とあるで転生もの   作:ぺぺろー

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その日の内に、病院に連れて行かれた。

そこかしこが大きな建物ばかりで、外にいても閉塞感を感じることすらあるほどだった。

道ばたではドラム缶のような機械が忙しなく動いており、側にいる風紀委員に聞いたところ、あれは清掃ロボらしい。

病院へ行く道すがら、俺は二人にいろんな事を聞いた。

とは言っても、世間話ではない。

記憶喪失という特権を利用して、当たり障り無い程度の社会事情を聞いたのだ。

それほど多くの言葉は交わさなかったが、それでもはっきり分かった事は幾つかあった。

まず、一番重要な『この世界』の事。

ここは学園都市、総人口は230万人、及びその8割が学生だという街。

先進技術の塊のような街で、都市の『外』と『中』では技術力が数十年レベルで違うらしい。

そして俺はその都市の学生のどのIDにも合致しない、つまり正規の入学手順を踏んでない特殊な置き去りであるらしい。

話が逸れたがつまりは、ここは『禁書目録』の世界だという事だ。

しかし色々と分からない事があったのは、俺がその原作を『1巻すら半分も読んでいない』からである。

雑誌とかのあおりで紹介ぐらいは見たことがあるが、知識が圧倒的に足りていない。

これでは危険人物はおろか、起こる大きな事件すら分からないのだ。

そもそもこれは原作開始時の時系列なのかどうかすら分からない。

どうやら俺は何かやばい事件に巻き込まれないことを祈るしかないようだ。

次に、スタンドのこと。

これは会話に関わることではないが、その途中途中で何度も試してみて分かったことだ。

ザ・ワールドの迫力の無さは相変わらずだったが、移動範囲は半径約10mの半球体内に限られているようだった。

その距離をザ・ワールドは決して越えることができない。

何度も範囲内を移動させていると、操作の方法も掴めてきて、だんだんとこのスタンドが元から自分の物であったかのように思えるのを感じた。

恐らくはザ・ワールドが俺の精神に馴染んできているのだろう、もっと訓練すれば更なる上達も見込めそうだ。

そして、スタンドを発動している間は感覚が鋭敏になることも分かった。

頭が冴え渡るというのか、思考がいつもより研ぎ澄まされ、普段は気付かないような洞察力を発揮することができた。

今思えば、保健室の中で冷静でいられたのもスタンドのおかげなのかもしれない。

更に、時を止める能力についても理解してきた。

これはあまり輝かしい内容ではなかったが。

まず止められる時間は1秒限り。

これは大いに不満だった。

その1秒の中でもザ・ワールドは数十発のパンチを繰り出せたが、如何せん短すぎやしないだろうか?

俺はこの短さはザ・ワールドの迫力の無さに起因していると推測しているが、実際は分からない。

そして能力発動の為のインターバルは10秒。

1秒止めるために10秒使うのだ。

なんだかはっきり理解できた分能力が弱体化した気がする。

俺は今度は誰にもばれないようにため息をついた。

 

 

病院では様々な検査を受けさせられた。

脳波や脳の断面図とかも調べられたし、心理テストの類も受けさせられた。

そうやって検査が進むにつれ、主治医だと思われるカエルのような顔の医者の表情が険しくなっていったのが印象的だった。

本当に俺に何か重い疾患があるのかと心配になったが、検査終了後に言われた言葉は『異常なし』だったので安心できた。

しかしそれを告げるカエル顔の医者の表情は未だ険しく、付き添ってくれた風紀委員の二人にしきりに何か話していた。

要約すると、『ある一定の期間からエピソード記憶が無くなっている』『心的なストレスで自分から記憶を放棄した可能性がある』『記憶を完全に消去したわけでは無いかもしれないので、カウンセリングで徐々に思い出す可能性もある』『そして、現状で完全な治療は難しい』ということだった。

恐らくはこれが神の言っていた『セーフティー』とか言うやつなのだろう。

あれ、でもよく考えると他人に神の事を知られると俺は死んでしまうんではなかったっけ?

そう思うと一気に冷や汗が体から吹き出た。

室内にいるにも関わらず、俺の脳裏には迫り来る大型車の光景がフラッシュバックする。

手先の震えを他の人達に見られないようにするのに必死になるほどだった。

その努力の甲斐あって動揺を悟られる事は無かったものの、その事実は俺の心に何か暗いものを落とし込んだ。

 

 

