷のフィールドだ。

 勿論天然の氷ではなく、スケートリンクのように毎日手入れして出来た代物であろうが、バトルフィールド外にできている氷壁や氷柱は自然にできたものに迫る程、美しい出来栄えである。

 白と青を基調とした空間は、天窓から差し込む日光が乱反射して、華々しく挑戦者を迎え入れてくれる。

 

「綺麗、ですね……」

「ん、そーかい? 大抵のチャレンジャーは口頭一番に『寒い』って言うんだけどな」

「はははっ、確かに寒いですけど」

 

 言われてみれば、と引き攣った笑みを浮かべる。ふと観戦席を一瞥すれば、コートを着ていても尚寒さで身を震わせているコルニの姿が見えた。

 『そんなに寒いならバシャーモを出せばいいじゃないか』とも思ったが、ちょっとした悪戯心で黙っておく事にしたライトは、既に審判がスタンバイしているバトルフィールドをもう一度眺める。

 

(氷のフィールド……飛べるポケモンがいいかな)

 

 足場が不安定になりそうなフィールド。踏ん張ることのできないフィールドでは、物理攻撃を主体とするポケモンは普段よりも動きが鈍くなることは必至だ。

 とすると、選択肢としてあげられるポケモンは一体。

 

 そのようなことをライトが考えながらバトルフィールドの端に立っていると、何時の間にやらウルップが反対側に移動し終わっていた。

 

「おーし、じゃあ始めようか! ポケモン出そうや!」

「はい!」

「あ、あの御二方……ルール説明を……」

 

 ウルップが声を上げてボールを構えるライト。

 だがそこで、オドオドした様子の審判である男性がか細い声でストップに入る。自然にバトルを始めようとしていたが、未だにどのようなバトル形式であるかは説明を受けていないライト。

 『あぁ~』と声を漏らしながら審判の説明を待っていると、

 

「ルール? バッジ七個集めてるし大体分かってるよな! 一先ず三体使用のシングルバトルってことにしとこうや!」

(ウルップさんが説明しちゃうんだ)

 

 審判が今まさに説明しようとした時、ウルップが自分の口からあっさりとしたルール説明を行う。

 一応公式戦であるというのにも拘わらず、このアバウトさ。

 見た目や噂に違わぬ大物であることには間違いなさそうだ。

 すると、ウルップが徐にボールを取り出して放り投げる。

 

「出で来い、フリージオ!!」

 

 ウルップが繰り出したのは角ばった氷の結晶のようなポケモン。コイルなどのように無性のポケモンであることは間違いない。

 そして地面に足を着けることなくフヨフヨと宙を漂っている姿に、ライトが繰り出す最初の一体は決まった。

 

「リザードン キミに決めた!!」

 

 フリージオに対してライトが繰り出したのは、【ほのお】・【ひこう】のリザードン。

 ボールから飛び出し、着地すると同時に凍った足場に少しばかり慌てふためくも、なんとか体勢を立て直して転ばずに済んだ。

 その姿に快活な笑い声を上げるウルップ。

 

「わっはっは! 成程、リザードンか! いい選択だ。セオリー通りでな」

「……それは、どうでしょうね」

 

 【こおり】に対して【ほのお】。

 傍から見ればタイプ相性に鑑みた合理的な選択だ。あえてそれを口にすることで挑戦者を煽るウルップであるが、真意は挑発ではない。

 本当にタイプ相性だけに鑑みた選択なのかどうか。

 だが、ウルップの挑発に気が付いたのか、ライトは不敵な笑みを浮かべるばかりで本心を見せようとはしない。

 そしてここで、遂にバトル開始の宣言が審判の口から放たれた。

 

「これより、エイセツジムリーダー・ウルップVS挑戦者(チャレンジャー)ライトのジム戦を執り行います! それでは、バトル開始!」

「フリージオ、“れいとうビーム”だ!!」

「空に逃げて!」

 

