『成程……サマーキャンプの予定にあるバトル大会で勝って、皆と思い出づくりをしたいってことだね?』
『はい!』
ポケモン協会公認ポケモントレーナー特別養成学校『トレーナーズスクール』。ポケモントレーナーとして実力を上げる為、数々の子供達が集う学び舎―――というのは堅苦しい建前は置いておき、授業が終わって放課後となった今、ポケモン達の飼育小屋の前で座り、話をしている教師と生徒。
教師、といってもバイトで講師を務めているレッドは、このトレーナーズスクールでそれほど大きな権限を持っている訳ではない。
だが、生徒の『頑張ろう』という気持ちを尊重したいのは、かつて自分がそうであったということも踏まえ、しっかりと向き合おうとしている。
そんなレッドが、ミヅキという少女から受けた相談。
内容は、自分は一か月後にカントー地方から引っ越してしまう為、それまでに思い出を作りたいというものであった。
具体的に言えば、三週間後にトレーナーズスクールの行事の一つであるサマーキャンプのバトル大会で、優勝するというものだ。
三人一チームに別れて、一人一体のポケモンに指示を出して戦うという至ってシンプルなルール。
そのバトル大会で勝ちぬき、是非カントー地方での良い思い出として心に残したいとミヅキは口にする。
是非、快く手伝ってあげたい案件であるが、レッドの中ではとある考え方が生まれてしまっていた。
自分は現在、バイトであるといっても講師的な立場。
出来るだけ平等に生徒達に接してあげるべきではないのか。
バトルの特訓相手になることは幾らでもしてあげられるが、それでは他の生徒達と平等かどうかという点で問題になってくる。
(どうしたものか……)
「ピィカァ?」
「ほら、ピカチュウちゃん。ほっぺにケチャップついてるわよ」
「チャァ~」
無言で悩むレッド。
その目の前では、レッドの母親がピカチュウの頬についているケチャップを拭ってあげていた。
現在、一般的な家庭であれば夕食である時間帯。
久し振りに自宅での夕食に花を咲かせようとも思っていたが、案外喋ることも無かった為、こうしてバイトに関する思考に入るのであった。
しかし、久し振りの母親の手料理。懐かしい味に、料理を口に運ぶ箸の速さは留まる事を知らない。
「……母さん、おかわり」
「あら? 珍しいわね、レッドがおかわりなんて」
「美味しいから、ごはんが進む……」
「ふふふっ、嬉しいこと言ってくれるわね」
表情筋をほとんど働かせないまま言い放つレッドに、彼の母親は気恥ずかしいのか、紛らわすかのように笑いながら、手渡された茶碗にご飯をよそう。
ホカホカのご飯がよそわれた茶碗が手に戻れば、食卓に並ぶおかずを少し口に入れてから、白く艶々とした米を口に運ぶ。
米を甘く感じる程噛んだ所で飲み込んだレッドは、補給した糖分をフル活用して、ミヅキの願いをどのような形で叶えるかを再び考え始める。
(う~ん……そう言えば、あの子の持ってたゴンベって―――)
ピンポ~ン。
「ん?」
「あら? 誰かしら? 私ちょっと玄関に出てくから、レッドは食べてていいわよ」
「ん~」
気の抜けた返事をして、玄関の赴く母親を見送るレッド。
ふとテーブルに目を向ければ、既に夕食を終えたピカチュウが第五匍匐前進のような動作で近寄ってくるのが見えた。
料理にぶつかって零れるといけないと考えたレッドは、徐にピカチュウの胴体を掴んでテーブルから下ろそうとする。
『レッド~! ナナミさんが来てるわよ~!』
「ナナミさん……?」
『お菓子持ってきてくれたわよ~!』
「……は~い」
お菓子と言われて立ち上がらない訳にはいかない。
下ろそうとしたピカチュウを、まるでラグビーボールを抱えるように持ちながら、玄関へ颯爽と向かって行く。
ピョコっとダイニングルームから廊下の方へ顔を出せば、お菓子が入っているであろう箱を持っている母親の姿と、幼馴染の姉である女性の姿を窺うことができる。
その女性―――ナナミはレッドに気付いたのか、レッドの方に小さく手を振った。
