夏は夜。そんな言葉がある。『枕草子』に書いてた言葉だ。それは確か、夏は夜が1番綺麗ですよーとか、そんな感じの意味だった気がする。
まぁ、合ってるか合ってないかは別として、俺もそれには概ね同感だ。夏の夜空は綺麗だし、暗闇の中、うっすらと周りを照らすろうそくにも趣を感じられる。
そんなわけで現在は夜。場所は博麗神社。
今日は朝と昼は用事があってこれなかったから、夜に来たんだ。毎日博麗神社に行くのが俺の日課だからね。それぐらい霊夢と話すのは楽しいんだよ。
一個分間を空けて座っている霊夢をチラリと見る。夜風に吹かれて綺麗な黒髪が揺れている。
「星、綺麗だね」
「そうね」
そんな短いやり取りだけど、まぁまぁ、夜はいつもこんな感じなんだ。
静かに星空を眺めて、霊夢が飽きたらお話をする。俺が夜に来た時はいつもそう。
今日は快晴で、雲ひとつない空だ。だから星も綺麗に見えるし、今日は俺の好きな三日月の日。とても幻想的な光景だ。幻想郷だけにね。
月明かりが霊夢をうっすらと照らす。それはさながらスポットライトのようで、霊夢の姿がはっきりと見える。
「綺麗だね、霊夢」
「うん? ……ああ。確かにこんな綺麗な夜空はあんまり見たことないわね」
「いや、夜空も綺麗だけど、きみが綺麗だって俺は言ってるんだよ」
「……」
そう褒めると、霊夢は頬を少し赤く染めて俯いてしまった。ふふふ。ちょっとからかいすぎたかな? でも、霊夢が綺麗だったというのは嘘じゃなくて本心だ。実際、とても儚くて綺麗だった。
うーむ。霊夢をからかうのも楽しいが、やっぱりお話しする方が楽しいな。
あんまりからかい過ぎても霊夢は怒ってしまって脛を蹴ってくるから、ここら辺でやめておこう。結構痛いんだよ、あの蹴り。
「悪かったよ。からかいすぎた」
「……反省してないでしょ」
「そりゃも──いや、きちんとしてるよ」
「今、そりゃもちろんて言おうとしたわよね!?」
「聞き間違えだよ、聞き間違え」
「そんなわけあるか! ………はぁ、もういいわ」
そう言って霊夢は深くため息を吐いた。
「ため息なんて吐いて……幸せが逃げちゃうぜ?」
「だったらそれはあんたのせいね」
あはは、何も言い返せないや。うん、そうだね。確かに今のため息で幸せが逃げちゃったなら、それは俺のせいだ。ごめんなさい。
さっきまで静かに星空を眺めていたけど、もう賑やかになっている。賑やかって言っても、此処には俺と霊夢しかいないが。
やっぱり、俺は静かに星空を眺めるよりも、きみと色んなことを話すのが好きだよ。
霊夢が入れてくれたお茶を一口含む。味は濃くなく薄くなく。ちょうど良い味。緑茶独特の苦味にほんのり甘味を感じる。香りも良いし、やっぱり霊夢が入れてくれたお茶は美味しいな。
「やっぱりきみが入れてくれたお茶は美味しいねぇ」
「………」
あれ?
あれれ?
いつもなら、毎回言ってるわね、それ、って嬉しそうに言うんだが、返事がない。
チラリと横を見てみると、静かに寝息を立てて眠っていた。
……ふむ。
もうすっかり周りは暗くなってるし、時間も寝るには十分な時間なので、寝てしまったのか。よっぽど疲れてたのかな? 確かにきみは妖怪退治という仕事を受け持ってるからね。疲れは溜まるんだろう。
「よいしょ」
久しぶりに抱いてみたけれど、やっぱり軽いね。このまま起こさないように寝室へと連れて行きますか。
神社の中に入るのは3日ぶりかな? 大体は縁側でお茶を飲んでお話をするだけだからね。神社の中に入るってのは、此処に来る回数よりも少なかったりする。
ゆっくりと霊夢を布団に下ろし、掛け布団をかけてあげる。蚊取り線香もつけておこうか。
それにしても、きみは本当に綺麗な寝顔をしているね。こんなことをきみに言ったら、「なに? 私の寝顔をずっと見てたの?」とジト目で言われそうだよ。
「ねぇ、紫さん?」
ポツリとそう呟くと、俺の真横の空間がパックリと裂け、ゆるりとそこから金髪の女性が出てきた。
その女性──八雲紫さんは、口元を扇子で隠しながら、言う。
「よく気がついたわね」
「いや、マジでいるとは思わなかったよ。雰囲気で言ってみただけなのに」
「………」
うわぁ、なんか変な空気になってしまった。いや、まさかホントにいるとは思わなかったんだよ。僕は霊夢みたいに不思議な能力を持ってたり、紫さんみたいに人外ではないんだから。平凡な僕が気がつかないのは当たり前。
「……それにしても貴方達、本当に仲が良いのね」
「そうだったら良いなぁ」
「どういうこと?」
「単純な話だよ。俺は霊夢と仲良くやってると思ってるけど、霊夢がそう思ってるかはわからないだろ?」
「…貴方、結構臆病なのね」
なにを今更。
俺は自分に自信がない。理由なんて特にないけれど、なんとなく、自分に自信が持てないんだよ。
ただまあ。
霊夢もそう思ってくれるなら、嬉しいな。
「奏、貴方はやっぱり面白いわ」
「そうですかね?」
「ええ。とっても」
口元を扇子で隠し、くるくると笑う紫さん。俺もそれに同調して軽く笑う。
なんかねぇ。紫さんとのお話は、大人みたいな雰囲気で話せるからこれはこれで好きだったり。俺ぐらいの子供は、少し背伸びしたがる年頃なんですよ。
とりあえず、一杯どうです?
