ポケの細道   作:柴猫侍

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第九十二話 雨垂れ、石を穿つ

『フリーザー。れいとうポケモン。伝説の鳥ポケモン。空気中の水分を凍らせ、吹雪を作りだす事ができる』

 

 何時の間にやら起動したポケモン図鑑が、優雅に宙を舞うフリーザーの情報を読み上げる。

 淡々とした文章。しかし、実物を目の前に聞いてみると、一文字一文字が重く鼓膜に圧し掛かるように錯覚してしまう。

 伝説のポケモンと戦うのはこれで二度目。

 

 しかし、不思議と心の中に不安はない。寧ろ、この関門を潜り抜けてこそポケモンリーグに向かうという考えが生まれてくる。

 これが本当に最後のカロス地方のジム戦。

 

「リザードン。作戦があるんだ。だから、一旦ボールに戻ってくれていい?」

「……グォ」

 

 すぐさまフリーザーとバトルしたくてうずうずしていたリザードンだが、ライトの言葉に不承不承といった様子でリターンレーザーを当てられる。

 勢いに任せるのもいいが、バトルするなら勝つ。

 相手が格上である以上―――例え、対策を考えるだけの時間が限りなく少なくとも、作戦は必要になってくるだろう。

 それは経験であり、機転でもあり―――。

 

「ジュカイン、キミに決めた!」

「お? ここで【くさ】タイプか?」

 

 ウルップや観戦していたコルニの予想とは裏腹にライトが繰り出したのは、【こおり】タイプに不利な【くさ】タイプのジュカイン。

 単純な【すばやさ】でならフリーザーを上回るものの、相手が空戦主体である以上、持ち前の一撃離脱戦法を繰り出す機会は少なくなってしまう。

 それでも出したと言う事は、

 

「……あれだよ、何か作戦でもあるんだろうな」

 

 『捨て駒』という訳でもない筈だ。

 しかし、ゆるやかに進んでいた時間は途端に速く加速する。

 

「ジュカイン! “めざめるパワー”を目の前の地面にぶつけて!!」

 

 第二回戦のゴングを鳴らしたのはライトの指示。

 狙いはフリーザーではなく、フィールド。クレベースの技のお蔭でこんもりと積もった雪がある場所だ。

 

(目を眩ませるっつー寸法か)

 

 “めざめるパワー”が地面にぶつかれば、爆発の衝撃で雪が舞い上がる。

 空中で羽ばたいているフリーザーに届く程舞い上がる雪は、確かにフリーザーやウルップの目を眩ませるに足り得るだろう。

 

「だが、それじゃ少し壁が薄いんじゃねえか? フリーザー、“れいとうビーム”!!」

 

 次の瞬間、フリーザーの口腔に冷気が凝縮され、瞬く間に発射される。

 フリージオの“れいとうビーム”とは比べ物にならないほどの、発射までの時間。耳を劈くような音が響いたと思えば、青い線の残光だけが人の目に映った。

 

「う……うっそ……!?」

 

 舞い上がった雪が地面に落ちることによって露わになる光景に、コルニは青褪めた顔でジュカインが居た場所を見つめる。

 そこに存在していたのは、ピクリとも動かない―――否、動けないジュカインの氷像だった。

 

 ビキッ……ガシャン!

 

「ひぃい!?」

「うぉおう!?」

 

 氷像の頭部に罅が入る。

 そのまま中のジュカインが出てくるものだと思ったコルニであったが、氷像の頭部が真っ二つに砕けたのを目の当たりにし、悲鳴を上げた。

 流石のウルップも予想外の光景であったのか、瞠目してジュカインの氷像をよく眺めるが、矢張り【こおり】のエキスパートは気付く。

 

「あれだよ、“みがわり”かっ!」

「ジュカイン、“きあいだま”だ!!」

 

 刹那、フリーザーが飛んでいる下の雪の中から、一つの緑色の影が出現する。

 紛れもないライトのジュカインは、既に“きあいだま”を繰り出せる寸前までエネルギーの充填が完了しており、あとは数メートル上のフリーザーの体に当てるのみだ。

 