 ゴングを鳴らしたのはウルップ。

 彼の指示に伴って眼前に冷気を凝縮させるフリージオは、数秒も経たぬ内に冷気のエネルギーを直線状に佇んでいるリザードンへと解き放った。

 対してリザードンは指示通りすぐさま空へと逃げるという回避行動を取り、“れいとうビーム”の直撃を避けることに成功する。

 普段であれば真正面から“だいもんじ”で迎え撃つところだが、足場が不安定な状況で“だいもんじ”など反動の大きい技を使えば、足を滑らせるなりで隙を作ってしまうことになるだろう。

 それを考慮した上での空戦への移行。

 

(あの“れいとうビーム”……かなりの威力だな)

 

 フィールドに出来上がった連なる氷柱。その巨大さが、フリージオの“れいとうビーム”の威力の高さを物語っていることは言うまでもないだろう。

 

「“こおりのつぶて”だ!」

「“ドラゴンクロー”で防いで!!」

 

 照準を合わせられないようにと天窓付近を旋回するように飛行していたリザードン。そこへフリージオが、空気中の水分を瞬時に凝結させて作り上げた小さな氷を放つ。

 まるで拳銃の弾丸のような速さでリザードンに放たれる“こおりのつぶて”。それを“ドラゴンクロー”で打ち砕こうと奮闘するリザードン。

 しかし、次々と放たれる“こおりのつぶて”を全て打ち砕くことは叶わず、次第にリザードンの体に礫が当たり始める。

 

「……リザードン! フリージオの真上に移動して!」

「グォウ!」

 

 指示を聞いた途端、“ドラゴンクロー”を展開したままの腕を大きく振るい、次々と向かって来る“こおりのつぶて”を一蹴するリザードン。

 そして、その勢いのままにフリージオの真上へと移動する。

 追撃するように“こおりのつぶて”を繰り出し続けるフリージオであったが、既に真上では口いっぱいに紅蓮の炎を溜めるリザードンの姿が―――。

 

「リザードン、“だいもんじ”!!」

「おっと、そりゃ危ないな! “ふぶき”だ、フリージオ!!」

 

 直後放たれる爆炎と強烈な冷気。

 二つは激突し、爆音を上げた後は夥しい量の白い水蒸気で室内を覆っていく。瞬く間に悪化する視界に、ライトはリザードンの姿を見失う。

 降りるよう指示はしていない為、恐らくその場に留まるように滞空しているのは確かだ。

 

(……まだだ)

 

 真面に状況把握できない中、耳をそっとすませるライト。

 その時を淡々を待つ。

 

(まだ……まだ―――)

 

 

 

 

 

――――ピキッ。

 

 

 

 

 

「今だ、リザードン! 背後に“アイアンテール”ッ!!!」

 

 轟く指示。

 次の瞬間、室内を覆っていた水蒸気が何かに巻き取られるように上昇する。それはリザードンが背後に“アイアンテール”を繰り出すために後方宙返りした際の気流によって起こった現象だ。

 鋼鉄のように硬くなった尾は、背後で体を再生させていたフリージオの脳天に命中する。

 氷を穿つ音。

 それが室内に轟けば、青白い結晶のような体は線となって地面に激突した。

 

 視界を悪化させていた水蒸気を切り裂くほどの勢いで地面に叩き付けられたフリージオは、言わずもがな―――。

 

「フ、フリージオ、戦闘不能!」

 

 漸く状況を判別できた審判が、恐る恐る、といった様子でライト側の旗を上げる。

 それを確認したリザードンは地に降り立ち、ウルップは戦闘不能になったフリージオをボールに戻した。

 

「……ほお。背後からデカいのをぶちかまそうと考えたが、どうやら読まれてたみたいだな」

「―――フリージオ。けっしょうポケモン」

「?」

「体温が上がると体が水蒸気になって姿を消すが、下がれば元通りの氷になる。リザードンの炎攻撃で攻め立てれば、【こおり】タイプエキスパートの貴方はそれを利用して奇襲する筈だと思いました」