「そういえば奏、貴方お酒飲めたのね」
「そこまで強くはないけどね。かと言って、弱いわけでもない。まあ、普通に飲めるぐらいです」
「ホントに普通ね」
「普通が1番ですよ」
うん。普通が一番だ。
何も、特別である必要はないのです。ただ、いつも通りの日常を過ごすことが出来れば、それで。
お酒を喉に流し込む。うん。お酒だ。俺はお酒よりもお茶の方を好きだからなぁ。そもそもお酒をあんまり飲まないし。嫌いってわけじゃあないけどね。
しっかし、紫さんとこうしてお話するのは何ヶ月ぶりだろうか。この人は神出鬼没だから、会ってもすぐに何処かに去ってしまう。
紫さんは妖艶に微笑みながら、ゆっくりとお酒を飲んでいる。ちょっと頬が赤いから、良い感じにお酒が回ってきたのかな。俺はまだちょびっとしか飲んでないから、ちっとも酔いは回ってこない。
「男ならもっと豪快に飲みなさなさいよ」
「冗談はよしてくれよ。お酒は別段強いわけじゃないんだ。気絶するのはごめんだよ。また何かされそうで怖いし」
「霊夢の入浴中の風呂場に貴方を送っただけじゃない」
「いや、それのせいで俺は死にかけたからね。そこんとこ、理解しといてよ」
あの時は驚いたよ。気がついたら風呂場にいたからね。そしてそこには生まれた時の姿の霊夢がいたんです。頬に紅葉ができ、鳩尾に蹴りを入れられ、ホントに散々だった。
「あの時はごめんなさいね」
「いや、笑いながら言われても」
その時のことを思い出したのか、紫さんは腹を抱えてケラケラ笑う。
コラ。静かにしなさい。霊夢が起きちゃうでしょうが。
「ふふふ。本当に霊夢のお兄ちゃんみたいね」
「そうかな? 弟みたいとも言われるんだが」
「それもありますわ。兄でも弟でもみたいでもあるわよ、貴方」
「ふーん」
俺が霊夢の弟……ねぇ。いや、ないな。やっぱり俺が兄で霊夢が妹だよ。そこら辺、霊夢はどう思ってるのだろうか? 案外、紫さんの言うとおり、兄でも弟でもあるとか思われてるかもしれない。
「ああ、そうそう。橙が今度遊びに来てと言ってたわよ?」
「橙が? ……そういえば暫く会ってないなぁ。うん、じゃあ今度行くって伝えておいてよ」
「ええ、わかったわ。貴方、随分年下に好かれるのね」
「俺が年下に好かれる? どうなんだろ」
俺は自分に対する好意に鈍いからねぇ。といっても、悪意に敏感ってわけじゃあないが。要するに、他人からの自分に対する感情に鈍いんですよ、俺は。
自己評価が低いってわけじゃあないけれど、紫さんの言ってたとおり、臆病なんだよ。
昔からこんな性格。それでも他人から好かれるのは嫌いじゃない。誰だってそうだろう。嫌われるのは誰だって嫌だろうし。俺だって、嫌われるのは嫌いだ。
「でも、橙は100年くらい生きてるだろう? だったら俺が年下なんじゃないの?」
「妖怪の100年なんて、人間でいう10歳程度のものよ。年齢では橙の方が上だけど、精神的に言えば、貴方の方が上よ」
「まあ、言われてみればそうだね。……あれ、待てよ。ということは紫さんって年齢かなり上──」
ヒュン! と。
風を切り裂く音が聞こえた。
ゆっくりと横を向くと、そこには笑顔を浮かべている紫さんがいた。表情では笑っているが、全く目が笑っていない。怖えーよ。
その扇子、武器だったんですね。
「女に年齢のことを話すのはタブーよ?」
「お、覚えておきます」
あ、あはは。怖い。
「そろそろ、私も御暇させてもらうわ」
「あ、機嫌悪くさせちゃった?」
「悪くさせたのは事実ね。でも、丁度そろそろ帰ろうかと思ってたところだったの」
そうですか。
なら俺もそろそろ人里に戻ろうかな。霊夢も寝て、紫さんも帰るなら、此処にいてもしょうがないし。
「おやすみなさい、奏」
「ええ。おやすみなさい」
紫さんはそう言って、あの不気味な空間の中へと入って行った。あの中、どうなってるんだろう。目玉がたくさんあるから不気味だ。
「さて。俺も帰りますか」
今日もたくさんお話できたし、楽しい1日だったよ。ありがとう。霊夢、紫さん。
「それじゃあね、霊夢。良い夢を」
下駄特有のカランコロンという心地良い音を夜の博麗神社に響かせながら、ゆっくりと歩いて行く。
それにしてもまあ、俺が霊夢の弟みたい……か。やっぱり無いな。俺が兄で霊夢が妹。それが1番だと思うんだ。
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