「フリーザー、“とんぼがえり”を決めてやれ!」

「っ……速い!」

 

 確実に当てられるであろう射程に入った瞬間、ジュカインは両腕を突きだして“きあいだま”を発射する。

 だが、その瞬間にフリーザーは“とんぼがえり”を繰り出し、“きあいだま”の直撃から逃れることに成功した。

 外れた“きあいだま”は僅かに尾に触れるだけ。ジュカインの瞬発力を以て接近しても、当たらないとは。

 

 しかし、そのことに呆けている余裕などありはしない。

 “とんぼがえり”を行ったフリーザーは、そのまま宙で無防備となっているジュカインの背中に嘴を突き立て、凄まじい勢いで急降下していく。

 

「そのまま“れいとうビーム”だ!!」

「“めざめるパワー”!!」

 

 このままジュカインに止めをさそうと、フリーザーの口腔に再び冷気が凝縮されていく。

 だが、その間にジュカインは右掌をフリーザーの胴体に沿え、最後っ屁の攻撃を繰り出す。

 僅かにジュカインの技の出が早かったのか、【ほのお】タイプの“めざめるパワー”がフリーザーの胴に直撃する。

 しかし、次の瞬間にはフリーザーの“れいとうビーム”がジュカインに放たれ、同時にジュカインの体はフィールドに叩き付けられた。

 

 衝撃と共に、有り余る冷気がジュカインの墜落地点に雪の結晶の様な六花を描き出す。

 “とんぼがえり”と“れいとうビーム”のコンボ。どちらも【くさ】タイプに効果が抜群な技だ。

 

「ジュカイン、戦闘不能!」

「……ナイスファイト、ジュカイン。なら次は、ギャラドス! キミに決めた!」

 

 休んでいる暇はない。

 畳み掛けるべくライトが繰り出したのは、きょうあくポケモンのギャラドスだ。体の大きさであればフリーザーを上回る。

 しかし当のフリーザーはというと、体格の違いを臆することなく凛とした瞳でギャラドスを睨みつけるだけだ。

 美しく優雅なフリーザーから放たれる“プレッシャー”は相当なものであり、あのギャラドスでさえ一瞬竦んだような様子を見せる。

 しかし、お返しとばかりにギャラドスはフリーザーを“いかく”した。

 

 ビリビリとひりつく空気。室内が冷えていることもあり、肌が痛くなってしまう程の緊迫感だ。

 

「ギャラドス、“りゅうのまい”!!」

 

 その中で先に動いたのはライト達。

 シャラジム戦以来の再会であるというのにも拘わらず、ギャラドスの指示を受けてからの動きは俊敏だ。

 激しい舞を行い、周囲の雪を巻き上げて目を眩ませながら、自らの【こうげき】と【すばやさ】を一段階上げていく。

 だが、それをウルップがみすみす許すはずもない。

 

「お前さん……あれだよ、ちょっと単調じゃないか!? フリーザー、“みずのはどう”からの“れいとうビーム”だ!」

 

 動きは激しいが、一か所に留まって舞を続けるギャラドスを―――その巨体に狙いを定めることは造作もない。

 大気中の水分を口腔に凝縮させたフリーザーは、ギャラドスの巨体目がけて“みずのはどう”を繰り出す。

 

「尻尾で弾いて!!」

 

 一方ライトは、それを尻尾で弾くよう指示する。

 その巨体に比例して大きくなっている尻尾。尾びれも広く巨大である為、受け止めるにはもってこいだ。

 球体の“みずのはどう”を尾で弾こうとするギャラドス。

 しかし、

 

「ギャオ!?」

 

 ギャラドスの尾に当たろうとする寸前で“みずのはどう”が、繰り出した張本人であるフリーザーの“れいとうビーム”によって氷漬けにされ、巨大な氷塊と変貌する。

 氷塊が尾に当たれば粉々に砕け散った。

 だが、その破片はギャラドスの身体中を襲い、まるで霰のようにギャラドスの巨体に小さな擦り傷を刻み込む。

 