 

 凛とした佇まい。

 帽子のつばの陰から覗く美しいサファイヤのように蒼い瞳は、直線上のドンと構えているウルップを力強く見据える。

 

「……成程なぁ。事前に生態を把握しといたのかい。だが、オレが生態を利用して奇襲を仕掛けるという保証はどこにもなかった筈だが?」

「勘です」

「勘?」

「僕だったらその手を使う、という勘です」

「―――ほぉ。こりゃ、面白い展開になってきたな」

 

 二体目のポケモンのボールに手を掛けるウルップ。

 メガストーンを装飾として首にぶら下げているリザードンを前に、早々と対処しておきたかった。

 【とくぼう】の高いフリージオであれば、例え効果が抜群な技であったとしても特殊攻撃であれば耐えられる自信があり、相手がこちらを仕留めたと錯覚している内に一撃必殺の技でも喰らわせようとしたが、生憎奇襲は既に見越されていたようだ。

 

「お前さん、随分ポケモンに詳しいようだがなんだ? あれだよ、学者志望なのか?」

「そういう訳じゃないですけど……プラターヌ博士からポケモン図鑑を預かったトレーナーです!」

 

 証拠に。

 そう言わんばかりにポケットから取り出した図鑑を、ライトはウルップに見せつける。

 

「ポケモン図鑑に載っている【こおり】タイプのポケモンの生態は、昨日一通り予習しておきました!」

「成程、だからかい。対処が早いのは」

 

 とは言ったものの、【こおり】タイプは数が少ないと言えど、その種類は四十以上居る。それを昨日だけで覚えてきたのだというのであれば、どれだけ頑張ったのだろうか。

 はたまた―――。

 

「……ま、それは戦ってみてからのお楽しみってことだな。ほら、次のポケモンだ! クレベース、出てきな!」

(ッ、クレベースか……!)

 

 放り投げられるボールから飛び出す氷山のようなポケモン。着地と共に室内全体に轟音が鳴り響く程の体重を有したポケモンは、鋭い眼光で悠然と佇んでいるリザードンを睨みつける。

 

(ひょうざんポケモン……凄い堅いポケモンだってことは知ってるけど……)

 

 チラリとリザードンを見る。まだまだ戦えるという闘気は有しているようだが、如何せん息が乱れている。

 矢張り気温が低い中では体力の消耗が激しいのだろうか。

 

「リザードン、戻って休んでて。ブラッキー、キミに決めた!」

「ほう、ブラッキーか!」

 

 外から中に入るまでずっと抱きかかえられていたブラッキー。しかし、寒さに耐えかねてボールに戻していたが、意外と早く出番が回ってきたようだ。

 凍りついた空間に似合わぬ漆黒の体を露わにするブラッキーは、ブルッと一度身震いし、自分より何回りも大きいクレベースを視界に入れる。

 しかし、臆する様子は見せず、寧ろ昂ぶってきたのか全身の毛を逆立たせて威嚇し始めた。

 

「わっはっは! 粋がいいな! それでこそ、倒し甲斐があるってもんだな!」

「じゃあ、早速いかせてもらいます! ブラッキー、“どくどく”!」

 

 インターバルの旗が振り下ろされたのを確認したライトは、クレベースに対して速攻を掛けるべく、すぐさま“どくどく”を指示する。

 ライトが狙うは持久戦。幾ら物理耐久が高いポケモンだと言えど、状態異常にまで強いとは限らない。じわりじわりと体力を削っていけば勝機は見える筈だ。

 

 指示を受けたブラッキーの体の模様が輝くと、口腔に毒々しい色の液体が凝縮される。それを地面に吐き出せば、毒の奔流が氷のフィールドを爬行し、あっという間にクレベースの足に到達を、その巨体を猛毒で犯していく。

 

「そう来るか。ならこっちは“ジャイロボール”だ、クレベース!」

 

 ウルップの指示が飛んだ直後、クレベースがその巨体に似合わぬ速度で回転をし始める。

 体の大きさも相まって迫力満点の光景だ。威力も凄まじいらしく、クレベースが回転している地面の部分はガリガリと削れ、辺りに氷の破片がバラバラと散らばっている。

 

(威力もそうだけど……速い!)