俺の身柄はあすなろ園に保護してもらう事になった。

園内には俺と同じような(と言ってもいいのか分からないが)置き去りの子供が十数人暮らしていた。

子供は好きでも嫌いでもなかったが、ここで暮らす生活は苦痛に近いものがあった。

幼稚園課程の学習を一からやり直す行為が、ここまで精神的疲弊をもたらすものだとは知らなかった。

眠くもないのに昼寝の時間を申しつけられたときは、よくこっそり抜け出してザ・ワールドを的確に操作する練習をしていた。

しかも何が一番嫌かって、この状況においては異常なのは俺の方だということだ。

子供は子供らしくするのが当然であって、そうできない俺に問題があるからだ。

しかしそういうのを除けば、このあすなろ園は非常に親しみすら持てる施設だった。

世話をしてくれる人は優しく、周りの子供達も俺のことを快く受け入れてくれた。

子供の方はどっちかって言うと、構っていたうちに懐かれてしまった感じだったが。

職員と呼べる人は一人で、園長先生と呼ばれている中年の女性だけだった。

他は日替わりでボランティアと思われる人が手伝いに来ていた。

あの風紀委員の二人もちょくちょく姿を見受けられたが、園長先生に聞いたところ、あの二人は俺が入園してから来るようになったのだという。

それはそれで悪い気はしなかった。

そして、俺はその園長先生から新しい名前を貰った。

翌桧 十三(あすなろ じゅうぞう)という名前だった。

学園都市の『第13学区』の『あすなろ園』にいた子供だからだそうだ。

ちと安直すぎやしないか?俺はこれでもゲームとかで名前を入力するときに凝る方の人間なんで、他人に名前をつけられたことに初めの方は少し抵抗感があった。

尤も、初めの方は、と記したように、1年も経った今では抵抗感は無い。

そう、あれから1年ちょっとの時間が経過していた。

園長先生からは『小さいけれどしっかりもの』というイメージが固定化されてきたし、よく泣いてるときに慰めてやった女の子からは曖昧な結婚の約束もされた。

俺が前の世界の未練を僅かずつ断ち切っていた頃、その変化は起きた。

ある日、いつものように昼寝をすっぽかしてスタンドの訓練をしていたときの事だ。

ザ・ワールドの無機質だが凛々しい瞳に、僅かだが光が差し込んだ気がした。

ほんの少しだが、我がスタンドに力が湧いてくるような気がして、能力を使用してみたのだ。

止まった時の中をザ・ワールドは軽やかに動き、いつも通り鋭い拳を繰り出す。

すると、どうだ。

時が1秒を過ぎても止まっている!

2秒だ、2秒きっかり止まっていた。

俺は踊りたい気分だった。

いつもは恥ずかしがって歌えない歌の授業だって、今は進んでやれるとすら思えた。

しかし能力のインターバルは相変わらず10秒だったが。

ともあれ、何がきっかけだったのかは分からないが、ザ・ワールドが成長したのは事実。

つまりはまだ成長する可能性があるということだ。

言葉を借りるつもりはないが、いずれは10秒、1分、1時間と止めることだって不可能ではないはずだ。

そうなれば、この世界で俺に敵うものはいなくなる。

あの薄ら寒い『死』からもっとも離れた生活を送ることができるようになるのだ。

その日を境に、俺は一層スタンドの操作に時間を割くようになった。

 

しかし、それ以降スタンドの変化は訪れなかった。

 

何も起きないまま数年が経過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十三くん」

 

園長先生の声に呼ばれ、俺は彼女の方を振り返った。

時間は昼下がりで、昼寝前の子供に本を読み聞かせた後の事だった。

あいつらはもう寝ているだろう。

彼女の顔には俺が入園した時より多くの皺が刻まれていたが、柔和な笑みは昔と変わらないままだった。

なんでしょう、と俺が返事をすると、園長先生はどこか遠い目をして話した。

 

「君がここに来てずいぶん経つわね。どれくらい経ったかしら」

 

「さぁ、どうでしょう。生まれたときからいるような気がします」

 

俺がそう言うと、彼女はくすりと笑った。

彼女がこうやって話をするのには訳がある。

俺が明日をもってここを卒園し、別の学区の中学に入学するからだ。

他の友人は時期はバラバラだったが皆この園から出て、どこかの付属の初等部の寮に行ってしまった。

俺を最初に保護した風紀委員の二人は就職して教師になり、警備員として過ごしているらしい。

なのに俺はというと、現状に甘えて園にとどまり続けていたのだった。

俺にとっての世界はこの園だけで、何というか、外はぼんやりとした不安に包まれている気がした。

しかし園長先生は日頃から俺に進学を勧めており、12歳の時に決断を迫られた。

因みに誕生日は保護されたあの日である。

彼女は『君には本当に助けられているけれど、きっとこの園のことは君がやりたい事じゃないわ』と言うので、『他にやりたい事なんか無い』と言い返すと、『じゃあ考えの幅を広げるためにも、もっと良い教育を受けてみるべきだと思う』と笑われた。

多分あれはRPGで言う無限ループ、『いいえ』を選ぶと選択前に戻されるようなものだったのだろう。

とにかく園長先生の熱意というか、本当に俺を想って言ってくれているのが分かったので、俺は進学を決めたのだった。

あまり勉強していないのもあって、普通入試で受かったのはただの1校だけだったけど。

いや正直、中学の試験だからといってなめていたのは事実だが、それ以前にここが学園都市だと言うことを忘れていたのだ。

俺の思う高校課程の勉強はどうやら進学校の初等部が習うことらしいので、前世の成績も中の下だった俺は上等な学校に行けるはずも無かったのである。

そのため期待していた園長先生には苦笑いをさせてしまう結果となったが。

 

「きっとうまくやっていけるわ。君面倒見がいいもの」

 

先生ほどでも、と言おうとして、声がうまく出ないことに気付いた。

目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとするのを感じた。

慌てて園長先生に背を向けた俺を、後ろから彼女は優しく抱きしめてくれた。

全身が言いようもない暖かさに包まれる。

やがてそれは俺の心にも到達し、心も包んだ後は瞼の隙間からあふれ出してきた。

誰もいないプレイルームには、ひたすら俺がしゃくり上げる声が静かに響いていた。

ガキの頃、学校の卒業式で泣く奴らを酷く鬱陶しく思っていた。

別に二度と会えなくなるわけでもないのに、何をそんなに泣くことがあると。

そんな事を考えていた俺は、みっともなくわんわん泣いている。

祖父母が亡くなった時も散々泣いたが、胸はあの時ほど痛まなかった。

 

この時初めて、俺はこの世界の一員になれたのだと思えた。


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