「くっ……“アクアテール”で雪を巻き上げて!!」

「それを何度も喰らう程、オレも甘くはないぞ! もう一度“みずのはどう”からの“れいとうビーム”だ!!」

「こっちのセリフです! “かみくだく”で砕いて―――」

 

 瀑布を纏った尾が雪や水を巻き上げるも、それを“れいとうビーム”で凍らせられた“みずのはどう”の氷塊が突破してくる。

 しかし、その氷塊をギャラドスは強靭な顎で噛み付き、砕く。

 『他愛もない』と言わんばかりに、ギャラドスは唾代わりに氷を吐き捨てる。

 それを一瞥したライトはと言うと、

 

「“ぼうふう”で返してあげて!!」

「なんとっ!」

 

 先程の意趣返しとばかりに、芭蕉扇のように大きい尾びれで巻き起こした風で、氷の破片をフリーザーの下へと吹き返す。

 只の暴風。そして只の霰であれば、フリーザーにとっては容易く対処できる事象であったものの、狙って放たれる氷の破片や暴風は話が別だ。

 ギャラドスの巻き起こす“ぼうふう”に翼をとられ、共に襲いかかってくる氷の破片にフリーザーは眉間に皺を寄せる。

 

「よし、今だ! “アクアテール”!!」

 

 今がチャンスとばかりに、ギャラドスの得意技である“アクアテール”を指示するライト。

 考えていたことはギャラドスも同じであったらしく、『待っていました』と言わんばかりにギャラドスは跳ね上がり、フリーザーに向けて巨木のように太い尾を振るおうとする。

 当たれば大ダメージを期待できる一撃。否応なしに見ている者は固唾を飲む。

 

「―――少し、詰めが甘いと思わないか?」

 

 まさに直撃しようとしたその瞬間、フリーザーがギャラドスの尾を掻い潜り、一気に眼前まで飛翔した。

 

「フリーザー! “フリーズドライ”を決めてやれ!!」

 

 凍りつく音。

 その音がライトの鼓膜に響いた時に視界に映ったのは、全身が薄氷に包まれる凶竜の姿だった。

 

「っ……ギャラドォ―――――ス!!!」

「ギャ……ォォォオオオ!!!」

「なに!? まだ動けるか!?」

 

 薄氷に包まれていく体。それにも拘わらずギャラドスは咆哮を上げて自らを鼓舞し、そのまま眼前のフリーザーの翼に噛み付く。

 そして、そのまま首の筋肉を捩じってフリーザーをフィールドへ叩き付けようと放り投げる。

 同時にギャラドスを覆っていた薄氷は完全に体を覆いつくし、ギャラドスは身動きを取れなくなり、一足遅れてフィールドに墜落した。

 

「ギャラドス、戦闘不能!」

「……キミの頑張りは無駄にしない。戻ってゆっくり休んで、ギャラドス」

 

 “フリーズドライ”の一撃で倒されてしまったギャラドスをボールに戻すライトは、凄まじい眼力で少しだけよろめくフリーザーを眺める。

 どうやら、今迄降り積もっていた雪がクッションとなり、思ったよりも墜落のダメージは受けていないようだ。

 まだ体力を半分も削れていない。

 しかし、着実にダメージを与えることはできている。

 

「……あれだよ」

「?」

「お前さんのギャラドスの執念……久し振りに冷や汗搔いちまった」

 

 ニヤリと口角を上げるウルップ。

 対してライトは何も発さず―――笑った。

 

「……リザードン!」

「ほお……ここでか」

 

 ギャラドスに次にライトが繰り出したのはリザードンだ。疲弊していることは間違いないが、その疲れを感じさせぬ程の気迫をリザードンは発している。

 場に現れただけで、周囲の雪や氷が少しだけ溶ける程の熱量。

 どのような相手であるのかはフリーザーにも分かるのか、ジュカインやギャラドスの時よりも眼光は鋭くなっている。

 

「よーし、フリーザー……まずは―――」

「ヒュォォオオオ!!」

「って、おい! はぁ~、まったく……」

 