「レッドくん、久し振り。元気だった?」
「はい。それはもう……」
「あ、きのみクッキー焼いたから、後でお母様と一緒に食べてくれると嬉しいな」
「ありがとうございます……」
小さい頃、何度も味わったきのみクッキー。バリエーションが豊富であったが、全て薄味であったことを覚えている。
箱の大きさを見る限り、結構な量を焼いてくれたのだろう。
人間二人で食べる分にしては多そうである為、恐らくレッドの手持ちのポケモン達の分も焼いてくれたということは直ぐに理解できた。
ポケモン達の分まで深々とお辞儀するレッド。
すると、腕の中に納まっていたピカチュウが途端に抜け出し、ナナミの下へ駆け寄った。
「ピッカァ!」
「ピカチュウも久し振りね!」
「チャァ!」
「そういえばナナミちゃんって、夏休みにわざわざオーキド博士の所に来てお手伝いしてるんですってね。ホント、感心しちゃうわぁ~!」
「いえいえ、そんな……卒論の為ですから」
母親の視線を感じる。
レッドは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に別の方向へと視線を向けているが、ナナミの言う『卒論』も気になる為、意を決して視線を戻した。
「卒論って……何を書くつもりなんですか?」
「ポケモンのなつき進化のことよ! 例えばレッドくんのパートナーのピカチュウも、学会ではピチューがなつき進化した個体ってことにされてるの」
「? ……でも、俺が会った時にはもうピカチュウでしたよ?」
「そ。『なつき』って一言に言っても、学者が掲げる定義は結構ばらけてるからね。でも私がテーマにしてるのは、なつき進化はなつき進化でも、他の要因も含んだりする場合の種族とその要因に関することだから。例えば、エーフィもなつき進化だけど、時間帯が日中じゃなければ駄目だっていう研究結果も出てるから―――」
流暢に語っていくナナミであるが、レッドはその大半を理解し切れていない。
所謂感覚派のレッド。基本、『考えるな、感じろ』で勝利を勝ち取ってきたレッドは、専門的な知識には疎い。
それは兎も角、ナナミの話を聞いたレッドは、先程までの胸のわだかまりが解けたのを感じ取った。
「……ナナミさん。ゴンベって進化しますか?」
「ゴンベ? 進化するも何も、ゴンベが進化してカビゴンになるのよ。因みに、その条件としてなつきが挙げられてるから、私の卒論テーマの範囲内と言えば範囲内ね」
「……成程。ありがとうございました」
ゴンベの進化形がカビゴン。
ならば、自分があの少女にできることといえば一つ。
「すみません、ナナミさん。グリーンって今―――」
***
ワイワイ、ガヤガヤ……。
そのような擬音がピッタリのトレーナーズスクールのバトルコート。燦々と太陽の光が降り注ぐ中、バトルコートの両端に佇むのは、レッドともう一人。
「行け、バンギラス!」
「……カビゴン、お願い」
重量級の二体が場に現れると同時に、観戦しようとしている生徒達の歓声が一層大きくなる。
すると、特性の“すなおこし”でバトルコートが砂嵐に包み込まれ、少々視界が悪くなった。
だが、二体のポケモンの主である二人は吹き荒ぶ風を気にもせず、ジッと直線状に佇む姿を見合う。
「レッドォ! 幾ら授業だからって手加減しねぇから覚悟しやがれ」
「グリーンこそ……手加減したら逆エビ固めをかけるよ」
「俺に対しての直接攻撃は止めろ!」
今日、生徒に見せる為のバトルを繰り広げるのは、レッドとグリーンの二人だ。言わずもがな、グリーンはこのトキワシティのジムリーダー。地元の住民からの知名度はかなり高く、わざわざこうしてトレーナーズスクールにジムリーダーがやって来たことに、生徒達の興奮は最高点に達していた。
何故、トキワジムリーダーであるグリーンがやって来たのかと言うと、昨日の晩にレッドがグリーンに対してバトルするよう持ちかけた為であるが、それまでに至ったレッドの理由がこれだ。
―――ゴンベってカビゴンの進化前だから戦い方も似てるんじゃない?
