バイトに行ってたら、死にました。
冗談めいた事柄だけど、嘘偽りは一切無い。
それを証明するためにも、事の顛末を説明させてほしい。
俺は業務用スーパーでバイトをしていた。
学校ではバイトは禁止されていたはずだけど、クラスの奴らも皆無視していたし、まぁ気にしてなかった。
そのスーパーに行くために交差点の上の歩道橋を渡るんだが、結構年季の入った歩道橋だったんだろうな、もたれ掛かった手摺が根元から外れやがった。
落ちて行く瞬間は別にスローモーションじゃなかった。
走馬灯とか、ありゃウソだとは言わないが、とにかく俺にそういった類の事は起きなかったね。
でもはっきり頭の中で『死んだ!』って思った、車道の真ん中に落ちるまでね。
めちゃくちゃ痛かったけど、俺はその時まだ生きてたんだ。
まぁその後何か言う間も無くトラックだかダンプだかでかい車に轢き潰されてしまったんだけど、俺に恐怖を与えるには充分な時間だったと思う。
今思い出しても、あの光景には背筋が凍る。
で、さっき死んだってのになんでこんな話を落ちついてできるかって言うと、実は俺が生き返る事のできるチャンスがあるからなんだ。
「そういうこと」
悪びれもせず喋ったそいつは、全身ぼやけた白で塗りつぶされていた。
男なのか女なのか分からない、結論から言うと人間ではないらしい。
神。
そいつはさっきそう自己紹介をして、事の顛末を俺の代わりに俺に聞かせたのだった。
神が言うには、俺の死は些細なミスで起こってしまった事らしい。
いや、実際はもっと因果律だとか時間の非連続性だとかの難しい言葉で話されたけど、判る言葉を断片的に繋いでそう解釈した。
「言わばお詫びって訳ですよ。お前にたいしてのね」
神は続けてそう言った。
お詫びとか言っちゃあいるが、本当に神なのか怪しいものである。
大体神ならどんな小さなミスもしないはずじゃあないのか?
「だって私、全知ではあるけど全能じゃねぇし。ん?『ねぇし』?まいったな、口調が安定しねぇですね」
ようするに、なんでも知ってるけどなんでもできるわけではない、と。
だから俺の頭をこうやって覗けても、小さな見落としくらいはあると。
「うむ、そゆこと」
それで、さっき言った生き返るチャンスの話だけど。
「そうそう、いわゆるオヤクソクだな。転生ものとか言うんでしたっけ?」
他の世界に転生するってやつか。
なんかの能力のオプション付きで。
ありきたりだけど実際起こると凄い嬉しいな。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもよ、いいのか?」
何が?
「元の世界に生き返る事もできますけど、ってこと」
俺は少し神を見据えた。
『睨む』と『眺める』の中間くらいの視線を送る。
こいつは思ったよりいやな奴だ。
全知なら分かっているくせに。
両親は早逝、育ての親だった祖父母も最近ぽっくり逝ってしまった。
爺ちゃんたちが死んじまったのは悲しいけれど、もうあの世界に未練はない。
友達もいなかったし、どうせあとは消費するような人生しか残ってなかったんだろ?
「まぁな。でも本人の口から聞きたかったってのが理由かな」
やっぱり、いやな奴だ。
「そう言うな。では、君の希望を聞こうじゃないか」
スタンドが欲しいな。
とびきりのやつ。
「電気スタンド?」
ぶっ殺すぞ。
何が悲しくて転生の特典が電気スタンドなんだよ。
地区のビンゴ大会じゃねぇんだぞ。
「冗談ですよ。ジョジョのスタンドな。種類はこっちで決めてもいいのか?」
俺が決めてもいいのか?
じゃあそうだな…。
やっぱりスタープラ…いやキングク…いやクレイジーダイヤモンドも…。
うぅむ…。
「一個だけだぞ。早く決めねーとサバイバーにすんぞ」
やめろ!
…世界。そうだ、ザ・ワールドがいい!
強くてかっこいい、どの世界に行っても時止めなんて最強クラスだろう。
うん。決めた。
「了解しました。それで、転生先なんですが…原作ありとなし、どっちが良いのだ?」
ありだな、原作あり。
危険人物とか分かるし、おいそれとまた死ぬことは無いだろう。
あとはゲスい欲望叶えられそうだしな。
「もっぺん死ぬともう無理なのは知ってんのな。では世界の基盤になる原作はあなたの記憶から見繕っておきましょう」
うん……うん?
ちょっと待てよ、決めさせてくれないのか?
「そりゃあ面白くないからだろ」
誰が?
「私だ」
お前だったのか。
「まぁ半分ぐらいマジで暇を持て余した神の遊びな部分あります」
ちょっと笑った。
まぁいいよ、世界に関してはそれで。
俺の知ってるものの中から選ぶんだろ?
「そう。あと、同じスタンドが存在してしまうと世界に欠陥的矛盾ができてしまうので、ジョジョは除外な。申し訳ねぇです」
そっかー…了解。
「それともう一回聞きますが、『スタンド』の概念はジョジョと全く同じものでいいのか?」
それは、スタンドといえばジョジョのそれだろ。
変に改変されて電気スタンド持たされちゃあたまらないしな。
「オッケー。それじゃ送るけど、最後に一つ。私のことは誰にも喋れない。無理に知らせようとすると今度こそ普通に死ぬ」
死ぬという言葉とその語気に、俺は背筋に寒気を感じた。
あんな恐ろしい思いは二度とごめんだ。
「そんなにビビんないでくださいよ。セーフティロックはかけさせてもらうからよ」
セーフティロックってなんだ、と聞く前に、全身が溶けていくような感覚があった。
じわじわと世界に滲んでいくようなその感覚は、死の瞬間と比べると存外悪いものではなく、身を委ねるのに抵抗感は無かった。
神は俺に手を振りながら言った。
ほとんど視覚は無かったのだが、なんとなく手を振っているような気がしたのだ。
「胎児、乳児の時間くらいは飛ばしておいてやるよ。特に前者なんか、気が狂っちまいますからね」
聞き終わるや否や、俺の意識はテレビの電源が切れるように無くなった。