 リザードンを前に端的な作戦を口にしようとしたウルップであったが、フリーザーが先行してしまうことにより、作戦を伝えることができなくなってしまった。

 こうして先走ってしまうことは懐いていないことを如実に示しているととれるが、果たしてまだ手持ちに入れて時間がそれほど経っていないのが原因か。

 はたまた、フリーザーのレベルが高いのが原因か。

 

「いや……性格だろうなぁ。あれだよ、お前さんにも譲れない誇り(プライド)ってモンがあるんだよな!」

 

―――ならば、その性格を上手く生かしてやるのもトレーナーの役目

 

「フリーザー! リザードンの足元狙って“れいとうビーム”だ! 動きを止めてやれ!」

「リザードン! 足元に“だいもんじ”を撃って飛んで!」

 

 リザードンを拘束すべく足元に“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 一方リザードンは、クノエジムでも見せた方法―――炎の上昇熱を空に飛ぶための推進力にする方法で空中に逃げると同時に、フリーザーと同じフィールドへ移行する。

 空戦。

 同じ翼を持つポケモン同士でも、鳥と竜では空での戦い方が違う。

 しかし、両者が出した指示は同じだった。

 

「「上をとれ!!」」

 

 空での優位性を得る為、リザードンとフリーザーはほぼ同時に天窓へ向けて翼を大きく羽ばたかせる。

 その結果、相手の上をとる事ができたのは、

 

「リザードン、“だいもんじ”!!」

「フリーザー! “みずのはどう”で牽制してから回避だ!」

 

 フリーザーの上をとったリザードンは、すぐさま真下に迫っているフリーザーに向けて、青い爆炎を解き放つ。

 対して、『炎を消すなら水』と言わんばかりに繰り出される“みずのはどう”だが、如何せん技の地の威力が違い過ぎた為、焼け石に水だった。

 “だいもんじ”と拮抗した“みずのはどう”は数秒経てば蒸発して消え、そのまま“だいもんじ”はフリーザー目がけて降り注ぐ。

 しかし、“みずのはどう”で稼いだ時間で“だいもんじ”の射線上から逃れたフリーザー。

 標的を逃した炎はそのままフィールドへと降り注ぎ、積もっていた雪の一角を溶かし尽くす。

 

「リザードン! ドッグファイトを仕掛けて“だいもんじ”!」

「成程な。ならフリーザー! こっちは追っかけてくるリザードンに、土産代わりに“れいとうビーム”で障害物を作ってやれ!」

 

 途端に急降下し始める二体。フィールドの床スレスレを滑空するように飛行する二体は、まさしく戦闘機が行うようなドックファイトを繰り広げる。

 リザードンが背後から“だいもんじ”を放ち、それをヒラリヒラリと蝶のように躱すフリーザーは、進行方向に“れいとうビーム”を放つことにより、一瞬で巨大な氷柱を作り上げる。

 まさしく、伝説のポケモンだからこそできる速さだ。

 

 自分が作り上げた氷柱を躱しながら飛行するフリーザーに対し、フリーザーよりも一回り大きいリザードンは相手程氷柱を上手く回避できない。

 時には“だいもんじ”が氷柱に当たり、時には“ドラゴンクロー”で無理やり砕いて突き進むという始末だ。

 次第にフリーザーに突き放されていくリザードン。このままでは、折角掴みとった優位性を利用することなく時間だけが過ぎるだけ。

 

「なら……“フレアドライブ”!!」

「グォォォオオオ!!!」

 

 刹那、青い炎を身に纏ってフリーザーへと特攻するリザードン。

 爆炎を纏っているに等しいリザードンには、先程まで障害物であった氷柱も意味をなさなくなる。

 そのお蔭で先程までの差をどんどん埋めていく。

 

「だが……何時まで持つかな?」

「……」

 

 ウルップの問いに無言になるライト。

 “フレアドライブ”は【ほのお】タイプの物理攻撃の中でも特に強力な部類に入るが、反動が大きいという欠点がある。

 まさに諸刃の剣。

 そう何度も繰り出せる技ではないのだ。

 フリージオ、ユキノオーといった相手をした上で、どこまで体力が持つのか。

 

(フィールドは……)

 