 

 相手より遅ければ遅いほど威力が上がる【はがね】タイプの技“ジャイロボール”。ここでライトが思った『速い』とは、回転の速度のこと。

 あれだけの巨体で、どうしてあそこまでの回転力を生み出せるのだろうか。

 

「くっ……ブラッキー! 攻撃に備えて“まもる”だ!」

 

 受ければブラッキーと言えど一たまりもないだろう。

 そう考えたライトは素直に防御体勢に入ろうとするが、

 

「“ゆきなだれ”だ、クレベース!」

 

 “ジャイロボール”で回転しながら近付くクレベース。そんな氷の弾丸のような物体から、瞬く間に夥しい量の雪が辺りを呑み込むように放たれる。

 ブラッキーを呑み込まんばかりの雪崩。

 辛うじて事前に“まもる”を指示していた為、寸でのところで雪崩に呑み込まれることは免れるが、これで解決に繋がることはない。

 

「“つきのひかり”と“まもる”を交互に!」

「あくまで持久戦に持ち込む気か! なら、こっちはドンドン攻めないとな、クレベース!!」

 

 じりじりと迫りながら“ゆきなだれ”を繰り出し続けるクレベース。

 一方、ブラッキーは言われた通り“まもる”と“つきのひかり”を交互に繰り出して、相手が先に【もうどく】で倒れるまで耐える体勢に入る。

 だが、余りの猛攻にブラッキーの表情は優れない。

 今にでも脚を雪崩にとられて呑み込まれそうに―――。

 

「ッ!」

「ブラッキー!?」

「そこだ、クレベース!」

 

 氷のフィールド。そして前方から絶え間なく襲ってくる雪崩というシチュエーションの中、とうとう脚を滑らせてしまったブラッキー。

 その隙につけ入るようにクレベースは“ジャイロボール”を止め、全身に橙色の闘気を纏ってブラッキーに飛び掛かってくる。

 

「“ばかぢから”だ!!」

(ッ、【かくとう】技―――!!)

 

 直後、フィールドの氷が砕ける音が鳴り響く。クレベースが先程まで繰り出していた雪は勿論、フィールドを形成していた氷まで天井に跳ね上がるほどの衝撃。

 跳ね上がる物体の中には、ブラッキーの姿も混じっている。

 ドシャ、と力なく雪の上に落ちる音が響けば、ライトが歯軋りをする音と氷が散らばる音だけが室内に響き渡った。

 

「ブラッキー、戦闘不能!」

「……お疲れ様、ブラッキー。次には繋がるから、ゆっくり休んでて」

「これで二対二……あれだよ、一矢報いたってとこだな」

 

 愉悦に満ちた笑みを浮かべるウルップ。

 対してライトは、ブラッキーの労いの言葉を掛けた後、次なるボールに手を掛けてすぐさま放り投げた。

 

「ハッサム! キミに決めた!」

「ほぉ……ハッサムか!」

 

 ライトが繰り出したのはハッサム。【こおり】に対しての【はがね】はセオリーと言えばセオリーだが、エキスパートであるウルップに力押しで勝てる道理はない。

 

「【はがね】タイプ……あれだよ、オレ等には有利だな。だが、熱く厚い堅氷と言われるオレ等を砕ける硬さは持ってるかね」

「芯は貫いてるつもりです。絶対勝って、バッジは貰います」

「……おう、いいな! ますます熱くなってきた! もっと白熱したバトルをしようや!」

「望むところです!!」

 

 

 

 巨大な氷壁を打ち砕くのは、鋼の剣か。それとも―――。

 


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