つまりこのマッチは、ミヅキに見せる為にレッドが組んだものである。
生徒全員が見る為であれば、あからさまな不平等になることはない。カビゴンのような重量級のポケモンを持つ生徒も居る為、ミヅキ以外にも参考にできる生徒達も少なくないのだから―――。
あと単純に、身近にいる人物の内、本気でバトルができる相手がグリーンぐらいだったというのも、グリーンを選んだ理由の一つだ。
「バンギラス、“ストーンエッジ”をブチかませ!」
「“じしん”」
重量級のポケモンらしく、互いに高威力の技を繰り出し合う二体。
その激しい攻防を観戦する生徒達は、まるで公式戦を生で見ているかのような興奮で昂ぶっていき、子供らしい甲高い歓声を上げる。
そんな中、女子生徒の一人がボーっとバトルを眺めているミヅキに目が留まった。
他の生徒のように歓声を上げている訳でもない。何か参考にできる部分がないものかと熱心にメモ書きをとるような素振りも見せない。
どこか上の空のミヅキに女子生徒は、具合でも悪いのかと不安になって声を掛ける。
「どうしたの、ミーちゃん? お腹でも痛いの?」
「え? ……ううん。バトルすごいなぁ~って」
「だよね! でも、ミーちゃんどこか上の空じゃない?」
「……えっとねぇ」
「うん?」
「すごすぎて、なにしてるのか全然分かんないの」
ガクッ。
どうやらミヅキにはまだ理解しかねるバトルであったらしいことをレッドが知るのは、もう少し後だった。
***
それから十数日後。
「ゴンベ、“たいあたり”~!」
「ゴン?」
「“たいあたり”! た・い・あ・た・り!」
「ゴ~ン……」
野生のコラッタとバトル(しようと)しているミヅキと相棒のゴンベ。しかしゴンベは言う事を聞かず、呑気に腹をポリポリと掻くだけだ。
腕をバタバタと動かすミヅキは、顔を真っ赤にさせながら、近くの木の枝にとまっていたポッポが逃げ出す程の声量で指示を出し続ける。
「チュ~!」
「あっ、逃げちゃった……」
「ゴ~ン」
「……戻って、ゴンベ」
しかし、そうしている間に遭遇したコラッタは草むらの中へと逃げていった為、ミヅキは仕方なしとばかりにゴンベをボールに戻す。
呑気な性格であるのは昔から知っているが、流石にそろそろ指示を聞いてバトルしてもらいたいと思っているのが現状だ。
「こんなんで、サマーキャンプ大丈夫かなぁ」
トレーナーズスクールの授業が終わった後の放課後、こうしてわざわざトキワシティの北側に存在する2番道路に赴いてバトルの練習をしようとしたが、どうやら無駄に終わりそうだ。
スクールの皆と最後の思い出を作るに打ってつけのイベント―――サマーキャンプ。
そのサマーキャンプの中で催し物として開かれるバトル大会で優勝すれば、まさしく有終の美を飾ってカントーとサヨナラバイバイできると考えていたが、これではその夢も絵に描いた餅。叶うことはないだろう。
「はぁ~~~……ぶにゃ!?」
トボトボとした足取りでトキワに帰ろうと歩んでいたミヅキであったが、足元に転がっていた小石に躓き、前方へ派手に転ぶ。
俯いて前を見ていないのも相まって、ミヅキは顔面を木の幹にぶつけるという痛々しいコンボを喰らう。
「いたたたっ……もうやだぁ~!!」
ブンッ。
ガンッ。
ドサッ。
「ん?」
「スピィィィイイイ!!」
「に゛ゃあああああああ!?」
転んで顔を打った腹いせに小石を上へと投げたミヅキ。
その際、投げた小石が木の枝に止まっていたスピアーに直撃したようであり、小石をぶつけられたスピアーは怒り心頭といった様子で、腕の針をキラリと光らせる。
次の瞬間、スピアーは背中の翅を羽ばたかせて自分を攻撃してきたミヅキを追うが、ミヅキは悲鳴とも言えない声を上げながら全力疾走でトキワ方面へと逃げていく。
「ゴ~ン!」
「ッ、ゴンベ!?」
すると、突然ボールの中から勝手に飛び出してきたゴンベ。
まるでスピアーからミヅキを守るように間に佇むゴンベは、針を向けて突進してくるスピアーに臆する様子もなく仁王立ちする。
「スピィ!」
「ゴ~ン」
「スッ!?」
針でゴンベの腹を刺そうとするスピアー。
だが、厚い脂肪にキャッチされた針は、埋もれるようにしてゴンベの腹に食い込んだ後、ボイ~ンと後方へ弾き飛ばされた。
自身の針攻撃が通らなかったのを目の当たりにしたスピアーは、形勢が不利だと考え、すぐさまトキワの森の方へと撤退していく。
(ゴンベ……まさかあたしを助けようとして―――!)