 リザードンの体力にも気を掛けながら、フィールドへと目を移すライト。

 クレベースやユキノオーによって積りに積もっていた雪だが、リザードンの炎によって大部分が水へと溶けている。

 最早氷のフィールドというよりは、水のフィールドだ。

 

(そろそろ―――)

「悠長に考えてる場合か? フリーザー、“とんぼがえり”!」

「っ、リザードン!! 後ろ!!」

 

 突如、大きく翼を広げて“とんぼがえり”するフリーザー。

 余りの動きの滑らかに“フレアドライブ”で特攻していたリザードンは動きに反応することができず、みすみす背後をとられてしまった。

 何とか反転してフリーザーを受け止めようと腕を構えたリザードンであったが、それよりも早くフリーザーが懐へと飛び込み、嘴を突き立ててくる。

 効果はいまひとつと言えど、残り少ない体力の中ではキツイ一撃。

 

「そのまま“れいとうビーム”だ!!」

 

 更に畳み掛けるべく、ゼロ距離での“れいとうビーム”を敢行するフリーザー。

 

「ッ……!?」

「グルゥッ……!」

 

 確実に仕留めようとして放つ“れいとうビーム”だが、中々相手を凍てつかせるには至らない。

 それもそうだ。

 まだリザードンは、“フレアドライブ”を繰り出すのを止めていないのだから。

 

「グォォォオオオオオオオオオ!!!!!」

「ヒュア゛ッ……!?」

 

 胴体に嘴を密着させたまま“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 その喉元を狙って、リザードンはエメラルドグリーンに輝くエネルギーを纏った爪を振り下ろした。

 そのまま振りぬけば、フリーザーは跳ねる様にして後方に吹き飛んでいく。途中で何とか体勢を立て直し、宙に留まることはできたものの、思わぬ一撃にかなりの体力を持っていかれたようだ。

 一方リザードンは、受け身無しで地面に横たわる。すぐに立ち上がろうと体に力を込めているのが見えるが、流石に疲労が限界を迎えたのか、メガシンカが解けてしまう。

 本来、戦闘不能になってからメガシンカが解けるのが常だが、今回はメガシンカが解けても尚意識を保っているという稀なケースだ。

 闘志は消えていない。しかし、これ以上のバトルは危険だ。

 

「……すみません! リザードンは棄権で!」

「……そうか! なら、早く戻してやりな!」

「はい!」

 

 未だに立ち上がろうと必死になっているリザードンをボールに戻すライト。

 リザードンは納得しないかもしれないが、トレーナーとしては正しい決断であろう。

 

「……慰めになるか分からないけど、キミは本当に頑張った。相手が伝説っていうのもあるし、その前に二体も相手して疲れてるのもあるし、指示を出してるのがジムリーダーっていうのもあるからね」

 

 サンダーの時とは違う要因を口に出しながら、リザードンのボールに語りかけるライトの表情は、至って穏やかだ。

 

「キミが意地っ張りっていうのは分かるけど、今日は祝勝会でポロック一杯用意してあげる。その時、奮発して高いコーヒーも用意するから、それで手打ちにしといて」

 

 このままでは拗ねてしまうであろうリザードンのご機嫌をとるような言葉を投げかけながら、そっとボールを腰のベルトへと戻す。

 そして、最後のボールに手を掛け、地面にそっと置きながら開閉スイッチを押した。

 

「……絶対に勝つ。勝ってみせる。ミロカロス、キミに決めた!!」

 

 最後のポケモンは言わずもがな―――ミロカロスだ。

 ギャラドスに迫るほどの巨体を誇りながら、荒々しさや猛々しさは一切なく、寧ろ神々しささえ覚えるほどの美しさを魅せるポケモン。

 ミロカロスが繰り出された瞬間にウルップや審判が『おぉっ……』と声を漏らしたのが何よりの証拠だろう。

 

 地面に置かれたボールから飛び出してきたミロカロスは、ライトを中心にとぐろを巻く。

 そして、ライトが差し出した右手に頭を垂れれば、ミロカロスの鼻先へライトは軽くキスする。

 洒落た登場の仕方だが、これはライトがミロカロスに強いられていることであり、特に深い意味は無い。

 要するに、ミロカロスが顔を近付けて来た時は『チューして』のサインだということだけだ。

 

