東京レイヴンズ 〜もっと夏目と仲良しで、夜光の記憶が戻っていたら〜   作:かんむり

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友だちを作るのって難しいよね

 

試合後のロッカールームにて、春虎はゆっくりとベンチに腰を下ろした。

ふぅと一つ息をはいた。コンはタオルを持ちながら駆け寄ってくる。

 

「は、春虎様、この度はわたくしの至らなさが起こした事、誠に申し訳ございません。」

「…そうだな。」

「ひぅっ!」

 

コンも反省しているようで、春虎の言葉に涙目を浮かべながら返事をしていた。

 

「さ、さらに!私事でありながら、主人である春虎様が解決されるという始末!この飛車丸、我が命を差し上げても足りぬ思いにございまする!ですので、何なりと後処罰を…」

 

ズラズラと話すコンの頭に春虎はポンと手を置いた。

 

「誰にでも失敗はある。だから気にすんな。」

 

春虎はそう微笑んだ。

 

「は、春虎様ぁ…」

 

コンはグジュグジュと目を潤ます。

そうしていると、急にロッカールームのドアが開いた。

 

「はるとらぁーーーー!!」

 

満面の笑みの夏目がロッカールームのドアを開けて飛んできた。

その後ろにはやれやれといった表情の冬児も入ってきた。

夏目は顔を俺に近づけてくる。

 

「すごい!すごいよ!春虎、まさか倉橋さんに勝っちゃうなんて!しかも、圧勝!完全勝利ってやつだよーーー!!」

 

腕を振りながら力説してくる夏目。夏目の目もキラキラしている。

 

「たっく、さっきからずっとこんなんだ。試合が始まった瞬間はずっと祈ってたくせに、最後の方はキャッキャ喜んでそりゃあもう。」

「と、冬児!?わ、わた…僕はそんなことしてないぞ!春虎、本当だからな!」

 

顔を赤くしてまたも力説する。

 

「まあ、要するに応援してくれてたってことだろ?ありがとよ。」

 

夏目の頭を撫でる。

すると、赤かった顔がさらに赤くなっていく。

ん?どうしてだ?

 

「は、春虎くん!?こ、こういうのは、その、へ、部屋にか、帰ってから…」

「はあ…、ほら春虎。もう直ぐ下校時間だ。」

「おっ、そうだな。帰るか。」

 

夏目の頭に置いていた手を離す。

 

「あっ…」

「ん?どうかしたか?」

「…いや、なんでもないよ!うん!全然!」

「じゃあ帰ろうぜ夏目。」

「うん!」

 

帰りは三人と一匹で仲良く帰りました。

 

 

 

翌朝。

今日も昨日と同じように教室に入った。しかし、その教室からは妙な違和感があった。別に呪術的なものは一つも施されていないのだが、春虎は確かにその違和感を感じ取っていた。

 

夏目は既にいつもの席にいた。俺もいつもの席に座る。すると夏目が俺の方へと歩いてきた。

 

「はると「つ、土御門君。」…」

「ん?」

 

俺の前には三人組の女の子がいた。同じクラスなので顔はわかるが、名前まではわからない。挨拶も交わしたことがない。

 

「あのさ、いま、ちょっといい?」

「ん?ああ、全然いいけど、どうしたの?」

「あ、あの…」

 

はっ!これはまさか、遂にクラスメイトが俺のいじめを本格化してきたのではないか?––––チョット、あんたマジでウザいんだけど。とか言われたらどうしよう…

 

「え、えっと…き、昨日の怪我とか大丈夫?」

「ああ。あれくらいどうってことないから。」

「よかった。でもびっくりしちゃった。まさか生身で式神と戦うなんて…」

「そ、そうかな?」

 

春虎がたどたどしく答えると、後ろに控えていた女の子二人が身を乗り出してきた。

 

「そうだよ!凄いよ!しかも倉橋さんの護法式でしょ?しかも勝っちゃうんだよ!」

「うん、本当凄い!もしかして土御門って生身でも式神と戦う修行とかあるの!?」

「ま、まあ。場合にもよるよ。」

「しかもあの不動明王の縛り!凄い綺麗だった!あそこまで無駄を省いた不動明王の縛りは見たことないよ!」

「ど、どうも。」

「うんうん、まさに洗礼されたっていう感じだった。」

 

まさにベタ褒めである。

春虎自身も夜行としての記憶があるためにあそこまで綺麗な縛りが出来るのである。

 