見事スピアーを撃退したゴンベの姿に、ウルウルと涙を潤ませるミヅキ。
しかし、
「ゴ~ン♪」
「……やっぱり違かったかぁ」
徐に歩き出したゴンベは、先程ミヅキが転んで顔を打った木の根元まで赴き、転がっていた木の実を座って食べ始めた。
ボールから出てきたのは、ミヅキがぶつかった衝撃で落ちてきた木の実を拾い食いする為。つまり、スピアーを撃退したのは成り行きという訳だ。
辛うじてバトルに至る経緯が食に関することなど、流石おおぐいポケモンのゴンベといったところか。
「ゴンベは呑気でいいよね……」
「ゴ~ン?」
「……ううん。食べてていいよ」
「ゴ~ン!」
最早呆れることしかできなくなったミヅキは、木の実をバクバクと食べ進めるゴンベをジッと見つめるだけだ。
暫く眺め続け、ゴンベが落ちている木の実を食べ終えたのを見計らったミヅキは無言でゴンベをボールへと戻し、帰路につく。
(……色々教えてもらったけど、結局身についてない気がするよぉ)
意気消沈するミヅキ。
臨時の講師としてきてくれたレッドに、授業中様々な事を訊いたミヅキであったが、感覚派であるレッドの教えは余りミヅキには理解しがたいものであった。
それでも教える側の厚意を無駄にしない為にも必死に特訓したつもりだが、言う事を聞くのがまばらなゴンベでは、耳にした知識の実践が上手くいかないのがほとんであったのだ。
(サマーキャンプ、みんなに迷惑かけたくないなぁ)
催し物のバトル大会の組み合わせは当日のくじ引きできまる。
その時、同じチームになった生徒達の足を引っ張らないかという不安で、ミヅキは心が押し潰されそうになってしまった。
昔からドジで間が抜けていると言われ、頑張って張り切ってもそれが裏目に出て失敗することが多い。
そこを友人は愛されポイントと言ってくれるが、本人としては失敗したくないのが本心だ。
「……はぁ」
「どうしたの?」
「みゃあ!?」
突然茂みの奥から出てきた人影に驚いたミヅキは、思わず尻もちをつくように倒れてしまう。
先程のスピアーに続き、心臓に悪い出来事が多い今日。
一瞬、不審者が出てきたのではないかと不安になったミヅキであったが、茂みから出てきた人物が知っている者であることに気付く。
「レ、レッド先生……ここでなにしてるんですか?」
「……強いて言えば、帰郷?」
「き、ききょう……?」
「……トキワの森はピカチュウの故郷だから、久し振りに帰ってきた」
「ピッカァ!」
ピョコっと肩に身を乗り出すレッドのピカチュウ。
その愛くるしい姿に、ミヅキの引き攣っていた笑みも明るいものへと変わっていく。
「触っていいですか!?」
「……大丈夫?」
「チャァ」
「……オッケーだって」
「やったぁ!」
承諾をとったミヅキは、レッドの肩に乗っているピカチュウの頭を優しく撫で始める。森の中では草原の中に咲き誇るタンポポのように目立つであろう黄色い体毛は、非常にさらさらとしているが、若干の空気を含んでいてフワフワとした触り心地。
「気持ちいい~!」
「ッ、ピカァ!」
「しびゅん!?」
しかし、頬を撫でようとしたミヅキは、直にピカチュウの電気袋に触れてしまい、体に突き抜けるような痺れを覚え、体をビクッと跳ねさせる。
「……ピカチュウのほっぺを触ると痺れるから気を付けて」
「は、始めに言って欲しかったです……」
「……ゴメン」
「でも、ピカチュウってとっても気持ちよかったです!」