「よし……任せたよ」

 

 闘魂注入は充分。

 意気揚々とフィールドへ乗り出すミロカロスは、フリーザーへと視線を泳がせた。

 

 相手もかなり疲弊しているだろうが油断は禁物だ。

 しかし、言わなくても理解しているのか、ミロカロスは既に臨戦態勢に入っていつでも動けるようにしている。

 

 役者は整った。

 

「……あれだよ。始めようか! まずは“れいとうビーム”だ!!」

「水を巻き上げて!!」

「おおっ! 面白い戦い方だ!!」

 

 小手調べに“れいとうビーム”を放つフリーザー。

 一方ミロカロスは、扇子のように美しく彩られた尾ヒレでフィールドに満ちた水を巻き上げる。

 すると、巻き上げた水に“れいとうビーム”が直撃し、あっという間に巨大な氷壁が出来上がった。

 

 そのお蔭で“れいとうビーム”はミロカロスに命中することなく、寧ろミロカロスを護る為の盾を作ってしまう。

 ライトやコルニにとっては、ほんの数日前に似たような戦法を使うトレーナーが居た為、見慣れている。

 

 そうレンリタウンの時のような。

 

「……リザードンのお蔭で、フィールドに水が満ちました」

「! ……成程なぁ。してやられたぜ」

 

 ボソッとライトが呟いた言葉。

 それを聞いた途端、ウルップは先程までの攻防が只のドッグファイトでないことを知った。

 表面的には単純にフリーザーに【ほのお】攻撃を仕掛けるだけに見えるが、裏ではフィールドに積もっていた雪や霰を溶かすという目的を有していたのだ。

 それは何よりも、最後に控えるミロカロスの為に―――【みず】タイプのポケモンが最大の力を発揮する為に。

 

 するとライトは徐に天井に指差す。

 他の者達が指先を追えば、先程まで晴々とした太陽の光が差し込んでいた天窓付近に、黒い暗雲が立ち込めているのが見えた。

 

「―――“あまごい”」

 

 次の瞬間、その暗雲から豪雨がフィールドへと降り注ぎ始めるではないか。

 ザアザアとフィールドに居る者達を打ち付ける雨。ミロカロスやフリーザーのみならず、トレーナーであるライトやウルップまでだ。

 【みず】タイプに恩恵をもたらす恵みの雨。しかし、フリーザーにとっては羽毛を濡らし、翼を重くする悪夢のような雨である。

 鳥ポケモンにとっては非常に苦しい状況だ。

 

「……ミロカロス」

「……フリーザー」

「“ハイドロポンプ”ッッッ!!!」

「“れいとうビーム”ッッッ!!!」

 

 刹那、激流と冷気が激突する。

 本来であれば後者が押し勝つ筈だったが、ここまで後ろ盾を得れば互角まで持って来ることはできたようだ。

 いや、それだけではない。

 今までの分を全て吐き出すかのように激流を口腔から解き放つミロカロスの鬼気迫る様子。

 フリーザーは圧倒されていた。

 

「もう一度、“ハイドロポンプ”ッ!!!」

「右に旋回ッ!! 躱すんだッ!!」

 

 一回分のエネルギーを全て吐き出した両者。

 続けざまにもう一度“ハイドロポンプ”を繰り出すミロカロスだが、ウルップはフリーザーに回避行動をとるように指示する。

 理由は二つ。一つは強力な“ハイドロポンプ”を繰り出せる回数を減らす為。特性が“プレッシャー”であるフリーザーであれば、平均五回と言われている“ハイドロポンプ”の発射回数を三回程までに減らすことができる。

 つまり、三回耐え凌げばフリーザーは優位性を確保できるのだ。

 

 二つ目は、“あまごい”によって作りだされた相手が優位な状況の中で、下手に攻勢に出れば押し切られる可能性が存在する為である。

 

(ライト君……あれだよ、お前さんはユキノオーが相手の時に天候の変化が終わるのを見計らって攻勢に出た。ならオレもそうさせてもらうぞ!)