遠巻きにいた男子二人も春虎の席に寄ってきた。

 

「よう、土御門。昨日は災難だったな。」

「よく逃げ出さなかったな。」

「ま、まあ、俺の護法がしたことだからな。主人である俺がどうにかしなきゃだし。」

「だからって生身でやるかよ。」

 

男子二人はニカッと笑う。

それにつられて春虎も笑う。

 

「あれ?春虎君?」

「ああ、天馬ぁ…」

 

天馬は春虎の涙ぐんだ目を見て察したのか、少し噴き出しながら近寄ってきた。

 

「春虎君お疲れ様。どう調子は?」

「いや、なんともねーぜ?」

「そうよかった。でも春虎君、護法式持ってたんだね。しかもあれ、市販のじゃないよね。」

「ああ。」

「土御門君、あの護法式もう一回見せてくれない?」

「私も見たい!」

 

俺は戸惑いながら天馬を見た。

天馬は笑って頷いていた。

 

「……コン。」

 

ポンと音を出してコンは現れた。

するとたちまち

 

「きゃあああ!可愛いーーっ!」

 

女子たちは大はしゃぎし、コンをもみくちゃにしていた。突然のことでコンもどうしたらいいのかわからないといった表情だった。

 

「ははは、春虎様ぁ!?」

「…許せ、コン。我慢だ。」

 

春虎は手を合わせ祈っていた。まるで生贄を捧げるように。

 

「改めて見ると、すごい子どもだな。もしかして土御門こういうのが好み?」

「違うよっ!」

「…そういや、高等式だったっけ?なるほど。こういうのに、奉仕させてるわけだ。」

「だから違うって!」

「慌ててるとことかあやしー」

「もしかして、お風呂も一緒に?」

「きゃー犯罪だー!」

「…お前ら、少しは俺の話を聞けよ」

 

慌てふためく春虎が可笑しいのか、春虎を囲んだクラスメイト達は笑っている。昨日まで感じていた同じ塾生の得体の知れない無表情ではなく、どこにでもいそうな同世代の笑顔だった。

からかっているのだろう、でも言葉の根底にあるのは確かな春虎への好感だった。

 

「納得いかねーよ」

 

突然、教室の後ろから言葉が降ってきた。振り返ると、顔は見たことはあるのだが、名前の知らない男が机に脚を投げ出し、春虎たちを見下していた。

 

「勉強も碌に出来ない奴が、倉橋に勝つ。どうせ先生になんかしてもらったんだろ?これだから名門様はよぉ。」

 

嫌悪感丸出しの口振りに、教室がシンとなった。

コンは動きだす。

 

「コンっ!」

 

ピタッも空中で止まる。

顔もくうっーといった表情でおあずけを食らうような不満げな声をだしている。

 

「…たっく、お前は反省という言葉を知らないのか」

「で、ですがぁー」

 

春虎はコンを睨みつける。コンはしゅんとなり尻尾を垂らした。

嫌味を言った塾生はまさか式神が飛んでくるとは思っていなかったようで、投げ出していた脚を机の下に戻していた。

男子のその慌てた行動に皆が忍笑いをする。男子は怒りと羞恥で顔を赤くする。

しかし、

 

「すまん」

 

春虎は立ち上がって謝罪を入れた。

クラスメイトたちはポカンとし、謝られた男子までポカンとしていた。

 

「騒いで悪かった。俺、目障りだよな。一応自覚はしてるんだぜ?でも」

 

春虎は頭を上げ、男子を見た。

 

「俺は、なるべくみんなと仲良くしたいんだ。昨日、倉橋さんにも言ったけど、大目に見てくれないかな?俺も空気を読むところは、そうすっから。」

 

今度は完全に教室が静まり返っていた。

だが、これでいい。少し嫌味を言われたくらいで仕返しなどに相手に恥をかかせるのはよくない。第一、彼が不公平を言いたくなる気持ちはわからなくもない。

 

「…てゆっか、あんたこの前先生が作った簡易式も操れてなかったじゃない。護法式だってどうせ使えないでしょ?」

「う、うるせえな!あ、あの時は、調子が悪かったんだよ。自立系なら操作も全然違うだろ。」

「とか言って、実技の後はへろへろだったよな。」

「最初はあんなもんだろ!お前だって終わったら立ててなかったじゃねーか!」

 

教室の空気はだんだんと軽くなっていった。

女子と男子が彼を交互に茶化す。

 