「それならよかった……けど、2番道路まで来てなにしてたの? バトルの特訓?」
「はい! でも、上手くいかなくて……」
先程の満面の笑みからは打って変わり、シュンとしてしまうミヅキに、下手なことを訊いてしまったかと反省するレッド。
だが、こうして生徒が悩んだ様子でいる以上、何か助言しなければならないのではないか。
「……具体的にどんな感じで?」
「ゴンベが言う事を聞かなくて……」
「……食べ物で釣るといいよ」
「えっ!? そんな感じでいーんですか!?」
「まあ……多分」
食べ物で釣ると良いという発言に『あたしの努力が……』と膝から崩れ落ちるミヅキ。
カビゴンを捕まえて育てた経験から口にする言葉であって、その信用性は極めて高い。そうでないとしても、一応講師という立場である人物からそう告げられれば、信じざるを得なくなるだろう。
「……でも、もっと懐いてくれれば食べ物なしでも動いてくれると思う」
「それって、今のあたしがゴンベに懐かれてないってことですか?」
「……それは答えかねるけども……たくさん懐いてくれたらカビゴンに進化すると思うよ」
「カビゴンに……?」
「うん。まあ、それは大分先の話になるとは思うけど」
指でピカチュウの喉元を擽るレッドは、終始淡々とした口調で語る。
レッドの持っているカビゴンは、捕まえた時には既に進化していた状態であった為、無責任なことを伝えられないとは思いながらも、まだ言う事を聞かないゴンベの事を進化できるほど懐いているとは言い難い。
そのことを感情を込めて言い放つのも、意気消沈している彼女に伝えるのは酷そうであった故に、レッドは普段通りの抑揚のない喋り方で事実を伝えるのであった。
「……ミヅキちゃんが最初にしなきゃいけないのは、ゴンベのことを分かってあげることじゃないかな?」
「ゴンベのことを?」
「例えば、どんな味の食べ物が好きなのかとか、どんなことをするのが好きなのかって……分かってあげていることが多ければ多い程、自然と向こうも懐いてくれる……と、思う」
「……そっかぁ」
自分はゴンベのことを理解できていなかったのではない。
レッドの言葉でそう考え始めたミヅキは、シュンとした様子で俯き始める。
だが、
「ようし! おウチに帰ったら、何味が好きなのか調べよっと!」
「……その意気その意気」
「先生! それじゃあ、さようなら!」
「……転ばないようにね」
「は~い!」
そこはやはり子供。立ち直りがかなり早い。
やらなければいけないことを明確に示されたことによって、寧ろミヅキの心に火が点ったようだ。
勿論レッドはそこまで見越していなかったが、元気を出させることに成功できたのだから御の字といったところか。
『ふにゃ!?』
(……転んだ)
夕焼けに照らされる中、街の方へと駆けていくミヅキであったが、遠くからでも分かるほど派手にこけたのがレッドの目に映った。
「……大丈夫かな?」
「チャァ?」
「……俺達ももう帰ろうか」
「ピカッ!」
もう母親も夕飯を作ってくれている時間だろうと、レッドはピカチュウを肩に乗せたままマサラへ帰る為に立ち上がる。
すると、夕飯の事を思った所為か『グゥ~』とビブラートの効いた腹の音が主張を激しくした。
「今日の夕飯なんだろね」
「ピカッチュ!」
「……ピカチュウはケチャップ好きだもんね」
「チャァ!」
ピカチュウと意思疎通するレッドは、ゆったりとした足取りで南に下っていくのだった。