 

 “ハイドロポンプ”を回避するフリーザー。

 薄皮一枚という所で躱した為、若干体勢が崩れるもののすぐに立て直す。

 

「もう一度、“ハイドロポンプ”だ!!」

「躱せぇ!!!」

 

 最後の一発。

 爆発に似たような轟音が轟けば、雨に伴って威力が上昇した“ハイドロポンプ”がフリーザーの体を穿とうと発射される。

 

「ヒュッ……ォア゛ッ!!」

 

 ギリギリ当たる位置。

 しかし、咄嗟に機転を利かしたフリーザーは、放たれる“ハイドロポンプ”に“れいとうビーム”を放つ。

 すると“ハイドロポンプ”の先端の一部分だけが凍りつくが、あろうことかフリーザーはその凍った部分を足蹴にして“ハイドロポンプ”の射線上から逃れた。

 

「ようし!!」

「なっ……!?」

 

 思わずガッツポーズが出るウルップと、驚きを隠せないライト。

 

「ミロカロス、“まもる”!!」

「フリーザー、“みずのはどう”をぶっかけてやれ!!」

 

 どうやら“ハイドロポンプ”の残弾は把握していたライトは、無難に“まもる”で防御に転ずる。

 そこへウルップは“みずのはどう”を繰り出すものの、“まもる”によって阻まれた。

 しかし、ここで―――。

 

(雨が……晴れたか……!)

 

 ミロカロスの優位を保障するに至っていた雨が止んだ。

 立ち込めていた暗雲が天窓から退いていき、燦々と輝く日光がフィールドへと降り注ぐ。その日光はスポットライトのように、宙を舞うフリーザーの体を照らしつける。

 空気中の水分を凍らせるフリーザーを日光が照りつければ、羽毛や氷の結晶に反射して周りが煌々と煌めく。

 

「フリーザー! 【みず】にキツ~イ一撃喰らわしてやれ!! “フリーズドライ”ッ!!!」

「ヒュォォォオオオオアアア!!!」

 

 次の瞬間、ミロカロスの体を潤していた水分が、フリーザーの技によってみるみるうちに凍りついていく。

 本来【みず】には効果がいまひとつな【こおり】タイプの技―――にも拘わらず、【みず】の弱点となり得る【こおり】技。

 それが“フリーズドライ”。

 

 瞬く間に凍りついていくミロカロスの体。

 数秒もすれば、数々の彫刻家や画家がモデルにしたというミロカロスの氷像が出来上がる。

 六メートルを超える体が全て氷に包まれピクリとも動かなくなった。

 

 シンと静まりかえる室内。

 

(……あの時と同じだ)

 

 唯一聞こえてくるのは、フリーザーの羽ばたきによる音だけ。

 

(僕はあの時みたく、キミを信じられてる)

 

 日光が、ミロカロスの生き氷像を照らし上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今だ、ヒンバス!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今だ、ミロカロス!!」

 

 氷が砕ける。

 瞠目するフリーザー。その紅い瞳に映し出されるのは、体全てを覆っていた氷を砕き、その氷によって受けたダメージを一枚の壁へと収束するミロカロスの姿だ。

 

最初(ハクダン)がそうだった)

 

 あの時より、彼女の背中は大分大きくなった。

 

最後(エイセツ)もそうなったみたいだね)

 

 力強く、美しく。

 

(だから……これで決めよう!!)

 

 

 

 

「“ミラーコート”ッッッ!!!!!」

「ミ―――ッ!!」

 

 

 

 

 

 一条の光がフリーザーを呑み込む。

 

「オ、オレの氷を……」

 

 爆ぜる光に、一瞬何が起こったのか思考が追いつかなくなった。

だがウルップは、自分の目の前に倒れているフリーザーを目の当たりにし、はっきりと理解する。

そして悔しそうに、どこか嬉しそうに言い放った。

 

「砕きやがった……!」

 

 

 

 

 

「フリーザー、戦闘不能!! よって勝者、挑戦者ライト!!!」

 

 

 

 

 

 氷を砕いたのは―――否、貫いたのは力強く、そして美しく育った水だった。

 


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