「とにかく、土御門!俺はお前が倉橋に勝ったのは納得してないからな!それにお前のことも気にくわない!それだけは言っておく!」

 

さっきのように大きな声で言うが、前のような棘々しさはなくなっていた。

 

「覚えとく。それと俺のことは春虎でいいぜ。」

「………」

 

彼は鼻を鳴らして顔を背けた。

こういうやりとりは嫌いじゃない。無理に仲良くなろうとは思わないし、嫌味を影で言われるよりもずっとマシだ。

俺はフォローを入れてくれた女の子に対して感謝の眼差しを捧げた。

 

「俺まだみんなの名前を覚えてないんだ。この機会に教えてくれないか?俺の事は春虎でいいから。」

「それじゃあ、ツッチーね。」

「…話を聞いてますか?」

「おのれ春虎様をそのような呼び方!断じて許すまじ!」

「きゃー!コンちゃん可愛いいい!」

 

コンが手を振りながら改名を求める。そして、それを見て楽しんでいるクラスメイトたち。天馬がもう一度気を利かせて自己紹介をし、それから他の塾生たちも順番に名乗り始める。

教室の後ろで彼は「けっ」と毒づいたが、口元は綻んでいる。

コンも自己紹介をする人に「うむ、春虎様のために頑張るのじゃ」とか言って一人一人に頭を撫でられるということになっている。

 

教室に出来た新しい光景。

 

その光景を一人、取り残されたように眺めていた。

 

「こいつは、予想外の展開だったな。」

「きゃっ」

「お、わるいわるい。」

「ん、んんっ。冬児……」

「狙ってやってんのなら大したもんだが…あいつは天然だからな。さらっとああいうことが出来るところが、出来ない奴からすると妬ましい。」

 

冬児は夏目をニヤリとみやり

 

「なんて、思ってたりするか?」

「…そんなこと…思ってない…」

 

夏目は自然と春虎の方に目がいく。

春虎は今やクラスの中心にいた。

半年、共に過ごした「はず」のクラスメイトたち。そして、子どもの頃から知っている「はず」の幼馴染の分家の少年。

その自分が知っている「はず」の者同士が、自分の知らないところで交友を繋げていく。

夏目はそれを見ることしか出来ない。

 

「…主の命令で他と馴れ馴れしくするなとでも言うか?」

「…そんなこと、言わない。」

 

春虎から顔を背け苦虫を噛んだような顔をする。

冬児はそんな夏目を見て、苦笑する。

 

「ふん、そんな顔すんな。今でも春虎の携帯の壁紙はお前の写真さ。」

「は、はぁっ!?」

「なんでも巫女の夏目が撮れたんだってな。」

「そ、そんなの他のみんなに見られたらバレてしまうじゃないか!!即刻削除を要請する!!」

「俺に言うな。直接言ってこい。」

 

冬児は夏目の席から離れる。

ふと、教室のドアを見ると倉橋京子が入ってきた。京子も教室の雰囲気に愕然とした。冬児は笑いそうになる。春虎は大分苦手意識を持っているようだ。

 

「こっちもそろそろ、仕掛けるか。」

 

春虎が聞いていれば顔をしかめただろう。冬児の楽しげな声だった。

 

 

 

午前中の講義を乗り切り、食堂へ向かおうと教室を出ようとすると

 

「……ちょっと顔貸してくれない?」

 

後ろから声をかけられ、振り向くと京子がいた。

教室内も変にざわつく。「やべー」や「リンチだ」とか様々な声だ。

コンといえばいつでも出られるように霊気を揺らしている。

京子もその霊気の揺れを感じ取っていて呆れ顔で見ていた。

 

「わかった。いいぜ。」

 

春虎は黙って京子の後をついて行った。

着いた場所は塾社の裏手にある非常階段の踊り場だった。人気がなく、周りからも見えない。

 

「それでどうした?」

 

昨日の試合のことだろうが、春虎が京子を負かしたことに何かあるのだろう。

正直、しつこい女は嫌いだと思う春虎。

 

「……昨日は悪かったわね。」

 

耳を疑った。

京子は髪をクルクルしながら横を向く。

 

「…成り行きでああなっちゃったんだけど、あたしも別に式神まで持ち出そうとは思ってたわけじゃないの。文句をつけたのは大友先生になんだし…謝るわ。」

「いや、そんな。元々は俺の式神がやったことなんだし、謝ることはないよ。」

 

京子が謝ってきたのは予想外だ。しかし、いい機会である。京子とは一度話しておきたいと思ってたんだから。

 

「…あんたさ、俺が嫌いっていうより、俺をダシにして夏目に突っかかってるだけだよな?」

 

京子は迷惑そうな顔をした。

 

「なんか理由でもあるのか?」

「…個人的なことよ。」

「なんだよ、個人的なことって。」

「あんたっ、デリカシーっていうのがないわね。女の子が個人的なことって言ったら普通は聞かないっていうのが礼儀じゃない?」

「その個人的なことに俺も巻き込まれてるだろ?あんたは夏目のことが嫌いなのか?」

「………」

 

京子はため息をつき、口を開いた。

 

「…昔、夏目君と会ったことがあるの。ずっと昔に子どもの頃。」

「ま、まじ?」

 

京子は急に女の子らしくなり、恥ずかしいのか身体を揺すった。

 

「別に珍しくはないでしょう。あたしは倉橋の嫡流なんだし、夏目君だって土御門の本家なんだから。」

「ま、まあそうだけど…」

 

京子と春虎は親戚である。元々倉橋は土御門の分家だ。皆が集まる祝い事で会ったのだろう。

 

「それで、大喧嘩でもしたのか?」

「…覚えてないの。」

「へ?」

「忘れちゃってるのよ。昔会ったこと」

 

京子はぽつりとささやいた。春虎はその京子の寂しそうな表情を見て何も言い出せなかった。

そういえば、春虎は京子の怒った顔しか見たことがなかった。しかし、今見ている顔は憂いを帯びた顔。春虎は妙に落ち着かなくなっていた。

 

「…仲は良かったのか?」

「一回会っただけ。」

「うぉっい!そんなの覚えてなくて仕方ないじゃん!子どもの時なんだろ?」

 

第一、夏目とそんなに親しいのなら春虎も知っているはずである。

 

「あたしは覚えているわ。」

 

京子はどこまでも真剣だった。

 

「だって、『約束』したんだもの。」

「な、なにを…」

「………」

 

これ以上は答えてくれないみたいだ。

 

「夏目君のあのリボン、夏期休暇が終わってから急にあれで髪を結ぶようになったんだけど、あれは…」

「あれは土御門家伝来の呪具らしいぞ。まるで女だよな。あ、あははは…」

 

適当に誤魔化す。しかし、京子は何故かショックを受けている様子だった。

 

「やっぱり、そうよね。わかってたわよ。そんなこと。」

「そんなことって?」

「決まってるわ。結局、夏目君にとっては、自分と土御門のこと以外は、どれも大したことじゃないってことよ。彼にとって大事なのは土御門の名声だけなんだわ。」

「おい、それは…」

「ちがう?彼だってあなたが土御門の式神だからあなたをかばってるんでしょ?」

 

夏目が心配してくれているのはわかる。夏目が恥をかかされたって言って震えていた。式神勝負に本気で心配してくれていた。

でも、どうして心配してくれているのかと聞かれれば、即答することが出来ない。

 

「阿刀君から聞いたわ。」

「冬児から?なにを?」

「あなたが式神として夏目君に仕えているのは『しきたり』なんですって?それで腑に落ちたわ。結局は夏目君も土御門の決まりに従っただけなんだって。」

 

京子は春虎に同情の眼差しを向けていた。

 

「待てよ。それは違うぜ、倉橋。」

 

今度は躊躇わなかった。

 

「……えっ?」

「式神にしてくれって頼んだのは、俺の方なんだ。」

「うそ。」

「嘘じゃない。俺から頼んだんだ。あいつだって最初は反対したよ。危険だからって。」

 

京子にちゃんと伝わっているだろうか。

 

「あいつは確かに土御門の看板に色んな感情をもってるよ。誇りとかプレッシャーとか。時々そんなのに振り回されるけど、それが全部あいつじゃない。信じてやってくれないか?」

 

ひょっとすれば、夏目と京子は仲良くできるかもしれない。それでやっと夏目の居場所を作ることができるかもしれない。

 

「なによ…それ…」

 

京子はよろけるように後ろに下がった。

 

「結局あたしの独りよがりってこと?あたしはただ単に、忘れられてたってこと?」

「いや、別に…」

 

そういうことが言いたいわけじゃない。

しかし、春虎がそういう前に、第三者の声が二人の注意を逸らした。

 

「…何をしている?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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